労働能力喪失期間はどこまで認められるか|むちうちの5年は上限か |神戸市(須磨・垂水・西神・北神)の弁護士|初回相談無料|

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労働能力喪失期間はどこまで認められるか|むちうちの5年は上限か

示談の提示書に「労働能力喪失期間 5年」と書かれていた。症状は今も続いているのに、なぜ5年で区切られるのか。顔の傷あとや歯の障害は元に戻らないのに、逸失利益がごく短い期間しか計上されていない。こうしたご相談は少なくありません。

労働能力喪失期間は、後遺障害が仕事や収入に影響する期間を何年とみるかという項目で、逸失利益の金額を大きく左右します。ところが、この期間について、法令が「むちうちは5年まで」「この等級なら何年まで」と定めているわけではありません。等級が認定されれば期間まで自動的に決まる仕組みにもなっていません。

この記事では、期間がどのような根拠で決まるのか、なぜ短い期間を提示されることがあるのか、むちうちに伴う神経症状・醜状障害(顔などの傷あと)・歯牙障害でそれぞれ何が争点になるのか、示談に応じる前に何を確認すればよいのかを整理します。逸失利益の計算方法そのものは別の記事で扱っていますので、ここでは「期間」だけを取り上げます。

提示された年数が妥当かどうかは、提示書の計算欄と、後遺障害の資料、仕事・収入に関する資料を突き合わせることで、確認の手がかりが得られます。示談書に署名する前の段階でも、確認すべき点を整理できます。

交通事故の取扱業務を見る

労働能力喪失期間は、何を決める項目か

等級・率・期間・利率は、それぞれ別の判断です

後遺障害逸失利益は、次の四つの判断が積み重なって金額になります。争点がどこにあるのかを見きわめるには、これらを分けて考えるのが早道です。

後遺障害逸失利益をめぐる四つの判断
判断 問われること 主に関係する資料
①経済的不利益の有無 その後遺障害が、仕事の上で経済的な不利益を生じさせるか 後遺障害診断書、職務内容の分かる資料、収入資料
②労働能力喪失率 労働能力がどの程度失われたと評価するか 等級認定票、認定理由書、業務への影響を示す資料
③労働能力喪失期間 その影響がいつからいつまで続くとみるか 症状の推移、医師の予後に関する所見、年齢・就労実態
④中間利息控除 将来の損害を現在の金額に引き直す際、どの時点の、どの利率で控除するか 事故日、症状固定日、提示書の係数欄

この記事が扱うのは③だけです。①②④を含む計算の全体像、等級別の労働能力喪失率、ライプニッツ係数の使い方、基礎収入の考え方は、次の記事で整理しています。

後遺障害逸失利益の計算方法(喪失率・喪失期間とライプニッツ係数)を確認する逸失利益とは何か、中間利息控除の考え方を確認する

期間の始まりは症状固定、終わりは就労可能期間

後遺障害逸失利益は、通常、症状固定より後の将来の損害として問題になります。症状固定より前に生じた収入の減少は、原則として休業損害という別の項目で検討されます。同じ「働けなかった」という事情でも、症状固定の前と後では扱う損害項目が変わります。

注意したいのは、症状固定は「治った」という意味ではないという点です。治療を続けてもそれ以上の改善が見込みにくくなった状態を指す考え方であり、症状が消えたことを意味しません。後遺障害診断書に記載された症状固定日は重要な資料ですが、民事上どの時点を症状固定とみるかが争点となることもあります。

症状固定と言われたときに確認したいことを見る

「67歳」は法律が定めた就労終了年齢ではありません

提示書の計算では、多くの場合、症状固定時の年齢から67歳までの年数が使われます。この「67歳」は、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の支払基準に付属する「就労可能年数とライプニッツ係数表」(別表Ⅱ-1)の注記において、「就労の終期」として置かれている年齢です。同じ注記では、18歳が「就労の始期」とされています。

同表の注記は、就労可能年数を次のように定めています。

自賠責保険の支払基準・別表Ⅱ-1注記における就労可能年数の定め方
対象 就労可能年数
18歳未満の有職者・家事従事者、および18歳以上の者のうち、52歳未満の者 67歳とその者の年齢との差に相当する年数
同じく、52歳以上の者 「第22回生命表(完全生命表)」による男または女の平均余命のうち、いずれか短い平均余命の2分の1の年数(1年未満の端数は切上げ)
18歳未満の者(有職者・家事従事者を除く) 67歳との差に相当する年数から、18歳との差に相当する年数を控除したもの

見落とされやすい点が二つあります。第一に、この表の分岐は「67歳以上か未満か」ではなく「52歳以上か未満か」です。52歳以上の方には、平均余命の2分の1という別の考え方が用いられます。第二に、その平均余命の根拠は第22回の完全生命表とされています。厚生労働省が公表している完全生命表は第23回(令和2年)が最新で、簡易生命表は令和7年のものまで公表されていますが、この表がそれらに自動的に連動するわけではありません。高齢の方の事案では、提示された年数がどの資料に基づくものかを確認する必要があります。

そして、これはあくまで自賠責保険の支払基準における算定方法です。民事訴訟では、裁判所が、定年や再雇用の制度、実際の就労状況、職種、症状固定時の年齢、健康状態、具体的な就労予定などを踏まえて個別に評価します。定年の定めがない自営業者・会社役員や、これから就労を始める未成年者・学生では、始期と終期の考え方そのものが検討の対象になります。

治療期間・後遺障害の永続性・消滅時効と混同しない

似て非なる四つの期間があります。治療にかかった期間、症状固定までの期間、後遺障害そのものが残り続けるかどうか、そして損害賠償請求権の消滅時効の期間は、いずれも労働能力喪失期間とは別の概念です。「傷あとは一生残るのだから67歳まで認められるはずだ」という主張も、「治療は1年で終わったのだから1年分だ」という主張も、この区別を踏まえていません。労働能力喪失期間が問うのは、後遺障害が仕事の上で経済的な不利益を生じさせる期間です。

期間は、どのように争われるか

限定のされ方には三つの型があります

相手方が「等級どおりの率で就労可能期間の全部」という計算を争う場合、その主張は操作の内容によって次のように分けられます。どの型で限定されているのかを見分けることが、検討の出発点になります。

限定のされ方と、確認したい点
操作の内容 説明 確認したい点
期間を限定する 就労可能期間の全部ではなく、症状固定から一定の年数に限って認める なぜその年数なのか。区切りの根拠が示されているか
率を逓減させる 期間は区切らないが、当初は等級に対応する率とし、その後は低い率とする 逓減の時期と幅の根拠が示されているか
両者を組み合わせる 期間を区切ったうえで、その期間の中でも率を下げる 同じ事情を理由に、期間と率で二重に減じていないか

同じ事情を、率と期間で二重に評価しない

「症状は今後徐々に軽くなる見込みである」という事情は、率を低くみる理由としても、期間を短くみる理由としても持ち出され得ます。しかし、双方で重ねて減じれば、実質的には二重の減額になります。提示された計算の中で、どの事情がどちらに反映されているのかを確認してください。

障害が複数残った場合、期間が同じとは限りません

後遺障害が複数残った場合、等級は併合などの方法で一つにまとめられます。しかし、逸失利益の計算において、それぞれの障害が仕事に影響する期間まで同じになるとは限りません。時間の経過とともに軽減する見込みが示されている症状と、外形の変化のように改善が想定しにくい障害とでは、期間の考え方が異なり得ます。併合後の等級だけを見て一つの年数を当てはめると、この違いが計算に反映されません。

後遺障害が複数残ったときの併合・加重・準用の違いを確認する

裁判例では、期間が長くも短くも判断されています

労働能力喪失期間に、どの事案にも当てはまる一律の基準はありません。裁判所が公開している判決を見ても、認められた期間は事案によって大きく異なります。

労働能力喪失期間が判断された裁判例(裁判所公開の判決による)
裁判例 事案の概要 認められた率と期間
甲府地方裁判所 平成17年10月12日判決 追突事故。医師として勤務する女性。外傷性頸部症候群等により第14級の神経症状の認定。有意な他覚的所見に乏しいとされた一方、症状の残存は否定し難いとされた事案 労働能力喪失率12パーセント、期間10年
京都地方裁判所 平成13年12月26日判決 仙腸関節脱臼、骨盤内神経叢損傷等により併合第8級。左足をかばうため右足にも負担がかかり、両足に痛みがあると認定された事案 労働能力喪失率45パーセント、症状固定時30歳から67歳までの37年
甲府地方裁判所 平成18年3月1日判決 自転車で走行中の事故。事故当時72歳、症状固定時73歳の男性。年金を受給しつつ農業等に従事。第1級の認定 労働能力喪失率100パーセント、73歳から6年
甲府地方裁判所 平成18年3月24日判決 6歳のときの事故で、右足関節の用廃と右下腿部から右足背部にかけての瘢痕が残り、20歳で症状固定。併合第7級 労働能力喪失率50パーセント、20歳から67歳まで

これらは、期間の判断が事案の内容によって大きく変わることを示すために挙げたものであり、相場や目安を示すものではありません。いずれも下級審の判断で、上訴・確定の状況は判決書からは分かりません。同種の裁判例があることをもってご自身の事案の結論を予測することはできません。

なお、平成17年の甲府地方裁判所の判決は、第14級の認定でありながら、等級表に対応する率を上回る12パーセントの喪失率を認め、他方で期間は10年に限定しています。率と期間がそれぞれ別に判断されていることが、この一件からも読み取れます。

むちうちに伴う神経症状で、期間を限定すると言われた場合

「むちうち」は診断名ではありません

「むちうち」は一般的な呼称で、実際の診断名は頸椎捻挫、外傷性頸部症候群などさまざまです。症状の内容、他覚的な所見の有無、治療経過、認定される後遺障害等級も事案ごとに異なります。「むちうちだから第14級」「第14級だから5年」というように、呼称と等級と年数を直線的に結び付けることはできません。

むちうちの後遺障害で第12級と第14級を分ける確認ポイントを見る

「5年」に法令上の根拠はありません

神経症状の労働能力喪失期間を5年に限るという定めは、次のいずれにも見当たりません。

  • 民法および自動車損害賠償保障法 期間に関する規定はありません。
  • 自動車損害賠償保障法施行令の別表第二 局部に頑固な神経症状を残すものを第12級第13号、局部に神経症状を残すものを第14級第9号としていますが、期間の定めはありません。
  • 自賠責保険の支払基準 逸失利益は、該当等級の労働能力喪失率と、後遺障害確定時の年齢における就労可能年数の係数を乗じて算出するものとされており、症状の類型ごとに期間を区切る定めはありません。
  • 労災保険の障害等級認定基準 神経系統の機能または精神の障害に関する認定基準(平成15年8月8日基発第0808002号)は、第12級を「通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの」、第14級を「通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」としています。この通達に労働能力喪失期間に関する記述はありません。

期間限定が主張される背景

では、なぜ短い期間が提示されるのか。実務上、他覚的な所見に乏しい神経症状については、症状が将来にわたって同じ程度で続くとは限らず、時間の経過とともに軽減したり身体が順応したりすることがある、という考え方が示されます。

この考え方は、裁判所の判断にも現れています。前掲の甲府地方裁判所平成17年10月12日判決は、被害者の症状が永続するかどうかは定かでないとしたうえで、外傷性頸部症候群の後遺症の場合に一般に行われているように労働能力喪失期間は一定の期間に限定せざるを得ない、という理由を述べて期間を10年に限定しました。あわせて、現在の症状が消失すれば労働能力は回復するといえること、現在でも医師として仕事をすること自体には障害がないことも、限定の理由として挙げています。

つまり、期間が限定される理由の中心にあるのは症状が将来どうなるかの見通しであり、等級が第14級であることそれ自体ではありません。

異なる判断があり得る事情

提示された年数と異なる期間を検討する余地があるかは、次のような事情から考えていくことになります。

  • 画像所見、神経学的検査の結果など、症状を客観的に裏付ける資料があるか
  • 症状固定後も症状が続いており、通院や服薬が継続しているか
  • 医師が予後についてどのような所見を述べているか
  • 身体を使う業務、長時間の同一姿勢を伴う業務など、症状が直接に支障となる職務か
  • 実際に減収、残業の減少、配置転換、業務軽減が生じているか
  • 収入が維持されている場合、それが本人の特別な努力によるものといえるか
  • 症状固定時の年齢からみて、残りの就労期間との関係でどう評価されるか

反対に、症状が軽快している経過が診療録から読み取れる場合、症状固定後に通院がない場合、業務内容が症状の影響を受けにくい場合には、期間を長く評価することは難しくなります。個別事情により結論は異なります。なお、医師は医学的な残存症状や予後を判断する立場にあり、労働能力喪失期間そのものは法的な評価であって医師が決めるものではありません。もっとも、その評価は医学的な資料を土台に行われますので、症状の経過や予後の所見をどこまで資料化できているかは結論に影響します。

むちうちの後遺障害を立証する検査(画像所見と神経学的検査の役割)を見る

醜状障害(顔などの傷あと)で期間が争われる理由

傷あとが残ることと、仕事の不利益が続くことは別の問題です

自動車損害賠償保障法施行令の別表第二は、外貌の醜状について、著しい醜状を残すものを第7級第12号、相当程度の醜状を残すものを第9級第16号、醜状を残すものを第12級第14号としています。これらは、外見にどの程度の変化が残ったかという観点からの等級です。

他方、逸失利益で問われるのは、その外見の変化が仕事の上でどのような経済的不利益を生じさせるかです。身体機能が直接に低下する障害とは異なり、醜状では、外見が職務や職場での評価にどう関係するかという間接的な経路をたどります。そのため、まず労働能力の喪失が認められるかが争われ、認められる場合にも率と期間がそれぞれ個別に検討される構造になります。

期間について、この類型に固有の注意点

醜状障害では、期間の議論が二つの方向に振れやすい傾向があります。「傷あとは消えないのだから就労可能期間の全部が認められるはずだ」という考え方と、「外見は仕事に関係がないのだから期間を論じるまでもない」という考え方です。いずれも、外見の変化が職務の中で具体的にどのような不利益をもたらすのかという検討を経ていません。

前掲の甲府地方裁判所平成18年3月24日判決は、瘢痕のために着る服も制約される状況にあり、その心理的負担をも考えれば瘢痕が労働能力を減殺する方向に強く影響していることは明らかであるとしつつ、瘢痕は身体機能を損なわせるものではなく常に人前にさらされる部位でもないことを挙げて、併合第7級であることから通常の第7級の喪失率を適用するのは妥当でないとし、率を50パーセントと認定しました。他方で期間は、症状固定時に就労可能な状態であったとして20歳から67歳までとしています。ここでも率の調整と期間の判断が別々に行われています。

根拠にしてはならないのは、性別、年齢、職種についての固定観念や、容貌に対する抽象的な評価です。確認すべきなのは、対人業務や接客業務が職務の中で占める位置、外見が職務遂行上果たしている具体的な役割、配置・昇進・転職に現実に生じた影響、勤務先の対応といった事実と、それらを示す資料です。

醜状障害について逸失利益が認められるかどうか、その立証にどのような資料が必要かは、別の記事で整理しています。等級の基準と男女差の解消に関する制度改正の経緯もあわせてご確認ください。

傷あとが仕事に与える影響と逸失利益の考え方を確認する顔の傷の後遺障害等級と男女差を確認する

歯牙障害で期間が争われる理由

等級の認定と、労働能力の喪失は自動的に連動しません

歯の障害については、施行令別表第二が、一定の本数以上に対して歯科補綴を加えたものを、本数に応じて第10級から第14級までの各等級としています。事故によって現実に喪失または著しく欠損し、歯科補綴を加えることになった歯が何本あるか、という観点からの等級です。

この等級が認定されたからといって、労働能力の喪失の有無、率、期間が自動的に決まるわけではありません。他方で、「補綴をすれば元どおりになるのだから逸失利益は生じない」「歯の障害では逸失利益は認められない」といった断定も適切ではありません。補綴の後に何が残り、それが職務にどう影響するのかを資料に基づいて検討することになります。

「歯科補綴を加えたもの」の数え方に注意が必要です

厚生労働省の障害等級認定基準は、「歯科補綴を加えたもの」について、現実に喪失または著しく欠損した歯に対する補綴をいうものとしています。あわせて、次の取扱いが示されています。

  • 喪失した歯が大きい場合や歯間に隙間があった場合など、喪失した歯数と義歯の歯数が異なるときは、喪失した歯数によって等級を認定する
  • 支台冠や鉤を装着した歯、ポスト・インレーを行うにとどまった歯は、補綴歯数に算入しない

装着したブリッジや義歯の歯数、治療を受けた歯の本数をそのまま数えると、認定基準上の数え方とずれることがあります。事故の前から欠損していた歯、事故によって新たに失われた歯、補綴を行った歯の範囲を、診療録や事故前の資料で区別しておく必要があります。

残る支障と、将来の治療費は分けて考えます

逸失利益との関係では、補綴を終えた後に何が残っているかが問題になります。噛み合わせ、咀嚼のしにくさ、発音のしづらさ、痛みや感覚の異常は、それぞれ性質が異なります。それらが会話、発声、接客、対面での説明といった職務にどの程度影響するかを、職務内容に即して確認します。

期間について特に問題になりやすいのは、補綴物の耐用年数と労働能力喪失期間は別の話であるという点です。将来の交換や再治療が見込まれることは将来治療費という損害項目の問題であり、そこから逸失利益の期間が導かれるわけではありません。逆に、補綴によって当面の機能が回復していることをもって、期間がないと決まるわけでもありません。

咀嚼や言語の機能に障害が残っている場合、神経症状が併存している場合、外貌の醜状も残っている場合には、複数の障害の評価が重なることがあります。等級の併合や評価の重複をどう扱うかは、現行の認定基準と個別の資料を確認したうえで判断する必要があるため、この記事では等級・率・期間の具体的な数値を示していません。

「収入が減っていないから逸失利益はない」と言われた場合

期間の議論とあわせてよく持ち出されるのが、現実に減収がないという指摘です。この点については、最高裁判所第三小法廷昭和56年12月22日判決(昭和54年(オ)第354号)が判断を示しています。同判決の裁判要旨は、後遺症のために身体的機能の一部を喪失した場合においても、後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在または将来における収入の減少も認められないときは、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められない、というものです。

そのうえで同判決は、なお財産上の損害があるというためには、次のような事情の存在が必要であるとしています。

  • 事故の前後を通じて収入に変更がないことが、本人において労働能力の低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、その要因がなければ収入の減少を来たしていたと認められる場合
  • 労働能力喪失の程度が軽微であっても、現に従事し、または将来従事すべき職業の性質に照らし、とくに昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあると認められる場合

読み方として注意したい点が三つあります。第一に、この判決は「後遺症の程度が比較的軽微」という前提を置いています。第二に、「特段の事情のない限り」という留保が付いており、特段の事情が主張・立証されれば結論は変わり得ます。第三に、この判決は労働能力喪失期間の長短について判断したものではありません。減収の有無をめぐる議論を、そのまま期間短縮の根拠として用いることはできません。なお同判決は、原審が後遺症の存在のみを理由に財産上の損害を認めた点について審理が尽くされていないとして、原判決のうち上告人が敗訴した部分を破棄し、東京高等裁判所に差し戻したものです。

交通事故後の退職・減収と逸失利益の立証資料を見る

提示書に記載された年数、率、係数の前提がそろっているか、手元の資料でどこまで説明できるかは、書面と資料を照らし合わせることで整理できます。示談に回答する前の段階でも、確認の順序を検討できます。

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保険会社の提示を確認する手順

提示された年数だけを見て高いか低いかは判断できません。計算の前提が全体として整合しているかを順に確認していきます。

期間について、提示書で確認する項目
確認する欄 見るポイント 突き合わせる資料
年数 何年と記載されているか。年数の根拠が示されているか 提示書、損害計算書、担当者からの説明文書
始期 症状固定日からとされているか。別の日付が使われていないか 後遺障害診断書、診療報酬明細書、通院の記録
終期 年齢との関係でどう算定されているか。定年や就労予定が考慮されているか 生年月日の分かる資料、就業規則、雇用契約書
率との関係 期間を短くする理由と率を下げる理由が、同じ事情になっていないか 等級認定票、認定理由書、相手方の説明文書
係数 記載された年数に対応する係数か。どの時点の、どの利率を前提としているか 提示書の計算欄、事故日の分かる資料
複数の障害 障害ごとに期間を分けて検討する必要がないか 等級認定票、後遺障害診断書

基準時と、事故から症状固定までの期間の扱いを確認する

年数と係数の対応を確認するとき、あわせて見ておきたいのがいつの時点の金額として計算されているかです。損害額を事故時の現在価値として計算する方法と、症状固定時の現在価値として計算する方法があり、どちらによるかで係数の使い方が変わります。

事故時の現在価値として計算する場合、事故から症状固定までの期間についても中間利息を控除する必要が生じます。この処理は、就労可能期間に対応する係数から、事故から症状固定までの期間に対応する係数を差し引く形で行われることがあります。前掲の甲府地方裁判所平成18年3月24日判決は、逸失利益が実際の支出を伴う損害項目とは異なり計算上の損害であることを理由に、不法行為に基づく損害賠償債務は不法行為時に発生するという判例に従い、事故時の現在価値を求めるのが正当であるとして、この方法によっています。

他方、自賠責保険の支払基準は、後遺障害確定時の年齢における就労可能年数の係数を用いるものとしており、この差引きの処理は行っていません。提示書がどちらの考え方によっているかを確認しないまま年数だけを比べると、比較の前提がずれます。控除が二重になっていないか、逆に漏れていないかもあわせて確認してください。

一時金で受け取るか、定期金で受け取るかによって、終期の意味が変わります

将来の損害を一括して受け取る方法(一時金賠償)のほかに、定期的に支払いを受ける方法(定期金賠償)があります。最高裁判所第一小法廷令和2年7月9日判決(平成30年(受)第1856号、民集74巻4号1204頁)は、後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、損害賠償制度の目的および理念に照らして相当と認められるときは、その逸失利益は定期金による賠償の対象となる旨を判示しています。

期間との関係で押さえておきたいのは、同判決が、特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないとしている点です。定期金を選んだ場合でも、賠償の終期は就労可能期間の終期を基準に考えられることになり、受取方法の選択によって労働能力喪失期間の終期の定め方そのものが変わるわけではありません。

この判決は後遺障害による逸失利益についての判断であり、すべての将来の損害について同じ結論を示したものではありません。また、定期金による賠償を命じた確定判決については、算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に判決の変更を求める訴えの制度がありますが(民事訴訟法第117条第1項)、これは判決についての制度であり、示談で定期金の支払いを合意する場合に当然に適用されるわけではありません。

示談前に整理しておきたい資料

期間の検討に直接かかわる資料

  • 示談案、損害計算書、提示書の全ページ。とくに逸失利益の計算欄
  • 後遺障害等級認定票、認定理由書、後遺障害診断書
  • 症状固定日が分かる資料と、症状固定後の通院・服薬の記録
  • 症状の推移が分かる診療録、画像、神経学的検査などの検査結果
  • 医師の予後に関する所見が分かる資料
  • 就業規則、定年・再雇用に関する定め、具体的な就労予定が分かる資料
  • 職務内容、身体の使い方、対人・接客・発声等の業務が占める割合が分かる資料
  • 欠勤、残業の減少、配置転換、業務軽減、評価、昇給、賞与、昇進、退職・転職への影響を示す資料
  • 収入を維持するために要した追加の時間、費用、人員の負担が分かる記録
  • 症状と仕事への影響を継続的に記録した日誌
  • 示談書案の免責条項および清算条項の文言

医師・歯科医師に確認しておきたいこと

  • 現在残っている症状と、その医学的な裏付けとなる所見
  • 症状固定と判断した時期と、その理由
  • 今後の見通しについて、どのような所見を持っているか
  • 継続が必要な治療、服薬、通院の見込み
  • 歯の場合、事故前から欠損していた歯と事故によって失われた歯の区別、補綴を行った範囲、噛み合わせ・咀嚼・発音への影響、補綴物の交換の見通し

醜状障害の事案では、部位、大きさ、形状、経過が分かる記録が重要になります。同じ条件で撮影された写真や、大きさを測定した診療上の記録があるかを確認してください。もっとも、外見や医療に関する記録は、ご本人の機微な情報です。誰に、どの範囲で、何のために提出するのかを確認し、必要な範囲にとどめることをおすすめします。

弁護士への相談を検討したい場面

次のような場面では、示談に回答する前に一度確認しておくと、判断の材料を整理しやすくなります。

  • 示談案に署名する前、または保険会社に回答する前の段階にあるとき
  • 提示書に年数だけが書かれ、その根拠が示されていないとき
  • 症状は続いているのに、期間が短く区切られていると感じるとき
  • 傷あとや歯の障害が残っているのに、逸失利益が計上されていない、または非常に少ないとき
  • 減収はないが、仕事上の負担が増えている、昇進や配置に影響が出ていると感じるとき
  • 複数の後遺障害が残っており、期間の考え方が障害ごとに違うのではないかと感じるとき

ご相談で結論をお約束できるものではありませんが、提示された計算の前提を確認し、手元の資料で説明できる範囲と不足している資料を整理したうえで、法的な見通しと対応方針を検討することができます。

よくあるご質問

むちうちの労働能力喪失期間は5年までと決まっているのですか。

法令、自賠責保険の支払基準、労災保険の障害等級認定基準のいずれにも、神経症状の労働能力喪失期間を5年に限るという定めはありません。実務上、症状の将来の見通しを理由に期間を限定する主張がされることはありますが、症状の内容と推移、客観的な所見、治療経過、職務への影響、年齢などにより判断は異なります。提示された年数の根拠を確認したうえで検討する必要があります。

第14級が認定されれば、必ず5年分の逸失利益が認められますか。

等級が認定されたことと、労働能力喪失率および労働能力喪失期間がどう評価されるかは別の問題です。等級表には期間の定めがなく、特定の等級に特定の年数が対応するという仕組みにはなっていません。裁判所が公開している判決を見ても、第14級の事案で等級表に対応する率を上回る率を認めつつ期間を限定した例があり、率と期間は別に判断されています。

症状固定から67歳までは必ず認められますか。

必ず認められるものではありません。67歳は、自賠責保険の支払基準に付属する就労可能年数の表で「就労の終期」として置かれている年齢であり、法律が定めた就労終了年齢ではありません。同表では52歳以上の方について平均余命に基づく別の算定方法が用いられており、民事訴訟では定年、再雇用、職種、就労実態などを踏まえて個別に評価されます。

後遺障害が複数残った場合、期間はまとめて考えるのですか。

等級は併合などの方法で一つにまとめられますが、逸失利益の計算において、それぞれの障害が仕事に影響する期間まで同じになるとは限りません。時間の経過とともに軽減する見込みが示されている症状と、改善が想定しにくい障害とでは、期間の考え方が異なり得ます。併合後の等級だけを見て一つの年数を当てはめていないかを確認してください。

収入が減っていなくても、逸失利益を検討できますか。

検討の余地があります。最高裁判所第三小法廷昭和56年12月22日判決は、後遺症の程度が比較的軽微で、従事する職業の性質からみて収入の減少も認められない場合について、特段の事情のない限り財産上の損害は認められないとしつつ、収入の維持が本人の特別の努力によるものである場合や、昇給・昇任・転職等で不利益な取扱いを受けるおそれがある場合を挙げています。どのような資料で示せるかが検討の中心になります。

傷あとが一生残るのであれば、就労可能期間の全部が認められますか。

傷あとが残り続けることと、仕事の上での経済的な不利益が就労可能期間を通じて続くこととは、別の問題として検討されます。まず労働能力の喪失が認められるかが問題となり、認められる場合にも率と期間が個別に検討されます。職務の内容、外見が職務で果たす役割、配置や昇進への現実の影響などを、資料に基づいて確認することになります。

歯を補綴したら、逸失利益は発生しないのですか。

補綴を行ったことだけで逸失利益が生じないと決まるわけではありません。補綴後に噛み合わせ、咀嚼、発音、痛みなどの支障が残っているか、それが職務にどう影響するかを確認します。他方、等級が認定されたことだけで当然に逸失利益が認められるわけでもありません。なお、補綴物の交換や再治療の見込みは将来治療費という別の損害項目の問題であり、そのことから期間が導かれるわけではありません。

示談の前に、まず何を確認すればよいですか。

提示書の逸失利益の計算欄を確認し、年数、始期、終期、率、係数がそろっているか、年数と係数が対応しているか、いつの時点の金額として計算されているかを確認してください。あわせて、後遺障害等級認定票、後遺障害診断書、症状固定後の通院記録、勤務・収入の資料を手元に集めておくと、検討が進めやすくなります。清算条項の文言も必ず確認してください。

まとめ

  • 労働能力喪失期間に、法令上の一律の上限はありません。「むちうちは5年」「この等級なら何年」という固定の決まりは、法令にも自賠責保険の支払基準にも労災保険の認定基準にもありません。
  • 労働能力喪失率と労働能力喪失期間は別の判断項目です。同じ事情で率と期間を二重に減じていないかを確認してください。
  • 「67歳」は自賠責保険の支払基準における「就労の終期」であり、52歳以上の方には平均余命に基づく別の算定方法が用いられています。
  • 醜状障害や歯牙障害では、等級の認定と労働能力の喪失は自動的に連動しません。仕事への具体的な影響を、資料に基づいて検討します。
  • 後遺障害が複数残った場合、障害ごとに期間の考え方が異なり得ます。
  • 次の行動としては、提示書の計算欄を書き出し、年数の根拠の説明を求め、後遺障害・症状の推移・勤務・収入に関する資料を集めたうえで、清算条項を含めた示談書案を確認することをおすすめします。

神戸みらい法律会計事務所では、交通事故を取り扱う弁護士が、後遺障害の等級が認定された方、示談の提示を受けた方のご相談をお受けしています。等級認定票、後遺障害診断書、症状の推移が分かる資料、勤務・収入に関する資料、保険会社の損害計算書を確認したうえで、労働能力喪失期間を含む計算の前提が説明できるものかどうかを整理し、不足している資料と今後の進め方を検討します。初回のご相談は無料です(事前のご予約をお願いしています)。

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本記事は、交通事故における後遺障害と損害賠償に関する一般的な情報の提供を目的とするものであり、個別の事件についての法的助言ではありません。また、診断、治療方針、検査の要否について医師の判断を代替するものでもありません。記載した法令、等級、認定基準、判例の内容は、2026年9月時点で確認した条文及び公的機関の公表情報に基づいています。労働能力喪失期間を含む損害額の判断は、残存症状、検査結果、職務の内容、収入の状況、資料の有無その他の個別事情により異なります。

監修者

藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士・公認会計士/兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士

交通事故の被害者側の対応として、後遺障害の申請準備、損害額の検討、示談交渉に対応しています。逸失利益については、法律の観点に加えて、収入資料や算定の前提といった数字の面も踏まえて検討しています。

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