交通事故などで後遺障害が残ったり、ご家族が亡くなられたりした場合、保険会社から示談金の提示を受けても、「逸失利益(いっしつりえき)」として示された金額が妥当なのか分からず、不安に感じる方は少なくありません。逸失利益は、将来得られたはずの収入の減少を補う損害項目で、基礎収入・労働能力喪失率・労働能力喪失期間・中間利息控除など複数の要素によって金額が大きく変わります。
このコラムでは、損害賠償における逸失利益の全体像、後遺障害逸失利益と死亡逸失利益の違い、中間利息控除とライプニッツ係数の基本、そして保険会社の提示額を確認するときの着眼点を、交通事故の実務を中心に整理します。結論を先にお伝えすると、提示された逸失利益は、各損害項目と計算根拠を分けて確認することで、見直す余地があるかどうかを検討できます。
提示された金額の内訳や計算根拠を確認したい方は、資料をお持ちのうえでご相談いただくと、損害項目の整理や見通しの検討がしやすくなります。
Contents
逸失利益とは|損害賠償における位置づけと結論の方向性
逸失利益とは、交通事故などによって後遺障害が残ったり死亡したりしたために、将来得られたはずの収入(利益)を失ったことに対する損害をいいます。交通事故による損害賠償は、不法行為に関する民法第709条や自動車損害賠償保障法第3条などを根拠とし、逸失利益はその損害項目の一つに位置づけられます。
逸失利益の金額は、おおむね次の要素の組み合わせで決まります。いずれも個別の事情によって評価が変わるため、提示額は要素ごとに確認することが大切です。
- 基礎収入(事故前の収入をどう評価するか)
- 労働能力喪失率・生活費控除率(どの程度の減少・控除を見込むか)
- 労働能力喪失期間・就労可能期間(何年分を対象とするか)
- 中間利息控除(将来分を現在の価値に引き直す調整)
逸失利益は、大きく「後遺障害逸失利益」と「死亡逸失利益」に分かれます。考え方の違いは次のとおりです。
| 項目 | 後遺障害逸失利益 | 死亡逸失利益 |
|---|---|---|
| 場面 | 後遺障害が残り、労働能力が低下した場合 | 被害者が死亡した場合 |
| 減額・控除の要素 | 労働能力喪失率 | 生活費控除率 |
| 期間 | 労働能力喪失期間 | 就労可能期間 |
| 中間利息控除 | あり | あり |
| 請求する人 | 原則として被害者本人 | 相続人(被害者本人の損害を相続) |
金額は事案ごとの事情で変わるため、以下では一般的な考え方を整理します。具体的な数値や基準は、資料を確認したうえで判断する必要があります。
逸失利益と休業損害・慰謝料・治療費・将来介護費との違い
逸失利益は、ほかの損害項目と混同されやすい項目です。提示額の内訳を読むときは、それぞれの違いを押さえておくと整理しやすくなります。
休業損害との違い
休業損害は、事故による受傷で仕事を休んだことなどによって、症状固定までの間に実際に生じた収入の減少を対象とします。これに対し逸失利益は、後遺障害が残った後や死亡後の「将来」の収入減少を対象とします。対象とする期間が、過去(休業損害)か将来(逸失利益)かという違いがあります。
慰謝料・治療費・将来介護費との違い
慰謝料は精神的苦痛に対する賠償であり、収入の減少を補う逸失利益とは性質が異なります。後遺障害慰謝料や死亡慰謝料は、逸失利益とは別の損害項目として算定されます。治療費は治療に実際に要した費用、将来介護費は重い後遺障害が残った場合などに将来必要となる介護費用で、いずれも逸失利益とは別項目です。提示額では、これらが正しく区別され、漏れなく計上されているかを確認することが重要です。
逸失利益は交通事故以外の人身損害でも問題になり得ますが、このコラムでは交通事故の実務を中心に説明しています。労災や医療事故などでは、考え方や手続が異なる場合があります。
後遺障害逸失利益の考え方
計算の基本的な枠組み
後遺障害逸失利益は、一般に「基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」という枠組みで考えられます。それぞれの要素について、どのように評価するかが争点になります。
基礎収入の考え方
基礎収入は、事故前の収入をもとに評価しますが、立場によって確認すべき資料が異なります。
| 立場 | 確認することが多い資料 |
|---|---|
| 給与所得者 | 源泉徴収票、給与明細、課税証明書 |
| 自営業者 | 確定申告書、決算書 |
| 会社役員 | 役員報酬の資料(労務の対価部分かどうかの検討資料を含む) |
| 家事従事者 | 家事に従事している状況が分かる資料 |
| 学生・若年者 | 在学資料など(将来の就労を前提に検討) |
| 高齢者・無職者 | 年金資料、求職活動の資料など |
収入を示す資料がそろわない場合や、家事従事者・若年者などのケースでは、賃金構造基本統計調査(賃金センサス)の平均賃金を参考に基礎収入を検討することがあります。どの数値を用いるかは事案により異なり、資料を確認したうえで判断します。
労働能力喪失率(後遺障害等級は出発点)
労働能力喪失率は、後遺障害によって労働能力がどの程度失われたかを示す割合です。実務では労働能力喪失率表が参照され、重い等級ほど高い割合が、軽い等級ほど低い割合が目安とされています。
ただし、後遺障害等級は喪失率を検討する出発点であり、機械的に金額が決まるものではありません。実際の仕事の内容、症状の程度、収入への影響などを踏まえて、表の数値より高く、あるいは低く評価されることもあります。
労働能力喪失期間(神経症状で争点になりやすい)
労働能力喪失期間は、後遺障害の影響が続くと見込まれる期間で、原則として症状固定時から就労可能とされる年齢までを基礎に検討されます。むち打ちなどの神経症状では、将来的に症状が緩和する可能性などを理由に、期間が短く主張されることがあり、争点になりやすい部分です。
後遺障害逸失利益の具体的な計算手順(労働能力喪失率・喪失期間とライプニッツ係数の当てはめ)は、別のコラムで詳しく整理しています。
後遺障害が認定された方は、計算の詳細もあわせてご確認ください。
死亡逸失利益の考え方
計算の基本的な枠組み
死亡逸失利益は、一般に「基礎収入 ×(1 − 生活費控除率)× 就労可能期間に対応するライプニッツ係数」という枠組みで考えられます。後遺障害逸失利益と異なり、亡くなった方が生活のために使ったであろう費用(生活費)を控除する点が特徴です。
基礎収入と就労可能期間
基礎収入は、後遺障害の場合と同様に、事故前の収入や立場に応じて検討します。就労可能期間は、原則として死亡時から就労可能とされる年齢までを基礎としますが、高齢の方などでは平均余命との関係で期間が検討されることがあり、簡易生命表などが参照されます。
生活費控除の考え方
生活費控除率は、亡くなった方が存命であれば収入の一部を生活費として支出したと考えられるため、その分を差し引くための割合です。被害者が一家の支柱であったか、扶養していた家族がいたか、性別などの事情によって割合の目安が異なるとされており、事案ごとに検討されます。具体的な割合は、裁判実務上参照される基準を前提に、資料を確認したうえで判断します。
死亡逸失利益は、遺族固有の慰謝料や葬儀費用とは別の損害項目です。死亡事故では、誰が相続人として請求するか、受け取った保険金の取扱い、過失割合なども問題になります。これらは逸失利益の金額とは別に整理する必要があります。
中間利息控除とライプニッツ係数の基本
なぜ将来分を現在価値に直すのか
逸失利益は、本来であれば将来にわたって少しずつ得られたはずの収入を、示談や判決の時点で一括して受け取るものです。一括で受け取ったお金を運用すれば利息が生じるため、その将来分の利息に相当する額をあらかじめ差し引いて、現在の価値に引き直す調整を行います。これを中間利息控除といいます。
中間利息控除については、民法第417条の2第1項・第2項に規定があり、不法行為については民法第722条第1項によって準用されます。実務では、複利計算を反映したライプニッツ係数を用いて控除するのが一般的です。
法定利率と事故日の関係
ライプニッツ係数は法定利率をもとに計算されるため、どの時点の法定利率を用いるかが金額に影響します。民法第417条の2は「損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」によるとしており、交通事故では、損害賠償請求権が発生する事故時の法定利率を基準とするのが一般的な解釈です。
法定利率は、これまで次のように変わってきました。控除に用いる利率が低いほど、控除額は小さくなり、逸失利益は大きくなります。
| 期間 | 法定利率 |
|---|---|
| 令和2年3月31日まで | 年5% |
| 令和2年4月1日〜令和5年3月31日 | 年3% |
| 令和5年4月1日〜令和8年3月31日 | 年3% |
| 令和8年4月1日〜令和11年3月31日 | 年3% |
令和2年4月1日より前に生じた事故については、改正前の取扱いが適用される場合があるため、事故日に応じて用いる利率と係数を確認する必要があります。法定利率は将来見直される可能性があるため、最新の情報を確認することをおすすめします。
理解のための仮定に基づく計算例
仕組みを理解するための、仮定の数値に基づく計算例です。実際の事案では数値が異なり、係数や率は最新の資料で確認する必要があります。以下は特定の解決を示すものではありません。
| 区分 | 仮定の数値と計算 |
|---|---|
| 後遺障害逸失利益 | 基礎収入400万円 × 労働能力喪失率14% × 喪失期間に対応するライプニッツ係数(約14.877)= 約833万円 |
| 死亡逸失利益 | 基礎収入500万円 ×(1 − 生活費控除率30%)× 就労可能期間に対応するライプニッツ係数(約19.600)= 約6860万円 |
このように、基礎収入・率・期間・係数のいずれが変わっても金額は大きく動きます。提示額を確認するときは、これらの要素を一つずつ点検することが大切です。
提示された逸失利益の計算根拠に疑問がある場合は、計算式の要素ごとに確認することで、見直す余地があるかどうかを検討できます。
保険会社の提示額で確認すべきポイント
保険会社からの提示額は、損害項目ごとに計算根拠を分けて確認すると、見直す余地があるかどうかを検討しやすくなります。次のような点が確認のポイントになります。
- 基礎収入が、事故前の実際の収入や立場に照らして低く見積もられていないか
- 労働能力喪失率が、等級・症状・仕事の内容に照らして妥当か
- 労働能力喪失期間が、短く設定されていないか
- ライプニッツ係数と法定利率が、事故日に照らして正しく適用されているか
- 死亡逸失利益で、生活費控除率が過大になっていないか
- 過失割合・既払金・自賠責保険からの支払・損益相殺・素因減額が、適切に反映されているか
- 後遺障害慰謝料・死亡慰謝料・休業損害・治療費など、他の損害項目と混同されていないか
- 示談書の清算条項(後日の追加請求ができなくなる条項)の意味を理解しているか
なお、自賠責保険には支払限度額があり、被害者1名につき、傷害による損害は120万円、死亡による損害は3000万円、後遺障害による損害は障害の程度に応じて75万円から4000万円までと定められています。限度額を超える部分は、加害者本人や加害者が加入する任意保険に請求することになります。これらの金額の扱いも、提示額の確認では押さえておきたい点です。
逸失利益でよく問題になるケース
一般的に、次のような場面で金額や評価が問題になりやすい傾向があります。いずれも個別事情により結論が変わるため、資料を確認したうえで検討する必要があります。
- 収入を示す資料が不足している
- 家事従事者の基礎収入をどう評価するかが争点になる
- 自営業者の申告所得と実際の収入に差がある
- 会社役員の報酬が、労務の対価か利益の配当かが問題になる
- 学生・若年者・高齢者・無職者の基礎収入の評価が問題になる
- 後遺障害等級は認定されたが、現に収入が下がっていない
- むち打ちなどの神経症状で、労働能力喪失期間が短く主張される
- 死亡事故で、生活費控除率や扶養関係が問題になる
- 保険会社の提示額の内訳が分かりにくい
- 示談後も追加請求できると考えて、示談書に署名してしまう
後遺障害等級が認定されていても、収入が下がっていないことを理由に逸失利益が争われることがあります。この場合でも、仕事への支障や将来の昇進・転職への影響などを踏まえて検討する余地があり、収入が下がっていないという一点で逸失利益が認められないとは限りません。
示談前・相談前に確認しておきたい資料
示談前・申請前・署名前・回答前に、次のような資料を手元に整理しておくと、損害項目や計算根拠の確認がしやすくなります。すべてがそろっていなくても相談は可能ですが、関連する資料が多いほど、より具体的に検討できます。
- 保険会社の示談金提示書、損害計算書
- 後遺障害等級認定票、後遺障害診断書
- 診断書、診療報酬明細書、画像検査の資料
- 交通事故証明書、実況見分調書、事故状況が分かる写真やドライブレコーダーの映像
- 源泉徴収票、給与明細、課税証明書、確定申告書、決算書、役員報酬の資料
- 家事従事の状況が分かる資料、在学資料、求職活動の資料、年金資料
- 扶養関係が分かる資料、戸籍資料(死亡事故の場合)
- 保険証券、弁護士費用特約の有無が分かる資料
弁護士に相談するタイミング
弁護士への相談は、結果を保証するものではなく、争点と対応方針を整理し、提示額の計算根拠を確認するためのものです。次のようなタイミングでは、早めに相談しておくと方針を整理しやすくなります。
- 後遺障害診断書を作成する前
- 症状固定を打診されたとき
- 後遺障害等級の結果が出たとき
- 死亡事故で、保険会社から提示を受けたとき
- 示談金の提示を受けたとき
- 基礎収入・労働能力喪失率・喪失期間・生活費控除率・ライプニッツ係数に疑問があるとき
- 示談書に署名する前
当事務所は、弁護士業務と会計の視点を併せて、交通事故をはじめとする損害賠償案件に対応しています。提示額の内訳や計算根拠を確認したい方は、お持ちの資料とあわせてご相談ください。
逸失利益とは何ですか?
後遺障害が残ったり死亡したりしたために、将来得られたはずの収入を失ったことに対する損害です。慰謝料や治療費とは別の損害項目で、金額は基礎収入や喪失率、期間などにより変わります。
休業損害と逸失利益は何が違いますか?
休業損害は症状固定までの過去の収入減少を対象とし、逸失利益は後遺障害が残った後や死亡後の将来の収入減少を対象とします。対象とする期間が異なります。
後遺障害逸失利益はどのように計算しますか?
一般に「基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」という枠組みで考えます。各要素の評価により金額が変わるため、資料を確認したうえで判断します。
死亡逸失利益はどのように計算しますか?
一般に「基礎収入 ×(1 − 生活費控除率)× 就労可能期間に対応するライプニッツ係数」という枠組みで考えます。生活費控除率や期間は事案により異なります。
中間利息控除とは何ですか?
将来の収入を一括で受け取ると利息が生じるため、その将来分の利息に相当する額をあらかじめ差し引いて現在の価値に引き直す調整です。民法第417条の2に規定があります。
ライプニッツ係数とは何ですか?
中間利息控除を行うための係数で、法定利率をもとに複利計算で求められます。用いる係数は対象期間と事故時の法定利率により変わるため、最新の資料で確認する必要があります。
収入が下がっていなくても逸失利益は認められますか?
収入が下がっていないことを理由に争われることはありますが、仕事への支障や将来への影響などを踏まえて検討する余地があります。一律に認められないわけではなく、個別事情により結論は異なります。
主婦・主夫でも逸失利益を請求できますか?
家事従事者についても、逸失利益を請求できる可能性があります。基礎収入の評価では賃金構造基本統計調査の平均賃金などが参考にされることがあり、事案により異なります。
まとめ|提示額は損害項目ごとに確認する
- 逸失利益は、後遺障害や死亡による将来の収入減少を補う損害項目で、慰謝料や休業損害とは別に算定されます。
- 金額は、基礎収入・労働能力喪失率・生活費控除率・期間・中間利息控除など、複数の要素で大きく変わります。
- 中間利息控除は事故時の法定利率を基準とするのが一般的で、現在の法定利率は年3%です(事故日により異なる場合があります)。
- 保険会社の提示額は、各損害項目と計算根拠を分け、過失割合・既払金・損益相殺なども含めて確認することが大切です。
- 示談書に署名する前に資料を確認し、必要に応じて弁護士に相談することで、争点と対応方針を整理できます。
提示された逸失利益や損害項目に疑問がある方は、示談前に資料を確認したうえで、見通しや争点を整理することができます。費用の取扱いとあわせてご検討ください。
監修者・執筆者情報
本コラムは、神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)の弁護士・公認会計士 藤井貴之が監修しています。当事務所は、弁護士業務と会計の視点を併せて、交通事故をはじめとする損害賠償案件に対応しています。

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