交通事故で脊髄を損傷し、手足の麻痺が残ったとき、ご本人もご家族も、治療と並行して数多くの判断を迫られます。「完全麻痺と言われたが、後遺障害の等級はどうなるのか」「随時介護と常時介護は何が違うのか」「これから何十年も続く介護の費用は、誰がどう負担するのか」——こうした不安は、退院の時期が近づくほど具体的になります。
先に結論の方向性をお伝えします。脊髄損傷の後遺障害等級は、「完全損傷」「不全損傷」という医学的な診断名だけで自動的に決まるものではありません。麻痺がどの範囲に、どの程度残っているか、日常生活で介護がどれだけ必要か、仕事にどのような制限が生じるか——この三つの軸を、医療資料と生活資料でどこまで示せるかが判断を左右します。将来介護費や住宅改造費も、等級が付けば当然に認められるという性質のものではなく、必要性と相当性を資料で示す作業が必要です。
この記事では、脊髄損傷の後遺障害について、完全麻痺・不全麻痺の意味、自動車損害賠償保障法施行令の別表第一・別表第二に定められた等級、「常に介護を要する」と「随時介護を要する」の考え方、後遺障害申請までにそろえたい資料、将来介護費・住宅改造費などの損害項目、示談前の確認事項を、公的資料を確認しながら整理します。なお、記載内容は一般的な考え方であり、個別事情により結論は異なります。
脊髄損傷では、症状固定の時期、後遺障害申請の方法、将来の介護体制など、早い段階から資料をそろえておくことで検討しやすくなる事項が多くあります。
示談や後遺障害申請の前に、手元の資料と今後の見通しを整理したい方は、一度ご相談ください。
脊髄損傷の後遺障害で最初に確認したいこと
最初に、脊髄損傷の賠償を検討するうえで押さえておきたい点を整理します。
脊髄損傷の後遺障害で押さえたい五つの点
- 医学的な評価(診断名・麻痺の分類)と、法律上の後遺障害等級と、最終的な損害額は、それぞれ別の判断です。
- 後遺障害等級は、麻痺の範囲・程度、介護の必要性、労務への影響という視点から検討されます。診断名だけで決まるものではありません。
- 「介護を要する後遺障害」は施行令の別表第一に、それ以外は別表第二に定められており、限度額も異なります。
- 自賠責保険の限度額は、加害者側に請求できる損害賠償の総額ではありません。両者は別のものとして考える必要があります。
- 将来介護費、住宅改造費、介護器具費などは、必要性・相当性・期間・単価を資料で示す必要があり、等級が付けば自動的に認められるわけではありません。
脊髄損傷は、受傷から症状固定まで長い時間がかかることが多く、その間に集めた資料がそのまま後遺障害申請と賠償交渉の材料になります。逆に、記録が残っていない期間の症状や介護の実態は、後から証明することが難しくなります。
| 確認する場面 | 確認したいこと | 確認しないまま進めた場合に生じうること |
|---|---|---|
| 症状固定の判断 | 主治医の見解、リハビリの到達状況、装具・器具の必要性が固まっているか | 回復途上の状態で固定され、残存症状が十分に評価されない可能性があります |
| 後遺障害診断書 | 麻痺の範囲と程度、日常生活動作の状況、膀胱直腸障害の有無が記載されているか | 介護の必要性が読み取れず、等級の判断材料が不足する可能性があります |
| 介護の記録 | 誰が、何を、一日何時間、夜間を含めて介助しているか | 将来介護費の検討に必要な前提事実を示しにくくなります |
| 住宅・車両・器具 | 改造や購入の必要性について、医療・リハビリ職の意見と見積りがあるか | 必要性・相当性の説明が難しくなり、費目自体が争点になりやすくなります |
| 保険会社の示談案 | 将来介護費、将来治療費、器具の交換費が積算されているか、その前提は何か | 示談成立後に追加請求を行うことが難しくなる場合があります |
完全損傷・不全損傷と完全麻痺・不全麻痺
脊髄損傷とは何か
背骨(脊椎)の中には、運動や感覚を伝える神経の束である脊髄が通っています。国立障害者リハビリテーションセンターの資料では、脊髄を損傷すると「損傷を受けた神経が司っている箇所から下の筋肉や感覚が麻痺します」と説明されています。損傷した高さ(損傷高位)が頭に近いほど、麻痺の及ぶ範囲は広くなります。
頚髄を損傷した場合は、両上肢と両下肢に麻痺が及ぶ四肢麻痺となることがあります。胸髄より下の損傷では、主に両下肢に麻痺が及ぶ対麻痺となることがあります。また、脊髄損傷では、排尿・排便の障害(膀胱直腸障害)、感覚が失われた部位の褥瘡(床ずれ)、体温調節の困難など、外見からは分かりにくい症状を伴うことがあります。
出典:国立障害者リハビリテーションセンター(別府)による脊髄損傷の解説資料
完全損傷と不全損傷の違い
脊髄損傷は、損傷した部位より下に運動や感覚がまったく残っていない状態を完全損傷(完全麻痺)、部分的に残っている状態を不全損傷(不全麻痺)と呼び分けることがあります。不全損傷では、手指や足を動かすことができる方もいます。
ここで注意していただきたいのは、「完全損傷」は脊髄が物理的に切断された状態を意味する言葉ではないという点です。医学的な重症度評価では、神経学的な検査結果によって完全か不全かが判定されます。国際的に用いられている分類として、American Spinal Injury Association(ASIA)が発行する ISNCSCI(International Standards for Neurological Classification of Spinal Cord Injury、2019年改訂版)があります。同分類では、最も下位の仙髄領域(S4からS5)に感覚・運動機能が残っているかどうか(いわゆる仙髄領域の残存)が、完全(A)か不全(B以下)かを分ける判定要素とされています。
どの分類体系を用いるか、どの版によるかによって、評価の表現は変わります。診断と重症度評価を行うのは医師であり、この記事の説明は、法律上の検討の前提を理解していただくためのものです。ご自身の状態については、必ず主治医にご確認ください。
「後遺症」と「後遺障害」は同じではありません
日常会話では「後遺症」という言葉が広く使われますが、損害賠償の場面では区別して考えます。後遺症は、治療を続けてもこれ以上の改善が見込めない段階で残った症状全般を指す言葉です。これに対して後遺障害は、その残った症状のうち、自動車損害賠償保障法施行令の別表に定められた等級に該当するものとして評価されたものを指して使われます。
症状が残っていることと、後遺障害等級が認定されることは、必ずしも一致しません。逆に、等級が認定されなかったからといって症状がないことになるわけでもありません。だからこそ、症状の内容を資料で示す作業が重要になります。
医学的分類だけで等級が決まらない理由
後遺障害等級は、施行令の別表に定められた文言に当てはまるかどうかで判断されます。別表の文言は、麻痺の分類名ではなく、「常に介護を要するもの」「終身労務に服することができないもの」といった、生活や労務への影響を表す言葉で書かれています。
そのため、「完全麻痺と診断された」という一事をもって等級が決まるわけではなく、その麻痺によって日常生活動作にどのような支障が生じ、どの程度の介護が必要になり、就労にどのような制限が生じているかを示す必要があります。同じ「不全麻痺」でも、日常的に介護を要する方と、歩行できて就労も継続できる方とでは、検討される等級は大きく異なります。
脊髄損傷で問題になる後遺障害等級
三つの判断軸で整理する
脊髄損傷の等級を考えるときは、次の三つを分けて整理すると理解しやすくなります。
- 麻痺の範囲——四肢麻痺、対麻痺、片麻痺、単麻痺など、どこに麻痺が及んでいるか
- 麻痺の程度——運動性・支持性がどの程度失われ、基本動作にどの程度の制限があるか
- 生活・労務への影響——介護が必要か、必要であれば常時か随時か、どの程度の労務に服することができるか
施行令の別表は、このうち三つ目の「生活・労務への影響」を等級の要件として定めています。一つ目と二つ目は、その要件に当てはまるかどうかを判断するための材料という位置付けになります。
別表第一——介護を要する後遺障害
施行令の別表第一は「介護を要する後遺障害」の表であり、脊髄損傷では次の号が問題になります。
| 等級・号 | 別表の文言 | 保険金額(自賠責の限度額) |
|---|---|---|
| 第1級第1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの | 4,000万円 |
| 第2級第1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの | 3,000万円 |
出典:自動車損害賠償保障法施行令(昭和三十年政令第二百八十六号)別表第一。保険金額は同別表および国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」による。
国土交通省は、この別表第一に該当しうる状態について、「脳、脊髄又は胸腹部臓器を損傷し、重度の後遺障害を持つため、移動、食事及び排泄など日常生活動作について常時又は随時の介護が必要な状態」と説明しています。
別表第二——労務への影響で評価される等級
介護を要するとまでは評価されない場合でも、脊髄損傷による症状が労務に影響していれば、別表第二の各号が検討されます。
| 等級・号 | 別表の文言 | 保険金額(自賠責の限度額) |
|---|---|---|
| 第3級第3号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの | 2,219万円 |
| 第5級第2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの | 1,574万円 |
| 第7級第4号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの | 1,051万円 |
| 第9級第10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの | 616万円 |
出典:自動車損害賠償保障法施行令別表第二。保険金額は同別表および国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」による。
別表第二には、このほかに第12級第13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」、第14級第9号「局部に神経症状を残すもの」という号もあります。もっとも、これらは脊髄損傷に固有の規定ではなく、神経症状全般について定められた号です。症状が軽いから当然にこれらの等級になる、という関係にはありません。歩行が可能で、しびれ・脱力・巧緻運動障害・排泄の支障などが残る類型については、記録と立証の方法を含めて別の記事で扱っています。
労災保険の認定基準との関係——号数をそのまま持ち込まない
脊髄損傷の等級を調べていると、「第1級の3」「第2級の2の2」「第9級の7の2」といった号の表記を見かけることがあります。これは労災保険の障害等級に関する認定基準の号数であり、自賠責の施行令別表の号数とは異なります。
厚生労働省は、「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」(平成15年8月8日付け基発第0808002号)において、脊髄症状に関する障害等級の認定基準を定めています。同基準では、たとえば第1級の3として「脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」、第2級の2の2として「随時介護を要するもの」が挙げられています。麻痺の範囲(四肢麻痺・対麻痺・単麻痺など)と程度(高度・中等度・軽度)の考え方も、この資料に整理されています。
国土交通省は、自賠責の後遺障害等級表について「当該等級表は、労働者災害補償保険制度(労災制度)の等級表に準拠している」と説明しています。両制度の考え方が近いことは確かですが、両者は別の制度であり、号数の表記も同一ではありません。自賠責の等級・号を示すときは、必ず施行令の別表で確認する必要があります。また、この労災の認定基準が、個別の自賠責の認定や裁判所の判断を直接拘束するものではありません。
自賠責の後遺障害等級、労災保険の障害等級、身体障害者手帳の等級、障害年金の障害等級、介護保険の要介護認定は、いずれも別の制度です。名称や数字が似ていても、相互に置き換えることはできません。ある制度で認定された等級が、他の制度でそのまま通用するわけではない点にご注意ください。
よくある誤解への回答
- 「完全麻痺なら必ず第1級になる」——そうとは限りません。別表第一第1級第1号の要件は「常に介護を要するもの」です。麻痺の範囲や残存機能、実際の介護状況によっては、第2級以下が検討されることもあります。
- 「不全麻痺なら第3級以下になる」——そうとは限りません。不全損傷であっても、四肢に高度の麻痺が残り、生命維持に必要な動作に常時の介護を要する状態であれば、別表第一の該当性が検討されます。
- 「歩けるなら軽い等級になる」——歩行の可否だけで決まるものではありません。上肢の巧緻運動障害、膀胱直腸障害、易疲労性などが就労に与える影響が評価の対象になります。
なお、脊髄損傷とあわせて、脊柱の変形や運動障害、上下肢の骨折後の障害などが残っている場合には、併合、加重、既存障害の扱いが問題になります。この場合、ここで挙げた等級だけで最終的な結論が決まるわけではありません。また、自賠責等での等級認定と、民事訴訟における後遺障害・損害の判断は同一ではなく、裁判所が自賠責の等級認定に当然に拘束されるという関係にもありません。
脊髄損傷では、どの等級を前提に主張するかによって、必要な資料も、検討すべき損害項目も変わります。
認定結果の理由、後遺障害診断書の記載、介護の実態を照らし合わせることで、次に何を準備すべきかを整理できます。
「常に介護」と「随時介護」を検討する資料
別表第一の第1級と第2級を分けるのは、「常に介護を要する」か「随時介護を要する」かという点です。この違いは、介護の場面と頻度を具体的に示すことで検討されます。
厚生労働省の労災の認定基準では、脊髄症状について「生命維持に必要な身のまわり処理の動作」について常に他人の介護を要するか、随時介護を要するかという整理がされています。また、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するか随時介護を要するかという視点も示されています。
ここで大切なのは、生命維持に関わる動作と、その他の日常生活動作を分けて確認しておくことです。ご家族が「一日中つきっきりです」と説明しても、その内容が家事の延長として受け止められてしまうことがあります。何を、いつ、どれだけ介助しているのかを、記録として残しておく必要があります。
| 場面 | 確認したい内容 | 記録に残す方法の例 |
|---|---|---|
| 食事 | 自力摂取の可否、食事形態、準備・介助・後片付けの要否と時間 | 介護日誌、リハビリ記録、栄養指導の記録 |
| 排泄 | 自己導尿・カテーテル・摘便等の要否、失禁の頻度、夜間の対応 | 排泄記録、診療録、看護記録、使用物品の購入記録 |
| 入浴・清潔 | 洗身・移乗の介助、褥瘡予防の処置、必要な人数 | 訪問看護・訪問介護の記録、写真(本人の同意を得たもの) |
| 移乗・移動 | ベッドと車いすの間の移乗、屋内外の移動、階段・段差の対応 | 理学療法の評価記録、住環境評価の記録 |
| 更衣・整容 | 上衣・下衣の着脱、装具の着脱にかかる時間 | 作業療法の評価記録、介護日誌 |
| 見守り・夜間対応 | 体位変換の頻度、呼吸・自律神経症状への対応、緊急時の備え | 夜間の対応記録、家族の就寝状況の記録 |
| 外出時 | 通院の付添い、公共交通機関の利用可否、介助者の人数 | 通院記録、交通費の領収書、外出時の記録 |
これらの記録は、後遺障害診断書、診療録、リハビリ記録、日常生活状況に関する資料と整合していることが重要です。ご家族の説明と客観的な資料の内容が食い違うと、いずれの信用性も低く見られることがあります。公的な基準で確認できる範囲を超えて、独自の点数や項目数で「常時」「随時」を判定することはできませんので、実際の状況をそのまま記録することを優先してください。
後遺障害申請までにそろえたい医学資料・生活資料
証拠マトリクス
脊髄損傷では、確認したい事実ごとに、対応する資料と確保すべき時期が異なります。次の表は、どの事実をどの資料で示すかを整理したものです。
| 確認したい事実 | 主な資料 | いつ確保するか | 何の判断に関係するか |
|---|---|---|---|
| 損傷部位・画像所見 | MRI、CT、レントゲン(X線)、読影結果 | 急性期および経過中(撮影のたびに) | 事故との因果関係、障害の存在 |
| 神経学的所見・麻痺の範囲と程度 | 神経学的検査の結果(筋力・知覚・反射)、リハビリの評価記録 | 急性期から症状固定まで継続的に | 麻痺の範囲・程度、等級の判断材料 |
| 排尿・排便、褥瘡、疼痛 | 診療録、看護記録、排泄記録、皮膚の処置記録 | 入院中および退院後も継続的に | 介護の必要性、将来治療費、慰謝料 |
| 日常生活動作 | 作業療法・理学療法の評価記録、日常生活状況に関する資料 | 症状固定前に整えておく | 介護の要否と程度 |
| 介護の内容・時間・介護者 | 介護日誌、訪問看護・訪問介護の記録、介護者の勤務状況の資料 | 退院前後から継続的に | 将来介護費の内容、単価、期間 |
| リハビリ経過・補装具 | リハビリ実施記録、補装具の処方・作製に関する資料 | 作製・更新のたびに | 器具費、交換費、将来のリハビリ費 |
| 退院後の生活環境 | 住環境の評価記録、間取り図、写真 | 退院前の住宅改造の検討時 | 住宅改造費の必要性・相当性 |
| 仕事・収入・就労の見通し | 給与明細、源泉徴収票、確定申告書、就業規則、職務内容の資料、復職に関する会社とのやり取り | 事故前の分も含めて早期に | 休業損害、逸失利益、労務への影響 |
| 改造・器具の必要性と費用 | 医療・リハビリ職の意見、図面、仕様書、複数の見積書 | 発注前に取得しておく | 住宅・自動車改造費、器具費 |
時系列で確認したい行動
| 段階 | 確認したい資料 | 主な相談事項 |
|---|---|---|
| 事故直後・急性期 | 事故証明、初診時の診断書、搬送記録、画像 | 保険関係の確認、労災の可能性、記録の残し方 |
| リハビリ中 | リハビリ評価記録、日常生活動作の記録、装具の資料 | 症状の推移の記録方法、退院後の生活設計 |
| 症状固定前 | 神経学的検査の結果、介護の記録、住環境の評価 | 症状固定の時期、後遺障害診断書に記載してほしい事項の整理 |
| 後遺障害申請前 | 後遺障害診断書、画像一式、日常生活状況の資料 | 被害者請求と事前認定のいずれによるか、資料の過不足 |
| 認定結果を受けた後 | 認定票、認定理由、不足を指摘された点 | 異議申立てその他の手続を検討するか、追加資料の要否 |
| 示談前 | 示談案の内訳、将来介護費の前提、免責文言 | 各費目の積算根拠、署名の可否、時効・期間制限 |
治療方針、検査の要否、症状固定の時期は、いずれも医学的な判断です。弁護士がこれらを指示することはありません。必要な検査や今後の見通しについては、主治医とご相談ください。ここで整理しているのは、法律上の検討に必要な資料が何かという点です。
後遺障害の申請方法
後遺障害の申請には、加害者側の任意保険会社を通じて手続を進める方法(実務上「事前認定」と呼ばれています)と、被害者が自賠責保険会社に直接請求する方法があります。後者は、自動車損害賠償保障法第16条第1項が定める、被害者から保険会社に対する損害賠償額の請求(被害者請求)に基づくものです。
請求書類は、損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所で調査され、判断が困難な事案については上部機関や自賠責保険(共済)審査会で審査されると説明されています。認定結果に納得できない場合には、実務上「異議申立て」と呼ばれる手続として、保険会社に再度請求を行うことができるとされています。
この異議申立ては、行政に対する不服申立ての制度ではありません。また、一律の法定の申立期限が定められているという性質のものでもありません。もっとも、基礎となる請求権には期間制限があります。自賠責保険会社に対する被害者請求権は、同法第19条により、被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知った時から三年を経過したときは時効によって消滅すると定められています。加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効は、民法第724条および第724条の2に定めがあり、人の生命又は身体を害する不法行為については、損害及び加害者を知った時から五年間とされています。
いずれの期間についても、起算点、対象となる請求、完成猶予・更新の有無、事故日と適用される規定の関係によって結論が変わります。期限が近いと感じられる場合は、早めにご確認ください。
後遺障害が非該当となったときの異議申立ての判断材料を確認する/症状固定と言われたときの確認事項を見る
脊髄損傷で検討される主な損害項目
自賠責の限度額と、損害賠償の全体像は別のものです
先に挙げた別表の「保険金額」は、自賠責保険・共済から支払われる金額の限度額です。これは、加害者側に請求できる損害賠償の総額でも、示談で受け取る金額でもありません。裁判実務上参照される基準による損害の算定額が限度額を超える場合、その差額は、加害者本人や任意保険会社に対する請求として検討することになります。
自賠責から支払われる金額の算定方法は、「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(国土交通省・金融庁の告示)に定められています。同基準では、後遺障害による損害は逸失利益および慰謝料等とし、施行令第2条ならびに別表第一および別表第二に定める等級に該当する場合に認めるとされています。
適用される支払基準は、事故のあった日によって異なることがあります。具体的な金額については、告示の該当箇所と事故日を照らし合わせて確認する必要があります。
将来介護費
重い麻痺が残った場合、症状固定後の介護に要する費用が、賠償額の中で大きな部分を占めることがあります。ただし、将来介護費は、等級が認定されれば自動的に認められるという費目ではありません。事故との相当因果関係、介護の必要性、内容の相当性、期間、単価について、それぞれ資料に基づく検討が必要になります。
実務上、次のような点が問題になりやすいところです。
- 現在の介護の内容と、一日あたりに要している時間
- 誰が介護しているか(近親者か、職業介護人か、その組合せか)
- 近親者が介護している場合、その方の年齢、健康状態、就労の状況
- 将来、近親者による介護から職業介護へ移行することが見込まれるか、その時期をどう考えるか
- 退院後の生活の場所(在宅か、施設か)と、その前提となる事情
- 介護に関する医師・リハビリ職の意見
- 職業介護を前提とする場合の見積書や、地域の介護サービスの実情
- 期間の前提として、どの資料に基づく平均余命を用いるか
将来にわたって支払われる費用について賠償額を定める場合、中間利息の控除が問題になります。民法第417条の2は、将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合に、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率によると定めており、同法第722条第1項によって不法行為による損害賠償にも準用されています。法定利率は同法第404条に定めがあり、変動する仕組みが採られています。事故日によって適用される利率が異なりうる点にご注意ください。
また、将来の損害について、一時金ではなく定期金による賠償が問題になることがあります。最高裁判所令和2年7月9日第一小法廷判決(平成30年(受)第1856号)は、交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、損害賠償制度の目的および理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は定期金による賠償の対象となる、と判示しました。この判決は、あらゆる事案で定期金賠償を命じるという一般的なルールを示したものではありません。同判決の事案は、当時4歳であった被害者に高次脳機能障害が残り、労働能力を全部喪失したという事案であり、判示の対象も後遺障害による逸失利益についてのものです。将来介護費についてどのように考えるかは、事案ごとの検討が必要です。
付添費・介護費が問題になる場面を確認する/遷延性意識障害(植物状態)の場合の将来介護費を確認する
住宅改造費・自動車改造費
車いすでの生活が前提となる場合、玄関のスロープ、廊下や出入口の幅、浴室・トイレの改造、昇降機の設置などが検討されます。自動車についても、運転補助装置の取付けや、車いすのまま乗降できる仕様への変更が問題になることがあります。
これらの費用についても、必要性と相当性が検討の対象になります。実務上、次のような点が争点になり得ます。
- 改造の必要性について、医療・リハビリ職や住環境の評価に関する意見があるか
- 図面・仕様書があり、改造の内容が特定されているか
- 複数の業者から見積りを取得しているか
- 改造前の状態と改造後の状態を比較できる資料があるか
- 本人以外のご家族も利益を受ける部分について、どのように考えるか
- 建物・車両の耐用年数と、将来の建替え・買替えをどう考えるか
大きな支出を行う前に、資料の整え方を確認しておくことをおすすめします。工事や購入が済んだ後では、必要性を示す資料を後から作ることが難しい場合があります。
介護器具・消耗品・将来治療費
車いす、介護用ベッド、リフト、入浴・排泄に用いる用具、褥瘡予防用具などの費用のほか、これらの交換費用、保守費用、消耗品費、介護雑費が問題になることがあります。器具には耐用年数があり、生涯にわたって何度買い替えることになるかという点も検討の対象です。
また、症状固定後であっても、褥瘡の処置、尿路感染症への対応、痙縮に対する治療、定期的な検査など、継続的な医療が必要になることがあります。これらについても、必要性と相当性を医学的な資料で示す作業が必要になります。
休業損害・逸失利益・慰謝料
就労していた方については、症状固定までの休業損害と、症状固定後の後遺障害逸失利益が問題になります。給与所得者、自営業者、会社役員では、基礎収入の考え方や必要な資料が異なります。
慰謝料については、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料が検討されます。重度の後遺障害が残った場合に、ご家族固有の慰謝料が問題になることがありますが、これは死亡事故における民法第711条の場合と同じように当然に発生するというものではありません。事案の内容によって判断が分かれる領域ですので、個別の検討が必要です。
公的な支援と損害賠償は分けて考える
自動車事故による重度後遺障害については、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)による介護料の支給制度があります。同機構の説明によれば、支給対象は事故時期によって異なり、平成14年4月1日以降の事故については施行令別表の第1級または第2級に該当する方が対象とされ、区分として「最重度(特I種)」「常時要介護(I種)」「随時要介護(II種)」が設けられています。支給額は、その月の介護に要した費用として自己負担した額に応じて、区分ごとに定められた範囲内で支給される仕組みです。
このほか、障害福祉サービス、介護保険、労災保険など、複数の制度が関係することがあります。これらの公的な給付と損害賠償の関係は、給付の性質、制度上の調整規定、保険者による代位の有無などによって異なります。公的給付が損害賠償から当然に全額控除される、あるいは一切影響しないと単純に決まるものではありません。どの制度の、どの給付が、どの損害項目と対応するのかを、制度ごとに確認する必要があります。
よく問題になる場面
完全麻痺と診断されたが、第1級になるのか分からない
診断名と等級は直結しません。別表第一第1級第1号は「常に介護を要するもの」と定めており、実際の介護の内容と頻度を資料で示せるかが検討の中心になります。介護日誌や看護記録が残っているか、後遺障害診断書に日常生活動作の状況が書かれているかをご確認ください。
不全麻痺だが、日常的に介護が必要である
不全損傷であることは、介護の必要性を否定する事情ではありません。実際にどの動作にどれだけの介助が必要かを示すことが重要です。「一部の動作はできる」という記載だけが残っていると、実態より軽く評価されることがあります。できる動作とできない動作を、場面ごとに具体的に記録してください。
歩けるが、しびれ・脱力・巧緻運動障害・排泄障害が残っている
歩行が可能であっても、後遺障害の検討対象になります。この類型では、症状の一貫性、神経学的所見との整合、就労への影響の記録が特に重要になります。詳しくは別の記事で整理しています。
現在は家族が介護しているが、将来は職業介護が必要になりそうである
介護者の年齢、健康状態、就労の状況は、将来介護費を検討するうえでの重要な前提事実です。NASVAも、介護者自身の加齢に伴い必要な介護を提供できなくなる可能性を指摘しています。現在の介護体制と、将来の見通しを分けて整理しておくことをおすすめします。
住宅改造や器具の購入を控えているが、見積りがそろっていない
発注の前に、必要性を裏付ける意見、仕様、複数の見積りをそろえておくことで、後の検討がしやすくなります。工事が先行すると、必要性・相当性の説明が難しくなる場合があります。
保険会社の示談案に、将来の費用がどう反映されているか分からない
示談案の総額だけでは、何がどのように積算されているかは分かりません。将来介護費が計上されているか、その単価と期間の前提は何か、器具の交換費や将来治療費が含まれているかを、内訳で確認してください。示談が成立すると、原則として、後から追加の請求を行うことが難しくなることがあります。
重い身体麻痺があるが、成年後見の申立てが必要なのか迷っている
成年後見制度は、裁判所の説明によれば、「認知症、知的障害、精神障害などによって物事を判断する能力が十分ではない方について、本人の権利を守る人(「後見人」等)を選ぶことで、本人を法律的に支援する制度」です。法定後見は、判断能力の程度に応じて補助・保佐・後見に分かれています。
つまり、身体に重い麻痺があるという事情だけで、当然に成年後見が必要になるわけではありません。手が動かないために書面に署名できない、発話が困難で意思疎通に配慮が必要である、といった身体面の事情と、法律上の判断能力の問題は、別のこととして考える必要があります。意思疎通の方法や身体的な介助の工夫で対応できる場面も多くあります。頭部外傷を合併し、判断能力そのものに影響が生じている場合は、事情が異なります。
示談前・申請前チェックリスト
署名や申請の前に、次の点をご確認ください。
- 後遺障害診断書に、麻痺の範囲と程度、日常生活動作の状況、膀胱直腸障害の有無が記載されているか
- MRI・CT等の画像と、神経学的検査の結果がそろっているか
- リハビリの評価記録が、経過を追える形で残っているか
- 介護の内容・時間・介護者・夜間対応が、記録として残っているか
- 褥瘡、尿路感染、疼痛など、継続的な医療の必要性を示す記録があるか
- 退院後の生活の場所と、住環境の評価に関する資料があるか
- 住宅・自動車の改造、介護器具について、意見・仕様・複数の見積りがあるか
- 事故前と事故後の収入・就労状況を示す資料がそろっているか
- 利用している(または利用を検討している)公的制度の内容と、給付の状況を整理できているか
- 示談案の内訳で、将来介護費・将来治療費・器具費の有無と前提を確認したか
- 認定結果を受けている場合、認定理由と、指摘された不足点を確認したか
- 時効・期間制限について、起算点と対象となる請求を確認したか
- 相談の際に持参する資料(診断書、画像、認定票、示談案、介護記録、収入資料)を整理したか
弁護士へ相談するタイミング
脊髄損傷では、相談の時期によって、整理できることが変わります。結果をお約束するものではありませんが、次のような時期にご相談いただくと、資料と検討課題を整理しやすくなります。
- 症状固定の前——後遺障害診断書に記載してもらいたい事項や、残しておきたい記録を整理できます。
- 後遺障害申請の前——被害者請求と事前認定のいずれによるか、資料に不足がないかを検討できます。
- 認定結果を受けた後——認定理由を読み解き、追加資料の要否や次の手続を検討できます。
- 住宅改造や器具購入など、大きな支出の前——必要性を示す資料の整え方を確認できます。
- 示談の前——示談案の内訳と前提を確認し、署名の可否を判断する材料を整理できます。
なお、治療の内容や検査の要否は医学的な判断であり、主治医にご相談いただく事柄です。弁護士がお手伝いできるのは、法律上の見通しの検討と、それに必要な資料の整理です。
よくある質問
完全麻痺と診断されれば、必ず別表第一第1級になりますか。
必ずそうなるとは限りません。別表第一第1級第1号の要件は「常に介護を要するもの」であり、診断名ではなく、介護の必要性の程度によって判断されます。麻痺の範囲、残存する機能、実際の介助の内容によっては、第2級以下が検討されることもあります。介護の実態を示す記録をご確認ください。
不全麻痺でも、第1級や第2級になることはありますか。
あり得ます。不全損傷であっても、四肢に高度の麻痺が残り、生命維持に必要な動作について常時または随時の介護を要する状態であれば、別表第一の該当性が検討されます。医学的な分類と法律上の等級は、直結する関係にはありません。個別事情により結論は異なります。
「常に介護を要する」と「随時介護を要する」は、どのように区別されますか。
介護が必要な場面と頻度によって区別されます。労災保険の認定基準では、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について常に他人の介護を要するか、随時介護を要するかという整理がされています。食事・入浴・用便・更衣等の場面ごとに、いつ、どれだけの介助が必要かを記録しておくことが、判断材料になります。
歩ける場合でも、脊髄損傷の後遺障害は認定されますか。
歩行が可能であることは、後遺障害を否定する事情ではありません。上肢の巧緻運動障害、しびれ、脱力、膀胱直腸障害、易疲労性などが残っていれば、就労への影響を含めて検討の対象になります。症状の一貫性と、神経学的所見との整合を示す記録が重要になります。
後遺障害の申請前に、そろえておきたい医療資料は何ですか。
後遺障害診断書、MRI・CT等の画像、神経学的検査の結果、リハビリの評価記録、排泄に関する診療記録が基本になります。あわせて、日常生活動作と介護の状況を示す資料を整えておくと、介護の必要性を検討しやすくなります。必要な検査については主治医にご確認ください。
将来介護費には、家族による介護と職業介護のどちらが含まれますか。
いずれも検討の対象になり得ますが、当然に認められるものではありません。誰が、どのような介護を、どれだけの時間行っているか、将来職業介護へ移行することが見込まれるか、その時期をどう考えるかを、資料に基づいて検討します。介護者の年齢や就労状況も、重要な前提事実になります。
住宅改造費や車いすの買替費用も、検討の対象になりますか。
検討の対象になり得ます。ただし、必要性と相当性が問題になり、医療・リハビリ職の意見、図面や仕様、複数の見積り、家族が利益を受ける部分の扱い、器具の交換周期などが検討されます。工事や購入の前に資料をそろえておくことをおすすめします。
脊髄損傷があると、成年後見人を選任する必要がありますか。
身体の麻痺があるというだけで、当然に必要になるものではありません。成年後見制度は、判断能力が十分でない方を法律的に支援する制度であり、身体的な介助の必要性とは別のものです。頭部外傷を合併して判断能力に影響が生じている場合など、事情によって結論は変わりますので、個別にご確認ください。
自賠責保険から支払われる限度額が、受け取れる賠償金の総額ですか。
異なります。別表に定められた保険金額は、自賠責保険・共済から支払われる金額の限度額です。裁判実務上参照される基準による損害の算定額が限度額を超える場合、その差額は、加害者側に対する請求として検討することになります。示談案を受け取ったときは、どの範囲の金額なのかをご確認ください。
まとめ
- 脊髄損傷の後遺障害等級は、完全・不全という診断名ではなく、麻痺の範囲と程度、介護の必要性、労務への影響によって検討されます。
- 「介護を要する後遺障害」は施行令の別表第一に、労務への影響で評価される等級は別表第二に定められています。労災保険の認定基準の号数とは表記が異なります。
- 自賠責保険の限度額は、加害者側に請求できる損害賠償の総額ではありません。
- 将来介護費、住宅・自動車改造費、介護器具費は、必要性・相当性・期間・単価を資料で示す必要があり、等級だけで自動的に認められる費目ではありません。
- 公的な給付と損害賠償の関係、成年後見の要否は、いずれも制度ごと、事案ごとの確認が必要です。
次の行動としては、まず手元の医療資料と介護の記録を整理し、不足している資料を確認してください。治療や検査の見通しは主治医にご相談いただき、示談案や認定結果を受け取っている場合は、署名の前に内訳と理由をご確認ください。
脊髄損傷では、そろえるべき資料が多く、検討すべき損害項目も長期にわたります。どこから手を付けるべきか判断が難しいときは、資料を確認したうえで論点を整理することができます。
後遺障害の申請前、認定結果を受け取った後、示談の前など、手続の節目でのご相談を承っています。
参考資料
- e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」(別表第一・別表第二)
- e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」
- e-Gov法令検索「民法」
- 国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」
- 国土交通省「後遺障害等級表」(PDF)
- 国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(PDF)
- 国土交通省「障害が残ったときは?」
- 厚生労働省「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」(労災保険)
- 損害保険料率算出機構「当機構で行う損害調査」
- 独立行政法人自動車事故対策機構「介護料の支給対象」
- 独立行政法人自動車事故対策機構「介護料の支給額」
- 裁判所「成年後見制度」
- 最高裁判所令和2年7月9日第一小法廷判決(平成30年(受)第1856号)
- 国立障害者リハビリテーションセンター「脊髄損傷について」(PDF)
- American Spinal Injury Association「ISNCSCI Worksheet」

24時間365日受付