交通事故で顔や頭、首、腕、脚に傷あとが残り、後遺障害等級が認定されたのに、保険会社からは「傷あとは身体の機能に影響しないので、逸失利益は0円です」と説明された。「給与は下がっていませんよね」と言われ、示談の提示書では逸失利益の欄がないままになっている。接客や営業の仕事をしていて、これからの配置や昇進、転職への影響が不安なのに、それをどう伝えればよいのか分からない。傷あとの後遺障害では、そのようなご相談が少なくありません。
この記事では、交通事故による傷あとの後遺障害について、逸失利益(後遺障害がなければ将来得られたはずの収入の減少に対する賠償)がどのような考え方で判断されるのか、保険会社から想定される反論、仕事への影響を示すために集めたい資料、示談書に署名する前の確認事項を整理します。なお、「醜状障害」「外貌醜状」は法令・後遺障害実務上の用語であり、本記事では制度の説明に必要な範囲で用い、それ以外の箇所では「傷あと」と表記します。
結論の方向性を先にお伝えすると、醜状障害は、後遺障害等級が認定されても、等級に対応する労働能力喪失率・喪失期間のとおりに逸失利益が自動的に認められるとは限らない類型です。他方で、身体の機能を直接低下させないことだけを理由に、逸失利益が常に否定されるわけでもありません。傷あとの部位や程度、実際の業務内容、収入の推移、配置・昇進・転職への影響、ご本人の努力や勤務先の配慮といった事情を、客観的な資料でどこまで具体的に示せるかによって、結論は事案ごとに変わります。
示談書に署名する前であれば、逸失利益の有無や計算根拠を資料に基づいて確認し、対応方針を整理することができます。まずは取扱業務とご相談の流れをご覧ください。
傷あとの逸失利益は、後遺障害等級だけでは決まりません
傷あとの後遺障害等級は、頭部・顔面部・首(外貌)の傷あとについて、程度に応じて第7級・第9級・第12級が問題になります。腕や脚の露出面の傷あとについても、これとは別に等級が定められています。等級やサイズの基準そのものの解説は、この記事では立ち入りません。顔の傷あと(醜状障害)の後遺障害等級とサイズの考え方を確認する、腕や脚の傷あと(上肢・下肢の醜状障害)の等級の考え方を確認するをご覧ください。なお、現在の等級基準に男女差はありません(経緯は顔の傷の後遺障害等級と男女差の改正経緯を解説した記事で整理しています)。
この記事の主題は、等級が付いた後の話です。傷あとの逸失利益は、おおむね次の三つのいずれかの形で決着します。
- 等級に対応する労働能力喪失率・喪失期間を前提に、逸失利益が認められる場合
- 喪失率を低くする、喪失期間を短く区切るなど、限定した範囲で認められる場合
- 財産上の損害としては認められず、職業上の不利益等が後遺障害慰謝料の算定の中で考慮される場合
どれになるかを分けるのは、等級そのものではなく、傷あとが仕事と収入に与える影響をどこまで具体的に示せるかです。自賠責保険の等級認定は、支払基準(金融庁・国土交通省告示)により「原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う」とされ、傷あとの外形的な程度(大きさ・部位・人目につく程度)を基準に判断されます。これに対し、示談交渉や民事訴訟における逸失利益は、その傷あとで実際にどの程度の稼得能力(働いて収入を得る力)が失われたかという損害の問題であり、裁判所は自賠責の等級や等級表上の喪失率・期間に当然に拘束されるわけではありません。等級認定は重要な出発点ですが、ゴールではないのです。
また、逸失利益は将来の収入減少という財産上の損害、後遺障害慰謝料は精神的苦痛に対する損害であり、別々の損害項目です。将来の形成手術や傷あと修正の費用も、逸失利益とは別の損害項目として、必要性・相当性・費用の裏付けを個別に検討します。この区別は後の章でも繰り返し登場します。
なぜ醜状障害の逸失利益は争われやすいのか
関節が動かない、視力が落ちた、といった機能障害では、身体の働きの低下がそのまま作業能力の低下につながるため、逸失利益は比較的観念しやすいといえます。これに対して傷あとは、多くの場合、身体の機能そのものを直接低下させません。影響は、対人関係での心理的負担、職業上の評価や適格性、配置・採用の場面といった間接的な経路で現れます。この「間接性」が、傷あとの逸失利益が争われやすい最大の理由です。
他方で、外見の障害が仕事に影響し得ること自体は、公的な検討でも指摘されています。労災保険の等級見直しのために厚生労働省が設置した専門検討会の報告書は、外ぼうの障害が就業機会の制限、職種制限、失業、職業上の適格性の喪失等の不利益をもたらし、稼得能力を低下させ得ることを前提に、等級のあり方を検討しています。これは労災制度に関する資料であり、自賠責の認定や民事上の逸失利益の結論を直接決めるものではありませんが、外見の傷あとと仕事の関係をどう捉えるかについての公的な整理として参考になります。
等級表上は、労働能力喪失率の目安として第7級=56%、第9級=35%、第12級=14%、第14級=5%という数値が用意されています(国土交通省の公表する労働能力喪失率表)。これは自賠責保険の支払実務で用いられる目安であり、示談交渉や訴訟では、この率をそのまま当てはめるのが相当かどうかが、傷あとの事案ではまさに争点になります。実際の業務と収入への影響を資料で具体化できた側の主張が通りやすくなる、という構図で理解してください。
逸失利益の判断で考慮される主な要素
裁判実務で傷あとの逸失利益を検討するときに考慮される主な要素を、「なぜ仕事への影響の判断に関係するのか」とあわせて整理します。ご自身の事案にどの要素があるかを確認する目安としてお使いください。
| 要素 | 仕事への影響の判断にどう関係するか |
|---|---|
| 傷あとの部位・形状・目立ち方 | 人目に触れる頻度や印象への影響を左右します。露出する部位か、髪型・衣服との関係、時間の経過や治療による変化の見込みも確認されます。 |
| 年齢・症状固定時の就労/就学状況 | これから就職・転職・昇進を重ねる年代かどうかで、将来の不利益の現れ方が変わります。 |
| 実際の担当業務と対人接触の頻度 | 職種名ではなく、接客・営業・受付・折衝など人と対面する業務の有無・頻度・相手方が具体的に確認されます。 |
| 容貌が業務成果に関係する事情 | 顧客対応の成績、指名・担当の仕組み、写真・映像を用いる業務など、外見が評価や成果に結び付く事情の有無が問われます。 |
| 事故後の収入の推移 | 基本給だけでなく賞与・歩合・手当・時間外の変化も確認されます。減収があれば事故との因果関係が、なければその理由が問題になります。 |
| 配置転換・担当変更・昇進昇給への影響 | 対人業務から外れた、昇進・昇給が見送られたなどの事実は、収入が維持されていても不利益の現れとして検討されます。 |
| 退職・転職・採用への影響 | 退職や不採用と傷あととの関係について、時期・経緯・理由の資料と、事故以外の要因との切り分けが必要になります。 |
| 本人の特別な努力・勤務先の配慮 | 収入が本人の特別な努力や勤務先・同僚の配慮によって維持されている場合、損害を検討する事情になり得ます。 |
| 自営業者・会社役員の事業への影響 | 顧客離れ、受注・売上の減少、営業活動の制約、代替人員・外注費など、事業の数字と対応する事実が確認されます。 |
| 併存する障害・事故以外の要因 | 痛みやしびれなどの併存症状は分けて評価します。景気など事故と無関係な減収要因も区別が必要です。 |
職種・立場ごとの仕事への影響の考え方
「接客業なら認められる」「事務職なら認められない」という職種名だけの判断は、実務の考え方とは異なります。同じ職種でも業務の中身は人によって違うため、実際の業務と傷あとの関係を具体的に示せるかが分かれ目になります。
接客・営業・販売など、対人業務が中心の仕事
接客、営業、販売、受付、飲食、美容、医療・福祉など、人と接する頻度が高い仕事は、傷あとが業務や評価・成果に影響する事情を説明しやすい類型です。もっとも、職種名を挙げるだけでは足りません。対面業務が占める割合、相手方(新規顧客か継続的な利用者か)、業務成果の評価のされ方、事故後に担当や成績がどう変わったかまで具体化して、初めて説得力のある主張になります。
事務・技術・運転・製造など、対面が中心ではない仕事
対面業務が中心でないことは、保険会社が逸失利益を否定する理由としてよく挙げる事情です。しかし、社内外の折衝、顧客先への訪問、採用・広報への関与など、対人接触が全くない仕事はむしろ少数です。現在の職務に影響がなくても、転職や配置の場面での不利益が問題になることもあります。ただし、この類型では立証のハードルが相対的に高くなるのも事実です。抽象的な不安ではなく、実際にあった出来事(担当の変更、応募・面接での経験など)を記録しておくことが重要になります。
自営業者・会社役員
自営業者や会社役員は、ご自身が事業の顔として顧客対応・営業活動を担っていることが多く、傷あとの影響が売上や受注に現れることがあります。他方で、売上の減少には季節変動、景気、価格改定、競合など事故以外の要因も混ざるため、事故前後の月次推移を時系列で示し、事故との対応関係を説明する必要があります。確定申告書、決算書、総勘定元帳、顧客・受注の記録など会計資料の整理が立証の中心になります。詳しくは自営業・会社役員の交通事故における収入の立証を解説した記事をご覧ください。
学生・未成年者・家事従事者
学生や未成年者は現在の収入がないため、将来の職業選択や就職活動への影響という形で逸失利益を検討します。将来の職業が決まっていないこと自体は、逸失利益を否定する理由にはならず、平均賃金(賃金センサス)を基礎収入とする方法が実務上用いられています。裁判例にも、学校の事故で顔に傷あとが残った中学生について、平均賃金を基礎に18歳から67歳までの期間で逸失利益を認めた例があります(大分地方裁判所平成26年6月30日判決。交通事故ではなく学校事故の事案で、嗅覚の障害も併存していたため、傷あとだけの一般的な基準としてそのまま使える数値ではありませんが、若年者について将来の影響を認めた例として参考になります)。
家事従事者(主婦・主夫)は、家事労働について平均賃金を基礎に検討しますが、外見の傷あとが家事労働の能力を直接低下させるかは慎重な検討を要し、傷あとがあることだけから家事への支障を導くことはできません。痛みやつっぱりなどの症状が併存する場合や、パート勤務など家庭外の就労への影響がある場合は、その事情を分けて整理します。
給与が下がっていない場合に確認したいこと
「給与が下がっていないから逸失利益はない」という説明には、最高裁判所の判断枠組みが背景にあります。最高裁判所昭和56年12月22日判決は、後遺障害の程度が比較的軽微で、職業の性質からみて現在または将来の収入の減少も認められない場合には、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められないとしつつ、特段の事情として、本人が特別の努力をして収入を維持している場合や、昇進・転職などの面で経済的な不利益を受けるおそれがある場合を挙げています(事案は腰部挫傷後の神経症状に関するもので、傷あとの事案ではありません)。
つまり、減収がないことは重要な事情ですが、それだけで結論が決まるわけではなく、次のような点を確認する意味があります。
- 収入が維持されているのは、ご本人が無理を重ねた特別な努力の結果ではないか
- 勤務先が業務の軽減、担当の変更、同僚によるフォローなどの配慮をしていないか。その配慮はいつまで続く見込みか
- 基本給は同じでも、賞与、歩合、手当、時間外労働、担当顧客など、見えにくい部分に不利益が出ていないか
- 昇進・昇給の候補から外れた、転職・再就職で不利になったなど、将来に向けた不利益が具体的な出来事として生じていないか
ここで大切なのは、これらをご本人の陳述だけで主張しないことです。勤務記録や人事資料、勤務先の説明書面、収入資料といった客観的な資料と結び付けて初めて、検討に値する主張として扱われます。なお、勤務先に事実と異なる内容の証明書を依頼することは絶対に避けてください。事実の裏付けを欠く書面は、かえって主張全体の信用を損ないます。
「減収がないので逸失利益は0円」という説明を受けている場合でも、収入の内訳や勤務の実情を資料で確認すると、検討の余地が見えてくることがあります。示談の提示書と手元の資料を確認したうえで、争点と対応方針を整理することができます。
保険会社側の主な反論と、確認したい事実・資料
保険会社の担当者が逸失利益を否定・減額する際の説明は、裁判例の傾向を踏まえたものが多く、それ自体が不当というわけではありません。感情的に対立するのではなく、どの反論に対して、どの事実と資料で答えるかという整理の問題として受け止めるのが建設的です。主な反論と確認事項を整理します。
| 想定される反論 | 確認したい事実 | 資料の例 |
|---|---|---|
| 身体の機能に影響がなく、労働能力は低下していない | 業務が身体機能だけで成り立っているか。対人接触や外見が業務の成果・評価に関係する具体的な事情 | 職務内容の説明資料、業務日報、担当・成績の記録 |
| 現在の給与が下がっていない | 特別な努力や勤務先の配慮の有無、賞与・歩合・手当・時間外の変化、昇進・昇給への影響 | 給与明細、賃金台帳、人事評価、勤務先の説明書面 |
| 接客業・対面業務ではない | 実際の業務での対人接触の頻度と相手方、社内外の折衝、転職・配置の場面での影響 | 職務記述書、訪問・面談の記録、組織図・担当表 |
| 髪型・化粧・マスク等で隠せる | 隠すことに伴う負担や制約、業務上マスク等を外す場面の有無、実際に隠しきれるかどうか | 傷あとの写真(部位・大きさが分かるもの)、業務環境の説明 |
| 配置転換・退職・減収は事故以外の事情による | 時期と経緯の対応関係、勤務先が説明する理由、事故前の勤務状況・評価 | 辞令・通知、退職に関する書面、事故前後の評価資料 |
| 将来の昇進・転職への影響は推測にすぎない | 抽象的な不安ではなく、既に生じた出来事(候補からの除外、不採用等)と、職場の昇進・配置の運用 | 昇進・昇給の基準、応募・選考の記録、勤務先とのやり取り |
| 傷あとは時間の経過や治療で目立たなくなる | 症状固定時点の状態、医師の見通し、治療(形成手術等)の内容・負担・効果の限界 | 後遺障害診断書、形成外科等の診療情報、時系列の写真 |
| 等級表の喪失率・期間は高すぎる | 喪失率・期間を基礎付ける個別事情の有無(上記の各事実の積み重ね) | この表の各資料の全体 |
一点、注意があります。髪型・化粧・マスクなどで傷あとを隠すことや、形成手術を受けることを、被害者が当然に行うべき義務であるかのように扱うことはできません。隠すための毎日の負担、業務との両立、手術に伴う身体への負担・費用・効果の限界・危険は、いずれもご本人の生活と身体に関わる事柄であり、どこまで考慮されるかは事案ごとの評価の問題です。相手方からこの種の指摘を受けた場合も、実情を資料で示して反論する余地があります。また、退職・転職と事故との因果関係が問題になる場合の考え方は、交通事故後の退職・減収と逸失利益を解説した記事もあわせてご覧ください。
仕事への影響を示すために集めたい資料
傷あとの逸失利益は、資料の厚みで結論が変わりやすい分野です。何を証明するための資料かという対応関係を意識して集めると、不足が見えやすくなります。
| 立証したい事項 | 資料の例 | その資料が示すこと | 作成・取得時の注意点 |
|---|---|---|---|
| 傷あとの部位・程度・経過 | 後遺障害診断書、等級認定票と認定理由、形成外科等の診療記録、手術記録 | 傷あとの医学的な状態と症状固定時の残存の程度 | 診断書の記載が実際の状態を正確に反映しているかを確認します |
| 傷あとの見た目の変化 | 事故直後・治療中・症状固定前後の写真 | 目立ち方と経過、処置前後の比較 | 加工せず、撮影日・距離・角度・照明の条件を記録します |
| 業務内容と対人接触 | 雇用契約書、労働条件通知書、職務記述書、業務日報、訪問・面談記録 | 実際の業務の中身と、対面業務の頻度・相手方 | 職種名だけでなく、日々の業務が分かる資料を優先します |
| 配置・評価への影響 | 配置転換の通知、担当変更の記録、人事評価、昇進・昇給の基準、勤務先とのメール | 事故の前後で処遇がどう変わったか | 在職中の取得には配慮が必要です。依頼の方法や範囲は事前に検討します |
| 収入の推移 | 源泉徴収票、給与明細、賃金台帳、賞与・歩合の資料、課税証明書 | 基本給・賞与・歩合を含めた収入の実際の変化 | 事故前後の複数年分を揃え、変動の理由を説明できるようにします |
| 退職・転職への影響 | 退職理由の書面、転職活動・応募・選考の記録、職業紹介機関とのやり取り | 退職・不採用と傷あととの関係、時期の対応 | 事故以外の要因の有無も含めて、時系列を整理します |
| 自営業・役員の事業への影響 | 確定申告書、決算書、総勘定元帳、売上・受注・失注の記録、顧客対応記録、外注費の資料 | 事業の数字の変化と、本人の対外活動の関係 | 季節性・景気など事故以外の要因と区別できる形で月次推移を示します |
| 本人の努力・勤務先の配慮 | 業務軽減や補助の内容が分かる資料、勤務先の説明書面、同僚の分担の記録 | 収入維持の背景にある負担や支え | 結論だけの証明書ではなく、具体的な事実を記載した資料にします。事実と異なる記載の依頼はしないでください |
| 心理的な影響(該当する場合) | 心療内科・精神科等の受診記録、診断書 | 医学的な裏付けのある心理的影響と就労への支障 | 傷あとがあることだけから心理的影響を推認することはできません。実際に受診している場合に検討します |
逸失利益の計算で確認する4つの項目
後遺障害逸失利益は、実務上、次の式で計算されます。
後遺障害逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
計算方法の全体像は後遺障害逸失利益の計算方法(喪失率・喪失期間とライプニッツ係数)の記事で解説していますので、ここでは傷あとの事案で各項目がどう争われるかに絞って説明します。
基礎収入
原則として事故前の現実の収入を基礎にします。給与所得者は源泉徴収票などで確認し、賞与や歩合を含めます。学生・未成年者や家事従事者は、賃金構造基本統計調査(賃金センサス)の平均賃金を用いる方法が実務上定着しています。自営業者・会社役員は申告所得や役員報酬の中身(労務の対価といえる部分か)が問題になります。傷あとの事案では、基礎収入そのものよりも次の喪失率・期間が主戦場になりますが、歩合や賞与の比重が大きい仕事では、どの収入を基礎にするかが影響に直結します。
労働能力喪失率
等級表の目安の率を出発点に、実際の仕事への影響の程度に応じて、目安どおり、目安より低い率、またはゼロと判断されます。傷あとの事案で最も争われる項目であり、ここまでの章で整理した判断要素と資料が、そのままこの率の主張・立証に使われます。
労働能力喪失期間
原則は症状固定時から67歳までの期間ですが、傷あとの事案では、影響が生涯続くとは限らないという理由で、期間を短く区切る、当初の一定期間に限る、率を段階的に下げるといった限定的な認定がされることがあります。逆に、若年者では就労の全期間にわたる影響が認められた例もあります。一律の相場で決まるものではなく、仕事の内容と影響の性質から期間を根拠付けることになります。
ライプニッツ係数(中間利息控除)
将来の収入を一時金で先に受け取るため、法定利率による中間利息の控除を行います(民法第417条の2、第722条第1項)。法定利率は現在年3%で、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間も年3%で変わらないことが法務省から公表されています。控除に用いる利率は損害賠償請求権が生じた時点(事故時)の法定利率によるため、事故日によって適用が異なる場合があります。一つの例として、症状固定時40歳・67歳まで27年間・年3%の場合の係数は18.327です(国土交通省「就労可能年数とライプニッツ係数表」による例示であり、実際の計算は事故日・年齢・認定される期間によって変わります)。
自賠責保険の後遺障害部分の支払には等級ごとの限度額があります(第7級1,051万円、第9級616万円、第12級224万円、第14級75万円)。これは逸失利益と慰謝料等を合わせた自賠責の上限であり、損害賠償の総額でも慰謝料の相場でもありません。提示書では、自賠責からの支払と任意保険会社が上乗せする部分を分けて確認してください。
逸失利益が認められない場合と後遺障害慰謝料の関係
逸失利益と後遺障害慰謝料は別々の損害項目ですが、傷あとの事案では相互に関係します。裁判例には、現実の減収がなく、将来の労働能力への影響もはっきりしないとして逸失利益を否定する一方で、職業生活や日常生活上の不利益を慰謝料の算定の中で考慮したものがあります。たとえば、介護職の女性の顔の線状の傷あとについて、逸失利益は認めず、後遺障害慰謝料として1,100万円を認めた例があります(奈良地方裁判所葛城支部平成13年12月25日判決。等級に男女差があった旧基準当時の事案であり、金額を含めて現在の相場をそのまま示すものではありません)。
押さえておきたいのは次の三点です。第一に、慰謝料での考慮は自動ではなく、増え方に決まった基準もありません。第二に、同じ不利益を逸失利益と慰謝料の両方で二重に主張することはできず、裁判所も二重の評価にならないよう調整します。第三に、将来の形成手術費・傷あと修正の費用は、逸失利益とも慰謝料とも別の損害項目であり、必要性・相当性・時期・費用の裏付けを個別に検討します。提示書では、この三つの損害項目がそれぞれどう扱われているかを分けて確認してください。
示談書に署名する前のチェックリスト
示談が成立すると、通常は清算条項(これ以外に債権債務がないことの確認)により、後から逸失利益を追加請求することは難しくなります。署名の前に、次の点を確認することをおすすめします。
- 後遺障害の等級認定票と認定理由を受け取り、内容を確認したか
- 提示書に逸失利益の項目があるか。ない場合・0円の場合、その理由の説明を受けたか
- 基礎収入は、賞与・歩合・手当を含む実際の収入と合っているか
- 労働能力喪失率と喪失期間は何を根拠にしているか。等級表の目安と比べてどうか
- ライプニッツ係数と法定利率は、事故日に対応したものか
- 傷あとの現在の状態を示す写真・診断書が手元に揃っているか
- 勤務・収入・配置への影響を示す資料を提出・主張したか
- 痛みやしびれなど併存する症状が、別の後遺障害として評価されているか
- 清算条項の意味(追加請求が難しくなること)を理解したか
あわせて、請求には期間の制限があります。自賠責保険への被害者請求(自動車損害賠償保障法第16条第1項)は、同法第19条により3年で時効にかかり、後遺障害部分は症状固定時からの起算とされています(国土交通省の案内による)。加害者に対する損害賠償請求権は、人身損害では損害および加害者を知った時から5年(民法第724条の2)、不法行為の時から20年(同法第724条)です。起算点は事案により検討を要するため、期限が近い場合は先に時効への対応を確認してください。示談案全体の確認項目は交通事故の示談案で確認すべき項目の記事で整理しています。
弁護士に相談するタイミング
傷あとの逸失利益は、症状固定の後になってから資料を集め直すのが難しい類型です。次のような場面では、早めのご相談を検討してください。
- 後遺障害診断書を作成する前(傷あとの部位・大きさ・状態の記載内容を確認できます)
- 等級認定の結果が出た後、示談交渉が始まる前
- 保険会社から逸失利益を0円または低い率・短い期間で提示された時
- 配置転換・担当変更・退職・転職など、仕事への影響が現実に生じた時
- 示談書・免責証書に署名する前
ご相談によって特定の結論が保証されるものではありませんが、資料を確認したうえで、等級と提示内容のずれ、喪失率・期間の根拠、集めるべき資料の優先順位、相手方の反論への対応方針を整理することができます。自営業者・会社役員の方の収入資料や事業への影響については、会計資料の分析が必要になることが多いため、当事務所では公認会計士としての知見も踏まえて検討します。
当事務所では、交通事故に関する初回のご相談を無料でお受けしています(事前予約制。事案により平日夜間・土日祝のご相談にも対応します)。等級認定票、示談の提示書、傷あとの写真、収入や勤務に関する資料をお持ちいただければ、逸失利益の検討状況を整理してご説明します。
よくあるご質問
醜状障害の後遺障害等級が認定されれば、逸失利益も自動的に認められますか。
自動的には認められません。等級認定は傷あとの外形的な程度についての判断であり、逸失利益は仕事と収入への実際の影響についての判断です。等級どおり認められる場合、率や期間を限定して認められる場合、否定されて慰謝料の中で考慮される場合があり、資料の内容によって結論が変わります。
保険会社から「傷あとでは仕事に支障がないので逸失利益は0円」と言われました。何を確認すればよいですか。
その説明がどのような業務実態を前提にしているかを確認してください。実際の対人接触、収入の内訳の変化、配置・昇進への影響、ご本人の努力や勤務先の配慮を資料で整理すると、0円という前提が実態と合っているかを検証できます。署名前であれば見直しの余地を検討できます。
事故後に給与が下がっていなくても、逸失利益を検討できますか。
検討できる場合があります。最高裁判所の判断枠組みでも、本人の特別な努力で収入を維持している場合や、昇進・転職などの面で不利益を受けるおそれがある場合は、減収がなくても財産上の損害を認める余地があるとされています。ただし、これらは客観的な資料で裏付ける必要があり、資料の有無で結論が変わります。
接客業や営業職でなければ、逸失利益は認められないのでしょうか。
職種名だけで決まるわけではありません。事務系や技術系の仕事でも、社内外の折衝や訪問、採用・配置・転職の場面での影響が具体的に示せれば、検討の対象になります。逆に、接客業であっても影響を具体的に示せなければ争われます。実際の業務内容と出来事の記録が重要です。
労働能力喪失率と喪失期間は、後遺障害等級どおりになりますか。
等級表の率(第7級56%、第9級35%、第12級14%、第14級5%)と67歳までの期間は出発点となる目安であり、傷あとの事案では、そのまま認められるか、低い率や短い期間に限定されるかが主要な争点になります。仕事への影響を示す資料の内容によって判断が分かれます。
学生や未成年者で、将来の職業がまだ決まっていない場合はどうなりますか。
将来の職業が未定であることは、逸失利益を否定する理由にはなりません。実務では平均賃金(賃金センサス)を基礎収入として、就労開始が見込まれる年齢から67歳までの期間で検討する方法が用いられており、若年者について長期の影響を認めた裁判例もあります。進路や就職活動への影響が生じた場合は、その記録を残してください。
どのような証拠を集めればよいですか。
大きく分けて、傷あとの状態を示す資料(診断書・認定理由・写真)、業務内容と対人接触を示す資料(職務記述書・業務日報)、収入の推移を示す資料(源泉徴収票・給与明細)、配置・評価・転職への影響を示す資料(辞令・人事評価・応募記録)、自営業の方は会計資料が中心です。本文の一覧表を目安にしてください。
逸失利益が認められない場合、後遺障害慰謝料は増額されますか。
職業上の不利益などが慰謝料の算定の中で考慮された裁判例はありますが、自動的に増額されるわけではなく、増え方に決まった基準もありません。また、同じ不利益を逸失利益と慰謝料の両方で二重に評価することはできません。提示書では、逸失利益・慰謝料・将来の手術費がそれぞれどう扱われているかを分けて確認してください。
まとめ
- 醜状障害の逸失利益は、後遺障害等級だけでは決まりません。等級どおり認められる場合、限定して認められる場合、否定されて慰謝料で考慮される場合があります。
- 等級表の労働能力喪失率はあくまで目安であり、実際の仕事への影響を示す資料の厚みが結論を左右します。
- 職種名ではなく、実際の業務内容・対人接触・収入の内訳・配置や転職への影響を具体化することが立証の中心です。
- 給与が下がっていない場合でも、特別な努力・勤務先の配慮・見えにくい不利益・将来の具体的な不利益を資料で示せれば、検討の余地があります。
- 逸失利益・後遺障害慰謝料・将来の手術費は別々の損害項目です。提示書では分けて確認してください。
- 示談書に署名する前に、計算根拠の確認と資料の整理を済ませてください。署名後の追加請求は原則として困難です。
監修者
神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士・公認会計士 藤井 貴之
兵庫県弁護士会所属/日本公認会計士協会兵庫会所属
交通事故による傷あとの後遺障害について、等級認定票、診断書、写真、示談の提示書、勤務・収入に関する資料を確認したうえで、逸失利益の計算根拠の確認、立証資料の整理、示談条項の確認に対応しています。自営業者・会社役員の収入資料の分析が必要な場合には、公認会計士としての実務も踏まえて検討します。
参考資料
この記事は一般的な解説です。逸失利益が認められるか、どの範囲で認められるかは、傷あとの部位・程度、業務の内容、収入の推移、配置・転職への影響、併存する症状、そろえられる資料など、個別の事情によって結論が変わります。示談書に署名する前に、ご自身の事案に即した確認をおすすめします。

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