親族や共同経営者との対立、事業承継などをきっかけに、同族会社の取締役が退任の条件を会社や他の株主と協議することがあります。注意したいのは、取締役の地位から退くこと、退任に伴う金銭の支払、保有株式の処分、会社の借入れについての個人保証の解除が、それぞれ別の問題だという点です。会社と退任の合意をしても、それだけで株式の譲渡や保証の解除まで一括して完了するわけではありません。
取締役は原則として会社の承諾がなくても辞任できますが、辞任できることと、有利で安全な条件で関係を整理できることは別です。誰が何を実行するか、どの決議や債権者の承諾が必要か、どの順序で実行し、実行できない場合にどう扱うかまで決めておく必要があります。本記事では、非上場の株式会社を想定して、これらを整理します。ここでいう同族会社は、親族などが経営と株式の保有に関わる会社という一般的な意味で用いており、法人税法上の定義によるものではありません。結論は、定款、株主構成、契約の内容などの個別事情によって変わります。
合意退任では「地位・お金・株式・保証」を分けて整理する
取締役の地位は会社との委任関係、退職慰労金などの金銭は会社に対する請求、株式は株主としての地位、個人保証は金融機関などとの保証契約の問題であり、法律関係も相手方も異なります。
| 整理する事項 | 相手方 | 必要な確認・手続 | 完了を確認する資料 |
|---|---|---|---|
| 取締役の地位 | 会社 | 辞任届の到達、員数や代表取締役の欠員の有無、後任者の選任、変更の登記 | 辞任届とその到達の記録、後任者の選任に関する議事録、変更の登記後の登記事項証明書 |
| 退任に伴う金銭 | 会社(株式代金は買主) | 支払の名目、定款の定め又は株主総会の決議、支払義務者、金額・期日・方法、源泉徴収 | 決議の議事録、合意書、支払明細、入金の記録 |
| 保有株式 | 株式の買主(他の株主・第三者・会社) | 保有の継続か売却か、譲渡の承認、株券の交付、名義書換、会社が買う場合の決議と分配可能額 | 株式譲渡契約書、譲渡の承認を示す議事録又は通知、株主名簿 |
| 個人保証・担保 | 金融機関などの債権者 | 対象の借入れと保証契約の特定、解除・免除の条件と効力が生じる日、自宅などの担保の解除 | 解除や免除の内容が分かる書面、担保の抹消の登記を確認した登記事項証明書 |
これらを一つの退任合意書にまとめても、署名していない金融機関や株式の買主が、その合意書によって当然に義務を負うわけではありません。事項ごとに、誰が、いつまでに、何をすれば完了するのかを決めておきます。
辞任届を出す前に、退任日と後任を確認する
辞任・合意退任・解任は何が違うか
株式会社と取締役との関係には委任に関する規定が適用され(会社法第330条)、委任は各当事者がいつでも解除できます(民法第651条第1項)。そのため、取締役は原則として会社の承諾がなくても辞任できます。辞任の意思表示は、会社に到達しなければ効力を生じません(民法第97条第1項)。「会社が認めないから辞められない」という説明は、原則として正確ではありません。
もっとも、会社に不利な時期に辞任した場合には、やむを得ない事由があるときを除き、損害賠償が問題となることがあります(民法第651条第2項)。役員としての契約などに辞任に関する定めがあれば、その内容も確認します。辞任届は、配達証明付きの内容証明郵便など、到達の時期と内容を後から確認できる方法で提出します。
合意退任は、辞任の時期や退任に伴う条件を会社と協議して取り決める実務上の進め方であり、会社法に独立した手続があるわけではありません。これに対し、解任は株主総会の決議によって会社の側から取締役の地位を失わせるもので(会社法第339条第1項)、解任に正当な理由がある場合を除き、解任された取締役は、解任によって生じた損害の賠償を会社に請求できます(同条第2項)。なお、合意退任の交渉で求める金額が、残りの任期中の報酬の全額と当然に等しくなるわけではありません。解任の手続と損害賠償の考え方は、解任手続と損害賠償の注意点で解説しています。
取締役が従業員(使用人)を兼ねている場合、役員の退任と従業員としての退職や解雇は別の問題です。雇用契約の内容と勤務の実態を、役職名だけで判断せずに確認します。
員数不足・代表者の欠員・変更登記を確認する
辞任によって会社法又は定款で定めた取締役の員数を欠くことになる場合などには、辞任した取締役は、新たに選任された取締役が就任するまで、なお取締役としての権利義務を有します(会社法第346条第1項)。代表取締役が欠ける場合にも同様の定めがあります(第351条第1項)。会社との間で「退任後は責任を負わない」と合意しても、それだけでこの法律上の地位がなくなるわけではありません。
代表取締役だけを退いて取締役として残るのか、取締役も辞めるのかによって、必要な手続と登記は異なります。定款で定めた取締役の人数や取締役会の有無を確認し、後任者を誰がいつ選任するかを、辞任届を出す前に決めておきます。
登記事項に変更が生じたときは、会社は、本店の所在地において原則として2週間以内に変更の登記をしなければなりません(第915条第1項)。もっとも、これは「辞任届を出した日から常に2週間」という意味ではありません。権利義務が残る場合は、辞任届の提出だけで退任の登記が済む前提に立たず、後任者の選任・就任と登記の申請を合わせて計画する必要があります。登記の完了日と辞任の効力が生じた日も別です。登記は会社が申請するため、合意書で後任者の選任時期と登記の申請期限を定めておきます。辞任後も権利義務が残る場面の詳しい扱いは、辞任後も権利義務が残る場合と退任登記で解説しています。
退任金は「何の支払か」と「誰が決めるか」を明確にする
退職慰労金は社長との口約束だけで判断しない
退職慰労金は、在職中の職務執行の対価として支給されるものである限り、取締役の報酬等に当たり、定款で定めていないときは株主総会の決議によって定めます(会社法第361条第1項)。
最高裁判所第二小法廷昭和39年12月11日判決(昭和38年(オ)第120号・民集18巻10号2143頁)は、旧商法の下で、辞任した監査役の退職慰労金の金額、支給期日、支給方法を取締役会に一任した株主総会決議の効力が争われた事案です。その会社には、業績、勤続年数、担当業務、功績の軽重などから割り出した一定の基準で慰労金を決める慣例があり、決議はこれによることを黙示していたとの原審の認定を前提に、判決は、無条件の一任は許されないとしつつ、この決議は一定の基準に従う趣旨であり、金額等に関する一定の枠が決定されたものといえるとして、無効とはいえないと判断しました。一定の基準に従う趣旨を含まない無条件の一任まで認めたものではありません。
そのため、役員退職慰労金規程や支給の慣行、社長の「退職金は出す」という発言だけでは、具体的な金額を請求できるとは限りません。反対に、株主総会の議事録が見当たらないというだけで、全株主の意思や合意の経緯を確かめずに、一切請求できないと決めつけることもできません。退任の合意では、支給の根拠となる決議を整え、具体的な金額を確定させておきます。一任の範囲や減額・不支給、相殺の問題は、次の記事で解説しています。
報酬・貸付金・株式代金と分け、税引前額と支払条件を決める
「退任金」は法律上の一つの給付を指す言葉ではなく、退職慰労金、未払いの役員報酬、退任者が会社に貸しているお金の返済、株式の売買代金、紛争を解決するための金銭などが含まれ得ます。金銭の性質によって、支払義務者、必要な決議、税務上の扱いが変わります。名目を「解決金」などに変えるだけで、会社法上の決議や税務上の判断を避けられるわけではありません。合意書では、金銭の項目ごとに、少なくとも次の点を決めておきます。
- 支払の名目と、支払う義務を負う者(会社か、株式の買主か)
- 金額が税引前(源泉徴収前)の額か、手取りの額か
- 支払期日、振込先、分割払とする場合の回数と各回の金額
- 支払の前提となる株主総会や取締役会の決議
- 支払が遅れた場合の扱い
合意書で支払を受ける権利が定まっても、会社の資金繰りが悪化すれば回収できないおそれがあります。分割払とする場合は、会社の財務状況と、支払が滞ったときの対応も検討します。
税務では、会社側の処理と受け取る側の課税を分けて確認します。会社側では、適正な額の役員退職金は損金の額に算入されますが、その時期は、原則として株主総会の決議等で金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。実際に支払った事業年度に損金経理をした場合の扱いもあり、取締役会で内定した額を未払金に計上しただけでは、その時点の損金にはなりません(国税庁「No.5208 役員の退職金の損金算入時期」)。会社法上支給できることと、その全額が損金に算入されることも同じではありません。
受け取る側では、退職手当等は源泉徴収の対象となり、「退職所得の受給に関する申告書」の提出の有無で扱いが異なります(国税庁「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」)。役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る特定役員退職手当等には、退職所得控除額を差し引いた後の金額を2分の1にする措置が適用されません(国税庁タックスアンサーNo.2737)。勤続年数は1年未満の端数の扱いを含めて計算するため、月数の印象ではなく、就任日と退任日から確認します。具体的な税額や処理は、実際の退職の状況や申告書の提出の有無を踏まえて、税理士又は税務署にご確認ください。
株式は、残すか売るか、誰が買うかで手続が変わる
退任しても株主の地位は自動的にはなくならない
取締役であることと株主であることは別の地位であり、辞任しても、保有株式が当然に消滅したり、会社や他の株主に移転したりするわけではありません。退任したことだけを理由に、会社や他の株主に株式の買取りを強制できる一般的な権利があるとはいえません。株主間契約などに退任時の売買の定めがある場合は、その内容を確認します。
株式を持ち続ければ、株主として議決権の行使などができますが、経営から離れた後は、会社の状況を日常的に把握しにくくなります。配当の見込み、会社の今後の方針、個人保証の見直しとの関係などを踏まえて、残すか売るかを検討します。保有を続ける場合の権利や、法律が定める要件を満たす場合に利用できる株式の買取りの制度は、少数株主として行使できる権利で解説しています。
残留株主への売却と会社による買取りを区別する
株式を売る場合は、誰が買うかによって必要な手続が変わります。
他の株主や第三者が買う場合
非上場会社では、定款で株式の譲渡に会社の承認を要すると定めていることがあります(譲渡制限株式)。譲渡制限株式を他の株主や第三者に譲り渡すときは、会社に譲渡の承認を求めます(会社法第136条)。承認するかどうかは、原則として株主総会、取締役会を置く会社では取締役会が決めますが、定款に別の定めがあればそれに従います(第139条第1項)。
株式を取得した者は、株主名簿の名義書換をしなければ、取得を会社などに対抗できません(第130条)。株券を発行する旨を定款で定めている会社では、株券を交付しなければ譲渡の効力が生じないため(第128条第1項)、定款と実際の株券の発行状況も確認します。売買契約に署名しただけで、承認や名義書換まで済むわけではありません。
会社が買い取る場合
会社が退任者から株式を買い取る場合は、自己株式の取得として別の規制を受けます。会社が株主との合意により自己株式を有償で取得するには、あらかじめ株主総会の決議で、取得する株式の数、対価の内容と総額、取得できる期間を定める必要があり(会社法第156条第1項)、特定の株主から取得する場合は特別決議が必要です(第160条第1項、第309条第2項第2号)。
この場合、他の株主には自分も売主に加えるよう請求できる旨が通知され(第160条第2項・第3項)、売主となる株主は、原則としてその株主総会で議決権を行使できません(同条第4項)。法律の例外もあるため、すべての案件で同じ手続になるわけではありません。また、対価として交付する金銭等の帳簿価額の総額は、取得の効力が生じる日の分配可能額を超えてはならず(第461条第1項)、分配可能額は預金残高や決算書の純資産額とは異なるため、別に計算して確認します。
税務上も、個人が非上場株式をその発行会社に売却した場合、対価のうちその株式に対応する資本金等の額を超える部分が配当とみなされ、課税されることがあります(いわゆるみなし配当)。他の株主や第三者に売る場合と同じ課税になるとは限らず、相続などで取得した株式には特例もあるため、税理士又は税務署にご確認ください(国税庁タックスアンサーNo.1477)。
価格は評価の前提から協議する
売買価格は当事者の協議で決まりますが、当初の出資額やいわゆる額面、税務上の評価額が、そのまま売買価格になるわけではありません。どの時点を評価の基準日とし、どの資料(決算書、試算表など)を前提に、どの評価方法で算定するかを協議し、その前提を合意書に残しておきます。
個人保証は、金融機関との解除手続まで確認する
会社の「保証を引き取る」という約束だけでは足りない
会社の借入れについての取締役の個人保証は、会社との委任関係とは別に、金融機関などの債権者との保証契約に基づくものです(民法第446条第1項)。取締役を退任しても、代表者が交代しても、株式を売却しても、それだけで保証が当然に解除されるわけではありません。
会社や株式の買主が「今後の保証は引き受ける」「請求されたら補填する」と約束しても、それは当事者の間の取決めにとどまり、金融機関に対する保証責任はなくなりません。保証債務を消滅させるには、金融機関に解除に応じてもらう、免除を受ける(民法第519条)、対象の借入れが完済されるといった手続や事実が必要です。根保証の場合は、完済だけで保証が終わるとは限らないため、契約の内容を確認します。会社による補填の約束も、会社の資金繰りが悪化すれば、約束どおりには履行されないおそれがあります。
確認は、債権者ごと、保証契約ごとに行います。対象となる借入れ、通常の保証か根保証か、残高、解除の条件と効力が生じる日を特定し、解除や免除を受けたときは、その内容が分かる書面などを保管します。自宅などに担保を設定している場合は、担保の解除と抹消の登記も別に確認します。
特に注意したいのは、保証の解除が済まないまま株式を売却し、経営からも離れてしまう場合です。会社の経営や返済の状況を把握しにくくなる一方で、会社が返済できなくなれば、保証人として請求を受ける立場は残ります。
保証解除の交渉と、解除できない場合の条件を決める
保証の見直しを金融機関と協議する際の指針として、「経営者保証に関するガイドライン(PDF)」と「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則(PDF)」があります。ガイドラインは法的な拘束力のない自主的な準則であり、ガイドラインや特則があるからといって、退任者が保証の解除を当然に請求できるわけではありません。
ガイドラインでは、法人と経営者個人の資産・経理の区分、法人の財務基盤、適切な情報開示などを踏まえて、保証の要否や見直しを検討するものとされています。事業承継の場面を対象とする特則では、前経営者が引き続き実質的な経営権・支配権を有しているか、株式の保有状況や代表権の有無、保証以外の手段による保全の状況、法人の返済能力などを勘案して、前経営者の保証の解除を判断するものとされています。前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないことを原則としつつ、例外も設けられています。また、役員の交代がすべて事業承継に当たるわけでもなく、いずれにしても、経営者の交代で保証が自動的に解除されるものではありません。
退任後も議決権の多くを持ち続けたり、実質的に経営に関わり続けたりする場合は、こうした事情が解除の判断で考慮されます。金融機関が保証の継続を求める場合は、継続が必要とされる理由と、解除に向けて改善すべき事項について、具体的な説明を求めることが考えられます。
それでも解除が得られない場合に備えて、退任の合意では、次のような扱いを決めておくことが考えられます。いずれも契約の設計上の選択肢であり、法律で一律に求められているものではありません。
- 保証の解除を、株式の譲渡や経営からの離脱を実行する条件とする
- 解除が得られるまで、株式の譲渡などの実行を延期する
- 解除が得られない場合に、代金や支払条件、会社による補填の約束に担保を付けるかなどを見直す
- 一定の期限までに解除が得られない場合に、合意の全部又は一部を終了させる
「会社は保証の解除に努める」という努力義務だけで足りるか、会社や後継者がどの資料を金融機関に提出し、いつまでに回答を得るかまで定めるかも検討します。なお、辞任の効力が生じた後で合意を終了させても、取締役の地位が当然に元に戻るわけではないため、どの手続を保証の解除の後に回すかは慎重に決めます。
退任合意書と実行手順で確認したいこと
会社・買主・金融機関を同じ相手として扱わない
退任合意書では、会社、退任者、株式の買主(他の株主や後継者など)の義務を分けて定めます。支払や保証の解除を、合意書に署名していない者の約束だけに頼らないことが大切で、たとえば株式代金を残る株主個人が支払うのであれば、その株主自身が当事者となって支払義務を負う形にします。保証の解除には、金融機関との別の手続が必要です。
退任者が取締役である間に、会社が退任者に対する貸付金の返済を免除する、会社の資産を退任者に譲り渡すといった取引を合意する場合は、内容によって株主総会(取締役会を置く会社では取締役会)の承認が必要であり(会社法第356条第1項、第365条第1項)、取締役会の決議では、特別の利害関係を有する取締役は議決に加われません(第369条第2項)。退職慰労金の決議があっても、自己株式の取得や債権の放棄に必要な決議や承認まで済んだことにはなりません。会社側の署名者は退任者以外の代表者とすることも検討し、退任者自身が会社を代表して署名する場合は、とりわけ承認の有無と手続の経過を確認します。
会社や残る株主の側でも、後任者の選任と登記、退職慰労金や自己株式の取得の決議、分配可能額の確認、源泉徴収、金融機関への説明について、担当者と期限を決めておく必要があります。株主の持株比率が拮抗していて、必要な決議自体が成立しない場合は、株主50対50で意思決定が止まっている場合の整理も参考になります。
清算条項で未払請求を消さず、免責を過信しない
合意書には、合意書に定めるもののほか当事者間に債権債務がないことを確認する清算条項を置くことがあります。その場合は、対象となる当事者、債権の範囲、基準時、対象から除く事項を明確にします。除外の定めが不十分な場合や、代金や補填の約束を別の書面で定める場合には、これから支払われる退職慰労金や株式代金、保証に関する会社の補填の約束まで消えたと読まれないよう注意し、後から判明した未払報酬や立替金などの扱いも検討しておきます。
また、清算条項を置いても、取締役が任務を怠ったことによって会社に負う責任を自由に免除できるわけではありません。この責任(会社法第423条第1項)の免除には総株主の同意が必要であり(第424条)、責任の一部の免除や責任の限定にも、それぞれ別の要件があります(第425条、第427条など)。一般的な清算条項や「一切の責任を問わない」という条項だけでこれらの制約を回避することはできず、総株主の同意を得る場合も、免除する責任の範囲を明確にしておく必要があります。
さらに、会社との合意は、金融機関や取引先などの第三者の権利を当然に消すものではありません。取締役は、職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負い(第429条第1項)、この責任は会社との合意だけでは免れません。
合意・承認・実行・履行確認の順序を具体化する
退任合意書で取り決めておきたい主な事項と、不足した場合に残る問題は、次のとおりです。具体的な条項は、会社と当事者の状況に応じて作成します。
| 合意事項 | 決める内容 | 不足すると残る問題 |
|---|---|---|
| 当事者と権限 | 義務を負う者を当事者とし、会社側の署名者と、必要な決議・承認を確認する | 署名していない者の約束に頼ることになり、決議や承認の不備を理由に効力を争われるおそれがある |
| 退任日・後任 | 辞任の効力が生じる日、代表取締役だけを退くか取締役も退くか、後任者の選任時期、登記の申請期限 | 権利義務が残る、登記が放置されるなど、退任後も責任や手続が残る |
| 金銭の内訳 | 退職慰労金、未払報酬、貸付金の返済、株式代金などの区別、支払義務者、税引前か手取りか、期日と方法 | 支払の根拠や金額の解釈をめぐって争いになり、源泉徴収の扱いも不明確になる |
| 株式 | 保有の継続か売却か、買主、株式数、価格と算定の前提、譲渡の承認・名義書換・株券の交付、会社が買う場合の決議と分配可能額 | 承認や名義書換が済まず、株主の地位や代金の支払が宙に浮く |
| 保証・担保 | 対象の借入れと保証契約、金融機関への申入れの担当者と期限、解除・免除の確認方法、担保の抹消 | 経営から離れた後も、保証人として請求を受けるおそれが残る |
| 実行条件 | 決議・承認、金融機関の回答、代金の支払、株式の移転、退任のうち、何を条件とし、どの順序で行うか | 一部だけが実行され、残りが実行されないまま行き詰まる |
| 分割払・不履行 | 分割の回数と各回の金額、支払が遅れた場合の扱い、担保や保証人を求めるか | 会社の資金繰りが悪化したときに、残りの支払を確保できない |
| 引継ぎ | 業務、取引先、書類、印鑑、IDなどの引継ぎの範囲と期限、会社の資料の返還 | 引継ぎの不足を理由に支払を拒まれる、退任後も問合せが続く |
| 秘密保持・競業制限 | 秘密として扱う情報の範囲と期間、競業を制限する場合の対象事業・地域・期間と代償の有無 | 対象や期間が曖昧なまま、解釈や効力をめぐる争いになる |
| 清算範囲 | 当事者、対象債権、基準時、合意書に基づく未履行の義務や保証に関する補填の約束の除外 | 受け取るはずの支払や補填の請求まで放棄したと主張される |
実行の順序は、すべてを同じ日に行う方法に限られません。たとえば、必要な決議、後任者の候補、金融機関への申入れの方針を確認したうえで、決議の成立や保証の解除などを条件とする形で合意書を締結し、条件となる事項を進めてから、辞任届の提出、金銭の支払、株式の移転、業務の引継ぎを合意した順序で実行する進め方が考えられます。実行の後は、辞任届の到達、振込、引継ぎの記録とともに、変更の登記、名義書換、保証の解除・免除と担保の抹消を、登記事項証明書、株主名簿、金融機関の書面などで確認し、保管します。
金融機関から代表者の交代などを先に求められる場合は、退任を先に実行し、保証の解除が確認できるまで株式の譲渡を行わないなど、その間の扱いを合意書で定める方法も考えられます。適切な順序は、会社の資金繰り、金融機関の意向、株式の買主の資力などによって変わります。
相談前に整理したい資料と、署名前に確認すること
相談は、資料がすべてそろってからでなくても構いません。署名や支払の期限が迫っている場合は、手元の資料だけで早めに相談することをおすすめします。次の資料があると、確認すべき点を具体的に整理しやすくなります。
- 定款、登記事項証明書、役員の選任の議事録(機関設計、役職、員数、任期、後任の要否の確認)
- 株主名簿、株主間契約、株券に関する資料(所有者、議決権、売却の制約、必要な手続の確認)
- 役員報酬・退職慰労金の規程、株主総会・取締役会の議事録、支給の通知(支給の根拠と、決定の段階の確認)
- 決算書、試算表、資金繰り表(価格の協議、会社の支払能力、保証の見直しの材料)
- 借入れ・保証・担保の契約書、残高が分かる資料、金融機関の回答(対象の債務と解除の条件の確認)
- 退任者と会社の間の金銭の貸し借りの契約書や入出金の記録(どちらがいくら貸しているかの確認。会社の帳簿の「役員借入金」は、退任者から見ると会社への貸付金です)
- 辞任届の案、合意書の案、交渉の経過が分かるメールなど(合意の内容、到達や交渉の経緯の確認)
資料は、ご自身が正当に保有しているもの又は適法に入手できるものを保存してください。権限なく会社の資料を持ち出す、会社のシステムにアクセスする、記録を書き換える、議事録を日付をさかのぼって作成するといった行為は、新たな紛争や法的な責任の原因となり得るため避けてください。
署名する前には、少なくとも次の点を確認しておきます。
- 辞任の効力が生じる日と、後任者の選任・変更の登記の段取りが決まっているか
- 金銭の名目、支払義務者、税引前の額か手取りの額かが明記されているか
- 退職慰労金の支払に必要な決議が済んでいるか、又は実行の条件になっているか
- 株式の買主、価格と算定の前提、譲渡の承認などの手続が決まっているか
- 保証の解除の見通しと、解除できない場合の扱いが決まっているか
- 清算条項が、合意書に基づく支払や補填の約束まで消す書き方になっていないか
退任条件の整理について相談する
辞任届や退任合意書に署名する前はもちろん、決議や支払、株式の移転を実行する段階でも、退任の時期、退任金、株式、個人保証の扱いを資料に基づいて整理し、合意書の条件、実行の順序、履行の確認方法を検討できます。相談の方法、予約時の注意事項、費用は、各ページでご確認ください。
ご相談をお受けする前に、利益相反の有無を確認します。同じ退任の問題について、会社、退任者、他の株主のうち利害が対立する当事者の双方からご依頼をお受けすることはできません。また、予約のお申込みを受け付けた時点で、法律相談の実施やご依頼の受任が決まるわけではありません。
よくある質問
株式を残したまま取締役だけ辞められますか
取締役の地位と株主の地位は別のものなので、株式を持ったまま取締役を辞任することはできます。ただし、辞任によって員数を欠く場合は、後任者が就任するまで取締役としての権利義務が残ります。また、会社の借入れを個人で保証している場合、保証の見直しでは株式の保有状況や実質的に経営に関わっているかどうかも考慮されることがあるため、株式を残すかどうかは保証の扱いと合わせて検討します。
保証解除前に退任することはできますか
退任と個人保証の解除は別の問題なので、保証の解除が済んでいなくても、取締役を辞任すること自体はできます。ただし、辞任によって員数を欠く場合は後任者の就任まで取締役としての権利義務が残るうえ、退任しても金融機関に対する保証責任は残り、経営から離れた後に保証人として請求を受けるおそれがあります。保証の解除を株式の譲渡などの実行条件とするか、解除できない場合にどう扱うかを、退任の合意の中で決めておくことが大切です。
「今後一切請求しない」と書けば責任もなくなりますか
そうとは限りません。範囲を限定しない清算条項は、受け取るはずの退任金や株式代金の請求まで放棄したと読まれるおそれがあります。また、任務を怠ったことによる会社への損害賠償責任の免除には総株主の同意が必要とされる(会社法第424条)など会社法上の制限があり、金融機関などの第三者の権利も、会社との合意だけでは消えません。清算条項の対象となる当事者と債権、対象から除く事項を明確にしておく必要があります。
事務所・弁護士のご案内
本記事は、弁護士法人ひょうご支所神戸みらい法律会計事務所(神戸市須磨区中落合)が掲載している一般的な解説です。在籍する弁護士は兵庫県弁護士会に所属しています。弁護士の紹介は、次のページでご覧いただけます。
参考資料
本記事の情報基準日は令和8年(2026年)10月28日です。法令は同日時点で施行されているものに基づき、国税庁の資料は、同庁が示す令和8年(2026年)4月1日現在の法令等に基づく内容を参照しています。本記事は一般的な情報の提供を目的とするもので、個別の事案の結論は事情によって異なります。

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