「親族に頼まれて名前だけ取締役になった」「会社に一度も行ったことがない」「辞任したのに登記簿に自分の名前が残っている」「後任が決まらないので辞められない」。取締役の名義や登記をめぐるご相談は、いずれも「自分は本当に取締役なのか」という同じ不安から始まります。
結論から申し上げます。名目的であるという事情だけで責任を免れるとは限りません。他方で、判例には、名目上の代表取締役について任務懈怠を認めながら、損害との相当因果関係を否定して請求を排斥したものもあります。責任の有無は「名前だけかどうか」では決まらず、地位、義務、任務懈怠、主観的要件、損害、因果関係を順に検討して判断されます。
また、登記だけが残っている方と、会社法上なお取締役としての権利義務を有する方とでは、根拠となる条文も、離脱のために取るべき手続も異なります。まず必要なのは、呼び方ではなく、選任、就任承諾、辞任、任期、員数及び実際の行為から法的地位を確定することです。
この記事で分かること
- 名目的取締役、登記だけの取締役、権利義務取締役の違いと見分け方
- 会社に対する責任(会社法第423条)と第三者に対する責任(同法第429条)の要件の違い
- 「報酬を受けていない」「経営を知らなかった」という事情がどこまで意味を持つか
- 会社が退任登記に応じない場合に取り得る手続と、その順序
- 権利義務取締役の地位を解消できる方法と、解消できない方法
- 会社側・株主側・債権者側が責任追及のために整えるべき資料
就任承諾書や辞任届に署名する前、請求書面に回答する前であれば、登記事項証明書と定款を確認したうえで、取り得る選択肢と順序を整理しやすくなります。取締役の名義・登記・地位でお困りの方は、ご相談ください。
結論|「名義」「登記」「実際の地位」を分けて確認する
「名目的取締役」「名ばかり取締役」「登記簿上の取締役」「権利義務取締役」は、日常語ではどれも「名前だけ」と表現されますが、法律上の位置付けは異なります。まず次の表でどの行に当たるかを確認してください。
| 類型 | 実際の法的地位 | 責任の考え方 | まず確認する資料 |
|---|---|---|---|
| 適法に選任され就任を承諾したが、経営に関与していない(名目的取締役) | 会社法上の取締役。委任関係に基づく義務を負う | 名目的であることだけでは免責されない。会社法第423条・第429条の要件を個別に検討する | 株主総会議事録、就任承諾書、定款 |
| 有効な選任がないのに、本人が就任登記を承諾し、又は加功した | 実体上は取締役ではない | 登記だけで当然に取締役になるわけではないが、会社法第908条第2項の類推適用により、善意の第三者に取締役でないことを対抗できない場合がある | 登記申請書及び添付書類、就任承諾書の作成経緯 |
| 本人の承諾なく、取締役として登記された(無断登記) | 実体上は取締役ではない | 不実の登記への承諾・加功がなければ、上記の類推適用の前提を欠く方向で検討する | 登記事項証明書、登記申請書及び添付書類、印鑑証明書の交付記録 |
| 有効に取締役であったが、辞任又は任期満了後も退任登記が残っている | 既に退任している(次行に当たる場合を除く) | 登記が残っていることだけでは責任を負わない。辞任後も積極的に取締役として行為した場合や、不実の登記の残存に明示的に承諾した等の特段の事情があるときは別 | 辞任届、到達を示す記録、任期を定める定款 |
| 任期満了又は辞任により員数を欠くため、なお取締役としての権利義務を有する(権利義務取締役) | 会社法第346条第1項により、法律上なお取締役としての権利義務を有する | 現に取締役としての義務を負うため、責任の検討も現任の取締役に準じる | 定款所定の員数、履歴事項全部証明書、後任選任の有無 |
| 登記も適法な選任もないが、実質的に取締役と同様の業務執行をしている(事実上の取締役) | 会社法上の取締役ではない | 別の法律構成による責任が問題となり得る | 業務執行の実態を示す資料 |
責任を検討する順序
①実体上の地位→②その地位に基づく具体的な義務→③任務懈怠と主観的要件(悪意・重大な過失等)→④損害→⑤相当因果関係、の順に検討します。不実の登記が関係する類型では、これに加えて会社法第908条第2項の適用又は類推適用の要件(不実の登記についての故意又は過失、本人の承諾・加功、第三者の善意)を別に検討します。
次のような単純化はいずれも正確ではありません。「名目的取締役は必ず責任を負う」「名前だけなら責任を負わない」「登記があれば必ず会社法上の取締役である」「辞任届を出せばその日から一切の権利義務がなくなる」「退任登記が残っていれば常に責任を負う」「権利義務取締役は、もう一度辞任届を出せば地位を離れられる」。
最初に行う確認の手順
立場を確定するために、次の順序で確認してください。この順序を飛ばすと初動を誤ることがあります。
- 履歴事項全部証明書、定款、株主総会議事録、就任承諾書又は辞任届を集める。
- 有効な選任と就任承諾があったか、辞任又は任期満了はいつかを確認する。
- 法令又は定款所定の取締役の員数を確認し、権利義務取締役に当たるかを判定する。
- 機関設計、担当していた職務、受け取っていた情報、実際に行った行為を時系列で整理する。
- 請求を受けている場合は、請求主体、法的根拠、対象行為、損害、因果関係、回答期限を確認する。
- 退任を求める場合は、後任の選任、機関設計の変更、裁判所への申立て、登記請求のどれを選ぶかを検討する。
- どの立場で相談するかを決め、利益相反の確認を経てから資料を共有する。
名目的取締役とは
「名目的取締役」「名ばかり取締役」は会社法上の定義語ではなく、適法に選任され就任を承諾しているものの、実際の業務執行にほとんど関与していない取締役を指す実務上の言い方です。
取締役は株主総会の決議によって選任され(会社法第329条第1項)、本人が就任を承諾することによって会社との間に委任関係が生じます(同法第330条、民法第644条)。登記は取締役の氏名を公示するものであり(会社法第911条第3項第13号)、就任の効力を発生させる要件ではありません。したがって、選任と就任承諾があれば、出社していなくても、報酬を受けていなくても、法律上は取締役です。
取締役は、法令、定款及び株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実に職務を行う義務(会社法第355条)と、善良な管理者の注意をもって職務を処理する義務(同法第330条、民法第644条)を負います。名目的取締役も、この枠組みの外に置かれるわけではありません。
取締役会設置会社と取締役会非設置会社の違い
義務の中身は機関設計によって変わります。取締役会設置会社では、取締役会がすべての取締役で組織され、取締役の職務の執行を監督します(会社法第362条第1項・第2項第2号)。業務を執行するのは代表取締役と、取締役会の決議で選定された業務執行取締役です(同法第363条第1項)。業務を担当していない取締役の主な職務は、取締役会を通じた監視です。
これに対し、取締役会非設置会社では、定款に別段の定めがある場合を除き各取締役が業務を執行し、取締役が二人以上いる場合の業務の決定は取締役の過半数によります(同法第348条第1項・第2項)。取締役会という監視の場がない分、他の取締役の業務執行にどう関与すべきかは実態に即して個別に判断されます。なお、判例に出てくる「社外重役」は、現行会社法が定義する「社外取締役」と同じ意味ではありません(社外取締役・社外監査役の選び方の解説を読む)。
名目的取締役が負い得る責任
会社に対する責任
役員等は、その任務を怠ったときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(会社法第423条第1項)。検討すべきは、①役員等の地位、②任務懈怠、③会社に生じた損害、④相当因果関係です。自己のためにした利益相反取引の場合を除き(同法第428条第1項)、任務を怠ったことが役員の責めに帰することができない事由によるかどうかも問題になります。
この責任には、総株主の同意による免除(同法第424条)、株主総会決議による一部免除(同法第425条)、定款の定めに基づく免除(同法第426条)、非業務執行取締役等との責任限定契約(同法第427条)があります。ただし、いずれも会社に対する責任を対象とする制度であり、第三者が有する請求権を当然に消滅させ、又は限定するものではありません。
会社が破産した場合、この責任は破産管財人によって追及されることがあります。裁判所は、必要があると認めるときは、破産管財人の申立てにより又は職権で、役員の責任に基づく損害賠償請求権の査定の裁判をすることができ(破産法第178条第1項)、役員の財産に対する保全処分をすることもできます(同法第177条第1項)。
第三者に対する責任
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法第429条第1項)。最高裁昭和44年11月26日大法廷判決は、旧商法の同趣旨の規定について、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係がある限り、会社が損害を被った結果として第三者に損害が生じた場合であるか、第三者が直接損害を被った場合であるかを問わないとし、第三者は任務懈怠についての悪意又は重大な過失を主張立証すれば足り、自己に対する加害についての故意又は過失まで主張立証する必要はない、としました。
民法第709条の不法行為とは要件が異なりますので、混同しないでください。また、取締役自身が虚偽の登記をした場合の責任は会社法第429条第2項第1号ハに別に定めがあり、注意を怠らなかったことを証明したときは責任を負わないとされています(同項ただし書)。後述する会社法第908条第2項の類推適用の場面とは、要件が異なります。
監視義務と「名目的であること」の関係
最高裁昭和48年5月22日判決は、取締役会を構成する取締役は、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般を監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、又は招集を求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務を有する、としました。
そのうえで、最高裁昭和55年3月18日判決は、会社の内部的事情や経緯からいわゆる社外重役として名目的に就任し、一度も出社したことがない取締役についても同様であるとして、監視義務がないとした原判決のうち当該取締役に関する部分を破棄し、差し戻しています。「名前だけだから監視義務がない」という理解は、判例の立場と異なります。
もっとも、義務違反が認められれば必ず賠償責任が生じるわけでもありません。最高裁昭和45年7月16日判決は、旧有限会社法の規定に関する事案について、経営の実権を他の者に包括的に委ね自ら経営に関与しなかった名目上の代表取締役につき、代表取締役としての任務を故意に懈怠していたということができるとしながら、その任務懈怠と第三者の損害との間に相当因果関係があるとはいい難いとして、請求を認めませんでした。旧法・有限会社の事案を現行会社法に機械的に当てはめることはできませんが、任務懈怠の有無と、損害との因果関係とは別に検討されるという枠組みは現在の実務でも重要です。責任の成否は、会社の規模と機関設計、担当の有無、得られた情報、予見可能性、是正手段の有無、因果関係といった具体的事情によります。
よくある反論と、その法律上の位置付け
| 主張 | 法律上の位置付け | 裏付けに必要な資料 |
|---|---|---|
| 役員報酬を一度も受け取っていない | 報酬の有無は義務の発生要件ではなく、任務懈怠の評価で事情として考慮され得るにとどまる | 報酬に関する定款の定め又は株主総会決議、支払記録 |
| 出社したことがなく、会議にも出たことがない | 監視義務を尽くさなかったと評価される方向に働き得る | 招集通知、議事録、出席状況の記録 |
| 代表者に任せていた、親族に頼まれて名前を貸しただけである | それだけでは免責されない。経緯は事情として考慮され得る | 就任の経緯を示すやり取りの記録 |
| 社内で「責任は負わせない」と言われた | 会社との内部的な合意は、第三者の請求権に影響しない | 合意書、電子メール等 |
| 自分が関与しなくても同じ結果になった | 因果関係を争う主張であり、任務懈怠の有無とは別に検討される | 意思決定の経過、権限分配、是正可能性を示す資料 |
取締役の責任一般と株主代表訴訟の全体像については、取締役の責任と株主代表訴訟リスクへの備えの解説を読むことができます。なお、補償契約には補償できない範囲の定めがあり(会社法第430条の2)、役員等賠償責任保険(D&O保険)については同法第430条の3のほか約款の免責事由と免責金額の確認が必要です。いずれも責任そのものを消す制度ではありません。
登記簿上だけ取締役になっている場合
商業登記に一般的な公信力はありません。「登記があるから実体上も必ず取締役である」とはいえず、その逆もいえません。もっとも、登記を信頼した第三者を保護する規定があるため、実体と登記が食い違う場合には次の二つを分けて考える必要があります。
- 会社法第908条第1項は、登記すべき事項は登記の後でなければ善意の第三者に対抗できないと定めるものです。既に辞任して職務を有しない者に、取締役としての任務を新たに生じさせる規定ではありません。
- 会社法第908条第2項は、故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗できないと定めるものです。
有効な選任がないのに、就任登記に承諾を与えた場合
最高裁昭和47年6月15日判決は、株主総会等の決議に基づかない全く名目上の就任であった事案について、本人が就任の登記に承諾を与えていたのであれば不実の登記の出現に加功したものというべきであるとして、旧商法の規定(現行の会社法第908条第2項に対応します)を類推適用し、本人に故意又は過失がある限り、登記事項が不実であることを善意の第三者に対抗できない、としました。
ただし、これで直ちに損害賠償責任が確定するわけではありません。対抗できない結果として会社法第429条第1項の責任が検討されるにとどまり、任務懈怠、悪意又は重大な過失、損害及び相当因果関係は別途検討が必要です。
本人の承諾がない無断登記の場合
本人が選任にも就任にも登記にも関与していない場合は、不実の登記への承諾・加功という類推適用の前提を欠く方向で検討します。まず確認すべきは、登記の前提とされた株主総会議事録、就任承諾書、印鑑証明書、登記申請書及びその添付書類です。登記簿の附属書類は、閲覧について利害関係を有する者が手数料を納付して閲覧を請求できます(商業登記法第11条の2)。
是正の方法としては、役員の地位の不存在確認、登記の更正の申請(商業登記法第132条)、登記の抹消の申請(同法第134条)等が考えられます。もっとも、抹消の申請や登記官による職権抹消の手続(同法第135条から第137条まで)は、争いのある実体関係を登記官が本格的に審理して解決する制度ではありません。実体上の争いがある場合は、訴訟等による解決を前提に方針を立てます。
「そもそも就任していない」と主張する場合に、先に辞任届を提出すると、過去に取締役であったことを認めたという争いを招くおそれがあります。まず就任の事実と登記資料を確認してください。
辞任したのに退任登記をしてもらえない場合
まず権利義務取締役に当たるかを確認する
辞任の意思表示が会社に到達すれば、辞任の効力自体は生じます。もっとも、辞任によって法令又は定款で定めた取締役の員数を欠くことになる場合には、会社法第346条第1項により、なお取締役としての権利義務を有します。この場合、退任登記だけを先行させることはできません。最高裁昭和43年12月24日判決は、変更登記申請の却下処分が争われた事案において、員数を欠いて権利義務が存続する間は登記事項に変更が生じていないとして、申請は却下すべきであるとしました。
あわせて任期の確認も必要です。取締役の任期は、原則として選任後二年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までですが、公開会社でない株式会社では定款によって十年まで伸長できます(会社法第332条第1項・第2項)。定時株主総会を開いていない会社では、気付かないうちに任期満了で退任している場合も、逆に十年間退任していない場合もあります。
登記が残っていることによる責任
最高裁昭和37年8月28日判決は、辞任により退任した取締役は、法律の規定によりなお取締役としての権利義務を有するものとされる場合を除き取締役としての職務を有しないから、何もしなかったことを任務懈怠とはいえず、退任の登記の前であっても旧商法の第三者責任の規定を適用する余地はない、としました。ただし、退任後もなお積極的に取締役としての対外的又は内部的な行為をあえてした場合には、これによって損害を受けた善意の第三者からの請求が認められ得ることも述べています。
最高裁昭和62年4月16日判決は、取締役を辞任した者は、辞任後も積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除き、辞任登記が未了であることにより取締役であると信じて取引した第三者に対しても責任を負わないとしたうえで、登記申請権者である会社の代表者に対し、辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情が存在する場合には、旧商法の規定の類推適用により、善意の第三者に対して取締役でないことを対抗できない結果、責任を免れない、としました。
会社に登記を求める手順
- 辞任の意思表示と到達を証拠化する(内容証明郵便と配達証明、会社の受領記録の保存)。
- 定款と履歴事項全部証明書で、員数と後任選任の有無を確認する。
- 書面で退任登記の申請を求め、送付の記録を残す。
- 応じない場合に、会社を相手方とする退任登記手続請求等の法的手続を検討する。
役員変更の登記の申請権者は会社です。退任による変更の登記の申請書には退任を証する書面を添付し(商業登記法第54条第4項)、登記所に印鑑を提出している代表取締役等の辞任では、辞任を証する書面に押印した印鑑につき市町村長が作成した証明書の添付が必要とされる場合があります(商業登記規則第61条第8項)。
確定判決を得た場合の登記の方法は、判決の主文、登記原因、商業登記法上の申請方法及び管轄法務局の運用によります。判決があれば常に本人が単独で登記できると考えるのは早計です。会社法第937条による裁判所書記官の職権嘱託も、同条が列挙する裁判に限られます。登記申請の代理には司法書士の業務となる範囲がありますので、交渉・訴訟と登記申請の役割分担を確認して進めてください。
してはいけないことは、虚偽の株主総会議事録や就任承諾書の作成、会社の印鑑の無断使用、取引先や第三者への無差別な公表です。いずれも名誉毀損、信用毀損、秘密保持等の別の法律問題を生じさせます。
権利義務取締役とは
会社法第346条第1項は、「役員が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。」と定めています。実務上、この地位にある取締役を「権利義務取締役」と呼びます。
要件は二つです。第一に、退任の原因が任期の満了又は辞任であることです。死亡、解任、欠格事由による退任は含まれません。死亡した場合の欠員処理については、代表取締役が死亡した場合の後任選任と登記の解説を読むことができます。第二に、その時点で役員が欠けたか、法令又は定款で定めた員数を欠いたことです。取締役会設置会社では取締役は三人以上でなければならず(会社法第331条第5項)、定款でこれを上回る員数を定めている会社もあります。
この権利義務は、登記や本人の同意によってではなく、要件を満たせば法律上当然に生じます。登記事項証明書に「権利義務取締役」という表示が付くわけではないため、登記だけを見ても、現任の取締役、権利義務取締役、単に退任登記が未了の者を区別することはできません。
権利義務取締役は善管注意義務及び忠実義務を負い、取締役会設置会社では取締役会の構成員として扱われます。責任の検討も現任の取締役に準じます。代表取締役にも同様の規定がありますが(会社法第351条第1項)、取締役としての地位と代表取締役としての地位は分けて検討します。
報酬については、権利義務が続くことから当然に従前と同額の報酬請求権が続く、とはいえません。定款の定め又は株主総会の決議の内容(会社法第361条第1項)を確認してください。なお、同法第346条第3項は、裁判所が選任した一時役員の職務を行うべき者の報酬に関する規定であり、権利義務取締役の報酬の直接の根拠ではありません。
権利義務取締役の地位を解消する方法
基本は、後任の取締役が適法に選任され、就任することです。選任決議があっても本人の就任承諾を欠く場合や、決議が無効又は不存在である場合には、原則として従前の者の権利義務は解消しません。株主総会の招集手続と議事録の整え方については、株主総会の準備と運営の解説を読むことができます。
通常の解任では解消できない点にも注意が必要です。最高裁平成20年2月26日判決は、会社法第346条第1項により退任後もなお役員としての権利義務を有する者について、同法第854条を適用又は類推適用して株主が訴えをもって解任を請求することは許されないとしました。そのうえで同判決は、同法第346条第1項の「新たに選任された役員」には同条第2項の一時役員(仮役員)が含まれるとして、株主は仮役員の選任を申し立てることによって役員権利義務者の地位を失わせることができる、としています。通常の役員解任の手続については、役員解任の手続と正当な理由の解説を読むことができます。
| 方法 | 実行する主体 | 主な必要資料 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 後任取締役の選任と就任 | 会社(株主総会) | 招集通知、株主総会議事録、就任承諾書、株主リスト | 選任決議だけでは足りず、本人の就任承諾が必要 |
| 員数を欠かない機関設計への変更(定款変更、取締役会の廃止等) | 会社(株主総会) | 定款、株主総会議事録 | 決議要件のほか、他の機関、登記、許認可、契約、金融機関対応への影響を確認する |
| 一時取締役の職務を行うべき者の選任申立て(会社法第346条第2項) | 利害関係人 | 登記事項証明書、定款、利害関係を示す資料、員数を欠くことを示す資料 | 「必要があると認めるとき」に当たることが必要。裁判所の案内では、権利義務役員がいる場合や、会社内部で後任選任のための株主総会を開催できる場合には、通常は必要性が欠けると整理されている |
| 一時代表取締役の職務を行うべき者の選任申立て(会社法第351条第2項) | 利害関係人 | 同上 | 代表取締役の欠員への対応であり、これだけで取締役としての権利義務が消えるわけではない |
大阪地方裁判所の案内によれば、この申立ては本店の所在地を管轄する地方裁判所(会社法第868条第1項)に書面で行い、申立手数料は収入印紙1000円、選任の登記の嘱託手数料として収入印紙3万円が必要とされています。予納金は報酬等の支払を担保するために必要となる場合があり、金額は事案により異なるとされています。取扱いは裁判所により異なり得ますので、申立て先の案内を確認してください。
放置にも注意が必要です。員数を欠くこととなった場合に選任の手続をすることを怠ったとき(会社法第976条第22号)、及び登記をすることを怠ったとき(同条第1号)は、100万円以下の過料に処される可能性があります。役員の変更の登記は、登記の事由が発生した時から2週間以内にしなければなりません(同法第915条第1項)。また、登記が最後にあった日から十二年を経過した休眠会社は、法務大臣の公告後に届出をしないと解散したものとみなされます(同法第472条第1項)。
立場別の初動
- 名前を貸してほしいと頼まれている方。署名の前に、定款、機関設計、事業内容、他の役員、財務状況を確認し、就任承諾書の控えを保管してください。引き受けないことも選択肢です。
- 既に名目的取締役になっている方。議事録、就任承諾書、任期、担当の有無、受領した資料を時系列で整理し、是正が必要と考えた事項は記録に残してください。
- 辞任したが登記が残っている方。辞任の到達を証拠化し、員数と後任選任の有無を確認して、権利義務取締役に当たらないかを先に判定します。
- 権利義務取締役として残っている方。後任選任の手続を会社に求めつつ、地位が続く間も義務と責任があることを前提に行動してください。相手方に不利な時期の辞任は、やむを得ない事由がなければ損害賠償が問題となり得ます(民法第651条第2項第1号)。
- 会社側・株主側。責任追及の根拠が会社法第423条か第429条かを特定し、任務懈怠を裏付ける資料を整理してください。株主が会社のために提起する訴えは、株主代表訴訟の進め方の解説を読むことができます。
- 債権者その他の第三者。相手方ごとに、実体上の地位に基づく請求か登記の外観に基づく請求かを整理し、悪意又は重大な過失を基礎付ける事実と資料を検討してください。
消滅時効も早期の確認が必要です。民法は令和2年4月1日に施行された改正により消滅時効の規定が改められており(民法第166条第1項)、債権が生じた時期によって適用される規定が異なり得ます。旧法下の判例は、旧商法の第三者に対する責任に民法の不法行為の短期消滅時効は適用されないとしていました(最高裁昭和49年12月17日判決)。一律の年数を前提にせず、請求権の性質と経過措置を確認してください。
確認すべき資料・証拠
| 資料 | 確認できる事項 | 主な入手先又は保全方法 |
|---|---|---|
| 履歴事項全部証明書、閉鎖事項証明書 | 就任日、退任日、登記の経緯、現在の役員構成 | 法務局 |
| 定款 | 取締役の員数、任期、機関設計 | 会社、原始定款は公証役場 |
| 株主名簿、株主総会議事録、取締役会議事録、招集通知 | 選任の有無、決議の成否、出席状況、決議事項と報告事項 | 会社 |
| 就任承諾書、辞任届、内容証明郵便、配達証明、電子メール | 就任承諾と辞任の意思表示の有無、到達時期 | 本人、会社、郵便の記録 |
| 登記申請書及び添付書類 | 誰がどの資料に基づいて登記を申請したか | 法務局(商業登記法第11条の2による閲覧) |
| 取締役会資料、稟議書、社内報告、警告・反対意見の記録 | 得られた情報、是正の働きかけの有無 | 本人、会社 |
| 計算書類、資金繰り資料、取引関係資料 | 会社の状況、損害の発生時期と金額 | 会社、取引先 |
| 役員報酬に関する決議及び支払資料 | 報酬の有無、職務の実態 | 会社 |
| 補償契約、責任限定契約、役員等賠償責任保険(D&O保険)の証券及び約款 | 費用負担や填補の可否、免責事由、免責金額 | 会社、保険会社 |
| 第三者が登記や役員としての外観をどのように認識していたかを示す資料 | 善意の有無に関する事情 | 取引書類、やり取りの記録 |
原資料と元データは、改変も削除もせずそのまま保全してください。また、他人のアカウントや電子メールへの無断アクセスは避けてください。別の法律問題が生じます。
弁護士に相談するタイミング
- 就任承諾書又は辞任届に署名する前
- 取締役会又は株主総会で重要な事項が決議される前
- 会社又は第三者から請求書面や照会を受けたとき
- 会社が退任登記に応じないとき
- 後任者を選べず、権利義務取締役の地位が続いているとき
- 裁判所への一時取締役の選任申立てを検討するとき
- 会社の倒産、資金の流用、粉飾、税又は社会保険料の滞納等が判明したとき
相談の目的は結果を保証することではなく、登記、定款、議事録等を確認して法的地位を確定し、必要な資料、期限、交渉・訴訟・登記の順序を整理することです。単発でのご相談は企業法務のスポット相談について確認することができ、継続的に会社法上の判断が必要な場合は法律顧問(顧問契約)の内容を確認することもできます。
よくある質問
名前を貸しただけの取締役でも責任を負いますか。
適法に選任され就任を承諾している以上、会社法上の取締役です。名目的であるという事情だけで責任を免れるとは限りません。もっとも、責任の成否は、具体的な義務、任務懈怠、悪意又は重大な過失、損害及び相当因果関係を個別に検討して決まります。任務懈怠が認められても、損害との相当因果関係が否定されて請求が認められなかった判例もあります。
役員報酬を一度も受け取っていなくても責任がありますか。
報酬の有無は、取締役としての義務が生じるための要件ではありません。報酬を受けていないことは、任務懈怠の評価で事情として考慮され得るにとどまります。報酬に関する決議と支払記録を確認してください。
株主総会で選任された覚えがなく、登記だけされている場合も取締役ですか。
有効な選任と就任承諾がなければ、実体上は取締役ではありません。ただし、本人が就任の登記に承諾を与えるなど不実の登記に加功した場合には、会社法第908条第2項の類推適用により、善意の第三者との関係で取締役でないことを対抗できないことがあります。まず、登記の前提とされた株主総会議事録、就任承諾書、印鑑証明書、登記申請書及び添付書類を確認してください。
勝手に取締役として登記された場合、登記を消してもらえますか。
登記簿の附属書類は、利害関係を有する者が手数料を納付して閲覧を請求できます。そのうえで、地位の不存在確認、登記の更正、抹消のいずれを求めるかを検討します。抹消の手続は、争いのある実体関係を登記官が審理して解決する制度ではありませんので、実体上の争いがあれば訴訟等を前提に方針を立てます。
辞任届を出したのに登記が残っていると、会社の債務を負いますか。
退任登記が残っていることだけを理由に責任を負うわけではありません。判例は、辞任後も積極的に取締役として行為した場合や、不実の登記を残存させることについて明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情がある場合に、責任を免れないとしています。辞任の到達時期と、その後の行動の有無が重要です。
会社が退任登記をしてくれない場合、自分で登記を消せますか。
役員変更の登記の申請権者は会社であり、本人が単独で当然に登記できるわけではありません。まず辞任の到達を証拠化し、書面で登記を求めたうえで、応じない場合に退任登記手続請求等を検討します。確定判決を得た場合の登記の方法は、判決の主文や管轄法務局の運用によります。
権利義務取締役は、もう一度辞任すれば辞められますか。
会社法第346条第1項の権利義務は、要件を満たすと法律上当然に生じるものですので、再度の辞任の意思表示だけで一方的に終わらせることはできません。判例は、株主が訴えをもって解任を請求することも許されないとしています。基本は後任者の適法な選任と就任、又は員数を欠かない機関設計への変更です。
会社が倒産したら、名目的取締役は必ず賠償責任を負いますか。
倒産した事実だけで責任が生じるわけではありません。会社に対する責任は破産管財人が役員責任査定の申立て等により追及することがあり、第三者に対する責任は債権者等から個別に請求されます。取締役という肩書だけで会社の債務、税金、社会保険料又は犯罪について当然に個人の責任を負うわけではありません。もっとも、虚偽の議事録の作成、登記申請への関与、会社財産の流用等の行為があれば、別の民事上・刑事上・行政上の問題が生じ得ます。
まとめ
- まず、選任、就任承諾、辞任、任期、員数及び実際の行為から、実体上の法的地位を確定してください。呼び方では決まりません。
- 名目的であるという事情だけでは責任を免れませんが、任務懈怠の有無と、損害との相当因果関係は別に検討されます。個別事情により結論は異なります。
- 登記だけが残っている場合と、権利義務取締役である場合とでは、根拠となる条文も、取るべき手続も異なります。
- 辞任の意思表示は到達を証拠化し、退任登記は会社に書面で求めたうえで、応じない場合の法的手続を検討してください。責任追及をする側も、地位の立証と任務懈怠の立証を分けて資料を整えてください。
- 権利義務取締役の地位は、後任者の適法な選任・就任、員数を欠かない機関設計への変更、又は裁判所が選任する一時取締役の就任によって解消します。再度の辞任や通常の解任では解消できません。
ご相談の際は、履歴事項全部証明書、定款、株主総会議事録、就任承諾書又は辞任届をご用意ください。役員個人の立場か、会社・株主の立場か、債権者その他の第三者の立場かによって進め方が異なりますので、お問い合わせの際にご自身の立場と相手方のお名前をお知らせください。なお、一つの紛争で利害が対立する当事者双方からご依頼をお受けすることはできません。利益相反の確認が済むまでは機密資料の送付をお控えください。お問い合わせの時点で委任契約が成立するものではありません。
監修者・執筆者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士・公認会計士/兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士
会社法・企業法務、株主間の紛争、役員の責任に関するご相談に、法律と会計・財務の双方の視点から対応しています。取締役の名義・登記・地位が問題となる事案では、登記事項証明書と定款、株主総会議事録、就任承諾書・辞任届の確認から着手し、責任追及への対応と登記の是正を分けて方針を整理します。税務申告・税務代理は行っておらず、税務の個別判断には税理士等への確認が必要です。
所在地:兵庫県神戸市須磨区中落合2丁目2-5 名谷センタービル7階
参考資料(本文で参照した公的資料)
- e-Gov法令検索「会社法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「商業登記法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「民法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「破産法」(デジタル庁)
- 法務省「役員の変更の登記を忘れていませんか?」
- 法務局「商業・法人登記の申請書様式」
- 大阪地方裁判所「一時取締役・監査役職務代行者(仮役員)選任申立ての方法等」
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所大法廷昭和44年11月26日判決(昭和39年(オ)第1175号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷昭和48年5月22日判決(昭和46年(オ)第673号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷昭和55年3月18日判決(昭和53年(オ)第369号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第一小法廷昭和45年7月16日判決(昭和43年(オ)第1145号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第一小法廷昭和47年6月15日判決(昭和44年(オ)第531号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷昭和37年8月28日判決(昭和33年(オ)第370号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第一小法廷昭和62年4月16日判決(昭和58年(オ)第678号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和41年(行ツ)第65号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第768号)」判決全文PDF
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第三小法廷平成20年2月26日判決(平成19年(受)第1443号)」判決全文PDF
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。取締役の責任の有無と範囲、退任登記や地位解消の可否は、選任・就任承諾の経緯、定款と機関設計、員数、実際に行った行為、資料の内容その他の個別事情により異なります。実際のご対応にあたっては、最新の法令・公式情報をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。記載の内容は2026年9月時点の情報に基づきます。

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