オーナー社長が亡くなった後、会社から示された株主名簿に故人の名前がない、生前の決算書にあった「役員借入金」が消えている、会社の預金や不動産の残高が説明もなく動いている。後継の経営陣に尋ねても「その件は処理済みです」と言われるだけで、資料を見せてもらえない。相続人の方から、このようなご相談をいただくことがあります。
まず押さえていただきたいのは、会社の記録がどう書き換えられていても、それだけで権利が有効に移転したり消滅したりするわけではないということです。株主名簿の記載と株式が誰のものかは、法律上、別の問題として扱われます。帳簿から負債が消えたことと、その債務が法律上消滅したことも別です。逆に、古い名簿に名前が残っているからといって、現在も株主であることが当然に確定するわけでもありません。確かめるべきは、記録そのものではなく、記録が変わった原因と、その原因を裏付ける資料です。
同時に、時間の制約もあります。会計ソフトの操作ログやメールは、法令上の帳簿保存義務とは別の理由で早く消えることがあります。定款に相続人等に対する売渡請求の定めがある会社では、会社側に短い期間が設けられている制度もあります。相手方に何かを求める前に、いま手元にあるものをどう残すかを先に考える必要がある場面も少なくありません。
この記事で分かること
- 相続するのは株式と会社に対する債権であって、会社の財産そのものではないという区別
- 株主名簿の記載と株式の帰属の関係、株券発行会社かどうかによる名義書換手続の違い
- 相続人が複数いる場合の準共有と、権利行使者の指定の決め方
- 株主名簿、会計帳簿、計算書類、議事録、定款で、請求できる人と要件がどう違うか
- 役員借入金(社長が会社に貸したお金)の残高が減っているときの照合手順
- 死亡前後の資料と電子データを適法に保全する方法と、してはいけないこと
- 会社が開示を拒んだ場合の手続、通知の前に保全を検討すべき場面、制度ごとの期限
記録の食い違いに気付いた段階では、まず「何が誰の権利なのか」と「いま手元にある資料は何か」を整理することが出発点になります。ご相談により、請求できる資料の範囲、保全の要否、手続の選択肢を検討しやすくなります。
なお、会社に関する案件では、利益相反の確認が済むまで、決算書・申告書・通帳・契約書などの資料をフォームに添付せず、まず会社名、ご相談者のお名前、相手方のお名前、概要、期限をお知らせください。
結論|記録が変わったことと、権利が失われたことは別の問題です
相続人の方が最初に確認すべきことは、次の四点です。順番にも意味があります。
- いま手元にある資料を、そのままの形で残す。作業用の複製を別に作り、原本・原データには手を加えません。消去や上書きのおそれが具体的にある場合は、相手方に何かを求める前に保全の方法を検討します。
- 自分がどの立場にあるのかを整理する。相続人、株主、会社に対する債権者、役員では、請求できる資料も手続も異なります。一人の方が複数の立場を兼ねることもあります。
- 争われているのが何かを特定する。株式の帰属なのか、貸付債権の存否なのか、会社財産の流出なのかで、対応する制度が変わります。
- 期限のある制度に該当しないかを確認する。期限は「相続の時効」としてひとまとまりに存在するのではなく、制度ごとに起算点も期間も違います。
結論を左右するのは、定款の定め、株券を発行する会社かどうか、遺言の有無、相続人の間に対立があるか、会社側がどのような法的原因を主張しているか、といった事情です。同じ「帳簿が書き換えられた」という相談でも、これらが違えば取るべき手続は変わりますので、資料を確認したうえで判断する必要があります。
相続するのは株式と債権であって、会社の財産ではありません
社長個人の財産と会社の財産を分けて考える
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法第896条本文)。ただし、承継するのはあくまで故人個人に属していた権利義務です。会社名義の預金、不動産、売掛金は会社の財産であって、故人の財産ではありません。株式会社の株式を相続したからといって、会社の財産を直接取得するわけではなく、代表取締役の地位を当然に引き継ぐこともありません。
以下の表は、画面の幅が狭い場合、横にスクロールしてご覧いただけます。
| 対象 | 誰の財産・権利か | 相続の対象になるか | 主な確認資料 |
|---|---|---|---|
| 会社の株式 | 社長個人の財産 | なる(遺産分割前は相続人の準共有) | 株主名簿、株券、譲渡契約書、定款、議事録 |
| 社長が会社に貸した金銭(会社側の役員借入金) | 社長個人が会社に対して有する債権 | なる(金銭債権) | 借用書、振込記録、総勘定元帳、勘定科目内訳明細書 |
| 会社が社長に貸した金銭(会社側の役員貸付金) | 会社が社長に対して有する債権 | 相続人が承継するのは債務の側 | 同上(貸付けの向きを取り違えない) |
| 会社名義の預金・不動産・売掛金 | 会社の財産 | ならない | 会社の決算書、登記事項証明書、通帳 |
| 社長個人名義の預金・不動産 | 社長個人の財産 | なる | 通帳、登記事項証明書、残高証明書 |
| 社長が会社の借入れにつけた個人保証 | 社長個人の債務 | なる(債務として承継) | 保証契約書、金融機関の通知 |
| 代表取締役の地位 | 会社と個人の委任関係 | ならない | 登記事項証明書、議事録 |
会社が受けた損害と、相続人が受けた損害は別に整理します
会社の資産が不当に流出した場合、その回復を求める請求権は、まず会社自身のものです。株主である相続人が、会社の損失をそのまま自分の損害として直接請求できるわけではありません。株主としてできることは、会社に代わって役員の責任を追及する方法(株主代表訴訟)の検討や、株主としての権利行使を通じた是正であり、これは相続人が自分の株式や貸付債権について有する請求権とは別の道筋です。実際にどの道筋を選ぶかは、流出の態様、金額、会社の現在の支配状況によって変わります。
役員の責任追及そのものについては、株主代表訴訟の進め方と提訴請求・証拠の確認点に関するコラム、および役員・従業員の横領・背任を立証し責任を追及する方法に関するコラムで扱っています。
「相続人であること」と「その財産が故人のものだったこと」は別々に証明します
戸籍謄本や法定相続情報一覧図で証明できるのは、誰が相続人かという点までです。個々の株式や貸付債権が被相続人に帰属していたことは、これとは別に、株主名簿、株券、譲渡契約書、振込記録、帳簿などで裏付ける必要があります。会社が「その株式は生前に譲渡されている」「その貸付金は返済済みである」と主張している場合、争点はまさにこの帰属の部分ですので、相続人であることを示す書類だけを揃えても解決しません。
株主名簿から名前が消えていたときの見方
名簿の記載、株式の帰属、会社への対抗は、それぞれ別の話です
株式会社は、株主の氏名又は名称及び住所、その株主が有する株式の数、株式を取得した日、株券発行会社であれば株券の番号を記載した株主名簿を作成しなければなりません(会社法第121条)。もっとも、この名簿は、誰が実体として株主かを決める帳簿ではありません。
株式の譲渡は、取得者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載しなければ、会社その他の第三者に対抗することができません(同法第130条第1項)。株券発行会社では、この対抗力の範囲が会社に対するものに限られます(同条第2項)。つまり名義書換は対抗要件であって、名簿から名前が消えたことが、株式が有効に移転した証明になるわけではありません。逆に、名簿に記載が残っていても、実体として株式が移転していれば、その記載だけで株主であることが確定するものでもありません。
相続による取得では、単独での名義書換請求が認められる場合があります
株式を会社以外の者から取得した者は、会社に対し、株主名簿への記載を請求することができます(会社法第133条第1項)。この請求は原則として名簿上の株主又はその一般承継人と共同でしなければなりませんが、利害関係人の利益を害するおそれがない場合として法務省令に定めがあるときは、単独で請求できます(同条第2項)。
その法務省令が会社法施行規則第22条です。同条第1項第4号は、一般承継により株式を取得した者が、その一般承継を証する書面その他の資料を提供して請求したときを挙げています。相続はこの一般承継にあたりますので、戸籍等を添えて単独で名義書換を請求できる場合があるということになります。
ここで注意が必要なのが、譲渡制限株式と株券発行会社です。譲渡制限株式については、原則として第133条が適用されません(同法第134条本文)。もっとも、同条ただし書第4号が「相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者」を挙げているため、相続の場合には第133条が適用されます。他方、会社が株券発行会社である場合には、施行規則第22条第1項ではなく同条第2項が適用されます。同項が単独請求を認めるのは、株券を提示して請求した場合などであって、一般承継の類型は列挙されていません。したがって、施行規則第22条第1項第4号を、株券発行会社を含むすべての会社に一律に当てはめることはできません。定款で株券を発行する旨を定めているか、実際に株券が発行され交付されているかを、先に確認する必要があります。
会社に関する書類は、それぞれ意味する範囲が違います
| 資料 | 分かること | 分からないこと・注意点 | 主な入手先 |
|---|---|---|---|
| 登記事項証明書 | 商号、本店、目的、役員、資本金、株式の譲渡制限や株券発行の定めの有無 | 非上場会社の株主の氏名・持株数は登記事項ではないため分からない | 法務局(誰でも取得可) |
| 株主名簿 | 会社が把握している株主、持株数、取得日、株券番号 | 実体的な帰属を確定するものではない。作成・更新の時期も確認する | 会社(会社法第125条の請求) |
| 株主リスト(登記の添付書面) | 登記に用いた株主総会当時に会社が申告した議決権上位の株主 | 議決権数上位10名又は議決権割合が3分の2に達するまでの少ない方までで、全株主ではない | 登記の申請書附属書類の閲覧(商業登記法上の要件あり) |
| 法人税申告書別表二 | 会社が税務上の同族会社等の判定のために記載した株主グループ | 税務上の判定資料であり、株主権の帰属を確定しない | 会社、顧問税理士(開示の可否は別途検討) |
| 株券 | 株券発行会社における権利の所在を示す重要な資料 | 実際に発行・交付されているかを確認する必要がある | 故人の保管場所、貸金庫 |
| 株式譲渡契約書・贈与契約書 | 移転の原因とされる合意の内容、日付、当事者 | 作成日と効力発生日が一致するとは限らない | 会社、相手方、故人の保管資料 |
| 株主総会・取締役会の議事録 | 譲渡承認、役員選任、売渡請求の決定などの経過 | 実際に会議が開催されたかは別途確認を要する | 会社(会社法第318条・第371条の請求) |
「死亡後に作られた書類」と「死亡後に行われた取引」は分けて考えます
書類の作成日が死亡日より後であっても、記載された取引が生前に行われていた可能性はあります。逆に、日付が生前になっていても、実際の作成や入力が死亡後であることもあります。確認すべき日付は一つではなく、契約書等に記載された取引日、会計上の計上日、帳簿・システム上の入力・更新日時、名義書換がされた日、登記の申請日を、それぞれ分けて拾い出して突き合わせます。日付の食い違いは直ちに不正を意味しませんが、説明を求める出発点にはなります。
相続人が複数いる場合は、まず準共有の状態を確認します
遺産分割前の株式は相続人全員の準共有です
相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属します(民法第898条第1項)。株式についても、遺産分割がされるまでは相続人全員の準共有となり、各相続人が法定相続分に対応する株式数を自由に単独で行使できるわけではありません。
そして、株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は権利を行使する者一人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、その株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。この通知がないままでは、株主総会で議決権を行使することも、株主としての請求をすることも、原則としてできないという扱いになります。
権利行使者は持分の価格に従い、その過半数で決めます
では、相続人の間で意見が分かれた場合、権利行使者はどう決めるのでしょうか。最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決(平成25年(受)第650号・株主総会決議取消請求事件)は、共有に属する株式についての議決権の行使は、特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法第252条本文により各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられる、と判示しています。現行の民法第252条第1項も、共有物の管理に関する事項は各共有者の持分の価格に従いその過半数で決すると定めています。
したがって、法定相続分の合計が過半数に達する相続人のグループがあれば、そのグループで権利行使者を定めて会社に通知することが考えられます。逆に、過半数に達しない相続人が単独で権利行使者を名乗ることはできません。持分の割合は遺言や特別受益等によって変わり得ますので、遺言の有無を先に確認する必要があります。
会社が同意すれば何でも適法になる、というわけではありません
会社法第106条ただし書は、会社が権利行使に同意した場合には本文の適用がない旨を定めています。ただ、前記の平成27年2月19日判決は、会社が同意した場合に適用が排除されるのは同条本文の定めであって、その権利行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは、会社の同意があっても適法とはならないと判示しています。会社が後継者側の相続人一人だけを株主として扱い、その者の議決権行使を認めたとしても、それだけで他の相続人の意思を無視した処理が適法になるわけではない、ということです。
会社の形態によって適用される規定が異なります
この記事は株式会社、とくに非上場の同族会社を前提としています。特例有限会社には整備法による特則があり、合同会社では社員の死亡による持分の承継が定款の定めに左右されるなど、株式会社とは仕組みが異なります。登記事項証明書で会社の種類を確認し、定款を取り寄せたうえで検討する必要があります。株式会社向けの開示制度を、他の会社形態にそのまま当てはめることはできません。
資料ごとに、請求できる人も要件も違います
「会社の帳簿を全部見せてほしい」というご要望をいただくことがありますが、会社法は資料の種類ごとに別の制度を用意しており、請求できる人も、できることも異なります。まとめて「帳簿開示請求」として扱うと、必要な資料に届かない請求になってしまうことがあります。
| 対象書類 | 請求できる人 | 主な要件 | 請求できる行為 | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 株主名簿 | 株主、会社の債権者 | 営業時間内であること。請求の理由を明らかにすること | 閲覧又は謄写 | 会社法第125条第1項・第2項 |
| 会計帳簿及びこれに関する資料 | 議決権又は発行済株式(自己株式を除く)の100分の3以上を有する株主(定款で引下げ可) | 営業時間内であること。請求の理由を明らかにすること | 閲覧又は謄写 | 会社法第433条第1項 |
| 計算書類、事業報告、附属明細書 | 株主、会社の債権者 | 営業時間内であること。謄本・抄本の交付等には会社の定めた費用の支払が必要 | 閲覧、謄本又は抄本の交付、電磁的方法による提供 | 会社法第442条第3項 |
| 株主総会議事録 | 株主、会社の債権者 | 営業時間内であること | 閲覧又は謄写 | 会社法第318条第4項 |
| 取締役会議事録 | 株主 | 権利行使のため必要であること。監査役設置会社等では裁判所の許可が必要 | 閲覧又は謄写 | 会社法第371条第2項・第3項 |
| 取締役会議事録(債権者からの請求) | 会社の債権者 | 役員又は執行役の責任を追及するため必要であること。裁判所の許可が必要 | 閲覧又は謄写 | 会社法第371条第4項 |
| 定款 | 株主、会社の債権者 | 営業時間内であること。謄本・抄本の交付等には会社の定めた費用の支払が必要 | 閲覧、謄本又は抄本の交付、電磁的方法による提供 | 会社法第31条第2項 |
株主名簿(会社法第125条)
株主だけでなく会社の債権者も請求できます。社長が会社に貸していた債権を相続した方は、この債権者の立場でも請求を検討できます。会社が拒めるのは、権利の確保又は行使に関する調査以外の目的での請求、業務の遂行を妨げ又は株主の共同の利益を害する目的での請求、知り得た事実を利益を得て第三者に通報するための請求、過去2年以内に同様の通報をしたことがある場合に限られます(同条第3項)。
注意すべきは、会計帳簿についての持株比率の要件や、競争関係を理由とする拒絶事由が、株主名簿の請求には存在しないという点です。持株比率が足りないから株主名簿も見られない、という理解は誤りです。
会計帳簿及びこれに関する資料(会社法第433条)
総勘定元帳、仕訳帳、補助元帳などの会計帳簿については、少数株主権として持株比率の要件があります。すなわち、総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く)の議決権の100分の3以上、又は発行済株式(自己株式を除く)の100分の3以上を有する株主が請求できます。定款でこれを下回る割合を定めることもできます。
したがって、相続人であれば誰でも請求できる制度ではありませんし、会社の債権者に認められた制度でもありません。共同相続株式については、権利行使者の指定・通知を経ることが前提になりますので、持株割合の計算も含め、単純に法定相続分で割って判断することはできません。
拒絶事由は同条第2項に五つ定められており、株主名簿と異なり、会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み又はこれに従事する者であることが含まれています。請求理由の書き方や拒否された場合の対応は、会計帳簿閲覧謄写請求の請求理由と拒否された場合の対応に関するコラムで扱っています。
計算書類等(会社法第442条)
計算書類、事業報告及びこれらの附属明細書については、株主と会社の債権者が、閲覧のほか、謄本又は抄本の交付、電磁的方法による提供を求めることができます。謄本・抄本の交付等には会社の定めた費用の支払が必要です。備置きは、各事業年度に係るものについて、定時株主総会の日の1週間(取締役会設置会社では2週間)前の日から本店で5年間、支店では写しを3年間とされています。
計算書類は決算書であって、会計帳簿そのものではありません。貸借対照表の「役員借入金」の残高が減っていることは計算書類で分かっても、その減少がいつ、どのような取引によって生じたかは、総勘定元帳などの会計帳簿を見なければ分かりません。両者を混同しないことが実務上重要です。
議事録・定款(会社法第318条、第371条、第31条)
株主総会議事録は、株主と会社の債権者が営業時間内にいつでも閲覧・謄写を請求できます。これに対し取締役会議事録は、株主であっても権利行使のため必要であることが要件となり、監査役設置会社等では裁判所の許可が必要です。会社の債権者は、役員等の責任を追及するため必要があるときに裁判所の許可を得て請求できますが、裁判所は会社等に著しい損害を及ぼすおそれがあると認めるときは許可をすることができません(同条第6項)。機関設計で手続が変わりますので、登記事項証明書の確認が必要です。
過去版・操作ログ・メールは、保全の対象と請求の対象を分けて考えます
会計ソフトの操作ログ、修正履歴、バックアップ、社内メールは、いずれも証拠として重要になり得ます。もっとも、保全の対象になり得ることと、特定の開示請求権によって当然に取得できることは別です。会社法第433条の「会計帳簿又はこれに関する資料」にどこまで含まれるかは、資料の性質、請求の目的との関係、必要性によって判断されるものであり、社内メールや操作履歴のすべてが当然に対象となるわけではありません。また、存在しない資料を新たに作成させる権利が当然にあるわけでもありません。
資料ごとに、条文が認めているのが「閲覧」なのか、「謄写」なのか、「謄本・抄本の交付」なのかは異なります。閲覧・謄写が認められる場合でも、郵送やメールでのデータ送付、写真撮影、データ全体の複製が常に認められるとは限りません。実際の方法は、会社との協議や、争いになった場合の裁判所の判断によって定まります。
なお、株主であること自体や、貸付債権の存在自体が争われている場合には、開示請求と並行して、その地位を裏付ける資料の確保と、株主権確認の訴えや名義書換請求といった手続の選択を検討することになります。「先に名義書換が終わらなければ何もできない」わけではなく、どの順序で進めるかは、争点と証拠の状況によって決めます。
どの条文でどの資料を求められるかは、株式の持分割合、会社の機関設計、定款の定めによって変わります。相談予約フォームから、資料の範囲と手続の選択についてご相談いただけます。
貸付金(役員借入金)の残高が減っているときの照合方法
まず貸し借りの向きを確認します
社長が会社に資金を入れていた場合、社長側から見れば会社に対する貸付債権であり、会社側の帳簿では役員借入金などの負債として計上されます。これに対し、会社が社長に貸していた場合は、会社側の帳簿で役員貸付金という資産になります。名称が似ているため取り違えやすいのですが、向きを誤ると、相続財産になるのか相続債務になるのかという判断がそもそも逆になります。勘定科目の名称だけで法律関係が決まるわけではありませんので、実際の資金の動きで確認します。役員貸付金・役員借入金の税務と法務の全体像は、役員貸付金・役員借入金の税務と法務に関するコラムで扱っています。
| 証明したいこと | 照合する資料 | 主な入手先 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 貸付けが実際にされたこと | 借用書、金銭消費貸借契約書、社長個人の通帳、会社の通帳 | 故人の保管資料、金融機関、会社 | 契約書がなくても、資金移動と帳簿計上で立証を試みる余地がある |
| 死亡時点の残高 | 直近の決算書、勘定科目内訳明細書(借入金及び支払利子の内訳書)、総勘定元帳、残高確認資料 | 会社、顧問税理士、税務申告の控え | 期首残高、期中の増減、期末残高が整合するかを確認する |
| 死亡後に残高が変動したこと | 死亡前後の総勘定元帳、補助元帳、仕訳帳、試算表 | 会社 | 取引日、計上日、入力・更新日時をそれぞれ確認する |
| 返済がされたという主張の当否 | 会社の出金記録、社長個人又は相続人の入金記録、領収書 | 金融機関、会社 | 帳簿上の返済処理に対応する実際の資金移動があるかを確認する |
| 相殺・債権放棄・現物出資という主張の当否 | 相殺の意思表示、債権放棄書、増資の登記・議事録、株式の発行に関する資料 | 会社、法務局、相手方 | 誰が、いつ、どの権限で行ったかを確認する。相続人の同意の有無も争点になる |
| 税務上の取扱いとの整合 | 法人税申告書の控え、実際に提出したデータ、受付情報、修正申告の有無 | 会社、顧問税理士 | 会計上の残高と税務上の処理が一致しない場合がある |
帳簿から消えたことは、債務が消滅したことを意味しません
会社の帳簿から負債の計上がなくなっても、それだけで法律上の債務が消滅するわけではありません。債務が消滅するには、返済、相殺、債権放棄、現物出資といった法的な原因が必要であり、それぞれについて、誰が、いつ、どのような権限で行ったのか、相手方の同意があったのか、それを裏付ける証拠があるのかを確認する必要があります。とくに、社長の死亡後に相続人の関与なく処理がされている場合には、その処理を行った者に権限があったかどうかが争点になります。
また、貸付債権が成立し故人に帰属していたことと、返済等によって消滅したという相手方の主張とは、証明すべき事柄が異なります。相続人としては、まず債権の成立と死亡時の残高を固め、そのうえで消滅の主張に対応するという順序で整理すると、争点が明確になります。
相続した金銭債権の扱いは、株式と同じではありません
共同相続における金銭債権の帰属や行使については、株式の準共有とは異なる規律が問題になります。遺言の有無、債権の性質、相続人の間の状況によって扱いが変わりますので、株式についての権利行使者の議論をそのまま当てはめることはできません。少なくとも、相続人の一人が署名しただけで、他の相続人の分を含めた債権全体が当然に消滅するわけではありません。会社から残高確認書や債務不存在確認書への署名を求められた場合には、その書面が誰の権利を処分するものなのかを確認してください。
会計上の残高、民事上の債権額、相続税評価額は別のものです
会社の帳簿を訂正しても、それによって遺産分割の内容や相続税の課税関係が確定するわけではありません。逆に、相続税の申告でどのように評価したかが、民事上の債権額を決めるわけでもありません。三つを区別したうえで、必要に応じて税理士等と分担して確認することになります。なお、当事務所は税務申告・税務代理は行っておらず、税額の確定や申告は税理士等による個別の確認が必要です。
正当な訂正と不正な変更を見分ける視点
表示が変わる正当な理由は複数あります
決算整理、入力誤りの訂正、期首残高の修正、科目の振替、会計システムの移行、実際に行われた返済など、正当な処理によっても帳簿の表示は変わります。変更前後の差分だけを見て不正と断定することはできません。確認すべきは、その変更を裏付ける根拠資料があるか、社内で必要な承認を経ているか、実際の資金移動と整合しているか、処理の時点に矛盾がないか、という点です。
取引の日付と、システムに入力された日時を分けて見ます
会計データには、取引日や会計上の計上日とは別に、入力日時や更新日時が記録されていることがあります。両者を混同すると、正当な遡及処理を不正と誤解したり、逆に死亡後の入力を見落としたりします。もっとも、更新日時や作成者名、押印、書類の見た目だけで、実際に操作した人物、文書の真正、取引の有効性が確定するわけではありません。誰がその端末やアカウントを使用できたか、権限がどう設定されていたかも含めて検討することになります。
死亡前後の資料と電子データを、適法な範囲で保全する
手元にあるものを、そのままの形で維持することが基本です
保全の出発点は、いま適法に手元にある原本・原データに手を加えないことです。作業や検討には複製を使い、保管用の複製は別に確保します。取得元、取得日時、取得者、取得方法を記録しておくと、後にその資料の由来を説明しやすくなります。
- 紙の資料は、封筒、送り状、同封物も含めて一括で保管する
- 電子データは、画面の写しだけに頼らず、権限と機能の範囲内で元の形式のまま保存する
- 電子メールは、本文だけでなくヘッダー情報と添付ファイルを含めて保存する
- 会計データは、印刷した帳票だけでなく、出力可能な形式でのデータ保存も検討する
- 受け取った資料は、受領日と受領方法を記録する
- 作業用の複製と保管用の複製を分け、保管用には手を加えない
複製時にハッシュ値を記録しておく方法もありますが、これは取得した後にデータが変わっていないことを説明するための補助資料にすぎず、取得前から改変されていなかったことや、記載された取引が実際にあったことまで保証するものではありません。会計データや業務システムの解析が必要な場合は、弁護士と連携してデータの保全・解析を行う担当者を入れることを検討します。製品ごとの保存期間や復元の可否は公式の仕様で確認が必要で、復元できることを前提に計画を立てることは避けてください。
やってはいけないことがあります
故人のパスワードを知っている、会社の株式を相続した、会社のパソコンが自宅にある。こうした事情があっても、会社や第三者のシステムにアクセスする権限が当然に生じるわけではありません。無断でのログイン、他人になりすましての操作、認証の回避、資料や機器の無断持出し、パスワードの変更、データの削除・上書き・過去版への復元は、いずれも行わないでください。証拠としての価値を損なうだけでなく、別の法的責任を問われるおそれがあります。稼働中の機器は、電源の操作等によっても記録の状態が変わることがありますので、自己判断で操作せず、保全の方法をご相談ください。
顧問税理士、銀行、クラウド事業者に直接求められるとは限りません
会社の顧問税理士が申告書や帳簿データを保管していても、金融機関が取引履歴を保有していても、クラウドサービスの事業者がデータを預かっていても、相続人が求めれば当然に開示義務を負うわけではありません。会社と故人のどちらとの契約なのか、守秘義務がどう及ぶのか、請求する人がどの立場にあるのか、照会や裁判上の手続の要件を満たすのかを、個別に検討する必要があります。
あわせて意識しておきたいのが、会社の顧問弁護士や顧問税理士は会社の側で関与している立場であり、相続人と利害が一致するとは限らないという点です。後継経営陣と相続人が対立している局面では、同じ弁護士や税理士に双方が相談することが適切でない場合があります。
法令上の保存義務期間と、実際に記録が残っている期間は違います
会社法上、株式会社は会計帳簿の閉鎖の時から10年間、その会計帳簿及びその事業に関する重要な資料を保存しなければならないとされ(会社法第432条第2項)、計算書類及びその附属明細書についても作成した時から10年間の保存義務があります(同法第435条第4項)。税務上は、帳簿書類等について、その事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年間(青色申告書を提出した事業年度で欠損金額が生じた事業年度等は10年間)の保存が求められます。これらは、会社法第442条の備置き(本店5年間、支店3年間)とは対象も期間も起算点も異なります。
一方で、会計ソフトの操作ログ、バックアップ、メールの保存期間は、これらの法定保存期間とは別に、システムの設定や契約内容によって決まります。数か月で自動的に上書きされる設定になっていることもあります。「法律上10年間の保存義務があるから急ぐ必要はない」という理解は、少なくとも電子的な記録については当てはまりません。
会社が開示を拒んだとき、通知の前に保全を考えるとき
任意の資料提示を求める場合に示すこと
まず任意の開示を求める場合には、請求する人の立場、対象となる資料、対象期間、必要とする理由、希望する閲覧の方法、資料を保管しておいてほしいという要請、合理的な回答希望日を示し、送付と回答の記録を残します。
ここで注意すべきなのは、会社側に一律の法定回答期限があるわけではないということです。便宜上設定した回答希望日を、あたかも法律上の期限であるかのように記載すべきではありません。また、内容証明郵便は、その内容の郵便物をいつ差し出したかを証明するものであって、書かれた内容が真実であることや、請求権が存在することを確定するものではありません。
消去のおそれが具体的にあるときは、順序を考えます
削除や改変のおそれが具体的にある場合には、先に通知することでかえって証拠が失われる危険があります。そのため、「必ず内容証明を送ってから保全に進む」という固定した順序で考えるのではなく、事案ごとに順序を検討します。他方で、疑いがあるというだけで、予告なしの保全が常に認められるわけでもありません。
民事訴訟法第234条の証拠保全は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときに、申立てにより、訴訟の前後を問わず先に証拠調べをしておく制度です。対象を特定する必要があり、その事情についての疎明も求められます。会社の資料を包括的に押収できる制度ではありませんし、これによって自動的に削除が禁止されるわけでもありません。
訴訟手続の中で資料を求める方法
訴訟になった場合には、文書提出命令(民事訴訟法第220条以下)、文書送付嘱託(同法第226条)、調査の嘱託(同法第186条)といった方法があります。文書提出命令は、同法第220条各号に該当する場合に所持者が提出を拒めないという仕組みで、専ら文書の所持者の利用に供するための文書などは除外されています。
電磁的記録については、令和4年法律第48号による改正で、電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べの申出(同法第231条の2)と、書証の規定の準用(同法第231条の3)が設けられました。裁判所の案内によれば、民事訴訟手続のデジタル化に関する改正民事訴訟法・改正民事訴訟規則は令和8年5月21日に施行されています。改正前の準文書に関する説明のままでは足りませんので、現行の規定と、施行日をまたぐ事件の経過措置を確認する必要があります。
弁護士法第23条の2の弁護士会照会は、弁護士が所属弁護士会に申出をし、弁護士会が公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求める制度です。弁護士会が必要性と相当性を審査したうえで照会する仕組みで、捜索・押収のような強制力はありません。他方、日本弁護士連合会は、回答すべき法的義務があることが裁判例及び政府解釈によって示されている一方、条文の文言が明確でないため協力を得られない事例もあると説明しています。単なるお願いにすぎないという説明も、これでどんな資料でも取得できるという説明も、いずれも正確ではありません。
仮処分は、被保全権利と必要性を個別に検討します
閲覧・謄写を求める仮処分や、株主としての地位に関する仮の地位を定める仮処分は、いずれも被保全権利と保全の必要性を個別に検討したうえで申し立てます。仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要なときに発することができ(民事保全法第23条第2項)、原則として口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができません(同条第4項本文)。証拠保全、仮処分、金銭債権の仮差押えは、目的も要件も異なる別々の制度です。担保の額、認められる見込み、所要日数、裁判所の運用は事案によって異なりますので、具体的な数字は個別に確認する必要があります。
| 手段 | 主な目的 | 主な要件・限界 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 任意の資料提示依頼 | 会社との協議による資料の入手、保管の要請 | 法定の回答期限はない。応じるかどうかは会社の判断 | 制度上の根拠はなく、交渉として行う |
| 会社法上の閲覧・謄写請求 | 株主名簿、会計帳簿、計算書類等、議事録、定款の確認 | 資料ごとに請求権者と要件が異なる。拒絶事由がある | 会社法第125条、第433条、第442条、第318条、第371条、第31条 |
| 証拠保全 | 後の証拠調べが困難になる場合に、先に証拠調べをしておく | 対象の特定と、事情の疎明が必要。包括的な取得はできない | 民事訴訟法第234条 |
| 文書提出命令 | 訴訟において、相手方や第三者の所持する文書を提出させる | 提出義務の要件を満たす必要がある。除外事由がある | 民事訴訟法第220条以下 |
| 文書送付嘱託・調査嘱託 | 第三者が保有する資料や情報の取得 | 訴訟係属が前提。応じるかどうかは嘱託先の対応にもよる | 民事訴訟法第226条、第186条 |
| 弁護士会照会 | 受任事件について、団体等に必要な事項の報告を求める | 弁護士会の審査を経る。強制力はない | 弁護士法第23条の2 |
| 仮処分 | 権利関係についての仮の地位の設定、係争物の現状維持 | 被保全権利と保全の必要性の疎明、担保が必要になり得る | 民事保全法第23条 |
資料の開示を拒まれたことは、それ自体で結論を決めません
会社が開示を拒んだからといって、それだけで不正があったことや、後の訴訟で会社が敗訴することが確定するわけではありません。拒否の理由、請求した対象の広さ、必要性、営業秘密や個人情報との関係を個別に検討することになります。他方で、会社側が「営業秘密にあたる」「個人情報が含まれる」と抽象的に述べるだけで、法律が認めた請求を当然に拒めるわけでもありません。条文が定める拒絶事由や、裁判所の許可の要件との関係で検討します。実務的には、対象期間や資料の種類を必要な範囲に絞ることが、費用と時間を抑えるうえで有効な場合があります。
署名、通知、株主総会、遺産分割、申告の前に確認すること
内容を確認しないまま署名しないでください
次のような書面は、署名・押印によって権利関係が動くことがあります。内容と、その前提となる資料を確認するまでは、応じないでください。
- 遺産分割協議書(対象財産に株式や貸付債権が含まれているか、評価の前提は何か)
- 株式譲渡契約書、名義書換に関する書類
- 債権放棄書、債務不存在確認書、残高確認書
- 株主総会・取締役会の議事録(出席や同意の記載があるか)
- 清算条項(これ以外に債権債務がないとする条項)が入った合意書
- 白紙又は空欄のある委任状
期限は制度ごとに、起算点も期間も違います
「相続の時効」としてまとめて理解すると、対応を誤ります。とくに、定款に相続人等に対する売渡請求の定めがある会社では、短い期間で対応が必要になる場合があります。
| 制度 | 期間 | 起算点 | 根拠・確認事項 |
|---|---|---|---|
| 相続人等に対する売渡請求 | 1年 | 会社が相続その他の一般承継があったことを知った日 | 会社法第176条第1項ただし書。定款に第174条の定めがあることが前提 |
| 売渡請求に対する売買価格決定の申立て | 20日 | 売渡請求があった日 | 会社法第177条第2項。この期間内に申立てがないときは、協議が調った場合を除き請求は効力を失う(同条第5項) |
| 株主総会決議の取消しの訴え | 3か月 | 株主総会等の決議の日 | 会社法第831条第1項 |
| 相続の承認又は放棄 | 3か月 | 自己のために相続の開始があったことを知った時 | 民法第915条第1項。家庭裁判所への請求により伸長できる場合がある |
| 相続税の申告・納税 | 10か月 | 被相続人が死亡したことを知った日の翌日 | 国税庁の案内による。個別の適用は税理士等に確認が必要 |
| 債権の消滅時効 | 5年又は10年 | 権利を行使できることを知った時(5年)/権利を行使できる時(10年) | 民法第166条第1項 |
| 相続回復請求権 | 5年又は20年 | 相続権を侵害された事実を知った時(5年)/相続開始の時(20年) | 民法第884条。適用場面が限られるため個別の検討が必要 |
| 遺留分侵害額請求権 | 1年又は10年 | 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時(1年)/相続開始の時(10年) | 民法第1048条 |
これらは、いずれも帳簿の書換えを発見した日から一律に計算されるものではありません。売渡請求の期間は会社が一般承継を知った日から、決議取消しの訴えは決議の日から、それぞれ進みます。また、定款に売渡請求の定めがない会社では、そもそもこの制度は問題になりません。逆に、定めがある会社では、売渡請求の決定をする株主総会において、対象となる相続人は議決権を行使することができないとされています(会社法第175条第2項本文。同号の者以外の株主の全部が議決権を行使することができない場合を除きます)。相続人の側で決議を阻止できないことがあるという点は、あらかじめ意識しておく必要があります。
なお、催告等によって時効の完成が猶予される場合はありますが、その要件と効果は制度によって異なります。「内容証明を送れば時効は止まる」とひとまとめに理解することは避け、個別に確認してください。相続放棄や限定承認の熟慮期間、相続税の申告期限は、株式や帳簿の争いが続いていても別途進みますので、争いの決着を待って対応すればよいというものではありません。遺産分割協議書に署名する前のチェックリストに関するコラムもあわせてご確認ください。
相手方の刑事責任を先に持ち出さないことが、結果として有利に働くことがあります
記録に食い違いがあるというだけで、「後継者が横領した」「税理士が改ざんに加担した」と断定することはできません。私文書偽造、電磁的記録不正作出、業務上横領、背任といった犯罪の成否は、文書の名義・内容・作成権限、電磁的記録の作成や使用の状況などを確認しなければ判断できず、記録の不一致だけで結論が出るものではありません。
また、刑事の相談や告訴をしたからといって、民事上の権利の確認、資料の開示、金銭の回収が完了するわけではありません。民事の期間制限への対応が不要になることもありません。SNSでの実名の公表や、取引先への一斉の告知によって圧力をかける方法は、名誉毀損等の別の責任を招くおそれがあり、交渉上も不利に働くことがあります。この段階では、確認できた事実と、疑いにとどまる事項を分けて記録することに徹するのが実務的です。
弁護士に相談するタイミングと、持参していただきたい資料
すべての資料が揃うまで待つ必要はありません。むしろ、次のいずれかに当てはまる場合は、早い段階でご相談いただくことをおすすめします。
- 会社から示された資料が、生前に見ていたものと食い違っている
- 会社が資料の開示を拒んでいる、又は回答を先延ばしにしている
- 会社から、株式や貸付金に関する書面への署名を求められている
- 会社が定款の定めに基づく売渡請求をしてきた、又はその可能性がある
- 株主総会の招集通知が届いた、あるいは自分に通知がないまま総会が開かれた形跡がある
- 会計データやメールが消される具体的なおそれがある
- 相続人の間で意見が分かれており、権利行使者を決められない
次の資料を、お手元にある範囲でお持ちください。揃っていない項目があっても差し支えありません。
- 死亡日が分かる資料(戸籍、除籍謄本、法定相続情報一覧図)
- 遺言書の有無と写し、遺産分割に関する書類
- 会社の登記事項証明書、定款(株券発行の定め、譲渡制限、売渡請求の定めの確認のため)
- 生前に受け取っていた株主名簿、株券、決算書、申告書の控え
- 会社から示された現在の株主名簿、決算書、その他の資料
- 貸付け・返済に関する資料(借用書、通帳、振込記録)
- 会社とのやり取りの記録(通知書、封筒、メール、面談の記録)
- すでに署名・押印した書類の控え
- 受け取った通知と、そこに記載された期限が分かるもの
あわせて、死亡日、基準となる決算日、問題となる取引の日、記録が更新された日、変更に気付いた日、会社に請求した日、会社から回答があった日、通知を受け取った日を時系列で整理しておいていただくと、検討が進みやすくなります。
相続人であれば、会社の帳簿をすべて見ることができますか。
資料の種類によって異なります。株主名簿と計算書類等については、株主又は会社の債権者として請求できる制度があります(会社法第125条、第442条)。他方、総勘定元帳などの会計帳簿については、議決権又は発行済株式(自己株式を除く)の100分の3以上を有する株主であることが要件とされており(同法第433条第1項)、相続人であれば当然に請求できるものではありません。定款で要件が緩和されている場合もありますので、定款の確認が必要です。
株主名簿から故人の名前が消えていました。株式を相続できないのでしょうか。
株主名簿の記載は、株式が誰のものかを確定するものではありません。名義書換は会社その他の第三者に対する対抗要件です(会社法第130条)。名簿から名前が消えている場合、なぜ消えたのか、その原因とされる譲渡や贈与が実際にあったのか、必要な手続を経ているのかを確認することになります。逆に、名簿に記載が残っていることだけで現在も株主であることが確定するわけでもありません。
共同相続人の一人だけで、会社に資料を請求できますか。
遺産分割前の株式は相続人全員の準共有となり、株主としての権利行使には、権利行使者を一人定めて会社に通知することが必要です(会社法第106条本文)。権利行使者の指定は、持分の価格に従いその過半数で決するのが原則です(最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決)。ただし、故人が会社に対して有していた貸付債権に関する債権者としての請求など、株主としての権利行使とは別の立場からの請求が検討できる場合もあります。
役員借入金が帳簿から消えていました。返還を請求できますか。
帳簿から負債の計上がなくなったこと自体は、債務が法律上消滅したことを意味しません。返済、相殺、債権放棄などの法的な原因があったのか、それを行った者に権限があったのか、裏付けとなる資金移動や書面があるのかを確認します。まず債権の成立と死亡時点の残高を、契約書、通帳、総勘定元帳、勘定科目内訳明細書で固めることが出発点になります。
会社の顧問税理士や取引銀行に、直接資料を求めることはできますか。
求めること自体はできますが、相続人からの求めだけで当然に開示義務が生じるわけではありません。会社と故人のどちらとの契約か、守秘義務がどう及ぶか、請求する人がどの立場にあるかによって扱いが変わります。弁護士会照会や、訴訟における文書送付嘱託・調査嘱託といった手続を検討する場面もあります。なお、会社の顧問税理士は会社側で関与している立場であり、相続人と利害が一致するとは限らない点にもご注意ください。
会社が資料を見せてくれません。裁判所を通じて対応できますか。
状況に応じて、閲覧・謄写を求める訴えや仮処分、証拠が失われるおそれがある場合の証拠保全(民事訴訟法第234条)、訴訟における文書提出命令などを検討します。いずれも要件があり、会社の資料を包括的に取得できる制度ではありません。どの手続が適しているかは、争点、既にある資料、消去のおそれの程度によって変わりますので、資料を確認したうえで判断する必要があります。
故人のパスワードを知っています。会社のデータを保存しておいてよいですか。
おすすめできません。パスワードを知っていることや、株式を相続したこと、会社の機器が自宅にあることは、会社や第三者のシステムにアクセスする権限があることを意味しません。無断でのログインやデータの操作は、証拠としての価値を損なうだけでなく、別の法的責任を問われるおそれがあります。稼働中の機器の操作も含めて、まず保全の方法をご相談ください。
会社に通知を出す前に、確認しておくべきことはありますか。
はい。まず、いま手元にある資料を保全してください。削除や改変のおそれが具体的にある場合、先に通知することでかえって証拠が失われることがあります。「必ず内容証明を送ってから」という固定した順序ではなく、事案に応じて順序を検討します。また、内容証明郵便は差出しの事実を証明するものであって、記載内容の真実性や請求権の存在を確定するものではありません。
まとめ
- 記録が書き換えられたことと、権利が有効に移転・消滅したことは別の問題です。確かめるべきは変更の原因と、それを裏付ける資料です。
- 相続するのは株式と会社に対する債権であり、会社の財産そのものではありません。会社の請求権と相続人の請求権も別に整理します。
- 株主名簿の記載は対抗要件であり、実体的な帰属を確定しません。相続による名義書換は単独請求が認められる場合がありますが、株券発行会社では手続が異なります。
- 遺産分割前の株式は準共有です。権利行使者は原則として持分の価格に従いその過半数で決め、会社の同意があっても民法の共有に関する規定に従う必要があります。
- 株主名簿、会計帳簿、計算書類等、議事録、定款は、請求できる人も要件も異なります。ひとまとめに「帳簿開示請求」として扱わないでください。
- 貸付金は貸し借りの向きを確認し、期首・期中・期末の残高と実際の資金移動を突き合わせます。帳簿から消えたことは債務の消滅を意味しません。
- 保全は手元の原本・原データをそのまま維持することが基本です。無断でのアクセスやデータの操作は行わないでください。
- 期限は制度ごとに起算点が異なります。定款に売渡請求の定めがある会社では、短い期間で対応が必要になることがあります。
- 内容と裏付け資料を確認しないまま、遺産分割協議書、債権放棄書、残高確認書、清算条項付きの合意書に署名しないでください。
社長の死亡後に会社の記録が変わっている場合、まず確認すべきは、何が誰の権利で、いま手元にどの資料があり、どの立場でどの資料を請求できるか、という点です。ご相談により、保全の要否、請求できる資料の範囲、手続の選択について、法律上の見通しを検討することができます。当事務所は弁護士・公認会計士として、株主権や債権の法律関係と、帳簿・証憑・資金移動の整合性の双方の視点から対応しています(税務申告・税務代理は行っておりません)。
初回のご相談は無料です(事前予約制です。オンライン・出張相談は無料相談の対象外となります。条件は「初めての方へ」のページでご確認ください)。会社に関する案件では、利益相反の確認が済むまで、決算書・申告書・通帳・契約書などの資料を送信せず、まず会社名、ご相談者のお名前、相手方のお名前、概要、期限をお知らせください。
監修者・執筆者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士・公認会計士/兵庫県弁護士会所属/日本公認会計士協会兵庫会
神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)
同族会社の企業法務と、相続・事業承継に関わるご相談を、法律と会計の双方の視点から取り扱っています。オーナー社長の死亡後に株主名簿や帳簿の記載が変更された事案では、株式の帰属や貸付債権の存否といった法律関係の整理と、決算書・総勘定元帳・勘定科目内訳明細書・資金移動の突合という会計面の確認を、あわせて検討する必要があります。資料の保全、開示請求の範囲、手続の選択について、資料を確認したうえでの対応方針の検討をお手伝いします。税務申告・税務代理は行っておらず、税額の確定・申告は税理士等による個別の確認が必要です。
所在地:兵庫県神戸市須磨区中落合2丁目2-5 名谷センタービル7階
電話:078-797-5227(受付時間 9:00〜20:00)
参考資料(本文で参照した公的資料)
- e-Gov法令検索「会社法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「会社法施行規則」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「民法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「民事訴訟法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「民事保全法」(デジタル庁)
- e-Gov法令検索「弁護士法」(デジタル庁)
- 裁判所ウェブサイト「最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決(平成25年(受)第650号 株主総会決議取消請求事件)」判決全文PDF
- 裁判所「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」
- 法務省「『株主リスト』が登記の添付書面となりました」
- 日本弁護士連合会「弁護士会照会制度」
- 国税庁「No.5930 帳簿書類等の保存期間」
- 国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」
- 国税庁(e-Tax)「勘定科目内訳明細書の標準フォーム等」
- 国税庁「別表二『同族会社等の判定に関する明細書』」
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法律上・税務上の助言ではありません。実際の対応は、定款、株券発行の有無、遺言、相続人の状況、会社の主張する法的原因などの個別事情により結論が異なります。記載内容は令和8年9月10日時点で確認した法令及び公的資料に基づいています。法令の改正等により内容が変わる場合がありますので、実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。

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