店舗・事務所・倉庫などの事業用物件を貸している貸主の方に向けて、テナントが家賃を滞納したときに、未払賃料の回収と建物の明渡しのどちらを優先すべきかを整理します。閉店後も荷物や設備が残り、テナントが退去しないまま次の募集に進めない場面も扱います。
結論からいえば、回収と明渡しは二者択一ではありません。未払賃料の回収が難しくても、適法な手続で明渡しを進め、再賃貸や売却によって物件の利用を早く再開することに経済的な意味がある場合があります。回収は並行して進めながら、再募集の需要、保証や敷金、解除の見通し、搬出や改修の費用、支出の時期を比べて優先順位を決めます。どちらを優先すべきかは、契約の内容と事実関係によって変わります。
この記事のポイント
- 明渡しを優先しても、未払賃料を放棄したことにはなりません。
- 「3か月滞納すれば当然に解除できる」という一律の基準はありません。
- 保証会社が支払った部分は二重に請求できず、その遅滞だけで当然に解除できるわけでもありません。
- 閉店や音信不通でも、鍵の交換や残置物の無断処分はせず、合意又は強制執行で進めます。
- 優先順位は、同じ期間に実際に入る金額と出ていく金額で比べます。
通知の発送、退去の合意、残置物の処理などを控えている場合は、事前に方針を確認しておくことをおすすめします。相談方法と相談条件をご確認のうえ、相談予約フォームからご予約ください。
回収と明渡しは二者択一ではない
「回収できないなら、手続に費用をかけても損をするだけではないか」と迷ったときは、物件を再び使えるようになる価値も判断材料に加えます。事業用物件では、空いた区画を貸し直したり売却したりして得られる収入が、明渡しにかかる費用を上回る場合があるからです。
賃貸借契約を解除しても、解除の効力は将来に向かってのみ生じるため(民法第620条)、解除までに発生した未払賃料の請求権は残ります。解除後も借主が明け渡さない期間の分は、賃料ではなく賃料相当損害金として請求を検討します。明渡しの請求とこれらの金銭の請求は区別されますが、同じ訴訟で併せて請求することもできます(民事訴訟法第136条)。
もっとも、請求できること、判決で認められること、実際に回収できることは、それぞれ別です。借主に財産がなければ、判決を得ても入金されないことがあります。債権の一部を免除するかどうかは、明渡しを優先することとは別に、退去の合意の内容として検討します。
なお、定期建物賃貸借の期間満了だけを理由とする明渡しや、更新拒絶に伴う立退料の問題は、滞納を理由とする解除とは前提が異なるため、別に確認が必要です。
明渡しを優先する事情と、契約継続を検討する事情
どちらを先に進めるかは、支払が再開される根拠、再募集や売却の見込み、搬出・改修の費用、解除の見通しによって分かれます。
| 事情 | 優先する対応 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 支払再開の裏付けがない | 催告・解除と明渡しの準備を先に進め、回収は並行して行う | 月別の入金一覧、催告への回答、営業の状況 |
| 再募集・売却の見込みがある | 利用再開までの期間と費用を見積もり、明渡しの優先度を上げる | 再募集の査定、売却の査定、改修の見積り |
| 一時的な資金不足にとどまる | 裏付けのある支払計画であれば、分割払いの合意や期限を定めた再検討と比べる | 支払計画、入金予定を示す資料、これまでの支払状況 |
| 次の借り手が見込みにくい | 契約の継続や条件の見直しも含めて比べる | 周辺の募集状況、仲介業者の査定 |
| 搬出・改修の費用が大きい | 見積りを取り、回収を先行する案と収支を比べる | 搬出・保管・改修の見積書、設備の所有関係の資料 |
| 解除の効力に争いがある | 解除の見通しを先に検証し、手続を慎重に選ぶ | 修繕依頼や工事の記録、減額の合意の有無、通知の到達の記録 |
経済的に有利に見える場合でも、解除の要件を省略することはできません。後で説明する催告や信頼関係の検討が前提になります。また、借主について破産手続開始の通知が届いた場合は、通常の回収や明渡しの進め方をそのまま当てはめず、通知の内容と手続を個別に確認します。
保証会社・敷金・個人保証から回収できる範囲を確かめる
家賃保証会社が借主に代わって支払った(代位弁済した)部分は、貸主の未払賃料としては残りません。その部分は保証会社が借主に求償する債権になるため、各月の請求額、借主からの入金、保証会社からの入金を分けて整理し、貸主の請求額に重ねて計上しないようにします。
最高裁判所第一小法廷令和4年12月12日判決(令和3年(受)第987号)は、保証会社が保証債務を履行すると貸主との関係では借主の賃料債務が消滅するため、貸主はその遅滞を理由に解除することはできず、借主に信頼関係を裏切るような不信行為があるなどの特段の事情があるときに限り、催告なしで解除できるにとどまるとの考え方を示しています。なお、同判決が、保証会社に催告なしの解除や「明渡しがあったものとみなす」扱いを認める条項を消費者契約法第10条に規定する条項に当たるとしたのは、賃貸住宅の借主(消費者)との契約についてです。法人や個人事業者が店舗・事務所を借りる契約に、その結論をそのまま当てはめることはできません。
敷金を預かっていても、借主が一方的に支払を止めてよいことにはなりません。貸主は未払賃料に敷金を充てることができますが、借主の側から充当を求めることはできず(民法第622条の2第2項)、敷金は、賃貸借が終了して物件の返還を受けた後に、未払賃料などを差し引いた残額を返すものです(同条第1項)。事業用物件の「保証金」は、名称だけで敷金と同じとは限らないため、担保としての部分、償却、返還の条件を確認し、原状回復費用と未払賃料に同じ敷金を二重に充てないようにします。
法人の代表者や親族などの個人が、継続して発生する賃料などを保証している場合、その保証は通常、個人根保証契約に当たります。令和2年(2020年)4月1日以降に締結された個人根保証契約は、保証人が責任を負う上限額(極度額)を書面又は電磁的記録で定めなければ効力を生じません(民法第465条の2、第446条第2項・第3項)。法人の借主の代表者が個人として保証している場合も同じです。極度額は、未払賃料だけでなく、遅延損害金や違約金なども含めた総額の上限です。
他方で、令和2年4月1日より前に締結された保証契約には、原則として改正前の民法が適用されるため、極度額の定めがないことだけで当然に無効になるわけではありません(平成29年法律第44号附則第21条第1項)。賃貸借契約が更新されていても、保証契約自体がいつ締結され、合意によって更新されたかは別に確認します。賃貸借契約の解除や敷金についても経過措置があるため、契約の締結日と更新の経緯を確認しておきます。
催告・解除と並行して占有者と保全の必要性を調べる
家賃滞納への対応は、催告、解除、占有者の調査、保全と、決まった順序で一つずつ進めるものではありません。誰が物件を使っているかの調査は初動から始め、占有移転禁止の仮処分が必要かどうかも、催告や解除の通知を出す時期と合わせて早めに検討します。滞納を把握した直後の初動は、当法人の淡路の事務所が公開している関連コラム(家賃滞納を把握した直後の確認事項)でも整理しています。
「3か月滞納」で当然に解除できるわけではない
賃料の不払いを理由に契約を解除するには、原則として、相当の期間を定めて支払を催告し、その期間内に支払がないことが必要です(民法第541条本文)。その期間を経過した時の不履行が、契約と取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、解除できません(同条ただし書)。さらに、賃貸借は当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であるため、信頼関係を破壊するといえるかも検討されます。賃料の不払いがあっても、相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があるとはいえないとして、解除が信義則に反し許されないとされた例もあります(最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・昭和37年(オ)第747号・民集18巻6号1220頁)。
そのため、「3か月滞納すれば当然に解除できる」「3か月までは何もできない」という一律の基準はありません。滞納の額と期間に加えて、これまでの支払状況、支払の約束を守らなかった経緯、催告への応答、修繕をめぐるやり取りなどを踏まえて判断します。
特約がない場合に催告なしで解除するには、民法第542条第1項第5号(催告をしても契約の目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかな場合)などに当たることが必要とされています(前記の令和4年判決)。契約書に「賃料を滞納したときは催告なしで解除できる」という特約があっても、機械的に適用できるわけではありません。最高裁判所第一小法廷昭和43年11月21日判決(昭和42年(オ)第1104号・民集22巻12号2741頁)は、この種の特約を、解除に当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情がある場合に、催告なしで解除できることを定めたものと解しています。
借主からは、支払済み、供託、受領の拒否、減額の合意、設備の故障による使用不能、相殺といった反論が出ることがあります。賃借物の一部が借主の責めによらずに使えなくなった場合は、その割合に応じて賃料が減額されるという規定もありますが(民法第611条第1項)、借主が主張しただけで減額や支払の拒絶が認められるわけではありません。修繕の依頼や工事の記録と照らして検証します。
催告や解除の通知は、内容と到達を後で証明できる方法で行います。意思表示は相手方に到達した時に効力を生じるため(民法第97条第1項)、内容証明郵便を発送しただけで常に到達まで証明できるとは限らず、配達の記録、返送の有無、借主からの返信もあわせて保存します。催告の期間も、法律で一律に何日と決まっているわけではなく、相当な期間かどうかが問われます。
契約名義と実際の占有者が違う場合
明渡しを命じる判決などの相手方と実際に物件を使っている人が異なると、そのままでは明渡しの強制執行が難しくなるおそれがあります。そこで、契約書の名義、法人の登記事項、管理の記録、適法な範囲での現地確認によって、契約上の借主とは別の関連会社が営業していないか、無断で転貸されていないか、第三者に占有が移っていないか、第三者が所有する設備がないかを初動から調べます。閉店している、連絡がつかないといった外見だけで、明渡しが済んだ、あるいは借主が残置物の所有権を放棄したと扱うことはできません。調査のために無断で室内に立ち入るなど、違法となるおそれのある方法はとらないでください。
占有者が入れ替わって将来の明渡しの実行が困難になるおそれがあるときは、占有移転禁止の仮処分を検討します(民事保全法第23条第1項)。仮処分が執行されると、その執行を知って占有した人などに対しても、判決などに基づいて明渡しの強制執行ができるようになります(同法第62条第1項)。ただし、仮処分だけで明渡しが実現するわけではなく、明渡しを求める権利と保全の必要性を疎明(一応確からしいと示すこと)する必要があり(同法第13条)、担保を求められることもあります(同法第14条第1項)。占有者の特定を困難とする特別の事情があるときに、債務者を特定しないで発令を求める方法もありますが(同法第25条の2)、調査を省略できる手続ではありません。すべての事案で必要な手続ではないため、占有の状況と通知の時期を踏まえて判断します。
合意退去か、訴訟・強制執行かを選ぶ
借主が退去に応じる意向を示している場合、話合いによる明渡し(合意退去)は、時間と費用を抑えられる可能性があります。合意書では、契約の終了日だけでなく、実際に引き渡す期限、鍵の返却、設備と残置物の扱い、原状回復の範囲、未払賃料と敷金の精算、期限までに明け渡さなかった場合の扱いを具体的に定めます。
未払賃料の一部免除や解決金を交渉の材料にする場合も、合意した時点で無条件に債権を放棄するのではなく、期限どおりの明渡しと結び付けた条件を検討します。こうした免除や解決金の提示は、貸主に支払義務がある立退料として行うものではありません。また、借主の支払や退去の約束だけで、次の募集を始める日を確定させないようにします。
当事者間の合意書があるだけでは、借主が期限までに退去しなかったときに明渡しを強制執行することはできません。強制執行には、明渡しを命じる判決や、明渡しを内容とする裁判上の和解・調停の調書などの債務名義(強制執行の根拠となる文書)が必要です(民事執行法第22条)。金銭の支払を求める支払督促や、強制執行を受け入れる旨の記載がある公正証書を得ても、それだけで建物の明渡しを強制執行することはできません。合意退去を目指す場合でも、履行されないときに備えて、裁判所での和解(訴え提起前の和解を含みます。民事訴訟法第275条)も比べます。
借主が任意に明け渡さない場合は、物件の所在地を管轄する地方裁判所に所属する執行官に強制執行を申し立てます。執行官は、借主の占有を解いて貸主に占有を取得させる方法で明渡しを実現します(民事執行法第168条第1項)。必要な書類は債務名義の種類や作成方法によって異なり、電子的に作成された債務名義では、正本や送達証明書を提出せずに事件を特定する情報を提供する方法も裁判所で案内されています。訴訟から強制執行までの流れは、関連コラム(建物明渡請求と強制執行の手続)で説明しています。
訴訟・強制執行・残置物処理には何の費用がかかるか
明渡しにかかる費用は、ひとまとめにすると判断を誤りやすくなります。次の表のように段階ごとに分け、それぞれ見積りを取ります。
| 段階 | 主な支出 | 金額を左右する事情 |
|---|---|---|
| 交渉・訴訟 | 弁護士費用、訴えの提起の手数料、郵送などの実費 | 請求の内容と併合の有無、相手方の数、争いの有無、和解か判決か |
| 占有移転禁止の仮処分 | 申立ての手数料、執行の費用、担保 | 占有の状況、担保の額と返還までの期間 |
| 明渡しの強制執行 | 執行官への予納金、解錠・搬出・運搬・保管の費用 | 物の量と重さ、搬出経路、保管の要否と期間、作業の回数 |
| 利用再開の準備 | 清掃・改修・設備撤去の費用、募集の費用 | 次の用途、残す設備、募集条件(フリーレントの有無など)、工事期間 |
強制執行に必要な費用(執行費用)は、法律上は債務者の負担とされていますが(民事執行法第42条第1項)、借主に財産がなければ実際には回収できません。弁護士費用の全額を当然に借主に請求できるわけでもありません。仮処分の担保は、手続を経て返還を受けられる可能性があるため確定した費用とは区別しますが、返還までの間は資金が拘束されることも考慮します。
裁判所に納める手数料は、手続の種類、訴額、当事者の数、申立ての方法などで異なり、滞納賃料の額だけで建物明渡訴訟の手数料が決まるわけではありません。令和8年(2026年)5月21日以降の申立てについては、電子申立てと書面申立てが区別されるなど、それより前の説明をそのまま使えない点があるため、裁判所の最新の案内で確認します。
当事務所の弁護士費用は、請求の内容や手続の段階によって異なります。報酬の算定の基礎が実際に回収した額か判決で認められた額か、明渡しと金銭請求を併せて行う場合や訴訟から強制執行に進む場合にどのように加算されるか、実費がどの程度かかるかを、見積書と委任契約書で確認してください。
予納金だけで執行費用の総額は分からない
明渡しの強制執行を申し立てる際には、執行官に予納金を納めます。予納金は手続の中で精算され、不足すれば追加の予納を求められることがあるため、予納金の額だけでは執行にかかる費用の総額は分かりません。
解錠、搬出、運搬、保管などの作業費用は物件ごとに変わります。見積りでは、物の量と重さ、搬出経路(階数、エレベーターの有無、搬出口の大きさ)、厨房機器などの重量物の有無、保管の要否と期間、作業の日数、廃棄物の分別、設備の撤去や原状回復の工事の要否を具体的に伝えます。
閉店・音信不通でも鍵交換や無断処分はしない
借主が閉店し、連絡もつかなくなると、鍵を交換して荷物を片付けたくなるかもしれません。しかし、法律に定める手続によらずに自分の力で権利を実現すること(自力救済)は、判例上、原則として許されず、緊急やむを得ない特別の事情がある場合に、必要な限度で例外的に許されるにとどまります(最高裁判所第三小法廷昭和40年12月7日判決・昭和38年(オ)第1236号・民集19巻9号2101頁)。通常の滞納、閉店、連絡不能だけで、この例外に当たるとはいえません。無断で鍵を交換する、使用を妨げるために電気や水道を止める、残置物を搬出・廃棄するといった行為は、損害賠償を請求されるなどの紛争を招くおそれがあります(民法第709条)。
明渡しの強制執行では、執行官が明渡しの対象ではない動産を取り除いて借主などに引き渡し、引き渡せないときは売却や保管をするという、法律に定められた手続で処理します(民事執行法第168条第5項から第8項)。貸主が独自の判断で廃棄できる制度ではありません。
厨房機器や什器、倉庫の在庫は、リース会社の所有物であったり、所有権留保が付いていたり、第三者の物であったりすることがあるため、所有者を確認します。合意退去で残置物を処理する場合も、物品の範囲、所有者、処分する権限、搬出の方法、費用の負担を特定し、権限のある人との合意を確認します。契約書に「退去後に残された物は放棄したものとみなす」といった条項があるだけで、無断で処分しても問題がないことにはなりません。
執行手続の「原則1か月」と解決までの期間は違う
裁判所の案内では、執行官がまず現地で明渡しの催告をして引渡し期限を定め、その後に荷物を運び出して明渡しを完了させる(断行する)流れが示されています。引渡し期限は、原則として催告の日から1か月を経過する日ですが(民事執行法第168条の2第2項)、断行の日とは別で、裁判所の案内では引渡し期限までの間の適宜の日が断行の実施予定日とされています。期限が延長される場合もあるため、「催告から1か月経たなければ執行できない」「相談から1か月で退去が完了する」とはいえません。
物件を実際に再び使えるようになるまでには、交渉、訴訟、訴状などの送達、占有をめぐる問題への対応、執行の準備に加え、明渡し後の清掃・改修や募集の期間も必要です。全体の期間は事案ごとに見積もります。
神戸地方裁判所本庁では、不動産の引渡し(明渡し)の強制執行の窓口は執行官室(別館2階)とされています。仮処分の申立ての審理と保全執行とでは担当する窓口が異なり、訴訟を起こす裁判所と強制執行を申し立てる先も区別されます。物件の所在地によって管轄する裁判所や支部が変わるため、事前に確認します。
再賃貸までの期間と収支を同じ条件で比べる
明渡しに費用をかける価値があるかは、請求額の大きさではなく、同じ期間に実際に入る金額と出ていく金額で比べます。考え方を式で表すと、「早まる新賃料の実入金-そのための追加運営支出+旧借主等からの実回収額の差-一時的な追加支出の差」です。比べる期間と対象をそろえ、保証会社からの入金、敷金の充当、再賃貸による収入、旧借主からの損害金を重ねて計上しないようにします。
月額30万円の物件を比較する設例
次の設例は、計算の方法を示すための仮定であり、当事務所の取扱事例、費用の見積り、相場、所要期間の予測ではありません。法律上の損害額や税務上の計算でもありません。
同じ判断日を基準に、その後の12か月で比べます。保証会社と敷金はなく、判断日時点の旧借主への既存債権はどちらの案も120万円ですが、これはそのまま収入に入れず、期間中に実際に回収する額だけを計上します(それ以外に旧借主からの入金はないものとします)。新しい賃料は月30万円、賃貸している間だけ増える現金支出は月3万円で、差額は月27万円です。両案に共通する固定的な保有費は省略し、金額は消費税込みの受払額とし、消費税の納付・還付、所得税・法人税、資金調達の費用は計算に含めません。
案Aは、明渡しに優先して着手し、回収も並行する案で、調査、法的手続、搬出、改修、募集、フリーレント(一定期間の賃料の免除)を経て、5か月目から新しい賃料収入が始まるとします。案Bは、回収の交渉を先に行い、その後に明渡しを進める案で、9か月目から賃料収入が始まるとします。一時的な追加支出には、弁護士費用(着手金、報酬金、段階が進んだときの費用、執行の分を含みます)と、裁判、執行、搬出、保管、改修、募集などの一時的な支出をすべて含め、月3万円の支出は含めません。仮処分の担保のように後で返還される可能性がある資金は、この額とは別に扱います。
| 項目 | 案A | 案B |
|---|---|---|
| 進め方 | 明渡しに優先して着手し、回収も並行 | 回収の交渉を先行し、その後に明渡し |
| 賃料収入の開始 | 5か月目 | 9か月目 |
| 期間内の収入月数 | 8か月 | 4か月 |
| 稼働中の収支(月27万円×月数) | 216万円 | 108万円 |
| 既存債権の実際の回収額 | 20万円 | 50万円 |
| 一時的な追加支出(差し引く額) | 210万円 | 180万円 |
| 比較対象項目の12か月累計収支 | 26万円 | マイナス22万円 |
案Aは27万円×8か月+20万円-210万円=26万円、案Bは27万円×4か月+50万円-180万円=マイナス22万円です。案Aは、旧借主からの回収額が30万円少なく、追加支出も30万円多いものの、新しい賃料収入が4か月早く始まるため、比較対象項目の12か月累計収支は案Bを48万円上回ります(27万円×4か月-30万円-30万円=48万円)。
空室期間が延びると結論が逆転することもある
ほかの条件と支出の総額が同じまま、案Aの賃料収入の開始がさらに2か月遅れて7か月目になると、収入月数は6か月になり、累計収支は27万円×2か月=54万円減ります。この場合、案Aはマイナス28万円となり、案Bを6万円下回ります。この設例では、回収額の差と追加支出の差の合計60万円を、早まる賃料収入で上回る必要があります。60万円を月27万円で割ると約2.22か月なので、月単位で考えると、案Aの収入月数が案Bより3か月以上多くなければ、案Aは有利になりません。
ここでいう累計収支は、比較の対象とした項目を12か月分足し合わせたもので、純利益や損失額ではありません。12か月後に残る未回収の債権、物件の価値、期間後の収支は比較の対象外です。累計で上回る場合でも、先に支払う費用の資金を用意できるかは別に確認する必要があります。
実際の判断では、仲介業者などによる再募集の査定、改修の見積り、先に必要となる資金を確認し、設例の数字を見積書の金額に置き換えて比べます。募集賃料と実際に成約できる見込みも区別します。売却を検討する場合は、空室にした場合と現況のままの場合の査定額、売却の時期と費用を比べ、同じ期間の再賃貸による利益を重ねて加えないようにします。
相談前にそろえる資料と確認事項
相談の際は、次の資料のうち手元にあるものを用意してください。すべてそろっていなくてもかまいません。通知の発送、残置物の処分、退去の合意などを控えている場合は、資料がそろうのを待たずにご相談ください。
- 賃貸借契約書・変更契約書・保証契約書:借主、対象の区画、賃料と支払期日、解除の条項、保証の範囲と極度額、締結日と更新の経緯、保証人の死亡など保証の範囲が確定する事情の有無
- 月別の入金一覧と通帳:各月の請求額、借主からの入金、保証会社による代位弁済、充当の状況、実際の残高(請求書だけでは未払額を確定しません)
- 催告・解除の通知と、配達・返送・返信の記録:通知の内容、到達、定めた期間、借主の約束や異議
- 修繕の依頼、工事の記録、減額の合意:滞納額や解除に対する借主の反論の検証
- 法人の登記事項証明書、管理の記録、適法に撮影した現地の写真:契約名義と実際の占有者、営業や転貸の有無、残置物の状況
- 保証会社の約款と支払明細:補償の範囲、報告の期限、指定弁護士の有無、支払済みの額と役割分担
- 設備・リースの資料、搬出・保管の見積り:所有者、処分の権限、物の量・重さ・搬出経路と費用
- 再募集の査定、改修の見積り、売却の査定:成約の見込み、新しい賃料収入が始まる時期、支出の総額(募集賃料と成約の見込みは区別します)
滞納が古い月にさかのぼる場合は、各月の支払期日、契約の締結時期、借主が支払義務を認めた事実(債務の承認)、訴訟の提起などを確認し、消滅時効も管理します(民法第152条第1項、第166条第1項。契約や債権の発生時期によっては改正前の民法が適用されます)。催告による時効の完成猶予は6か月で、その間に再び催告をしても延びないため(同法第150条)、回収を後回しにする場合も、催告だけで権利を無期限に保てるわけではありません。
保証会社に任せられる範囲と弁護士に依頼する範囲
保証会社が付いている場合は、保証会社がどこまで対応するかを先に確認します。約款には、保証の対象と上限、事故報告の期限、免責事由、保証が終わる時期のほか、明渡し訴訟や強制執行の費用の補償、保証会社が指定する弁護士による手続の担当などが定められていることがあります。事故報告の期限は契約で定められるもので、法律で一律の日数が決まっているわけではありません。一方で、保証の上限を超える部分、保証の対象外の債権、個人の保証人への請求、残置物の所有者との調整などは、保証会社の対応範囲に含まれないことがあります。
そのため、「保証会社がいれば弁護士は不要」とも「保証会社にすべて任せられる」とも一概にはいえません。費用の補償や指定弁護士の有無、対象外の業務を確認したうえで、すでに保証会社が手配している対応と重複して費用をかけないよう役割を分担します。弁護士に依頼する場合の費用も、保証会社の補償の対象になるかを含めて、見積書と委任契約書で確認します。
よくある質問
Q.明渡しを優先すると、滞納賃料をあきらめることになりますか。
A.いいえ。解除しても、解除までに発生した未払賃料の請求権は残り、明渡しと同じ訴訟で併せて請求することも検討できます。ただし、判決で認められることと実際に回収できることは別で、一部を免除するかどうかは合意の内容として別に検討します。
Q.保証会社が家賃を支払っていても、賃貸借契約を解除できますか。
A.保証会社の支払で賃料債務が消滅した部分の遅滞だけを理由に、当然に解除できるわけではありません。借主に信頼関係を裏切るような不信行為があるなどの特段の事情があるかを、これまでの経緯と保証会社の約款を確認して検討します。
Q.閉店して荷物だけが残っている場合、処分してもよいですか。
A.貸主の判断で鍵を交換したり、残置物を搬出・廃棄したりすることは避けてください。リース会社や第三者の物が含まれている可能性もあるため、権限のある人との合意によって処理するか、明渡しの強制執行の手続に従って処理します。
店舗・事務所の家賃滞納について相談する
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所では、店舗・事務所・倉庫などの家賃滞納と明渡しのご相談をお受けしています。契約書や入金の記録を確認したうえで、回収と明渡しをどのような順序で進めるか、方針の整理をお手伝いします。
ご相談の際は、物件の所在地、月額賃料、滞納の期間と金額、保証会社や保証人の有無、実際に物件を使っている人の状況、再募集や売却の予定をお伝えください。利益相反の確認の結果、ご相談をお受けできない場合があります。相談方法・費用をご確認のうえ、相談をご予約ください。
事務所・弁護士の紹介
この記事は、弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所のコラムとして、店舗・事務所などを貸している方に向けて掲載しています。当事務所の弁護士の資格や所属などは、紹介ページでご確認いただけます。
参考資料と情報基準日
- 民法(e-Gov法令検索)
- 民事保全法(e-Gov法令検索)
- 民事執行法(e-Gov法令検索)
- 民事訴訟法(e-Gov法令検索)
- 最高裁判所第一小法廷令和4年12月12日判決(令和3年(受)第987号)判決全文(裁判所・PDF)
- 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決(昭和37年(オ)第747号)判決全文(裁判所・PDF)
- 最高裁判所第一小法廷昭和43年11月21日判決(昭和42年(オ)第1104号)判決全文(裁判所・PDF)
- 最高裁判所第三小法廷昭和40年12月7日判決(昭和38年(オ)第1236号)判決全文(裁判所・PDF)
- 司法研修所「4訂 紛争類型別の要件事実」(裁判所・PDF)
- 国土交通省「民法改正を受けた賃貸住宅標準契約書Q&A」(PDF)
- 裁判所「不動産引渡(明渡)執行」
- 裁判所「手数料」
- 神戸地方裁判所「窓口案内」
この記事は、令和8年(2026年)10月27日時点で施行されている法令と、同日に確認した裁判所の案内などに基づいています。
この記事は一般的な情報の提供を目的とするもので、個別の事案についての法的助言ではありません。契約の内容や事実関係によって結論は異なります。

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