決算書の純資産がマイナスになっている、借入れの返済が重い、数か月先の資金が読めない。そうした状況で会社の将来を考えるとき、「うちのような会社を買う相手などいないだろう」「もう廃業しかないのではないか」と考えてしまう経営者の方は少なくありません。他方で、金融機関や取引先、従業員のことを思えば、事業だけでも残せないかという気持ちも残ります。
結論から申し上げると、決算書が債務超過であることは、それ自体で会社や事業を譲り渡せない理由にはなりません。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、譲り渡し側が債務超過の状態であっても中小M&Aを実行できる可能性はあるとし、その際には債務整理の手続を伴うことがあると説明しています。もっとも、これは「売れば借金が消える」という話ではありません。会社の借入れ、経営者個人の保証、担保に入れた自宅は、株式を売っても代表者を交代しても、それだけで当然になくなるものではないからです。
この記事は、財務が悪化した会社の売手の立場から、事業を残せるかどうかを判断するための材料と、売却の契約に署名する前に避けたい行動を整理するものです。手法ごとに「何が移り」「代金が誰に入り」「借入れと保証がどう残るか」が変わること、そして事業の譲渡と債務の整理は一体で検討する必要があることを、条文と公的資料に沿って説明します。個別の事情により結論は変わりますので、資料を確認したうえでの判断が必要になります。
この記事で分かること
- 会計上の債務超過・実態の債務超過・赤字・支払不能・資金ショートの違いと、それぞれを確認する資料
- スポンサーへの譲渡が成立し得る条件と、それを裏付ける資料
- 株式譲渡・事業譲渡・会社分割・第二会社方式で、移転する対象と対価の帰属がどう変わるか
- 売却代金の入金先、買収価格以外に必要となる資金、経営者保証の外れ方
- 私的整理・民事再生等を使う場面と、資金繰りをどこまで細かく見るか
- 安値譲渡・関係者への返済・不適切な買手など、契約前に避けたい行動
- 相談時にそろえたい資料と、相談する時期の目安
債務超過の状態での譲渡は、M&Aの法務と倒産・事業再生の法務が同時に関わります。決算書、資金繰り表、借入・保証の一覧、買手からの提案書をご用意いただければ、事業を残せる可能性、必要な同意、資金の流れを整理したうえで進め方を検討できます。
結論|債務超過そのものではなく、事業の収益力と資金繰りが判断を分けます
債務超過会社の譲渡を検討するとき、最初に確認すべきは純資産の金額ではありません。次の五つを分けて把握することが出発点になります。
| 確認する事項 | 何を見るか | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 会計上の債務超過 | 貸借対照表の純資産がマイナスかどうか。取得原価に基づく帳簿上の数値です。 | 直近三期分の決算書、株主資本等変動計算書、法人税等の確定申告書一式 |
| 実態の債務超過 | 資産と負債を時価で評価し直した後の純資産。中小M&Aガイドラインが「債務超過」という場合も、原則としてこちらを指します。 | 実態貸借対照表、不動産の評価資料、在庫・売掛金の精査資料、退職給付債務、未払残業代等の偶発債務の一覧 |
| 損益(赤字か黒字か) | 一定期間の収益と費用の差。全社が赤字でも、部門別・店舗別に切り分けると黒字の事業が残っていることがあります。 | 月次試算表、部門別・事業別・店舗別の損益、総勘定元帳 |
| 債務返済前の事業収益 | 本業が生み出す利益と現金。営業利益、営業利益に減価償却費を加えた金額、営業活動によるキャッシュ・フローは、いずれも別の数値です。 | 損益計算書、減価償却明細、設備更新の予定、運転資金の増減が分かる資料 |
| 支払能力と資金ショートの時期 | 支払不能は、支払能力を欠くために弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済できない状態をいいます(破産法第2条第11項)。会計上の債務超過とは別の概念です。 | 資金繰り表(月次に加えて週次・日次)、預金残高、支払予定表、督促状・内容証明郵便の有無 |
この五つを分けたうえで、判断の中心に置くのは「債務の返済を別にしたときに、その事業が生み出す利益と現金がどれだけあるか」と「譲渡が完了するまで資金がもつか」です。中小M&Aガイドラインは、事業が小規模であったり赤字や債務超過であったりしても、譲り受け側が事業の価値を認めて譲り受けを申し出ることは大いにあり得ると述べ、あわせて、簿価上は債務超過でも時価評価の結果として実態は資産超過であることが判明する場合もあるとしています。
誤解しやすい点 「営業黒字であれば当然に譲渡できる」「債務超過額がそのまま売却損になる」「債務超過なら株式の価値は必ずゼロ」といった単純な整理は、いずれも正確ではありません。反対に、「債務超過だから廃業しかない」というのも正しくありません。事業の収益力、必要な資金、債権者との調整の可能性、買手の実行能力を、資料に基づいて個別に検討する必要があります。
債務超過・赤字・資金ショートと、事業の価値は別のものです
決算書の債務超過と、実態の債務超過を分ける
決算書の純資産は取得原価に基づく数値です。含み益のある不動産、償却の進んだ設備、回収不能な売掛金、簿外の未払残業代や係争中の損害賠償など、時価で評価し直すと数値は大きく動きます。中小M&Aガイドラインが用語集で「債務超過」を、簿価上ではなく資産・負債の時価評価を踏まえた実態貸借対照表上のものと定義しているのは、この区別のためです。したがって、最初に着手すべき作業は実態貸借対照表を作り、どの資産・負債で数値が動くのかを把握することです。この資料は、後で債権者に説明する際にも、清算した場合の回収見込額(清算価値)と比較する際にも使います。
収益力を示す数値を混同しない
営業利益、営業利益に減価償却費を加えた金額(いわゆるEBITDAに近い数値)、営業活動によるキャッシュ・フローは、それぞれ意味が異なります。減価償却費を足し戻した金額が大きくても、設備の更新に毎年同程度の支出が必要であれば、手元に残る現金はその分だけ減ります。運転資金の増加、法人税等の納付、リース料の支払も、利益の数値には表れにくい現金の流出です。
売手として整理しておきたいのは、「借入れの元本返済を除いた場合に、この事業は毎年いくらの現金を生むのか」という一点です。ここが確認できると、返済を猶予すれば立て直せるのか、債務の減額まで必要なのか、事業を切り出して別の受け皿に移す必要があるのかという方向性の議論に進めます。
スポンサー探索を続けることが難しい場面
次のような場合には、スポンサーの探索だけを続けることは難しくなります。事業の継続可能性が乏しい場合、買手の資金の裏付けが確認できない場合、必要な同意や許認可が得られる見込みがない場合、そして実行の前に資金が尽きる場合です。中小M&Aガイドラインも、早期の資金ショートが見込まれる場合の対応の検討を重要な論点として挙げています。こうした場面では、法的整理や秩序ある廃業を並行して検討する必要があります。資金繰りの初動については会社の資金繰りが厳しいときの初動と相談先に関する記事を読む、手続の全体像については法人破産・民事再生・私的整理・廃業の違いと選び方を確認するもご参照ください。
スポンサー型事業再生が成立する条件
「スポンサー型事業再生」は単一の法定手続ではありません
スポンサー型事業再生は、第三者による事業の取得、出資、経営支援などを用いて再生を図る進め方の総称であり、法律に定められた一つの手続の名称ではありません。そのため、この言葉だけでは次のことは決まりません。
- 事業が残るのか、旧会社(対象会社)も残るのか
- 株主が売却の対価を得られるのか、代金が会社に入るのか
- 現経営者が経営に関与し続けられるのか
- 会社の借入れがどう処理され、経営者保証がどうなるのか
これらはいずれも別の問題です。記事や提案書に「スポンサー型で再生できます」と書かれていても、上のどれを指しているのかを一つずつ確認する必要があります。
成立を左右する七つの条件と、それを裏付ける資料
| 条件 | 確認する内容 | 裏付ける資料 |
|---|---|---|
| 残す事業の中身 | 顧客、技術、人材、ブランド、設備、許認可、業界内の地位など、買手が評価し得る要素があるか。 | 取引先別売上、主要契約の一覧、知的財産権の一覧、従業員名簿、許認可の一覧 |
| 将来の収益力 | 債務返済前の事業収益がどの程度あるか。買手の支援で改善する余地があるか。 | 部門別・事業別損益、直近の月次推移、受注残、設備更新の計画 |
| 実行までの資金 | 譲渡が完了するまで資金がもつか。譲渡後に追加の運転資金・設備資金がいくら必要か。 | 週次・日次の資金繰り表、支払予定表、未払金・滞納の一覧 |
| 価格の合理性 | 清算した場合の回収見込額と比べて、債権者に説明できる水準か。複数の買手候補と比較したか。 | 実態貸借対照表、清算貸借対照表、事業価値の評価資料、買手候補との条件比較表 |
| 必要な同意と承認 | 担保権者、契約の相手方、株主、労働者から、どの同意・承認が必要か。日程が組めるか。 | 担保権設定契約、金銭消費貸借契約(支配権変更条項の有無)、定款、株主名簿、賃貸借・リース契約 |
| 承継の見通し | 従業員、主要取引先、許認可、施設・システムを引き継げるか。承継できないものをどう手当てするか。 | 雇用契約・就業規則、主要取引契約、許認可の根拠法令、システム利用契約 |
| 買手の実体と実行能力 | 買手の本人確認、資金調達の裏付け、取得の目的、事業継続の方針、保証解除への協力姿勢。 | 買手の登記事項証明書・決算書、提案書、資金調達の説明資料、金融機関との事前相談の状況 |
これらは点数で優劣を決める性質のものではありません。どれか一つが欠けているから直ちに不可能というものでもなく、逆にすべてそろえば成立が保証されるものでもありません。中小企業の事業再生等に関するガイドラインは、スポンサー支援を求める場合について、金融機関や実務の助言を得つつ透明性のある手続でスポンサーを選定するように努めるとしており、選定の過程そのものが後で説明を求められる対象になります。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割・第二会社方式の違い
「何を移すか」と「どの枠組みで債務を整理するか」は別の問題
この分野の説明で混乱しやすいのが、取引の手法と債務整理の枠組みが同じ並びで語られることです。株式譲渡、事業譲渡、会社分割、増資は何を移すかの手法であり、私的整理、中小企業活性化協議会の支援、事業再生ADR、民事再生、破産はどの枠組みで債務を整理するかの手続です。両者は組み合わせて使うものであって、択一の選択肢ではありません。
移転する対象と対価の帰属
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 移転する対象 | 株主が持つ株式。会社の法人格、資産、負債、契約はそのまま対象会社に残ります。 | 契約で定めた資産・負債・契約上の地位。個別に移転させます。 | 分割契約又は分割計画の定めに従い、権利義務が包括的に承継されます。 |
| 対価の主な帰属先 | 株式を売った株主。会社には入りません。 | 事業を譲り渡した会社。株主には直接入りません。 | 方式と定めにより異なります。分割会社に対価が交付される場合と、分割会社の株主に交付される場合があります。 |
| 旧会社(対象会社) | 存続します。株主が入れ替わるだけです。 | 存続します。譲渡しなかった資産・負債が残ります。 | 存続します。承継させなかった権利義務が残ります。 |
| 会社への資金供給 | 株式の売買代金とは別に、買手からの増資や貸付けを行うかを別途定めます。 | 譲渡代金が会社に入りますが、その使途は債権者との関係で検討が必要です。 | 承継会社が引き受ける債務の内容により、実質的な資金の動きが変わります。 |
この表で最も重要なのは対価の帰属です。株式の売買代金は原則として売主である株主に入るため、その取引だけでは対象会社の資金繰りは改善しません。会社に資金を入れるには、増資、貸付け、借入れの借換えなど、別の取決めが必要です。逆に事業譲渡の代金は会社に入るため、経営者個人が自由に受け取って分配できるものではありません。
借入れ・契約・雇用・手続の違い
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 借入れ・簿外債務 | 対象会社に残ります。未払残業代などの簿外債務、将来発生し得る偶発債務も引き継がれます。 | 契約で定めたものだけが移ります。ただし当事者間の定めだけで対外的な責任がすべて遮断されるわけではありません(後述)。 | 分割契約等の定めに従います。承継されない債務の債権者との関係は別に検討します。 |
| 契約・許認可 | 原則として存続します。ただし支配権の変更を理由とする解除条項がある契約は、事前の協議が必要です。 | 契約上の地位の移転には相手方の承諾が必要です(民法第539条の2)。許認可は承継されないことが多く、新規取得が必要になる場合があります。 | 包括承継ですが、許認可は個別の業法により承継の可否と手続が異なります。 |
| 雇用 | 雇用主は変わりません。 | 労働者から個別の承諾を得る必要があります(民法第625条第1項)。 | 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律が適用され、通知・異議申出の手続があります。 |
| 債権者保護の仕組み | 会社法上の債権者異議手続は予定されていません。 | 同じく一般的な債権者異議手続はありません。個別の同意、担保の解除、財務制限条項を個別に確認します。 | 債権者が異議を述べることができる期間を一か月以上設ける手続が必要です(会社法第789条、第810条)。 |
| 会社法上の承認 | 譲渡制限株式であれば会社の承認手続が必要です。 | 事業の全部又は重要な一部の譲渡は、株主総会の特別決議が必要です(会社法第467条第1項、第309条第2項第11号)。反対株主の株式買取請求もあります(同法第469条)。 | 分割契約・分割計画の承認手続と登記が必要です。 |
| 経営者保証への影響 | 株式を売っても、保証契約は当然には終了しません。 | 事業を移しても、旧会社の借入れに対する保証は残ります。 | 承継の有無にかかわらず、保証契約は債権者との合意なしには変わりません。 |
事業譲渡でも、対外的な責任が残る場合があります
「事業譲渡なら、契約に書いた債務だけを移せばよい」という理解は、当事者間では正しくても、債権者との関係では不正確です。会社法は次の三つの場面で、譲受会社に対する請求を認めています。
- 商号の続用 譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(会社法第22条第1項)。遅滞なく責任を負わない旨の登記をした場合等には適用されません(同条第2項)。
- 債務引受けの広告 商号を続用しない場合でも、譲渡会社の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、譲渡会社の債権者は譲受会社に弁済を請求できます(同法第23条第1項)。
- 詐害事業譲渡 譲渡会社が、承継されない債務の債権者(残存債権者)を害することを知って事業を譲渡した場合、残存債権者は譲受会社に対し、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できます(同法第23条の2第1項本文)。譲受会社が効力発生時に善意であったときは適用されません(同項ただし書)。
いずれも二年の期間制限があり、詐害事業譲渡については効力発生日から十年の制限もあります(同法第22条第3項、第23条第2項、第23条の2第2項)。また、譲渡会社について破産手続開始、再生手続開始又は更生手続開始の決定があったときは、残存債権者は第23条の2による請求権を行使できません(同条第3項)。会社分割についても、承継されない債務の債権者による同様の請求の規定があります(同法第759条第4項、第764条第4項)。
第二会社方式は、手法の組合せを指す言い方です
第二会社方式は、法令上の手続の名称ではなく、採算の取れる事業を別会社に移し、旧会社に残った債務を清算等で処理するという全体の流れを指す実務上の呼び方です。中小M&Aガイドラインの参考資料も、債務超過企業において事業譲渡や会社分割を活用する場合に、収益性の高い事業だけを別会社として切り出し、残された不採算部門を特別清算等で整理する対応が可能であるとしたうえで、譲り渡し側の債権者の同意が必要であると明記しています。
また、中小企業の事業再生等に関するガイドラインのQ&Aは、再生型私的整理手続において第二会社方式を選択することは可能であるとしたうえで、事業再生計画の内容として、別会社へ譲渡する事業の内容、対象債権者への弁済内容、旧会社が事業譲渡の後に清算することを含み、対象債権者からこれらへの同意を得ることが必要であるとしています。つまり、旧経営者が新会社を作って事業を移すだけで負債を切り離せる手法ではありません。
売却代金、借入れ、経営者保証はどうなるか
代金が誰に入るかは、手法で変わります
株式の価値、事業の価値、純資産、清算した場合の回収見込額、実際に受け取る売却代金、借入れの返済に充てられる原資は、いずれも別の数値です。混同しないよう、手法ごとに代金の入金先を確認します。
- 株式譲渡 売買代金は売主である株主が受け取ります。株主と代表者が異なる場合、代金を受け取るのは株主であって代表者ではありません。
- 事業譲渡 代金は売主である会社が受け取ります。会社に入った代金の使途は、債権者との関係で検討する必要があり、経営者が自由に処分できるものではありません。
- 会社分割 対価の帰属は方式と定めにより異なります。株主に必ず直接支払われるものではありません。
買収価格のほかに必要となる資金
買手が提示する「買収価格」だけを見て判断すると、実行の段階で資金が足りなくなります。次の項目は、それぞれ別に見積もる必要があります。
- 買手が支払う対価(株式の売買代金、事業の譲渡代金)
- 買手が引き受ける債務の額と、その引受けが免責的か併存的か
- 借入れの借換えに必要な資金と、その調達方法
- 譲渡後の運転資金と設備資金
- 手続に要する費用(登記、評価、調査、専門職への報酬、仲介手数料)
- 従業員の未払賃金・退職金、滞納している税金・社会保険料
「一円で売れれば借金の問題も解決する」「純資産に一律の倍率を掛ければ適正価格が出る」といった説明は、いずれも成り立ちません。中小M&Aガイドラインも、譲り渡し側が債務超過企業の場合には純資産額がゼロ円以下となるため、報酬の基準となる価額としては通常、別の要素を考慮した譲渡額や移動総資産額を用いることが多いとしています。
経営者保証は、退任や株式売却では当然には外れません
まず、四つの債務を分けて考えます。会社の借入債務、経営者個人の保証債務、経営者や第三者が提供した担保、そして役員貸付金・役員借入金です。これらは債務者も根拠も異なります。代表者を交代しても、株式を売っても、会社の債務整理が成立しても、それだけで保証契約が当然に終了するわけではありません。保証を外すには、保証をしている金融機関等との間で、解除又は移行の合意が必要です。
この点について、中小企業庁は「中小M&A時の経営者保証の取扱いについて」という資料を公表し、次の考え方を示しています。
- 譲り渡し側の経営者保証に関するトラブルを避けるうえで、M&Aの成立と同時に経営者保証の解除等を行うことが最も優先される対応である。
- そのためには、M&A成立前の早期の段階から金融機関等と相談する必要がある。可能な限り最終契約の締結より一定期間前に相談が開始されることが望ましく、少なくとも最終契約後からクロージング前の間までには相談が開始されるべきである。
- 成立と同時の解除が難しい場合、譲り受け側の資力による借換えで解消を図る方法も有効な選択肢である。
- 成立後に解除等を図ることとした場合、最終契約においては譲り受け側の義務として経営者保証の解除等を位置づける方向で調整すべきであり、契約の解除や買戻しに係る条項を加えることも検討すべきである。
経営者保証に関するガイドラインは、保証債務そのものの整理にも道を用意しています。同ガイドラインに基づく整理を申し出るには、保証契約が同ガイドラインの要件を満たすこと、主たる債務者について法的債務整理手続又は準則型私的整理手続が申し立てられ、係属し、若しくは既に終結していること、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること、保証人に破産法上の免責不許可事由が生じておらずそのおそれもないこと、という要件をすべて充足する必要があります。要件を満たす場合には、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等を残存資産に含めることを検討するとされていますが、これは検討の枠組みであって、自宅を残せることが保証されるものではありません。詳しくは経営者保証ガイドラインの要件と自宅維持の可能性に関する記事を読むもあわせてご確認ください。
なお、事業承継時に焦点を当てた同ガイドラインの特則は、前経営者について、実質的な経営権・支配権を保有しているといった特別の事情がない限り、いわゆる第三者に該当する可能性があるとし、保証契約の適切な見直しを検討することが求められるとしています。譲渡後も株式の過半数を保有し続ける場合と、完全に手を引く場合とでは、見直しの検討の前提が変わります。
「保証は後で外す」という提案をどう評価するか
買手から「借金ごと引き取る」「保証は成立後に外す」と説明されることがあります。ここで区別が必要なのは、買手が売手に対して負う契約上の義務と、債権者との関係で旧保証人が免責されることが別だという点です。前者があっても、金融機関が保証の解除に応じなければ、保証人としての責任は残ります。
中小企業庁の前記資料は、譲り渡し側の対応として、譲り渡し側から経営者保証の解除等への協力やM&A成立後の借換えによる解消を要請したにもかかわらず譲り受け側がこれに応じない場合について、当該譲り受け側の財務の健全性等に問題がある可能性が考えられ、そもそもその譲り受け側とのM&Aを進めるべきか慎重に検討すべきであるとしています。また、金融機関等から解除等が難しいという意向が示された場合には、借換えによる解消が確認できない限り、その譲り受け側とのM&Aを実行することは望ましくないとしています。
ご注意 この記述は、そうした提案をする相手方を直ちに問題のある買手だと決めつけるものではありません。確認すべき事項が具体的に決まっている、という趣旨です。対象となる借入れと保証・担保の一覧を作り、金融機関等への相談の時期、保証の解除又は移行の書面、借換えや返済の実行手順、これらを取引実行の条件とするかどうか、条件が満たされない場合にどう扱うかを、契約の前に確認してください。
価格以外の条件も、あわせて比較します
比較すべき条件は価格だけではありません。従業員の処遇、事業継続の方針、主要契約の維持、保証の解除の確実性、資金の確実性は、いずれも売手にとって重要です。もっとも、経営者個人の保証解除や経営権の維持を優先するあまり、会社や債権者に不合理な不利益を負わせる条件を選ぶことは適当ではありません。価格差、価格以外の条件の価値、履行の確実性、会社と債権者への影響を、資料に基づいて並べて検討する必要があります。
私的整理・民事再生等を使う場面と、資金繰りの見方
手続ごとに、対象となる債権者と要件が異なります
| 枠組み | 対象となる債権者 | 成立・決定の要件 | 譲渡との関係で確認する点 |
|---|---|---|---|
| 当事者間の個別交渉 | 合意した相手方のみ。 | 当事者の合意。第三者が価格や選定過程を検証する仕組みはありません。 | 後日の説明資料を自ら整えておく必要があります。 |
| 中小企業活性化協議会による再生支援 | 同意した対象債権者。 | 協議会が計画策定を支援し、債権者間の調整とその後の状況確認を行います。 | 相談は無料で、秘密は厳守されるとされています。第二会社方式の実行例が示されています。 |
| 中小企業の事業再生等に関するガイドラインによる私的整理 | 原則として銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、政府系金融機関、信用保証協会、サービサー等及び貸金業者。必要なときはその他の債権者を含みます。 | すべての対象債権者が同意し、第三者支援専門家が確認した時点で計画が成立します。多数決ではありません。ガイドライン自体に法的拘束力はありません。 | スポンサー候補の選定について、透明性の確保に努めるとされています。 |
| 特定調停・事業再生ADR | 手続に参加した債権者。 | 特定調停は裁判所の調停手続によります。事業再生ADRは経済産業大臣の認定を受けた第三者が関与する制度です。 | 利用の条件と対象は、運営主体が公表する資料で確認します。 |
| 民事再生手続 | 手続に参加する再生債権者。 | 再生計画により権利が変更されます。別除権、租税等の扱いは別に検討します。 | 事業の全部又は重要な一部の譲渡には裁判所の許可が必要です(民事再生法第42条第1項)。 |
| 破産手続 | 破産手続に参加する債権者。 | 破産管財人が財産を管理・処分します。 | 事業の譲渡には裁判所の許可が必要で(破産法第78条第2項第3号)、労働組合等の意見を聴きます(同条第4項)。事業価値の劣化が進んだ後になりやすい点に注意が必要です。 |
私的整理について、しばしば見られる「金融機関の全員同意があればすべての債権者を拘束できる」「多数決でどの私的整理も進められる」という説明は、いずれも正確ではありません。中小企業の事業再生等に関するガイドラインでは、すべての対象債権者が同意した時点で計画が成立するものとされており、同意しない債権者を多数決で拘束する仕組みではありません。手続の詳細は中小企業の事業再生等ガイドラインによる私的整理の記事を読むもご参照ください。
民事再生手続中の事業譲渡と、株主総会決議に代わる許可
再生手続開始後に事業の全部又は重要な一部を譲渡するには、裁判所の許可が必要です。裁判所は、その譲渡が再生債務者の事業の再生のために必要であると認める場合に限り許可することができ、許可に当たっては知れている再生債権者及び労働組合等の意見を聴かなければなりません(民事再生法第42条第1項から第3項まで)。許可を得ないでした行為は無効です(同法第41条第2項の準用)。
また、株式会社である再生債務者がその財産をもって債務を完済することができないときは、裁判所は、再生債務者等の申立てにより、株主総会の決議による承認に代わる許可を与えることができます。ただし、これは当該事業等の譲渡が事業の継続のために必要である場合に限られ、決定は再生債務者等への送達により効力を生じ、株主は即時抗告をすることができます(同法第43条)。債務超過であることを理由に、経営者が独断で事業を売却できるという制度ではありません。
なお、再生計画は再生債権者が保証人その他再生債務者と共に債務を負担する者に対して有する権利に影響を及ぼしません(同法第177条第2項)。会社の債務が再生計画で減額されても、保証債務が同じ割合で減るわけではないということです。
資金繰りは、月次に加えて週次・日次で確認します
中小M&Aガイドラインは、債務超過企業の支援について、資金繰りへの懸念がある場合には資金繰り表を作成のうえ、可能な限り月次にとどまらず日次のレベルまで資金繰りを具体的に把握し、資金ショートの時期を確認する必要があるとしています。あわせて、相談の時点で既に未払が生じていないかという実質的な内容まで踏み込んで把握することが望ましいとし、特に仕入先への買掛金や従業員への給料に未払が生じている場合には、事業や信用の毀損が生じているおそれがあるため注意が必要であるとしています。
法令が特定の作成期間を義務付けているわけではありませんが、資金が尽きる時期が読めなければ、スポンサー探索に使える時間も、法的整理の準備に必要な時間も測れません。資金が尽きる見込みが近い場合には、スポンサー探索と法的整理の準備を並行して検討することになります。
相談や基本合意だけでは、返済や差押えは止まりません
スポンサーの探索を始めたこと、支援機関へ相談を申し入れたこと、秘密保持契約や基本合意書を締結したことは、いずれもそれ自体では、返済義務、督促、期限の利益の喪失、担保権の実行、差押えを止める効果を持ちません。返済の猶予を得るには、猶予の合意の内容を個別に確認する必要があり、法的な手続による保全や中止を求めるには、それぞれの要件を満たす必要があります。
公開時点で施行されていない制度について 経済産業省は、いわゆる早期事業再生法(円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律)について、2026年12月11日に施行を予定していると公表しています(2026年6月30日に省令・告示の公布とQ&Aの公表)。同法は、金融債権に限定して、議決権総額の四分の三以上の同意等の多数決と裁判所の認可により権利関係の調整を行う制度とされています。この記事の調査日である2026年9月10日の時点では未施行であり、現に利用できる手続ではありません。施行後の利用を検討する場合は、政省令を含む最新の情報をご確認ください。
従業員・取引先・許認可を引き継ぐための確認事項
雇用の移り方は、手法ごとに異なります
株式譲渡では雇用主が変わりません。事業譲渡では、権利義務の承継は個別の同意を必要とする特定承継であるため、労働契約を譲受会社に承継させるには、承継予定労働者から民法第625条第1項に基づく個別の承諾を得る必要があります。会社分割では、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律が適用され、承継される事業に主として従事する労働者への通知、異議申出の期間(通知の日と異議申出期限日との間に少なくとも十三日間)などの手続が定められています(同法第2条、第4条)。
事業譲渡について、厚生労働省の「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(平成28年厚生労働省告示第318号。改正後の内容は2026年5月25日から適用)は、真意による承諾を得られるよう、事業譲渡に関する全体の状況、譲受会社等の概要及び労働条件等について十分に説明し、承諾に向けた協議を行うことが適当であるとしています。労働条件を変更して承継させる場合には、その変更についての同意を得る必要があるとされています。
また、同指針は、承継について承諾しなかったことのみを理由とする解雇や、事業を譲渡することのみを理由とする解雇について、労働契約法第16条により権利の濫用として認められない場合があること、事業譲渡を理由とする解雇にも整理解雇に関する判例法理の適用があることに留意すべきであるとしています。事業譲渡を理由に解雇と再雇用を自由に行えるわけではありません。労務面の詳細は労働法務の取扱業務を見るもご参照ください。
契約・賃貸借・リース・知的財産・システム
次のものは、手法にかかわらず一覧を作って個別に仕分ける必要があります。
- 主要取引契約(支配権の変更を理由とする解除条項の有無)
- 店舗・事務所・工場の賃貸借契約と、賃貸人の承諾の要否
- 設備・車両のリース契約と、リース会社の承諾の要否
- 金銭消費貸借契約の財務制限条項、担保権設定契約
- 知的財産権、ライセンス、システムやソフトウェアの利用契約
- 顧客情報・個人情報の取扱い
- 補助金の交付決定に付された条件
特に見落としやすいのが、企業価値担保権が設定されている場合です。2026年5月25日から運用が開始された同制度では、債務者が、重要な財産の処分や事業の全部又は重要な一部の譲渡など、通常の事業活動の範囲を超える担保目的財産の処分をするには、対象となる財産についてすべての企業価値担保権者の同意を得なければならず、これに違反して行った行為は無効とされます(事業性融資の推進等に関する法律第20条第2項、第3項)。設定の有無を早い段階で確認してください。
許認可と、資料開示の範囲
許認可は、根拠となる法令ごとに承継の可否と手続が異なります。事業譲渡では承継されないことが多く、譲受側で新規に取得する必要が生じる場合があります。会社分割でも、個別の業法により扱いが分かれます。「許認可はすべて自動的に承継される」という前提で日程を組むことは避けてください。
事前の調査(デュー・ディリジェンス)の段階での開示と、譲渡を実行する段階での移転は、個人情報の取扱いの面でも区別が必要です。秘密保持契約を締結したことだけを理由に、従業員情報や顧客情報を無制限に開示してよいことにはなりません。開示の範囲・方法・時期を決めたうえで進めてください。売手が準備する資料の全体像はM&Aの法務DD・財務DDで売り手が準備すべき資料に関する記事を読むで整理しています。
売却前に避けたい行動と、記録しておくこと
問題になりやすい行動
| 行動 | 問題となり得る点 | 契約前に確認すべき対応 |
|---|---|---|
| 関係者の会社への低い価格での譲渡 | 詐害行為取消しや否認の対象となり得ます。相手方が役員、議決権の過半数を有する者、親族又は同居者であるときは、認識について推定が働きます(破産法第161条第2項)。 | 清算価値との比較、複数の評価方法、買手候補の比較記録、利益相反取引の承認手続 |
| 役員・親族・特定の取引先への優先的な返済 | 既存の債務についての担保供与や債務消滅行為は、支払不能の時期や義務に属するかどうかにより、否認や取消しの対象となり得ます(民法第424条の3、破産法第162条)。 | 支払予定表と各支払の法的根拠の整理。支払の前に確認する |
| 会社の資金からの株主への支払 | 剰余金の分配に関する規制、役員の責任、否認の各論点が同時に問題となり得ます。 | 分配可能額の確認、取締役会・株主総会の記録、資金の出所と使途の記録 |
| 担保物件・リース物件の無断処分 | 担保権者やリース会社との契約違反となり、期限の利益の喪失や刑事責任の検討につながる場合があります。 | 担保権設定契約・リース契約の確認と、権利者への事前の相談 |
| 譲渡代金の私的な流用 | 対価が現実に会社に残ったかどうかは、価格の相当性とは別に評価されます。 | 入金口座の特定、入金後の資金移動の記録、使途に関する計画 |
| 帳簿・電子データの改変や廃棄 | 否認や責任追及の場面で不利に働くだけでなく、刑事責任が問題となる場合があります。 | 会計帳簿、伝票、通帳、メール、チャットをそのまま保全する |
| 実行前に印鑑・通帳・認証情報を渡すこと | 代金の支払や保証の解除が未了の段階で資金管理権限を移すと、回復が困難になります。 | 引渡しの時期を契約で明確に定め、実行の条件と結び付ける |
| 保証を残したままの株式の先行移転 | 経営権を失った後に保証だけが残る状態になります。 | 保証の解除又は移行を取引実行の条件とするか、借換えで解消するかを契約前に確定する |
詐害行為取消し・否認・役員の責任は、それぞれ別の制度です
これらは主体も要件も効果も異なります。まとめて「危ない」と扱うと、必要な確認が抜け落ちます。
- 詐害行為取消し 債権者が、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求する制度です(民法第424条)。相当の対価を得てした財産の処分行為については、財産の種類の変更により隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせること、債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたこと、受益者がそれを知っていたことという要件がすべて必要です(同法第424条の2)。訴えは、債権者が知った時から二年、行為の時から十年で提起できなくなります(同法第426条)。
- 否認権 破産手続や再生手続の中で、管財人や監督委員等が行使します。相当の対価を得てした財産の処分行為の否認(破産法第161条)、特定の債権者に対する担保の供与等の否認(同法第162条)は、要件がそれぞれ異なります。
- 会社法上の責任 譲受会社に対する債務の履行請求(会社法第22条、第23条、第23条の2)と、役員等の会社又は第三者に対する損害賠償責任(同法第423条、第429条)は、別の制度です。
他方で、債務超過会社の売却それ自体が違法ということはなく、低額の譲渡がすべて無効になるわけでもありません。また、適正な価格であれば絶対に問題がない、第三者の評価書があれば安全である、弁護士が関与すれば否認されない、といった単純な安全基準もありません。いずれも要件と資料に照らして個別に判断される事柄です。中小M&Aガイドラインは、この点について、少なくとも破産したと仮定した場合の企業価値・事業価値(清算価値)を相当程度超える金額での事業譲渡等が要求されるとし、可能な限り事前に適切な説明を尽くしたうえで債権者等の了承を得ておくことが望ましいとしています。
支払を止めるかどうかは、一律には決められません
資金が不足する見込みがあるとき、支払の中止を検討することがあります。もっとも、「すべての支払を直ちに止める」ことも、「給与や特定の仕入先なら自由に優先してよい」ことも、正しい対応とはいえません。中小M&Aガイドラインも、早期の資金ショートが見込まれる場合に予定している支払の中止を検討することがあるとしつつ、可能な限り事業や信用の毀損が生じないよう、対象となる支払は慎重に検討して決定する必要があるとしています。支払の時期、根拠、他の債権者との関係を個別に確認したうえで判断してください。
不適切な買手と、仲介契約への備え
買手について確認すること
中小企業庁は、譲り渡し側である中小企業の経営困難の窮状等に乗じてM&Aを実施した後、当該中小企業から資金を私的に流出させる一方で、譲り渡し側が負う経営者保証の解除等を行うことなく、当該中小企業に負債を残したまま連絡を絶つ、という手口を繰り返す不適切な譲り受け側の存在が少なからず報告されている、と公表しています。第3版の改訂では、業界内で不適切な譲り受け側に係る情報を共有する仕組みの構築が期待される旨が追記され、2025年2月にはその運用・留意点等が公表されています。
また、同ガイドラインは、仲介者・FAが譲り受け側に対して行う調査の項目として、財務諸表の確認により債務超過・赤字でないか、現預金の額等、M&Aを実施できる財務状況にあるかを調べること、譲り受け側の経営者・役員・主要株主・関連会社を対象としたコンプライアンスに関する調査を行うことを挙げています。売手としても、提供された情報を吟味し、財務状況等の観点から適切な相手であるかを自ら確認する姿勢が求められる、とされています。
仲介契約・FA契約で確認する条項
仲介者は売手と買手の双方と契約し双方から手数料を受けるのに対し、FA(フィナンシャル・アドバイザー)は一方と契約してその依頼者にとって有利な条件での成立を目指します。中小M&Aガイドラインは、譲渡額の最大化を特に重視して厳格な入札方式による譲り渡しを希望する場合の例として、債務整理手続を要する債務超過企業のM&Aの場合を挙げています。どちらの類型と契約するかは、この記事のような場面では特に意識して選ぶべき事項です。
契約書では、少なくとも次の条項を確認してください。同ガイドラインが留意点として示している内容も併記します。
- 手数料の体系(着手金、月額報酬、中間金、成功報酬)と、成立しなかった場合の返還の有無
- 成功報酬の算定方法(レーマン方式の場合の「基準となる価額」の考え方)と最低手数料の額
- 専任条項の有無と範囲。契約期間は最長でも六か月から一年以内を目安とすべきとされ、依頼者が任意の時点で中途解約できることを明記する条項等も設けることが望ましいとされています
- 直接交渉の制限の範囲。仲介者・FAが関与・接触し紹介した候補先のみに限定すべきとされ、条項の有効期間は契約が終了するまでと限定すべきとされています
- テール条項(契約終了後の一定期間内に成立した場合の報酬)。テール期間は最長でも二年から三年以内を目安とすることが望ましく、対象は紹介を受けた譲り受け側のみに限定すべきとされています
- 秘密保持条項の対象から、金融機関等や弁護士等の相談先を除外できるか
最後の点は、経営者保証を扱ううえで実際に問題になります。中小企業庁の資料は、譲り渡し側が金融機関等や弁護士等、事業承継・引継ぎ支援センターへの相談を希望する場合、仲介者・FAはその実施を拒むべきではなく、仲介契約・FA契約等における秘密保持条項の対象から相談先を除外する必要があるとしています。仲介者と、売手側の立場で助言を受ける弁護士とは役割が異なります。利益相反の有無もあわせてご確認ください。
会計・税務と、旧会社の処理
債務免除益と欠損金
債権者から債務の減免を受けると、会計上・税務上、債務免除益が生じます。中小M&Aガイドラインは、この課税が弁済計画(再生計画)の原資に影響を及ぼし得ることから、債務減免の金額が大きい場合には特に注意が必要であるとし、債務免除益を相殺するに足りる欠損金(原則として青色欠損金であるが、法的整理手続や一定の私的整理手続の場合等には期限切れ欠損金も利用できる場合がある)や資産評価損等があるか否かが重要になるとしています。会社更生等による債務免除等があった場合の欠損金の損金算入は、法人税法第59条に定めがあります。「債務超過なら税金はかからない」という説明は成り立ちません。
また、繰越欠損金を買手が自由に引き継げるわけでもありません。法人税法第57条の2は、他の者による特定支配関係を有することとなった欠損等法人について、支配日以後五年を経過する日の前日までに、支配日の直前に営む事業のすべてを廃止し、かつその事業規模のおおむね五倍を超える資金の借入れ等を行うなど一定の事由に該当する場合には、それ以前の事業年度に生じた欠損金額について繰越控除の規定を適用しないと定めています。節税効果を売却の主たる理由とすることは適当ではありません。
事業譲渡の消費税と、第二次納税義務
事業譲渡は、資産を一括して移転する取引です。国税庁の質疑応答事例は、事業の譲渡について、課税資産と非課税資産とを一括して譲渡するものと認められることから、それぞれの対価の額を合理的に区分して課税することとなるとしています(消費税法施行令第45条第3項)。営業権(のれん)や器具備品は課税の対象となり、土地は非課税とされています。譲渡代金の総額だけを決めて資産区分を後回しにすると、納税額の見込みが立ちません。
もう一つ確認が必要なのが、事業を譲り受けた側の第二次納税義務です。国税徴収法第38条は、納税者が生計を一にする親族その他納税者と特殊な関係のある個人又は被支配会社等に事業を譲渡し、かつその譲受人が同一又は類似の事業を営んでいる場合において、その納税者が当該事業に係る国税を滞納し、滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められるときは、その譲受人は譲受財産の価額の限度において第二次納税義務を負うと定めています。ただし、その譲渡が滞納に係る国税の法定納期限より一年以上前にされている場合は適用されません。税金や社会保険料が、通常の金融債務と同じ手続で当然に減免されることはありません。滞納がある場合は、猶予の制度を含めて別に検討する必要があります。
旧会社をどう処理するか
事業を移した後、旧会社に残る借入れ、未払金、労務債務、税金をどう処理するかは、計画の一部として最初から決めておく必要があります。事業だけを移して旧会社を休眠のまま置くと、債権者への説明も、清算に伴う税務処理も、役員の責任の整理も未処理のまま残ります。私的整理、特別清算、破産のいずれを選ぶかは、残る債務の額、債権者の同意の見込み、資料の状況によって変わります。各手続には対象会社、開始の要件、同意の要件に違いがあり、「旧会社は放置すればよい」という選択肢はありません。法人の清算・破産の取扱いについては法人破産・事業者破産の取扱いを確認するもご参照ください。
相談から譲渡・旧会社整理までの流れと、資料チェックリスト
おおまかな流れ
- 現状の把握(実態貸借対照表、資金繰り表、債権者一覧、借入・保証・担保の一覧)
- 方針の整理(事業を残す範囲、手法の候補、債務整理の枠組みの候補、日程)
- 金融機関等への相談の時期と内容の検討(経営者保証の扱いを含む)
- 買手候補の探索と選定(選定過程の記録)
- 秘密保持契約、資料開示の範囲の決定、事前調査への対応
- 基本合意、条件交渉(価格以外の条件と、保証解除の扱いを含む)
- 社内の承認手続、労働者・取引先への説明
- 最終契約の締結と実行(代金の受領、資金の管理)
- 旧会社の処理(私的整理、特別清算、破産等)
相談時にご用意いただきたい資料
すべてがそろわなければ相談できないということはありません。資金が不足する見込みが近い場合は、次の「まず優先してご用意いただきたいもの」だけをお持ちいただければ、その場で進め方を検討できます。なお、最初のお問い合わせの段階では、機密資料や従業員・取引先の個人情報を送信していただく必要はありません。
まず優先してご用意いただきたいもの
- 現在の預金残高と、当面の入出金の予定が分かるもの
- 金融機関別の借入残高と返済予定表
- 経営者保証・第三者保証・担保の有無が分かる契約書
- 買手からの提案書、秘密保持契約、仲介・助言契約、基本合意書
- 滞納している税金・社会保険料・賃金・賃料の有無と、督促・差押えの関係書類
財務・会計に関するもの
- 直近三期分の決算書、法人税等の確定申告書一式、最新の月次試算表
- 総勘定元帳、月次・部門別・事業別の損益
- 資金繰り表、売掛金・買掛金の明細、在庫・固定資産の一覧
- 返済猶予(リスケジュール)の合意書
会社の組織・意思決定に関するもの
- 定款、登記事項証明書、株主名簿、株主間契約
- 取締役会・株主総会の議事録(直近の主要なもの)
- 役員・親族・関連会社との取引、役員貸付金・役員借入金の残高
- 最近行った資産の処分と、債権者への返済の履歴
事業・契約・労務に関するもの
- 主要取引契約、賃貸借契約、リース契約
- 許認可、知的財産権、システム・ソフトウェアの利用契約
- 従業員一覧、雇用契約、就業規則、退職金規程、賃金台帳
- 未払賃金・未払退職金の有無と金額
買手から提示された契約案について、保証の解除がどの条項でどう担保されているか、代金がどこに入りどう使えるか、どの同意が実行の条件になっているかを、署名の前に確認できます。仲介契約や基本合意書の段階でも、専任条項、直接交渉の制限、テール条項、秘密保持の範囲を確認したうえで、進め方を整理できます。
弁護士に相談するタイミング
債務超過の状態での譲渡は、M&Aの法務と倒産・事業再生の法務が同時に関わる場面です。片方だけを前提に組み立てると、後から手続をやり直せない部分が残ります。次のいずれかの前に、一度確認しておくことをおすすめします。
- 仲介契約・FA契約に署名する前
- 買手候補を一社に絞る前、基本合意書に署名する前
- 金融機関へ譲渡の話を持ち込む前、又はその時期を決める前
- 取締役会・株主総会を開催する前
- 最終契約に署名する前、代金の支払・受領を行う前
- 従業員・主要取引先へ説明する前
- 一部の債権者へ返済する前、資産を処分する前
- 資金が不足する見込みの時期が三か月以内に迫っているとき
ご相談によって結論が保証されるわけではありませんが、選択肢、必要な資料、手続の順序、説明の方針を整理することはできます。既に契約を締結した後や、事業を移した後の段階でも、記録の保全と現状の把握のためにご相談いただく意味があります。当事務所の取扱範囲はM&A・事業承継の取扱業務を確認する及び法人破産・事業者破産の取扱いを確認するからご覧いただけます。
よくあるご質問
債務超過でも会社を売却できますか。
決算書が債務超過であることだけを理由に、売却できないと決まるものではありません。中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、債務超過企業であっても中小M&Aを実行できる可能性はあるとし、その際には債務整理の手続を伴うことがあるとしています。また、簿価上は債務超過でも、資産・負債を時価評価すると実態は資産超過であることが判明する場合もあります。判断は、事業の収益力、必要な資金、債権者との調整の可能性、買手の実行能力によって変わります。
株式を売れば、会社の借金や経営者保証はなくなりますか。
なくなりません。株式譲渡では対象会社の法人格が変わらないため、会社の借入れはそのまま残ります。経営者保証も、代表者を退任したことや株式を売却したことだけでは終了せず、保証をしている金融機関等との間で解除又は移行の合意が必要です。買手が売手に対して「保証を引き受ける」と約束することと、債権者との関係で旧保証人が免責されることは別の問題です。
事業譲渡の代金を経営者が受け取ることはできますか。
事業譲渡の代金を受け取るのは、売主である会社です。株主でも代表者でもありません。会社に入った代金の使途は、債権者との関係で検討が必要で、経営者が自由に受領・分配できるものではありません。株式譲渡の売買代金であれば売主である株主が受け取りますが、その場合は会社に資金が入らないため、対象会社の資金繰りは別に手当てする必要があります。
従業員や取引先との契約は、そのまま引き継げますか。
手法によって異なります。株式譲渡では雇用主も契約当事者も変わりません。事業譲渡では、労働契約の承継に労働者の個別の承諾が必要であり(民法第625条第1項)、契約上の地位の移転には相手方の承諾が必要です(同法第539条の2)。会社分割では労働契約承継法が適用され、通知や異議申出の手続があります。許認可は根拠法令ごとに扱いが異なり、自動的に承継されるとは限りません。
金融機関の同意なしに事業を売却できますか。
一律にお答えできる事柄ではありません。取引の手法、担保の設定状況、契約の条項、債務を引き受けるかどうか、どの債務整理の枠組みを用いるかによって変わります。担保が設定された財産を譲渡する場合、支配権の変更を理由とする解除条項がある場合、企業価値担保権が設定されている場合には、同意や協議が必要になります。私的整理の枠組みを用いる場合には、対象債権者の同意が計画の成立要件となる制度もあります。事前に相談すべきかどうかを含め、資料を確認したうえでの判断が必要です。
親族の会社へ安く事業を移しても問題ありませんか。
関係者が譲受側になること自体が禁じられているわけではありません。ただし、破産法第161条第2項は、相手方が破産者である法人の取締役等、議決権の過半数を有する者、親族又は同居者であるときは、隠匿等の処分の意思を知っていたものと推定するとしており、認識の立証の面で扱いが異なります。価格の相当性のほか、選定の過程、代金が現実に会社に残ったか、利益相反取引の承認手続を経ているかも確認されます。個別事情により結論は変わります。
「保証は後で外す」という買手の提案に応じても大丈夫ですか。
中小企業庁の資料は、M&Aの成立と同時に経営者保証の解除等を行うことが最も優先される対応であるとし、成立後に解除等を図る場合には、状況の変化等により譲り受け側の義務が履行されないリスクがあることを十分に認識したうえで慎重に検討することが求められるとしています。また、譲り渡し側が借換えによる解消を要請しても譲り受け側が応じない場合は、その財務の健全性等に問題がある可能性が考えられるとしています。応じる場合でも、最終契約で譲り受け側の義務として位置付ける、実行の条件とする、契約解除や補償の条項を設けるといった手当てを、署名の前に確認してください。
資金ショートが近いとき、何を持ってどこへ相談すべきですか。
預金残高と当面の入出金の予定、金融機関別の借入残高と返済予定表、保証・担保の契約書、買手からの提案書、滞納や督促の有無が分かる資料の五点を優先してご用意ください。相談先としては、弁護士のほか、国が設置する公的な相談窓口として、各都道府県の中小企業活性化協議会や事業承継・引継ぎ支援センターがあります。兵庫県では、いずれも神戸市中央区の神戸商工会議所会館内に置かれており、相談は無料とされています。資金が尽きる時期が近い場合は、スポンサーの探索と法的整理の準備を並行して検討することになります。
まとめ
- 決算書が債務超過であることは、それ自体で会社や事業を譲り渡せない理由にはなりません。判断を分けるのは、債務の返済を除いた事業の収益力と、譲渡が完了するまでの資金繰りです。
- 会計上の債務超過、実態の債務超過、赤字、支払不能、資金ショートは別の概念です。まず実態貸借対照表と、月次に加えて週次・日次の資金繰り表を作ってください。
- 株式譲渡、事業譲渡、会社分割は「何を移すか」の手法であり、私的整理や民事再生は「どの枠組みで債務を整理するか」の手続です。両者は組み合わせて検討します。
- 売却代金の入金先は手法で変わります。株式の売買代金は株主に、事業譲渡の代金は会社に入ります。買収価格のほかに、借換え、運転資金、設備資金、手続費用が必要です。
- 経営者保証は、退任、株式の売却、会社の債務整理のいずれによっても当然には外れません。成立と同時の解除、又は借換えによる解消を軸に、金融機関等への相談の時期を早めに設計してください。
- 安値での譲渡、関係者への優先返済、代金の流用、帳簿の改変は、詐害行為取消し、否認、役員の責任という別々の制度の下で問題になります。適正価格、第三者の評価、弁護士の関与のいずれかがあれば免責されるという安全基準はありません。
- 旧会社に残る債務の処理まで含めて計画してください。放置という選択肢はありません。
- 個別事情により結論は変わります。判断の前に、契約書と資料を確認する必要があります。
- 次に取るべき行動は、譲渡を急ぐことではなく、資料と電子データを保全し、署名・支払・社内決議・従業員説明・債権者説明の前に確認することです。
資料を確認したうえで、事業を残せる範囲、手法の選択、必要な同意、代金の流れ、経営者保証と旧会社の処理の方針を整理します。決算書、資金繰り表、借入・保証・担保の一覧、買手からの提案書をご用意いただければ、契約の前に確認すべき事項を具体的にお示しできます。初回のご相談は無料でお受けしています(対象や受付条件など最新の内容は、初めての方へ及び弁護士費用のページでご確認ください)。
法人・事業者の方からのお問い合わせでは、利益相反の確認のため、最初のご連絡では契約書や会計資料などの資料はお送りいただかず、会社名、ご相談者名、相手方の名称、ご相談の概要、期限の有無をお知らせください。資料は、当事務所からのご案内後にご提出をお願いしています。
この記事の監修者
弁護士・公認会計士 藤井 貴之(兵庫県弁護士会所属)
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士。M&A・事業承継、企業法務のほか、法務と会計・財務が交差する分野の相談に対応しています。
参考資料
- e-Gov法令検索「会社法」
- e-Gov法令検索「民法」
- e-Gov法令検索「破産法」
- e-Gov法令検索「民事再生法」
- e-Gov法令検索「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」
- e-Gov法令検索「事業性融資の推進等に関する法律」
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(第3版及び参考資料)
- 全国銀行協会「経営者保証に関するガイドライン」及び事業承継時に焦点を当てた特則
- 全国銀行協会「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」及びQ&A
- 厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について」
- 経済産業省「事業再生ADR制度」
- 経済産業省「早期事業再生について」
- 国税庁 質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」
- 国税庁「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」
- 兵庫県中小企業活性化協議会
- 兵庫県事業承継・引継ぎ支援センター
本記事は、2026年9月10日時点で確認した法令、ガイドライン及び公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令や制度は改正されることがあり、会社の状況や契約の内容により結論は異なります。具体的な判断には、契約書、決算書、資金繰り表、借入・保証・担保に関する資料の確認が必要です。会計・税務の個別判断には、適用される会計基準の確認と、税理士など税理士法上その業務を行うことができる者への確認が必要です。最新の内容は、本文記載の一次資料及び弁護士へのご相談によりご確認ください。

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