「経理を任せていた社員の処理に不自然な点がある」「使途のわからない出金が帳簿に残っている」「会社カードや経費精算の内容に、説明のつかないものが混じっている」——社内でこうした疑いを把握したとき、まず迷うのが、本人にいつ・どのように確認するか、という点ではないでしょうか。
しかし、疑いを把握した直後に本人へ問いただしたり、社内で広く共有したりすると、客観的な資料やデータが書き換えられたり削除されたりして、後の事実確認が難しくなることがあります。初動の段階で優先すべきは、本人への追及ではなく、客観資料の保全と事実関係の整理です。
この記事では、従業員・経理担当者・営業担当者・役員などによる横領、私的流用、架空請求、水増し請求、経費精算の不正、使途不明金が疑われる場面で、会社側が最初に何を確認し、どの資料を保全し、本人ヒアリングや懲戒処分・刑事告訴・返還請求に進む前に何を整理すべきかを、実務の流れに沿って整理します。あわせて、違法・不当な調査にならないための注意点も取り上げます。
証拠の保全と初動対応の方針を整理してから動きたい場合は、資料を確認したうえで進め方を検討することができます。
Contents
結論|本人に確認する前に証拠保全と事実整理を優先する
社内で横領や使途不明金が疑われる場面での初動対応は、次の順序を意識すると整理しやすくなります。
初動対応の基本的な順序
1 客観資料・データを保全する(本人への確認や社内共有より前に行う)
2 事実関係・金額・期間・関係者・承認経路・証拠の所在を整理する
3 調査担当者と情報共有の範囲を限定する
4 証拠が失われるおそれがある場合は、アクセス権限・決裁権限・カード利用権限の見直しを検討する
5 資料を整理したうえで、本人ヒアリング・懲戒・民事・刑事・税務の各対応を検討する
ここで重要なのは、「使途不明金がある」ことと「横領という犯罪が成立する」ことは別の問題だという点です。使途不明金は、会計上・事実認定上、使途を説明できない状態を指すにすぎず、その原因には、経理ミス、精算漏れ、承認済みの支出、立替金や仮払金の未精算など、不正とは限らないものも含まれます。疑いの段階で横領と決めつけず、まず原因を切り分けることが、その後の判断を誤らないための出発点になります。
使途不明金・横領・社内不正の基礎知識
「使途不明金」は説明できない出金という状態
使途不明金とは、会社の支出のうち、何のために使われたのかを資料で説明できない状態にあるものをいいます。これはあくまで会計・事実認定上の「状態」を表す言葉であり、それ自体が直ちに犯罪を意味するわけではありません。原因としては、領収書や精算書類の不備、承認手続の漏れ、立替金・仮払金の未精算、記帳ミスなど、不正以外の事情も考えられます。
横領・業務上横領・背任・窃盗・詐欺・私文書偽造の違い
社内不正が疑われる場面で問題となりうる行為には、いくつかの類型があります。たとえば、業務上預かっている会社の金銭を自分のために使う行為、会社のために行うべき事務に反して会社に損害を与える行為、会社の財物を持ち出す行為、虚偽の請求で会社に支払わせる行為、書類を偽造して使う行為などが考えられます。それぞれ成立要件が異なり、同じ「使い込み」に見える事案でも、事実関係によってどの問題になりうるかは変わります。
具体的な罪名や成立の有無は、預かっていた金銭か、承認の有無、書類の作成経緯など、資料に基づく確認が必要です。本記事では特定の罪名を断定せず、「問題となる可能性がある」という整理にとどめます。
「疑い」の段階で横領と断定しない理由
疑いの段階で「横領だ」と決めつけて本人を犯人扱いすると、後に原因が経理ミスや精算漏れであった場合に、名誉やプライバシーの問題、社内の信頼関係への影響が生じることがあります。また、断定を前提に懲戒処分や告訴を先に決めてしまうと、必要な事実確認や手続が後回しになり、かえって対応の選択肢を狭めることにもなりかねません。まずは事実と原因の切り分けを優先することが大切です。
社内不正の初動調査の流れ
発覚直後にやること・やってはいけないこと
発覚直後にまず行うべきは、客観資料・データの保全と、わかっている事実の整理です。反対に、この段階で避けたいのは、本人への不用意な確認、社内での広い共有、私物端末や私的アカウントの確認、退職届や返還合意の作成依頼、懲戒解雇や刑事告訴の先行決定です。これらを先に行うと、証拠が失われたり、対応の正当性が問われたりするおそれがあります。
調査体制と情報共有の範囲を限定する
調査は、限られた担当者で進め、情報共有の範囲を必要最小限にとどめることが望ましいといえます。共有範囲が広がるほど、対象者本人に調査が伝わって証拠隠滅のきっかけになったり、未確定の情報が社内に広まったりするリスクが高まります。対象者が会計データやシステムに広いアクセス権を持っている場合は、証拠保全の観点から、アクセス権限・決裁権限・カード利用権限の見直しを検討することも考えられます。ただし、見直しの方法や範囲は、業務への影響や本人への伝わり方も踏まえて慎重に判断する必要があります。
証拠保全で確認すべき資料と注意点
初動で保全・確認の対象となりうる資料は多岐にわたります。以下は代表的なもので、すべてを一度に集める必要はありませんが、失われやすいものから優先して保全を検討します。
| 資料の種類 | 主な確認内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 預金通帳・入出金明細・振込記録・現金出納帳 | 出金日・金額・振込先・摘要、現金残高との整合 | 原本とコピーを区別し、取得日・取得者を記録する |
| 総勘定元帳・補助元帳・仕訳データ・試算表・決算書 | 勘定科目、計上時期、相手科目、修正の履歴 | 会計データは上書きや再集計の前の状態を保全する |
| 領収書・請求書・見積書・納品書・契約書・発注書・検収記録 | 取引の実在性、宛名、日付、金額、連番の欠落 | 原本の所在を確認し、廃棄や差し替えを防ぐ |
| 会社カード明細・ETC明細・電子マネー・経費精算システムの記録 | 利用日時・店舗・金額、業務関連性、私的利用の有無 | 明細の取得できる期間に注意し、過去分も確認する |
| 職務権限規程・経費精算規程・就業規則・懲戒規程・稟議書・承認記録 | 承認経路、決裁権限、規程上の根拠 | 規程の改定履歴と、適用される時期を確認する |
| 業務用メール・チャット・スケジュール・会議資料 | 取引の経緯、指示・承認のやり取り | 会社が管理するアカウントの範囲内で確認する |
| 会計・販売管理・在庫管理システムのログイン履歴・操作ログ | 操作者、操作日時、変更や削除の履歴 | ログの保存期限に注意し、早期に保全する |
| 会社貸与端末・会社管理アカウント・バックアップデータ | 保存ファイル、送受信記録、変更履歴 | 不用意に開封・編集・上書きをしない |
| 防犯カメラ映像・入退室記録・配送記録・在庫記録 | 在庫や現金の動き、入退室の事実 | 上書きや自動消去の期限を確認する |
デジタル証拠を保全するときの注意点
メール、チャット、ログ、貸与端末内のデータなどのデジタル証拠は、不用意に開いたり編集したりすると、最終更新日時などが変わり、後で「いつの時点の状態か」を説明しにくくなることがあります。保全にあたっては、取得した日時・取得者・取得場所・取得方法を記録し、原本となるデータとコピーを区別しておくことが望ましいといえます。ログやメールには保存期限が設定されていることもあるため、早めの保全を検討します。裁判や刑事手続で用いる可能性がある資料については、真正性や取得の経緯を意識し、必要に応じてデジタル・フォレンジックの専門業者と連携することも考えられます。
違法・不当な調査を避ける
調査の必要性が高い場合でも、次のような方法は避けるべき対応として整理されます。私物のスマートフォンや私的メール、私的SNS、個人のアカウントへ無断でアクセスすること、他人のIDやパスワードを無断で利用すること、盗聴、威圧的なヒアリングや退職の強要、賃金の一方的な控除、証拠の改ざんや隠滅、必要の範囲を超えた社内公表などです。これらは、不正アクセスやプライバシー、個人情報の取扱い、労務上の問題につながるおそれがあります。
会社が管理するメールアカウントや貸与端末であっても、調査として確認できる範囲は、就業規則や社内規程上の根拠、運用の実態などによって異なります。確認の可否や範囲に迷う場合は、進める前に弁護士に相談して整理することが考えられます。
本人ヒアリングの前に避けるべき対応
本人へのヒアリングは、証拠保全と事実整理が一定程度進んだ後に行うのが基本です。ヒアリングの前に避けたい対応を整理すると、次のとおりです。
- 証拠の保全前に本人へ問いただし、資料が失われるきっかけを与えること
- 事実が固まらないうちに社内へ広く公表すること
- 私物端末や私的アカウントを無断で確認すること
- 本人のIDやパスワードを無断で利用すること
- 退職届や返還合意書をその場で作成させること
- 賃金から被害額を一方的に差し引くこと
- 調査の前に懲戒解雇や刑事告訴を決めてしまうこと
ヒアリングを行う際は、質問事項を事前に整理し、複数名で対応して記録を作成すること、本人に弁明の機会を確保すること、威圧的な取り調べや退職の強要にならないようにすることが重要です。録音や議事録、本人確認の書面の扱いについては、任意性や適法性に注意する必要があります。
本人ヒアリングや懲戒処分の前に、保全した資料と事実関係を確認しておくことで、対応方針を整理しやすくなります。
社内不正でよく問題になるケース
社内で疑いが生じやすい場面には、たとえば次のようなものがあります。いずれも、外形だけでは不正と断定できず、資料に基づく確認が必要です。
- 会社カードの私的利用が疑われる場合
- 経費精算で金額が水増しされている疑いがある場合
- 架空の請求や架空の外注費が計上されている疑いがある場合
- 現金売上の一部が抜き取られている疑いがある場合
- 在庫や備品が持ち出されている疑いがある場合
- 取引先と通じたキックバックが疑われる場合
- 役員や経理責任者が関与している可能性がある場合
- 退職予定者、または退職後に疑いが発覚した場合
役員や経理責任者など、承認権限を持つ立場の人が関与している可能性がある場合は、確認すべき資料や責任の整理の仕方が従業員の場合と異なることがあります。役員の使途不明金・私的流用に関する会社側の対応については、別の記事で整理しています。
民事・刑事・労務・税務の切り分け
社内不正への対応は、民事(返還・損害賠償)、刑事(告訴)、労務(懲戒・解雇等)、税務・会計の各場面で検討事項が異なります。これらを混同せず、整理して進めることが大切です。いずれも個別事情により結論が変わります。
| 区分 | 主な検討事項 | 留意点 |
|---|---|---|
| 民事(返還・損害賠償) | 損害賠償請求、不当利得の返還請求、貸付金・立替金・仮払金の精算、返還合意書や分割返済の取り決め | 回収の可能性と費用対効果を踏まえて方針を検討する。財産隠しのおそれがあるときは民事保全(仮差押え等)も検討対象となる |
| 刑事(告訴) | 業務上横領・横領・背任・窃盗・詐欺・私文書偽造などが問題となる可能性、被害額・証拠・本人の弁明・返還状況の整理 | 罪の成否は資料に基づく確認が必要で、断定はできない。告訴後の社内・取引先・対外対応も併せて検討する |
| 労務(懲戒・解雇等) | 懲戒処分・解雇・自宅待機・配置転換・権限停止の要否、就業規則や懲戒規程上の根拠 | 懲戒処分の有効性は、規程上の根拠、証拠、手続、処分の相当性により異なる。賃金や退職金からの一方的な控除は慎重に扱う |
| 税務・会計 | 横領損失、損害賠償請求権、使途不明金・使途秘匿金の取扱い、役員給与の認定、加算税などが問題となる可能性 | 税務・会計上の結論は、税理士・公認会計士との連携を前提に検討する。時期・金額・取扱いを推測で決めない |
手続前チェックリスト
各場面に進む前に確認しておきたい事項を整理します。チェックの結果によっては、進める前に弁護士・公認会計士に相談して方針を整理することが考えられます。
本人ヒアリングの前に
- 客観資料・データの保全が済んでいるか
- 金額・期間・関係者・承認経路を整理できているか
- 質問事項を準備し、複数名で対応・記録する体制があるか
- 証拠が失われるおそれへの対応を検討したか
懲戒処分の前に
- 就業規則・懲戒規程に根拠があるか
- 懲戒事由に該当する事実と、それを裏づける資料があるか
- 本人に弁明の機会を与えたか
- 処分の重さが事案に見合っているか
返還合意の前に
- 被害額・対象期間・対象取引を資料で確認できているか
- 返還の範囲・方法・期限の取り決めを検討したか
- 本人の任意性が確保されているか
刑事告訴の前に
- 事実関係・証拠・被害額・本人の弁明・返還状況を整理できているか
- 告訴後の社内・取引先・対外対応を検討したか
外部公表の前に
- 公表の必要性・範囲・時期を検討したか
- 名誉やプライバシーに関するリスクを確認したか
税務処理の前に
- 横領損失・損害賠償請求権・使途不明金などの取扱いを税理士・公認会計士に確認したか
- 修正申告や加算税の要否を確認したか
弁護士・公認会計士に相談するタイミングと準備資料
次のような場面では、早い段階で弁護士に相談しておくと、証拠の確認や手続の選択、リスクの整理がしやすくなります。
- 本人に確認する前に、進め方を整理しておきたいとき
- 証拠の消失や削除が心配なとき
- 不正の金額が不明、または高額になる可能性があるとき
- 経理担当者や管理職が関与している可能性があるとき
- 懲戒解雇や刑事告訴を検討しているとき
- 返還合意書を作成する前のとき
- 退職予定者や退職者への対応が必要なとき
- 税理士・公認会計士やフォレンジック調査との連携が必要なとき
相談の際は、手元にある資料(通帳や入出金明細、帳簿、領収書や請求書、就業規則・各種規程、業務用メールなど)と、把握している事実関係を時系列でまとめたメモがあると、状況を整理しやすくなります。すべてが揃っていなくても、現状の把握から相談を始めることができます。横領や使途不明金が疑われる事案は、法律面と会計面の両方の整理が必要になることが多く、弁護士と公認会計士の双方の視点から検討できる体制があると、初動の整理を進めやすくなります。
使途不明金があるだけで横領といえますか。
使途不明金は、使途を説明できない状態を指す言葉で、それ自体が直ちに横領という犯罪を意味するわけではありません。経理ミスや精算漏れなど不正以外の原因もあり得るため、まず原因の切り分けが必要です。
本人にすぐ確認してもよいですか。
証拠保全と事実整理の前に確認すると、資料やデータが失われるおそれがあります。客観資料を保全し、事実を整理したうえでヒアリングを行う順序が基本です。
会社のメールやチャットは調査できますか。
会社が管理するアカウントや端末については、就業規則や社内規程上の根拠・範囲を確認したうえで検討します。確認できる範囲は運用の実態などにより異なり、一律には決まりません。
社員の私物スマートフォンを確認できますか。
私物の端末や私的なアカウントへの無断アクセスは避けるべき対応です。不正アクセスやプライバシーの問題につながるおそれがあるため、進める前に確認が必要です。
横領が疑われる社員をすぐ懲戒解雇できますか。
懲戒解雇は重い処分です。その有効性は、就業規則や懲戒規程上の根拠、証拠、手続、処分の相当性などにより異なり、個別事情により結論は変わります。
被害額を給料から差し引けますか。
賃金からの一方的な控除には法律上の制限があり、慎重な対応が必要です。安易に差し引くと別の問題を生じることがあるため、進める前に確認することをおすすめします。
刑事告訴はいつ検討すべきですか。
事実関係・証拠・被害額・本人の弁明・返還状況などを整理したうえで検討するのが基本です。告訴を急ぐ前に、社内・取引先への影響も含めて全体の方針を検討します。
弁護士に相談するときは何を準備すべきですか。
通帳や帳簿、領収書・請求書、就業規則・各種規程、業務用メールなど手元にある資料と、把握している事実関係のメモがあると整理しやすくなります。揃っていない場合でも相談を始められます。
まとめ
- 疑いを把握したら、本人への確認や社内共有より先に、客観資料・データの保全を優先する
- 「使途不明金」という状態と「横領」という犯罪の成否は別の問題で、まず原因を切り分ける
- 調査担当者と情報共有の範囲を限定し、証拠が失われるリスクに備える
- 私物端末への無断アクセス、退職強要、賃金の一方的控除などの違法・不当な調査を避ける
- 民事・刑事・労務・税務を混同せず、個別事情に応じて切り分けて検討する
- 判断に迷う場面では、証拠確認・手続選択・リスク整理のために、早めに弁護士・公認会計士へ相談する
横領や使途不明金が疑われる場面では、保全した資料を整理したうえで、初動対応の方針を検討することが大切です。本人ヒアリング・懲戒処分・刑事告訴・返還合意の前に、一度状況を確認しておくことができます。
監修者
藤井貴之(弁護士・公認会計士)
所属:兵庫県弁護士会/日本公認会計士協会兵庫会
神戸みらい法律会計事務所
企業の社内不正・横領・使途不明金に関する社内調査、証拠の確認、民事・刑事・労務・税務の切り分けについて、法律と会計の両面からご相談に対応しています。

24時間365日受付