神戸市の長田区・須磨区は、ケミカルシューズをはじめとする靴づくりの集積地として知られています。靴の製造では、裁断や縫製のほか、合成皮革やゴム、樹脂などの素材を接着剤や溶剤で貼り合わせる工程、塗装や仕上げ、洗浄といった作業が行われることがあります。こうした作業で接着剤や有機溶剤、洗浄剤などを扱ったあとに、頭痛、めまい、吐き気、しびれ、皮膚のあれ、せきや息苦しさといった体調不良が続くと、「これは仕事のせいではないか」「労災になるのだろうか」と不安になる方は少なくありません。
有機溶剤や化学物質による体調不良は、症状があるからといって、ただちに労災と決まるわけではありません。一方で、作業の内容、扱っていた物質、医師の診断、曝露の状況、会社の資料などを順に確認していくことで、労災申請や、場合によっては会社への損害賠償請求を検討できることがあります。この記事では、長田・須磨の靴づくりに関わる方やそのご家族に向けて、有機溶剤・化学物質による労災で確認されるポイントと、相談前にできる準備を整理します。
この記事で分かること
- 靴づくりで関わり得る有機溶剤・化学物質と、体調不良との関係の考え方
- 労災として確認される主なポイントと、集めておきたい資料
- 会社が協力してくれないときや、退職後の相談で考えられる選択肢
- 弁護士に相談するタイミングと、相談でできること
接着剤や溶剤を扱う作業のあとの体調不良について、労災に当たるかどうかを一人で判断するのは簡単ではありません。作業内容や使用していた物質、医療機関の資料を一緒に確認することで、今後の見通しを整理しやすくなります。
Contents
有機溶剤や化学物質による体調不良は労災になり得るのか
結論として、靴づくりの現場で有機溶剤や化学物質を扱う作業を続けた結果として体調不良が生じた場合、その症状が業務に起因すると認められれば、労災(労働者災害補償保険)の対象になり得ます。ただし、労災に当たるかどうかは、症状の有無だけで決まるものではなく、どのような作業で、どのような物質に、どの程度さらされていたか、医学的にどのような診断がされているか、といった点を資料で確認したうえで判断されます。個別事情により結論は異なります。
まずは、つぎの全体像を押さえておくと、ご自身の状況を整理しやすくなります。
| 確認の段階 | 確認したいこと |
|---|---|
| 体調・医療 | 症状の内容と経過、医療機関の受診、医師による診断・検査 |
| 作業内容 | どの工程で、どのくらいの期間・頻度・時間、どんな作業をしていたか |
| 使用物質 | 接着剤・溶剤・塗料・洗浄剤などの製品名、SDS(安全データシート)やラベルの有無 |
| 作業環境 | 換気設備や局所排気装置の有無、保護具の有無、作業場所の広さや密閉度 |
| 会社・手続 | 会社への報告状況、健康診断の記録、労働基準監督署への相談の有無 |
体調不良がある場合は、症状を我慢せず、まず医療機関を受診することが基本です。そのうえで、仕事との関係が疑われるときは、後で説明する資料を少しずつ整理し、必要に応じて労働基準監督署や弁護士に相談する、という流れが現実的です。
長田・須磨のケミカルシューズ産業と有機溶剤・化学物質の基礎知識
ケミカルシューズ産業と神戸・長田/須磨のつながり
神戸市や兵庫県の公式情報によると、長田区は明治期以降のゴム工業を起点に靴づくりが発展し、戦後の昭和二十七年ごろに、合成樹脂などの化学素材を用いた「ケミカルシューズ」が生まれたとされています。現在も長田区・須磨区には多くの靴メーカーが集まり、国産婦人靴の多くがこの地域でつくられているといわれています。素材の改良や接着技術の蓄積によって発展してきた産業であるという経緯が、公的資料でも紹介されています。
靴づくりで関わり得る化学物質と有機溶剤
靴の製造では、合成皮革やゴム、樹脂などの素材を接着剤で貼り合わせたり、塗料で仕上げたり、洗浄剤で汚れや余分な接着剤を落としたりする作業が行われることがあります。接着剤や塗料、洗浄剤などの中には、有機溶剤と呼ばれる成分を含むものがあります。具体的にどの物質がどれだけ含まれているかは製品ごとに異なり、SDS(安全データシート)やラベルで確認することが基本になります。この記事で特定の物質名を断定することはできませんので、ご自身が扱っていた製品については、容器の表示や会社が保管している資料で確認する必要があります。
有機溶剤・化学物質をめぐる用語の整理
- 有機溶剤 ものを溶かしたり、接着剤や塗料の成分として使われたりする揮発性の化学物質の総称です。吸い込んだり皮膚に触れたりすることで、健康に影響が出ることがあります。
- 曝露(ばくろ) 作業の中で、化学物質を吸い込んだり皮膚に触れたりして、体がその物質にさらされることをいいます。
- SDS(安全データシート) 化学物質の危険性・有害性や取扱い上の注意などをまとめた文書です。事業者間で交付される仕組みが法令で定められています。
- 作業環境測定・特殊健康診断 一定の有害な業務について、作業場の状態を測ったり、対象となる労働者に健康診断を行ったりする仕組みです。対象や頻度は法令で定められています。
労災として問題になり得る作業の場面
つぎのような作業の場面では、有機溶剤や化学物質による体調不良が問題になることがあります。いずれも、その作業をしていれば必ず労災になるという意味ではなく、業務との関連を資料で確認する必要がある場面、という位置づけです。
- 接着工程で、接着剤や溶剤を継続的に使う作業
- 塗装・仕上げ・洗浄など、溶剤や洗浄剤を扱う作業
- 換気が十分でない場所や、狭い空間での作業
- 長時間にわたって溶剤を扱う作業
- 小規模な工場や、下請・内職・自宅での作業など、作業環境や使用物質の管理が把握しにくい場面
頭痛やめまい、吐き気、手足のしびれ、皮膚のあれ、せきや息苦しさといった症状が、これらの作業と関係している可能性が疑われる場合、まずは医療機関で診断を受け、仕事との関係について医師に相談することが出発点になります。なお、症状の原因が業務によるものかどうか、どの疾患に当たるかといった医学的な判断は、診察や検査、作業内容や使用物質の確認を経て行われるものであり、この記事で断定することはできません。
労災申請で確認される主なポイント
有機溶剤・化学物質による労災では、つぎのような点が確認されます。あらかじめ意識して資料を整理しておくと、医療機関や労働基準監督署、弁護士に相談する際に役立ちます。
| 確認項目 | 内容の例 |
|---|---|
| 業務内容 | どの工程で、どのような作業をしていたか |
| 使用物質 | 接着剤・溶剤・塗料・洗浄剤などの製品名、SDSやラベルの内容 |
| 曝露の状況 | 物質を扱っていた期間・頻度・一日の作業時間、使用量のイメージ |
| 作業環境 | 換気設備・局所排気装置の有無、作業場所の広さ、密閉度 |
| 保護具 | マスクや手袋などの有無、種類、使用状況 |
| 健康管理 | 健康診断や特殊健康診断の有無、その結果 |
| 医療記録 | 診断書、検査結果、診療録、薬剤情報 |
| 作業実態 | 同僚に同様の症状がないか、作業の実際の様子 |
| 会社対応 | 会社への報告状況、労働基準監督署への相談の有無 |
労災で受けられる可能性がある給付と手続の大まかな流れ
業務に起因する負傷や疾病と認められた場合、労災保険からは、治療に関する給付や、療養のために休業した期間の補償、障害が残った場合の給付、亡くなった場合のご遺族への給付などが受けられる可能性があります。給付の種類ごとに要件や請求の方法、請求できる期間が定められているため、具体的な内容は、厚生労働省や労働基準監督署の最新の案内で確認する必要があります。この記事では、個別の金額や期限、時効などの数値には触れず、相談時に確認する事項として整理します。
手続の大まかな流れとしては、医療機関の受診と診断、必要な資料の準備、労働基準監督署への労災請求、調査、支給または不支給の決定、という順になります。請求書には会社が証明する欄がありますが、会社が協力してくれない場合でも、労働基準監督署に相談しながら手続を進める方法を検討できることがあります。退職した後であっても、症状や業務との関係に応じて、労災申請を検討できる場合があります。
会社への損害賠償請求を検討する場合
労災保険の給付と、会社に対する損害賠償請求は、別の問題です。労災保険は、業務に起因する負傷・疾病について一定の補償を行う制度ですが、慰謝料などはその対象に含まれていません。そのため、会社に安全配慮義務違反などの責任があると考えられる場合には、労災保険の給付とは別に、会社に対して損害賠償を請求できることがあります。
有機溶剤・化学物質を扱う作業については、換気や局所排気装置、保護具の用意、SDSに基づく情報の周知、健康診断、作業環境の管理などが、法令上、事業者に求められています。これらが十分に行われていなかったことが体調不良につながったと考えられる場合、会社の責任が問題になり得ます。もっとも、会社の責任が認められるかどうかや、賠償の範囲は、事実関係と資料によって異なり、必ず認められるというものではありません。損害の内容や慰謝料、時効、過失相殺などの詳しい論点は、事案ごとの検討が必要であり、別の記事であらためて整理します。
よく問題になる、迷いやすいケース
会社が労災申請に協力してくれない
労災の請求書には会社の証明欄がありますが、会社が証明や協力に応じないこともあります。この場合でも、労働基準監督署に事情を相談しながら手続を進める方法を検討できることがあります。会社とのやり取りは、後から確認できるよう、記録に残しておくことが役立ちます。
使用していた化学物質の名前が分からない
扱っていた接着剤や溶剤の正確な名前が分からなくても、相談自体は可能です。製品の容器の写真、作業の様子、購入先や納品の記録、会社が保管しているSDSやラベルなどから、使用物質を確認していくことになります。
退職後に症状が出た/昔の作業が気になる
退職後に症状が出た場合や、過去に靴づくりの現場で溶剤を扱っていた場合でも、業務との関係に応じて労災申請を検討できる場合があります。ただし、当時の作業環境や使用物質の資料が残っているかどうかが、確認の難しさに関わってきます。
下請・内職・個人で作業していた
労災保険の対象になるかどうかは、働き方によって異なります。雇用されている労働者か、下請や個人事業主、内職としての作業かによって、扱いが変わることがあります。ご自身の働き方がどれに当たるか、また特別加入などの制度に関係するかは、個別に確認する必要があります。
当時の証拠がほとんど残っていない
古い作業については、資料が乏しいこともあります。それでも、残っている記録や同僚の証言、医療記録などから確認できることがあります。集められる資料を整理したうえで、何ができるかを相談する形になります。
医師に仕事との関係をうまく説明できない
診察の際に、作業内容や扱っていた物質を整理して伝えられると、医師も業務との関係を検討しやすくなります。作業工程や使用していた製品、症状が出た時期などをメモにまとめておくとよいでしょう。
労災に当たるかどうか、会社への請求ができるかどうかは、作業内容や使用物質、医療記録などを確認したうえで判断する必要があります。お手元の資料を整理することで、労災申請や会社対応の見通しを検討しやすくなります。
受診・申請・署名の前に確認したいチェックリスト
医療機関を受診する前、労災を申請する前、会社に回答する前、退職する前、示談や合意書に署名する前などのタイミングで、つぎのような資料を確認・整理しておくと、判断や相談がスムーズになります。
- 症状の内容・出始めた時期・経過のメモ
- 診断書、検査結果、診療録、薬剤情報などの医療記録
- どの工程で、どのくらいの期間・頻度・時間、作業していたかのメモ
- 扱っていた接着剤・溶剤・塗料・洗浄剤などの製品名や容器の写真
- SDS(安全データシート)やラベル、作業手順書、仕入・納品の記録
- 勤務記録、給与明細、雇用契約書、請負契約書、発注書など働き方が分かる資料
- 換気設備や保護具の有無が分かる作業場の写真や記録
- 同僚の症状や作業実態についての情報
- 会社とのメール、メッセージ、書面などのやり取り
- 労働基準監督署に相談した場合は、その記録
資料を集める際は、個人情報や会社の秘密情報の取扱いに注意し、無断での持ち出しなど、違法または不適切な方法による証拠収集は避けてください。どの資料をどう確保すればよいか迷う場合は、相談の際に確認することをおすすめします。
弁護士に相談するタイミングと、相談でできること
有機溶剤・化学物質による労災では、医学的な判断や、会社の資料、働き方など、確認すべき事項が多岐にわたります。弁護士への相談は、つぎのようなタイミングで検討すると役立ちます。
- 体調不良が業務と関係しているか分からず、何から確認すればよいか整理したいとき
- 労災申請を考えているが、会社が協力してくれないとき
- 退職前・退職後で、労災や会社への請求について見通しを知りたいとき
- 示談や合意書への署名を求められ、内容を確認したいとき
弁護士に相談することで、必ず労災が認められる、必ず賠償が得られるといった結果を保証できるわけではありません。もっとも、作業内容や使用物質、医療記録などの資料を確認したうえで、労災申請や会社対応、損害賠償請求の見通しを整理し、つぎにとるべき行動を検討しやすくなります。あわせて、弁護士費用を確認することや、弁護士紹介を見ることもご検討ください。
よくある質問
- ケミカルシューズの接着作業で体調不良が出た場合、労災になりますか?
- 業務に起因する症状と認められれば、労災の対象になり得ます。ただし、症状があれば必ず労災になるわけではなく、作業内容や使用物質、医師の診断などを確認したうえで判断されます。個別事情により結論は異なります。
- 有機溶剤中毒かどうか分からない場合、何を確認すればよいですか?
- まず医療機関を受診し、症状について診断・検査を受けることが基本です。あわせて、扱っていた製品名やSDS、作業内容、作業環境を確認していきます。医学的な判断は、診察と資料の確認を経て行われます。
- 会社が労災申請に協力してくれない場合はどうすればよいですか?
- 会社の協力が得られない場合でも、労働基準監督署に相談しながら手続を検討できることがあります。会社とのやり取りは記録に残しておくとよいでしょう。
- 使用していた接着剤や溶剤の名前が分からなくても相談できますか?
- 相談は可能です。容器の写真や購入・納品の記録、会社が保管する資料などから、使用物質を確認していくことになります。
- 退職後に症状が出た場合でも労災申請を検討できますか?
- 業務との関係に応じて、退職後でも労災申請を検討できる場合があります。ただし、当時の作業環境や使用物質の資料が残っているかどうかが、確認に関わります。
- 下請や内職の場合も労災保険の対象になりますか?
- 働き方によって扱いが異なります。雇用された労働者か、下請・個人事業主・内職かによって、労災保険の対象かどうかや特別加入の要否が変わることがあります。個別の確認が必要です。
- 労災が認定された後に、会社へ損害賠償請求できますか?
- 労災保険の給付と会社への損害賠償請求は別の問題です。会社に安全配慮義務違反などの責任があると考えられる場合、別途、損害賠償を請求できることがあります。認められるかどうかは事案によります。
- 弁護士に相談するときは何を持参すればよいですか?
- 医療記録、作業内容のメモ、扱っていた製品名や容器の写真、SDSやラベル、勤務記録や契約関係の資料、会社とのやり取りなどがあると、状況を整理しやすくなります。お手元にあるものから持参いただければ大丈夫です。
まとめ
最後に、要点とつぎの行動を整理します。
- 有機溶剤や化学物質による体調不良は、症状があるだけでただちに労災になるわけではなく、作業内容・使用物質・医師の診断・曝露状況などを確認して判断されます。
- まずは医療機関を受診し、仕事との関係が疑われる場合は、資料を少しずつ整理することが出発点です。
- 会社が協力しない場合や退職後でも、労働基準監督署に相談しながら労災申請を検討できることがあります。
- 労災保険の給付とは別に、会社への損害賠償請求を検討できる場合がありますが、結論は事案により異なります。
- 判断に迷うときは、資料を整理したうえで弁護士に相談すると、見通しを立てやすくなります。
接着剤や溶剤を扱う作業のあとの体調不良について、労災や会社対応の見通しを整理したい方は、お手元の資料をご用意のうえ、ご相談ください。作業内容や使用物質、医療記録を確認することで、つぎにとるべき行動を一緒に考えていくことができます。
監修・運営
本コラムは、神戸みらい法律会計事務所に所属する弁護士が、公開時点で確認できる法令・公的資料をもとに監修しています。担当弁護士の経歴・所属・取扱分野については、弁護士紹介ページをご確認ください。
参考資料
本記事は、有機溶剤・化学物質による労災に関する一般的な解説であり、特定の事案についての法的助言ではありません。労災に当たるかどうか、会社への請求ができるかどうかは、医学的資料や作業内容、使用物質、会社の資料などを確認したうえで判断する必要があり、個別事情により結論は異なります。具体的なご事情については、医療機関や弁護士にご相談ください。

24時間365日受付