取締役報酬の一方的減額と本人同意|会社法の手続と未払差額の請求 |神戸市(須磨・垂水・西神・北神)の弁護士|初回相談無料|

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取締役報酬の一方的減額と本人同意|会社法の手続と未払差額の請求

「業績が厳しいので、来月から役員報酬を下げる」と会社から告げられた取締役の方。逆に、資金繰りや役員の職務変更を理由に取締役報酬の引下げを検討している会社の経営者・管理部門の方。そして、株主総会の決議が見当たらないのに役員へ多額の支払が続いていることに気づいた株主の方。取締役の報酬をめぐるご相談は、この三つの立場のいずれかから寄せられることがほとんどです。

結論から申し上げると、取締役の報酬は、いったん具体的な額が定まると、会社と取締役との間の契約内容になると解されています。そのため、会社が任期の途中で一方的に減額したり無報酬にしたりすることは、原則として本人の同意なしにはできません。他方で、そもそも定款の定めも株主総会の決議もないまま支払われていた報酬は、これとはまったく別の問題として扱われます。この二つは混同されやすいのですが、確認すべき資料も、とるべき対応も異なります。

この記事では、取締役報酬の決定手続を前提として、任期中の一方的な減額・不支給がどこまで許されるのか、取締役が自ら減額や返上を申し出る場合に何を整えるべきかを、会社側・取締役側・株主側に分けて整理します。実際の結論は、定款の定め、機関設計、株主総会や取締役会の決議内容、報酬規程、本人の同意の有無その他の個別事情により異なります。

この記事で分かること

  • 取締役の報酬の具体的な額が、どの段階で「契約内容」になるのかという考え方
  • 会社が任期の途中で報酬を一方的に減額・不支給とできるかを判断する順序
  • 代表取締役の解職、常勤から非常勤への変更、業績悪化、不祥事といった場面ごとの検討点
  • 報酬規程や就任契約で変更条件が事前に定められていた場合との違い
  • 減額後の報酬を受け取ったことが「同意」と評価されるかどうかの考え方
  • 取締役が自ら減額・放棄・受領辞退・返還をする場合の四つの区別と、必要な記録
  • 株主総会の決議がないまま支払われていた報酬について、会社側・取締役側・株主側がまず確認すること
  • 未払の報酬差額を請求できる期間と、請求前に確認すべき資料

報酬の減額を提案された、あるいは減額を検討しているという段階であれば、同意書に署名する前、支給額を変更する前に、定款・株主総会議事録・取締役会議事録・報酬規程を一度確認しておくことをおすすめします。資料がそろえば、権限の所在と本人同意の要否を整理しやすくなります。

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結論|具体的な額が確定した後の一方的な減額は、本人の同意が問題になる

最高裁判所第二小法廷平成4年12月18日判決は、次のように判示しています。

「株式会社において、定款又は株主総会の決議によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではない」

つまり、報酬の具体的な額が適法に定まった時点で、それは会社の一存で動かせるものではなくなるというのが出発点になります。もっとも、この判決は「株主総会が無報酬とする決議をした」という場面についてのものです。減額の場面すべてについて同じ結論が当然に導かれるわけではなく、実務では次の順序で検討します。

減額の可否を検討する三つの順序

第一に、定款、株主総会の決議、委任の内容、機関設計から見て、そもそも誰に具体的な額を決める権限があるのかを確認します。第二に、具体的な額が契約内容になった後の変更について、取締役の有効な同意があるか、又は事前に合意された変更条件があるかを確認します。第三に、対象が既に発生した分か、将来分か、次期の任期分かを区別します。権限のある機関が決議したというだけで、本人の同意の問題まで当然に解消するわけではありません。

取締役報酬の減額をめぐり、立場ごとにまず確認すべき事項
立場 最初に確認する資料 主な争点 確認を急ぐべき場面
会社側 定款、株主総会議事録、取締役会議事録、報酬規程、役位規程、就任契約書、給与台帳 具体的な額を決める権限の所在、本人同意の取得方法、効力発生日、既発生分の扱い、他の取締役との整合性 株主総会の招集通知を出す前、支給額を変更する前
取締役側 就任時からの議事録の写し、報酬規程、給与明細、振込記録、源泉徴収票、減額通知や同意書の案 具体的な額がいつ確定したか、同意をしたと評価される言動があるか、未払差額の有無と期間 同意書・辞任届に署名する前、減額後の初回支給を受ける前
株主側 定款、株主名簿、株主総会議事録、計算書類、決議の有無が分かる資料 定款の定めや決議があるか、支払の根拠があるか、会社に損害が生じているか 決議がない支払を把握したとき、株主総会の招集通知を受け取ったとき

取締役の報酬はどのように決まるのか

会社法361条が定めていること

会社法361条1項は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(同項はこれを「報酬等」と定義しています)について、定款に定めていないときは株主総会の決議によって定めると規定しています。定めるべき事項は同項1号から6号までに区分されており、額が確定しているものはその額(1号)、額が確定していないものはその具体的な算定方法(2号)、募集株式・募集新株予約権に関するもの(3号・4号・5号)、金銭でないものはその具体的な内容(6号)とされています。

なお、平成18年以前の解説書などで用いられていた「報酬・賞与・退職慰労金の三分類」といった整理は、現行の条文の区分とは一致しません。資料を読む際は、いつの時点の法令に基づくものかを確認してください。

総額を決めて配分を委ねる方法

非上場の中小企業でも広く行われているのが、株主総会で報酬の総額又は上限だけを決議し、各取締役への具体的な配分を取締役会に委ねるという方法です。最高裁判所第三小法廷昭和60年3月26日判決も、「株主総会の決議で取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分は取締役会の決定に委ねることができ」ると述べています。

ここで実務上重要なのは、毎期必ず同じ内容の決議をし直さなければならないわけではないという点です。総額の枠を定めた決議がその後も効力を持つと解される場合もあれば、報酬の対象期間を限定した決議であったり、改定を予定した決議であったりする場合もあります。決議の文言、対象期間、改定の内容を実際の議事録で確認する必要があります。

取締役会がない会社、委員会がある会社

「取締役の報酬は取締役会が決める」と説明されることがありますが、これはすべての会社に当てはまるものではありません。取締役会を設置していない会社では、会社法348条2項により、取締役が二人以上いる場合の業務の決定は、定款に別段の定めがある場合を除き取締役の過半数をもって行います。どの機関が具体的な額を決める権限を持つかは、機関設計と、定款・株主総会決議による委任の内容によって決まります。

機関設計別にみた取締役報酬の決定の枠組み
会社の類型 報酬等の決定の枠組み 確認すべき条文
取締役会非設置会社 定款又は株主総会の決議で定める。委任がある場合の具体的な決定は、取締役が二人以上いれば原則としてその過半数による 会社法361条1項、348条2項
取締役会設置会社(一般) 定款又は株主総会の決議で定める。総額の枠を定めて個別配分を取締役会に委ねる運用が広く行われている 会社法361条1項
監査等委員会設置会社 報酬等に関する事項を、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とに区別して定める。監査等委員である各取締役の報酬等について定款の定めも株主総会の決議もないときは、その協議による 会社法361条2項・3項・5項・6項
指名委員会等設置会社 報酬委員会が執行役等の個人別の報酬等の内容を決定する。決定に関する方針を定め、これに従う必要がある 会社法404条3項、409条

取締役会がさらに代表取締役などへ個別の額の決定を委ねる、いわゆる再委任については、会社法にこれを直接認める明文の規定はありません。委任の範囲と手続の適否は、機関設計、株主総会決議による委任の内容、報酬等の決定に関する方針の有無、取締役の善管注意義務・忠実義務との関係などを踏まえて検討する必要があります。再委任をしている会社では、委任先、委任した権限の内容、決定の経緯を記録として残しておくことが特に重要になります。

注意 会社法361条7項は、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を取締役会が定めるべき会社を定めていますが、その対象は、監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限ります)のうち有価証券報告書提出会社と、監査等委員会設置会社の二つに限られます。すべての株式会社に方針の決定義務があるわけではありません。また、方針として定めるべき事項を規定する会社法施行規則98条の5には、決定の全部又は一部を取締役その他の第三者に委任する場合の記載事項が置かれていますが、これは方針の記載事項を定めたものであり、再委任そのものの権限根拠となる規定ではありません。

税務上の損金算入の要件や、報酬額が過大かどうかの判断は、会社法上の手続とは別の枠組みで検討されます。この点は過大な役員報酬と会社法・法人税法の考え方を確認するもあわせてご確認ください。

株主総会では何を説明し、何を開示するのか

議案について「相当とする理由」を説明する

会社法361条4項は、同条1項各号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において当該事項を相当とする理由を説明しなければならないと定めています。額が確定している金銭報酬(1項1号)についての議案も対象に含まれます。減額の議案を提出する場合も同様に、その内容を相当とする理由の説明が求められます。

株主からの質問への説明義務は無制限ではない

会社法314条は、株主から特定の事項について説明を求められた場合に、取締役等が必要な説明をしなければならないと定めています。もっとも、同条にはただし書があり、当該事項が株主総会の目的である事項に関しないものである場合、説明することにより株主の共同の利益を著しく害する場合、その他正当な理由がある場合として法務省令で定める場合には、説明を要しないとされています。質問されれば何でも必ず答えなければならない、という制度ではありません。

株主総会参考書類の記載事項

会社法施行規則82条は、取締役の報酬等に関する議案を提出する場合に株主総会参考書類へ記載すべき事項として、算定の基準、既に定められている事項を変更する議案であるときはその変更の理由、二人以上の取締役についての定めであるときは対象となる取締役の員数、退職慰労金に関する議案であるときは退職する各取締役の略歴、監査等委員会設置会社において監査等委員会の意見があるときはその概要を挙げています。

誤解しやすい点 施行規則82条は、株主総会参考書類を作成し提供する場面についての規律です。すべての株式会社が常に参考書類を作成するわけではありません。また、各取締役の個別の報酬額を常に株主総会で公表しなければならない、という制度でもありません。有価証券報告書や事業報告における役員報酬の開示は、対象となる会社と要件が別に定められており、本記事の対象とは区別して確認する必要があります。

招集通知、議事録、参考書類の整え方については、株主総会の準備と運営の実務を確認するもご参照ください。

株主総会の決議がないまま支払われていた場合

具体的な報酬請求権は当然には発生しない

定款の定めも株主総会の決議もない場合、取締役に具体的な報酬請求権が当然に発生するとは解されていません。最高裁判所第二小法廷平成21年12月18日判決も、退職慰労金に関する事案について、支給する旨の株主総会の決議等が存在しない以上は請求権が発生しておらず、支給を受けたことが不当利得になることは否定し難いとの判断を示しています。

ただし、同判決は、会社からの返還請求が信義則に反し又は権利の濫用に当たるかどうかについて、催告から送金までの経緯、会社が明確に返還を求めるまでの期間、本人が代表者の決裁を経たものと信じたことに無理からぬ事情があったかどうかといった点を審理すべきであるとして、原判決を破棄して高等裁判所に差し戻したものです。返還請求が認められないと確定的に判断した判決ではありません。また、退職慰労金に関する事案であり、通常の月額報酬にそのまま当てはまるものでもありません。

後から株主総会の決議をした場合

最高裁判所第三小法廷平成17年2月15日判決は、株主総会の決議を経ずに役員報酬が支払われていた事案について、後に株主総会の決議がされたときは、「当該決議の内容等に照らして上記規定の趣旨目的を没却するような特段の事情があると認められない限り、当該役員報酬の支払は株主総会の決議に基づく適法有効なものになる」と判示しています(引用中の「上記規定」は、取締役の報酬を株主総会の決議で定めるものとした規定を指します)。

もっとも、これは会社法上の効力についての判断です。後日の決議によって、法人税法上の損金算入、源泉徴収、会計処理、社会保険上の取扱いに関する問題まで当然に遡って解消されるわけではありません。会社法・税務・会計は、それぞれ別に確認する必要があります。

決議の瑕疵を争う場合の区別

株主総会の決議そのものを争う場合、会社法830条の決議不存在確認・決議無効確認の訴えと、同法831条の決議取消しの訴えとを区別する必要があります。決議取消しの訴えには決議の日から3か月以内という提訴期間の制限がありますが、この期間制限を決議不存在確認・決議無効確認や、取締役会決議の効力の問題に一律に当てはめることはできません。どの請求類型によるべきかは、瑕疵の内容によって異なります。

してはならない対応 決議がなかったことに後から気づいた場合でも、議事録を遡って作成する、日付を書き換える、実際には行われていない決議を記載するといった対応は避けてください。これらは問題を解決せず、後の紛争や調査でより重大な結果を招きます。まず事実関係と資料を正確に確認し、適法に取り得る事後の対応を、弁護士・税理士に確認したうえで選択してください。

決議を欠く支出について役員の責任が問題となる場面については、取締役の責任と株主代表訴訟への備えを確認するもあわせてご覧ください。

減額の決議や同意書の取得は、いったん実行すると後から巻き戻すことが難しくなります。株主総会の招集通知を出す前、支給額を変更する前の段階であれば、定款・議事録・報酬規程を確認したうえで、権限の所在、必要な決議、本人同意の取得方法、効力発生日を整理することができます。

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会社は任期途中の報酬を一方的に減額できるのか

具体的な額が契約内容になるという考え方

前記の平成4年12月18日判決の事案では、定款に取締役の報酬は株主総会の決議をもって定める旨の規定があり、株主総会の決議によって報酬総額の上限が定められ、取締役会において各取締役に期間を定めずに毎月定額の報酬を支払う旨の決議がされていました。その後、当該取締役が常勤取締役から非常勤取締役に変更されたことを前提として、株主総会が無報酬とする決議をしましたが、本人はこれに同意していませんでした。最高裁判所は、同意しない限り報酬請求権を失わないとして、取締役側の請求を認めています。

この判決から読み取れるのは、役職や勤務形態が変わったという事情があっても、それだけで具体的に定まった報酬を会社が一方的に消滅させられるわけではないという点です。他方で、同判決が直接判断したのは株主総会による無報酬決議の場面であり、取締役会の決議による減額や、減額一般について結論を示したものではありません。

相談で問題になりやすい場面

報酬の減額・不支給が問題となる典型的な場面と検討の視点
場面 会社側が主張しがちな理由 検討の視点
代表取締役の解職 代表権を失ったのだから報酬も下がる 解職は代表権に関する取締役会の決定であり、報酬額の変更とは別の意思決定です。役位と報酬額を連動させる定めが事前に存在し、本人が合意していたかを確認します
担当職務の変更・常勤から非常勤への変更 職務の負担が軽くなった 平成4年判決の事案でも常勤から非常勤への変更がありましたが、それだけでは無報酬化は認められていません
業績悪化・資金繰りの悪化 会社を存続させるためやむを得ない 会社法上は本人の同意の問題です。全役員が同意して減額する運用は可能ですが、同意しない取締役に一方的に及ぼせるかは別に検討します
不祥事・調査対象となった場合 責任があるのだから減額は当然である 責任追及(損害賠償請求)、解任、報酬の減額は、それぞれ要件も手続も異なります。減額を制裁として一方的に行える根拠があるかを確認します
休職・長期不在・職務停止 職務を行っていない 就任契約や報酬規程に定めがあるか、実際の職務執行の状況、他の取締役との取扱いの整合性を確認します
次期の任期分の引下げ 再任にあたって報酬を見直したい 任期途中の変更とは区別されます。新たな任期の報酬をどう定めるかという問題として、必要な決議と説明を検討します

事前に合意された変更条件がある場合

報酬規程や就任契約において、役位、職務、勤務形態の変更に連動して報酬額が変わることがあらかじめ明確に定められ、取締役がこれに合意していた場合と、会社が後から理由を付けて減額する場合とは、法的な評価が異なり得ます。前者では、あらかじめ合意された条件が実現したことによる変更として構成する余地があります。

ただし、規程が存在すればそれで足りるというものではありません。規程が就任時に本人へ示され合意の対象となっていたか、変更の要件と幅が客観的に読み取れる内容か、実際にその要件を満たしているか、これまで同様の場面で規程どおりに運用されてきたかといった点が問題になります。「取締役会が必要と認めたときは減額することができる」といった包括的な定めだけで、任意の減額が当然に許されると考えることはできません。

「黙示の同意」はどこまで認められるか

会社側から、「減額後の報酬を何か月も受け取っていた」「取締役会で反対しなかった」「長期間請求してこなかった」といった事情をもって、同意があった、あるいは請求権を放棄したと主張されることがあります。しかし、これらの事情だけで、常に黙示の同意や権利の放棄が成立するわけではありません。減額に至る経緯、会社から本人への説明の内容と時期、本人の発言や書面での対応、異議を述べた記録の有無、会計処理上の扱いなどを総合して判断されます。

取締役側としては、減額に納得していないのであれば、その意思を書面又は記録の残る方法で早い段階に示しておくことが実務上重要です。反対に会社側としては、同意を得たと考えるのであれば、対象となる報酬の範囲、変更後の額、効力発生日を特定した書面を残しておく必要があります。

既発生分・将来分・次期任期の区別

減額の話をするときは、対象を必ず区別してください。既に支払期が到来した分は、発生した債権の処理の問題です。将来分は、契約内容の変更の問題です。次期の任期分は、新たに報酬を定める問題です。それぞれ必要な意思決定も、記録すべき内容も異なります。

あわせて確認したい点 就任した当初から無報酬とすることと、いったん具体的な額が確定した後にこれをゼロにすることは、法的な構造が異なります。また、報酬を受け取っていないことによって、取締役としての善管注意義務や、会社・第三者に対する責任が当然に軽くなるわけではありません。なお、退職慰労金の減額については、内規と株主総会からの委任がある場合の取締役会の裁量に関する最高裁判所第一小法廷令和6年7月8日判決がありますが、これは退職慰労金についての判断であり、既に具体化した通常の月額報酬を一方的に減額できるとしたものではありません。本記事では退職慰労金は扱っていません。

取締役が自ら減額・返上を申し出る場合

「自分から報酬を下げたい」「今期は受け取らない」という申出は、実務上よくあります。ただし、次の四つは法的な性質が異なり、必要な手続も、税務・会計・社会保険への影響も同じではありません。同じものとして処理しないでください。

取締役側から報酬を減らす場合の四つの類型と必要な手続
類型 法的な性質 会社側で必要となる対応 記録として残すもの
将来分の額を合意により引き下げる 契約内容の変更。本人の同意だけでなく、権限のある機関による決定との関係を確認する必要がある 定款・株主総会決議・委任の枠内で、権限のある機関が変更後の額を決定する 本人の同意書、決定した機関の議事録、変更後の額と効力発生日
既に発生した報酬債権を放棄する 債権者である取締役が債務者である会社に対して免除の意思を表示することにより債権が消滅する(民法519条) 意思表示の到達を確認し、対象債権を特定する。会社の承諾が常に効力の要件となるわけではない 免除の意思表示をした書面、対象となる債権の期間と金額、到達日
支給を受けない・受領を辞退する 債権を消滅させる趣旨か、支払時期を猶予する趣旨かで結論が変わり得るため、意思の内容を特定する必要がある 辞退の趣旨と対象を書面で確認し、未払として計上するのか消滅させるのかを明確にする 辞退の申出書、対象期間、会計処理との整合を確認した記録
いったん受け取った金銭を会社へ返還する 既に履行された報酬の返還であり、贈与その他の別の法律行為として評価される場合がある 返還を受ける旨の意思決定と、受入れの会計処理を確認する 返還の申出書、入金記録、会社側の受入れに関する記録

特に注意が必要なのは、将来分の減額を民法519条の債務免除だけで処理しようとすることです。まだ発生していない将来の報酬は、免除の対象となる債権として特定できるとは限りません。将来分については、権限のある機関による決定と本人の同意の双方を確認してください。反対に、既に発生した報酬債権については、債権者である取締役の意思表示によって消滅し得るのであって、会社の承諾がなければ常に無効になる、というものでもありません。

税務・会計・社会保険は別に確認してください 会社法上、減額や免除の効力が認められることと、法人税法上の損金算入、源泉徴収、社会保険上の標準報酬の取扱いは、別の問題です。法人税法上の定期同額給与について、国税庁のタックスアンサー「No.5211 役員に対する給与」は、事業年度の途中で減額改定が認められる業績悪化改定事由について、「法人の一時的な資金繰りの都合や、単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれません。」と注記しています(同ページの令和7年4月1日現在法令等に基づく記載)。会社法上の手続を整えたことをもって、税務上も当然に認められると考えることはできません。実際の処理は、税理士・社会保険労務士にご確認ください。

未払の報酬差額を請求できる期間

減額が無効であった場合、差額を請求できるかどうかとあわせて、いつまで請求できるかが問題になります。民法166条1項は、債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅すると定めています。報酬は各支払期ごとに支払われるものですから、どの月の分がいつから進行するのかを、支払期ごとに確認する必要があります。

もっとも、期間を一つの年数だけで判断することはできません。少なくとも次の点で結論が変わり得ます。

  • 取締役としての報酬か、使用人を兼ねている場合の従業員給与部分か。両者は性質が異なり、区別して整理する必要があります
  • いつ発生した債権か。民法の改正法は令和2年4月1日から施行されており、施行日前に生じた債権の消滅時効の期間については、附則により改正前の規定によることとされています
  • 裁判上の請求、催告、協議を行う旨の書面による合意、会社による承認など、時効の完成猶予・更新に当たる事由があったか(民法147条から152条まで)

内容証明郵便による催告は、その時から6か月を経過するまでの間、時効の完成が猶予されるにとどまります(民法150条)。催告だけで期間が延びるわけではなく、その間に次の手続をとる必要があります。また、請求すべきかどうか、どの手続によるかは、証拠の状況、在任中か退任後か、他の取締役との関係、事業への影響によって判断が分かれます。誰にでも同じ手続をおすすめできるものではありません。

立場別の実務対応

会社側の対応

  • 定款を確認する。報酬について定款に定めがあるかどうかで、必要な手続が変わります
  • 就任時からの株主総会議事録・取締役会議事録を時系列で並べる。総額の枠、委任の内容、個別額の決定がどこでされたかを特定できます
  • 報酬規程・役位規程・就任契約書の有無と内容を確認する。事前に合意された変更条件があるかを判断できます
  • 本人との協議の場を設け、説明した内容と本人の回答を記録に残す。後に同意の有無が争われたときの資料になります
  • 変更後の額と効力発生日を特定し、既発生分・将来分・次期任期分を区別して整理する
  • 権限のある機関による決議を経て、議事録を事実どおりに作成する
  • 他の取締役の報酬との整合性、会計処理・税務処理・社会保険の届出との整合性を確認する

取締役側の対応

  • その場で同意書や辞任届に署名しない。内容を確認する時間をもらうこと自体は、通常、不当な対応ではありません
  • 減額に納得していない場合は、その意思を書面又は記録の残る方法で早期に示す
  • 就任時からの議事録の写し、報酬規程、給与明細、振込記録、源泉徴収票を保存する
  • 減額の通知、社内メール、チャット、面談の日時と内容を記録として残す
  • 自分の報酬の具体的な額が、いつ、どの機関の決定で定まったのかを特定する
  • 請求する場合に備え、対象となる月と差額、各支払期を一覧にする

株主側の対応

  • 定款と株主名簿を確認し、自分の議決権の割合を把握する
  • 報酬に関する株主総会決議の有無と内容、実際の支払額を確認する
  • 会社に損害が生じているといえるか、生じているとすればその内容と金額を整理する
  • 情報を取得する手続や責任を追及する手続には、それぞれ法律上の要件があります。何ができるかは持株比率と保有期間によって異なります

少数株主として取り得る手段の範囲については、非上場・同族会社の少数株主の権利を確認するもご参照ください。なお、報酬の減額と、取締役の解任及びそれに伴う損害賠償請求とは別の問題です。解任の場面については役員解任と損害賠償請求の考え方を確認するをご覧ください。

弁護士に相談を検討したいタイミング

  • 株主総会の招集通知を出す前。議案の内容、説明すべき事項、必要な決議要件を確認できます
  • 減額の同意書や辞任届に署名する前。対象となる報酬の範囲、効力発生日、既発生分の扱いを確認できます
  • 既に発生した分を含む返上・返還を処理する前。どの類型として処理するのか、記録として何を残すのかを整理できます
  • 決議がないまま支払われていた報酬を把握したとき。会社法上の対応と、税務・会計上の確認事項を切り分けられます
  • 未払の差額を請求するかどうかを検討するとき。対象期間、証拠、期間制限を確認できます
  • 経営権の争い、解任、株主間の対立を伴うとき。報酬の問題だけを切り離して処理すると、他の手続に影響することがあります

相談によって特定の結果が保証されるものではありません。もっとも、資料を確認したうえで、権限の所在、必要な手続、争点、選択肢と見通しを整理することはできます。企業法務のご相談では、初回のご連絡時に、会社名、ご相談者のお名前、相手方となる方のお名前、概要、直近の期限をお伝えいただけると、利益相反の確認が円滑に進みます。機密資料の送付方法は、確認後にご案内する方法に従ってください。なお、お問い合わせや利益相反の確認は、受任の成立を意味するものではなく、これによって時効その他の期限が止まるものでもありません。

よくある質問

株主総会で減額を決議すれば、本人の同意は不要ですか。

そうとは限りません。最高裁判所第二小法廷平成4年12月18日判決は、定款又は株主総会の決議によって報酬額が具体的に定められた場合、その額は会社と取締役間の契約内容となり双方を拘束するから、その後に株主総会が無報酬とする決議をしても、同意しない限り請求権を失わないと判示しています。決議の有無と本人の同意の有無は、別に確認する必要があります。

取締役会の決議だけで個別の報酬を減額できますか。

まず、定款又は株主総会の決議によって取締役会に具体的な配分の決定が委ねられているかを確認します。委任の範囲内であっても、既に具体的な額が確定して契約内容となっている場合には、その変更について本人の同意又は事前に合意された変更条件が別に問題となります。機関設計と委任の内容により結論は異なります。

代表取締役を外れたら、報酬も当然に下がりますか。

当然に下がるとはいえません。代表取締役の解職は代表権に関する意思決定であり、報酬額の変更とは別の手続です。役位と報酬額を連動させる定めが事前にあり、本人が合意していたかどうかを確認する必要があります。定めの内容と、これまでの運用の実態が問題になります。

減額後の報酬を受け取ると、減額に同意したことになりますか。

受け取ったという事実だけで、常に同意や放棄が成立するわけではありません。減額に至る経緯、会社からの説明、本人の対応、異議を述べた記録などを総合して判断されます。納得していない場合は、その意思を書面など記録の残る方法で早めに示しておくことが重要です。

株主総会の決議がない報酬は、すべて返還しなければなりませんか。

一律に決まるものではありません。決議がなければ具体的な請求権は当然には発生しないと解されていますが、後に株主総会の決議がされた場合について、最高裁判所第三小法廷平成17年2月15日判決は、規定の趣旨目的を没却するような特段の事情がない限り支払は適法有効なものになると判示しています。また、退職慰労金に関する事案では、会社からの返還請求が信義則や権利濫用の観点から検討されるべきものとされた例もあります。事案により結論は異なります。

取締役が自主的に返上するときは、申出書だけで足りますか。

対象によって異なります。既に発生した報酬債権については、債権者である取締役の免除の意思表示によって消滅し得ます(民法519条)。他方、将来分の額を引き下げる場合は契約内容の変更にあたるため、本人の同意に加えて、権限のある機関による決定との関係を確認する必要があります。いずれの場合も、対象、金額、効力発生日を特定した記録を残してください。

未払の報酬差額はいつまで請求できますか。

一つの年数で判断することはできません。民法166条1項は、権利を行使することができることを知った時から5年、又は権利を行使することができる時から10年という期間を定めていますが、報酬は各支払期ごとに検討する必要があります。令和2年4月1日より前に生じた債権については改正前の規定によることとされているほか、時効の完成猶予・更新に当たる事由の有無によっても結論が変わります。

役員報酬の減額は、税務上もそのまま認められますか。

会社法上の効力と税務上の取扱いは別の問題です。法人税法上の定期同額給与について、国税庁のタックスアンサー「No.5211」は、業績悪化改定事由に「法人の一時的な資金繰りの都合や、単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれません。」と注記しています。減額の時期と理由によって取扱いが変わりますので、実行前に税理士へご確認ください。

まとめ

  • 取締役の報酬は、具体的な額が定まると会社と取締役との契約内容になると解されており、会社が一方的に消滅させられるものではありません。
  • 減額の可否は、権限の所在、本人の同意又は事前に合意された変更条件、対象が既発生分か将来分か次期任期分か、という順序で検討します。
  • 権限のある機関が決議したというだけで、本人の同意の問題まで当然に解消するわけではありません。
  • 代表取締役の解職や常勤から非常勤への変更があっても、それだけで報酬が当然に下がるとはいえません。
  • 減額後の支給を受け取ったという事実だけで、常に同意や放棄が成立するわけではありません。
  • 取締役側からの減額・放棄・受領辞退・返還は、法的な性質が異なります。対象と効力発生日を特定して記録を残してください。
  • 株主総会の決議を欠く支払は、後の決議による事後の対応が問題となる場面がありますが、税務・会計上の問題まで当然に解消するわけではありません。
  • 議事録を遡って作成する、日付を書き換えるといった対応は避けてください。
  • 未払差額の請求期間は、支払期ごとに、また債権の発生時期に応じて確認する必要があります。

取締役の報酬をめぐる対応を検討されている会社の方、報酬の減額や不支給を受けた取締役の方へ。

定款、株主総会議事録、取締役会議事録、報酬規程、支払記録を確認したうえで、決定権限の所在、必要な手続、本人同意の要否、既発生分と将来分の切り分け、想定される反論と選択肢を整理することができます。初回相談は無料です。

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監修者・執筆者

弁護士・公認会計士 藤井貴之

兵庫県弁護士会所属。神戸みらい法律会計事務所の代表弁護士・公認会計士として、企業法務、交通事故、相続、労働問題など、法人・個人双方の法律相談に対応しています。

詳細は、弁護士紹介ページをご確認ください。

本記事は、令和8年8月27日時点で確認できた法令、裁判所が公表する裁判例及び行政機関の公表資料に基づく一般的な情報です。実際の結論は、定款の定め、機関設計、決議の内容、報酬規程、本人の同意の有無その他の個別事情により異なります。税務・会計・社会保険の取扱いについては、税理士・社会保険労務士にご確認ください。

参考資料

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