交通事故で頭部を受傷し、ご家族に高次脳機能障害が残った場合、治療や介護と並行して、保険会社との示談や賠償金の受け取りという問題が出てきます。このときご家族が最初に迷われるのが、「本人の代わりに家族が示談書へ署名してよいのか」「賠償金は誰の口座で受け取り、どう管理するのか」という点です。
先に結論の方向性を示します。高次脳機能障害という診断がついたことだけで、成年後見等の利用が必要になると決まるわけではありません。反対に、ご家族であるというだけで、本人に代わって示談したり賠償金を受け取ったりする権限が当然に生じるわけでもありません。出発点は、本人の判断能力の程度と、これから行う法律行為の内容、そのために必要な権限を切り分けて確認することです。
この記事では、高次脳機能障害と法律上の判断能力の関係、家族が示談できる場合とできない場合、申立ての流れと神戸家庭裁判所へ提出する資料、賠償金の管理と報告を順に整理します。事案により結論は変わりますので、資料を確認したうえで判断すべき点もあわせて示します。
示談書や委任状への署名を求められている方へ
署名を求められている書面が本人名義か家族名義かによって、必要となる権限は変わります。署名や振込の前であれば、必要な権限と手続の順序を整理できます。神戸みらい法律会計事務所では、交通事故の賠償と成年後見等が交差する場面についてご相談を受け付けています。
高次脳機能障害と成年後見で最初に確認したい結論
制度の説明に入る前に、判断の順序を整理します。次の五点を押さえると、今どの段階にいるのかが分かりやすくなります。
- 高次脳機能障害の診断名や後遺障害等級だけで、成年後見等の要否や類型は決まりません。
- 家族であるだけでは法定代理人にならず、示談、委任、賠償金の受領を当然には行えません。
- 必要な権限は、示談、委任、訴訟、請求、受領といった行為ごとに分けて考えます。
- 申立てをしただけでは代理権は生じません。誰が選任され、どの権限が付与されたかを確認して初めて行動できます。
- 受け取った賠償金は本人固有の財産であり、本人名義で分別管理し、家庭裁判所へ報告することが前提です。
確認を省いたまま署名や振込を済ませると、示談の効力や賠償金の使途について、後から説明を求められる場面が生じます。
高次脳機能障害の診断と法律上の判断能力は同じではありません
診断、等級、手帳、判断能力はそれぞれ別の基準です
高次脳機能障害という言葉は、医療、賠償、福祉、法律のいずれの場面でも使われますが、判断の基準は同じではありません。混同すると、必要のない手続を急いだり、必要な手続を見落としたりする原因になります。
| 判断の場面 | 判断する主体 | 判断の対象 |
|---|---|---|
| 医学的な診断 | 医師 | 脳の器質的病変に起因する記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害等の有無と程度 |
| 自賠責保険の後遺障害等級 | 損害保険料率算出機構の調査事務所等 | 意識障害の推移、画像所見、日常生活状況を踏まえた等級該当性 |
| 障害者手帳、障害年金、福祉サービス | 都道府県、市区町村、年金の実施機関 | 各制度が定める認定基準への該当性 |
| 法律上の判断能力 | 本人の相手方、公証人、家庭裁判所など | 個別の法律行為について、その意味と結果を理解して判断できるか |
等級そのものの検討は、高次脳機能障害の検査と記録に関する記事や家族の記録と日常生活状況報告に関する記事で扱っています。
「署名できない」ことと「意思能力がない」ことは別です
意思能力とは、自分がしようとしている行為の意味と結果を理解し、判断できる能力をいいます。民法第3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかった場合、その法律行為は無効になると定めています。
意思能力の有無は、行為ごと、時点ごとに判断されます。日用品の購入はできても、数千万円の示談内容を理解して判断することは難しい、ということは十分にあり得ます。また、麻痺のために署名できないことや、失語のために言葉で意思を伝えにくいことは、意思能力がないことと同じではありません。
高次脳機能障害では、状態が変動することや、場面によって理解の程度が異なることもあります。本人の意思や希望を確認することを省略せず、どのような支援があれば本人が自分で判断できるのかという視点から検討することが出発点になります。
高次脳機能障害者支援法上の定義と、民法上の判断能力
高次脳機能障害者支援法(令和7年法律第96号)は、2025年(令和7年)12月24日に公布され、2026年(令和8年)4月1日から施行されています。同法は、脳の器質的病変に起因する記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知機能障害を高次脳機能障害と定義し、本人の意思を尊重した支援や相談体制の整備を定めています。
もっとも、これは支援施策の対象を画するための定義であり、民法上の意思能力の有無や法定後見の開始要件とは別の基準です。同法の対象になることが、そのまま成年後見等の必要性を意味するわけではありません。生活面の支援は同法や障害福祉サービスで、法律行為の代理や同意は民法の制度で検討します。
家族は本人に代わって示談できるのか
家族であるだけでは法定代理人になりません
成人した本人について、配偶者、親、子であるというだけでは、本人の法定代理人にはなりません。家族が自分の名前で示談書に署名しても、それによって本人と保険会社との示談が当然に成立するわけではありません。実務上「ご家族の署名で結構です」と案内されることもありますが、後日その効力が争われる場面を想定し、権限の根拠を確認しておく必要があります。
行為ごとに必要な権限は異なります
交通事故の解決までには複数の法律行為が含まれ、それぞれ必要な権限が異なります。まとめて考えないことが大切です。
| 場面 | 必要となる主な権限 | 確認すること |
|---|---|---|
| 保険会社との示談 | 本人を代理して和解をする権限 | 成年後見人には財産に関する法律行為の代表権があります。保佐人・補助人は、代理権付与の審判の目録に和解が含まれているか。 |
| 弁護士への委任 | 委任契約を締結する権限 | 委任契約書の当事者名義と、代理権の根拠となる審判の内容 |
| 訴訟の提起・追行 | 訴訟行為をする権限 | 被保佐人が自ら訴訟行為をするには保佐人の同意が必要です(民法第13条第1項第4号)。 |
| 自賠責保険への被害者請求 | 請求し、保険金を受領する権限 | 請求書の署名者、振込先口座の名義 |
| 賠償金の受領と管理 | 受領し、本人の財産として管理する権限 | 本人名義の口座か、財産目録に反映できるか |
判断能力が保たれていた時期の委任状がある場合
本人が意思能力を有していた時点で有効に代理権を授与していた場合は、その代理権に基づいて手続を進められることがあります。ただし、作成の時点、対象となる行為、権限の範囲、現在も存続しているかを個別に確認する必要があります。示談や訴訟のように重い行為が委任の対象に含まれているかは、書面の文言により判断が分かれます。任意後見契約がある場合は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて効力が生じます。契約書があるだけでは代理権は発生しませんので、登記の有無と監督人選任の要否を確認してください。
無効と取消しは別の制度です
意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効です(民法第3条の2)。これに対し、後見開始の審判を受けた成年被後見人の法律行為は、日用品の購入その他日常生活に関する行為を除き、取り消すことができるとされています(民法第9条)。無効は当初から効力がないこと、取消しは取り消して初めて効力がなくなることを指し、主張する側や証明すべき事柄が異なります。
成年後見等の利用が必要になる場合と、別の方法で足りる場合
成年後見等は本人の権利を守る制度である一方、開始すると本人の行為能力や財産管理のあり方に影響が及びます。まず検討すべきは次の三点です。
- いま必要な法律行為は何か。示談だけか、預貯金の管理や不動産の処分も必要か。
- その行為について、本人が支援を受けながら自分で判断できるか。
- 判断できない場合、必要な期間と範囲はどの程度か。
示談金額が小さく、本人が内容を理解して判断できるのであれば、制度を利用せずに本人が自ら示談することもあり得ます。他方、まとまった賠償金を受領し、長期にわたって管理と支出が続く場合には、法定後見等の利用を検討することになります。
なお、任意後見契約、財産管理委任契約、いわゆる家族信託は、いずれも本人が契約を締結する能力を有していることが前提です。判断能力が既に低下した後に、法定後見の代わりとして簡単に設定できるものではありません。事故後に検討する場合は、契約締結時点の本人の状態と、内容が目的に見合っているかを慎重に確認してください。
制度を使うべきか迷っている段階でも整理できます
診断書、保険会社からの通知、示談案などの資料を確認することで、いま何が必要で、何は不要かを整理できます。
後見・保佐・補助の違いと、示談に必要な権限
現行の法定後見は、本人の判断能力の程度に応じて後見、保佐、補助の三つの類型に分かれ、示談を代理できるかどうかも類型によって異なります。
| 類型 | 対象となる本人の状態 | 同意権・取消権 | 代理権 | 本人の同意 |
|---|---|---|---|---|
| 後見 | 事理を弁識する能力を欠く常況(民法第7条) | 日用品の購入その他日常生活に関する行為を除き、本人の法律行為を取り消せます(民法第9条)。 | 財産に関する法律行為について本人を代表します(民法第859条第1項)。 | 後見開始の審判の要件とはされていません。 |
| 保佐 | 事理を弁識する能力が著しく不十分(民法第11条) | 民法第13条第1項が定める重要な財産行為等について同意権と取消権があり、審判により範囲を広げられます。 | 当然には有しません。特定の法律行為について代理権付与の審判が必要です(民法第876条の4)。 | 代理権付与を本人以外が請求する場合に必要です(民法第876条の4第2項)。 |
| 補助 | 事理を弁識する能力が不十分(民法第15条第1項) | 当然には有しません。民法第13条第1項の行為の一部について同意権付与の審判が必要です(民法第17条)。 | 当然には有しません。特定の法律行為について代理権付与の審判が必要です(民法第876条の9)。 | 本人以外の請求による補助開始に必要です(民法第15条第2項)。 |
保佐と補助では代理権が当然には認められません。示談を代理する必要がある場合には、代理行為目録に和解や損害賠償請求に関する事項が含まれるよう、申立ての段階で内容を組み立てておく必要があります。目録の記載が不足していると、審判後に改めて申立てが必要になります。
成年後見人が本人を代理して示談する場合について、家庭裁判所の許可が常に必要である、あるいは一切不要である、という一律の説明は正確ではありません。財産に関する法律行為の代表権が認められる一方で、居住用不動産の処分のように法律で許可が必要な行為があり(民法第859条の3)、金額が大きい場合などには事前相談が実務上求められる場面もあります。家庭裁判所の指示と選任時の説明を確認してください。
2026年に公布された改正法と、施行前後の注意点
この記事は現行制度を前提としています
成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は、2026年(令和8年)6月24日に公布されました。成年後見に関する部分は、公布の日から起算して2年6か月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるものとされており、この記事の調査時点である2026年8月27日の時点では、施行日を定める政令は確認できていません。
そのため、この記事の説明は現行の後見・保佐・補助の三類型を前提としています。法務省の資料では、改正後は後見と保佐を廃止して補助に一元化することなどが示されていますが、施行前に新しい制度を前提として手続を進めることはできません。申立てを検討される時期には、法務省と裁判所の最新の案内で施行状況を確認してください。
申立てから賠償金の受領までの流れ
申立ての準備と交通事故の手続は並行して進めます
「症状固定まで申立てを待つべきか」「後遺障害等級が決まってからでないと申し立てられないのか」という質問をいただきますが、そのような決まりはありません。後遺障害の申請、損害資料の収集、示談交渉の準備と、申立ての準備は並行して進められます。どちらを先に進めるかは、示談交渉の状況、期間制限、本人の生活上の必要から判断します。
申立てをしても期間制限が当然に止まるわけではありません
人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から五年間行使しないときに、時効によって消滅するとされています(民法第724条、第724条の2)。自賠責保険の被害者請求権については、自動車損害賠償保障法第19条に別の定めがあります。
成年後見等の申立てをしたことによって、これらの期間が当然に止まるわけではありません。民法第158条は、時効期間の満了前六か月以内に成年被後見人に法定代理人がないときの完成猶予を定めていますが、適用される場面は限られます。申立ての準備と並行して、時効の管理を行う必要があります。
| 段階 | 主な内容 | あわせて確認すること |
|---|---|---|
| 事前の整理 | 本人の状態、必要な法律行為、必要な権限を整理します。 | 示談交渉の状況、期間制限 |
| 資料の収集 | 診断書、本人情報シート、戸籍、財産と収支の資料をそろえます。 | 主治医へ依頼する時期 |
| 申立て | 本人の住所地を管轄する家庭裁判所へ申立書と資料を提出します。 | 本人の生活の本拠、本庁と支部・出張所の別 |
| 調査・面接 | 家庭裁判所による調査、本人や候補者との面接、親族への意向照会が行われます。 | 利益相反の有無 |
| 鑑定 | 本人の判断能力について、必要と判断された場合に行われます。 | 鑑定費用の負担、要する期間 |
| 審判・確定・登記 | 審判が告知され、即時抗告の期間が経過して確定し、後見登記がされます。 | 登記事項証明書の取得時期 |
| 権限の確認 | 誰が選任され、どの範囲の権限が付与されたかを確認します。 | 代理行為目録、同意行為目録、監督人の有無 |
| 示談・受領 | 付与された権限の範囲内で示談し、受領します。 | 示談書の当事者表示、受領口座の名義 |
| 報告 | 家庭裁判所へ初回報告を行い、その後は定期報告を続けます。 | 選任通知や指示に記載された時期と書式 |
報告の時期や書式は、家庭裁判所ごとの運用と選任時の指示によって異なります。一般的な説明よりも、選任通知に同封される案内と、裁判所が公開している最新の手引を優先してください。
神戸家庭裁判所へ申し立てる前に準備する資料
申立先と申立人
後見開始の審判事件は、成年被後見人となるべき方の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属します(家事事件手続法第117条第1項)。神戸家庭裁判所は、申立先について「御本人の住民票上の住所ではなく、御本人の生活の本拠地が住所地となります」と案内しています。入院先や施設が住民票上の住所と異なる場合は、どこが生活の本拠かを確認してください。
また、同裁判所のページには、掲載内容は主に本庁での取扱いであり、各支部・出張所では手続の流れが異なることもあるため、管轄を確認したうえで申し立てる支部・出張所へ問い合わせるように、との案内があります。神戸市内にお住まいでも提出先の選択肢は生活の本拠により変わり得ますので、一律に判断せず確認してください。管轄の考え方は神戸の裁判所の管轄を整理した記事もご覧ください。
申立てをすることができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官などです(民法第7条、第11条、第15条第1項)。市区町村長による申立ては、老人福祉法第32条のように福祉関係法令に定めがあり、対象や要件が限られています。市区町村長が常に申し立てられるわけではありませんので、利用を検討する場合は市区町村の担当窓口に確認してください。
そろえる資料
神戸家庭裁判所は、申立てに用いる書式と説明書をまとめた申立セットを公開しています。おおむね次の資料が必要です。
- 申立書、申立事情説明書、親族関係図、親族の意見に関する書面
- 後見人等候補者の事情説明書、候補者の住民票または戸籍の附票
- 本人の戸籍謄本、住民票または戸籍の附票
- 本人の診断書、本人情報シートの写し、鑑定に関する照会への回答
- 介護保険の認定資料や障害者手帳など健康状態に関する資料
- 成年被後見人等の登記がされていないことの証明書
- 財産目録、収支予定表と、預貯金、不動産、保険、有価証券、負債、年金、医療費等の裏付け資料
交通事故の被害者について申し立てる場合は、事故に関する資料を財産関係の説明に反映させます。すでに受領した仮渡金や内払金、自賠責保険金、今後受領が見込まれる賠償金、提示額、治療費の支払状況を整理しておくと、受領後の管理までの見通しが立てやすくなります。示談案そのものの確認は、交通事故の示談案で確認すべき項目をまとめた記事で扱っています。
費用
裁判所の案内によれば、後見開始の申立てには、申立手数料として収入印紙800円分、登記手数料として収入印紙2,600円分が必要とされています。保佐開始・補助開始で同意権の拡張や代理権の付与をあわせて求める場合は、内容に応じて申立手数料が加算されます。
連絡用の郵便切手は裁判所ごとに異なるため、神戸家庭裁判所が公開している最新の案内で額と内訳を確認してください。鑑定が必要とされた場合、その費用を申立人が負担することがあります。費用の額や納付方法は改定されることがありますので、申立ての直前に最新情報を確認することをおすすめします。
後見開始の申立てなど一定の申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができません(家事事件手続法第121条)。「とりあえず申し立てて、様子を見て取り下げればよい」という進め方はできませんので、申立ての前に必要性と範囲を整理しておく必要があります。
後見人等の選任と利益相反
希望した親族が必ず選任されるとは限りません
後見人等は家庭裁判所が職権で選任します(民法第843条第1項)。選任にあたっては、本人の心身の状態、生活および財産の状況、候補者の職業や経歴、本人との利害関係の有無、本人の意見その他一切の事情が考慮されます(同条第4項)。申立書に候補者を記載できますが、選任の保証ではありません。
まとまった賠償金があることをもって、直ちに親族が選任されない、あるいは必ず弁護士や司法書士などの第三者が選任される、といった一律の基準が公表されているわけではありません。複数の後見人や監督人が選任されることもあり、体制は事案の内容と家庭裁判所の判断によります。
事故の関係者や家族固有の請求との関係
ご家族が運転していた車に本人が同乗していて事故が起きた場合など、候補者自身が加害者側の立場にあることがあります。また、家族固有の慰謝料や付添費、立て替えた治療費の精算、賠償金の一部を家族に配分することなども、本人の利益と後見人等の利益が対立する場面になり得ます。
| 場面 | 問題となる点 | 検討する手当て |
|---|---|---|
| 後見人等が事故の運転者や車両の保有者である | 本人の賠償請求と後見人等自身の賠償責任が対立します。 | 選任前は申立時に申告し、選任後は家庭裁判所へ報告して、代理人の選任や監督人の関与の要否を確認します。 |
| 後見人等が自らの慰謝料や付添費を請求する | 同一の賠償原資について、本人の取り分と家族の取り分が対立します。 | 請求項目ごとに帰属を整理し、示談書で配分を明確にします。 |
| 後見人等が本人へ立替金の精算や貸付金の返済を求める | 本人の財産からの支出の必要性と相当性が問題になります。 | 領収書などの裏付けを整えたうえで、家庭裁判所へ相談します。 |
| 本人と後見人等が共同相続人となる遺産分割 | 民法第860条により準用される第826条の利益相反行為に当たり得ます。 | 後見では特別代理人、保佐では臨時保佐人、補助では臨時補助人の選任を家庭裁判所に請求します。監督人がある場合の取扱いは条文上異なります。 |
利益相反に当たるか、どの手当てが必要かは、類型、付与された権限、監督人の有無、行為の内容によって変わります。名称や要否を一律に決めつけず、家庭裁判所の運用を確認してください。本人が相続人となる場面は、判断能力が十分でない相続人と遺産分割に関する記事で扱っています。
賠償金を受領した後の管理、支出、報告
賠償金は本人固有の財産です
交通事故の賠償金は、本人が被った損害を回復するための、本人固有の財産です。家族共有の生活資金ではありませんし、将来の相続財産としてあらかじめ分けておける性質のものでもありません。将来の治療、介護、生活に必要な費用を賄うためのものですから、長期にわたって本人のために使えるよう管理します。
本人名義での分別管理と証憑の保存
後見人は本人の財産を管理し、その財産に関する法律行為について本人を代表します(民法第859条第1項)。その前提として、本人の財産と後見人自身や他の家族の財産とを明確に分けて管理する必要があります。
| 確認する項目 | 実務上の考え方 | 保存しておく資料 |
|---|---|---|
| 受領口座の名義 | 本人名義の口座で受領し、家族名義の口座と混ぜません。 | 通帳の写し、入出金明細 |
| 財産目録への反映 | 本人の財産として財産目録と収支の記録に反映します。 | 示談書、支払通知、振込記録 |
| 日常的な支出 | 本人の利益、必要性、相当性を説明できるようにします。 | 領収書、請求書、サービス利用契約書 |
| 多額または例外的な支出 | 住宅改修、施設入所一時金、福祉車両の購入などは、事前に家庭裁判所へ相談すべき場合があります。 | 見積書、契約書案、事前相談の記録 |
| 居住用不動産の処分 | 売却、賃貸、賃貸借の解除、抵当権の設定などには家庭裁判所の許可が必要です(民法第859条の3)。 | 許可の申立書、不動産の資料 |
| 親族への支出 | 生活費の援助、贈与、貸付け、家族名義口座への移動は本人の利益との関係が問われます。元本が減るおそれのある投機的な運用も想定されていません。 | 使途の記録、必要性を示す資料 |
家庭裁判所への報告と後見人等の報酬
裁判所は、後見人等に選任された方に、初回報告、定期報告、終了報告という区分で報告を求めています。まとまった賠償金を受領したときは、定期報告の時期を待たずに家庭裁判所へ連絡すべき場合がありますので、選任時の指示を確認してください。
後見人等の報酬は、家庭裁判所が本人と後見人の資力その他の事情を考慮して、本人の財産の中から相当な報酬を与えることができるとされています(民法第862条)。報酬付与の審判を経ずに、後見人等が賠償金から自分で報酬を差し引くことはできません。親族が後見人になった場合も、報酬を受け取るには申立てが必要です。
後見制度支援信託・後見制度支援預貯金
後見制度支援信託は、日常的な支払に必要十分な金銭を後見人が預貯金等で管理し、通常使用しない金銭を信託銀行等に信託する仕組みです。最高裁判所のリーフレットでは、成年後見と未成年後見で利用でき、保佐、補助、任意後見では利用できないとされています。信託財産の払戻しや解約には、あらかじめ家庭裁判所が発行する指示書が必要とされています。
後見制度支援預貯金は、通常使用しない金銭を金融機関が特別な預貯金として管理する仕組みとして裁判所の案内で説明されています。いずれも、一定額以上の財産があれば必ず利用する、という基準が公表されているわけではありません。取扱金融機関や手続の詳細は変わりますので、最新の資料と家庭裁判所の指示を確認してください。
役割の違いを混同しないこと
示談交渉を担当する弁護士、法定代理人である後見人等、介護を担うご家族、金融機関、家庭裁判所は、それぞれ役割が異なります。なお、後見人等に医療行為へ同意する一般的な権限があるとはされていませんし、後見人等が自ら身体介護を行うことも職務の内容ではありません。誰がどこまで決められるのかを整理しておくと、手続の停滞や行き違いを避けやすくなります。
後見関係の費用を交通事故の損害として請求できるか
申立費用、鑑定費用、第三者が選任された場合の報酬、将来にわたる後見人等の報酬について、加害者側に賠償を請求できるかという問題があります。この点は、事故と制度利用との相当因果関係、制度を利用する必要性、費用の相当性、将来分の期間と算定方法といった観点から、個別に判断されます。
「全額請求できる」「保険会社が必ず負担する」といった説明はできません。反対に、およそ請求できないというものでもありません。事故の態様、本人の状態、制度利用に至った経緯、費用の裏付け資料を確認したうえで、裁判実務上参照される基準を前提に、請求の可否と範囲を検討します。なお、賠償金の税務上の取扱いはその性質や項目によって異なりますので、必要に応じて税理士にも確認してください。
よく問題になる場面
ご相談の中で繰り返し出てくるのは、次のような場面です。いずれも、その場で答えを出すよりも、何を確認すれば判断できるのかを押さえることが先になります。
| 場面 | 確認すること |
|---|---|
| 保険会社から示談書に家族の署名を求められた | 示談書の当事者が本人か家族自身か。本人が当事者であれば、家族が署名するには権限の根拠が必要です。署名を急がず、書面の写しを手元に置いて確認してください。 |
| 賠償金の振込先に家族名義の口座を指定するよう言われた | 本人名義の口座で受け取れるか。家族名義で受け取ると財産の区別がつきにくくなり、後日の使途の説明や報告で支障が生じます。 |
| 後見人の候補者が事故の当事者でもある | その事情を申立書に記載しているか。事情を伏せたまま選任されると、後から権限行使の効力や責任が問題になることがあります。 |
| 本人が一部の判断はできる | 後見ではなく保佐や補助が相当ではないか。類型は診断書や本人情報シートの記載を踏まえて判断されますので、本人の状態を具体的に伝えられる資料を用意してください。 |
| 示談が終わった後、本人が亡くなった | 法定後見は終了し、最終的な報告と管理財産の引渡しが必要になります。民法第873条の2は、相続人が相続財産を管理できるようになるまでの間に後見人ができる行為を限定しています。その後の財産の承継は相続の問題です。 |
示談前・申立て前・賠償金受領前のチェックリスト
示談や委任の前に確認すること
- 示談書や委任状の当事者が、本人と家族のどちらの名義になっているか
- 本人がその内容を理解して判断できる状態か、支援があれば判断できるか
- 本人が意思能力を有していた時期に作成した委任状や任意後見契約があるか
- 保険会社から示された提示額の内訳と、支払の期限が示されているか
- 後遺障害の申請、異議申立て、時効の管理が済んでいるか
申立ての前にそろえること
- 主治医に依頼する診断書と、福祉関係者に依頼する本人情報シート
- 本人の戸籍謄本、住民票または戸籍の附票、登記されていないことの証明書
- 預貯金通帳、不動産の登記事項証明書、保険証券、負債と収支が分かる資料
- これまでに受領した仮渡金、内払金、自賠責保険金の記録
- 候補者と本人との関係、事故との利害関係の有無を説明できる資料
賠償金を受け取る前に決めておくこと
- 受領する口座の名義と、日常の支払に使う口座との区分
- 受領後に予定している大きな支出と、その必要性を説明できる資料
- 家庭裁判所へ事前に相談すべき支出があるかどうか
- 領収書、請求書、契約書の保存方法と、報告の時期・書式
弁護士に相談するタイミング
次のような場面では、手続を進める前に一度整理しておくと、後戻りを避けやすくなります。
- 保険会社から示談書や同意書への署名を求められたとき
- 本人名義の預貯金の払戻しや保険金請求で、本人確認を求められたとき
- 成年後見等を利用すべきか、利用するとしてどの類型かを迷っているとき
- 候補者と事故との間に利害関係があるとき
- まとまった賠償金を受領する予定があり、受領後の管理方法を決めておきたいとき
相談によって結果が保証されるわけではありませんが、必要な代理権の範囲、申立てと交通事故の手続の順序、期間制限、利益相反の有無、受領後の管理方針を資料に基づいて検討でき、対応方針を整理しやすくなります。
よくある質問
- 高次脳機能障害と診断されたら、必ず成年後見制度を利用しなければなりませんか。
- そのような決まりはありません。制度の利用が必要かどうかは、診断名ではなく、本人の判断能力の程度と、これから行う法律行為の内容によって検討します。支援があれば本人が自分で判断できる場合もあります。
- 家族が本人に代わって示談書に署名しても大丈夫ですか。
- 家族であるというだけでは本人の法定代理人にはなりません。本人が当事者となる示談に家族が署名するには、代理権の根拠が必要です。署名の前に、当事者名義と権限の根拠を確認してください。
- 成年後見の申立てをすれば、希望した家族が後見人に選ばれますか。
- 後見人等は家庭裁判所が職権で選任します。申立書に候補者を記載できますが、選任の保証ではありません。本人の状態、財産の状況、候補者と本人との利害関係、本人の意見などが考慮されます。
- 症状固定や後遺障害等級の認定を待ってから申し立てるべきですか。
- 待たなければならないという決まりはありません。後遺障害の申請や損害資料の収集と、申立ての準備は並行して進められます。示談交渉の状況や期間制限を踏まえて順序を決めます。
- 受け取った賠償金を、家族の生活費に使ってもよいですか。
- 賠償金は本人固有の財産です。本人の医療、介護、生活のために使うことが前提であり、家族の生活費への充当や贈与、貸付けは、本人の利益との関係が問われます。判断に迷う支出は事前に家庭裁判所へ相談してください。
- 後見制度支援信託や支援預貯金は、必ず利用することになりますか。
- 一定額以上の財産があれば必ず利用する、という基準が公表されているわけではありません。後見制度支援信託は、裁判所の資料では成年後見と未成年後見で利用でき、保佐、補助、任意後見では利用できないとされています。利用の要否は事案ごとに検討されます。
- 示談と賠償金の受領が終われば、成年後見も終わりますか。
- 現行法では、示談や賠償金の受領が終わったというだけで終了するわけではありません。後見開始の原因が消滅したときに審判が取り消されるほか、本人が亡くなったときに終了します。後見人等の辞任にも、正当な事由と家庭裁判所の許可が必要です。
- 被害者が未成年の場合も、成年後見を利用するのですか。
- 成年後見は成人の方を対象とする制度です。未成年のお子さまは原則として親権者が法定代理人となりますので、扱いが異なります。親権者と子の利益が相反する場面など、別途の手当てが必要になることがあります。
まとめ
- 高次脳機能障害の診断や後遺障害等級だけで、成年後見等の要否や類型は決まりません。
- 家族というだけでは法定代理人にならず、示談、委任、請求、受領のそれぞれについて権限の根拠が必要です。
- 後見、保佐、補助で権限の範囲が異なり、保佐と補助では代理権付与の審判の内容が重要になります。
- 2026年に公布された改正法は、調査時点で施行日を定める政令が確認できていないため、現行制度を前提に検討します。
- 申立ては本人の生活の本拠を管轄する家庭裁判所へ行い、交通事故の手続と並行して進められます。
- 申立てによって時効が当然に止まるわけではないため、期間の管理を別に行う必要があります。
- 賠償金は本人名義で分別管理し、証憑を保存して家庭裁判所へ報告します。
- 候補者と事故との利害関係、家族固有の請求との関係は、申立ての段階から整理します。
次に取る行動は、示談書や委任状の当事者名義の確認、主治医への診断書作成の相談、本人名義の受領口座の用意、期間制限の確認です。判断に迷う点があれば、署名や振込の前にご相談ください。
神戸市須磨区・垂水区・西区・北区周辺で、ご家族の高次脳機能障害と賠償金の管理にお悩みの方へ
示談の前、申立ての前、賠償金を受け取る前であれば、必要な権限、手続の順序、期間制限、受領後の管理方針を資料に基づいて整理できます。神戸みらい法律会計事務所では、交通事故の賠償と成年後見等が交差する場面についてご相談を受け付けています。
遷延性意識障害の場合の後遺障害等級や将来介護費については植物状態と交通事故に関する記事を、逸失利益の考え方については高次脳機能障害の逸失利益に関する記事をご覧ください。関連記事は交通事故のコラム一覧と成年後見・家族信託のコラム一覧にまとめています。
監修者・執筆者
弁護士・公認会計士 藤井貴之
兵庫県弁護士会所属。神戸みらい法律会計事務所の代表弁護士・公認会計士として、交通事故、相続、企業法務、労働問題、損害賠償など、個人・法人双方の法律相談に対応しています。
詳細は、弁護士紹介ページをご確認ください。
この記事は、調査時点の法令および公的資料に基づく一般的な説明です。個別の事案の結論は、本人の状態、資料の内容、手続の進行状況により異なります。

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