「亡くなった親の遺言書が見つかったが、作成した頃には認知症がかなり進んでいた」「公正証書遺言だが、特定の相続人に全財産を渡す内容で、作成の経緯にも不自然な点がある」「遺言書の筆跡が本人のものと違う気がする」。このような疑問を持ったときに検討するのが、遺言が無効であることの確認を求める手続(遺言無効確認の調停・訴訟)です。
先に結論の方向性をお伝えすると、認知症と診断されていたからといって遺言が直ちに無効になるわけではなく、公正証書遺言だから争えないわけでもありません。遺言を作成した時点の判断能力、方式、作成の経緯を、医療記録などの資料に基づいて検討して初めて見通しが立ちます。また、遺言の有効性を争っている間も、遺留分侵害額請求(1年)などの期限は別に進むため、切り分けた管理が必要です。
この記事では、遺言が無効となり得る原因、検認など他の手続との違い、調停と訴訟の使い分け、誰を相手にどの裁判所で争うか、遺言能力の考え方、証拠の集め方、手続の流れ、並行して進む期限への対応を、相続に詳しくない方にも分かるよう整理します。
遺言の有効性は、遺言書の種類や内容、作成時の資料によって結論が変わりやすい分野です。神戸みらい法律会計事務所では、遺言書や医療・介護記録などの資料を確認したうえで、争点・手続選択・並行する期限の整理をお手伝いしています。相手方への回答や書面への署名の前に、一度ご相談いただくことをおすすめします。
まず結論:遺言の無効を争う前に整理したい5つのこと
遺言の無効を争うかどうかを検討する際は、はじめに次の5点を整理すると、その後の手続選択と証拠収集がスムーズになります。
| 確認事項 | 主な内容 |
|---|---|
| 1 遺言書の種類と原本 | 自筆証書か、公正証書か、法務局保管制度の利用があるか。原本がどこにあるか、写しを確保できているか。 |
| 2 検認の要否・状況 | 自筆証書遺言(保管制度を利用していないもの)は家庭裁判所の検認が必要。検認の通知が来ているか、済んでいるか。 |
| 3 執行の状況 | 遺言に基づく不動産の登記や預貯金の払戻しが既にされていないか。遺言執行者が選任されていないか。 |
| 4 関係者の整理 | 相続人の範囲、遺言で財産を取得する人(受遺者等)、遺言執行者。戸籍と相続関係図で確認する。 |
| 5 別に進む期限 | 遺留分侵害額請求(1年)、相続放棄(3か月)、相続税の申告(10か月)、相続登記(3年)など。遺言の有効性を争っても当然には止まらない。 |
最初にすべきことは資料の保全です。遺言書の原本や写し、医療・介護の記録、作成経緯の分かる資料は、時間の経過とともに失われやすいものです。遺言書の原本を相手方に渡したり、資料に書き込みをしたり、録音データを編集したりすることは避けてください。
遺言無効確認請求とは:検認や遺産分割との違い
遺言無効確認請求とは、遺言が、遺言能力の欠如や方式違反などの理由により効力を持たないことを、裁判所の手続を通じて確定させるための請求です。遺言が無効であれば、その遺言による財産の取得はなかったことになり、原則として法定相続を前提に遺産分割を行うことになります。
相続の場面では似た名前の手続が多く、混同しやすいため、それぞれの役割を整理します。
| 手続 | 目的 | 遺言の有効・無効の判断 |
|---|---|---|
| 遺言書の検認(家庭裁判所) | 相続人に遺言書の存在と内容を知らせ、検認日現在の遺言書の状態(形状・訂正・日付・署名など)を記録して、偽造・変造を防ぐ手続。 | 判断しない(裁判所の案内にも、有効・無効を判断する手続ではないと明記されています)。 |
| 遺言無効確認の調停・訴訟 | 遺言が無効であることを、当事者間の合意(調停)又は判決(訴訟)で確定させる。 | 判断する(本記事のテーマ)。 |
| 遺産分割調停・審判(家庭裁判所) | 相続財産の分け方を決める。 | 原則として判断しない。遺言の有効性に争いがあると、その解決が先行することが多い。 |
| 遺留分侵害額請求 | 遺言が有効であることを前提に、最低限の取り分(遺留分)に相当する金銭の支払を求める。 | 判断しない(有効を前提とする制度)。 |
検認を受けたこと、法務局の保管制度を利用していたこと、公正証書で作成されたことは、いずれも「遺言が有効と確認された」ことを意味しません。法務局の保管制度についても、法務省は、保管された遺言書の有効性を保証するものではないと案内しています。
遺言が無効となり得る主な原因
遺言の効力を争う場合、複数の原因を並行して主張することが少なくありません。原因ごとに、主張すべき事実と証拠が異なるため、切り分けて検討することが重要です。
| 類型 | 内容と主な根拠 | 主な証拠 |
|---|---|---|
| 遺言能力の欠如 | 遺言をする時に、その内容と結果を理解・判断する能力を欠いていた場合(民法963条。意思能力を欠く法律行為を無効とする民法3条の2も参照)。認知症の進行などが典型。 | 診療録、看護・介護記録、認知機能検査の結果、作成経緯の資料、関係者の供述など。 |
| 方式違反(自筆証書遺言) | 全文・日付・氏名の自書と押印が必要(民法968条1項)。相続財産の目録は自書不要だが毎葉に署名押印が必要(同条2項)。訂正には法定の方式がある(同条3項)。 | 遺言書そのもの(原本の体裁・訂正状況)、検認調書など。 |
| 方式違反(公正証書遺言) | 証人2人以上の立会いの下、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人法の定める手続により作成される(民法969条)。立会いや遺言者の意思確認の実質が問題となることがある。 | 公正証書の正本・謄本、作成時の状況に関する資料、公証人・証人・同席者の説明など。 |
| 偽造・変造(真正な成立の争い) | 遺言書が本人の意思で作成されたものでない場合。自筆証書では自書性(本人の筆跡か)が中心的な争点になる。 | 筆跡の比較資料(本人の手書き文書)、遺言書の発見・保管状況、本人の自書能力に関する資料など。 |
| 錯誤・詐欺・強迫 | 重要な錯誤に基づく意思表示や、詐欺・強迫による意思表示は、取り消すことができる(民法95条・96条)。現行法では錯誤の効果は「無効」ではなく「取消し」であり、誰がどのように取消権を行使するかの検討が必要。 | 作成経緯の資料、本人の認識を示す日記・手紙・録音、関係者の供述など。 |
| 公序良俗違反など | 内容や作成経緯が社会的相当性を著しく欠く場合に、民法90条により無効とされることがある。 | 遺言内容、作成経緯、関与者の立場・利害に関する資料など。 |
なお、遺言の「撤回」(後の遺言や抵触する行為により前の遺言が効力を失う場合。民法1022条以下)、遺言の解釈(文言の意味の争い)、受遺者が遺言者より先に死亡した場合の失効などは、作成時から無効であることとは別の問題です。実際の相談では、これらを併せて検討し、どの主張を立てるかを選択します。また、15歳未満の者は遺言をすることができません(民法961条)。
公正証書遺言の作成手続は、令和7年10月1日施行の改正により、ウェブ会議の利用や電子データによる作成が可能になるなど変わっています(法務省の案内による)。作成時期によって適用される方式が異なり得るため、遺言の作成日と当時の法令を確認する必要があります。
調停と訴訟:どちらで、どう進めるか
遺言の効力を巡る紛争は「家庭に関する事件」として家事調停の対象とされており、訴えを起こす前に、まず家庭裁判所に調停を申し立てるのが原則です(調停前置。家事事件手続法244条・257条1項)。実務では「遺産に関する紛争調整調停」などの調停手続が利用されます。調停を経ずに訴えを提起した場合、訴えが直ちに不適法となるわけではありませんが、裁判所は原則として事件を調停に付します。ただし、裁判所が調停に適さないと認めるときは、そのまま訴訟の審理が進められます(同法257条2項)。
| 項目 | 家事調停(遺産に関する紛争調整調停など) | 遺言無効確認訴訟 |
|---|---|---|
| 申立先・提起先 | 相手方の住所地を管轄する家庭裁判所、又は当事者が合意で定める家庭裁判所(家事事件手続法245条1項)。 | 原則として被告の住所地(民事訴訟法4条)。相続開始時の被相続人の普通裁判籍所在地の裁判所にも提起できる(同法5条14号)。 |
| 進め方 | 調停委員会を介した話合い。資料を示しながら合意による解決を目指す。 | 主張と証拠に基づく審理。争点整理、書証、証人尋問等を経て判断される。 |
| 解決の形 | 合意が成立し調書に記載されると、確定判決と同一の効力(家事事件手続法268条1項)。無効を前提とした遺産の分け方まで一体的に合意できる場合もある。 | 判決で遺言の有効・無効が確定する。審理の途中で和解により解決することもある。 |
| まとまらないとき | 調停は不成立として終了する(同法272条1項)。遺言無効の調停は、遺産分割調停と異なり、不成立でも自動的に審判へ移行しない。解決には訴訟の提起が必要。 | 判決に不服があれば上訴。 |
| 費用の枠組み | 収入印紙1200円分と連絡用の郵便切手(郵便切手の額は裁判所ごとに異なる。裁判所の案内による)。 | 訴額に応じた申立手数料。令和8年5月21日以降に提起する事件では、オンライン申立てが可能になり(弁護士等の訴訟代理人は義務化)、郵便費用は申立手数料に一本化され、手数料は原則として電子納付となった(裁判所の案内による)。 |
| 向いている場面 | 話合いの余地がある、遺産全体の解決まで見据えたい場合。 | 有効・無効の判断を裁判所の判決で確定させる必要がある場合、話合いでの解決が見込めない場合。 |
調停が不成立となった場合に、その旨の通知を受けた日から2週間以内に訴えを提起すると、調停申立ての時に訴えの提起があったものとみなされます(家事事件手続法272条3項)。ただし、これは訴え提起の時期に関する定めであり、遺留分侵害額請求など他の権利の期間がすべて調停申立時にさかのぼって守られるわけではありません。期限ごとの管理が必要です。
誰が、誰を相手に、どの裁判所で争うか
遺言は、遺言者の死亡の時から効力を生じ(民法985条1項)、遺言者は生前いつでも遺言を撤回できます。そのため、遺言者の生前に無効確認の裁判を起こすことは、原則として認められないと解されています。争えるのは相続開始後です。
相続開始後に原告となり得るのは、遺言が無効であれば法定相続などにより利益を受ける立場の相続人等です。相手方(被告)は、遺言によって財産を取得する相続人・受遺者などが基本となります。遺言執行者が選任されている場合には遺言執行者を相手方とする扱いがされることがあり、他方、遺贈による登記まで完了している場合には登記名義を得た受遺者を相手方として抹消登記を求めるべきとされることがあるなど、執行の段階により適切な相手方は変わり得ます。相続人全員を当事者にしなくても訴え自体は可能と解されていますが、判決の効力は原則として当事者の間にしか及ばないため、紛争を一回で解決するには、関係する相続人・受遺者をできる限り手続に関与させる工夫が必要です。誰を当事者とするかは、遺言の内容と執行状況を踏まえた個別の検討事項です。
訴額(訴訟の目的の価額)は、遺言の内容(対象財産の価額や相続分)に応じて算定されます。算定することができないとき、又は極めて困難であるときは訴額140万円超とみなされ(民事訴訟法8条2項)、地方裁判所に提起するのが通常です。手数料の算定上は、財産権上の請求でない請求や算定が極めて困難な請求について訴額を160万円とみなす定めがあります(民事訴訟費用等に関する法律4条2項)。具体的な手数料額は、提起の時期(令和8年5月21日改正の適用の有無)によっても異なるため、裁判所の手数料案内で確認してください。
既に遺言の執行が進み、不動産の登記や預貯金の払戻しが済んでいる場合には、無効の確認だけでは名義や金銭は戻りません。無効を前提として、登記の抹消(又は真正な登記名義の回復)や金銭の返還等を併せて請求することを検討します。財産の処分が差し迫っている場合には、処分禁止の仮処分などの保全手続の検討が必要になることもあります。どの請求を立てるかは事案により異なります。
認知症でも無効とは限らない:遺言能力の判断枠組み
遺言能力とは、遺言の内容とその結果を理解し判断できる能力のことで、遺言をする時に備わっている必要があります(民法963条)。判断の基準時はあくまで「遺言作成時」であり、その前後の診断や検査、後見開始などの資料は、作成時の状態を推認するための材料として位置付けられます。
裁判実務では、おおむね次の視点を組み合わせて判断されています。診断名や検査の点数といった一つの事情だけで結論が決まるわけではありません。
| 視点 | 主な着眼点 |
|---|---|
| 1 医学的な状態 | 疾患の種類(アルツハイマー型・血管性などの認知症、せん妄、失語症等)と重症度、経過、症状の変動の有無。一時的なせん妄と持続的な認知症の区別、中核症状と周辺症状の区別。 |
| 2 その遺言の難易 | 財産の種類・数、配分方法の複雑さ、負担や条件の有無、従前の遺言の変更かどうか。単純な内容ほど求められる理解力は低く、複雑な内容ほど高くなる。 |
| 3 内容の合理性・動機 | 従前の意向や生活状況(同居・介護・疎遠など)との整合性、その内容にする理由の有無。不公平に見えることだけで能力欠如とは判断されない。 |
| 4 作成の経緯・関与 | 誰が発案・依頼し、案文を準備したか。公証人や関与した弁護士等が本人と直接面談したか。財産を取得する側の同席・主導・面会制限などの事情。 |
HDS-R(改訂長谷川式)やMMSEは、認知機能のスクリーニング等を目的とする検査であり、遺言能力を直接判定する検査ではありません。合計点だけでなく、設問ごとの回答内容、実施時期と遺言日との間隔、体調・薬剤・聴覚や視覚の状態、本人の協力度も確認する必要があります。要介護度、認知症高齢者の日常生活自立度、成年後見用の診断書や後見開始の事実も、評価の目的や基準時が異なるため、そのまま遺言能力の結論には結び付きません。
公正証書遺言の場合も、公証人の面前で挨拶ができたことや、「はい」という返答があったことだけでは、作成時の判断能力の裏付けとして十分とはいえないと考えられています。逆に、本人が財産や配分の理由を自分の言葉で説明した、案文の誤りを自ら指摘したといった事情は、能力を裏付ける方向に働きます。公正証書遺言が遺言能力の欠如を理由に無効と判断された裁判例も存在しますので、「公正証書だから争えない」と諦める必要はありません。他方で、亡くなった後の鑑定(死後鑑定)は本人を直接診察できず、残された記録からの遡及的な評価となる限界があるため、記録の確保がいっそう重要になります。
証拠の集め方:7つの分類と時系列表
遺言能力や作成経緯を巡る争いでは、次の7分類で証拠を洗い出すと、漏れを防ぎやすくなります。
| 分類 | 具体例 |
|---|---|
| 1 医学的資料 | 診療録(カルテ)、看護記録、頭部画像、処方歴、認知機能検査の原票、診断書・意見書。 |
| 2 介護・生活資料 | 要介護認定の調査票、主治医意見書、施設・訪問介護の記録、ケアプラン、連絡帳・日誌。 |
| 3 遺言時の機能 | 財産・相続人・日時場所の認識の程度、日常の金銭管理の状況、具体的な受け答えのエピソード。 |
| 4 遺言内容 | 財産の数・種類、配分の複雑さ、条件・負担、遺言執行者の定め、従前の遺言との関係。 |
| 5 作成経緯 | 発案者・依頼者、案文の作成者、公証人・関与した弁護士等との面談状況、同席者、費用の負担者。 |
| 6 動機・人間関係 | 従前の発言、手紙・日記・メール、介護・同居・疎遠の経緯、財産についての普段の考え。 |
| 7 方式・真正・関与 | 遺言書の原本の体裁、筆跡の比較資料、印鑑・訂正の状況、録音録画、財産を取得する側の関与の痕跡。 |
集めた資料は、遺言日を基準にした時系列表に整理すると、主張との対応関係が明確になります。資料ごとに、作成日、遺言日との間隔、作成目的、作成者、その資料で示したい事実を一覧化します。
| 年月日 | 出来事・資料 | 遺言日との間隔 | 示したい事実(記載イメージ) |
|---|---|---|---|
| 遺言日の2か月前 | 認知機能検査の実施(検査原票) | マイナス2か月 | 検査の時期・方法と、遺言作成時の状態との関係。 |
| 遺言日の1週間前 | 介護記録の記載 | マイナス1週間 | 直近の生活状況・意思疎通の程度。 |
| 遺言日 | 公正証書の作成(同席者のメモ等) | 当日 | 作成時のやり取り・本人の説明の具体性。 |
医療・介護記録の取得方法としては、遺族による診療記録等の開示請求(医療機関・施設の手続)、弁護士に依頼した場合の弁護士会照会(弁護士法23条の2)、調停・訴訟における文書送付嘱託・調査嘱託・文書提出命令、提訴前の証拠収集の手続などがあります。ただし、いずれの方法にも要件があり、相手方(医療機関等)の対応や記録の保存期間の関係で、常にすべての記録が得られるとは限りません。診療録などには法令上の保存期間があり、期間経過後は廃棄されている可能性があるため、早めに手当てすることが重要です。
録音・録画は、原データのまま日時情報を含めて保存し、編集や切り抜きはしないでください。加工の跡は証拠価値を大きく損ないます。筆跡についても、鑑定だけで決着することは多くなく、本人の手書き文書(署名、手紙、届出書類など)をできるだけ多く確保しておくことが出発点になります。
どの記録から確保すべきか、開示請求をどの順序で行うかは、遺言書の種類や想定される争点によって変わります。手元に遺言書の写しと、分かる範囲の経過メモがあれば、証拠収集の方針と争点の見立てをご相談いただけます。
手続の流れ:相談から解決までの標準的なステップ
事案により順序は前後しますが、標準的には次のように進みます。すべての事件が同じ経過をたどるわけではありません。
- 資料の整理と相談。遺言書の写し、戸籍・相続関係、財産資料、医療・介護資料の有無を確認し、無効原因の見立てと手続選択(交渉・調停・訴訟)、並行する期限を整理します。
- 検認(必要な場合)。保管制度を利用していない自筆証書遺言等は、家庭裁判所の検認を受けます(申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所。収入印紙は遺言書1通につき800円分。裁判所の案内による)。検認は有効性の判断ではないため、検認に立ち会っても無効の主張は妨げられません。
- 証拠の収集・保全。開示請求や照会により医療・介護記録を集め、時系列表を作成します。
- 相手方への通知・交渉。無効を主張する根拠を示して協議することもあれば、証拠保全を優先して交渉を経ずに申立てへ進むこともあります。
- 家事調停の申立て(調停前置)。合意ができれば調停成立で解決します。
- 訴訟の提起。調停が不成立の場合や、調停に適さない事情がある場合には、地方裁判所等での訴訟により有効・無効の判断を求めます。
- 判決・和解。判決のほか、審理の途中で、遺産全体の分け方を含めた和解により解決することもあります。
- 解決後の手続。無効が確定すれば遺産分割協議・調停へ進み、執行済みの財産があれば登記の抹消や返還の実現を図ります。有効とされた場合には、遺留分侵害額請求などの検討に移ります。
よくある場面と考え方
以下は、実際の相談で多い状況を一般化した想定例であり、実在の事案や解決結果ではありません。結論は資料により変わります。
認知症だった親の自筆遺言書が、同居していた相続人から出てきた。診断名だけでは決まらないため、遺言日前後の診療録・介護記録と、遺言書の発見経緯・筆跡資料の確保から始めます。検認の通知が来たら、原本の状態を確認する機会にもなります。
公正証書遺言で、全財産を一人に相続させる内容になっていた。公正証書でも遺言能力を理由に無効と判断された裁判例はあります。作成を誰が依頼したか、公証人と本人の面談状況、当時の医療・介護記録を確認します。あわせて、有効だった場合に備えて遺留分侵害額請求の期限(1年)を管理します。
筆跡が本人のものと違うように見える。本人の手書き資料を時期別に集めることが出発点です。あわせて、本人に自書できるだけの身体・認知機能があったか、誰が遺言書を保管・発見したかも重要な事情になります。
財産を取得する側が、遺言の作成を主導した形跡がある。依頼の経緯、案文の作成者、同席状況などの事情は、遺言能力の判断でも考慮され得るほか、事案によっては公序良俗違反等の主張の検討材料にもなります。
既に登記や払戻しが済んでいる。無効確認だけでなく、抹消登記や金銭の返還等の請求を組み合わせる必要があります。さらに処分が進む前に、保全の要否も含めて早めの検討が必要です。
自分が受遺者側で、無効を主張する調停・訴訟を起こされた。放置すると不利益な進行があり得ます。書面に記載された回答期限・期日を確認し、遺言作成時の資料(公証人とのやり取り、医療記録など)を早めに集めて反論の準備をします。受遺者側にとっても、作成時の記録は重要な裏付けになります。
遺言の有効性とは別に進む期限に注意
遺言無効確認の請求そのものには一律の期間制限は定められていないと解されていますが、次の期限は、遺言の有効性を争っていても別に進行し得ます。調停や訴訟を申し立てたことにより当然にすべて止まるわけではありません。
| 手続・権利 | 期間 | 主な根拠 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 遺留分侵害額請求 | 相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年(相続開始から10年で消滅) | 民法1048条 | 遺言の無効を主張していても期間は進行し得るため、有効とされた場合に備え、1年以内に予備的に請求の意思表示をしておくことを検討します(要否・方法は事案によります)。 |
| 相続放棄・限定承認 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月 | 民法915条1項 | 債務が多い可能性がある場合は特に注意。期間は家庭裁判所への請求により伸長できる場合があります。 |
| 相続税の申告・納付 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内 | 相続税法(国税庁タックスアンサーNo.4205) | 遺産の帰属に争いがあっても期限は延びないのが原則で、未分割の場合の申告方法があります。税理士等との連携が必要です。 |
| 相続登記の申請 | 不動産の取得を知った日から3年以内(令和6年4月1日より前の相続分は令和9年3月31日まで) | 不動産登記法(法務省Q&A) | 正当な理由のない申請漏れは10万円以下の過料の対象となり得ます。法務省は、遺言の有効性等が争われ帰属が定まらない場合を「正当な理由」の例として挙げています。相続人申告登記により義務を履行できる場合がありますが、権利の登記の代わりにはなりません。 |
| 特別受益・寄与分の主張(遺産分割) | 相続開始から10年経過後は原則主張不可 | 民法904条の3 | 10年経過前に家庭裁判所へ遺産分割請求をした場合などの例外があります。遺言無効の争いが長期化する見込みの事案では、遺産分割調停・審判の申立て時期も併せて検討します。改正法の経過措置の適用関係は個別に確認が必要です。 |
また、期間制限とは別に、時間の経過そのものが立証を難しくします。医療機関や施設の記録には保存期間があり、関係者の記憶も薄れ、財産が処分されることもあります。争うかどうか迷っている段階でも、資料の保全と期限の一覧化だけは早めに行うことをおすすめします。
手続前チェックリスト
相談・申立ての前に、次の資料と情報を可能な範囲で確認してください。揃っていなくても相談は可能です。
- 遺言書の原本の所在と写し(原本には書き込みをせず、封筒・付属物も一緒に保管する)
- 遺言書の種類(自筆・公正証書・保管制度の利用の有無)と検認の要否・状況(検認済みなら検認調書)
- 公正証書遺言の場合は正本・謄本(どの公証役場で作成されたか)
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、相続関係図
- 財産資料(不動産の登記事項証明書、預貯金通帳・取引履歴、有価証券、保険など)
- 遺言に基づく登記・払戻しなど執行の状況、遺言執行者の有無
- 医療資料(かかっていた医療機関の一覧、診療録・検査結果の開示請求の準備)
- 介護資料(要介護認定資料、施設・訪問介護の記録、ケアプラン、連絡帳)
- 遺言日前後の本人の様子が分かる資料(日記、手紙、メール、写真・動画、通話記録)
- 従前の遺言書・下書き・メモ、遺言についての本人の普段の発言
- 作成経緯に関する資料(誰が依頼したか、案文、関係者とのやり取り、費用の負担者)
- 筆跡の比較資料(遺言と近い時期の署名・手書き文書をできるだけ多く)
- 録音・録画データ(編集せず原データのまま保存)
- 相手方からの通知書・訴状・調停期日通知(回答期限・期日を控える)
- 期限の一覧(遺留分・相続放棄・相続税・相続登記など)
遺言書の原本を相手方へ渡す、資料に書き込みをする、データを編集する、といった行動は証拠価値を損なうおそれがあります。判断に迷う場合は、そのままの状態で保管して相談してください。
弁護士に相談するタイミング
相談に適した時期は、(1)遺言書を見つけた・内容を知った直後(検認や執行が進む前)、(2)相手方への回答・協議・書面への署名の前、(3)調停・訴訟を申し立てられた時(記載された回答期限・期日の確認が先決です)、(4)既に執行された後(請求の組み立てが必要になるため)です。
弁護士に相談することで、無効原因ごとの見通しの整理、相手方・管轄・請求内容の選択、医療・介護記録の収集方法、遺留分など並行する期限の管理、調停と訴訟の使い分けといった判断材料を整理できます。結論そのものは資料と個別事情によって変わるため、確定的な見通しを初回から示せるものではありませんが、何を確認すれば判断できるのかを明確にすることができます。
よくある質問
公正証書遺言でも無効を主張できますか。
できます。公正証書遺言は公証人が関与する信用性の高い方式ですが、遺言能力の欠如などを理由に無効と判断された裁判例もあります。作成時の判断能力、作成の経緯、医療・介護記録の内容を確認したうえで判断する必要があります。
認知症と診断されていれば遺言は無効になりますか。
診断名だけでは決まりません。問題は、遺言を作成した時点でその遺言の内容を理解・判断できたかどうかであり、症状の程度と経過、遺言内容の難しさ、作成の経緯などを総合して判断されます。資料の確認が必要です。
家庭裁判所の検認を受けた遺言書は、有効と認められたことになりますか。
なりません。検認は遺言書の状態を確認して偽造・変造を防ぐための手続であり、有効・無効を判断する手続ではないと裁判所も案内しています。有効性を争うには、調停・訴訟による必要があります。
調停をせずに、いきなり遺言無効確認の訴訟を起こせますか。
遺言の効力を巡る紛争は、訴え提起の前にまず家事調停を申し立てるのが原則です(調停前置)。調停を経ずに訴えた場合も訴えが直ちに不適法となるわけではありませんが、裁判所は原則として事件を調停に付します。調停に適さないと認められる事情があるときは、そのまま審理されることもあります。
誰を相手方にすればよいですか。
遺言により財産を取得する相続人や受遺者を相手方とするのが基本です。遺言執行者が選任されている場合や、登記・払戻しなど執行が済んでいる場合には、適切な相手方や請求の内容が変わり得るため、個別の確認が必要です。
遺言の無効を主張できる期限はありますか。
遺言無効確認の請求自体については、一律の期間制限は定められていないと解されています。ただし、時間の経過により証拠が失われるほか、遺留分侵害額請求(1年)や相続放棄(3か月)など別の権利の期間は進行するため、早めの対応が重要です。
既に遺言に基づいて登記や預貯金の払戻しがされています。もう争えませんか。
争えなくなるわけではありません。遺言が無効であれば、登記の抹消や金銭の返還等を求めることを検討します。もっとも、財産がさらに処分されると回復が難しくなるため、早期の相談と、必要に応じた保全の検討をおすすめします。
まとめ
- 遺言の有効・無効は、診断名・検査の点数・公正証書という形式だけでは決まらず、遺言作成時の能力・方式・作成経緯を資料に基づいて検討します。
- 検認は遺言の有効性を判断する手続ではありません。有効性を争うには調停・訴訟が必要で、原則としてまず家事調停を申し立てます(調停前置)。遺言無効の調停は、不成立でも審判へは移行しません。
- 相手方・管轄・請求の内容は、遺言の内容と執行状況によって変わります。執行済みの場合は抹消登記・返還請求等の組み合わせを検討します。
- 証拠は7つの分類(医学・介護・遺言時の機能・内容・経緯・動機・方式真正)で洗い出し、遺言日を基準にした時系列表に整理します。原本や録音データはそのままの状態で保全してください。
- 遺留分侵害額請求(1年)、相続放棄(3か月)、相続税(10か月)、相続登記(3年)、遺産分割での特別受益・寄与分の主張(10年)などの期限は、遺言の有効性の争いとは別に管理が必要です。
- 相手方への回答・署名・払戻しへの同意などの前に、資料を持って相談することで、争点・手続選択・期限を整理できます。
神戸みらい法律会計事務所では、遺言の有効性に疑問をお持ちの方、反対に遺言の有効性を争われている方のご相談に、相続分野を取り扱う弁護士が対応しています。遺言書の写しと分かる範囲の資料をお持ちいただければ、無効原因の見立て、証拠収集の方針、調停・訴訟の選択、並行する期限の管理について、対応方針を整理しやすくなります。
本記事は一般的な法情報の提供を目的とするものであり、個別の事件についての法的助言ではありません。遺言の有効性に関する結論は、遺言の内容、相続関係、執行状況、証拠関係などの個別事情により異なります。記載した制度・手続・費用は、2026年(令和8年)8月14日時点で確認した公的機関の公表情報に基づいています。最新の情報は各機関の案内でご確認ください。
参考資料(いずれも2026年8月14日確認)

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