交通事故のあと、治療やリハビリを経て歩けるようになったのに、手足のしびれ、力の入りにくさ、長く立っていられない、疲れやすい、トイレが近いといった症状が残る——。そうした状態でこのページにたどり着いた方は、少なくないと思います。医師から「不全脊髄損傷」「脊髄損傷の疑い」「神経症状」などと説明され、後遺障害になるのか、保険会社にどう伝えればよいのか、不安を抱えている方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、不全脊髄損傷で問題になりやすい点と、示談前・後遺障害申請前に確認しておきたい資料を、交通事故を取り扱う弁護士の視点で整理します。結論の方向性としては、「歩けること」と「後遺障害がないこと」は同じではありません。残っている症状と、それを裏づける医療記録・生活上の支障を、示談や申請の前に整理しておくことが大切です。なお、症状や障害の医学的な評価は、医師の診断と検査結果を前提とします。以下は一般的な整理であり、実際の見通しは事案により異なります。
歩ける状態でも、しびれ・脱力・排尿障害などが残っている場合には、示談の前に、医療記録や生活上の支障を整理しておくことが大切です。
歩けることと後遺障害がないことは、別問題です
不全脊髄損傷では、手足がまったく動かないわけではなく、歩ける方もいます。しかし、歩けることは「支障がない」ことを意味しません。まずは、確認しておきたいことを大きく四つに分けて整理します。
| 確認する分類 | 整理しておきたいこと |
|---|---|
| 症状 | しびれ・脱力・感覚障害・歩行の不安定さ・排尿排便の支障・疲れやすさなど、残っている症状を具体的に書き出す |
| 医療資料 | 診断書・後遺障害診断書・MRI/CT等の画像・神経学的検査・リハビリ記録・排尿排便に関する診療記録 |
| 生活・仕事・学校への影響 | 欠勤/遅刻/早退、配置転換や業務制限、通勤通学の困難、体育・実習の制限、トイレ配慮などの記録 |
| 示談前の確認 | 症状固定・後遺障害申請の要否、保険会社からの書面、示談案、弁護士費用特約の有無 |
不全脊髄損傷とは(完全損傷との違い)
完全損傷と不全損傷の違い
脊髄は、脳と全身をつなぐ神経の通り道です。交通事故などで脊髄が傷つくと、その部位から下の運動・感覚・自律神経の働きに影響が出ることがあります。一般に、損傷部位より下の運動・感覚機能が大きく失われる状態を「完全損傷」、機能の一部が残る状態を「不全損傷(不完全損傷)」と説明することが多いとされています。ただし、損傷の分類や程度の評価は、医師が画像や検査所見をもとに判断するものであり、呼び方や区分の細部は医療上の判断によります。
「軽度」と言われても支障が残ることがある
医学的に完全な麻痺ではない場合でも、しびれ・脱力・排尿障害などにより、生活・就労・通学に支障が残ることがあります。「軽度」と表現されることがあっても、生活上の支障まで軽いとは限らない点に注意が必要です。また、不全損傷の一類型として、骨折を伴わない態様(非骨傷性)で生じることがあるものも知られています。こうしたケースでは、初診時に見過ごされたり、通常の頚椎捻挫(むち打ち)と説明されたりして、必要な画像検査が行われないことがあるといわれています。
医学的な判断は医師の診断・検査が前提
実際にどの損傷にあたるか、どのような検査が必要かは、主治医の診断と検査結果を確認する必要があります。この記事は、法律上の損害賠償や後遺障害の立証という観点からの整理であり、医学的な診断に代わるものではありません。
歩けるのに残ることがある症状
不全脊髄損傷で残ることがある症状は、人によって異なります。すべての方に同じ症状が出るわけではありません。代表的なものと、後遺障害や損害の立証で確認したい資料を対応させて整理します。
| 残ることがある症状 | 確認したい医療・生活資料 |
|---|---|
| 手足のしびれ・感覚の鈍さ | 神経学的検査(知覚検査等)の結果、症状の部位・範囲・経過の記録 |
| 力の入りにくさ(脱力) | 徒手筋力検査(MMT)等の結果、日常動作での支障の記録 |
| 歩行の不安定さ・転倒不安 | 歩行の状態に関する所見、リハビリ記録、段差や転倒での困りごとメモ |
| 手指の使いにくさ | 細かい作業に関する所見、就労・家事での具体的な支障の記録 |
| 長時間の立位・座位の困難、疲れやすさ | 勤務時間・休憩の記録、早退・欠席の記録 |
| 排尿の支障(頻尿・残尿・尿失禁等) | 泌尿器科等の診療記録、排尿管理の記録 |
| 排便の支障 | 診療記録、排便管理の記録 |
| 痛み(疼痛) | 痛みの部位・強さ・頻度の記録、投薬内容 |
排尿・排便の支障は伝えにくいが、影響が大きい
とくに排尿・排便の支障は、生活への影響が大きい一方で、人に伝えにくい症状です。相談や記録をためらう方もいらっしゃいますが、後遺障害や損害の評価では見過ごせない要素になり得ます。診療の際に医師へ伝え、記録に残しておくことが大切です。
後遺障害で問題になる評価の視点
交通事故で残った症状が後遺障害として評価されるかどうかは、症状の訴えだけで決まるものではありません。一般に、画像所見(MRI・CT等)、神経学的所見(反射・筋力・知覚などの検査)、治療経過、症状の一貫性・継続性、そして日常生活・労働・学業への影響などが総合的に問題になります。
「歩けるかどうか」だけでなく、どの程度安全に歩けるのか、どのくらいの時間・距離を続けられるのか、仕事や学校でどのような制限が残るのかが重要です。脊髄に関する症状(神経系統の機能の障害)は、労災の認定基準に準じて評価されるのが一般的とされ、自賠責保険では、介護を要する後遺障害(施行令別表第一)と、それ以外の後遺障害(別表第二)に区分されています。どの区分・程度にあたるかは個別事情により大きく変わるため、具体的な等級や金額をこの段階で断定することはできません。医療記録を確認したうえで判断する必要があります。
後遺障害の申請には、症状固定(治療を続けても大きな改善が見込めない状態)の後に作成される後遺障害診断書が必要です。申請方法には、加害者側の任意保険会社を通じて行う事前認定と、被害者が自ら行う被害者請求があります。脊髄の症状については、通常の後遺障害診断書に加えて、脊髄の障害の状態に関する意見書や判定用の書式が作成されることがあります。
重要:画像や検査で客観的に裏づけられる所見があるか、症状に一貫性があるか、後遺障害診断書に症状と検査結果が具体的に記載されているかは、評価に影響し得ます。後遺障害診断書に記載のない事項は、評価の場面で考慮されにくいことがあります。作成の前に、残っている症状と資料を整理しておくことが大切です。
後遺障害申請を検討すべきか、どの資料を整えるべきかは、症状、画像所見、治療経過、職場・学校への影響によって変わります。資料を確認したうえで、対応の方針を整理できます。
外見上分かりにくい障害を、どう記録するか
不全脊髄損傷の難しさは、外から見て分かりにくいことにあります。歩けて、話せて、通勤や通学ができるように見えても、しびれ・脱力・疲れやすさ・排尿の支障などが残っていることがあります。その結果、保険会社・勤務先・学校・家族に症状が伝わりにくく、実際より軽く受け止められてしまうことがあります。
そこで、ご自身やご家族が実際に集められる形で、症状と支障を記録しておくことをおすすめします。たとえば、次のような記録が考えられます。
- 症状日誌:しびれ・脱力・痛み・疲労などの程度と、いつ・どの動作で困ったかの記録
- 家族によるメモ:介助が必要な場面、転倒しそうになった場面などの記録
- 仕事・学校への影響の記録:欠勤・遅刻・早退、業務や授業でできなくなったこと
- リハビリ記録:通院リハビリの経過や指導内容
- 排尿・排便管理の記録:回数、困りごと、対処の内容
これらは医学的な診断に代わるものではありませんが、症状の一貫性や生活への影響を具体的に示す手がかりになり得ます。医療記録とあわせて整理しておくと、後の検討がしやすくなります。
職場復帰・学業復帰で確認したいこと
復帰できたことと、後遺障害がないことは同じではありません。復帰後にも支障が残っている場合は、その内容を具体的に記録しておくことが大切です。たとえば、次のような点です。
- 業務内容の変更・配置転換、勤務時間の短縮、在宅勤務への切替え
- 通勤方法の変更、階段や長距離移動の困難、混雑時の負担
- トイレの回数や排尿管理の必要、休憩の必要
- 疲労による早退、集中の続きにくさ
- 学校での体育・実習・実験・部活動の制限、通学時の負担
神戸市内でも、地下鉄やバスでの通勤通学、乗り換えや階段の上り下り、坂道のある地域での移動など、日常の場面で負担を感じることがあります。外見からは分かりにくいだけに、こうした具体的な支障を記録しておくことが、症状を正確に伝える助けになります。なお、職場や学校での配慮の求め方など、労務・学校対応の詳細は、別途、個別の検討が必要です。
示談前・後遺障害申請前に確認したい資料
保険会社から示談案が届いても、症状が残っている段階で、あわてて署名する必要はありません。示談が成立すると、原則として、後から追加の請求を行うことが難しくなることがあります(具体的な効果は示談書の内容や事案により異なります)。署名・押印の前に、次の資料を確認しておくことをおすすめします。
- 診断書・後遺障害診断書
- MRI・CT等の画像、レントゲン(X線)
- 神経学的検査(反射・筋力・知覚等)の結果
- リハビリ記録・通院経過
- 排尿・排便に関する診療記録
- 勤務・給与に関する資料(欠勤、休業、配置転換、勤務時間の短縮、減収が分かるもの)
- 家事や育児にどのような支障が出ているかが分かる記録
- ご家族が行っている介助の内容・時間・頻度の記録
- 示談書案、損害計算書、これまでの支払明細
資料をそろえれば必ず等級が認定される、あるいは賠償が得られるというものではありません。もっとも、判断の分かれ目になる事実が資料として残っていない場合、後から補うことは容易ではありません。示談が成立した後に資料を追加しても、原則としてやり直すことはできません。
後遺障害診断書の作成前でも、認定結果を受け取った後でも、示談案が届いた段階でも、いまお手元にある資料で何が説明でき、何が足りないのかを整理することができます。署名・押印の前に一度ご確認ください。
弁護士への相談を検討したい場面
弁護士に相談しても、認定される等級や賠償額が保証されるわけではありません。もっとも、次の場面では、資料の過不足と検討すべき選択肢を早い段階で整理しやすくなります。
- 「歩けているのだから重い障害ではない」という趣旨の説明を受けている
- しびれ、脱力、手指の使いにくさ、排尿の支障が残っているのに、診断書に記載されるか不安がある
- 症状が改善している途中なのに、症状固定や治療費の対応終了を打診されている
- 認定結果が、医学資料や実際の生活上の支障と整合していないと感じている
- 復職や復学はできたものの、勤務時間や業務内容の変更が続いている
よくある質問
歩けるようになっても、後遺障害が認定されることはありますか。
あります。後遺障害の評価は、麻痺の範囲と程度、介護の要否、労務への影響を軸に行われ、歩行の可否だけで決まるものではありません。しびれ、脱力、手指の使いにくさ、排尿の支障などが残っている場合には、それぞれの所見と生活上の支障を記録しておく必要があります。結論は個別事情により異なります。
「不全損傷」「軽度」と言われました。後遺障害は残らないということですか。
そうとは限りません。完全損傷か不全損傷かという医学的な分類と、後遺障害としてどのように評価されるかは、別の枠組みです。「軽度」という説明は、あくまで医学的な重症度についてのものであり、生活や仕事にどのような支障が残っているかは、別に記録して伝える必要があります。
しびれや脱力は、どのように記録しておけばよいですか。
部位、程度、いつ強くなるか、どの動作ができなくなったかを、日付とともに具体的に残してください。ご自身の記録は医学的な所見の代わりにはなりませんが、診察時に医師へ正確に伝える手がかりになり、診療録の記載につながります。あわせて、神経学的検査(反射・筋力・知覚等)の結果が記録されているかを確認してください。
排尿・排便の支障は、医師に伝えにくいのですが、伝えるべきですか。
伝えておくことをおすすめします。ご本人が申告しなければ診療録に残らず、後から評価の対象にすることが難しくなります。頻度、量、失禁の有無、導尿や薬の使用状況などを整理して伝えてください。排尿・排便の障害の等級と必要な資料については、別の記事で詳しく扱っています。
MRIに明らかな異常がなければ、後遺障害は認められませんか。
認定基準は、麻痺の範囲及び程度について身体的所見及びMRI、CT等によって裏付けることができることを要するとしています。画像所見は重要な資料ですが、撮影時期や条件によって所見は変わり得ますし、神経学的所見や経過も判断材料になります。画像だけで結論が決まるものではありません。
職場に復帰できました。それでも損害として主張できますか。
復帰できたことと、支障が残っていないことは同じではありません。勤務時間の短縮、業務内容の変更、配置転換、通勤方法の変更、休憩の必要などが続いている場合は、その内容と時期を記録しておいてください。収入の変化があれば、給与明細や源泉徴収票などの資料もあわせて整理してください。
示談案が届きました。すぐに署名してよいですか。
症状が残っている段階で急いで署名する必要はありません。示談が成立すると、原則として後から追加の請求を行うことが難しくなることがあります(具体的な効果は示談書の内容や事案により異なります)。診断書、画像、検査結果、生活上の支障の記録がそろっているかを確認したうえで判断してください。
まとめ
- 歩けるようになったことと、後遺障害が残っていないことは、別の問題です。
- 完全損傷か不全損傷かという医学的な分類と、後遺障害としての評価の枠組みは異なります。「軽度」と説明されても、生活や仕事の支障は別に記録して伝える必要があります。
- しびれ、脱力、手指の使いにくさ、排尿・排便の支障は、外見からは分かりにくいため、ご本人とご家族の記録が重要になります。
- 復職・復学ができた場合でも、勤務時間や業務内容の変更が続いていれば、その内容と時期を記録してください。
- 次に行うことは、神経学的検査の結果と画像資料の確認、生活上の支障の記録の開始、そして後遺障害診断書の作成前の記載事項の確認です。
神戸みらい法律会計事務所では、初回相談を無料でお受けしています(事前のご予約をお願いしています)。交通事故の分野では、可能な範囲でお電話での無料相談にも対応しています。夜間・土日祝のご相談も、ご予約により承っています。オンラインでのご相談にも対応しています。
ご相談の際は、診断書、後遺障害診断書、画像診断報告書、神経学的検査の結果、認定結果の通知、示談の提示書面など、お手元にある資料をお持ちいただくと確認が進みやすくなります。神戸市須磨区・垂水区・西神・北神をはじめ、兵庫県内及び関西圏からのご相談に対応しています。
監修者・執筆者
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所
代表弁護士・公認会計士 藤井 貴之
兵庫県弁護士会所属/日本公認会計士協会兵庫会所属
参考資料
本記事は、不全脊髄損傷と後遺障害に関する一般的な解説です。医学的な診断、治療方針及び個別の回復の見通しは主治医の判断によります。実際の等級認定や賠償額は、事故態様、受傷内容、画像所見、神経学的所見、治療の経過、既往の有無、生活及び就労の状況、資料の内容などにより異なります。具体的な事案については、資料を確認したうえで弁護士にご相談ください。

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