役員が会社の資金を私的に使った疑いや、役員と関係のある会社へ不合理な送金・取引をしていた疑いがあるとき、最初にすべきことは本人を問い詰めることではありません。帳簿や口座の記録を適法な方法で保存し、誰が会社として調査や請求を依頼できるかを確認することです。そのうえで、会社が役員や送金先に請求する方法と、株主が会社のために責任を追及する手続を分けて考えます。支出が違法といえるか、会社の損害はいくらか、実際にどこから回収できるかは、それぞれ別に判断します。
本記事は、日本国内の一般的な株式会社を前提に、会社・新経営陣と、適法な権利行使を検討する株主に向けて、主に取締役・代表取締役の行為を説明します。役員や会社と資本関係・人的関係のある取引先を、便宜上「関連会社」と呼びます(会計基準上の関連会社に限りません。)。資料がそろうまで相談を待つ必要はなく、財産が移されるおそれがあるときや時効の完成が近いときは、調査と並行して保全や期限の管理を検討します。
本人を追及する前に証拠と依頼権限を確認する
会社の資金は、株主や代表者個人のものではなく、会社の財産です。会社と取締役の関係には委任の規定が適用され(会社法第330条)、取締役は法令・定款・株主総会の決議を守り、会社のため忠実に職務を行わなければなりません(同法第355条)。任務を怠って会社に損害を生じさせた取締役は、その損害を賠償する責任を負います(同法第423条第1項)。大株主や創業者である社長でも、会社の資金を自由に使えるわけではありません。
もっとも、使途の説明がない支出、仮払金の残高、赤字の継続、関連会社への送金があるというだけで、違法な流用と決まるわけではありません。本人に説明を求める前に、次の三つを同時に確認します。
- 保存:帳簿・口座・証憑などの原資料を適法に保存できているか
- 権限:誰が会社として依頼できるか、株主個人として動くのか
- 期限:時効や財産の移転など、調査の完了を待てない事情がないか
従業員を含む社内不正の初動対応や聞き取りの進め方は、社内不正が疑われるときの初動調査と証拠保全で説明しています。
元帳・口座・証憑を適法に保存する
保存の対象は、総勘定元帳などの会計データ、預金口座の明細、請求書・領収書などの証憑、契約書、稟議書や議事録、関連会社の登記事項などです。原本や元データには手を加えず、作業には写しを使います。会計ソフトやメールに自動削除・上書きの設定があれば、会社の管理権限の範囲で止めておきます。資料ごとに次の事項を記録しておくと、後で取得の経過を説明しやすくなります。
- 資料の名称と対象期間
- 取得した日時と取得した人
- 取得の方法(会計ソフトからの出力、金融機関からの取寄せなど)
- 保存場所と、原本・元データの管理者
調査は、会社の正当な管理権限に基づき、必要な範囲で行います。会社が貸与した端末でも、無制限に中身を調べてよいとは限りません。役員個人のアカウントへの無断ログイン、記録の改変、承認があったかのような議事録や書類を後から作ることは避けてください。会話の録音など情報の取得方法も、適法かどうかを場面ごとに確認します。
株主には、会社の全データを自由に取得する権利はありません。会計帳簿やこれに関する資料の閲覧・謄写は、原則として総株主の議決権又は発行済株式(自己株式を除きます。)の3%以上を有する株主が、理由を明らかにして営業時間内に請求できます(会社法第433条第1項。割合は定款で引き下げることができます。)。保有期間の要件はありませんが、権利の確保・行使に関する調査以外の目的による請求や、会社と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事する株主の請求などは、会社が拒むことができます(同条第2項)。3%に満たない株主が使える手段も含めて、株主による調査・差止め・代表訴訟の使い分けで整理しています。
会社として相談する人と株主個人を分ける
弁護士への依頼では、依頼者が会社なのか株主個人なのかを最初に分けます。会社として依頼する場合は、会社を代表する権限を持つ人(通常は代表取締役)が必要な社内決裁を経て依頼し、費用も会社が負担します。新たに選ばれた代表取締役であれば、会社を代表して依頼できます。疑われている本人がなお代表取締役であるときは、誰が会社を代表できるかが最初の問題になります。
会社と取締役(退任した取締役を含みます。)との訴訟では、株主総会が会社を代表する者を定めることができ、取締役会設置会社では、株主総会が定めた場合を除き、取締役会も定めることができます(会社法第353条、第364条)。監査役設置会社では、監査役が会社を代表します(同法第386条)。監査役の権限が会計監査に限られる会社は、ここでいう監査役設置会社に当たりません(同法第2条第9号、第389条第7項)。監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社には、別の定めがあります(同法第399条の7、第408条)。これらは訴訟についての規定であり、訴訟前の調査の委任や交渉での合意にそのまま当てはまるわけではないため、機関設計、定款、必要な決議を確認します。
株主が個人として相談する場合、依頼者は株主本人です。帳簿の閲覧請求や株主代表訴訟は株主自身の名前で行い、費用も株主が負担するのが原則です。また、同じ紛争で対立する当事者の双方から依頼を受けることはできないため、当事務所は受任の前に利益相反の有無を確認します。
資料の整理が途中の段階でも、保存の方法や依頼の進め方について相談予約・お問い合わせから連絡できます。
業務費用・貸付・仮払・流用を取引ごとに分ける
帳簿の勘定科目だけでは、法律上の評価は決まりません。「貸付金」と記帳されていても返済の合意や見込みがなければ流用と評価される余地があり、反対に「使途不明金」とされた支出が、資料によって業務上の支出と確認できることもあります。名目ではなく、取引の実体、会社が受けた利益、返済や精算の条件を取引ごとに確認します。
| 支出の性質 | 確認する事実 | 主な検討 |
|---|---|---|
| 業務費用 | 業務との関係、取引の実在、金額の相当性 | 業務との関係や実体を欠く部分、相当な額を超える部分について、役員の責任を検討します。 |
| 貸付 | 貸付の合意、返済期、金利、回収の見込み | 契約に基づく返還を求めます。回収の見込みのない貸付であれば、貸し付けた判断の責任も検討します。 |
| 仮払 | 支出の目的、精算の義務、精算の状況 | 未精算部分の精算・返還を求め、業務と無関係に使われていれば流用として検討します。 |
| 私的流用 | 支出の内容、利益を受けた人、業務との関係の有無 | 任務懈怠責任、不法行為、不当利得などを根拠に、役員に賠償や返還を求めます。 |
| 関連会社との取引 | 役務・資産の実在、価格、資本関係・人的関係、承認手続 | 架空取引、過大な対価、低額譲渡、融資を区別し、役員への請求と関連会社への請求を別々に検討します。 |
送金のほか、会社の資産を安く売ること、外注費を過大に払うこと、会社が得るはずの売上や事業機会を関連会社に付け替えることも対象になり得ます。ただし、どの行為がどの義務に反し、どのような損害を生じさせたかを、個別に立証する必要があります。
関連会社への送金は使途と対価を確認する
関連会社への支払でも、全額を返してもらえるとは限りません。まず、その支払が次のどれに当たるかを区別します。
- 架空取引:役務や商品の提供が実際にはない支払
- 過大な対価:取引の実体はあるが、相当な価格を超える支払
- 低額譲渡:会社の資産を適正な価格より安く関連会社に移したもの
- 融資:返済を前提に関連会社へ資金を貸し付けたもの
架空取引では支払の根拠そのものが問題になりますが、実体のある取引では、相当な対価に当たる部分を会社の損害から除いて考えます。低額譲渡では適正な対価との関係を、融資では貸付の合意と回収の見込みを確認します。手がかりとなるのは、契約書、納品書や作業報告などの役務の記録、同種の取引の価格です。
承認済み・経営判断という説明をどう確かめるか
取締役の行為が、会社法上の競業取引や利益相反取引(取締役が自己又は第三者のために会社と取引する場合や、会社が取締役の債務を保証する場合など)に当たるときは、重要な事実を開示して承認を受けなければなりません。承認するのは原則として株主総会で、取締役会設置会社では取締役会です(会社法第356条、第365条第1項)。取締役会設置会社では取引後に重要な事実を取締役会に報告する必要もあり(同法第365条第2項)、特別の利害関係を持つ取締役は決議に加われません(同法第369条第2項)。もっとも、関連会社との取引がすべて当然に利益相反取引に当たるわけではありません。
議事録があるだけで責任がなくなるわけではなく、実際に適法な手続で承認されたか、重要な事実が開示されたか、利害関係のある取締役が決議に加わっていないかを確認します。利益相反取引によって会社に損害が生じたときは、取引をした取締役、取引を決定した取締役、承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます(同法第423条第3項)。監査等委員でない取締役が当該取引について監査等委員会の承認を受けた場合はこの推定が適用されませんが(同条第4項)、責任そのものが免除されるわけではありません。また、承認を受けずに競業取引をした場合は、その取引によって取締役や第三者が得た利益の額が、会社の損害額と推定されます(同条第2項)。
「経営判断だった」との説明については、最高裁判所第一小法廷平成22年7月15日判決(平成21年(受)第183号・集民234号225頁)が参考になります。同判決は、事業再編のため子会社の株式を取得した取締役の判断について、株式の評価額のほか、取得の必要性、会社の財務上の負担、取得を円滑に進める必要性などを総合考慮して決定できるとし、その決定の過程・内容に著しく不合理な点はないとして責任を否定しました。評価額との差や事後の損失だけでは責任を断定できないことを示す一方、私的流用、法令違反、利益相反取引を一括して免責する判例ではありません。経営上の目的が説明されたときは、判断に使った資料、検討の経過、価格の根拠を確認します。
会社の請求と株主代表訴訟を使い分ける
役員の流用や関連会社への利益移転によって会社に生じた損害の賠償や返還を求める権利は、会社に帰属します。会社(新経営陣)が自ら請求するのが基本で、株主代表訴訟は、会社が責任を追及しないときに株主が会社のために行う手続です。流用した本人以外の取締役や監査役も会社法第423条第1項の「役員等」に含まれますが、責任の有無は、それぞれの職責に照らして任務を怠ったといえるかにより個別に判断します。
役員と受領した関連会社への請求は根拠が異なる
役員には、任務懈怠責任のほか、事案に応じて不法行為(民法第709条)や不当利得(同法第703条)に基づく請求を検討し、役員への貸付であれば契約に基づく返還も求めます。受け取った関連会社には、役員の責任とは別に、次の根拠ごとに要件を確認します。
- 契約:関連会社への貸付であれば、貸付契約に基づく返還請求
- 不当利得:法律上の原因なく利益を受け、そのために会社に損失が生じたこと。原因がないことを知らなかった受益者は利益の存する限度で返還し、知っていた受益者は利息を付して返還し、なお損害があれば賠償します(同法第703条、第704条)。
- 不法行為:関連会社自身の故意・過失による加害や、役員との共同の加害行為(教唆・幇助を含みます。)があること(同法第709条、第719条)
有効な契約に基づいて受け取った代金は、役員に責任があるというだけで不当利得になるわけではありません。資本関係があることや送金先であることだけで、共同不法行為が成立するわけでもありません。役員と関連会社の双方に請求できる場合でも、同じ損害についての請求であれば、一方から回収した分を差し引いて管理し、二重に回収することはできません。
返還交渉・訴訟で対象取引と請求範囲を特定する
本人や関連会社に返還を求める前に、財産を移されるおそれがないかを確認し、必要なら先に保全を検討します。請求書や交渉では、取引ごとに請求の根拠、金額、根拠資料、相手方の説明を対応させます。根拠の異なる請求をまとめて示すと、相手方の反論に対応しにくくなります。
返還の合意では、対象とする取引の範囲、支払期限、分割払いの条件、担保などを明確にします。調査の途中で、ほかに債権債務がないことを確認する包括的な清算条項を入れると、後から判明した取引を請求できなくなるおそれがあるため、追加で判明した分の扱いを定めておきます。役員の責任を減額・免除する内容の合意は、代表者の判断だけで処理できるとは限りません。任務懈怠責任の免除には原則として総株主の同意が必要とされ(会社法第424条)、責任追及の訴訟でする和解には別の定めがあります(同法第850条)。合意に至らなければ、請求の根拠ごとに訴訟で立証します。
株主代表訴訟の60日と保有要件
会社の損害についての請求権は株主個人のものではないため、株主が流出したお金を自分に支払うよう求めることは、原則としてできません。株主代表訴訟は、株主が会社のために役員等の責任を追及する制度で、回復したお金は会社に帰属します(会社法第847条)。株主固有の損害に基づく別の請求ができるかは、個別に検討します。主な要件と流れは次のとおりです。
- 保有要件:原則として6か月前から引き続き株式を有する株主が請求できます。6か月は定款で短縮でき、公開会社でない会社(すべての株式に譲渡制限がある会社。上場の有無とは別の区分です。)では保有期間の要件がありません(同条第1項、第2項、同法第2条第5号)。定款で権利を制限された単元未満株主は請求できず、株主や第三者の不正な利益を図る目的や、会社に損害を加える目的での請求も認められません。
- 提訴請求:会社に対し、書面などで役員の責任を追及する訴えの提起を請求します。監査役設置会社では監査役が会社を代表して請求を受けるなど、宛先は機関設計により異なります(同法第386条第2項)。
- 60日:請求の日から60日以内に会社が訴えを提起しないとき、株主は会社のために提訴できます(同法第847条第3項)。60日は提訴の期限ではありません。また、60日の経過により会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合は、直ちに提訴できます(同条第5項)。
- 管轄と訴訟告知:会社の本店所在地を管轄する地方裁判所に提訴し(同法第848条)、提訴後は遅滞なく会社に訴訟告知をします(同法第849条第4項)。
株主代表訴訟は、会社が持つすべての請求権を代わりに行使できる制度ではなく、送金を受けた関連会社を当然に被告にできるわけではありません。勝訴(一部勝訴を含みます。)した株主は、必要な費用(訴訟費用を除きます。)や弁護士報酬について、支出した額や報酬額の範囲内で相当と認められる額を会社に請求できますが(同法第852条第1項)、全額の回収が保証されるものではありません。
返還対象額と会社の損害を集計する
出金額がそのまま会社の損害になるわけではありません。出金額、相手方ごとの返還請求額、行為と因果関係のある会社の損害、会計上の損失、実際に回収した金額を区別します。そのうえで、実際に受けた役務や資産の価値、返還済みの額、回収できる貸付金、付随費用と行為との因果関係を確認します。過大な費用は相当額を超える部分、低額譲渡は適正な対価との関係、売上の付替えは会社が本来得られた利益を検討し、売上高の全部を機械的に逸失利益とはしません。同じ取引を貸付金、流用による損害、不当利得として重ねて計上しないよう注意します。
出金から返還までを同じ取引番号で追う
取引ごとに番号を付け、出金から返還までの資料を同じ番号で結び付けます。各取引には、本人や相手方の説明(業務上の支出だった、承認を得ていた、など)と、それを裏付ける資料又は否定する資料も対応させます。
| 確認段階 | 記録する内容 | 対応資料 |
|---|---|---|
| 出金 | 出金日、金額、出金した口座 | 口座の明細、総勘定元帳 |
| 受領者 | 送金先、会社や役員との関係 | 送金先の名義、登記事項、契約書 |
| 使途 | 取引の内容、役務や資産の実在 | 契約書、納品書、作業報告などの役務の記録 |
| 承認 | 承認した機関、開示された事実、決議の状況 | 稟議書、取締役会・株主総会の議事録 |
| 返還 | 入金日、金額、どの請求に充当したか | 入金の記録、返還に関する合意書 |
関連会社の登記事項は、その会社を誰が実質的に支配しているかや、支払能力があるかまでを証明するものではありません。資産の低額譲渡や債権放棄のように出金を伴わない取引は、「出金」を「移転した資産・権利」と読み替えて記録します。帳簿・通帳・証憑の突合や不審な取引の抽出は、帳簿・通帳・証憑を突き合わせる調査方法で説明しています。
仮定の計算例と調査範囲の絞り方
次の数値はすべて説明のための仮定で、実際の事件ではありません。関連会社に1,200万円を支払い、そのうち実際に提供された役務の相当な対価が300万円、残る900万円を役員の任務懈怠による会社の損害と評価でき、その損害に充当すべき返還が200万円あったとします。
| 項目 | 金額 | 考え方 |
|---|---|---|
| 関連会社への支払額 | 1,200万円 | 出金額であり、そのまま損害額にはなりません。 |
| 役務の相当な対価 | 300万円 | 実体のある対価として差し引きます。 |
| 任務懈怠による損害 | 900万円 | 違法性と因果関係があることを前提とした評価です。 |
| 損害に充当すべき返還 | 200万円 | 返還済みの額として差し引きます。 |
| 未回復の損害 | 700万円 | 1,200万円-300万円-200万円 |
この例は、違法性、相当な対価の額、因果関係を所与とした説明です。価格の差が自動的に損害になるわけではなく、関連会社に同じ額を当然に請求できるわけでもありません。利息、遅延損害金、税務上の調整、調査費用は含めていません。
調査の費用は、請求できる見込みと、実際に回収できる見込みとの関係で判断します。請求額が大きくても、相手方に資力がない、資料が足りない、広い範囲の電子データを調べる必要があるといった事情があれば、費用に見合う回収ができないことがあります。そこで、段階ごとに範囲と予算を確認し、調査を続けるか、範囲を絞るか、終えるかを判断します。
| 段階 | 主な作業 | 範囲と予算を左右する事情 |
|---|---|---|
| 初期確認 | 依頼権限、代表的な取引、期限、資産の情報を確認する | 対象期間、疑わしい取引の数、関係者の数 |
| 詳細調査 | 帳簿・口座・証憑を突き合わせ、取引ごとの整理と損害の集計を行う | 対象期間、取引数、電子データの量、求める成果物 |
| 保全 | 仮差押えなどの申立てを検討・準備する | 対象財産の見込み、担保の準備、緊急性 |
| 交渉・訴訟 | 請求、返還交渉、訴訟の提起と立証を行う | 相手方の数、争点の数、必要な証拠 |
| 執行 | 判決などに基づいて相手方の財産から回収する | 財産の所在、他の債権者や倒産手続の有無 |
詳細調査に進む場合は、対象期間、資料の量、成果物、予算を事前に取り決め、保全、交渉・訴訟、執行の費用は別に見積もります。ただし、財産が移されるおそれがあるときや時効の完成が近いときは、費用の検討を理由に保全や時効の管理を遅らせないようにします。
資産保全と時効を調査と並行して確認する
調査を終えてから請求すれば足りるとは限りません。財産が移されるおそれがあるときや時効の完成が近いときは、調査の完了を待たずに保全や時効の管理を進めます。
仮差押えには権利の根拠と保全の必要性が必要
仮差押えは、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行ができなくなるおそれや、強制執行に著しい困難を生ずるおそれがあるときに認められる手続です(民事保全法第20条第1項)。保全すべき権利と保全の必要性を疎明する必要があり(同法第13条)、担保を立てるよう求められることがあります(同法第14条)。疑いがあるだけで、相手方の預金を自由に凍結できるわけではありません。
申立ての前に、対象とする財産、相手方(役員か関連会社か)、誰の権利として申し立てるか、担保に充てる資金、保全が後に不当とされた場合のリスクを確認します。調査の完了や本人への請求の通知より先に、保全を検討すべき場合もあります。保全命令や判決を得ても、先行する担保権、他の債権者、相手方の倒産などにより、実際に回収できる額は変わります。
申立先は、本案の管轄裁判所又は対象財産の所在地を管轄する地方裁判所が基本で(同法第12条)、神戸で相談することと神戸地方裁判所に管轄があることは別の問題です。手続の概要は裁判所の民事保全手続案内で確認できます。神戸地方裁判所では、保全の問い合わせ窓口は第3民事部(分室)3階です(神戸地方裁判所の窓口案内)。
請求の法的構成と時点で時効が変わる
時効の期間は、請求の根拠と、権利が生じた時期によって変わります。
- 任務懈怠責任や不当利得など:権利を行使できることを知った時から5年、又は権利を行使できる時から10年のいずれかが経過すると、時効が問題になります(民法第166条第1項)。常に10年間請求できるわけではなく、貸付の返還請求では弁済期も確認します。
- 不法行為による損害賠償:損害及び加害者を知った時から3年、又は不法行為の時から20年です(同法第724条)。
出金、損害の発生、会社の認識の時期は取引ごとに異なるため、個別に検討します。不正を行った代表者本人が知っていたことを、当然に会社が知っていたものとは扱いません。
令和2年(2020年)4月1日より前に生じた債権(同日以後に生じた債権で、その原因である法律行為が同日前にされたものを含みます。)の時効期間には、改正前の規定が適用されます(民法の一部を改正する法律附則第10条第1項、第4項)。取締役の選任・就任、行為、損害の発生の時期を確認し、出金日だけで新旧どちらの法律によるかを一律に決めないようにします。なお、最高裁判所第二小法廷平成20年1月28日判決(平成18年(受)第1074号・民集62巻1号128頁)は、旧商法上の取締役の任務懈怠責任の消滅時効期間を、旧商法の5年ではなく旧民法の10年と判断しました。現行法の5年・10年を直接判示したものではなく、不法行為や貸付などの旧法上の債権をすべて10年とする根拠にもなりません。不法行為の20年の期間についても、経過措置があります(同改正法附則第35条)。
時効の完成猶予・更新の手段も、効果と要件がそれぞれ異なります。請求書の送付などの催告は、その時から6か月を経過するまで時効の完成を猶予するだけで、繰り返しても期間を延ばすことはできません(民法第150条)。裁判上の請求、仮差押え、債務の承認、協議を行う旨の書面による合意にも、それぞれ固有の効果と要件があります(同法第147条から第152条まで)。相談の予約、社内調査、警察への相談や告訴だけでは民事上の時効の管理にならないため、期限の前に具体的な措置を確認します。
刑事告訴・役員解任・税務対応を切り分ける
刑事告訴、役員の解任、従業員としての処分、税務・会計の処理は別の手続で、いずれかを行えば会社の資金が戻るわけではありません。税務・会計の処理は民事上の請求額とは別に検討し、勘定科目を「貸付金」などに付け替えても流用の問題は解消しません。既存の記録は改変せず、申告や決算への影響は税理士などに確認してください。
横領・背任・特別背任と民事回収
刑事上は、業務上自己の占有する他人の物を横領した場合の業務上横領罪(刑法第253条)、他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で任務に背き、財産上の損害を加えた場合の背任罪(同法第247条)、取締役等が同様の目的で任務に背き、会社に財産上の損害を加えた場合の特別背任罪(会社法第960条)が問題になります。第三者の利益を図る目的も対象となるため、送金先が別会社であることだけで犯罪の成立が否定されるわけではありません。一方で、役員と関連会社との取引であることだけで特別背任罪になるわけでもなく、行為者の地位、占有の有無、目的、行為、損害などを個別に確認します。
告訴、捜査、起訴、有罪判決のいずれも、民事上の返還や財産からの回収を保証するものではありません。告訴を検討する場合も、民事の請求、保全、時効の管理は別に進めます。告訴を、返還を迫るための圧力として使うことは避けてください。
解任と使用人の処分は別に検討する
役員は株主総会の決議によっていつでも解任できますが(会社法第339条第1項)、正当な理由がなければ、解任された役員から、解任によって生じた損害の賠償を請求されることがあります(同条第2項)。代表取締役の地位を解く解職と、取締役の解任は別の手続です。従業員を兼ねる取締役の従業員としての地位は、労働関係の規律に従って別に検討します。疑いがあるだけで、給与・報酬・退職金の支払を当然に止めたり、会社の請求と相殺したりできるわけではありません。
よくある質問
大株主や社長でも、会社のお金を使ったことについて返還責任を問えますか。
問える場合があります。会社の資金は会社の財産であり、大株主や創業者である社長でも自由には使えません。ただし、使途が不明であることや関連会社への送金があることだけでは違法とは決まらず、取引ごとの実体と資料で判断します。
株主は、流出したお金を自分に返してもらえますか。
原則としてできません。会社の損害についての請求権は会社に帰属し、株主代表訴訟も会社のための手続であるため、回復したお金は会社に帰属します。株主固有の損害に基づく別の請求ができるかは、個別に検討します。
関連会社が受け取ったお金は、全額を関連会社に請求できますか。
当然に全額を請求できるわけではありません。契約、不当利得、不法行為などの根拠ごとに要件を確認し、実体のある役務の相当な対価や返還済みの額は差し引いて考えます。役員と関連会社から同じ損害を二重に回収することもできません。
刑事告訴をすれば、お金は戻ってきますか。
告訴、捜査、起訴、有罪判決のいずれも、民事上の返還や回収を保証するものではありません。告訴を検討する場合も、民事の請求、保全、時効の管理を並行して確認します。
資料がそろう前でも保存方法と請求の進め方を相談する
帳簿や口座の資料がそろっていなくても、相談の予約はできます。相談では、資料の保存方法、会社として依頼する権限、請求の相手方と手続の順序を整理できます。相手方が財産を移すおそれがある場合や時効の完成が近い場合は、資料の整理と並行して保全や期限の管理を検討します。
相談の方法や費用は、企業法務の相談範囲と依頼前の確認事項と弁護士費用の案内でご確認ください。本件の調査・保全・請求の費用は、対象期間や取引数などにより異なるため、個別にご確認ください。
最初の連絡でお知らせいただく事項
- 会社名と、相談する方の氏名・立場(代表者、役員、株主など)
- 相手方の名称(疑われている役員、送金先の関連会社など)
- 問題となっている取引の概要
- 期限(時効、株主総会の日程、財産の移転のおそれなど)
帳簿データ、通帳、契約書、議事録などの機密資料は、利益相反の確認が済んだ後に、当事務所が指定する方法でお受け取りします。お問い合わせの受付は、法律相談の実施や受任を約束するものではありません。
事務所紹介
弁護士法人ひょうご支所神戸みらい法律会計事務所(兵庫県弁護士会所属)は、神戸市須磨区の名谷駅前(名谷駅から徒歩1分)にあり、会社側・株主側からの企業法務の相談に対応しています。
参考資料
本記事は一般的な情報の提供を目的とするもので、個別の事案についての法的判断を示すものではありません。結論は、取引の内容、会社の機関設計、資料の状況などにより異なります。
情報基準日:2026年10月17日(法令は同日時点で施行されている規定によります。)

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