交通事故で骨折し、体内にプレートやスクリュー、髄内釘が入ったままの方、あるいは人工股関節や人工膝関節の手術を受けた方から、「症状固定と言われたが、これから抜釘の手術を受ける予定がある」「将来、人工関節の入れ替えが必要になるかもしれないと説明された」「その費用は示談金に入っているのか」というご相談をいただくことがあります。
症状固定は、それ以降の治療費が一切賠償の対象にならないという意味ではありません。もっとも、認められるかどうかは事案ごとに判断されます。この記事では、抜釘術と人工関節の再置換について、判断の枠組み、裁判例に見る判断のされ方、集める資料、主治医に確認したい事項、示談前に確認すべき条項を整理します。医学的な判断は主治医が行うものであり、この記事は手術の要否や時期について助言するものではありません。
症状固定の連絡や示談案が届いた段階でも、診断書、手術記録、画像、見積書、示談案を確認することで、どの損害項目が計上されているかを整理できます。事案により結論は異なりますので、資料を確認したうえで検討します。
結論|一律に対象外でも、一律に対象でもありません
症状固定後に生じる治療費・手術費は、それだけで賠償の対象から外れるわけではありません。他方で、当然に認められるわけでもありません。事故との因果関係、医学的な必要性、費用の相当性、実施される蓋然性、時期・回数・内容・金額の具体性を、資料でどこまで示せるかが結論を分けます。
同じ「将来の手術」でも、どこまで具体化しているかで検討の仕方も集める資料も変わります。少なくとも次の四つは分けて考える必要があります。
| 状態 | 損害項目としての位置づけ | 主に必要となる資料 |
|---|---|---|
| 1 症状固定前に手術が終わり、費用も確定している | 既に発生した治療費として計上します。将来治療費の問題にはなりません。 | 診療報酬明細書、領収書、手術記録、入院期間が分かる資料 |
| 2 症状固定後の手術日、または概ねの時期が決まっている | 将来治療費・将来手術費として検討しやすい類型です。ただし当然に認められるものではありません。 | 主治医の意見書、手術予定が分かる資料、病院の概算見積書、入院期間の見込み |
| 3 必要性は医学的に予測されるが、時期・回数に幅がある | 必要性と蓋然性を医学的資料でどこまで示せるか、金額を具体化できるかが問題になります。 | 画像所見、経過観察の記録、主治医の医学的見解、想定される術式と費用の資料 |
| 4 将来行う可能性があるという説明にとどまる | 現時点では独立の損害項目としての立証が難しい場合が多い類型です。他の損害項目での評価や、示談条項の工夫を検討します。 | 説明内容が分かる記録、現在の症状と所見の資料 |
「可能性がある」という言葉だけで結論が決まるわけではありません。どれに当てはまるかは、診療録、画像所見、主治医の見解を確認したうえで判断します。
なぜ「症状固定後」が問題になるのか
国土交通省は、症状固定について「症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなった時をいい、医師により判断されます」と説明しています。症状固定は医学的な評価であり、保険会社が治療費の支払を終える手続とは別のものです。
症状固定後も、投薬や通院、装具の調整、経過観察が続くことは珍しくありません。医学的に必要な診療が続くこと自体は症状固定と矛盾しません。もっとも、その費用が損害として賠償の対象になるかは別に検討します。実務では、症状固定後の症状の評価は後遺障害に関する損害(後遺障害慰謝料や逸失利益)で行われることが多く、症状固定後の費用を独立の損害項目として計上するには追加の説明と資料が求められる、という整理がされています。
自賠責保険の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)は、治療関係費について「必要かつ妥当な実費」という基準を定めていますが、将来の治療費についての定めは置かれていません。自賠責保険と民法上の損害賠償は別の枠組みであり、自賠責で支払われなかったことが、そのまま損害賠償上の結論になるわけではありません。
治療費の打ち切りを告げられた段階での対応は、保険会社から治療費打ち切りの連絡を受けたときの対応を解説した記事で扱っています。症状固定そのものの意味と後遺障害申請の流れは、症状固定と言われたときの確認事項を解説した記事をご覧ください。
将来治療費・将来手術費の判断要素
民法第709条は、不法行為によって「生じた損害」の賠償を定めています。将来の医療行為の費用をこの「損害」として計上できるかは、次の要素を個別に検討します。必要な資料は後掲の一覧をご覧ください。
| 要素 | 確認する内容 |
|---|---|
| 事故との因果関係 | 事故による受傷とその治療の結果として必要になったといえるか。加齢、既往症、通常の経年変化との切り分け。 |
| 医学的な必要性 | 症状の緩和、機能の維持、合併症の回避のために必要といえるか。実施しない場合にどうなるか。 |
| 費用の相当性 | 想定される術式、入院期間、費用が症状に照らして過大でないか。より負担の少ない方法との関係。 |
| 実施される蓋然性 | 実際に行われる見込みがどの程度あるか。単なる可能性の説明にとどまっていないか。 |
| 時期・回数・内容・金額の具体性 | いつ、何回、どのような内容の医療行為を、いくらで行うのかを示せるか。 |
裁判例に見る判断のされ方
裁判所は、将来の費用を一括りに扱わず、費目ごとに必要性と相当性を検討しています。認められた例と認められなかった例を並べると、何が結論を分けるかが見えます。
認められた例|広島高等裁判所令和3年9月10日判決(令和2年(ネ)第299号 損害賠償請求控訴事件)
交通事故で重篤な後遺障害が残った事案で、判決は「将来治療費等」を独立の損害項目として認めました。継続的に必要となる費目は年額を認定したうえで、事故時から平均余命に達するまでの年数に対応する係数から症状固定時までの年数に対応する係数を控除した係数を乗じ、中間利息を控除する方法がとられています。
他方で同じ判決は、精神疾患の発症までは認められず精神的苦痛には別途慰謝料が認められることを理由に心理外来の費用を独立の損害項目とは認めず、医師の指示に基づくものと認めるに足りる証拠がない施術の費用について「将来の治療費等としての必要性,相当性を認めるに足りない」としています。訓練の費用も、成果が生じると見込まれる期間までの分に限って必要かつ相当とされました。
高次脳機能障害等による重度の後遺障害の事案であり、抜釘や再置換を扱ったものではありません。もっとも、費目ごとに必要性・相当性を検討すること、医師の関与を示す資料が重視されること、期間の裏付けが求められることは参考になります。
認められなかった例|福岡地方裁判所平成16年10月25日判決(平成13年(ワ)第413号 損害賠償請求事件)
症状固定後も継続的な投薬が必要であること、歯についても将来的な調整や定期的なメンテナンスが必要であることを理由に将来の治療費が請求された事案です。判決は、その費用が「症状緩和のための治療費であること」「具体的な金額が明らかでないこと」等の事情を考慮し、将来の治療費を独立の損害としては認めず、後遺障害慰謝料において考慮する扱いとしました。
脳挫傷や顎顔面の骨折による後遺障害の事案です。ここから読み取れるのは「将来治療費は認められない」という一般論ではなく、症状緩和を目的とする費用であることと、金額が具体的に示されていないことが結論に影響し得るということです。
個別事情により結論は異なりますが、医師の関与を示す資料と、いくらかかるのかを示す資料をそろえられるかが、実際上の分かれ目になりやすいといえます。
抜釘と人工関節の再置換は分けて考えます
この二つは、目的も適応の考え方も、費用や入院期間の見通しも異なります。まとめて「将来の手術」として扱うと、必要な資料も想定される反論も見えなくなります。
| 比較項目 | 抜釘術(体内の金属を抜く手術) | 人工関節の再置換 |
|---|---|---|
| 対象 | 骨折の固定に用いたプレート、スクリュー、髄内釘など | 既に入っている人工股関節・人工膝関節などの入れ替え |
| 検討される主な事情 | 小児の成長への影響、日常生活で困る刺激症状、感染、骨癒合遷延・偽関節など | 部品の摩耗、骨との固定部分のゆるみ、感染、脱臼など |
| 実施の見通しと時期 | 全員が受けるものではなく実施しない選択も一般的。比較的近い将来に予定されることがある | 必要になることがあるが一定の年数で必ず入れ替えになるものではない。長期の見通しになりやすく時期の幅が大きい |
| 初回手術との関係 | 初回手術と同程度の切開・展開を要することがある | 骨量が少なくなり骨移植を要することがあり、入院期間も初回より長くなることが多い |
| 賠償上の主な争点 | 実施の蓋然性、時期、入院・休業の見込み | 事故との因果関係(加齢・通常の摩耗との切り分け)、時期・回数、後遺障害との二重評価 |
抜釘術で確認すること
青森労災病院が公開している説明では、抜釘術は「すべてのケースで行うものではなく、手術のメリットとデメリットを比べながら、行うかどうかを考えなければなりません」とされています。他方で、手術侵襲が大きいなど負担が大きい場合には行わないことが多いこと、高齢の方では術後の再骨折の危険を踏まえ大きな問題がない限り金属を残すことがほとんどであること、術後の年数が経過した金属は取り除きにくくなる傾向があることも説明されています。
賠償の場面では、抜釘が「既に終わっている」「日程や概ねの時期が決まっている」「医師から勧められているが未定」「将来の可能性として説明されているだけ」のどれに当たるかを分けて整理します。症状固定後に抜釘の予定があるからといって、それだけで症状固定の診断が誤りになるわけではなく、将来の費用が当然に全額認められるわけでもありません。手術費用だけでなく、入院の要否と期間、麻酔や検査、術後のリハビリ、仕事を休む必要があるかもあわせて確認します。
抜釘を行うかどうか、いつ行うかは、骨のつき方、固定材料と挿入部位、症状、年齢、再骨折その他の危険性などを踏まえて主治医が判断する事項です。この記事は、手術を受けること、受けないことのいずれも勧めるものではありません。
人工関節の再置換で確認すること
東邦大学医療センター大森病院は、「以前に人工股関節置換術を受けられた患者さんでインプラントの摩耗やゆるみが生じてしまい、人工関節の再置換術が必要になることがあります」と説明しています。国立病院機構京都医療センターは、人工関節の弱点として感染や脱臼、耐用年数の問題を挙げ、「もしも問題が起こった場合は再手術で人工関節を取り替えることになります」としています。
もっとも、「人工関節の耐用年数は○年」という説明を根拠に再置換の費用を機械的に計算することはできません。日本人工関節学会は「人工関節の入れ替え手術が必要となる患者さんはそれほど多くはありません」としたうえで、「関節の破壊状況や手術部位などにより耐久年数は異なります」と案内しています。京都医療センターも、「一般的には少なくとも15年程度は問題ないと言われていますが、患者さんによってはこれよりも長いこともあり、短いこともあります」と説明しています。
公開されている学会・医療機関の資料は、いずれも「必要になることがあります」という条件付きの表現を用いており、一定の年数で必ず入れ替えになるという説明はされていません。再置換の要否と時期は、部位、機種、手術時期、年齢、活動性、骨の状態、画像所見などによって異なり、主治医の判断と資料の確認が必要です。一般的な年数ではなく、その方の人工関節に現在どのような所見があり、主治医がどのような見通しを述べているのかを資料で確認することが出発点になります。
後遺障害に関する損害との区別
人工関節を入れたことによる関節の機能障害は後遺障害の等級として評価され、後遺障害慰謝料や逸失利益に反映されます。将来の再置換の費用は、これとは別の損害項目です。
もっとも、後遺障害に関する損害の算定で人工関節に関する事情が既に考慮されている場合、将来の再置換費用を重ねて計上すると、同じ事情を二重に評価しているという指摘を受けることがあります。二重評価に当たるかは、どの事情がどの損害項目で評価されているかを個別に確認する必要があります。後遺障害等級と素因減額については、人工関節と後遺障害等級を解説した記事で扱っています。
費用の範囲と算定上の注意
手術費だけが問題になるわけではありません
検討し得る費目は手術費用に限られません。ただし、当然にすべて認められるわけではなく、いずれについても因果関係、必要性、相当性、発生の見込み、金額の資料、他の損害項目との重複を個別に確認します。まとめて「将来治療費」として計上すると内容が不明確になり、金額の根拠も説明しにくくなります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 医療費 | 診察、検査、画像診断、手術、麻酔、入院、薬剤、リハビリ、経過観察 |
| 通院・入院に伴う費用 | 通院交通費、入院雑費 |
| 付添い・介護に関する費用 | 付添費、介護費 |
| 収入に関する損害 | 手術・入院・回復のために仕事を休むことによる休業損害 |
| 文書に関する費用 | 診断書、意見書、医療照会の費用 |
病院の見積額と、実際に負担する額は異なります
概算見積書の金額と、患者が実際に負担する金額は通常一致しません。健康保険や高額療養費、労災保険、人身傷害保険などの利用可能性があるためです。もっとも、これらを機械的に差し引いてよいわけでもありません。将来その制度を利用できるか、制度自体が変更される可能性、保険者からの求償の有無、控除の可否などを確認したうえで検討します。
一時金でまとめて受け取る場合の中間利息
将来発生する費用を一時金としてまとめて受け取る場合には、中間利息が控除されることがあります。民法第417条の2第2項は、「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するとき」は、同条第1項と同様に「その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」によると定めています。この規定は民法第722条第1項により不法行為にも準用されます。
法定利率は、民法第404条第2項が年3パーセントと定め、同条第3項以下で3年を一期とする変動の仕組みを設けています。法務省の公表によれば、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの法定利率も年3パーセントです(調査時点は令和8年9月)。
民法第417条の2は、令和2年4月1日に施行された民法改正で設けられた規定です。そのため、事故の時期によって適用される規律や利率が異なることがあります。現在の法定利率や係数をすべての事案に一律に当てはめることはできません。計算方法は、事故日、症状固定日、想定される支出時期を確認したうえで検討します。
集める資料と、主治医に確認する事項
| 資料 | 確認できること | 主な取得先 |
|---|---|---|
| 診療録、診断書、手術記録、退院時要約 | 受傷内容、行われた治療、固定材料の使用状況 | 治療を受けた医療機関 |
| 画像と画像所見、リハビリ記録 | 骨のつき方、金属や人工関節の状態、機能の経過 | 同上 |
| 固定材料・人工関節の製品名、型番、手術日の記録 | 体内に入っているものの特定 | 同上 |
| 主治医の意見書、医療照会への回答 | 将来の医療行為の必要性、時期、回数、内容の医学的見解 | 主治医 |
| 概算見積書、診療報酬明細書、領収書 | 想定される費用、これまでに実際にかかった費用 | 医療機関 |
| 休業・給与・収入の資料、通院と付添いの記録 | 休業による収入への影響、通院や付添いに要した負担 | 勤務先、本人、家族 |
| 保険の利用状況、保険会社の書面・損害計算書・示談案 | 実際の負担額、提示されている損害項目、清算条項の内容 | 保険者、相手方保険会社 |
主治医には、結論ではなく医学的見解を確認します
主治医には、望む結論を書いてもらうよう求めるのではなく、医学的な見解を中立的に尋ねます。
- 将来的にどのような医療行為が想定されるか。必要と考える医学的な理由は何か
- 実施時期の見通しはどの程度か。幅がある場合はどの程度の幅か
- 想定される回数と内容。入院の要否と期間の見込み
- 回復までの期間の見込み。仕事や日常生活への制限の有無
- 行わない場合に医学的にどのような影響が想定されるか
- 他に選択できる方法があるか
- 現在の状態が、今回の事故による受傷や治療とどのように関係しているか
これらは診断書の定型の記載欄に収まらないことが多いため、意見書の作成を依頼したり、弁護士から医療照会の形で確認したりします。前掲の裁判例のとおり、医師の関与を示す資料があるかどうかは、必要性・相当性の判断に影響し得ます。
保険会社との間で争点になりやすいこと
相手方保険会社から次のような指摘を受けることがあります。指摘があるから認められない、という意味ではありません。対応する資料を用意できるかが問題になります。
| 指摘されやすい点 | 確認する資料・事項 |
|---|---|
| 症状固定後の維持的・対症的な治療にすぎない | その医療行為の目的と、行わない場合の医学的な影響についての主治医の見解 |
| 手術は可能性にとどまり、時期・回数が不明である | 手術予定の有無が分かる記録、時期の見通しと幅についての医学的見解、画像所見の経過 |
| 加齢、既往症、変性、通常の摩耗が主な原因である | 受傷時と現在の画像の比較、既往歴の資料、事故との関係についての医学的見解 |
| 将来の医療技術、費用、公的給付が不確実である | 現時点で想定される術式と費用の資料、制度の利用状況 |
| 後遺障害に関する損害と二重に評価している | 等級の認定理由、逸失利益や後遺障害慰謝料の算定内容との切り分け |
| 予定回数、入院期間、費用が過大である | 病院の概算見積書、想定される入院期間の根拠 |
| より負担の少ない代替方法がある | 代替方法の有無と、選択しない医学的理由についての見解 |
資料をそろえれば必ず認められるというものではありません。もっとも、指摘とそれに対応する資料を整理しておくと、どこが争点かを把握しやすくなります。
保険会社から示された損害計算書に、将来の手術に関する項目が計上されていないことがあります。診断書、手術記録、画像、見積書、示談案を確認することで、損害項目の過不足と示談条項の内容を整理できます。個別事情により結論は異なります。
示談に含めるか、権利を留保するか
| 選択肢 | 利点 | 注意点 |
|---|---|---|
| 現時点で算定し、将来の費用を示談金に含める | 紛争を一度で終わらせることができ、後日の請求をめぐる争いを避けられます。 | 時期・回数・金額を具体的に示せることが前提です。実際の費用が想定と異なっても、原則として再度の請求は難しくなります。 |
| 特定の医療行為と関連損害について、示談書で権利を留保する | 現時点で金額を確定しにくい場合に、後日の請求の余地を残す方法として検討できます。 | 留保の対象、範囲、手続を具体的に定める必要があります。文言を入れれば後日必ず支払われるものではありません。 |
| 示談の時期を調整する、または一部の損害だけ先行して合意する | 費用が確定してから請求できるため、金額の立証がしやすくなります。 | 示談が長期化します。時効との関係や当面の生活費の手当てを別に検討する必要があります。 |
清算条項と、示談の効力が及ぶ範囲
示談書には、「本件に関し、本示談書に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった清算条項が置かれるのが一般的です。この条項の範囲が広いと、示談後に手術を受けたときの費用について追加の請求が争われるおそれがあります。
もっとも、示談の効力がどこまで及ぶかについて、最高裁判所は、全損害を正確に把握し難い状況のもとで、早急に少額の賠償金で満足する旨の示談がされた場合には、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は示談当時に予想していた損害についてのものに限られると解すべきであり、当時予想できなかった不測の再手術や後遺症がその後に発生した場合の損害についてまで賠償請求権を放棄した趣旨とは解されない、と判断しています(最高裁判所第二小法廷昭和43年3月15日判決・民集第22巻3号587頁)。
この判例は、示談の拘束力を原則として認めたうえでの例外です。全損害を把握し難い状況、早急な示談、少額の賠償額、当時予想できなかった損害という事情を前提としています。示談後であれば当然に追加請求できるという意味ではありません。逆に、示談後は一切請求できないと決まっているわけでもありません。示談の時点でどこまでの損害を把握できていたか、示談の内容や経緯を踏まえて判断されるため、事案により結論は異なります。
権利を留保する条項を検討する場合は、対象となる部位と医療行為、含める費目、因果関係の確認方法、実施した際の通知や資料の提出、請求先、精算の方法などを事案に応じて個別に定めます。どの事案にもそのまま使える完成した条項はありません。示談案全般の確認項目は、交通事故の示談案で確認すべき項目を解説した記事もご参照ください。
時効との関係
民法第724条は、損害賠償請求権の消滅時効を、被害者等が損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間と定めています。そのうえで、民法第724条の2は、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権について、同条第1号の「三年間」を「五年間」とする特例を定めています。
自賠責保険への請求には、これとは別の期限があります。国土交通省は、自賠責保険・共済の請求について3年で時効となるとしたうえで、被害者請求の起算点を、傷害の場合は事故発生の翌日から、後遺障害の場合は症状固定日の翌日から、死亡の場合は死亡日の翌日から、と説明しています。
後日に手術を受けたからといって、それによって時効の期間が当然に最初から進み直すわけではありません。損害賠償請求権の時効と自賠責保険の請求期限は別のものであり、起算点も異なります。適用される期間や起算点は事故日や権利の発生時期によって変わり得るため、資料を確認したうえで個別に検討します。
示談書に署名する前のチェックリスト
- 体内に金属や人工関節が入ったままかを、診療録や手術記録で確認したか
- 将来の医療行為について主治医から受けた説明を記録に残しているか
- 抜釘や再置換の日程や時期の見通しを確認したか。予定がある場合、概算見積書を取得したか
- 損害計算書に将来の医療行為に関する項目が計上されているか。金額の算定根拠が示されているか
- 手術に伴う入院、休業、付添い、交通費が別に検討されているか
- 後遺障害に関する損害と将来の費用の関係を確認したか
- 清算条項の文言と、その及ぶ範囲を確認したか
- 権利を留保する場合、対象と手続が具体的に定められているか
- 回答期限の根拠を確認したか
弁護士に相談するタイミング
症状固定の話が出たが抜釘や再置換の予定・見込みがあるとき、主治医から将来の手術について説明を受けたとき、示談案や損害計算書が届いたとき、清算条項や権利を留保する方法を確認したいときなどにご相談いただけます。
ご相談によって、資料の過不足、主治医に確認すべき事項、損害項目の整理、示談条項の確認点を整理できます。相談によって手術の要否が決まるわけではなく、請求すれば必ず認められるというものでもありません。資料を確認したうえで、法律上の見通しと対応方針を検討します。ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いている場合は、費用の負担なくご相談いただけることがあります。
よくある質問
症状固定後の抜釘の費用は請求できますか。
症状固定後であることだけを理由に対象外となるわけではありません。因果関係、必要性、相当性、実施の蓋然性、時期・回数・金額の具体性を資料でどこまで示せるかによります。手術の予定が具体化しているか、概算見積書を取得できるかが実際上の分かれ目になりやすいといえます。事案により結論は異なります。
抜釘が予定されていても症状固定になりますか。
症状固定は、症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても医療効果が期待できなくなった時をいい、医師が判断します。抜釘の予定があることだけを理由に診断が誤りになるわけではなく、症状固定と診断されたから将来の費用が当然に対象外になるわけでもありません。
人工関節の再置換の費用は将来治療費になりますか。
検討の対象にはなりますが、当然に認められるものではありません。その方について再置換が必要となる見込みがどの程度あるのか、時期や内容をどこまで示せるのかを、画像所見や主治医の見解で確認する必要があります。個別事情により結論は異なります。
人工関節の耐用年数だけで再置換の費用を計算できますか。
できません。学会や医療機関の資料は、入れ替えが必要となる方はそれほど多くないこと、耐久年数は関節の破壊状況や手術部位により異なることを説明しており、一定の年数で必ず入れ替えになるとはしていません。その方の人工関節の状態と主治医の見通しを資料で確認することが出発点です。
将来の入院や休業による損害も対象になりますか。
入院費、通院交通費、入院雑費、付添費、休業による収入の減少なども検討の対象になり得ます。ただし当然に認められるわけではなく、必要性、相当性、発生の見込み、金額の資料、他の損害項目との重複を個別に確認します。特に後遺障害逸失利益との関係は算定内容の確認が必要です。
示談した後に手術が決まったら請求できますか。
清算条項の範囲が広い場合、後日の請求が争われるおそれがあります。最高裁判所は、全損害を把握し難い状況で早急に少額の賠償金で満足する旨の示談がされた場合について、放棄された請求権は示談当時に予想していた損害に限られるとしていますが、これは限定された事情を前提とする例外です。署名前に清算条項を確認することが重要です。
主治医には何を確認すべきですか。
想定される医療行為の内容と必要と考える医学的理由、実施時期の見通しとその幅、回数、入院の要否と期間、回復までの期間と生活・仕事への制限、行わない場合の影響、他に選択できる方法、事故による受傷や治療との関係などです。望む結論を求めるのではなく、中立的に尋ねてください。
どの段階で弁護士に相談すべきですか。
症状固定の話が出た段階、主治医から将来の手術について説明を受けた段階、示談案や損害計算書が届いた段階のいずれでもご相談いただけます。署名後は清算条項の関係で選択できる方法が限られることがありますので、署名前に一度確認することをおすすめします。
まとめ
- 症状固定後の治療費・手術費は、それだけで対象外になるわけでも、当然に認められるものでもありません。
- 事故との因果関係、医学的な必要性、費用の相当性、実施される蓋然性、時期・回数・内容・金額の具体性を、資料でどこまで示せるかが問題になります。裁判例でも、医師の関与を示す資料、期間の裏付け、金額の具体性が結論に影響しています。
- 抜釘と人工関節の再置換は、適応の考え方も時期の見通しも異なるため分けて整理します。抜釘は全員が受けるものではなく、再置換も一般的な耐用年数から機械的に見積もることはできません。
- 手術費だけでなく、入院、通院交通費、付添い、休業、文書費用も個別に検討します。
- 一時金でまとめて受け取る場合、中間利息が控除されることがあります。適用される規律や利率は事故の時期によって異なることがあります。
- 示談書に署名する前に、損害計算書の内容と清算条項の範囲を確認してください。
次にできることとして、診療録・手術記録・画像・概算見積書がそろっているかを確認し、主治医に医学的見解を尋ね、示談案の損害項目と清算条項を読み返すことをおすすめします。
神戸みらい法律会計事務所では、症状固定後の抜釘や人工関節の再置換について、費用を示談に含めるか、権利を留保するかのご相談をお受けしています。診断書、手術記録、画像、概算見積書、保険会社からの書面、示談案を確認したうえで、損害項目の整理、争点の把握、示談条項の確認点を検討します。示談書に署名する前に、一度ご相談いただくことをおすすめします。
初回のご相談は無料です(事前予約制。法テラスの扶助相談や弁護士費用特約をご利用いただける場合等には、相談料をご請求させていただくことがあります)。電話相談・オンライン相談・出張相談にも対応しています(出張の場合は出張費用が必要です)。
お電話:078-797-5227(受付時間 9:00〜20:00)
本記事は一般的な法情報の提供を目的とするものであり、個別の事件についての法的助言ではありません。将来治療費・将来手術費の認否と金額は、傷病の内容、医学的な見通し、資料、過失割合などの個別事情により異なります。記載した法令・制度・裁判例・医学情報は、令和8年(2026年)9月時点で確認した法令及び公的機関・学会等の公表情報に基づいています。
監修者・執筆者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士・公認会計士/兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属
弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士
交通事故に関するご相談について、法律の観点に加え、損害の算定や資料の確認という観点も踏まえて対応しています。
参考資料(本文で参照した公的資料・公式資料。いずれも令和8年9月確認)
- e-Gov法令検索「民法」:第404条、第417条の2、第709条、第722条、第724条、第724条の2
- 法務省「法定利率について」
- 国土交通省「交通事故にあったときには」(症状固定)
- 国土交通省「支払までの流れと請求方法」
- 国土交通省「限度額と補償内容」
- 金融庁・国土交通省「自賠責保険・共済の支払基準」
- 裁判所 広島高等裁判所令和3年9月10日判決(令和2年(ネ)第299号)
- 裁判所 福岡地方裁判所平成16年10月25日判決(平成13年(ワ)第413号)
- 裁判所 最高裁判所第二小法廷昭和43年3月15日判決(民集第22巻3号587頁)
- 日本人工関節学会「よくある質問」
- 東邦大学医療センター大森病院「人工股関節再置換術」
- 国立病院機構京都医療センター「整形外科(関節外科)」
- 青森労災病院「骨折手術後の体内金属は抜いたほうがよいのか」
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