「遺言で財産のほとんどが兄に渡ることになった。自分にも最低限の取り分があると聞いたが、どう請求すればよいのか」「遺留分を請求する内容証明郵便が届いた。回答の前に、金額の計算や手続の流れを知りたい」「話合いが進まないので、家庭裁判所の調停や裁判に進むべきか迷っている」。遺留分侵害額請求には、請求する側にも受ける側にも、期限、計算、手続の三つの壁があります。
先に結論の方向性をお伝えすると、最初に確認すべきことは、相続開始日(亡くなった日)がいつか、相手方に対する権利行使の意思表示を済ませたか(済ませたなら、いつ相手方に到達したか)、そして1年の期間制限がいつ満了するかの三点です。家庭裁判所に調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示にならないと裁判所も案内しており、ここを誤ると請求自体が難しくなります。請求を受けた側も、期間、計算の前提、負担する範囲を確認せずに回答することは避けるべきです。
この記事では、令和元年7月1日以後に開始した相続を前提に、権利行使から、交渉、家庭裁判所の調停、民事訴訟、遺留分侵害額の算定、主張と立証、必要な資料、解決後の手続までを、手続の流れに沿って整理します。令和8年5月21日に始まった民事訴訟のオンライン化により、調停と訴訟で申立方法や費用の納め方が異なる点も併せて説明します。
遺留分侵害額請求は、相続開始日と権利行使の時期によって取り得る手段が変わります。神戸みらい法律会計事務所では、遺言書、相続関係、財産と債務の資料、相手方からの通知書を確認したうえで、期限、相手方の範囲、集めるべき資料、調停と訴訟の選択、回答の方針を整理しています。内容証明郵便を送る前、回答する前、調停や訴訟を申し立てる前に、一度ご相談いただくことをおすすめします。
まず結論:最初に行うこと、調停と訴訟の違い、準備する資料
| 項目 | 請求する側 | 請求を受けた側 |
|---|---|---|
| 最初に行うこと | 相続開始日と「知った時」を確認し、1年の期限内に、負担者となる受遺者・受贈者それぞれへ内容証明郵便等で権利行使の意思表示をし、到達の証拠を残す。 | 通知の到達日、請求者が遺留分権利者か、相続開始日が令和元年7月1日以後か、期限内の行使か、計算の前提(財産・贈与・債務・評価)を確認し、安易な承諾や一部支払をしない。 |
| 次に行うこと | 財産、贈与、債務、評価の資料を集め、三段階で侵害額を試算し、相手方と交渉する。 | 自分の負担上限、自分自身の遺留分、承継した債務、期限の許与の要否を検討し、反論と資料を整理する。 |
| 家庭裁判所の調停 | 訴訟の前に、原則として家庭裁判所の調停を申し立てる(調停前置)。申立先は相手方の住所地の家庭裁判所又は合意で定めた家庭裁判所。話合いの手続であり、不成立になっても自動的に審判へは移らない。 | |
| 民事訴訟 | 家庭裁判所ではなく、請求額に応じて地方裁判所又は簡易裁判所に金銭の支払を求める訴えを提起する。令和8年5月21日以後に提起する事件は、オンライン申立てと電子納付が基本。 | |
「資料がそろってから動く」のではなく、「期限を保全してから資料を集める」順序が基本です。財産の全容が分からなくても、遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示は、金額を特定せずに行うことができます。まず期限を守り、金額の確定は交渉や調停の中で進めます。
遺留分侵害額請求の基礎:適用される制度、当事者、金銭請求
相続開始日が令和元年7月1日以後かどうかで制度が変わる
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子、直系尊属)に保障された、遺言や贈与によっても奪うことのできない最低限の取り分です。平成30年の民法改正により、令和元年7月1日以後に開始した相続については、遺留分を侵害された相続人は、遺贈や贈与を受けた人に対して「遺留分侵害額に相当する金銭の支払」を請求する制度(遺留分侵害額請求)になりました(民法第1046条第1項)。令和元年6月30日以前に開始した相続には、改正前の「遺留分減殺請求」の規定が適用され、遺贈や贈与の対象物そのものの返還が原則となります。制度を分ける基準は、遺言の作成日や通知の日ではなく、相続開始日(被相続人が亡くなった日)です。
誰が、誰に請求できるか
請求できるのは、遺留分権利者とその承継人です(民法第1046条第1項)。兄弟姉妹(甥・姪を含む)には遺留分がありません(民法第1042条第1項)。請求の相手方は受遺者又は受贈者で、受遺者には、遺贈を受けた人だけでなく、「長男に自宅を相続させる」といった特定財産承継遺言により財産を承継した相続人や、相続分の指定を受けた相続人も含まれます(民法第1046条第1項かっこ書)。受遺者・受贈者が複数いる場合の負担の順序と上限は法律で決まっています(民法第1047条)。
現物の返還ではなく金銭の支払を求める制度
現行制度は、遺贈や贈与を無効にしたり、不動産の持分を取り戻したりする制度ではなく、遺留分侵害額に相当する「金銭」の支払を求めるものです。金銭の代わりに不動産などを渡す合意(代物弁済)も可能ですが、税務上の扱いは別に検討が必要です。
期間内の意思表示:1年と10年、調停の申立てだけでは足りない
1年と10年の期間制限(民法第1048条)
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が「相続の開始」と「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったこと」の両方を知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続開始の時から10年を経過したときも同様です(民法第1048条)。1年は条文上「時効」とされ、10年は、知らなくても経過により権利が失われる期間(除斥期間)と解するのが一般的です。「知った時」は、遺言書の内容を知った日、検認期日、相手方からの通知の日などが手がかりになりますが、個別事情により判断が分かれます。遺言の無効を争っていても当然に期間の進行が止まるわけではなく、有効とされた場合に備えて期限内に予備的に権利を行使しておく対応が実務上一般的です。
家庭裁判所の調停を申し立てただけでは権利行使にならない
裁判所の案内では、家庭裁判所の調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示とはならないため、調停の申立てとは別に、内容証明郵便等により意思表示を行う必要があるとされています。意思表示は、期限内に相手方に「到達」して初めて効力を生じます(民法第97条第1項)。また、遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示(形成権の行使)と、具体的な金額を示して支払を求める催告(履行の請求)は別のものです。前者は金額を特定しなくても行うことができ、期限の保全のために先に行います。後者は遅延損害金の起算点などに関わるため、金額が固まった段階で改めて行うことがあります。
受遺者や受贈者が複数いる場合、誰が負担するかは法律上の順序で決まりますが、評価や贈与の有無を巡る争いで負担者が変わることがあります。一人にだけ請求すれば足りると考えず、負担者となり得る受遺者・受贈者それぞれに、期限内に意思表示を到達させておくのが安全です。
内容証明郵便は「送った」ことではなく「届いた」ことが重要です。配達証明を付け、受領証、謄本、配達証明書、追跡記録を保管してください。相手方が受け取らずに留置期間が過ぎて返送された場合でも、社会通念上了知可能な状態に置かれていれば到達を認めた最高裁判例(最高裁平成10年6月11日判決)がありますが、到達が争われるおそれがある場合は、特定記録郵便の併用や期限に余裕を持った発送など、到達を立証できる手当てを検討します。
権利行使後の金銭債権の時効と遅延損害金
期限内に権利を行使すると、遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生します。この金銭債権は一般の債権と同じく消滅時効の対象で、民法第166条第1項では、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年とされています(権利行使の時期が令和2年3月31日以前の場合など、改正前の規定が適用されるかどうかは経過措置の確認が必要です)。この金銭債権は、裁判上の請求や家事調停の申立てにより時効の完成が猶予され、確定判決や調停の成立によって時効が更新されます(民法第147条)。催告による6か月の完成猶予(民法第150条)や書面による協議の合意による完成猶予(民法第151条)もあります。もっとも、これらは権利行使によって発生した金銭債権の話であり、まだ権利を行使していない段階の1年の期間制限とは別の問題です。
遅延損害金は、期限の定めのない債務として、履行の請求を受けた時から遅滞の責任が生じ(民法第412条第3項)、遅滞に陥った最初の時点の法定利率(民法第404条・第419条第1項)で計算します。法定利率は令和8年4月1日以降も年3%です(法務省の告示による。次回見直しは令和11年4月1日)。起算点を、具体的金額を示した催告の到達日の翌日とするか、訴状送達日の翌日とするかは、催告の内容や立証の可否によって整理が変わりますので、通知書の文言と到達日の記録を残しておくことが重要です。
遺留分侵害額の算定:三段階で考える
遺留分侵害額は「遺産総額×遺留分の割合」では出ません。裁判実務では、第1段階として遺留分額、第2段階として遺留分侵害額を算定し、第3段階として誰がいくら負担するか(負担者と負担順序)を決める順序で整理されます。以下、民法第1042条から第1047条までの構造に沿って説明します。
第1段階:遺留分額の算定
遺留分額は、「遺留分を算定するための財産の価額(基礎財産)」に「個別的遺留分割合」を乗じて算定します。
基礎財産=相続開始時に被相続人が有した財産の価額+算入対象となる贈与の価額-相続債務の全額(民法第1043条第1項)
個別的遺留分割合=総体的遺留分(直系尊属のみが相続人の場合は3分の1、その他の場合は2分の1)×法定相続分(民法第1042条)
| 基礎財産の要素 | 内容と注意点 |
|---|---|
| 相続開始時の財産 | 遺贈や特定財産承継遺言の対象財産、未分割の遺産、預貯金、貸金債権などを含む。評価は相続開始時の時価が基準で、固定資産評価額や相続税評価額は参考資料にとどまる。 |
| 相続人以外の人への贈与 | 原則として相続開始前1年間の贈与に限り算入。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合は、1年より前のものも算入(民法第1044条第1項)。 |
| 相続人への贈与 | 原則として相続開始前10年間の、婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与(特別受益)に限り算入。双方に害意がある場合は10年より前のものも算入(民法第1044条第3項)。贈与財産は相続開始時を基準に評価し(同条第2項・第904条)、負担付贈与は負担の価額を控除する(民法第1045条)。 |
| 相続債務 | 借入金、保証債務、未払税金、未払医療費などの相続開始時の債務の全額を控除。相続開始後の葬儀費用や管理費用は、当然に相続債務として控除されるものではない。 |
生命保険金、死亡退職金、名義預金、使途不明金、相続税なども相談でよく問題になりますが、それぞれ遺産性、特別受益性、債務性について別の要件と判断枠組みがあり、「すべて基礎財産に入る」「すべて債務として引ける」と一括りに処理することはできません。
第2段階:遺留分侵害額の算定
遺留分侵害額は、遺留分額から次の①②を控除し、③を加算して算定します(民法第1046条第2項)。
遺留分侵害額=遺留分額-①遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益に当たる贈与の価額-②未分割遺産のうち遺留分権利者が取得すべき遺産の価額+③遺留分権利者が承継する相続債務の額
①の「特別受益に当たる贈与」は民法第903条第1項に規定する贈与であり、基礎財産への算入範囲(相続人への贈与は原則10年間)とは別の規定です。そのため、遺留分権利者自身が10年より前に受けた特別受益であっても、①の控除の対象になり得ると解されています。
②は、未分割の遺産がある場合に、法定相続分ではなく、特別受益を考慮した具体的相続分(民法第900条から第904条まで。寄与分は考慮しない)に応じて遺留分権利者が取得すべき額を控除するものです。遺産分割が済んでいるかどうかにかかわらず同じ方法で計算し、持戻し免除の意思表示は、基礎財産の算定では考慮されませんが、この具体的相続分の算定では考慮されます。貸金債権などの一般の可分債権は相続開始と同時に相続分に応じて分割されると解されているため、遺留分権利者が取得する分を控除する扱いが一般的です。これに対し、預貯金債権は当然には分割されず、遺産分割の対象になるとされています(最高裁平成28年12月19日大法廷決定)。
③は、遺留分権利者が法定相続分又は指定相続分に応じて承継する相続債務の額です(民法第899条)。相続開始後にその債務が弁済されたかどうかにかかわらず、相続開始時の承継額を加算するのが一般的な考え方です。なお、相続人の一人に財産の全部を相続させる旨の遺言がある場合には、特段の事情がない限り相続人間ではその相続人が相続債務もすべて承継したと解され、遺留分権利者の法定相続分に応じた債務の額を加算することは許されないとした最高裁判例(最高裁平成21年3月24日判決)があります。
第3段階:負担者と負担順序(民法第1047条)
| 場面 | 負担のルール |
|---|---|
| 負担の上限 | 遺贈又は贈与(基礎財産に算入されるものに限る)の目的の価額が限度。受遺者・受贈者が相続人である場合は、目的の価額からその相続人自身の遺留分額を控除した額が上限(第1項柱書)。承継した相続債務の額も併せて考慮すべきとする考え方が示されている。 |
| 受遺者と受贈者がいるとき | 受遺者が先に負担する(第1項第1号)。 |
| 受遺者が複数のとき、又は同時にされた贈与の受贈者が複数のとき | 目的の価額の割合に応じて負担する。遺言者が遺言で別段の意思を表示したときはそれに従う(第1項第2号)。 |
| 時期の異なる贈与の受贈者が複数のとき | 後(新しい)の贈与の受贈者から順に負担する(第1項第3号)。先後は契約締結時が基準とされる。死因贈与は、受遺者の後、生前贈与の前に負担すると解する見解が多数とされるが、明文はなく見解が分かれる。 |
| 負担者が無資力のとき | 無資力による損失は遺留分権利者の負担となる(第4項)。複数の負担者を当然に連帯債務者として扱うことはできず、各人の負担額と上限を個別に計算する。 |
| 請求を受けた側の対抗手段 | 遺留分権利者が承継した相続債務を弁済などで消滅させた場合、その額の限度で、意思表示により自分の負担する債務を消滅させることができる(第3項)。裁判所に支払につき相当の期限の許与を求めることもできる(第5項)。 |
簡単な計算例
次の設例は、三段階の流れを理解するために単純化した架空の例です。実際の事案では、財産の範囲、評価額、贈与の該当性、債務の扱い、相続人の構成によって結果は大きく変わります。
- 相続人:妻W、長男S、長女D(法定相続分は妻2分の1、長男・長女各4分の1)
- 遺言:自宅(相続開始時の評価額3,000万円)を長男Sに相続させる(特定財産承継遺言)
- 未分割の遺産:預貯金300万円
- 生前贈与:長女Dが7年前に生計の資本として300万円の贈与を受けた(持戻し免除の意思表示なし)
- 相続債務:借入金400万円(相続分の指定なし)
- 権利行使:長女Dが長男Sに対して遺留分侵害額請求をした
| 段階 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 第1段階:基礎財産 | 相続開始時の財産3,300万円(自宅3,000万円+預貯金300万円)+算入対象の贈与300万円-相続債務400万円 | 3,200万円 |
| 第1段階:Dの遺留分額 | 3,200万円×2分の1×4分の1(個別的遺留分割合8分の1) | 400万円 |
| 第2段階:①Dが受けた特別受益 | 7年前の生計の資本の贈与 | -300万円 |
| 第2段階:②未分割遺産からDが取得すべき額 | みなし相続財産3,600万円(相続開始時の財産3,300万円+贈与300万円)で具体的相続分を計算すると、Wは1,800万円、Sは900万円から自宅3,000万円を引くとマイナスのため0円、Dは900万円-300万円=600万円。未分割の預貯金300万円をWとDの具体的相続分(1,800万円:600万円)で按分すると、Dの取得額は75万円 | -75万円 |
| 第2段階:③Dが承継する相続債務 | 400万円×法定相続分4分の1 | +100万円 |
| 第2段階:Dの遺留分侵害額 | 400万円-300万円-75万円+100万円 | 125万円 |
| 第3段階:負担者と上限 | 負担者は受遺者に当たるS。Sの上限は、自宅3,000万円からS自身の遺留分額400万円(承継債務100万円も考慮すれば計500万円)を控除した額で、125万円を十分に上回る | Sが125万円を負担 |
相続開始時の財産3,300万円に8分の1を乗じただけの「412万5,000円」とは大きく異なる結果になります。長女D自身の特別受益、未分割の預貯金から取得できる分、承継する債務のそれぞれが結論を動かすためです。妻Wも権利を行使する場合は、別途同じ手順で計算します。
不動産は相続税評価額や固定資産評価額と時価に差があることが多く、非上場株式(自社株)は評価方法によって大きな差が出ることがあります。評価が争点になる場合の考え方と資料は、自社株・不動産がある相続の遺留分侵害額請求における評価の考え方を解説した記事をご覧ください。本記事では、調停・訴訟で評価をどのように主張し、どの資料を出すかという手続面に重点を置きます。
交渉から家庭裁判所の調停へ
内容証明郵便の後の交渉で確認すること
権利行使の意思表示を済ませた後は、財産・贈与・債務の資料と評価を示し合いながら、金額と支払方法を交渉します。相手方が資料を開示しない場合は、調停で裁判所を介して開示を促すか、後述する裁判上の手段を検討します。合意に至る場合は、次の点を合意書で明確にしてください。
- 合意の対象となる財産の範囲、評価基準日、評価額
- 支払額、支払期限、分割払の場合の回数と各期日、利息・遅延損害金、期限の利益喪失の条項
- 金銭以外の財産で支払う場合(代物弁済)の対象、登記手続、費用負担、税務上の扱い
- 清算条項の範囲(遺留分に限るのか、遺産分割や他の請求まで含むのか)
- 不履行時に強制執行できる形(調停調書、公正証書など)にするかどうか
遺留分侵害額の支払が確定した場合、相続税の申告をした人は、その事由を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができる制度があり(相続税法第32条第1項第3号)、支払を受けた側にも申告等が必要になることがあります。税務は民法上の遺留分の計算とは別の問題ですので、税理士への確認を並行して進めてください。
調停前置:訴訟の前にまず調停を申し立てる
遺留分侵害額請求は「家庭に関する事件」として家事調停の対象であり、訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければなりません(家事事件手続法第244条・第257条第1項)。調停を経ずに訴えを提起した場合、裁判所は原則として事件を職権で調停に付しますが、調停に付することが相当でないと認めるときはこの限りではありません(同条第2項)。相手方が明確に協議を拒否している場合など、調停に適さない事情がある事案では、その事情を示して訴訟の審理を求めることもあります。
| 項目 | 遺留分侵害額の請求調停 |
|---|---|
| 申立人 | 遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人)とその承継人 |
| 申立先 | 相手方の住所地を管轄する家庭裁判所、又は当事者が合意で定める家庭裁判所(家事事件手続法第245条第1項) |
| 申立てに必要な費用 | 収入印紙1,200円分と、連絡用の郵便切手(額は裁判所ごとに異なる)。家事調停は令和8年5月21日の民事訴訟デジタル化の対象外で、従来どおり収入印紙と郵便切手で納める。 |
| 標準的な必要書類 | 申立書とその写し、被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本、相続人全員の戸籍謄本、遺言書の写し又は検認調書謄本の写し、遺産に関する証明書(登記事項証明書、固定資産評価証明書、預貯金通帳の写し又は残高証明書等)。裁判所により追加の書類や様式がある。 |
| 対象外の相続 | 令和元年6月30日以前に開始した相続は、この調停ではなく旧制度の調停の対象。 |
申立書の書式や記入例は裁判所のウェブサイトで公開されています。遺産目録に財産と評価額を整理し、意思表示の到達を示す資料(内容証明郵便の謄本と配達証明)を添付するのが通例です。
調停の進み方、成立と不成立
調停は、裁判官と調停委員で構成される調停委員会が、双方から交互に事情を聴き、資料の提出と主張の整理を促しながら、合意による解決を目指す手続です。財産の範囲、評価額、贈与の該当性、債務の扱いなど、争点ごとに双方の計算の違いを示し、査定書、鑑定書、決算書などの提出を求められることがあります。合意が成立し調書に記載されると、その記載は確定判決と同一の効力を有し(家事事件手続法第268条第1項)、支払がなければ強制執行の手続に進むことができます。
合意の見込みがない場合には、調停は不成立として終了し、裁判所から当事者にその旨が通知されます(同法第272条第1項・第2項)。重要なのは、遺留分侵害額の請求調停は、遺産分割調停とは異なり、不成立になっても自動的に審判手続へ移行しないことです。審判への移行は別表第二に掲げる事項(遺産分割など)に限られており(同条第4項)、遺留分侵害額請求はこれに含まれません。解決を求めるには、別途、民事訴訟を提起する必要があります。
調停が不成立となった旨の通知を受けた日から2週間以内にその請求について訴えを提起したときは、調停の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされます(家事事件手続法第272条第3項)。これは訴えの提起時期を調停申立時にさかのぼらせる規定であり、調停が自動的に訴訟へ移行するものでも、民法第1048条の1年の期間内の権利行使に代わるものでもありません。「調停中は時効が止まる」「不成立後はいつでも訴えられる」という理解は正確ではなく、期間の計算も個別に確認する必要があります。
また、調停が成立しない場合に、家庭裁判所が相当と認めるときは、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を考慮して、職権で「調停に代わる審判」をすることがあります(家事事件手続法第284条第1項)。この審判には、告知を受けた日から2週間の不変期間内に異議を申し立てることができ、適法な異議があれば審判は効力を失い、異議がなければ確定判決と同一の効力を有します(同法第286条・第287条)。あくまで例外的な制度であり、不成立後の原則は民事訴訟の提起です。なお、調停で提出した主張や資料は訴訟で当然に証拠になるわけではなく、訴訟では請求原因と抗弁の枠組みに沿って主張を組み立て直し、必要な書証を改めて提出します。調停段階から、後の訴訟を見据えて資料を整理しておくことが重要です。
交渉を続けるか、調停を申し立てるか、調停に適さない事情を示して訴訟を求めるかは、相手方の対応、資料の開示状況、評価の争いの程度、期限の状況によって変わります。相手方からの通知書や計算表、これまでのやり取りをお持ちいただければ、争点の整理と手続の選択、次に集めるべき資料をご相談いただけます。
調停不成立後の民事訴訟
どの裁判所に訴えるか
遺留分侵害額請求訴訟は、金銭の支払を求める通常の民事訴訟であり、家庭裁判所ではなく、地方裁判所又は簡易裁判所に提起します。請求額(訴額)が140万円以下の場合は簡易裁判所、140万円を超える場合は地方裁判所が扱います(裁判所法第33条第1項第1号)。土地管轄は、被告の住所地を管轄する裁判所が原則です(民事訴訟法第4条)。これに加えて、金銭債権は特約がなければ債権者の現在の住所で弁済すべきものとされるため(民法第484条第1項)、義務履行地として原告の住所地の裁判所に提起できる場合があります(民事訴訟法第5条第1号)。さらに、遺留分に関する訴えは、相続開始時の被相続人の普通裁判籍の所在地(最後の住所地)の裁判所にも提起できます(同条第14号)。書面による合意で管轄を定めることもできます(同法第11条)。複数の裁判所から選べる場合は、証人や資料の所在、出頭の負担を踏まえて選択します。
手数料と費用の枠組み(令和8年5月21日以後に提起する事件)
訴えの提起には、訴額に応じた申立手数料を納めます。令和4年法律第48号による改正民事訴訟法等が令和8年5月21日に施行され、同日以後に提起する事件では、従来別に予納していた送達用の郵便費用が、申立手数料に定額で組み込まれました。裁判所の案内によれば、郵便費用相当額は被告1名の場合、書面で申し立てるときは2,500円、オンラインで申し立てるときは1,400円で、被告が2名以上のときは1名増えるごとに2,000円が加算されます。手数料は原則としてペイジーによる電子納付です。同日より前に提起された事件は、従来どおり紙の記録と収入印紙・郵便切手による手続が続きます。
| 訴額(請求額) | 申立手数料(本体) | 書面で申し立てる場合の合計 | オンラインで申し立てる場合の合計 |
|---|---|---|---|
| 300万円 | 20,000円 | 22,500円 | 21,400円 |
| 500万円 | 30,000円 | 32,500円 | 31,400円 |
| 1,000万円 | 50,000円 | 52,500円 | 51,400円 |
| 3,000万円 | 110,000円 | 112,500円 | 111,400円 |
上の表は、裁判所が公表する手数料額早見表と民事訴訟費用等に関する法律の別表に基づき、被告が1名の場合を示したものです。実際の額は被告の数、訴額、申立ての方法によって変わりますので、提起前に裁判所の最新の案内で確認してください。このほか、評価が争われる場合の鑑定費用、証明書の取得費用、弁護士費用が別途必要になります。判決で「訴訟費用は被告の負担とする」とされても、弁護士費用や私的に依頼した鑑定の費用などが当然に相手方から全額回収できるわけではありません。請求額、争点の数、評価手続の要否によって費用対効果は変わりますので、提起前に見通しを整理することをおすすめします。
オンライン申立てと、家事調停・保全手続との違い
令和8年5月21日以後に提起する民事訴訟では、訴状、準備書面、証拠などを裁判所のシステムを通じてオンラインで提出でき、判決書や調書も電子データで管理されます。弁護士などの訴訟代理人は、システム障害などの例外を除き、オンラインでの申立てが義務付けられています(民事訴訟法第132条の10・第132条の11)。訴訟代理人を付けない本人は、従来どおり紙の書面で提出することもできます。期日は、裁判所の判断によりウェブ会議で参加できる場合があります。
これに対し、家事調停・家事審判などの家事事件手続、人事訴訟、民事執行、倒産手続は、令和8年5月21日時点のオンライン申立ての対象外であり、令和10年6月までに対象となる予定と案内されています。仮差押え・仮処分といった民事保全の申立ても、同日の民事訴訟の全面電子化の対象外で、従来どおり書面で提出します。同じ遺留分の紛争でも、調停、訴訟、保全で申立方法や費用の納め方が異なることを前提に準備してください。
訴状の骨格と主な争点
訴状には、請求の趣旨(支払を求める金額と遅延損害金)と請求の原因を記載します。請求原因は、大きく分けると、①被相続人の死亡と相続関係(原告が遺留分権利者であること)、②遺留分額と遺留分侵害額の算定の基礎となる財産の内容と価額、③遺留分に関する権利行使の意思表示(相手方への到達日を含む)の三つで構成されます。先行する調停の経過(事件番号、不成立日、通知を受けた日)も記載します。財産目録と計算過程を添付し、争いがある項目については当事者双方の計算の違いを争点ごとに並べて示すと、審理の初期段階で争点を共有しやすくなります。新たな財産や贈与、評価資料が判明したときは、計算と主張を更新していきます。
| 請求を受けた側の主な反論(抗弁) | 内容 |
|---|---|
| 原告自身の特別受益・未処理遺産 | 原告が受けた遺贈や特別受益(10年より前のものも含む)の価額、未分割遺産や可分債権から原告が取得すべき額を控除すべきとする主張。 |
| 期間制限 | 相続開始と侵害する贈与・遺贈を知った時から1年以内に権利行使がされていない、又は相続開始から10年を経過しているとする主張(民法第1048条)。到達の有無・時期が争点になる。 |
| 債務の消滅 | 原告が承継した相続債務を被告が弁済したため、その限度で負担債務を消滅させる意思表示をしたとする主張(民法第1047条第3項)。 |
| 期限の許与 | 直ちに金銭を用意できないため、支払につき相当の期限を許与するよう裁判所に求める申立て(民法第1047条第5項)。 |
| 財産・贈与・評価・負担順序の争い | 財産の範囲(名義預金や生命保険の扱い)、贈与の時期・特別受益性・害意、評価額、他の受遺者・受贈者との負担順序や上限に関する主張。 |
相手方や第三者から資料を得られないとき
請求する側は、被相続人の財産や贈与の全容を把握できないことが少なくありません。任意の開示要請で得られない場合、弁護士に依頼していれば、弁護士会を通じて金融機関などに照会する弁護士会照会(弁護士法第23条の2)を利用できることがあります。訴訟では、裁判所を通じた文書送付嘱託、調査嘱託、文書提出命令、鑑定といった手段があります。もっとも、いずれも利用の要件があり、照会先の対応、裁判所の判断、費用、対象資料の限界があるため、常に資料を取得できる制度ではありません。相続人であれば被相続人名義の預貯金の取引履歴を金融機関に直接請求できるのが通常ですので、自分で集められる資料から着手することが基本です。
和解、判決、上訴、強制執行
訴訟の途中で和解が成立することも多く、和解調書には確定判決と同じ執行力があります。和解に至らなければ判決が言い渡され、金銭請求の判決には仮執行宣言が付されることがあります。判決に不服があれば送達を受けた日から2週間以内に控訴でき、確定後(又は仮執行宣言に基づき)、任意の支払がなければ、預貯金や不動産などに対する強制執行を申し立てることになります。
相手方が財産を処分するおそれがある場合には、仮差押えを検討することがあります。ただし、仮差押命令は、金銭債権について強制執行ができなくなるおそれ又は著しい困難を生ずるおそれがあるときに発せられるもので(民事保全法第20条第1項)、権利と保全の必要性の疎明(同法第13条第2項)と、裁判所が定める担保(同法第14条第1項)が必要な別の手続です。担保の負担や、保全が誤りであった場合の責任も考慮する必要があり、安易に申し立てるべきものではありません。
よく争われる論点
| 論点 | 争いになりやすい理由と検討の視点 |
|---|---|
| 不動産・非上場株式の評価 | 固定資産評価額、相続税評価額、査定、鑑定で数字が異なる。基準時は相続開始時。賃貸・借地・共有の有無、株式では評価方法と決算資料の把握が前提になる。 |
| 生前贈与の有無・時期・特別受益性 | 送金記録や名義変更はあるが贈与契約書がない、生活費援助か生計の資本か、贈与の日が10年(相続人以外は1年)の内か外か、害意の有無、持戻し免除の意思表示の有無。 |
| 相続債務と未分割遺産 | 借入金や保証債務の残高、葬儀費用の扱い、全部を相続させる遺言がある場合の債務の承継、未分割遺産の取得額、預貯金と貸金債権の違い、使途不明金や名義預金の遺産性。 |
| 遺言の有効性 | 遺言能力や方式の争いは遺留分の前提問題。遺言無効の主張と遺留分の予備的行使の関係を整理する必要がある。 |
| 複数の受遺者・受贈者の負担 | 負担順序、各人の上限、相続人である受遺者の遺留分の控除、無資力者がいる場合の扱い。 |
| 支払期限の許与・分割払 | 不動産や自社株を承継した側に現金がない場合。期限の許与の申立てや、和解での分割払・代物弁済の設計。 |
これらの論点は複数が絡み合って請求額を動かします。双方の計算の差がどの論点から生じているかを可視化し、資料で埋められる差と評価判断に委ねざるを得ない差を区別することが、交渉でも調停・訴訟でも出発点になります。
遺産分割・遺言無効など関連する手続との関係
遺留分侵害額請求は、遺言が有効であることを前提に、金銭の支払を求める手続です。関連する手続との関係を整理します。
| 手続 | 遺留分侵害額請求との関係 |
|---|---|
| 遺産分割協議・調停・審判(家庭裁判所) | 遺言の対象外の未分割遺産の分け方を決める手続。遺留分侵害額の算定では具体的相続分に応じた取得額を控除するため、両者は相互に影響する。遺産分割調停は不成立になると審判に移行する点で遺留分の調停と異なる。 |
| 遺言無効確認の調停・訴訟 | 遺言が無効なら遺留分侵害額請求の前提が崩れ、法定相続に基づく遺産分割の問題になる。無効を争う場合でも、有効とされた場合に備えて期限内に遺留分に関する権利を予備的に行使しておくのが一般的。 |
| 遺産に関する紛争調整調停 | 遺産の範囲、遺言の効力、使途不明金など、相続人間の前提問題を話し合う家庭裁判所の調停。遺留分侵害額請求調停と併せて、又は先行して利用されることがある。 |
| 使途不明金・名義預金の返還請求(民事訴訟) | 相続開始前後の預金の引出しなどを巡る不当利得・不法行為の請求は、遺留分とは別の請求。判明した財産や返還額が基礎財産の計算に影響することがある。 |
| 相続税の申告・更正の請求 | 相続税の評価と民法上の評価は別。遺留分侵害額の確定後、更正の請求(4か月以内)や修正申告が必要になることがあり、未分割の場合の申告方法も別途定められている。 |
どの手続を先行させるか、併行させるか、訴えを併合するか、予備的に請求するかは、争点の構造、証拠の状況、期限、当事者の数によって異なり、一律の最適解はありません。組合せを誤ると時間と費用が二重にかかることがありますので、最初の段階で全体の設計を検討することが重要です。遺産分割協議書に署名する前の確認事項は、遺産分割協議書に署名する前のチェックリストを解説した記事で扱っています。
手続前チェックリスト
相談、通知、回答、申立て、署名の前に、次の資料と情報を可能な範囲で確認してください。すべてそろっていなくても相談は可能ですが、期限に関する資料は最優先です。
請求する側
- 被相続人の死亡日と、遺言や贈与の内容を知った日が分かる資料(検認期日通知、遺言書の写しを受け取った日の記録など)
- 内容証明郵便の謄本、配達証明書、追跡記録、送付先ごとの到達日の一覧
- 負担者となり得る受遺者・受贈者の一覧、相続関係を示す戸籍・除籍・改製原戸籍と相続関係説明図
- 遺言書(公正証書遺言の謄本、自筆証書遺言の写しと検認調書、遺言執行者の有無)
- 不動産の登記事項証明書、固定資産評価証明書、査定書、賃貸借契約の資料
- 預貯金の残高証明書、通帳、取引履歴、証券口座の残高、貸金債権などの資料
- 非上場株式がある場合は定款、株主名簿、決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書
- 贈与に関する資料(贈与契約書、送金記録、名義変更資料、贈与税申告書、贈与の目的や時期が分かる資料)
- 相続税申告書と財産評価明細(税務上の評価額が民法上の時価と一致するとは限らない点に留意)
- 相続債務の資料(借入金の残高証明、保証契約、未払税金、医療費など)
- 生命保険、死亡退職金、信託など、遺産性や特別受益性の検討を要する資料
請求を受けた側
- 相手方の通知書、調停申立書、訴状、計算表、評価資料と、それぞれの到達日・送達日
- 裁判所からの照会書、期日通知、答弁書提出期限などの期限一覧
- 請求者が遺留分権利者か(兄弟姉妹ではないか、放棄や欠格の事情はないか)、相続開始日が令和元年7月1日以後か
- 相手方が主張する財産の範囲・評価額・贈与・債務について、自分の認識と異なる点の整理
- 自分自身が受けた遺贈・贈与の内容と、自分自身の遺留分額、承継した相続債務の額(負担の上限に関わる)、相続債務を自分が弁済した場合はその資料
- 相手方自身が受けた贈与や、未分割遺産の存在を示す資料(控除項目の主張)
- すぐに支払える現金がない場合の支払計画(期限の許与、分割払、代物弁済の検討)
双方に共通
- これまでの交渉記録(手紙、メール、メッセージ、面談メモ)
- 合意書・示談書に署名する前に、対象財産、評価、支払条件、清算条項、税務、強制執行の可否を確認したか
- 遺産分割、遺言無効、使途不明金など、関連する手続の要否と順序を検討したか。税理士への相談(更正の請求・修正申告、代物弁済の課税関係)を予定したか
請求を受けた側の初動、回答書の書き方、安易に認めてはいけない事項については、遺留分侵害額請求を受けた側が回答前に確認すべき事項を解説した記事で詳しく説明しています。
弁護士に相談するタイミング
相談に適した時期は、①遺言の内容を知った直後(1年の期限が動き出すため)、②内容証明郵便を送る前又は受け取った直後、③相手方へ回答する前や合意書に署名する前、④調停を申し立てる前又は申立書・訴状を受け取った直後、⑤調停が不成立となった直後(2週間の期間があるため)です。弁護士に相談することで、期間の保全(誰に、いつまでに、どのような文面で意思表示をするか)、負担者の選定、資料収集の方法と順序、三段階の計算、評価の争点整理、交渉方針、調停申立書や訴状の作成、主張立証の組立て、関連手続との設計といった判断材料を整理できます。結論は資料と個別事情によって変わるため、相談の時点で確定的な結果をお約束することはできませんが、何を確認すれば見通しを検討できるのかを明確にすることができます。
よくある質問
- 家庭裁判所に調停を申し立てれば、1年の期間内に遺留分を請求したことになりますか。
- なりません。裁判所の案内でも、調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示にならないため、調停の申立てとは別に内容証明郵便等で意思表示をする必要があるとされています。期限内に相手方へ到達したことを証明できる形で行ってください。
- 調停をせずに、いきなり訴訟を起こせますか。
- 遺留分侵害額請求は調停前置の対象であり、原則としてまず家庭裁判所に調停を申し立てます。調停を経ずに訴えを提起しても直ちに不適法になるわけではありませんが、裁判所は原則として事件を調停に付します。調停に適さないと認められる事情がある場合には、そのまま審理が進むこともあります。
- 遺留分侵害額請求調停が不成立になると、自動的に審判に移りますか。
- 移りません。不成立後に自動的に審判へ移行するのは遺産分割など別表第二の事件に限られ、遺留分侵害額請求の調停は含まれません。解決を求めるには民事訴訟を提起する必要があります。例外的に、家庭裁判所が調停に代わる審判をすることがありますが、適法な異議の申立てがあれば効力を失います。
- 遺留分侵害額請求の訴訟は、家庭裁判所に提起するのですか。
- いいえ。金銭の支払を求める民事訴訟ですので、請求額が140万円以下なら簡易裁判所、140万円を超えるなら地方裁判所に提起します。土地管轄は、被告の住所地のほか、義務履行地や相続開始時の被相続人の住所地の裁判所を選べる場合があります。
- 相手が遺産の資料を開示しない場合、どのように準備すればよいですか。
- まず期限内の意思表示を済ませたうえで、戸籍、登記事項証明書、相続人として取得できる預貯金の取引履歴など、自分で集められる資料から着手します。弁護士会照会や、調停・訴訟における文書送付嘱託・調査嘱託・文書提出命令などの手段もありますが、要件や限界があり、常に取得できるわけではありません。
- 相続税申告書や固定資産評価額で遺留分の額は決まりますか。
- 決まりません。民法上の遺留分の計算は相続開始時の時価が基準であり、相続税評価額や固定資産評価額は参考資料にとどまります。不動産や非上場株式では、査定や鑑定によって評価が大きく変わることがあり、個別の検討が必要です。
- 生前贈与が10年以上前なら、必ず計算から外れますか。
- 外れるとは限りません。基礎財産に算入する相続人への贈与は原則として相続開始前10年間の特別受益に限られますが、当事者双方に害意がある場合は10年より前の贈与も算入されます。また、遺留分権利者自身が受けた特別受益を侵害額から控除する場面では、10年の制限が当然には適用されないと解されています。
- 請求を受けた側は、支払期限の猶予を求められますか。
- 求められます。裁判所は、受遺者・受贈者の請求により、負担する債務の全部又は一部の支払について相当の期限を許与することができます(民法第1047条第5項)。交渉や調停・訴訟上の和解で分割払や代物弁済を合意することもあります。どの方法が適切かは、資産の内容と資金の見通しによって異なります。
まとめ
- 最初に確認するのは、相続開始日(令和元年7月1日以後か)、相手方への権利行使の意思表示と到達日、1年・10年の期間制限の三点です。
- 調停の申立てだけでは権利行使になりません。負担者となり得る受遺者・受贈者それぞれに、期限内に到達を証明できる形で意思表示をしてください。
- 遺留分侵害額は、基礎財産と割合から遺留分額を出し、自分の特別受益・未分割遺産の取得額・承継債務で調整し、負担者と負担順序を決める三段階で計算します。
- 訴訟の前に家庭裁判所の調停が原則です(調停前置)。不成立でも審判には移行せず、民事訴訟の提起が必要です。通知を受けた日から2週間以内の提訴には、調停申立時に訴えを提起したものとみなす効果があります。
- 訴訟は地方裁判所又は簡易裁判所に提起し、令和8年5月21日以後の事件はオンライン申立てと電子納付が基本です。家事調停や民事保全は対象外です。
- 評価、生前贈与、債務、未分割遺産、遺言の有効性、複数の負担者、支払期限が主な争点になります。資料を持って相談することで、期限、相手方、計算、手続選択、回答方針を整理できます。
神戸みらい法律会計事務所では、遺留分を請求したい方、遺留分侵害額請求を受けた方の双方から、相続案件に対応する弁護士がご相談をお受けしています。弁護士・公認会計士の視点から、不動産や自社株の評価資料、決算書、相続税申告書を確認したうえで、請求額又は防御方針の見通しを検討し、内容証明郵便の送付、調停申立て、訴訟提起、回答、合意の前に対応方針を整理できます。
本記事は一般的な法情報の提供を目的とするものであり、個別の事件についての法的助言ではありません。遺留分侵害額請求の結論は、相続開始日、権利行使の時期、財産・贈与・債務の内容と評価、相続人の構成などの個別事情により異なります。記載した制度、手続、費用は、2026年(令和8年)8月時点で確認した法令及び公的機関の公表情報に基づいています。最新の情報は各機関の案内でご確認ください。
監修者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士・公認会計士/兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属
弁護士法人ひょうご支所神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士
遺言・相続、遺留分、遺産分割、事業承継など、法律と会計の両面からの検討を要する案件に対応しています。
参考資料(いずれも2026年8月確認)
- 遺留分侵害額の請求調停(裁判所)
- 遺留分侵害額の請求調停の申立書(裁判所)
- 遺産分割調停(裁判所)
- 遺産に関する紛争調整調停(裁判所)
- 手数料(裁判所)
- 手数料額早見表(裁判所・PDF)
- 民事裁判手続のデジタル化(裁判所)
- 改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要(裁判所)
- 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(法務省)
- 令和8年4月1日以降の法定利率について(法務省)
- No.4208 相続財産が分割されていないときの申告(国税庁)
- 民法(e-Gov法令検索)
- 家事事件手続法(e-Gov法令検索)
- 民事訴訟法(e-Gov法令検索)
- 民事訴訟費用等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 東京地方裁判所プラクティス委員会(大寄麻代ほか)「遺留分侵害額請求訴訟における遺留分侵害額算定について」判例タイムズ1541号5頁以下(2026年4月)
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