遺言によって会社の株式や不動産が特定の相続人に集中し、自分の取り分が極端に少ないのではないかと感じている。あるいは、遺留分侵害額請求の通知を受け取り、提示された金額が高すぎるのではないかと感じている。相続に自社株や不動産が含まれる場面では、このような悩みがよく生じます。
こうした場面でまず問題になるのは「いくら請求できるのか」「いくら支払う必要があるのか」ですが、その金額は自社株や不動産の評価額によって大きく変わり得ます。この記事では、遺留分侵害額請求が原則として金銭の支払を求める請求であること(民法第1046条)を前提に、自社株・不動産の評価がなぜ争点になるのか、評価方法にどのような違いがあるのか、相談前にどの資料を準備すべきかを、請求する側・請求を受けた側の双方の視点から整理します。
遺留分侵害額請求では、自社株や不動産の評価資料を確認したうえで、請求額・支払額の考え方や手続の方針を整理できます。具体的な事情に応じた検討をご希望の方は、お問い合わせください。
Contents
遺留分侵害額請求とは何か(まず結論)
細かい制度の前に、本記事の要点を先に整理します。自社株や不動産がある相続では、評価資料の確認が方針検討の出発点になります。
本記事の要点
- 遺留分侵害額請求は、原則として金銭の支払を求める請求です(民法第1046条)。
- 自社株・不動産は評価方法によって金額が変わり得るため、請求額・支払額に直結します。
- 税務上の評価額(相続税評価額)が、そのまま遺留分の評価額になるとは限りません。
- 会社が持つ財産(会社名義の不動産など)と、被相続人が持っていた「株式」の価値は区別して考えます。
- 評価方法や評価時点には争いが生じ得るため、資料を確認したうえで方針を整理することが重要です。
原則として「金銭の支払」を求める請求
遺留分侵害額請求は、遺贈や贈与を受けた人(受遺者・受贈者)に対して、侵害された遺留分に相当する金銭の支払を求める請求です。かつての遺留分減殺請求のように、不動産や株式そのものの返還を当然に求める仕組みとは法的な効果が異なります。この点は、請求する側にとっても、請求を受けた側にとっても、方針を考えるうえでの前提になります。
自社株・不動産があると金額が変わりやすい理由
請求できる金額・支払うべき金額は、遺留分を算定するための財産の価額をもとに計算されます。預貯金であれば金額は明確ですが、自社株や不動産は、どの評価方法を用いるかによって金額が変わり得ます。そのため、自社株や不動産が含まれる相続では、評価が争点になりやすいのです。評価額が変われば、請求額・支払額だけでなく、交渉や調停・訴訟での主張・立証の方針も変わる可能性があります。
遺留分と遺留分侵害額請求の基礎知識
評価の話に入る前に、遺留分そのものと、請求の基本的な仕組みを確認します。
遺留分とは/誰に認められるか
遺留分とは、一定の相続人について、被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分をいいます。生前の贈与や遺贈によっても奪われない部分とされています(民法第1042条ほか)。
遺留分が認められるのは、配偶者、子(およびその代襲者)、直系尊属(父母・祖父母など)です。兄弟姉妹には遺留分が認められません。遺留分の割合は、原則として遺留分を算定するための財産の価額の2分の1(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)とされ、各相続人の遺留分は、これに法定相続分を反映して計算されます。具体的な金額は、財産の範囲・評価・相続人の構成によって変わるため、事案により異なります。
遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求への変更
相続法の改正により、従来の遺留分減殺請求は遺留分侵害額請求へと見直されました。改正前は、権利行使によって対象財産について当然に物権的な効果が生ずるとされていましたが、改正後は、権利行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずる仕組みに変わりました。
この改正は、原則として被相続人が令和元年7月1日以後に亡くなった場合に適用されます。被相続人が令和元年7月1日より前に亡くなった場合は、改正前の遺留分減殺請求の枠組みで検討することになり、扱いが異なります。どちらの枠組みになるかは被相続人の死亡日によって変わるため、確認が必要です。
請求できる期間と「期限の許与」
遺留分侵害額請求権には期間の制限があります。遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示をしないまま、相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年が経過すると、時効によって消滅するとされています。また、相続開始の時から10年が経過した場合も同様とされています(民法第1048条)。期間の起算点は個別の事情によって争いになり得るため、安易な判断は禁物です。
一方、請求を受けた側が金銭をすぐには準備できない場合、受遺者・受贈者は、裁判所に対し、金銭債務の全部または一部の支払について期限の許与(支払の猶予)を求めることができるとされています(民法第1047条第5項)。請求を受けたからといって、直ちに全額を一括で支払わなければならないとは限りません。
「いつまで請求できるのか」「すぐに支払う必要があるのか」は、相続開始日や請求の経緯によって考え方が変わります。資料を確認したうえで、期間や対応方針を整理できます。
なぜ自社株・不動産の評価が争点になるのか
評価方法によって金額が動く
遺留分侵害額を計算するには、遺留分を算定するための財産の価額を把握する必要があります。預貯金は額面で評価が定まりますが、自社株や不動産は、市場価格が明確でなかったり、複数の評価方法が存在したりするため、評価額に幅が生じ得ます。請求する側は高い評価を、請求を受けた側は低い評価を主張する構図になりやすく、評価そのものが争点になります。
評価の基準となる時点
遺留分を算定するための財産は、原則として相続開始時(被相続人が亡くなった時)の価額を基準に考えるとされています(民法第1043条第1項)。もっとも、生前贈与された財産の評価や、具体的にどの評価方法・評価資料を用いるかについては、資料と法的な主張を踏まえた検討が必要であり、争点になり得ます。評価時点や評価方法を一律に決めつけることはできず、事案により異なります。
自社株の評価で確認するポイント
上場株式と非上場株式の違い
同じ「株式」でも、上場株式と非上場株式では評価の難しさが大きく異なります。上場株式には市場価格があるため、評価の出発点が比較的明確です。これに対し、同族会社などの非上場株式には市場価格がないことが多く、会社の決算内容、純資産、収益力、支配権の有無、少数株主かどうか、譲渡制限の有無、会社が保有する不動産などが、評価を考えるうえで問題になり得ます。
非上場株式の評価方法の整理
非上場株式の評価方法には、いくつかの考え方があります。相続税・贈与税の場面では、会社の規模等に応じて純資産価額方式、類似業種比準方式、これらの併用、あるいは配当還元方式といった方法が用いられます(国税庁の取扱い)。このほか、実務上は、DCF法(将来のキャッシュフローを基にする方法)や類似会社比較法などが議論されることもあります。それぞれ前提や目的が異なり、どの方法がふさわしいかは事案により異なります。
| 場面・目的 | 主に用いられ得る評価の考え方 | 留意点 |
|---|---|---|
| 相続税・贈与税の申告 | 純資産価額方式、類似業種比準方式、これらの併用、配当還元方式など | 課税のための評価。会社規模や株主区分により方法が異なる。 |
| 取引・売買 | 当事者間の合意価格、DCF法、類似会社比較法など | 当事者の交渉・前提条件により金額が変わり得る。 |
| 遺留分侵害額の算定 | 事案に応じて検討。上記の考え方が参照されることがある。 | 税務評価額がそのまま用いられるとは限らない。資料と主張を踏まえた検討が必要。 |
税務上の評価額をそのまま使えるとは限らない
相続税申告書に記載された株価は、相続税の課税という目的のために、国税庁の取扱いに沿って算定されたものです。これは一つの有力な資料ですが、遺留分侵害額請求における評価額として、そのまま用いてよいかどうかは事案により異なります。税務上の評価と、遺留分の算定における評価は、目的が異なるためです。相続税申告書の株価をそのまま前提にしてよいかは、資料を確認したうえで検討する必要があります。
会社の財産と「株式の価値」は区別する
誤解が生じやすいのが、会社の財産と株式の価値の関係です。被相続人が会社の株式を持っていた場合、相続の対象になるのは原則として「株式」であって、会社名義の不動産や預金そのものが被相続人個人の遺産になるわけではありません。会社が保有する不動産や借入金は、株式の価値を考えるうえで影響し得る要素ですが、会社財産と個人の遺産を同一視しないことが出発点になります。
準備したい会社関係資料
非上場株式の評価を検討するうえでは、次のような資料が重要になり得ます。すべてが直ちに必要になるわけではありませんが、早めに所在を確認しておくと方針整理に役立ちます。
- 定款、株主名簿
- 決算書(貸借対照表・損益計算書など)数期分
- 法人税申告書、勘定科目内訳明細書
- 会社が保有する不動産の資料(登記事項証明書、固定資産関係資料など)
- 借入金の資料(金銭消費貸借契約書、返済予定表など)
- 株主間の取り決めがある場合はその契約書、事業計画資料など
不動産の評価で確認するポイント
固定資産税評価額・路線価・実勢価格・査定・鑑定の違い
不動産の「価額」と一口にいっても、目的に応じて複数の評価があります。代表的なものを整理します。
| 評価の種類 | 主な目的・性質 | 留意点 |
|---|---|---|
| 固定資産税評価額 | 固定資産税などの算定基礎。市区町村が評価。 | 課税のための評価で、実勢価格とは一致しないことがある。 |
| 相続税路線価・倍率方式 | 相続税・贈与税の土地評価(国税庁)。 | 課税のための評価。遺留分の評価額として常に決定的とは限らない。 |
| 実勢価格 | 実際の取引で形成される価格。 | 個別の事情・時期により変動する。 |
| 不動産会社の査定書 | 売却等を前提とした目安。 | 査定の目的・前提条件によって金額が変わり得る。 |
| 不動産鑑定評価 | 不動産鑑定士による評価。 | 高額・収益・係争性の高い案件で検討される場面があるが、常に必須とは限らない。 |
なお、相続税の場面では、土地は路線価方式または倍率方式により評価し、家屋は固定資産税評価額をもとに評価するとされています(国税庁の取扱い)。これらは相続税の評価方法であって、遺留分侵害額請求の評価額として常にそのまま用いられるわけではない点に注意が必要です。
賃貸中・共有・担保付きなどで変わる点
同じ不動産でも、利用状況や権利関係によって評価の検討が変わり得ます。例えば、賃貸中の土地・建物(貸宅地・貸家建付地など)、共有になっている不動産、抵当権などの担保が付いた不動産、借地・借家の関係がある不動産、未登記の建物、境界が不明確な土地などです。これらは評価額や評価の難易度に影響し得るため、現況の確認が重要になります。
準備したい不動産関係資料
- 登記事項証明書(土地・建物)
- 固定資産評価証明書、固定資産税の課税明細書
- 公図、測量図(ある場合)、境界に関する資料
- 賃貸借契約書(賃貸中の場合)
- 担保(抵当権など)に関する資料
- 不動産会社の査定書や、過去の売買に関する資料(ある場合)
評価額をめぐってよく問題になるケース
以下は、一般的に問題になりやすい場面の例です。いずれも結論は事案により異なり、ここで示すのは検討の視点です。
| よくある場面 | 検討の視点 |
|---|---|
| 相続税申告書の評価額をそのまま使ってよいか | 有力な資料だが、課税目的の評価。遺留分の評価額としてよいかは資料を確認して検討。 |
| 相手方の査定額が高すぎる/低すぎると感じる | 査定の目的・前提条件を確認。必要に応じて別の資料や評価の検討。 |
| 会社の純資産は大きいが手元の現金が少ない | 支払方法や期限の許与(民法第1047条第5項)も含めて検討の余地。 |
| 後継者が株式を承継し、非後継者から請求を受けた | 会社の支配や資金繰りへの影響も踏まえ、評価と支払方法を整理。 |
| 会社が不動産を所有している | 会社財産と株式価値を区別しつつ、会社不動産が株式評価に与える影響を検討。 |
| 不動産が共有・賃貸中である | 権利関係・利用状況を踏まえた評価の検討が必要。 |
| 評価時点や評価方法に争いがある | 相続開始時を基準とする原則を踏まえつつ、資料開示や鑑定の要否を含めて検討。 |
手続前に確認したいチェックリスト(請求する側・受けた側)
遺留分侵害額請求は、意思表示、交渉、調停、訴訟という流れで進むことがあります。内容証明郵便等による意思表示の送付前、相手方への回答前、調停の申立て前、支払の合意前、合意書への署名前に、次の点を確認しておくと方針を整理しやすくなります。
遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示は、相手方に対して行う必要があります。家庭裁判所の調停を申し立てただけでは、相手方に対する意思表示をしたことにはならないとされており、調停の申立てとは別に内容証明郵便等で意思表示を行う必要があるとされています。期間の制限とも関わるため、意思表示の有無・時期は特に重要です。
請求する側で確認したいこと
- 被相続人の死亡日(令和元年7月1日の前か後か)
- 遺言書の有無・内容(写し、検認の有無)
- 相続人の範囲(戸籍関係書類)
- 遺産の内容(不動産、自社株、預貯金、債務など)と、その評価資料
- 自社株がある場合の会社関係資料の所在
- 意思表示をいつ・どのように行ったか(または行う予定か)
請求を受けた側で確認したいこと
- 請求の根拠(遺言・贈与の内容)と、相手方が前提とする評価額
- 提示された評価額の根拠資料(申告書、査定書、鑑定書など)
- 自社株・不動産の評価に争う余地があるか
- 支払の方法・時期、期限の許与を検討する必要があるか
- 会社の支配や資金繰りへの影響(後継者の場合)
家庭裁判所の調停を利用する場合の申立てには、収入印紙1200円分と連絡用の郵便切手が必要とされ、被相続人の出生から死亡までの戸籍関係書類、相続人全員の戸籍謄本、遺言書の写し、遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書、固定資産評価証明書、預貯金の残高証明書、有価証券の写し、債務の額に関する資料など)といった書類が求められるとされています。必要書類は事案や裁判所により異なる場合があるため、申立て先で確認することが大切です。
弁護士に相談するタイミング
遺留分侵害額請求では、結果をお約束することはできませんが、評価資料、相続関係、遺言書、会社資料、不動産資料を確認したうえで、請求額・支払額の考え方や、交渉・調停・訴訟といった手続の方針を整理することができます。特に、自社株や不動産が含まれる相続では、評価方法や評価時点が争点になりやすく、早い段階で資料を整理しておくことが、その後の検討に役立ちます。
請求する側であれば、意思表示の時期や期間の制限との関係を確認できます。請求を受けた側であれば、提示された評価額の根拠や、支払方法・期限の許与の検討につなげられます。神戸みらい法律会計事務所では、法律と会計の両面から、評価資料を踏まえた検討を行います。
自社株・不動産の評価が関わる遺留分侵害額請求について、資料を確認したうえで、請求額・評価方法・手続の方針を整理できます。請求前・回答前・調停前・合意書への署名前のご相談も承ります。
よくある質問(FAQ)
遺留分侵害額請求では、自社株を返してもらえるのですか。
遺留分侵害額請求は、原則として金銭の支払を求める請求です(民法第1046条)。そのため、株式そのものの返還を当然に求める仕組みとは異なります。具体的な結論は事案により異なります。
相続税申告書の株価をそのまま使えばよいですか。
相続税申告書の株価は課税目的で算定された有力な資料ですが、遺留分の評価額としてそのまま用いてよいかは事案により異なります。資料を確認したうえで検討する必要があります。
固定資産税評価額で不動産を評価すればよいですか。
固定資産税評価額は課税のための評価で、実勢価格と一致しないことがあります。遺留分の評価額として常にそのまま用いられるわけではなく、評価方法は資料を踏まえて検討します。
会社が持っている不動産は相続財産になりますか。
被相続人が株式を持っていた場合、相続の対象になるのは原則として「株式」であり、会社名義の不動産そのものが個人の遺産になるわけではありません。会社不動産は株式の価値に影響し得る要素として検討します。
非上場株式の評価資料として何を準備すべきですか。
定款、株主名簿、決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、会社保有不動産の資料、借入金の資料などが重要になり得ます。必要な資料は事案により異なります。
不動産鑑定は必ず必要ですか。
必須とは限りません。高額・収益・係争性の高い案件で鑑定を検討する場面はありますが、要否は資料や争いの程度を踏まえて判断します。
請求を受けたら、すぐに支払う必要がありますか。
金銭をすぐに準備できない場合、受遺者・受贈者は裁判所に支払期限の許与を求めることができるとされています(民法第1047条第5項)。直ちに全額一括での支払が必要とは限りません。
調停を申し立てれば、遺留分侵害額請求の意思表示をしたことになりますか。
家庭裁判所の調停を申し立てただけでは、相手方に対する意思表示にはならないとされています。調停の申立てとは別に、内容証明郵便等で意思表示を行う必要があるとされています。期間の制限とも関わるため注意が必要です。
まとめ
自社株や不動産が含まれる相続では、遺留分侵害額請求の金額が評価に左右されやすく、評価そのものが争点になりがちです。次の点を意識して、早めに資料を整理することをおすすめします。
- 遺留分侵害額請求は原則として金銭の支払を求める請求であり、期間の制限や期限の許与の仕組みがある。
- 税務上の評価額が、そのまま遺留分の評価額になるとは限らない。
- 会社の財産と「株式の価値」は区別して考える。
- 評価方法・評価時点には争いが生じ得るため、資料を確認したうえで方針を整理する。
- 請求する側・受けた側のいずれも、意思表示の時期や評価資料の確認が重要になる。
遺留分侵害額請求の評価や手続でお悩みの方は、資料を確認したうえで方針を整理できます。神戸みらい法律会計事務所が、法律と会計の両面から検討します。
監修者・執筆者
神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)
弁護士・公認会計士 藤井貴之
所属:兵庫県弁護士会
当事務所は、弁護士と公認会計士の双方の視点から、相続に関するご相談に対応しています。自社株・不動産の評価が関わる遺留分のご相談についても、資料を踏まえて検討します。
参考資料(公的機関・公式資料)

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