固定残業代(いわゆる「みなし残業代」)は、多くの会社で採用されている一方で、「求人票にどう書けばよいのか」「今の雇用契約書や就業規則で有効といえるのか」「従業員から未払残業代を請求されたが、支払った固定残業代で足りているのか」といった不安が生じやすい制度です。固定残業代は、書面を一つ整えれば足りるという単純な仕組みではなく、契約上の位置付け、通常の賃金部分との判別、時間外労働等の対価としての性質、法定の割増賃金額との比較、そして毎月の実際の運用まで含めて検討されます。
この記事では、経営者や人事労務のご担当者に向けて、固定残業代とはどのような制度か、有効性を判断するときに実務でみられる主な要素、求人・採用・労働契約・就業規則・給与計算の各段階で確認すべき事項、想定を超える残業があった場合の取扱い、制度を新たに導入・変更するときの注意点までを整理します。結論を先にお伝えすると、固定残業代そのものが直ちに違法になるわけではありませんが、固定残業代を支払えば追加の残業代が一切不要になるわけでもありません。個別の結論は、契約書・就業規則・給与明細・勤怠記録などの資料を確認したうえで判断する必要があります。
現在の固定残業代の定め方や金額・対応時間数に不安がある場合は、求人票・雇用契約書・就業規則・給与計算資料などをお手元にご用意のうえご確認いただくと、論点と対応方針を整理しやすくなります。
Contents
固定残業代(みなし残業代)とはどのような制度か
固定残業代とは、一定の範囲の時間外労働、休日労働または深夜労働に対する割増賃金の全部または一部を、実際の残業時間にかかわらず定額で支払う賃金の設計をいいます。「みなし残業代」「固定残業手当」「定額残業代」などと呼ばれることもあります。あらかじめ一定時間分の割増賃金を見込んで支給しておく仕組みであり、残業代を支払わなくてよい制度でも、残業代の代わりに別の手当を払えば足りる制度でもありません。
基本給組込型と手当型
固定残業代には、大きく分けて、基本給の中に一定時間分の割増賃金を組み込む方式(基本給組込型)と、基本給とは別に「固定残業手当」などの手当として支給する方式(手当型)があります。いずれの方式でも、後述するとおり、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが重要になります。基本給組込型は、どの部分が割増賃金なのかが分かりにくくなりやすいため、金額や対応時間数の明示に、より注意が必要です。
固定残業代と「みなし労働時間制」は別の制度
「みなし残業代」という通称から、事業場外みなし労働時間制や専門業務型・企画業務型の裁量労働制といった「みなし労働時間制」と混同されることがありますが、これらは別の制度です。みなし労働時間制は、一定の要件のもとで労働時間を「〇時間働いたものとみなす」制度であり、固定残業代のように割増賃金を定額で支払う仕組みそのものとは異なります。呼び名が似ているだけで法的な位置付けが違う点に注意が必要です。
固定残業代と36協定・労働時間管理は別問題
固定残業代を支給していても、時間外労働や休日労働をさせるために必要な労使協定(労働基準法第36条に基づくいわゆる36協定)の締結・届出、時間外労働の上限規制、労働時間の把握、健康への配慮といった義務がなくなるわけではありません。固定残業代は「割増賃金をどう支払うか」という賃金の問題であり、「そもそも残業をさせてよいか」「何時間まで残業させられるか」という労働時間の問題とは切り分けて考える必要があります。
先に押さえておきたい結論と全体像
詳しい説明に入る前に、会社側が出発点として押さえておきたい要点を整理します。いずれも、最終的な結論は契約内容や運用状況によって変わります。
| よくある理解 | 実務上の考え方 |
|---|---|
| 固定残業代を払えば、追加の残業代は不要である | 実際の割増賃金額が固定残業代を上回るときは、差額の支払いが必要になります |
| 手当の名称が「固定残業手当」なら有効である | 名称だけでは決まらず、時間外労働等の対価として支払われているかが問われます |
| 月45時間分までなら必ず有効である | 時間数だけで有効・無効は決まらず、契約内容や勤務状況を含めて判断されます |
| 固定残業代を導入すれば勤怠管理は省略できる | 実際の労働時間を把握し、法定額と比較する必要があり、勤怠管理は省略できません |
| 雇用契約書と就業規則の両方に書かなければ当然に無効である | 書面の整備は重要ですが、有効性は個別事情を含めて総合的に判断されます |
固定残業代の有効性は、契約上の位置付け、通常賃金部分との判別、時間外労働等の対価性、法定割増賃金額との比較、実際の運用といった複数の要素から検討されます。次の章から順に整理します。
固定残業代の有効性を判断する主な要素
検索では「固定残業代 有効要件」という言葉がよく用いられます。もっとも、有効性は機械的なチェックリストだけで決まるものではなく、最高裁判所も、契約書等の記載内容に加えて、会社の説明内容や実際の勤務状況などを踏まえた総合的な判断枠組みを示しています。ここでは、実務でみられる主な検討要素を整理します。
労働契約上の根拠があること
固定残業代を支給するには、その手当が割増賃金の支払いに当たるという契約上の根拠が必要です。労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、賃金規程、採用時の説明などが、その根拠の有無や内容を示す資料になります。もっとも、「雇用契約書と就業規則の双方に必ず記載しなければ一律に無効になる」と機械的に断定できるものではありません。どの書面にどのように定められ、どのように説明されているかを、全体として確認する必要があります。なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、賃金の決定・計算・支払方法などを定めた就業規則の作成・届出が労働基準法第89条により義務付けられており、賃金規程の整備状況も確認しておきたい点です。
通常の賃金部分と固定残業代部分を判別できること
固定残業代が割増賃金の支払いとして認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分(固定残業代)とを判別できることが重要とされています。最高裁判所平成29年7月7日判決(第二小法廷、医療法人康心会事件)は、年俸に時間外労働等に対する割増賃金が含まれるという合意があったとしても、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とを判別できない場合には、割増賃金が支払われたとはいえないと判断しています。基本給組込型では、この判別可能性が特に問題になりやすいといえます。
時間外労働等の対価として支払われていること
固定残業代といえるためには、その手当が時間外労働等の対価として支払われるものであることが必要です。最高裁判所平成30年7月19日判決(第一小法廷、日本ケミカル事件)は、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである、という枠組みを示しました。営業手当・職務手当・業務手当といった名称で支給されていても、それが時間外労働等の対価といえるかは、こうした事情を踏まえて判断されるものであり、名称だけで対価性が決まるわけではありません。
法定の割増賃金額を下回る場合は差額を支払うこと
固定残業代を支給していても、実際の時間外労働等について労働基準法第37条等に定められた方法で計算した割増賃金額が、固定残業代の額を上回るときは、その差額を支払う必要があります。厚生労働省も、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とを判別できるようにしたうえで、固定残業代の額が労働基準法第37条等により算定した割増賃金額を下回るときはその差額を支払う必要がある、と説明しています。もっとも、これは差額を支払うべき義務があるという意味であり、「差額を支払う旨の合意」という独立した要件がすべての事案で最高裁判例上の有効要件として確立している、という趣旨ではありません。差額を支払う義務そのものと、契約書等に超過分の支給を明記しておくことの実務上の重要性とは、分けて理解しておくと整理しやすくなります。
契約書の記載・説明・賃金体系・勤務状況を総合的に確認すること
最高裁判所令和5年3月10日判決(第二小法廷、熊本総合運輸事件)は、賃金体系を変更し、従来は基本給として支払われていた賃金の一部について、名目のみを割増賃金に置き換えて支払うような場合には、どの部分が時間外労働等の対価に当たるのかが明確とはいえず、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とを判別することができないとして、割増賃金の支払いとは認められないと判断しました。このように、固定残業代の有効性は、契約書の文言だけでなく、会社の説明、賃金体系全体の中での位置付け、実際の勤務状況までを含めて総合的に判断されます。
注意
「この一文を入れれば必ず有効になる」「この形式なら絶対に無効にならない」といった画一的な基準は存在しません。有効性は、契約上の根拠・判別可能性・対価性・法定額との比較・実際の運用などを併せて、個別事情を踏まえて判断されます。具体的な有効性は、契約書・就業規則・給与資料を確認したうえで検討する必要があります。
求人・契約・就業規則・給与計算の各段階で確認すること
固定残業代は、求人の段階から毎月の給与計算まで、複数の場面に関わります。それぞれの段階で確認する事項は異なります。求人票の記載義務と、個別の固定残業代が割増賃金の支払いとして認められるための判断とは、同じ「要件」として一括りにせず、段階ごとに整理することが有用です。
| 段階 | 主に確認する書類・事項 | ポイント |
|---|---|---|
| 求人・募集 | 求人票、募集要項 | 固定残業代を除いた基本給の額、固定残業代の額と対応時間数・計算方法、固定残業時間を超える時間外・休日・深夜労働に割増賃金を追加支給する旨を明示することが求められます |
| 労働契約締結 | 労働条件通知書、雇用契約書 | 賃金の内訳、固定残業代の金額・対象・対応時間数、超過分の取扱いを明確にし、求人票の内容と齟齬がないか確認します |
| 就業規則・賃金規程整備 | 就業規則、賃金規程 | 固定残業代の定義・計算方法・超過分の支払いを規定し、周知しているか確認します(常時10人以上の事業場は作成・届出義務) |
| 給与明細・賃金台帳への表示 | 給与明細、賃金台帳 | 固定残業代の項目と金額、対象となる時間外労働時間数などを記載し、通常の賃金部分と区別できるようにします |
| 勤怠集計・給与計算 | タイムカード、勤怠記録、給与計算資料 | 実際の労働時間を把握し、法定の割増賃金額と固定残業代を比較します |
| 超過分の支払い | 給与計算資料、支給記録 | 法定額が固定残業代を上回った月は、差額を追加で支給します |
なお、求人票に上記の表示をしていないからといって「どのような事案でも必ず無効になる」というものではなく、逆に記載していれば有効性が当然に確定するというものでもありません。求人段階の表示ルールと、個別の固定残業代が割増賃金の支払いとして認められるかの判断は、区別して理解しておく必要があります。
固定残業代の計算と毎月の運用
固定残業代を採用していても、毎月の割増賃金計算と労働時間管理は欠かせません。ここでは、計算と運用の基本的な考え方を整理します。具体的な金額や計算式は、賃金の内訳や所定労働時間によって変わるため、自社の資料に即して確認する必要があります。
割増賃金計算の基本的な考え方
割増賃金は、割増賃金の基礎となる賃金(算定基礎賃金)に、割増率を乗じて計算します。算定基礎からは、家族手当・通勤手当など法令で定められた一定の賃金が除外されます。時間外・休日・深夜の別によって割増率が異なるため、固定残業代が何を対象としているのかを契約上明確にしておくことが重要です。
| 労働の種類 | 割増率(労働基準法第37条等) | 補足 |
|---|---|---|
| 時間外労働(法定労働時間を超える部分) | 25%以上 | 法定労働時間の範囲内の残業には割増義務はありません |
| 時間外労働のうち月60時間を超える部分 | 50%以上 | 中小企業も2023年4月1日から適用されています |
| 深夜労働(午後10時〜午前5時) | 25%以上 | 時間外労働と重なる場合は割増率が加算されます |
| 法定休日労働 | 35%以上 | 法定休日と所定休日は区別して確認する必要があります |
固定残業代額と法定割増賃金額の比較・超過分の追加支給
毎月、実際の時間外労働等について計算した法定の割増賃金額と、固定残業代の額を比較します。法定額が固定残業代を上回った月は、その差額を追加で支給する必要があります。固定残業代は、あくまで一定時間分の割増賃金を前もって支払っているものであり、それを超える残業があった場合の支払いを不要にするものではありません。
実際の労働時間を把握・記録すること
固定残業代を採用していても、会社は労働時間を適正に把握する義務を免れません。むしろ、法定額との比較や超過分の計算のために、タイムカードや勤怠システムの記録などで実際の労働時間を把握しておくことが不可欠です。「固定残業代を払っているから勤怠管理はしなくてよい」という理解は正確ではありません。労働時間の管理については、使用者による労働時間の管理について確認するもあわせてご覧ください。
最低賃金との関係
最低賃金を満たしているかどうかは、原則として、割増賃金や固定残業代を除いた通常の労働時間の賃金部分を時間額に換算して判断します。固定残業代を含めた総額では最低賃金を上回っていても、通常の賃金部分だけでみると下回っている、という事態が生じ得るため注意が必要です。適用される地域別最低賃金の具体的な金額は改定されるため、確認の際は公表されている最新額を参照する必要があります。
残業が少ない月・なかった月の取扱い
時間外労働が固定残業代の想定時間数を下回った月や、時間外労働がなかった月に固定残業代をどう扱うかは、賃金契約の内容によります。固定残業代を毎月定額で支払う内容になっている場合に、会社が一方的に減額・控除したり、翌月へ繰り越して精算したりできるとは限りません。取扱いは契約内容と法令を確認したうえで判断する必要があり、安易に減額できるものとして運用することは避けるべきです。
固定残業代は何時間分まで設定できるか
「固定残業代は月45時間分までしか設定できないのか」「月45時間を超えると無効になるのか」という疑問は多く見られます。結論として、月45時間が固定残業代の絶対的な有効上限である、という理解は正確ではありません。
36協定の上限規制と固定残業代の有効性は別の論点
労働基準法第36条に基づく時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間とされ、特別条項を設ける場合でも、単月100時間未満、複数月平均80時間以下、年720時間以内などの規制があります。これは「何時間まで残業させてよいか」という労働時間の上限規制の問題です。これに対して、固定残業代の有効性は「割増賃金の支払いとして認められるか」という賃金の問題であり、両者は別の論点です。上限規制の月45時間を、そのまま固定残業代の有効上限と読み替えることはできません。
長時間分の固定残業代で問題となり得る点
もっとも、長時間分の固定残業代を設定していること自体が、対価性や公序良俗、労働者の健康確保、実際の勤務状況といった観点から問題とされ、有効性が争われる場面はあります。裁判例の中には、相当長時間分の時間外労働を前提とする固定残業代について、有効性を否定したものも見られます。ただし、具体的な時間数だけで有効・無効が一律に決まるわけではなく、事案ごとの契約内容や勤務実態を踏まえて判断されます。特定の時間数を掲げて「〇時間までは有効」「〇時間を超えれば無効」と機械的に線引きすることは適切ではありません。
注意
時間数の設定は、36協定の上限規制や労働者の健康確保の観点からも検討すべき事項です。長時間の残業を前提とした運用は、固定残業代の有効性の問題にとどまらず、安全配慮や労務管理上のリスクにもつながります。設定時間数は、賃金面だけでなく労働時間管理全体の中で検討することが望まれます。
固定残業代を新たに導入・変更するときの注意点
固定残業代の導入・変更は、新規に採用する従業員に適用する場合と、既に在籍している従業員に適用する場合とで、検討すべき点が異なります。
新規採用者への導入
新規採用者に固定残業代を導入する場合は、求人票・募集要項の表示、労働条件通知書・雇用契約書の記載、就業規則・賃金規程の整備、給与計算システムの設定を一貫させることが重要です。求人段階と契約段階、実際の運用の内容が食い違うと、後日の紛争の原因になりやすいといえます。
既存社員への導入・基本給からの振替(不利益変更)
既に在籍している従業員について、基本給を減額して固定残業代へ振り替えるような場合には、労働条件の不利益変更の問題が生じ得ます。労働条件の変更は、原則として労働者との合意によることとされ、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更する場合には、変更の合理性や周知などが問題になります。「本人の同意さえ取れば必ず有効になる」「会社は一方的に変更できる」と断定できるものではなく、変更の内容・経緯・説明の状況などを踏まえて慎重に検討する必要があります。労働条件を変更する場合の考え方は、労働条件を変更する場合の注意点を確認するもご参照ください。
導入後の定期的な点検
固定残業代は、導入して終わりではなく、実際の残業時間の傾向、超過分の支給状況、求人票と契約内容の整合、法改正への対応などを定期的に点検することが望まれます。運用の実態と書面の内容が乖離していないかを、継続的に確認しておくことが有用です。
固定残業代の導入や、基本給からの振替による変更を検討している場合は、就業規則・賃金規程・雇用契約書・従業員への説明資料などを確認したうえで、不利益変更の論点や手順を整理することができます。継続的な労務体制の見直しをお考えの場合は、顧問契約もご検討いただけます。
固定残業代をめぐってよく問題になるケース
固定残業代をめぐっては、次のような場面で問題が生じやすいといえます。いずれも一般的な問題場面の整理であり、結論は個別の契約内容や運用状況によって変わります。
| 問題になりやすい場面 | 確認したい書類・ポイント |
|---|---|
| 基本給に固定残業代が含まれるとだけ記載され、金額が分からない | 雇用契約書・賃金規程での金額と対応時間数の明示、判別可能性 |
| 営業手当や職務手当が固定残業代と主張されている | 手当の趣旨・説明・賃金体系上の位置付け、対価性 |
| 対応時間数と金額の計算が一致していない | 算定基礎賃金・割増率・月平均所定労働時間を用いた計算の整合 |
| 求人票と雇用契約書の内容が異なる | 求人票・労働条件通知書・雇用契約書の記載の突合 |
| 固定残業代の対象が時間外・休日・深夜のどこまでか分からない | 対象範囲の契約上の明確化と、それに応じた計算 |
| 実際の残業時間を記録していない | タイムカード・勤怠システムの記録、労働時間の把握状況 |
| 固定残業代を超える残業があるのに超過分を支払っていない | 法定割増賃金額との比較、差額の支給記録 |
| 残業が少ない月に固定残業代を減額している | 賃金契約上の定めと、減額・控除の可否 |
| 既存社員の基本給を減らして固定残業代を新設した | 不利益変更の論点、合意・就業規則変更の状況 |
| 従業員から内容証明・請求書・代理人通知が届いた | 請求内容、対象期間、勤怠記録・給与資料との照合 |
| 労働基準監督署から資料提出や説明を求められた | 求められている資料の範囲、事実関係の整理 |
固定残業代が割増賃金の支払として認められない場合
固定残業代として支給していた金員が、割増賃金の支払いとして認められないと判断された場合には、次のような点が個別に問題になります。いずれも事案・請求内容・時期などによって結論が変わるため、資料を確認できる範囲で検討する必要があります。
- 支払済みの固定残業代が割増賃金の弁済として認められないと、未払割増賃金の計算があらためて問題になります。
- 当該手当が、割増賃金の算定基礎となる賃金に含まれると判断される可能性があり、その場合は割増賃金の単価にも影響します。
- 裁判所は、労働者の請求により、未払割増賃金と同一額までの付加金の支払いを命じることができるとされています(労働基準法第114条)。もっとも、付加金の支払いを命じるかどうかは裁判所の判断により、事案によって異なります。
- 未払賃金には遅延損害金が問題となり得ます。
- 賃金請求権の消滅時効は、労働基準法第115条の改正により、当分の間3年とされています(2020年4月1日以後に支払期日が到来する賃金請求権について、従来の2年から延長されています)。対象期間や金額は、契約と支給状況を確認する必要があります。
- 同種の賃金体系を採用している他の従業員にも同様の問題が及ぶ可能性があります。
これらは、従業員ごとに契約・賃金・労働時間を確認したうえで、個別に検討すべき事項です。過度に不安を煽るのではなく、まずは自社の資料を整理し、どの点が問題になり得るのかを把握することが出発点になります。
制度導入・見直し・回答前に確認したい資料
固定残業代の導入・見直しや、従業員・行政機関からの問い合わせへの回答を検討する前に、次の資料を確認しておくと、事実関係と論点を整理しやすくなります。
- 求人票、募集要項
- 労働条件通知書
- 雇用契約書
- 就業規則、賃金規程
- 給与明細
- 賃金台帳
- タイムカード、勤怠システムの記録
- 残業の申請・承認の記録
- 36協定(労使協定)
- 給与計算式、月平均所定労働時間の計算資料
- 制度導入時の社内説明資料
- 従業員とのメール・通知書
- 従業員から届いた未払残業代の請求書
- 労働基準監督署等から届いた書面
弁護士に相談するタイミング
固定残業代をめぐる問題は、結論が個別事情によって変わるため、早い段階で資料を確認しておくことが有効です。弁護士への相談では、結果を保証するものではありませんが、手元の資料をもとに、現在の制度と書面の整合性、固定残業代部分の計算、実際の勤怠との比較、超過分の有無、制度を導入・変更する場合の手順、従業員への説明内容、請求書や行政機関からの書面への対応方針などを整理することができます。
相談の目安としては、次のような場面が挙げられます。いずれも、行動を起こす前の段階で確認しておくと、判断の材料をそろえやすくなります。
- 求人を掲載する前
- 労働条件通知書や雇用契約書を変更する前
- 就業規則・賃金規程を改定する前
- 基本給と手当の構成を変更する前
- 従業員へ制度変更を説明する前
- 従業員から未払残業代を請求され、回答する前
- 労働基準監督署等へ資料を提出する前
- 労働審判・訴訟などへの対応が必要になったとき
固定残業代に関するよくある質問
固定残業代そのものは違法ですか。
固定残業代の仕組みそのものが直ちに違法になるわけではありません。ただし、通常の賃金部分との判別、時間外労働等の対価性、法定額との比較、実際の運用などに問題があると、割増賃金の支払いとして認められない場合があります。契約書や就業規則等の確認が必要です。
固定残業代は月45時間分までしか設定できませんか。
月45時間が固定残業代の絶対的な有効上限というわけではありません。月45時間は主に36協定による時間外労働の上限規制の話であり、固定残業代の有効性とは別の論点です。もっとも、長時間分の設定は対価性や健康確保の観点から問題となり得るため、個別事情により結論は異なります。
対応する残業時間数を書かなければ無効になりますか。
対応時間数の記載がないだけで、どのような事案でも必ず無効になるとは限りません。有効性は、契約書等の記載、会社の説明、勤務状況などを総合的に考慮して判断されます。もっとも、金額や対応時間数を明確に記載しておくことは、透明性と紛争予防の観点から重要です。
固定残業代を超えた残業には追加支給が必要ですか。
必要です。実際の時間外労働等について法定の方法で計算した割増賃金額が固定残業代を上回るときは、その差額を支払う必要があります。固定残業代は一定時間分を前払いしているものであり、それを超える残業の支払いを不要にするものではありません。
残業がなかった月も固定残業代を支払う必要がありますか。
賃金契約の内容によります。固定残業代を毎月定額で支払う内容になっている場合、会社が一方的に減額・控除できるとは限りません。取扱いは契約内容と法令を確認する必要があり、安易に減額できるものとして運用することは避けるべきです。
営業手当や職務手当を固定残業代として扱えますか。
名称だけで固定残業代として扱えるわけではありません。その手当が時間外労働等の対価として支払われているといえるかが問われ、契約書等の記載、会社の説明、賃金体系、勤務状況などを踏まえて判断されます。手当の趣旨と位置付けの確認が必要です。
固定残業代を導入すれば勤怠管理は不要になりますか。
不要にはなりません。固定残業代を採用していても、会社は実際の労働時間を把握し、法定の割増賃金額と比較する必要があります。勤怠管理は、超過分の計算や紛争予防のためにも欠かせません。
既存社員の基本給を減らして固定残業代へ変更できますか。
基本給の減額を伴う変更は、労働条件の不利益変更の問題が生じ得ます。合意による場合も就業規則の変更による場合も、内容・経緯・合理性・周知などが問題になり、一方的に変更できるとは限りません。変更前に論点を確認することをおすすめします。
まとめ
固定残業代について、この記事の要点を整理します。
- 固定残業代そのものは直ちに違法ではありませんが、支払えば追加の残業代が不要になる制度ではありません。
- 有効性は、契約上の根拠・通常賃金部分との判別・対価性・法定額との比較・実際の運用などから総合的に判断され、時間数だけで決まるものではありません。
- 求人・契約・就業規則・給与計算の各段階で確認すべき事項が異なります。
- 固定残業代を採用しても、36協定・労働時間管理・超過分の支払いは別途必要です。
- 既存社員の基本給を減らして固定残業代を導入する場合は、不利益変更の論点を確認する必要があります。
- 個別の結論は、求人票・雇用契約書・就業規則・給与明細・勤怠記録などの資料を確認したうえで判断されます。
まずは、自社の求人票・雇用契約書・就業規則・賃金規程・給与計算資料・勤怠記録を確認し、固定残業代の金額と対応時間数、超過分の支給状況、書面相互の整合性を点検することが、次の一歩になります。
固定残業代の定め方や運用、制度の導入・変更、従業員や労働基準監督署からの問い合わせへの対応について、資料を確認したうえで論点と対応方針を整理することができます。求人掲載前・契約変更前・就業規則改定前・請求への回答前など、行動を起こす前の段階でのご確認をおすすめします。
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監修者
藤井貴之(弁護士・公認会計士)
弁護士法人ひょうご あわじみらい法律会計事務所(兵庫県南あわじ市)。兵庫県弁護士会所属、日本公認会計士協会兵庫会所属。企業の労務管理・労働問題や顧問業務などに対応しています。所属弁護士の詳細は弁護士紹介を見るをご覧ください。

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