被相続人(亡くなった方)の財産の多くが非上場会社の株式(自社株)や不動産で、遺言によって後継者に集中している場合、遺留分侵害額の請求では「いくら請求できるか(請求されるか)」と「どのように支払い、回収するか」が同時に問題になります。株式や不動産の評価額が大きくても、その全額を請求できるわけではありません。請求額は、基礎となる財産の価額に本人の遺留分の割合を乗じ、本人が受け取った財産などを差し引き、本人が承継する相続債務を加えて計算します。
この記事では、請求する相続人と請求された後継者の双方に向けて、金額の計算、評価の時点と資料、期限の管理、現金が足りない場合の支払方法と税務上の確認点を整理します。令和元年(2019年)7月1日以後に開始した相続を前提とし、結論は遺言や贈与の内容、評価資料によって変わります。
通知が届いている場合や請求の期限が近い場合は、評価資料がそろう前でも相談予約フォームからご予約ください。
まず確認するのは請求額と支払原資
請求できる額は、財産全体の額ではなく、請求する本人の遺留分侵害額です。例えば、配偶者のいない被相続人の遺産が株式・不動産を中心に2億円で、子2人のうち後継者が遺言によりすべてを取得した場合、他方の子の侵害額は、ほかに考慮すべき事情がなければ5,000万円です(計算の過程は「仮定の計算例と評価差額の影響」で示します)。また、支払う側に現金がないことは侵害額を減らす理由になりませんが、支払方法や回収の見通しには大きく影響します。請求できる額、争いになった場合に認められる見込み、実際に回収できる見込みは、分けて検討します。
請求する相続人と請求された後継者の確認事項
請求する相続人は、まず相続開始日と請求の期限を確認し、相手方への意思表示を済ませます。そのうえで、評価の見直しや財産の漏れが自分の請求額にどの程度影響するか、相手方の資力や担保から回収の見通しが立つかを検討します。
請求された後継者・受遺者は、請求の根拠となった評価資料、請求者本人が受けた贈与や取得分の控除漏れ、会社の財産と個人の財産の区別を確認します。あわせて、相続税の納付を含めた個人の支払原資を把握し、事業を続けながら支払える条件を検討します。
誰にどのような請求ができるか
令和元年(2019年)7月1日以後に開始した相続では、遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)やその承継人は、遺贈や贈与を受けた人に対し、侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法第1046条第1項)。請求によって株式や不動産が当然に共有になるわけではなく、遺留分を侵害する遺言が当然に無効になるわけでもありません。それより前に開始した相続には旧制度(遺留分減殺請求)が適用されるため、別の検討が必要です(平成30年法律第72号附則第2条)。どちらの制度によるかは、通知の日や遺言の作成日ではなく、相続開始日で決まります。
遺留分があるのは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人です(民法第1042条第1項)。被相続人の兄弟姉妹とその代襲相続人(甥・姪)には遺留分がありませんが、親が亡くなって子どうしで請求する場面では、請求するのは被相続人の子であり、遺留分を持ち得ます。
請求の相手方は、遺贈を受けた人と、遺留分の計算に算入される贈与を受けた人です(どの贈与が算入されるかは「基礎財産に加える贈与と本人から控除する贈与」で説明します)。遺贈を受けた人には、遺産に属する特定の財産を相続人に承継させる遺言(特定財産承継遺言)で財産を承継した相続人や、相続分の指定を受けた相続人も含まれます。相手方が複数いる場合は、遺贈を受けた人が贈与を受けた人より先に負担します。遺贈を受けた人どうし、又は同時に贈与を受けた人どうしは、遺言者が遺言で別段の意思を表示していない限り、受けた財産の価額の割合で負担し、贈与の時期が異なる場合は、新しい贈与を受けた人から順に負担します(民法第1047条第1項)。負担は受けた遺贈や算入される贈与の価額が上限で、相続人である相手方は、そこから自分の遺留分額を差し引いた額が上限です。ある相手方が支払えなくても、その不足分を他の相手方に当然に請求できるわけではありません(同条第4項)。
自分の遺留分侵害額を計算する
遺留分侵害額は、次の三つの段階で計算します。
- 基礎財産:相続開始時に被相続人が有していた財産の価額に、算入される生前贈与の価額を加え、債務の全額を差し引いた額です(民法第1043条第1項。条文上は「遺留分を算定するための財産の価額」)。
- 本人の遺留分額:基礎財産に、相続人全体の遺留分の割合(直系尊属のみが相続人の場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1)と本人の法定相続分を乗じた額です(民法第1042条)。被相続人の兄弟姉妹が共同相続人となる場合は、この式をそのまま当てはめられないことがあるため、個別に確認します。
- 遺留分侵害額:本人の遺留分額から、本人が受けた遺贈や特別受益に当たる贈与の価額と、本人が取得すべき遺産の価額を差し引き、本人が承継する相続債務の額を加えた額です(民法第1046条第2項)。遺言で後継者が財産の全部を取得する場合など、相続人の間で相続債務を誰が負担するかによって加える額が変わることがあるため、遺言の内容と債務の状況を確認します。結果が0円以下であれば、侵害額はありません。
基礎財産と本人の取得分を分ける
基礎財産は、遺留分を持つ相続人全員に共通する計算の土台です。これに対し、本人が受けた遺贈・贈与、取得すべき遺産、承継する債務は、請求する本人ごとに行う調整です。ある贈与や借入れを基礎財産の段階で扱うのか、本人の段階で扱うのかを混同すると、金額を誤ります。同じ財産を、受けた遺贈・贈与と取得すべき遺産の両方で差し引くこともしません。
「取得すべき遺産」は、受け取り済みの金銭に限られません。遺産分割が終わっていない遺産があれば、法定相続分や指定相続分に特別受益を反映させた相続分に応じて、本人が取得すべき額を差し引きます。
仮定の計算例と評価差額の影響
次の例は説明のための仮定です。被相続人に配偶者はなく、相続人は子2人です。相続開始時の被相続人個人の財産は、自社株1億2,000万円、不動産6,000万円、現預金2,000万円の合計2億円で、有効な遺言により、後継者である一方の子がすべてを取得しました。他方の子は遺贈や贈与を受けておらず、後継者を含めて基礎財産に算入される生前贈与はなく、被相続人の債務もないものとします。中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)に基づく合意もないものとします。
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| 項目 | 基本の仮定 | 株式の評価が4,000万円高い場合 |
|---|---|---|
| 自社株(個人所有) | 1億2,000万円 | 1億6,000万円 |
| 不動産(個人所有) | 6,000万円 | 6,000万円 |
| 現預金 | 2,000万円 | 2,000万円 |
| 基礎財産 | 2億円 | 2億4,000万円 |
| 請求する子の遺留分の割合 | 2分の1×2分の1=4分の1 | 4分の1 |
| 遺留分侵害額 | 5,000万円 | 6,000万円 |
| 現預金を充てた後の不足額 | 3,000万円 | 4,000万円 |
株式の評価が4,000万円変わると基礎財産も4,000万円変わりますが、請求する子の侵害額の変動は、その4分の1に当たる1,000万円です。評価の見直しに費用をかけるかどうかは、この影響額と回収の見通しを踏まえて判断します。この例は当事務所の取扱事例や請求額の見通しではなく、相続税・諸費用や後継者個人のその他の財産は考慮していません。
自社株と不動産はいつの価額で評価するか
遺留分の計算に用いる財産の価額は、相続開始時の価額が基本です(民法第1043条第1項)。遺産分割で問題になる分割時の評価や、現在の売却見込額とは区別します。生前贈与された財産も、贈与時の価額に機械的に固定されるわけではありません。受贈者の行為によって財産が滅失し、又は価格が増減した場合でも、相続開始時になお原状のままであるものとみなして評価します(民法第1044条第2項・第904条)。もっとも、株価の上昇が受贈者の行為によるものといえるかは個別の検討が必要で、後継者の経営努力という事情だけで、上昇分の全額が当然に差し引かれるわけではありません。
被相続人の生前に、経営承継円滑化法に基づき、後継者が贈与を受けた株式を遺留分の計算から除く合意(除外合意)や、その価額を合意時点の価額に固定する合意(固定合意)がされていれば、一般の扱いと異なる可能性があります。この合意には、一定の要件のもとでの必要な当事者全員による書面の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可などが必要で、遺言で評価方法を指定したものや家族間のメモとは異なります。合意書や、確認・許可に関する書類があるかを確認してください(裁判所「遺留分の算定に係る合意の許可」)。
非上場株式は税務評価と民事上の評価を分ける
相続税申告で用いる非上場株式の評価は、会社の規模や株式を取得した人の区分などに応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、これらの併用方式、配当還元方式などに分かれます(国税庁「No.4638 取引相場のない株式の評価」)。これは税務上の評価方法であり、遺留分の計算に用いる相続開始時の価額と当然に一致するものではありません。
相続税申告書や株式の評価明細書は有用な資料ですが、それだけで結論は決まりません。決算書の数値、資産・負債の実態、収益力、株主構成、譲渡制限などを確認し、純資産、収益、類似する会社との比較などに着目した評価を、評価の目的と前提に照らして検討します。特定の評価方法が常に用いられるわけではなく、税務上の評価が常に低いとも、少数株式に一律の割引が適用されるとも言えません。
会社は法人であり(会社法第3条)、株主である被相続人個人とは別の権利主体です。会社名義の土地や預金は会社の財産であり、被相続人個人の遺産ではないため、個人の遺産には加えず、株式の価値を検討する際の資料として扱います。これに対し、被相続人が会社に貸し付けていた金銭や、被相続人個人の名義で会社に使わせていた不動産は、株式とは別の個人の財産として確認します。
不動産は名義・利用状況・評価資料を照合する
相続税の申告では、土地は路線価方式又は倍率方式で、家屋は固定資産税評価額を基に評価します(国税庁「No.4602 土地家屋の評価」)。これも税務上の評価方法であり、遺留分の計算では対象物件の相続開始時の価額を検討します。路線価を一律の割合で割り戻せば時価になる、という扱いはできません。
査定書や鑑定書を比べる際は、評価の目的、価格時点、対象となる権利(所有権か、借地権か、賃貸中の土地か等)、比較に用いた事例を照合し、特定の資料を無条件に優先しません。登記で被相続人個人の名義かを確かめ、会社名義の不動産を個人の遺産に含めていないか、個人名義の事業用不動産が漏れていないかも確認します。賃貸借の有無、接道や境界、利用の制限は価額に影響し得ます。担保が設定されている場合は、被担保債務の債務者と相続開始時の残高を確認し、価額で考慮するのか債務として差し引くのかを整理して、二重に差し引かないようにします。
生前贈与と債務で金額が変わる
生前贈与と債務は、侵害額を大きく動かすことがあります。贈与は、誰に、いつ、何のためにされたかを確認し、債務は、被相続人個人の債務か会社の債務かを分けて扱います。
基礎財産に加える贈与と本人から控除する贈与
基礎財産に加える贈与は、相続人以外の人への贈与であれば原則として相続開始前1年間にされたもの、相続人への贈与であれば原則として相続開始前10年間にされた、婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与です(民法第1044条第1項・第3項)。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与は、これらの期間より前のものでも算入されることがあります。後継者への自社株の贈与も、時期と目的によって算入されるかどうかが分かれます。株式を後継者に低い価格で売却していた場合は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていたかなど、不相当な対価による取引として民法第1045条の要件に当たるかを確認します。
これとは別に、請求する本人が受けた特別受益に当たる贈与(民法第903条第1項)は、侵害額の計算で本人から差し引きます(民法第1046条第2項第1号)。この控除には、基礎財産への算入のような期間の限定が条文上置かれていないため、10年より前に本人が受けた贈与も控除の対象になり得ます。「10年より前の贈与はすべて関係しない」という理解は正確ではありません。
借入金や担保を二重に控除しない
基礎財産から差し引くのは、相続開始時に被相続人個人が負っていた債務です。会社の借入金は会社の債務であり、被相続人個人の債務として差し引くことはしません。株式の評価で考慮した会社の負債を、個人の債務として重ねて差し引くこともしません。被相続人が会社の借入れを個人で保証していた場合も、会社の借入れと同じものとは扱わず、保証の内容や会社の返済状況などを個別に検討します。
不動産に抵当権が設定されていても、登記された債権額や極度額と、相続開始時の実際の借入残高は一致するとは限りません。残高証明書などで実際の残高と債務者を確認し、不動産や株式の評価に織り込んだ負担を、債務としてもう一度差し引かないようにします。なお、請求を受けた後継者などが、請求者の承継すべき相続債務を弁済した場合は、その額の限度で、請求者に対する意思表示によって自らの支払債務を消滅させることができます(民法第1047条第3項)。
評価が終わる前でも権利行使の期限を管理する
株式や不動産の評価には時間がかかることがありますが、請求の期限は評価の完了を待ちません。金額が確定していなくても先に権利を行使し、その後に金額を詰めるのが基本の順序です。
通知と金銭債権の時効は別に管理する
遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効によって消滅します。相続開始の時から10年を経過したときも同様です(民法第1048条)。「知った時」は、死亡を知った日や遺言書を見た日と常に同じとは限らず、いつ知ったかが争いになることもあります。相続の開始と遺言や贈与の内容を知ったら、1年の経過を待たずに早めに意思表示をしておくのが安全です。
請求は相手方に対する意思表示として行い、その効力は相手方に到達した時に生じます(民法第97条第1項)。裁判所の案内でも、家庭裁判所への調停の申立てとは別に、相手方への意思表示が必要とされています(裁判所「遺留分侵害額の請求調停」)。内容証明郵便は法律で定められた唯一の方法ではありませんが、配達証明と組み合わせると、請求の内容と到達の日を証明しやすくなります。
適法に請求した後に生じる金銭の支払請求権には、別に消滅時効があります。現行の民法第166条第1項が適用される場合、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年です。訴えの提起、調停の申立て、相手方による債務の承認などによって時効の完成が猶予され、又は更新されることはありますが(民法第147条・第152条)、話合いを続けているだけで期間が止まるわけではありません。令和2年(2020年)4月1日より前に生じた債権には改正前の規定が適用されるなどの経過措置もあるため(平成29年法律第44号附則第10条第4項)、一律に「通知の日から5年」と考えることはできません。
話合いがまとまらない場合の手続
遺留分侵害額の請求について訴訟をする前には、原則として家庭裁判所の調停を経る必要があります(家事事件手続法第244条・第257条第1項)。申立先は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所です。調停が成立しない場合、遺産分割のように審判で侵害額が当然に決まるわけではなく、民事訴訟を検討します(同法第272条。調停に代わる審判がされる場合もあります)。手続の流れと必要書類は「遺留分侵害額請求の調停・訴訟と必要書類」で解説しています。
神戸市内でも、相手方の住所が須磨区・垂水区であれば通常は神戸家庭裁判所(本庁)、西区であれば同裁判所明石支部の管轄区域です。合意による管轄などの例外もあるため、裁判所の「兵庫県内の管轄区域表」で確認してください。
現金が足りないときの支払方法と和解条件
支払う側の手元資金が足りないことは、侵害額を減らす理由になりません。資金不足は、支払の方法・時期・担保をどう組み合わせるかという和解条件や、裁判所による期限の許与の問題として検討します。事業の継続は和解で考慮される事情ですが、それによって遺留分が一方的に消滅するわけではありません。また、会社の預金を後継者個人の支払に自由に使えるわけでもありません。会社資金の利用や、株式で支払う場合の議決権・事業承継税制への影響は「後継者の支払資金と株式・議決権への影響」で解説しています。
| 支払方法 | 成立条件 | 請求側の確認 | 支払側の確認 |
|---|---|---|---|
| 金銭の一括払い | 金額についての合意、又は判決などによる確定 | 支払期日、清算の対象とする範囲 | 個人の預金・借入れなどの原資、相続税の納付資金との調整 |
| 分割払い | 請求する側の合意 | 頭金、各回の金額と期日、遅延損害金、期限の利益を失う条件 | 収入と資産に裏付けられた返済計画、回答や一部支払の文言 |
| 担保の設定 | 担保を提供する人の合意と設定の手続 | 先順位の担保、担保余力、設定の費用 | 既存の借入先との約定、事業や生活への影響 |
| 期限の許与 | 受遺者又は受贈者の請求に基づく裁判所の判断(民法第1047条第5項) | 許与の対象(全部か一部か)と期限 | 許与を求める理由と資料、申出だけでは支払義務が止まらないこと |
| 不動産・株式による支払 | 双方の合意と、登記や株式の譲渡手続などの履行 | 受け取る財産の現在の価額、担保・賃貸借の有無、換価のしやすさ | 譲渡所得課税、登記などの費用、議決権・事業承継税制への影響 |
分割払いと担保を組み合わせる
任意の分割払いは、請求する側の合意によって成り立ちます。合意書には、総額、頭金、各回の金額と期日、振込手数料の負担、期限までの利息の有無、遅延損害金、期限の利益を失う条件、担保、費用の分担、清算の対象とする範囲を具体的に定めます。支払う側は、個人の預金・所得・借入れの可能性を基に返済計画を立てます。金額に争いがある段階で回答や一部の支払をする場合は、残額を含めて債務を承認したと受け取られないか、文言を確認します。
請求する側は、支払が途中で止まる事態に備え、担保の有無、先順位の担保と担保余力、設定の手続と費用を確認します。調停で合意して調書に記載されれば、その記載は確定判決と同一の効力を持ちます(家事事件手続法第268条第1項)。調停外で合意する場合は、一定額の金銭の支払について、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述を記載した公正証書(執行証書)にすることが考えられます(民事執行法第22条第5号)。当事者が署名しただけの合意書や、この陳述の記載がない公正証書では、それだけで強制執行はできません。担保や債務名義(強制執行の根拠となる文書)があっても、回収が保証されるわけではありません。
裁判所による期限の許与は自動ではない
民法第1047条第5項は、受遺者又は受贈者の請求により、裁判所が支払債務の全部又は一部について相当の期限を許与できると定めています。裁判所が判断する制度であり、資金が不足すれば自動的に支払が猶予されたり、減額や分割払いが認められたりするものではありません。期限の許与を求めると申し出ただけで、支払義務や遅延損害金が当然に止まるわけでもありません。期限の定めのない債務は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負い(民法第412条第3項)、遅延損害金が生じ得ます(同法第419条第1項)。そのため、金銭の支払を求められた時期、既存の合意、裁判所の判断を確認します。
不動産・株式で支払う前に税務を確認する
金銭に代えて不動産や株式を渡すには、相手方との合意と、登記や株式の譲渡手続などの適切な履行が必要です。土地を渡した場合、渡した側には、その土地を譲渡したものとして譲渡所得の課税が問題になります(国税庁の質疑応答事例「遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係」)。受け取った側も、その土地を相続や遺贈で取得した場合と同じ取扱いになるとは限りません。登記などの費用、既存の担保、引渡しの条件も合意の前に確認します。株式を渡す場合は、譲渡制限、議決権の移動、適用中の事業承継税制への影響を別に確認します。
相続税にも影響します。支払う額が確定したことで相続税額が過大となった側は、原則として、確定を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をすることを検討します(相続税法第32条第1項第3号。国税庁の質疑応答事例「遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例の適用の可否」参照)。受け取った側も、修正申告や期限後申告の要否を確認します。この期間は分割払いが終わった時から数えるものではありません。民事上の支払額と相続税の課税価格の調整額は、評価方法の違いなどから一致しないこともあります。具体的な税額と手続は、税理士に確認してください。
相談前に整理する争点と資料
相談の前に資料をすべてそろえる必要はありません。争点ごとに、本人の計算にどう影響するか、どの資料が足りないかを整理すると、見通しを検討しやすくなります。
| 争点 | 本人の計算への影響 | 不足資料 |
|---|---|---|
| 自社株の評価の違い | 評価差に本人の遺留分の割合を乗じた額だけ、本人の遺留分額が変わる | 定款、株主名簿、決算書と法人税申告書(数期分)、株式の評価明細、資産・負債の明細(主に会社・後継者が保有) |
| 個人名義の不動産の漏れ | 漏れた不動産の価額が基礎財産に加わる | 登記事項証明書、固定資産税の課税明細、賃貸借契約書、査定書・鑑定書(法務局、不動産を管理している相続人など) |
| 生前贈与の時期と目的 | 基礎財産への算入や、本人からの控除の有無が変わる | 贈与契約書、贈与税の申告書、預金の取引履歴、株主名簿の変更記録(当事者、金融機関、会社) |
| 借入金の残高と債務者 | 差し引く債務の額と、二重控除の有無が変わる | 残高証明書、金銭消費貸借契約書、保証契約書、担保の登記(金融機関、後継者、法務局) |
| 請求者本人の取得済み財産 | 本人が受けた遺贈・特別受益や取得すべき遺産として差し引かれる | 遺言書、遺産分割の資料、贈与の記録(請求者本人、他の相続人) |
請求する側の準備
請求する側は、評価や贈与の資料が相手方の手元にある場合、足りない資料とその保有者を特定します。相続人であっても、会社のすべての情報や他人名義の口座の情報を無条件に入手できるわけではありません。相続人として自ら取得できる資料、相手方に任意の開示を求める資料、調停や訴訟の手続の中で提出を求めることを検討する資料を分け、適法な方法を選びます。
請求された側の準備
請求された側は、回答や和解の前に、次の点を確認します。
- 通知の内容、到達した日(請求が期間内か)、封筒や配達記録
- 相続開始日(現行制度と旧制度のどちらが適用されるか)と、請求者と被相続人の関係
- 請求額の根拠となった株式・不動産の評価資料と、その前提
- 請求者本人が受けた遺贈・贈与、取得すべき遺産、承継する債務が考慮されているか
- 会社の財産・債務と、被相続人個人の財産・債務が区別されているか
- 相続税の納付を含めた個人の支払原資と、借入れの可能性
- 分割払いや担保を提案する場合の返済予定と担保の対象
よくある質問
相続税申告書の株価をそのまま使って遺留分を計算できますか。
申告書の株価は有用な資料ですが、税務上の評価方法で算定されたもので、遺留分の計算に用いる相続開始時の価額と当然に一致するものではありません。決算書や資産・負債の実態、株主構成などと照らし、評価の前提を確認したうえで使えるかを判断します。
一括で支払う現金がない場合、分割払いにできますか。
任意の分割払いは、請求する側との合意によります。資金が足りないことで侵害額が減るわけではありません。裁判所に期限の許与を求める方法もありますが、認められるかどうかは裁判所の判断によります。
株式や不動産の評価が終わらないうちに、請求の期限が近づいています。
金額が確定していなくても、相手方に遺留分侵害額を請求する意思表示をし、その内容と到達の証拠を残すことを優先します。1年の期間は、評価資料を準備している間も進みます。
現金の代わりに土地を渡す場合、税金はかかりますか。
土地を渡した側には、譲渡所得の課税が問題になります。受け取った側も、相続で取得した場合と同じ取扱いになるとは限りません。税額は合意の前に税理士に確認し、登記などの費用や既存の担保も合意の前に確認してください。
親の相続で、兄弟から遺留分を請求されました。兄弟姉妹には遺留分がないのではありませんか。
遺留分がないのは、被相続人(亡くなった方)の兄弟姉妹です。親が亡くなり、子どうしで請求する場面では、請求するのは被相続人の子であるため、遺留分を持ち得ます。
相談のご案内
ご相談では、相続開始日と期限、評価資料、贈与と債務の状況を伺い、請求額又は支払額の見通しと、支払・回収の方法を整理します。期限が近い場合は、資料がそろうのを待たずにご相談ください。
お手元にあれば、通知書と封筒・配達記録、遺言書の写し、相続税申告書と株式の評価明細、決算書、不動産の登記事項証明書や課税明細、借入れ・担保の資料、生前贈与に関する資料をお持ちください。
ご予約の際は、相談の概要と、相手方となる方のお名前をお知らせください。相手方のお名前は、ご相談の前に利益相反の有無を確認するために伺います。確認の結果、ご相談やご依頼をお受けできない場合があります。フォームの送信は予約の申込みであり、相談の日時はお申込みの内容を確認したうえで調整します。また、お問い合わせやご予約は相手方への請求や回答には当たらず、期間の進行も止まりません。
相談方法・費用をご確認のうえ、相談予約フォームからご予約ください。
事務所・弁護士紹介
弁護士法人ひょうご支所神戸みらい法律会計事務所(兵庫県弁護士会所属)は、遺言・相続に関するご相談を取り扱っています。代表弁護士は藤井貴之(弁護士・公認会計士。兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属)です。
参考資料
- 民法(e-Gov法令検索)
- 家事事件手続法(e-Gov法令検索)
- 民事執行法(e-Gov法令検索)
- 会社法(e-Gov法令検索)
- 遺留分侵害額の請求調停(裁判所)
- 遺留分の算定に係る合意の許可(裁判所)
- 兵庫県内の管轄区域表(裁判所)
- No.4638 取引相場のない株式の評価(国税庁)
- No.4602 土地家屋の評価(国税庁)
- 遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係(国税庁 質疑応答事例)
- 遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例の適用の可否(令和元年7月1日以後に開始した相続)(国税庁 質疑応答事例)
- 相続税及び贈与税等に関する質疑応答事例(民法(相続法)改正関係)(国税庁 資産課税課情報第17号、令和2年7月7日、PDF)
- 中田朋子「改正相続法とこれからの相続関連業務」(信託協会『信託』280号、令和元年11月、PDF)
情報基準日:2026年10月17日
この記事は、情報基準日時点の法令と公表資料に基づく一般的な情報であり、令和元年(2019年)7月1日以後に開始した相続を前提としています。結論は、相続開始日、遺言・贈与の内容、評価資料などの個別の事情によって異なります。

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