退職後の秘密保持義務と競業避止義務|損害賠償請求への対応 |神戸市(須磨・垂水・西神・北神)の弁護士|初回相談無料|

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退職後の秘密保持義務と競業避止義務|損害賠償請求への対応

同業他社へ転職した、あるいは独立して事業を始めたところ、元の勤務先から内容証明郵便が届き、秘密保持義務違反や競業避止義務違反を指摘されて、損害賠償や取引の中止、資料・データの返還を求められた——。どう答えてよいか分からないまま回答期限が近づいている、というご相談があります。

請求を受けたことと、支払義務や差止めの義務が認められることとは別です。会社の請求が認められるには、根拠となる契約条項又は法律の規定、それが問題の行為に及ぶこと、実際にあった行為、損害と因果関係を、原則として請求する側が主張し資料で示す必要があります。他方、放置してよいわけでもなく、期限や手続によっては不利な結果が確定します。

この記事では、元勤務先から請求を受けた退職者の方に向けて、義務の根拠と有効性、会社の主張と証拠、退職者側の確認事項、直後の対応、相談前に整理する資料を説明します。

書類を受け取った方は、次の3点を先に確認してください。

  • 裁判所から届いた書類が含まれていないか(訴状、支払督促、仮処分の申立書、期日の呼出状など)
  • 会社の情報が、ご自身のパソコン、スマートフォン、私用メール、クラウドに残っていないか
  • 新しい誓約書、債務承認書、示談書、給与控除の同意書など、署名を求められている書面がないか

回答期限が指定されている場合や、裁判所からの書類が届いている場合は、署名や送金の前にご相談ください。請求書と契約書を確認し、何が問題とされているのかを整理したうえで、対応方針を検討できます。

請求への対応について相談予約をする

元勤務先から請求されたら最初に確認すること

最初にすべきことは、反論を考えることではなく、届いた書類の種類と期限を把握することです。差出人、到達日、封筒や送達に関する書類の有無、求められているのが金銭の支払か、行為の中止か、資料の返還かを分けて確認します。

会社が指定した期限と、裁判上の期限は別のものです

警告書の回答期限は会社が一方的に指定したもので、裁判上の期限と同じ効力を当然に持つわけではありません。もっとも無視してよいという意味でもなく、回答がないことを理由に交渉が打ち切られ、仮処分の申立てや訴えの提起に進む契機になります。これに対し、裁判所から届いた書類の期限は、応じなかった場合の効果が法律上定められています。裁判所からの書類は最優先で確認してください。

受け取った書類・状況ごとの初動の整理
受け取った書類・状況 確認する期限や事項 次の行動
警告書・内容証明郵便 差出人、到達日、根拠条項、請求されている行為と金額、回答期限 署名・送金・全面否認を留保し、契約書と事実経過を先に整理する
誓約書・同意書への署名の求め 対象行為の範囲、期間、地域、違約金の定め、既存の義務との関係 条項の意味と効果を確認してから、応じるかを判断する
支払督促 受け取った日、督促異議を申し立てられる期間 期間内に督促異議を申し立てるかを検討する(異議により通常訴訟に移行)
訴状・期日呼出状 答弁書の提出期限、第1回口頭弁論期日、管轄裁判所 期限内に答弁書を提出する。欠席と不提出は不利に働きうる
仮処分の申立書・審尋期日の通知 審尋期日、求められている資料、申立ての対象となる行為 申立ての段階と命令が発令された段階を区別して確認する
給与・退職金の不払や差引き 支給日、差引きの名目と金額、同意書の有無、退職金規程の定め 賠償請求の成否とは分けて、支払の適法性を確認する

秘密保持義務と競業避止義務は何が違うか

会社の通知には複数の義務がまとめて書かれていることがよくありますが、秘密保持義務、競業避止義務、顧客や従業員の勧誘禁止、資料・データの返還義務は、対象行為も根拠も異なります。「情報を漏らしていないのだから競業避止条項にも違反しない」という説明も、「競業避止条項が無効なのだから前職の情報を使ってよい」という説明も正しくありません。一方が否定されても、他方は別に検討されます。

在職中、退職手続中、退職後を区分してください

行為の時期によって根拠が変わります。在職中は労働契約に基づく義務が及び、退職後は契約上の定めがあるか、又は不正競争防止法や民法上の不法行為が問題になります。有給休暇の消化中は雇用関係が終了していないことがあり、「退職届を出した後だから在職中ではない」と自己判断しないでください。取締役の在任中の競業取引には会社法上の規制が別にあり、元従業員にそのまま適用されるわけではありません。元役員、業務委託先、事業を譲渡した売主の方は適用関係が異なります。

義務・規制ごとの対象行為と主な確認資料
義務・規制 問題となる行為 主な確認資料
契約上の秘密保持義務 契約で定められた秘密情報の使用、開示、第三者提供 雇用契約書、誓約書、秘密保持契約、就業規則
契約上の競業避止義務 競合する事業への就業や開業(対象・期間・地域の定めによる) 誓約書・退職合意書の競業条項、就業規則、代償措置に関する資料
契約上の勧誘禁止義務 特定の顧客との取引や、元同僚への働きかけ 誓約書の勧誘禁止条項、対象顧客の特定方法に関する記載
資料・データの返還義務 貸与物、書類、電子データを返還・削除しないこと 貸与物の受領書、返却記録、退職時の手続書類
不正競争防止法上の規制 営業秘密の不正な取得、使用、開示(同法第2条第1項第4号から第10号まで) 会社の秘密管理の実態、アクセス権限の設定、情報の入手経路
民法上の不法行為 契約の定めがない場合でも、行為の態様によって違法とされる場面 連絡の時期・方法・文面、在職中の準備行為、取引先変更の事情

競業避止の誓約書はどこまで有効か

「署名した以上すべて有効」でも、「誓約書がないのだから一切責任がない」でもありません。まず、雇用契約書、入社時・退職時の誓約書、秘密保持契約、競業避止に関する合意書、就業規則、退職合意書のうち、どの文書のどの条項が根拠とされているのかを特定します。退職時に新たな義務への署名を求められている場合と、在職中からの義務が存続しているとされる場合とでは検討事項が異なります。

就業規則を根拠とする場合

労働契約法第7条は、合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合に、労働契約の内容がその就業規則で定める労働条件によるものとする旨を定めています。周知の有無、条項の合理性、退職後にも適用される文言か、対象者に含まれるかを確認します。同法第9条は労働者と合意することなく就業規則を変更して不利益に労働条件を変更することはできないとし、同法第10条が例外を定めています。在職中に条項が追加された場合は変更の経緯も確認します。

条項があっても、そのままの範囲で効力が認められるとは限りません

競業避止条項は退職後の職業選択や生計に影響するため、契約の解釈のほか、民法第90条(公序良俗に反する法律行為を無効とする規定)による有効性の判断が問題になります。もっとも、憲法上の職業選択の自由を根拠に、私人間の契約条項が当然に無効となるわけではありません。

経済産業省の参考資料「競業避止義務契約の有効性について」(平成24年度経済産業省委託調査に基づく参考資料)は、守るべき企業の利益、従業員の地位、地域的な限定、存続期間、禁止される競業行為の範囲、代償措置という項目を挙げています。同資料は裁判所が用いる一律の基準を定めたものではなく、判例は個別性が強く、どのような規定であれば有効となるかは一概に言えない旨を自ら注記しています。

競業避止条項について確認する事情と、一律には判断できない点
判断に関係する事情 具体的な確認内容 一律に判断できない点
守るべき企業の利益 保護しようとする情報や関係の内容、一般的な知識・技能との違い 営業秘密に当たらない情報でも保護に値するとされる一方、一般的な技能の流出防止は正当な目的とされない場合もある
退職者の地位と職務 役職名だけでなく、実際の担当業務、接していた情報、アクセス権限の範囲 役職が高くても秘密情報に接していなければ否定的に評価されることがある
禁止される行為の範囲 業務内容・職種・顧客で限定されているか、競合他社への転職自体を包括的に禁じていないか 限定の方法や業界の事情によって評価が変わる
地域的な限定 限定の有無、会社の事業の展開範囲、禁止行為の範囲との関係 地域の限定がないことだけを理由に無効とされるとは限らない
期間 期間の長さ、その業種で情報や関係が持つ価値の持続期間、不利益の程度 「何年までなら有効」という基準はなく、他の事情と併せて判断される
代償措置 対価といえる手当・金銭の有無、条項の前後での賃金の差、退職金の額 有無だけで結論が決まるわけではないが、何もない場合は否定的に評価されやすい

「1年なら有効」「2年を超えたら無効」「地域の限定がなければ常に無効」「代償金がなければ必ず無効」といった一律の基準は存在しません。秘密保持義務の存続期間と競業を禁止する期間も別のもので、同じ年数として扱うことはできません。署名の際に圧力を感じたという事情だけで、当然に無効又は取消しとなるわけでもありません。

顧客情報や前職の知識を使うと問題になるのか

不正競争防止法上の営業秘密の要件

不正競争防止法第2条第6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。秘密管理性、有用性、非公知性の3つが問題になり、顧客名簿や価格表といった名称であることだけを理由に営業秘密に当たるわけではありません。

秘密管理性について、経済産業省の「営業秘密管理指針」(平成15年1月30日策定、令和7年3月31日最終改訂)は、営業秘密保有者の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に明確に示され、従業員がそれを容易に認識できる必要があるとしています。同指針は法的拘束力を持つものではなく、必要となる最低限の水準の対策を示すものと自ら説明しています。会社側の表示、アクセス制限、規程、教育の実態は確認の対象です。

契約上の秘密情報と、法律上の営業秘密は範囲が一致しません

営業秘密に当たらないからといって、契約上も自由に使用できるという結論にはなりません。他方で、会社が「秘密」と表示しただけで、あらゆる情報の使用を際限なく禁止できるわけでもありません。一般的な知識・技能・経験、公表されている情報、退職後に適法に独自収集し又は開発した情報と、前職由来の具体的な秘密情報とを資料に即して区別します。

「記憶した情報なら自由に使える」「名刺は私物だから自由に使える」「在職中に自分で作った資料なら持ち出せる」という説明は、いずれも正確ではありません。情報を誰が作成したかということと、退職後に使用してよいかということは別の問題です。

行為の種類を分けて確認してください

取得、複製、保有、使用、開示、返還をしないこと——これらは根拠が異なります。会社のファイルを私用メールへ送信した、私用クラウドへ保存したという事実は、使用や開示を裏づける資料として扱われることがあります。もっとも、それだけで契約違反や不正競争防止法上の要件がすべて満たされるとは限らず、何のために、どの情報を、その後どう扱ったのかが問題になります。

公益通報や、裁判・行政手続への対応、弁護士への相談との関係で情報を扱う場面もありますが、制度ごとに保護の要件が定められています。要件を確認しないまま「不正を告発するためなら持出しや公開は自由だ」と考えることは避けてください(消費者庁「公益通報者保護制度」)。

顧客への連絡や同僚の勧誘が争われる場面

以前の顧客と取引を始めたという事実だけで、直ちに違法と評価されるわけではありません。他方で、競業避止の特約がない場合であっても、行為の態様によっては不法行為が問題になります。

裁判所ウェブサイトに掲載されている最高裁判所平成22年3月25日判決は、「元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである」との判断を示したうえで、その事案については「本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらない」としています(判決文・裁判所ウェブサイト)。この判断はその事案の事実関係を前提とするもので、別の事案に同じ結論が当てはまるわけではありません。

場面ごとに事実を分けて整理してください

  • 顧客が自発的に連絡してきた場合と、こちらから積極的に営業した場合
  • 退職の挨拶にとどまる連絡と、取引の勧誘を含む連絡
  • 在職中に行った準備行為と、退職後に行った行為
  • 会社の顧客情報を持ち出して使った場合と、公開情報や個人的な関係から連絡した場合
  • 元勤務先について事実と異なる説明をして顧客を誘導した場合
  • 同僚1人への声かけと、業務が回らなくなる規模での集団的な勧誘

「顧客が自分から連絡してきたのだから常に適法」「1人の勧誘なら適法」といった線引きはできません。誰が最初に連絡したか、その時期、文面、使用した情報の入手経路、在職中の準備行為、元勤務先への説明内容、契約条項、顧客が取引先を変えた理由を、資料と結び付けて確認します。

損害賠償の根拠と金額をどう確認するか

会社が損害賠償を請求する根拠は、主に、債務不履行(民法第415条)、不法行為(民法第709条)、不正競争防止法第4条のいずれかです。どの根拠によるかで必要となる事実も立証の負担も変わり、「すべて会社が証明しなければならない」と一括りにはできません。民法第415条第1項ただし書は、債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるときは損害賠償を請求できない旨を定めており、この点の位置づけは不法行為と異なります。

売上の減少額は、そのまま損害額にはなりません

会社が「売上が減った」と主張していても、それは損害額そのものではありません。売上高と利益は別ですし、請求額と裁判で認められる額も別です。民法第416条は、損害賠償は通常生ずべき損害の賠償を目的とし、特別の事情による損害は当事者がその事情を予見すべきであったときに請求できる旨を、民法第418条は、債権者に過失があったときは裁判所がこれを考慮して責任及び額を定める旨を規定しています。顧客の自主的な判断、価格・品質・納期、市況、他社との競争、会社側の事情は、因果関係や金額の検討に関係します。

推定規定が働く場面と、働かない場面を区別してください

不正競争防止法第5条は損害の額の推定等を定め、同法第5条の2は、技術上の秘密について一定の不正競争があった場合に、その技術上の秘密を使用する行為をしたものと推定する規定を置いています。ただし第5条の2が対象とするのは「技術上の秘密(生産方法その他政令で定める情報に係るものに限る。)」であり、顧客名簿のような営業上の情報がそのまま対象になるわけではありません。他方、推定が働く場面で、会社に細かな立証資料がないことだけを理由に請求は成り立たないと断定することもできません。推定される事項、なお会社側で示す必要がある事項、反証すべき事項を分けて整理します。

通常の業務中の過失による損害について使用者から労働者への賠償請求が制限される場面が論じられますが、退職後の意図的な情報の使用や勧誘が問題とされる事案を当然に同じに扱うことはできません。賠償額の相場や、年収に対する一定割合といった目安も存在しません。

会社の主張と、退職者側で確認する事項
会社が問題とする事項 退職者側の確認事項 資料・証拠
義務の存在 どの文書のどの条項か、締結時期、対象者、退職後に及ぶ文言か、周知の有無 雇用契約書、誓約書、秘密保持契約、就業規則と別紙・改訂版、退職合意書
違反行為の特定 いつ、どの情報について、どの行為(取得・複製・保有・使用・開示)を問題としているのか 会社が示した根拠資料、返却記録、アクセス権限の通知、適法に保有するメール
情報の性質 秘密として管理されていたか、公然と知られていないか、一般的知識と区別できるか 秘密表示、社内規程、教育記録、公開情報の取得元、作成履歴
損害の発生と金額 請求されているのは売上か利益か、算定の前提と計算過程が示されているか 会社が提示した算定資料、請求書、根拠となる期間の特定
因果関係 顧客の自主的判断、取引条件、市況、他社との競争、会社側の事情 顧客とのやり取りの記録、取引条件に関する資料
請求の時期 いつの行為を問題としているのか、消滅時効に関する期間が経過していないか 時系列表、退職日、行為日、通知の到達日

違約金、給与の控除、退職金への対応

違約金の定めと、現実に生じた損害の請求

労働基準法第16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めています。他方、民法第420条第3項は、違約金を賠償額の予定と推定する旨を規定しています。条項の名称だけで結論が決まるわけではなく、労働契約との関係、締結時期、条項の実質を確認します。「違約金と書いてあるのだから支払義務がある」という説明も、「労働基準法第16条があるのだから会社は一切損害賠償を請求できない」という説明も正確ではありません。同条は賠償額をあらかじめ定めることを禁止するもので、現実に生じた損害の賠償請求までを一律に否定するものではないと理解されています。

給与からの一方的な控除

損害賠償債権があると主張して会社が給与から差し引く取扱いは、賠償請求の成否とは別に検討されます。労働基準法第24条第1項は、賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定め、一部を控除できる場合を限定しています。同意があるとされる場合でも、どのような状況で得られた同意か、有効といえるかは検討の対象です。同法第23条第1項は、退職の場合に権利者の請求があったときは、7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。

退職金の不支給・減額・返還請求

退職金については、賃金に当たるか、規程にどのような支給条件・不支給事由が定められているか、問題の行為が勤続の功労にどの程度影響するかを個別に確認します。裁判所ウェブサイトに掲載されている最高裁判所の判決には、同業他社への就職を理由として退職金を一般の自己都合退職の場合の半額と定めることについて、その退職金が「功労報償的な性格」を併せ有することにかんがみれば「合理性のない措置であるとすることはできない」と判断したものがあります(判決文・裁判所ウェブサイト)。競業したというだけで当然に全額を失うわけではありませんが、どのような不支給・減額条項も無効になるわけでもありません。

差止め、仮処分、裁判所からの書類と期限

差止めと損害賠償は、要件が同じとは限りません

不正競争防止法第3条第1項は、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が侵害の停止又は予防を請求できる旨を定め、同条第2項は侵害の行為を組成した物の廃棄などを請求できる旨を定めています。差止めが求められる場面と損害賠償が求められる場面とでは必要となる事実が異なり、営業秘密の使用の差止めと転職そのものの禁止も同じではありません。

警告書、申立て、発令済みの命令を区別してください

元勤務先の警告書は裁判所の命令ではありません。仮処分の申立書が届いた段階、審尋期日の通知が届いた段階、命令が発令された段階は、それぞれ意味が異なります。申立てがあれば直ちに就業できなくなるわけではありませんが、放置してよいものでもありません。裁判所の民事保全に関する説明では、権利関係に争いがあり債権者に著しい損害又は急迫の危険が生ずるおそれがある場合の「仮の地位を定める仮処分」があること、審尋期日が実施される事件があること、担保の提供が必要となることが説明されています。

支払督促が届いた場合

裁判所の支払督促に関する説明によれば、債務者は支払督促を受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てることができ、督促異議により通常訴訟に移行します。異議がないまま所定の期間が経過すると債権者は仮執行宣言を申し立てることができ、発付されると仮執行宣言付支払督促が送達されます。債務者はこれを受け取ってからも2週間以内に督促異議を申し立てられます。通常の支払督促について2週間が経過したからといって一切争えなくなるわけではありませんが、仮執行宣言が付されると強制執行の可能性が生じますので放置は避けてください。

消滅時効に関する期間

請求の根拠ごとに期間も起算点も異なります。債権については民法第166条第1項が、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間、不法行為による損害賠償請求権については民法第724条が、損害及び加害者を知った時から3年間、又は不法行為の時から20年間と定めています。

不正競争防止法第15条第1項は、同法第2条第1項第4号から第9号までの不正競争のうち営業秘密を使用する行為に対する差止請求権について、営業秘密保有者がその事実及び行為者を知った時から3年間、又は行為の開始の時から20年間の期間を定めています。これは差止請求権についての規定であり、すべての請求が退職日から一律に消滅するという意味ではありません。同法第4条ただし書は、同法第15条により権利が消滅した後の使用行為による損害を賠償の対象としない旨を定めています。時効は民法第145条により当事者が援用しなければ裁判所が裁判をすることができないとされ、完成猶予・更新の有無や、法改正に伴う経過措置の適用も確認が必要です。

刑事責任について

不正競争防止法第21条には営業秘密に関する罰則が定められていますが、民事責任と刑事責任とでは要件も手続も異なります。契約違反があれば当然に犯罪が成立するわけではなく、民事の和解が成立すれば刑事手続が必ず終了するというものでもありません。刑事告訴を示唆された場合は、民事の対応と分けて検討してください。

回答・署名・資料返還の前に準備するもの

回答書の文面を先に考えるのではなく、事実と資料の整理を優先してください。事実に反する全面的な否認も、確かめていない事実を認めることも、後に不利に働きます。

回答の前に整理する項目

  • 会社が、どの情報について、どの行為を、どの契約条項又は法律の規定を根拠として問題としているのか
  • 会社に明確化を求める事項(対象情報の特定、行為の日時、損害額の算定根拠、根拠条項の指定)
  • 判断を留保する事項(資料の確認が済んでいない点、記憶が曖昧な点)
  • 回答期限に間に合わない場合に、期限の延長を申し入れるかどうか

期限の延長を申し入れることはできますが、当然に認められるわけではありません。新しい誓約書、債務承認書、示談書、給与控除の同意書などは、何を対象とし、署名によってどのような効果が生じるのかを確認してから判断してください。

相談前に整理する資料

  • 契約関係/雇用契約書、労働条件通知書、入社時・退職時の誓約書、秘密保持契約、競業避止に関する合意書、就業規則と別紙・改訂版、退職合意書
  • 請求・手続関係/警告書・内容証明郵便とその封筒、請求書、裁判所からの書類一式、送達に関する書類、これまでのやり取りの記録
  • 情報の取扱い/貸与物の受領書と返却記録、アクセス権限の付与・停止に関する通知、公開情報の取得元、自ら作成した資料の履歴
  • 顧客とのやり取り/退職後の連絡の時期・方法・文面、顧客からの問合せの記録、取引開始の経緯が分かる資料
  • 損害・給与・退職金関係/会社が示した損害額の算定資料、給与明細、退職金規程、支給・不支給に関する通知

アクセスログ、社内システムの操作履歴など、会社側にしかない資料もあります。自分で入手しようとするのではなく、どこに存在し、どの程度の期間保存されている可能性があるかを弁護士に伝える事項として整理してください。

次の行為は行わないでください。反論の材料を集める目的であっても、新たな問題を生じさせます。

  • 証拠にするために会社のデータをまとめて複製すること
  • 退職後に会社のアカウントや社内システムにログインすること
  • 会社の秘密資料を私用のクラウドサービスや生成AIのサービスへアップロードすること
  • ログや履歴を消去すること、端末を初期化すること、関係者と説明を合わせること

相談予約フォームに会社の秘密資料を添付して一括送信することも避けてください。利益相反の確認が済む前に資料を受領できない場合があります。資料の提出方法は事務所の案内に従ってください。

会社の情報が端末やクラウドに残っている場合

まず、その情報の使用と第三者への提供を止めてください。そのうえで、むやみに開く、複製する、移動する、削除するといった操作は避けてください。返還や削除の義務がある一方で、後の手続で必要になる資料を失うおそれもあります。アクセスを制限したうえで、対象の範囲、保管の方法、確認に立ち会う人、返還・削除の経過の記録方法を弁護士と検討してください。証拠保全を理由に会社の機器や資料を当然に持ち続けてよいわけではなく、自動同期や自動削除の設定変更も記録に影響しますので、自己判断では行わないでください。

署名を求められている書面がある場合や、手元のデータの扱いに迷っている場合は、判断の前に一度ご相談ください。契約書と請求内容を確認したうえで、何が問題とされているのか、どの資料を整理すべきかを検討できます。

労働問題(労働者側)の取扱業務を見る

弁護士への相談と解決方針の検討

手続の選択

任意の交渉、民事調停、労働審判、民事訴訟、仮処分は、紛争の性質、当事者、求める救済、緊急性に応じて選択します。労働審判法第1条は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争を対象とする旨を定めており、営業秘密や競業避止に関する紛争のすべてが労働審判に適するわけではなく、対象適合性と管轄の確認が必要です。裁判所の労働審判手続に関する説明によれば、原則として3回以内の期日で審理を終えること、労働審判に対し2週間以内に異議の申立てがされれば労働審判は効力を失い訴訟手続に移行することとされています。

争う方針と、範囲を限定して解決する方針

対応は、条項の効力を争って全面的に反論する方針だけではなく、対象となる情報・行為・期間を限定して解決する方針や、就業を続けられるように影響を調整する方針もあります。使用の停止、資料の返還、業務範囲の調整は、責任を認めるかどうかとは切り離して検討できます。

和解の内容で確認する事項

  • 解決の対象となる行為と期間(過去のどの行為までを対象とするのか)
  • 将来の就業・営業の範囲、顧客への接触に関する定め
  • 秘密保持の範囲と期間、データの返還・削除の方法と確認の手順
  • 清算条項の範囲(未払賃金や退職金など、こちらの請求も含まれてしまわないか)
  • 転職先への連絡の有無、連絡する場合の内容
  • 違反した場合の取扱い(新たな違約金の定めが設けられていないか)

解決を急ぐあまり、必要以上に広い新たな競業禁止条項や、内容の確認できない債務の承認を受け入れてしまうことがあります。署名の前に条項ごとに効果を確認してください。

転職先への影響

転職先に説明する必要があるか、どこまで伝えるか、既に会社から連絡が行っているか、業務内容の変更や雇用の継続に影響が生じていないかも検討の対象です。反論のために元勤務先の秘密情報を転職先へ広く開示する方法は、新たな問題を生じさせるため勧められません。退職者ご本人と転職先とで利害が一致しない場合があり、別の代理人が必要となることもあります。

ご相談の予約に際しては、相手方となる会社名、請求内容の概要、届いた書類の種類、指定されている期限を先にお伝えください。資料の送付方法は事務所からの案内に従ってください。

よくある質問

競合他社へ転職しただけで損害賠償を請求されるのですか。
転職したという事実だけで賠償義務が生じるものではありません。競業避止義務があるか、その条項が問題の行為に及ぶか、実際の行為は何か、損害と因果関係が示されているかを順に確認します。まずは会社が根拠とする条項と、問題としている行為を特定してください。
退職時の誓約書に署名していなければ責任はありませんか。
誓約書がないことは有利な事情になり得ますが、それだけで責任がないとはいえません。就業規則や雇用契約書の定め、不正競争防止法上の規制、民法上の不法行為が問題となる場合があります。手元の契約書類と就業規則を、別紙や改訂版も含めて確認してください。
競業を禁止する期間は何年まで有効ですか。
「何年までなら有効」という一律の基準はありません。守るべき企業の利益、退職者の地位と職務、禁止行為の範囲、地域の限定、期間、代償措置を総合して判断されます。まず条項の期間と禁止行為の範囲を正確に読み取ってください。
以前の顧客から連絡があった場合も取引してはいけませんか。
顧客の側から連絡があったという事情だけで常に適法になるわけではなく、取引をしたことだけで直ちに違法になるわけでもありません。誰が最初に連絡したか、時期と文面、使用した情報の入手経路、在職中の準備行為の有無が確認されます。連絡の記録は残してください。
会社の情報が私物の端末に残っている場合、削除すればよいですか。
まず使用と第三者への提供を止めてください。そのうえで、開く、複製する、移動する、削除するといった操作はいったん控えることをお勧めします。返還・削除の義務がある一方、後の手続で必要となる記録を失うおそれもあるためです。対象の範囲と削除の手順は弁護士と検討してください。
誓約書に書かれた違約金は全額支払う必要がありますか。
「違約金」と書かれているだけで支払義務が確定するものではありません。労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約を禁止しています。他方、同条があることで会社が現実に生じた損害の賠償を一切請求できなくなるわけでもなく、条項の締結時期と実質を確認します。
損害賠償を理由に給与や退職金を差し引かれても仕方ありませんか。
賠償請求が認められるかどうかと、給与から差し引いてよいかどうかは別の問題です。労働基準法第24条第1項は賃金の全額払を定め、控除できる場合を限定しています。退職金も規程上の支給条件と不支給事由の確認が必要です。支給日、差引きの名目と金額、同意書の有無を整理してください。
内容証明や裁判所からの書類が届いたら、いつまでに対応すべきですか。
会社が指定した回答期限と、裁判上の期限は別のものです。裁判所からの書類は優先して確認してください。たとえば支払督促は、受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てることができるとされています。期限の意味が分からない場合は、書類を持参して早めにご相談ください。

まとめ

  • 請求を受けたことと義務が認められることは別です。根拠条項、行為、損害、因果関係を分けて確認します。
  • 秘密保持義務、競業避止義務、勧誘禁止、返還義務は根拠が異なり、一方が否定されても他方が当然に否定されるわけではありません。
  • 競業避止条項の有効性に一律の基準はなく、守るべき利益、地位と職務、禁止範囲、地域、期間、代償措置を条項と実際の職務に即して確認します。
  • 契約上の秘密情報と不正競争防止法上の営業秘密は範囲が一致しません。情報の性質と行為の種類を分けます。
  • 売上の減少額はそのまま損害額にはなりません。算定の前提と因果関係に影響する事情を確認します。
  • 違約金、給与からの控除、退職金の不支給は、賠償請求の成否とは分けて検討します。
  • 裁判所からの書類には法律上の期限があります。会社の情報が手元に残っている場合は、使用を止めたうえで複製・移動・削除を自己判断で行わないでください。
  • 新しい誓約書、債務承認書、示談書、同意書への署名は、対象と効果を確認してから判断してください。

結論は、契約書の文言、実際の職務内容、行為の具体的な経過によって変わります。この記事は一般的な説明であり、個別の事案について結論をお示しするものではありません。

元勤務先から請求を受けた場合のご相談では、請求書と誓約書等の契約書類を確認し、会社の主張と手元の資料を照らし合わせたうえで、回答・署名・データの返還を行う前に対応方針を整理します。ご予約の際は、相手方の会社名、請求内容の概要、届いた書類の種類と期限をお伝えください。

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監修者・執筆者

藤井 貴之(ふじい たかゆき)

  • 資格 弁護士・公認会計士
  • 所属 兵庫県弁護士会、日本公認会計士協会兵庫会
  • 役職 弁護士法人ひょうご支所 神戸みらい法律会計事務所 代表弁護士
  • 取扱分野 遺産相続、交通事故、労働、債務整理、企業法務、M&A
  • 所在地 兵庫県神戸市須磨区中落合2丁目2-5 名谷センタービル7階

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