「上司から繰り返し厳しい言葉を浴びせられ、出社しようとすると体が動かなくなった」「医師からうつ病と診断され、休職することになったが、これは会社のせいではないか」。職場でのパワーハラスメントをきっかけに体調を崩されたとき、多くの方が、治療のこと、仕事のこと、そして会社の責任のことを同時に抱え込み、何から手をつければよいか分からなくなります。
この記事では、神戸・兵庫で働く方に向けて、パワハラが原因でうつ病などの精神疾患を発症した場合に問題となる「労災認定」と「会社への損害賠償・慰謝料請求」を、別々の制度として整理しながら解説します。読み終えたときに、どの資料を集め、どの順序で動き、どの段階で弁護士に相談すればよいかの見通しを持っていただくことを目的としています。
心身の不調が続く場合、まず大切なのは治療です。診断や治療に関する判断は医師が行うものであり、この記事は医療的な助言ではありません。気分の落ち込みが強い、眠れない、つらい気持ちが強いなど、緊急性が高いと感じる場合は、法律相談よりも先に、医療機関や公的な相談窓口にご相談ください。
この記事で分かること
- パワハラによる労災認定と、会社への損害賠償・慰謝料請求が「別の制度」であること
- 労災認定で確認される要件と、申請前に準備しておきたい資料
- 会社や加害者に損害賠償・慰謝料を請求する際の基本的な考え方
- 示談書や退職合意書に署名する前に確認しておきたいこと
パワハラと労災・損害賠償の問題は、労災申請と会社への請求を分けて整理することで、いま取り得る選択肢が見えてきます。診断書や会社とのやり取りなどの資料を確認しながら、今後の進め方を一緒に検討します。
Contents
パワハラによる労災と会社への損害賠償―まず押さえたい全体像
パワハラが原因で精神疾患を発症した場合、利用を検討できる手段は大きく二つに分かれます。一つは、国の労災保険制度に基づく「労災申請」です。もう一つは、会社や加害者に対する「損害賠償・慰謝料請求」です。両者は目的も相手方も手続も異なる、別個の制度です。
この二つを混同すると、「労災が認定されれば会社からも当然に慰謝料を受け取れる」「労災が認められなければ会社には何も請求できない」といった誤解につながりかねません。実際には、労災認定の有無と、会社への損害賠償が認められるかどうかは、必ずしも一致しません。まずは両者の違いを整理します。
| 比較項目 | 労災保険給付 | 会社への損害賠償・慰謝料請求 |
|---|---|---|
| 相手方 | 国(労働基準監督署を窓口とする労災保険) | 会社(使用者)や加害者個人 |
| 主な目的 | 治療費や休業中の収入など、生活と療養の補償 | 慰謝料を含む、損害全体の賠償 |
| 慰謝料 | 原則として労災保険給付には含まれない | 請求の対象になり得る |
| 判断の要点 | 業務による心理的負荷で精神障害を発病したといえるか | 会社の安全配慮義務違反や、加害者の不法行為があるか |
| 手続の場 | 労働基準監督署への請求 | 会社との交渉、労働審判、訴訟など |
このように、労災保険は主に治療と生活の補償を担い、慰謝料は原則として会社や加害者への請求によって検討することになります。どちらを、どの順序で進めるべきかは、診断の内容、休職や退職の状況、証拠の有無によって変わります。個別事情により結論は異なりますので、資料を確認したうえで判断する必要があります。
パワーハラスメントとは―うつ病・精神疾患との関係
「これはパワハラなのか、それとも厳しい指導の範囲なのか」。被害を受けている方ほど、この線引きに悩まれます。まず、職場のパワハラがどのように整理されているかを確認します。
三つの要素
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを、次の三つの要素をすべて満たすものと整理しています。
- 優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
- 労働者の就業環境が害されるものであること
「優越的な関係」は、上司から部下への言動が典型ですが、それに限られません。同僚や部下からの言動であっても、知識や経験の差、集団による行為などにより、抵抗や拒絶が難しい関係であれば該当し得るとされています。
六つの類型
厚生労働省は、パワハラに当たり得る代表的な類型として、次の六つを示しています。ただし、これらに限られるわけではなく、また、形式的に当てはまっても、前記の三要素を満たさなければパワハラとは評価されません。
| 類型 | 主な内容の例 |
|---|---|
| 身体的な攻撃 | 暴行や傷害など |
| 精神的な攻撃 | 人格を否定するような言動、長時間の厳しい叱責、大勢の前での威圧的な叱責など |
| 人間関係からの切り離し | 仕事から外す、隔離する、無視するなど |
| 過大な要求 | 明らかに遂行不可能な業務を強制するなど |
| 過小な要求 | 合理的な理由なく仕事を与えない、能力とかけ離れた業務をさせるなど |
| 個の侵害 | 私的なことに過度に立ち入るなど |
適正な業務指導との線引き
客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な指示や指導は、パワハラには当たりません。問題となるのは、その範囲を超えているかどうかです。労働者の側に問題行動があった場合でも、そのことだけを理由にパワハラが否定されるわけではなく、人格を否定するような言動などがあれば、指導の名のもとでもパワハラと評価される可能性があります。
パワハラに当たるかどうかは、発言や行為の内容、頻度、継続した期間、当事者の関係性、業務上の必要性、職場環境への影響などを総合して判断されます。同じ言葉でも、状況によって評価が変わり得るため、証拠関係によって見通しは変わります。
うつ病・精神疾患との因果関係
パワハラがあったことと、うつ病などの精神疾患が業務によって生じたといえるかどうかは、別の問題です。発病やその原因の医学的な評価は医師が行うものであり、法律相談では、診断書や通院記録といった医学的資料と、職場で実際に起きた出来事の記録を、突き合わせて整理していくことになります。
パワハラによる精神疾患の労災認定
業務が原因で発症した病気やケガは、労災保険の対象になり得ます。長時間労働やパワハラなどによる精神疾患も、その対象に含まれ得ます。ここでは、精神障害の労災認定で確認される枠組みを整理します。
三つの要件
厚生労働省の認定基準では、精神障害が労災と認められるために、おおむね次のような点が確認されます。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前のおおむね六か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や、本人側の要因によって発病したとは認められないこと
心理的負荷の考え方
実務で特に問題になりやすいのは、二つ目の「業務による強い心理的負荷」が認められるかどうかです。どの出来事が、どの程度の心理的負荷に当たるかは、認定基準に添付された評価の枠組みに沿って判断されます。
労災認定では、職場で実際に起きた出来事を、認定基準が定める評価の枠組みに当てはめ、心理的負荷の強さを「強・中・弱」といった区分で評価していきます。近年、この認定基準は改正され、パワーハラスメントの代表的な類型ごとの具体例などが明示されました。一回の出来事だけでなく、継続して行われたかどうか、会社に相談しても改善されなかったかどうかなども、評価に影響し得ます。
確認される資料
労災申請では、診断書を提出すれば足りるわけではなく、いつ、誰から、どのような言動を受けたのかという具体的な出来事と、それを裏づける資料の整理が重要になります。次のような資料が確認の対象となることがあります。
- 診断書、通院記録、処方の内容が分かる資料
- メール、チャット、業務日報、録音、日記、同僚の証言など、出来事を裏づける資料
- 就業規則、雇用契約書、給与明細、勤怠記録など、労働条件や勤務状況が分かる資料
- 会社の相談窓口への申告記録や、会社の対応が分かる資料
会社が協力しない場合
労災の請求書には、事業主が証明する欄が設けられていることがありますが、会社がその証明に協力しないこともあります。会社の協力が得られない場合の進め方については、最寄りの労働基準監督署に確認する方法のほか、弁護士に相談して整理する方法があります。会社が非協力的であることだけを理由に、労災申請をあきらめる必要はありません。
申請前の準備
労災申請を検討する段階では、診断書などの医学的資料に加えて、パワハラの具体的な出来事を時系列で整理しておくことが、その後の手続を進めやすくします。何を、どの様式で、どこに提出するのかといった手続の詳細は、厚生労働省や労働基準監督署の案内で確認することをおすすめします。
労災で受けられる可能性がある給付
精神疾患が労災と認められた場合、症状や休業の状況に応じて、次のような給付の対象となり得ます。慰謝料は、原則としてこれらの労災保険給付には含まれません。
| 給付の種類 | 主な内容 |
|---|---|
| 療養に関する給付 | 治療を受けるための給付。労災指定の医療機関では、原則として窓口での自己負担なく治療を受けられる仕組みがあります。 |
| 休業に関する給付 | 療養のために働けず、賃金を受けられない場合に、一定の要件のもとで支給される給付。 |
| 障害に関する給付 | 治療後も一定の障害が残った場合に、その程度に応じて支給される給付。 |
| 傷病に関する年金 | 療養が長期に及び、一定の状態に該当する場合に支給される年金。 |
それぞれの給付の具体的な金額、支給の要件、請求の様式、請求できる期間などは、法令と厚生労働省の案内で定められています。精神疾患の場合は、医師の診断や休業の必要性、業務との関係などが確認されます。詳細は公的な案内で確認し、判断に迷う場合は弁護士に相談することをおすすめします。
労災申請と会社への損害賠償は、進め方も必要な資料も異なります。当事務所が取り扱う労働問題の範囲については、労働問題の取扱業務のページをご覧ください。
会社への慰謝料請求・損害賠償請求
労災との違い
労災保険は、主に治療費や休業中の収入を補償する制度であり、精神的苦痛に対する慰謝料は、原則として含まれません。慰謝料を含む損害の賠償を求める場合は、会社や加害者に対して、別途、損害賠償を請求することを検討します。労災保険給付を受けた場合、その給付と重複する部分は損害賠償から調整されることがありますが、慰謝料のように労災保険でカバーされない損害は、調整の対象になりにくいと考えられています。
法的根拠
会社や加害者に対する請求では、加害者本人の不法行為のほか、会社が負う使用者としての責任や、労働者が安全に働けるよう配慮すべき義務(安全配慮義務)への違反などが問題となり得ます。会社がハラスメントの相談を受けながら適切に調査・対応しなかったといった事情も、検討の対象になります。これらがどこまで認められるかは、出来事の内容や会社の対応、証拠によって変わります。
慰謝料額の考え方
パワハラの慰謝料額は、一律に決まるものではありません。症状の重さ、休職した期間、退職に至ったかどうか、ハラスメントの態様や継続した期間、会社の対応、証拠の有無などにより、結論は大きく変わります。インターネット上で見られる「相場」や「高額請求できる」といった情報をそのまま当てはめることはできません。資料を確認したうえで、見通しを検討する必要があります。
労災認定があれば会社への損害賠償が必ず認められる、あるいは労災が認定されなければ会社には請求できない、というものではありません。労災認定の有無は損害賠償の判断に影響し得る要素の一つですが、両者は別々に検討されます。
署名前の注意
会社から、示談書、合意書、退職合意書などへの署名を求められることがあります。これらの書面には、「今後一切の請求をしない」といった条項(清算条項)が含まれていることがあり、署名後は、後から損害賠償などを請求することが難しくなる場合があります。署名を求められた場合は、その内容を確認したうえで判断することが重要です。署名前に一度、弁護士に内容を確認してもらうことをおすすめします。
よく問題になるケース
以下は、相談の際によく挙がる場面です。いずれも、結論はそのときの事情と証拠によって変わります。ここでは、それぞれの場面でどのような資料を確認するかという視点で整理します。
- 上司から人格を否定する発言を繰り返された……発言の内容、頻度、継続した期間が重要になります。録音、メール、チャット、日記など、発言を裏づける資料を確認します。
- 大勢の前で長時間叱責された……叱責の場面、時間の長さ、ほかの従業員の面前であったかどうかなどを確認します。同席者の証言が手がかりになることもあります。
- 仕事を外されて孤立させられた……業務分担の変更、引き継ぎの状況、座席や連絡体制の変化など、仕事から外された経緯が分かる資料を確認します。
- 明らかに過大な業務を押し付けられた……業務量、納期、勤務時間、ほかの従業員との比較などが分かる資料を確認します。勤怠記録や業務日報が手がかりになります。
- 相談した後に不利益な扱いを受けた……相談の記録、その後の配置転換や評価の変化など、相談の前後の経緯が分かる資料を確認します。
- 「退職すれば終わる」と言われた……退職を促された経緯や、退職届・退職合意書の有無を確認します。退職と損害賠償請求は別の問題であり、退職したからといって請求ができなくなるとは限りません。
- 会社が調査してくれない・労災申請に協力しない……会社への申告の記録や、会社の対応が分かるやり取りを確認します。会社の協力が得られない場合の進め方は、労働基準監督署や弁護士に相談して整理します。
手続前チェックリスト
労災申請前に確認しておきたい点です。
- 診断書、通院記録など、医学的資料がそろっているか
- パワハラの具体的な出来事を、時系列で整理できているか
- 出来事を裏づける資料(メール、録音、日報など)を確認したか
- 請求の様式や提出先を、公的な案内で確認したか
会社へ申告する前に確認しておきたい点です。
- 申告の方法や窓口を確認したか
- 申告の内容と日付を、記録として残せる形にしたか
- 現時点の証拠を、申告前に保全できているか
休職・復職の前に確認しておきたい点です。
- 休職や復職に関する診断書、会社の指示書を保管しているか
- 就業規則の休職に関する定めを確認したか
- 復職の条件や時期について、書面で確認しているか
退職届を提出する前に確認しておきたい点です。
- 退職が、自分の意思によるものか、退職を促されたものかを整理したか
- 退職届の文面が、後の請求に影響しないかを確認したか
- 退職と損害賠償請求は別の問題であることを理解しているか
示談書・合意書に署名する前に確認しておきたい点です。
- 「今後一切請求しない」といった条項が含まれていないか
- 署名後に請求が難しくなる内容でないかを確認したか
- 署名前に、内容を弁護士に確認してもらったか
慰謝料・損害賠償を請求する前に確認しておきたい点です。
- 症状、休職期間、退職の有無など、損害に関する資料を整理したか
- 会社の対応が分かる資料を確認したか
- 労災申請と会社への請求を、分けて整理できているか
弁護士に相談するタイミング
弁護士への相談は、結果を保証するためのものではありません。診断書や会社とのやり取りといった資料を確認し、労災申請と会社への請求を分けて整理することで、いまの状況で取り得る選択肢と、その見通しを検討しやすくなります。次のような場面は、相談を検討するタイミングの一つです。
- 医師からうつ病などの診断を受け、休職や退職を考え始めたとき
- 会社に相談したが、対応してもらえないとき
- 労災を申請するか迷っているとき
- 会社から示談書や退職合意書への署名を求められているとき
- 慰謝料や損害賠償の請求を検討しているとき
- 証拠をどのように残せばよいか分からないとき
当事務所の取り扱う労働問題の内容は労働問題の取扱業務のページで、弁護士費用は弁護士費用のページでご確認いただけます。ご相談のお申し込みはお問い合わせのページから承ります。
よくある質問(FAQ)
パワハラでうつ病になった場合、労災になりますか。
業務による強い心理的負荷で精神障害を発病したと認められれば、労災の対象となり得ます。ただし、発病の有無やその原因の評価、出来事の証拠などが確認されるため、パワハラがあったことだけで当然に認定されるわけではありません。個別事情により結論は異なります。
労災と認定されるには何が必要ですか。
医師の診断に加えて、いつ、誰から、どのような言動を受けたのかという具体的な出来事と、それを裏づける資料の整理が重要になります。診断書だけでなく、メールや録音、勤怠記録などが確認の対象となることがあります。
会社が労災申請に協力しない場合はどうすればよいですか。
会社の証明が得られない場合の進め方については、最寄りの労働基準監督署に確認する方法のほか、弁護士に相談して整理する方法があります。会社が非協力的であることだけを理由に、申請をあきらめる必要はありません。
労災と会社への慰謝料請求は同時にできますか。
労災保険給付と、会社への損害賠償・慰謝料請求は別の制度であり、両方を検討することができます。ただし、重複する部分は調整されることがあります。どの順序で進めるかは、事情によって変わります。
パワハラの慰謝料額はどのように決まりますか。
症状の重さ、休職期間、退職の有無、ハラスメントの態様や期間、会社の対応、証拠の有無などにより変わります。一律の金額や相場をそのまま当てはめることはできず、資料を確認したうえで判断する必要があります。
退職した後でも請求できますか。
退職したからといって、当然に請求できなくなるわけではありません。ただし、退職時に署名した書面の内容や、請求できる期間などが影響することがあります。署名した書面がある場合は、その内容の確認が重要です。
会社に相談する前に、証拠を残しておくべきですか。
一般に、出来事の記録や関係する資料は、早い段階で確認・保全しておくことが、その後の手続を進めやすくします。どの資料が重要かは事案によって変わりますので、迷う場合は早めに相談することをおすすめします。
弁護士に相談するときは、何を準備すればよいですか。
診断書や通院に関する資料、パワハラの出来事を時系列でまとめたメモ、会社とのやり取りが分かる資料などがあると、相談がスムーズになります。手元にあるものから整理して持参いただければ十分です。
まとめ
- パワハラによる精神疾患では、「労災申請」と「会社への損害賠償・慰謝料請求」を、別の制度として分けて整理することが重要です。
- 労災では、業務による強い心理的負荷で精神障害を発病したといえるかが確認されます。診断書だけでなく、具体的な出来事と証拠の整理が鍵になります。
- 慰謝料は、原則として労災保険給付には含まれず、会社や加害者への請求によって検討します。金額は個別事情によって変わります。
- 示談書や退職合意書への署名は、後の請求に影響することがあります。署名前の確認が重要です。
- 診断や治療は医師に、法律上の見通しの整理は弁護士に、と役割を分けて相談することで、次の行動を決めやすくなります。
パワハラによるうつ病と、労災・会社への請求の問題は、労災申請前・退職合意前・示談書への署名前に、資料を確認しながら見通しを整理しておくことが大切です。神戸みらい法律会計事務所では、お手元の資料をもとに、取り得る選択肢を一緒に検討します。
本記事は、神戸みらい法律会計事務所の弁護士が監修しています。労働問題に関するご相談や、弁護士の経歴・取扱分野については、弁護士紹介のページをご覧ください。
参考資料

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