交通事故で顎や顔を打ち、下顎骨(かがくこつ)を骨折した、あるいは顎関節を傷めた方から、「硬い物が噛めない」「口が大きく開かない」「食事に時間がかかる」「発音がはっきりせず聞き返される」「飲み込むときにむせる」「顎が痛い、下唇がしびれたままだ」といったご相談を受けることがあります。事故の後に顎関節症と診断され、事故との関係がどう扱われるのか不安を抱えている方もいらっしゃいます。
結論から申し上げると、「下顎骨骨折」「顎関節症」といった診断名がついたことだけで後遺障害の等級が決まるわけではなく、口がどれだけ開くかという数値だけで決まるものでもありません。自賠責保険の後遺障害等級で問題になるのは、症状固定の時点でどの機能が、どの程度、どのような医学的原因によって損なわれているかです。噛む働き、話す働き、飲み込む働き、痛みやしびれ、歯の障害、顔の変形は、それぞれ別の枠で検討されます。
この記事では、機能ごとの評価の枠組み、下顎骨骨折や外傷による顎関節の損傷に固有の論点、事故との因果関係、申請前と示談前にそろえておきたい資料を、法令と公的な認定基準に基づいて整理します。個別事情により結論は異なりますので、見通しは資料を確認したうえで判断する必要があります。
症状固定や後遺障害の話が出はじめているものの、残っている症状をどの障害として申請すべきか整理できていない場合は、後遺障害診断書を作成してもらう前に、診療記録と残存症状を一度整理しておくことをおすすめします。
顎・口の後遺障害でまず押さえたい結論
自賠責保険の後遺障害等級そのものは、自動車損害賠償保障法施行令の別表第二が定めています。他方、その等級をどう当てはめるかは、金融庁・国土交通省が定める支払基準が「等級の認定は、原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う。」としています。等級の枠組みは自賠責の政令、当てはめの考え方は労災保険の認定基準という二段構えです。
この構造を前提に整理すると、口や顎に残った症状は次のように枠が分かれます。複数の行に当たることも珍しくありません。
| 残っている症状 | 検討する評価の枠 | 主に確認する資料 |
|---|---|---|
| 硬い物が噛めない、食べられる物が限られる | 咀嚼(そしゃく。食物を噛み砕く働き)の機能の障害 | 診療録、咬合・歯列の所見、食べられる物と食べにくい物の記録 |
| 口が開きにくく、食事に時間がかかる | 咀嚼の機能の障害。開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する場合は、第12級に相当するかが問題となる | 経時的な開口量の測定記録、顎運動の所見、食事の内容と所要時間の記録 |
| 発音がはっきりしない、聞き返される | 言語の機能の障害 | 発音できない語音の記録、診療録、言語聴覚療法を受けた場合はその記録 |
| 飲み込みにくい、むせる | 嚥下(えんげ)障害。等級表に独立した項目はなく、咀嚼機能の障害に係る等級を参照して評価できるかが問題となる | 嚥下に関する診察・検査の記録、食事の形態と経過の記録 |
| 顎の痛み、下唇やオトガイ部(下顎の先端付近)のしびれ | 局部の神経症状(第12級第13号、第14級第9号) | 受傷部位と症状の対応が分かる画像・診察所見、症状の推移 |
| 歯を失った、差し歯やブリッジ等の補綴(ほてつ)を受けた | 歯牙(しが)障害(第10級第4号、第11級第4号、第12級第3号、第13級第5号、第14級第2号) | 歯科の診療録、補綴を加えた歯の本数と内容 |
| 顔の変形や傷あとが残った | 外貌の醜状(第7級第12号、第9級第16号、第12級第14号) | 受傷部位の状態が分かる記録、形成外科・口腔外科の診療録 |
この記事の要点
- 診断名ではなく、症状固定時に残った機能の低下とその医学的原因が評価の対象になります。
- 開口障害と嚥下障害は、自賠責の等級表に独立した項目として掲げられていません。
- 同じ一つの障害を、呼び方を変えて二重に評価することはできません。
下顎骨骨折・外傷による顎関節の損傷で残り得る症状
骨折の部位によって残りやすい症状が変わります
日本口腔外科学会の一般向けの解説では、下顎骨の骨折について、口のなかから直接見えない下顎角部(エラの部分)や顎関節部(耳の前)の骨折が起こっている場合があること、内出血や腫れ、変形、痛みのほか、噛み合わせの異常が生じ、口の開閉が困難になることが説明されています。治療は、上下の顎を縛り合わせる顎間固定によって噛み合わせを確保することが基本であり、プレートによる固定などが行われるとされています。
また、日本口腔外科学会と日本口腔顎顔面外傷学会が合同で作成した口腔顎顔面外傷診療ガイドラインでは、下顎骨骨折の部位が下顎頸部、下顎正中・傍正中部、下顎角部、下顎体部などに分けられること、下唇の知覚鈍麻があれば下顎管の損傷を伴う骨折があることが推察される旨、片側の関節突起骨折では患側での咬合の早期接触と健側の開咬、下顎歯列中心線の患側偏位がみられる旨が記載されています。
後遺障害の検討では、次の点を診療記録から整理しておくと、どの枠を検討すべきかが見えてきます。
- 骨折した部位はどこか。関節突起(下顎頭・下顎頸部を含む)が含まれているか。
- 歯の損傷、下唇やオトガイ部の知覚の異常、手術による瘢痕が併存していないか。
- 骨のずれ(転位)と骨のつき方(骨癒合)。変形して癒合していないか、噛み合わせの異常が残っていないか。
- 顎間固定や観血的整復固定術を受けたか。プレート等が残っているか。
- 口の開き方や下顎の動きに制限があるか。下顎が左右にずれるか。
手術を受けたことやプレートが残っていること自体によって、自動的に等級が認定されるわけではありません。どの検査や治療が必要かは医師又は歯科医師が個別に判断する事柄であり、この記事は診断や治療の助言に代わるものではありません。
新たに噛み合わせが大きく変わった、強い痛みや腫れがある、出血や感染が疑われる、急に口を開け閉めできなくなった、食事や水分をとることが難しいといった症状がある場合は、まず医療機関にご相談ください。法律相談よりも医学的な対応が先になります。
「事故の後に顎関節症と診断された」場合の位置づけ
日本顎関節学会は、顎関節症を「顎関節や咀嚼筋の疼痛、関節(雑)音、開口障害あるいは顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名」と定義し、その病態を咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、顎関節円板障害及び変形性顎関節症としています。そして同学会が示す顎関節・咀嚼筋の疾患あるいは障害の分類では、顎関節脱臼や骨折(下顎骨関節突起、下顎窩、関節隆起)といった外傷は「外傷」の項目に置かれ、「顎関節症」とは別の項目として整理されています。同学会の顎関節症治療の指針でも、顎関節症以外の疾患あるいは障害として外傷が独立して取り上げられています。
したがって、下顎骨骨折の後に残った開口障害や顎関節の障害を、診療録上の根拠なしに「顎関節症」と呼ぶことは適切ではありません。反対に、事故の後に顎関節症と診断されたという前後関係だけで因果関係が認められるわけでもありません。診断名がどちらであっても、検討されるのは残った機能の低下とその医学的原因です。
咀嚼機能の障害はどのように判断されるか
自賠責の等級と六つの類型
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は、咀嚼と言語の機能障害について次の六類型を定めています。「及び」は両方に障害がある場合、「又は」はどちらか一方の場合を指します。
| 後遺障害の内容 | 自賠責の等級・号数 | 参考・労災保険の障害等級表での表記 |
|---|---|---|
| 咀嚼及び言語の機能を廃したもの | 第1級第2号 | 第1級の2 |
| 咀嚼又は言語の機能を廃したもの | 第3級第2号 | 第3級の2 |
| 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの | 第4級第2号 | 第4級の2 |
| 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの | 第6級第2号 | 第6級の2 |
| 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの | 第9級第6号 | 第9級の6 |
| 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの | 第10級第3号 | 第10級の2 |
右端の列を設けたのには理由があります。自賠責の等級認定は労災保険の認定基準に準じて行われるため、労災の資料をもとにした説明が多く流通していますが、労災保険の障害等級表は号数の付け方が異なります。労災の号数をそのまま自賠責の号数として使うと誤りになります。
食物の性状による三つの段階
咀嚼機能の障害の程度は、労災保険の障害等級認定基準(昭和50年9月30日基発第565号)において、上下咬合及び排列状態並びに下顎の開閉運動等により総合的に判断するものとされ、次の三段階が示されています。
| 程度 | 認定基準に示されている内容 |
|---|---|
| 咀嚼機能を廃したもの | 流動食以外は摂取できないもの |
| 咀嚼機能に著しい障害を残すもの | 粥食又はこれに準ずる程度の飲食物以外は摂取できないもの |
| 咀嚼機能に障害を残すもの | 固形食物の中に咀嚼ができないものがあること又は咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できる場合 |
ここに挙げた食物は認定基準に示されている内容であり、ご自身で当てはめて等級を判定するための表ではありません。実務では、好んで柔らかい食物を選んでいるだけなのか機能上摂取できないのか、一時的な食事制限なのか症状固定後も続く機能低下なのか、といった区別が問題になります。
「医学的に確認できる場合」とは何を指すか
この三段階のうち最も軽い類型について、認定基準は「医学的に確認できる場合」を、咀嚼ができない又は十分にできないものがあることの原因が医学的に確認できることをいうとしたうえで、その原因として不正咬合、咀嚼関与筋群の異常、顎関節の障害、開口障害、歯牙損傷(補綴ができない場合)等を挙げています。
下顎骨骨折や顎関節の外傷では、変形癒合による不正咬合、顎関節の障害、開口障害が問題になることが多くなります。裏を返せば、「食べにくい」という自覚症状だけでは足りず、その原因が診察所見や画像と結びついて説明できるかが要点になります。
開口障害と食事時間はどのように評価されるか
開口障害は独立した法定の等級項目ではありません
自動車損害賠償保障法施行令別表第二に「開口障害」という独立の項目はなく、開口障害は咀嚼機能の障害を医学的に裏づける原因の一つとして位置づけられています。そのうえで、労災保険の認定基準は、準用の項目として「開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する場合は、第12級を準用すること。」と定めています。ここでいう「咀嚼に相当時間を要する場合」とは、日常の食事において食物の咀嚼はできるものの、食物によっては咀嚼に相当時間を要することがあることをいうものとされています。自賠責では、施行令別表第二の備考に、各等級の後遺障害に該当しないが各等級の後遺障害に相当するものは当該等級とする旨の定めがあり、支払基準が労災の認定基準に準じるとしていることから、この場合は「第12級に相当するもの」として検討されることになります。
この第12級と、神経症状の第12級第13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)は別の枠です。開口障害による咀嚼時間の延長は咀嚼機能の問題、顎の痛みやしびれは神経症状の問題です。両者を混同した説明が見受けられます。
開口量の数値だけで等級は決まりません
「最大開口量が何ミリメートル未満なら何級」といった固定的な法律上の基準は、自賠責の等級表にも労災の認定基準にも置かれていません。医学の資料に現れる開口量の数値は、それぞれ別の目的で示されたものです。日本顎関節学会が診断基準として示す数値は特定の病態を診断するためのものであり、外傷診療のガイドラインに現れる数値は関節突起骨折後の開口訓練の到達目標です。いずれも後遺障害の等級を決める基準ではありません。
開口量は、経時的に測定して記録しておくべき重要な所見です。もっとも、認定基準が求めているのは咀嚼機能への影響ですから、開口量に加えて、上下の噛み合わせ、歯列、下顎の開閉運動や側方・前方への動き、痛みの有無、実際に食べられる食物の性状と食事の所要時間をあわせて確認することになります。
もっとも、医学的な原因が確認できても、日常の食事にどのような支障が出ているかが記録されていなければ程度の評価ができません。症状固定に向けて、日付を入れて、食べられた物と食べにくかった物、調理の形態、かかった時間、片側だけで噛んでいるか、食後に痛みが出るかを記録しておくと、診察所見と日常の実際を対応させることができます。記録のために、無理に硬い物を噛んだり、痛みを我慢して口を開いたりする必要はありません。
言語機能・構音障害はどのように判断されるか
四種の語音と障害の程度
言語機能の障害は、語音を四種に分けたうえで、発音できない語音がいくつあるかによって程度が判断されます。労災保険の認定基準は、口唇音(ま行音、ば行音、ぱ行音、わ行音、ふ)、歯舌音(な行音、た行音、だ行音、ら行音、さ行音、しゅ、し、ざ行音、じゅ)、口蓋音(か行音、が行音、や行音、ひ、にゅ、ぎゅ、ん)、喉頭音(は行音)の四種を挙げ、次のように定めています。
- 言語の機能を廃したもの……四種の語音のうち、3種以上の発音不能のもの
- 言語の機能に著しい障害を残すもの……四種の語音のうち2種の発音不能のもの又は綴音(てつおん)機能に障害があるため、言語のみを用いては意思を疎通することができないもの
- 言語の機能に障害を残すもの……四種の語音のうち、1種の発音不能のもの
これに対応する自賠責の等級は、右の六類型の表のとおりです。咀嚼にも言語にも障害が残っていれば「及び」の類型を、一方だけであれば「又は」の類型を検討します。
構音障害、失語症、音声障害は区別して整理します
発音がはっきりしないという訴えには、性質の異なるものが含まれます。口や舌、下顎、声帯などの器質的な損傷や運動の障害によって語音がつくれない構音障害と、言葉を選び組み立てる働きが損なわれる失語症とでは評価の枠が異なります。失語症は頭部外傷による高次脳機能障害の一部として検討されることがあり、その場合は口の障害とは別の検討が必要です。声のかすれのような音声の障害も、語音の発音不能とは別に整理されます。
下顎骨骨折や顎関節の外傷に伴う発音の問題は、噛み合わせの変化、開口の制限、舌や口唇の動きの制限に由来することが多く、まずは構音の問題として整理し、必要に応じて医師や言語聴覚士による評価の記録を確認します。どの検査が必要かは症状と経過によって異なり、すべての事案で特定の検査が必須なわけではありません。
飲み込みにくさ(嚥下障害)はどのように評価されるか
自動車損害賠償保障法施行令別表第二に「嚥下障害」という独立した項目はありません。労災保険の認定基準は、準用の項目として、舌の異常、咽喉支配神経の麻痺等によって生ずる嚥下障害については、その程度に応じて咀嚼機能障害に係る等級を準用する旨を定めています。自賠責でも、これに準じて咀嚼機能の障害に係る等級に相当するものとして評価できるかが検討されます。
あわせて注意したいのが、食道の狭窄による通過障害との区別です。厚生労働省は平成18年の通達により、食道の狭窄による通過障害の認定基準を胸腹部臓器の障害として定め、食道の狭窄によって生じる嚥下障害を口の障害の評価対象から除外しました。口やのどの段階での飲み込みにくさと、食道の通過障害とでは評価の枠が異なります。
嚥下に関する検査や言語聴覚士による評価を受けるかどうかは、症状と経過に応じて医師が判断する事柄です。むせや誤嚥が続く、体重が減る、水分がとりにくいといった状態がある場合は、まず医療機関にご相談ください。
顎の痛み・しびれ、歯の障害、顔の変形との関係
顎の痛みと、下唇・オトガイ部のしびれ
顎関節部の痛み、咀嚼筋の痛み、下唇やオトガイ部の知覚の低下やしびれは、咀嚼機能の障害とは別に、局部の神経症状として評価されるかが問題になります。自賠責では第12級第13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)と第14級第9号(局部に神経症状を残すもの)が定められています。
「画像所見があれば第12級、なければ第14級」と機械的に説明されることがありますが、そのように単純に決まるものではありません。症状の一貫性と連続性、受傷部位と症状の対応、診察所見、画像、治療の経過などを総合して個別に検討されます。下顎骨骨折では、下顎管の走行と骨折線の位置関係、下唇の知覚鈍麻がいつから記録されているかが手がかりになります。
歯を失った場合(歯牙障害)との関係
歯の障害は、噛む機能そのものの障害とは別に、補綴を加えた歯の本数によって等級が定められています。自賠責では、第10級第4号(14歯以上)、第11級第4号(10歯以上)、第12級第3号(7歯以上)、第13級第5号(5歯以上)、第14級第2号(3歯以上)に歯科補綴を加えたものとされています。ここでも労災とは号数の表記が異なります。
咀嚼又は言語の機能障害と歯牙障害が併存する場合について、労災の認定基準は、機能障害が歯牙障害以外の原因、たとえば顎骨骨折や下顎関節の開閉運動制限等による不正咬合に基づく場合は併合して等級を認定するものとし、歯科補綴を行った後になお歯牙損傷に基づく機能障害が残った場合は各障害に係る等級のうち上位の等級によって認定するものとしています。噛みにくさの原因が骨や顎関節にあるのか歯にあるのかを切り分けておくことが、この判断に直結します。
顔の変形・傷あと、顎の骨の変形
顔の変形や傷あとが残った場合は、外貌の醜状として第7級第12号、第9級第16号、第12級第14号の該当性が検討されます。なお、自賠責の等級表に、顎の骨についての「変形障害」という独立の項目はありません。長管骨や鎖骨などの変形障害の規定を顎の骨に当てはめることはできません。顎骨が変形して癒合した場合は、顔貌の変化は外貌の醜状、噛み合わせと食事への影響は咀嚼機能の障害、痛みやしびれは神経症状、歯の欠損と補綴は歯牙障害として、対象を分けて検討します。
併合・相当・加重と、二重評価の禁止
複数の症状が残っても、必ず併合されて等級が上がるわけではありません。労災の認定基準は、一つの身体障害が観察の方法によっては二つ以上の等級に該当すると考えられる場合について、これは一つの身体障害を複数の観点で評価しているにすぎないから、いずれか上位の等級をもってその等級とする旨を定めています。一つの身体障害に他の身体障害が通常派生する関係にある場合も、いずれか上位の等級によるものとされています。
したがって、同じ開口制限を「咀嚼機能の障害」と「顎の痛みによる神経症状」の両方で重ねて評価することはできません。系列を異にする独立した障害がそれぞれ認定の要件と因果関係を満たす場合にはじめて併合が問題になります。既に同じ部位に障害があった方が事故によってその程度が重くなった場合は、加重の問題として整理されます。
事故との因果関係と、事故前の顎の状態
顎や口の後遺障害では、事故との因果関係が正面から争われることが少なくありません。症状が事故の後に出たという前後関係だけでは足りず、次のような事情が確認されます。
- 事故の態様と、顎や顔面にどのような外力が加わったか。
- 症状がいつから出たか。救急搬送時や初診時に顎や口の症状がどのように記録されているか。
- 初診から症状固定までの経過と症状の推移に一貫性があるか。
- 画像所見と診察所見が、訴えている症状と対応しているか。
- 事故前に顎関節の症状、噛み合わせの異常、歯科治療歴があったか。あった場合、事故前後で状態がどう変わったか。
事故前から顎関節の症状や素因があったことだけを理由に、因果関係が当然に否定されるわけではありません。もっとも、事故前の状態が資料で確認できるかどうかで議論の進め方は大きく変わりますので、事故前の歯科・口腔外科の診療録や画像は早い段階で所在を確認しておくことをおすすめします。既往症がある場合の減額や事故による増悪の評価は、民事上の損害賠償の場面で個別に検討される問題です。
症状固定と、後遺障害申請の進め方
症状固定は、事故から一律の月数で決まるものではありません。国土交通省の説明では、症状固定とは、症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなった時をいい、医師により判断されるものとされています。顎の外傷では、骨の癒合、噛み合わせの調整、開口訓練の経過によって症状が動くことがあります。治療費の対応が終了したことと、医学上の症状固定とは同じではありません。
後遺障害の等級認定を求める方法には、相手方の任意保険会社を通じて手続を進める方法と、被害者の側から自賠責保険会社に直接請求する方法があります。国土交通省の案内では、後遺障害の請求について、後遺障害診断書とレントゲン・CT・MRI等の画像が必ず提出する書類として挙げられています。また、被害者請求のうち後遺障害に関する請求は症状固定日の翌日から3年以内、平成22年3月31日以前の事故は2年以内とされています。これは自賠責保険会社に対する請求の期間であり、加害者本人や任意保険会社に対する損害賠償請求は民法の消滅時効の規定によることになりますので、いずれも個別の確認が必要です。
後遺障害の申請前に確認しておきたい資料
資料と、その資料で何を確認するか
次の資料は、すべての事案で必ず必要になるものではありません。何を確認するための資料なのかという目的と対応させてそろえることが大切です。
| 資料 | 何を確認するための資料か |
|---|---|
| 救急搬送記録、初診時の診療録、診断書、紹介状 | 受傷直後の状態と、顎や口の症状がいつから記録されているか |
| 手術記録、退院時要約、顎間固定やリハビリテーションの記録 | 治療の内容と経過、固定期間、機能回復の状況 |
| X線、パノラマX線、CT、MRI等の画像と画像診断報告書 | 骨折部位、転位と骨癒合の状態、顎関節・関節円板・咬合・歯列の状態 |
| 経時的な開口量、下顎の前方・側方運動、偏位、疼痛の診察記録、口腔内写真、歯科の治療歴 | 顎の運動制限の程度と推移、噛み合わせの変化、歯の損傷・補綴の内容 |
| 後遺障害診断書。歯科の障害がある場合は歯科用の後遺障害診断書の要否 | 症状固定時の所見が、検討すべき障害の枠に対応して記載されているか |
| 食べられる物・食べにくい物、調理形態、食事の所要時間、片側咀嚼、食後の疼痛、発音しにくい語音の日付入りの記録 | 咀嚼機能や言語機能の低下が日常生活にどう現れているか |
| 勤務の内容、接客・発話・会食・調理等への支障、休業、配置転換、減収を示す資料 | 仕事への具体的な影響 |
| 事故前の歯科・顎関節に関する診療録、画像、症状の有無が分かる資料 | 事故前の状態と、事故前後の変化 |
後遺障害診断書を作成してもらう前に確認したいこと
- 骨折した部位、転位と骨癒合の状態、変形して癒合しているかが記載されているか。
- 症状固定時の開口量が測定日とともに記載され、噛み合わせの状態、下顎の偏位、顎運動の制限が記載されているか。
- 咀嚼できない食物、十分に咀嚼できない食物の有無と、その医学的な原因が記載されているか。
- 発音しにくい語音や飲み込みにくさがある場合、その所見と経過が記載されているか。
- 顎の痛み、下唇・オトガイ部の知覚の異常が、部位と程度とともに記載されているか。
- 歯の損傷と補綴の内容・本数、顔の変形や瘢痕がある場合はその部位と状態が記載されているか。歯科用の後遺障害診断書が必要かを確認したか。
- 事故前から症状があった場合、事故前後の変化について記載があるか。
複数の症状が残っている場合、どこまでを一つの障害として評価し、どこからを別の障害として検討するかによって、申請前にそろえるべき資料が変わります。診療録、画像、後遺障害診断書の記載を確認したうえで、検討すべき障害の枠と不足している資料を整理することができます。
よく問題になるケースと、相手方から想定される反論
顎や口の後遺障害では、次のような主張がされることがあります。いずれも一般的な争点であり、どの資料を確認すべきかを考える手がかりになります。
| 想定される主張 | 確認しておきたい資料・事実 |
|---|---|
| 下顎骨骨折という診断はあるが、症状固定時の機能の低下が基準に達していない | 症状固定時の開口量、咬合、顎運動の所見。咀嚼できない食物の有無とその医学的原因 |
| 開口は制限されているが通常の食事はとれており、咀嚼への実質的な影響が客観化されていない | 食べられる物と食べにくい物、調理形態、食事の所要時間、片側咀嚼の有無の日付入りの記録と、診察所見・画像との対応 |
| 事故直後の診療録に顎の症状の記載がなく、症状の出現が遅い | 救急搬送記録、初診時の主訴、他の傷病の治療が優先されていた経過 |
| 事故前から顎関節の症状、噛み合わせの異常、歯科治療歴がある | 事故前の診療録と画像、事故前後の症状・所見の変化 |
| 画像所見と訴えている症状の対応が不明確である | 骨折線と下顎管の位置関係、関節部の所見、症状の部位との整合 |
| 痛みやしびれは咀嚼機能の障害に含まれ、別に評価すべきでない | 症状の原因が同一か、系列を異にする独立した障害といえるか |
| 仕事上の支障や減収と後遺障害との因果関係が不明確である | 職務の内容、発話・会食・調理等の必要性、勤務資料、減収を示す資料 |
等級が認定された後に検討する損害
後遺障害の等級と、実際に受け取ることができる損害賠償額は同じものではありません。事故による損害は、治療費、休業損害、傷害慰謝料といった項目に加え、後遺障害が残った場合には後遺障害慰謝料や逸失利益が問題になり、事案によっては将来の治療費も検討されます。
逸失利益については、等級に対応する労働能力喪失率が定められていますが、これが自動的かつ絶対的に採用されるわけではありません。食事にかかる時間、発話への支障、接客、調理、営業といった具体的な職務への影響、実際の減収、配置転換の有無などを、勤務に関する資料とともに個別に検討します。将来の治療費やプレートの除去費用も、等級が認定されれば当然に全額が認められるものではありません。なお、自賠責保険の等級ごとに定められている金額は、後遺障害慰謝料だけの額ではなく、逸失利益と慰謝料等を含む支払の限度額です。
弁護士に相談を検討したいタイミング
相談によって等級の認定が保証されるわけではありません。もっとも、次の場面では、検討すべき障害の枠、必要な資料、申請の方法、損害の項目を整理しておくことが、その後の手続に影響します。
- 後遺障害診断書を作成してもらう前。どの所見が記載されているかを確認できます。
- 症状固定と言われた前後。治療費の対応終了と症状固定を切り分けて確認できます。
- 非該当となった、あるいは想定より低い等級で認定された後。認定の理由を確認したうえで、不足している資料を検討できます。
- 示談案が提示され、署名する前。損害項目の内訳と後遺障害の評価を確認する余地があります。示談が成立すると原則としてその内容に拘束されます。
よくある質問
下顎骨骨折と診断されれば、後遺障害として認定されますか。
診断名だけでは決まりません。評価されるのは症状固定の時点で残った機能の低下とその医学的な原因です。骨折が画像で確認できることと後遺障害が残っていることは別の事柄であり、個別事情により結論は異なります。
開口量が何ミリメートルなら後遺障害になりますか。
開口量の数値だけで等級が決まる法律上の基準はありません。開口障害は咀嚼機能の障害を裏づける原因の一つとして位置づけられています。噛み合わせ、顎の運動、食べられる食物の性状や食事の所要時間をあわせて確認する必要があります。
食べることはできますが時間がかかります。この場合は何級ですか。
労災保険の認定基準では、開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する場合に第12級を準用するものとされ、自賠責でもこれに準じて第12級に相当するかが検討されます。ただし、申告だけで認定されるものではなく、医学的な原因、診察所見、実際の食事の状況を対応させて検討されます。
顎の痛みやしびれだけでも後遺障害になりますか。
局部の神経症状として、第12級第13号又は第14級第9号の該当性が検討される可能性があります。画像所見の有無だけで機械的に決まるものではなく、症状の一貫性、受傷部位との対応、診察・検査の所見、治療の経過を総合して判断されます。
咀嚼機能の障害と歯牙障害は併合されますか。
常に併合されるわけではありません。労災の認定基準では、機能障害が歯牙障害以外の原因、たとえば顎骨骨折や下顎関節の開閉運動制限等による不正咬合に基づく場合には併合するものとされ、歯科補綴の後になお歯牙損傷に基づく機能障害が残った場合には上位の等級によるものとされています。原因の切り分けが前提になります。
発音しにくい場合は、どのような資料を確認しますか。
発音できない語音がどれかという記録が中心になります。認定基準は語音を口唇音、歯舌音、口蓋音、喉頭音の四種に分けており、発音不能の語音の数によって程度が判断されます。あわせて、噛み合わせや開口の制限、舌・口唇の動きの所見を確認します。失語症が疑われる場合は別の枠での検討が必要です。
飲み込みにくさは、口の後遺障害として評価されますか。
自賠責の等級表に嚥下障害という独立の項目はありません。労災の認定基準では、舌の異常や咽喉支配神経の麻痺等によって生ずる嚥下障害について、その程度に応じて咀嚼機能障害に係る等級を準用するものとされ、自賠責でもこれに準じて検討されます。なお、食道の狭窄による通過障害は別の枠で評価されます。
まとめ
- 下顎骨骨折や顎関節症といった診断名だけでは等級は決まりません。残った機能の低下とその医学的な原因が評価の対象になります。
- 噛む働きは咀嚼機能の障害、話す働きは言語機能の障害として、自賠責では第1級第2号から第10級第3号までの六つの類型で整理されています。
- 開口障害と嚥下障害には等級表に独立した項目がありません。開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する場合は、第12級に相当するかが検討されます。
- 開口量の数値だけで等級が決まる基準はありません。噛み合わせ、顎の運動、食物の性状、食事の所要時間をあわせて確認します。
- 顎の痛みやしびれは神経症状、歯の欠損と補綴は歯牙障害、顔の変形は外貌の醜状として枠を分けます。同じ障害を重ねて評価することはできません。
- 後遺障害診断書を作成してもらう前に、どの所見が記載されているかを確認しておくことをおすすめします。
交通事故で顎や口に症状が残った場合、検討すべき障害の枠が複数にわたることが少なくありません。診療記録と残っている症状を確認したうえで、検討すべき障害の区分、不足している資料、後遺障害の申請や示談の前に確認すべき事項を整理することができます。初回相談は無料です。
監修者・執筆者
弁護士・公認会計士 藤井貴之(兵庫県弁護士会所属)
神戸みらい法律会計事務所の代表弁護士・公認会計士として、交通事故、相続、企業法務、労働問題、損害賠償など、個人・法人双方の法律相談に対応しています。
本記事は、法令、行政機関の資料及び医学会の公開資料に基づいて作成したものであり、診断又は治療の助言に代わるものではありません。医学的事項について医師又は歯科医師の監修を受けたものではありません。
参考資料
- e-GOV法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」(別表第二 後遺障害等級表)
- 金融庁・国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」
- 国土交通省「支払までの流れと請求方法」
- 国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」
- 厚生労働省「障害等級認定基準について」(口の障害)
- 厚生労働省「胸腹部臓器の障害に関する障害等級認定基準について」
- 一般社団法人日本顎関節学会「顎関節症の概念・病態分類、顎関節・咀嚼筋の疾患あるいは障害」
- 一般社団法人日本顎関節学会「診療ガイドライン」
- 公益社団法人日本口腔外科学会「あごを骨折した」
- 神戸みらい法律会計事務所「交通事故」
- 神戸みらい法律会計事務所「事務所案内・アクセス」

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