交通事故に遭った後、相手方の保険会社などから、「もともと既往症があった」「加齢による変化がある」「体質的な素因がある」といった理由で、賠償額を減額したいと言われることがあります。いわゆる素因減額の主張です。
このような主張を受けると、自分にも原因があるのだから仕方ないのか、言われたとおりに減額に応じるしかないのか、と不安になる方は少なくありません。しかし、既往症や体質的な特徴があるというだけで、当然に賠償額が減額されるわけではありません。
このページでは、保険会社などから素因減額を主張されたときに、どのような視点で整理すればよいかを、一般の方に向けて解説します。減額理由の根拠、医学的資料との関係、損害項目ごとの影響、示談前に確認すべき点などを順に整理します。なお、素因減額が認められるかどうか、また認められるとしてどの程度かは、診断書や診療録、画像所見、事故の状況などの資料を確認したうえで個別に判断されるため、結論は事案により異なります。
保険会社から既往症や体質的素因を理由に減額と言われ、対応にお迷いの方へ。資料をもとに、主張の根拠や反論の余地を整理することができます。
Contents
結論|既往症があるだけで当然に減額されるわけではない
最初に要点を整理します。
- 既往症や体質的な特徴があること自体は、減額の理由として当然に認められるわけではありません。
- 裁判実務上参照される考え方では、既往の「疾患」が損害の発生・拡大に影響したといえる場合に減額が問題となる一方、疾患とまではいえない単なる身体的特徴は、原則として減額の理由になりにくいと整理されています。
- 素因減額は、過失割合(過失相殺)とは別の問題です。被害者に落ち度があるという評価ではありません。
- 減額を主張する側(加害者・保険会社側)が、その前提となる事実を示す必要があると整理されています。
- 同じ事情が、因果関係・治療期間・後遺障害・素因減額の複数の場面で重ねて不利に扱われていないか、確認が必要です。
保険会社の提示をそのまま受け入れる前に、何を理由に減額しているのか、その根拠となる医学的資料は何か、どの損害項目に影響するとしているのか、示談書にどう反映されているのか、を確認することが出発点になります。
| 確認の順序 | 確認する内容 |
|---|---|
| 減額の理由 | 既往症・身体的特徴・心因的素因のいずれを理由にしているか |
| 根拠資料 | 診断書・診療録・画像所見など、医学的資料に基づく主張か |
| 事故との関係 | 既往症があっても、事故により症状が発生・悪化した可能性があるか |
| 対象損害項目 | 治療費・休業損害・慰謝料・逸失利益・後遺障害のどれに影響するとしているか |
| 二重評価の有無 | 同じ事情で複数の項目が重ねて減額されていないか |
| 示談書の記載 | 提示額に素因減額がどのように反映されているか |
素因減額とは|過失相殺との違いを整理する
素因減額の基本的な考え方
素因減額とは、被害者側に事故前から存在した事情(既往の疾患、心理的・精神的な要因など)が、損害の発生や拡大に影響したとして、損害賠償額が調整されることがある、という考え方です。裁判実務では、過失相殺について定めた民法722条2項の規定を類推適用する形で説明されています。
もっとも、これは損害の公平な分担という観点からの調整であり、既往症があれば必ず適用される性質のものではありません。どのような事情を、どの程度考慮するかは、資料を確認したうえで個別に判断されます。
過失相殺との違い
過失相殺は、事故の発生や損害の拡大について被害者側にも不注意(落ち度)があった場合に、その点を考慮して賠償額を調整するものです。これに対して素因減額は、被害者の落ち度の問題ではなく、もともと存在した身体的・心理的な事情が損害に影響したかどうかの問題です。
したがって、素因減額を主張されたとしても、それは事故の責任が被害者にあるという意味ではありません。両者は別の枠組みであり、混同しないよう整理する必要があります。
体質的素因・身体的特徴・疾患は同じではない
保険会社の主張では、加齢性変化がある、もともと首や腰に弱さがある、画像に変性が写っている、といった事情が、まとめて減額理由として挙げられることがあります。しかし、これらを一律に同じものとして扱うことはできません。
「疾患」と「身体的特徴」の区別
裁判実務上参照される考え方では、身体的な素因のうち「疾患」に当たるものと、疾患とまではいえない「身体的特徴」とで、扱いが異なると整理されています。疾患が損害の発生・拡大に影響したといえる場合には減額が問題となり得る一方、平均的な体格や体質と異なるというだけの身体的特徴は、特段の事情がない限り、減額の理由として考慮されにくいと考えられています。
そのため、保険会社の主張が、医学的に「疾患」と評価できる事情に基づくものなのか、それとも単なる体質・体格の違いを指しているにすぎないのかを、資料に基づいて切り分けることが重要です。
画像に変性があること=因果関係の否定、ではない
MRIやレントゲンで椎間板の変性や加齢性の変化が指摘されることがあります。しかし、画像に変化が写っていることと、事故による症状との因果関係が否定されることは、同じではありません。
事故前に痛みなどの症状がなかったのか、事故後にどのような症状が、いつから、どの程度続いているのか、医師がどう診断しているのか、といった点を併せて確認する必要があります。画像所見だけで結論を出すことはできません。
既往症や加齢性変化を指摘されても、それだけで事故と症状の関係が否定されるわけではありません。事故前の症状の有無と、事故後の経過を併せて確認することが重要です。
加齢性変化・経年性変化をどう見るか
加齢に伴う変化は、年齢を重ねれば多くの人に見られます。そのため、裁判実務上は、その年齢の人に通常見られる範囲の加齢性変化があるというだけでは、直ちに減額の対象とはされない傾向があるといわれています。もっとも、どの範囲を年齢相応とみるか、減額の対象とすべきかは、画像所見や医学的評価をふまえて個別に判断される事柄であり、一律の基準があるわけではありません。
心因的素因を理由とする減額の考え方
保険会社から、症状が長引いているのは心理的な要因によるものだとして、心因的素因を理由に減額を主張されることがあります。
裁判実務上参照される考え方では、損害の拡大に被害者の心理的・精神的な要因が寄与していると評価できる場合に、調整が問題となり得るとされています。もっとも、性格や不安、ストレスへの反応といった事情を、安易に減額理由とできるわけではありません。一般に見られる範囲の性格傾向や心理的反応は、それだけで減額の理由として重く評価されるものではないと考えられています。
心因的素因が問題となる場合には、診療録、精神科・心療内科の受診歴、事故前後の生活状況、症状の経過などの資料を確認したうえで、主張の当否を検討する必要があります。
保険会社から素因減額を主張されたときの確認順序
素因減額を主張されたときは、感情的に受け入れるのではなく、次の順序で主張の根拠を確認することをおすすめします。
| 確認項目 | 具体的に確認すること |
|---|---|
| 減額の理由 | 既往症・体質的素因・身体的特徴・心因的素因のどれを理由にしているか |
| 減額率の根拠 | なぜその割合なのか、根拠が示されているか(割合に固定的な相場はありません) |
| 医学的裏付け | 診断書・診療録・画像所見など、医学的資料に基づいているか |
| 事故との関係 | 既往症と事故後の症状の関係が、具体的に説明されているか |
| 症状の発生・悪化 | 既往症があっても、事故により症状が新たに生じ、又は悪化した可能性があるか |
| 対象損害項目 | 治療費・休業損害・慰謝料・逸失利益・後遺障害のどれに影響するとしているか |
| 二重評価の有無 | 因果関係・治療期間・後遺障害・素因減額で、同じ事情が重ねて不利に扱われていないか |
減額率に決まった相場があるわけではありません。素因減額が認められるかどうか、認められるとしてどの程度かは、事案ごとに個別に判断されます。既往症があるから一律に何割、という説明には、根拠を確認する必要があります。
よく問題になるケース
以下は、相談の場面で迷いやすい典型的な状況です。いずれも結論は個別事情により変わるため、資料を確認したうえで判断する必要があります。
- 事故前から椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症を指摘されていたが、事故後に症状が出た、又は悪化したと感じている場合
- 事故前に痛みはなかったが、事故後の検査でMRIの加齢性変化を指摘された場合
- 事故前から別の症状で通院歴がある場合
- 事故後に症状が長引き、保険会社から心因性を指摘された場合
- 高齢の方の骨折で、骨粗鬆症や既往疾患が問題とされる場合
- 後遺障害の申請で、既往症や既存の障害が問題となる場合
- 示談金の提示後に、既往症分を差し引くと説明された場合
これらの場面では、既往症の有無だけでなく、事故前の症状、事故後の経過、画像所見、医師の診断、損害項目ごとの影響を併せて整理することが重要です。
後遺障害の申請と既存障害・加重の問題
既往症や既存の障害がある場合、後遺障害の申請の場面でも、事故による症状とそれ以前からの状態をどう評価するかが問題になることがあります。事故前から一定の障害があった部位について、事故によりどの程度悪化したか(加重)という観点が問題となる場合もあります。
この点は医学的評価と制度の運用が関係する事柄であり、後遺障害診断書の記載内容や画像所見、事故前の状態が分かる資料などを確認したうえで検討する必要があります。後遺障害等級や逸失利益にも影響し得るため、申請前に整理しておくことが望ましいといえます。具体的な制度上の取扱いは、資料を確認のうえ判断する必要があります。
治療費の打ち切りや症状固定、後遺障害の申請が同時に問題になっている場合は、回答や署名の前に資料を整理しておくと、見通しを検討しやすくなります。
示談前・署名前に確認したい資料
素因減額を主張されている場合、示談書に署名する前、治療費の打ち切りに回答する前、後遺障害の申請をする前に、次の資料を整理しておくと、主張の当否を検討しやすくなります。
- 事故の状況が分かる資料(実況見分の概要など)
- 交通事故証明書
- 診断書
- 診療録(カルテ)
- 診療報酬明細書(レセプト)
- 画像データ、画像所見(MRI・レントゲンなど)
- 事故前の通院歴が分かる資料
- 事故前後の症状の経過メモ
- 薬の処方履歴
- 休業損害証明書
- 収入が分かる資料
- 後遺障害診断書
- 保険会社からの提示書(金額の内訳が分かるもの)
- 保険会社とのメール、書面、通話メモ
- ご自身やご家族の保険に弁護士費用特約が付いているかが分かる保険証券・約款・保険会社アプリの画面など
一度示談が成立すると、後から内容を争うことが難しくなる場合があります。提示書に素因減額が反映されている場合は、署名する前に、減額理由と根拠資料を確認することが重要です。
弁護士に相談するタイミング
弁護士に相談しても、結論を保証できるものではありません。もっとも、診断書や診療録などの資料を確認することで、保険会社の主張に根拠があるか、反論の余地があるか、示談前に確認すべき点は何か、後遺障害の申請が必要かといった点を整理しやすくなります。
次のような場面は、相談を検討するタイミングの一例です。
- 保険会社から、既往症や体質的素因を理由に減額すると言われたとき
- 示談金の提示書に素因減額が反映されているとき
- 事故前の既往症と事故後の症状の関係に争いがあるとき
- 治療費の打ち切り、症状固定、後遺障害の申請が同時に問題になっているとき
- 後遺障害等級や逸失利益にも影響しそうなとき
- 示談書に署名するかどうか迷っているとき
ご自身やご家族が加入する自動車保険などに弁護士費用特約が付いている場合、利用できることがあります。特約の有無や利用範囲は、保険証券や約款などでご確認ください。弁護士費用を確認する
よくある質問
保険会社から既往症があるので減額すると言われました。従うべきですか?
既往症があるというだけで、当然に減額に応じる必要はありません。減額が認められるかどうかは、その既往症が損害の発生・拡大に影響したといえるか、医学的資料に基づく主張か、どの損害項目に影響するとしているかなどによって変わります。提示をそのまま受け入れる前に、減額理由と根拠資料を確認することをおすすめします。
MRIでヘルニアや加齢性変化があると、必ず素因減額されますか?
必ず減額されるわけではありません。画像に変化が写っていることと、事故による症状との因果関係が否定されることは別の問題です。事故前の症状の有無、事故後の経過、医師の診断などを併せて確認する必要があります。
事故前に通院歴があると、慰謝料や逸失利益は減額されますか?
通院歴があること自体が直ちに減額につながるわけではありません。通院していた症状と事故による症状の関係、どの損害項目に影響するとされているかを確認する必要があります。結論は事案により異なります。
素因減額と過失割合(過失相殺)は何が違いますか?
過失相殺は、事故や損害拡大についての被害者側の落ち度を考慮するものです。素因減額は、落ち度ではなく、もともと存在した身体的・心理的な事情が損害に影響したかどうかの問題です。素因減額の主張は、事故の責任が被害者にあるという意味ではありません。
心因的素因を理由に減額されることはありますか?
損害の拡大に心理的・精神的な要因が寄与していると評価される場合に問題となり得ますが、性格や不安を安易に減額理由とできるわけではありません。診療録や受診歴、症状の経過などの資料を確認したうえで、主張の当否を検討する必要があります。
素因減額に反論するには、どのような資料が必要ですか?
診断書、診療録、画像所見、事故前の通院歴が分かる資料、事故前後の症状経過のメモ、保険会社の提示書などが手がかりになります。事案により必要な資料は異なるため、まずは手元の資料を整理することが出発点になります。
示談後に素因減額の主張を争うことはできますか?
一度示談が成立すると、後から内容を争うことが難しくなる場合があります。提示書に素因減額が反映されている場合は、署名する前に、減額理由と根拠資料を確認することをおすすめします。
弁護士に相談するときは何を準備すればよいですか?
診断書、診療録、画像データ、保険会社からの提示書や通知、事故前後の症状経過のメモ、収入が分かる資料などがあると、状況を整理しやすくなります。手元にある資料を持参し、不足分は相談時に確認するとよいでしょう。
まとめ|次に取るべき行動
- 既往症や体質的な特徴があるだけで、当然に減額されるわけではありません。
- 減額理由が「疾患」によるものか、単なる身体的特徴か、加齢性変化か、心因的素因かを切り分けて確認しましょう。
- 画像所見だけで因果関係の有無は決まりません。事故前後の症状経過や医師の診断を併せて確認しましょう。
- 減額率に固定的な相場はなく、結論は事案により異なります。
- 示談書に署名する前に、減額理由と根拠資料、対象となる損害項目を確認しましょう。
- 判断に迷うときは、資料を整理したうえで早めに相談を検討しましょう。
素因減額の主張に迷われている方は、資料をもとに、主張の根拠や反論の余地、示談前に確認すべき点を整理することができます。神戸みらい法律会計事務所では、交通事故に関するご相談を承っています。
参考資料

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