お客様や患者・利用者からの度を越えた言動が続き、眠れない、気分が落ち込む、出勤がつらいといった不調を抱えていませんか。接客や医療・介護の現場では、いわゆるカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」といいます)によって、精神的な負担が積み重なることがあります。
こうしたカスハラが原因で精神疾患を発病した場合、一定の要件を満たせば労災(労働災害)として認められる可能性があります。2023年(令和5年)には精神障害の労災認定基準が改正され、カスハラに関する出来事が評価項目として明確に位置づけられました。ただし、カスハラがあれば必ず労災になるわけではなく、診断の内容、出来事の内容や程度、会社の対応、証拠などを確認したうえで、個別に判断されます。
この記事では、カスハラと精神障害の労災認定の基本的な考え方、2023年改正で何が変わったのか、申請に向けて整理しておきたい資料、会社が協力してくれない場合の考え方、そして弁護士に相談を検討したいタイミングを整理します。なお、精神疾患の診断や治療、就労できるかどうかの判断は医師の領域です。体調に不安があるときは、まず医療機関にご相談ください。
カスハラによる体調不良で労災を考えているものの、何から整理すればよいか迷っている場合、事実関係と資料を一緒に確認することで、対応の方針を整理しやすくなります。
Contents
カスタマーハラスメントで体調を崩したとき、まず押さえたい結論
はじめに、要点を整理します。カスハラが原因の精神疾患も、労災認定の要件を満たせば、業務上の疾病として認められる可能性があります。一方で、「客から強く言われた」という事実だけで当然に認定されるものではなく、出来事の内容や程度、反復・継続の有無、会社の対応、証拠などを総合的に確認して判断されます。
カスハラ=必ず労災、ではありません。労災になり得るという前提のもとで、認定基準に沿って一つひとつの事情を確認していくことが出発点になります。
| 確認したいこと | ポイント |
|---|---|
| 労災になり得るか | カスハラ由来の精神疾患も、要件を満たせば労災として認められる可能性があります。 |
| 必ず認められるか | カスハラがあれば必ず認定されるわけではなく、認定基準に沿って個別に判断されます。 |
| 何が重要か | 診断の内容、出来事の内容・程度・反復性、会社の対応、証拠の整理が重要です。 |
| 医療との関係 | 診断・治療・就労できるかどうかの判断は医師の領域です。まず医療機関への相談が出発点になります。 |
| いつ動くか | 受診・休職に至ったとき、会社が対応しないとき、証拠が散逸しそうなときが、相談を考える目安です。 |
カスタマーハラスメント(カスハラ)と精神障害の労災認定の基本
カスタマーハラスメントとは
カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先、施設の利用者などからの言動のうち、要求の内容や、その要求を実現するための手段・態様が、社会通念上、相当な範囲を超えており、働く人の就業環境を害するものをいうと整理されています。具体的には、暴行、脅迫、ひどい暴言、人格や人間性を否定するような言動、威圧的な言動、著しく不当な要求などが、問題になり得る行為として挙げられます。
商品やサービス、医療・介護の内容について意見や苦情を伝えること自体は、正当な行為です。問題になるのは、その伝え方や要求の中身が、社会通念上、相当な範囲を超えている場合です。
精神障害が労災と認められる三つの要件
精神疾患(精神障害)が労災として認められるかどうかは、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」に沿って判断されます。大きく分けて、次の三つの要件を確認するという枠組みです。
| 要件 | 内容の概要 |
|---|---|
| 対象となる疾病の発病 | 認定基準が対象とする精神障害を発病していること。うつ病などが代表例とされています。 |
| 強い心理的負荷 | 発病前のおおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。 |
| 業務以外の要因でないこと | 業務以外の出来事や、本人側の要因によって発病したとは認められないこと。 |
このうち二つ目の「強い心理的負荷」があったかどうかは、業務で実際に起きた出来事を、認定基準に付属する評価表(業務による心理的負荷評価表)の項目に当てはめ、その負荷の強さを「弱」「中」「強」で評価していきます。「強」と評価される場合に、この要件を満たすと整理されています。なお、どの段階に当たるかは、出来事の内容やその後の状況を総合して判断されるため、機械的に決まるものではありません。実際の評価は、診断の内容や労働基準監督署の調査結果によって変わります。
精神障害には、業務以外のさまざまな要因が関係することがあります。そのため、業務による負荷と、私生活上の出来事や本人側の事情とを、医学的に慎重に判断することになります。診断や発病時期の評価は医師の判断が前提になります。
正当なクレームと著しい迷惑行為の違い
顧客に不満があること自体は、直ちに労災の問題になるわけではありません。重要なのは、要求の内容と、その伝え方・態様が、社会通念上の相当な範囲に収まっているかどうかです。
| 観点 | 正当な苦情・通常のクレーム | 著しい迷惑行為として問題になり得るもの |
|---|---|---|
| 内容 | 商品・サービスや、医療・介護の内容に関する正当な指摘 | 要求の内容や、その実現手段・態様が社会通念上、相当でないもの |
| 手段・態様 | 社会通念上、相当な範囲の伝え方 | 暴行、脅迫、ひどい暴言、人格否定、威圧、著しく不当な要求など |
| 労災との関係 | それだけで直ちに労災の問題にはなりにくい | 要件を満たせば、労災の評価対象になり得る |
もっとも、当初は正当な苦情であっても、長時間の拘束や、執拗に繰り返されるなどして態様が相当な範囲を超えていけば、評価が変わることもあります。境界にある事案は、個別の事情に応じて判断されます。
2023年(令和5年)改正で追加された認定項目
「著しい迷惑行為を受けた」という項目の新設
精神障害の労災認定基準は、令和5年に改正されました。社会情勢の変化や最新の医学的な知見を踏まえたもので、業務による心理的負荷評価表の見直しが行われています。この改正で、具体的な出来事として「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が追加されました。これが、いわゆるカスハラに対応する項目です。あわせて、感染症など危険性の高い業務に従事した場合の項目が追加され、「弱」「中」「強」となる具体例も拡充されています。
つまり、改正前は評価の当てはめが必ずしも明確でなかったカスハラについて、評価表のうえで明確に位置づけられたことになります。これにより、接客や医療・介護など、利用者と直接接する仕事に従事する人にとって、自分の経験した出来事がどの項目で評価され得るのかを、確認しやすくなったといえます。
「対応が困難な注文や要求等」とは別に評価されること
評価表には、「顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた」という項目も別にあります。こちらは、大幅な値下げや納期の繰り上げといった、対応が難しい注文や要求の内容に着目した項目です。これに対し、暴行や脅迫、ひどい暴言などの著しい迷惑行為に当たる場合は、新設された「著しい迷惑行為を受けた」の項目で評価される、という整理がされています。要求の中身の問題なのか、行為の態様の問題なのかによって、見る項目が変わる点に注意が必要です。
心理的負荷の評価で見られるポイント
カスハラに関する出来事の心理的負荷を評価する際には、おおむね次のような事情が見られると整理されています。いずれも、出来事を全体として総合的に評価するための視点です。具体的な当てはめや評価の段階は、個別事情によって変わります。
| 評価の視点 | 具体的に見られる事情の例 |
|---|---|
| 経緯・状況 | どのような場面で、何をきっかけに行為が起きたか |
| 行為の内容・程度 | 暴行・脅迫・ひどい暴言・著しく不当な要求など、どの程度の言動だったか |
| 相手方との関係 | 顧客・患者・利用者・取引先など、業務上どのような関係にあったか |
| 反復・継続・執拗性 | 一度きりか、繰り返されたか、執拗だったか |
| その後の業務への支障 | 行為の後、業務にどのような支障が生じたか |
| 会社の対応 | 会社が把握して対応・改善したか、それとも放置されたか |
このように、一つの言動だけを切り取って評価するのではなく、出来事の前後の状況や会社の対応まで含めて見られます。だからこそ、後から振り返って説明できるように、記録を残しておくことが大切になります。
神戸の接客・観光・医療・介護の現場で問題になりやすい場面
神戸でも、観光・宿泊・飲食・小売や、病院・クリニック・薬局・介護・福祉など、利用者や患者と直接接する仕事は数多くあります。こうした対人サービスの現場では、相手方との距離が近いぶん、カスハラに当たり得る場面に直面することがあります。以下は一般的な場面の例で、個別の事情によって評価は変わります。
接客・宿泊・飲食・小売・商業施設
窓口やレジ、客室、売り場などで、長時間にわたって拘束される、大声での威圧や人格を否定する言葉を繰り返される、土下座を求められる、SNSへの投稿をほのめかして圧力をかけられる、といった場面が問題になり得ます。一人で対応せざるを得ない状況だと、負担が大きくなりがちです。
病院・クリニック・薬局・介護・福祉
受付や診療、服薬指導、介護・訪問の場面で、患者・利用者本人やその家族から、威圧的な要求や暴言を受けることがあります。医療・介護では、安全の確保とサービスの提供との板挟みになりやすく、その場で毅然と対応しづらいという事情も生じます。こうした事情も、評価のなかで考慮され得る要素です。
神戸の特定の地域や業種で件数が多い・急増しているといった統計的な評価は、公式の確認ができる範囲でのみ示すべきものです。本記事では、場面の一般的な例として整理しています。
労災申請に向けて準備しておきたい資料
労災の申請に向けては、出来事と体調の経過を、後から客観的にたどれる形で整理しておくことが役立ちます。代表的な資料は次のとおりです。手元にあるものから少しずつ整理していくとよいでしょう。
| 種類 | 具体例 |
|---|---|
| 医療に関する資料 | 診断書、診療録、通院・服薬の記録 |
| 出来事の記録 | 行為の日時・場所・相手・内容・継続期間を整理したメモ |
| 客観的な証拠 | 録音・録画、防犯カメラ、通話履歴、メール、チャット、SNSや口コミの投稿 |
| 業務上の記録 | クレーム対応記録、インシデントレポート、業務日報 |
| 会社とのやり取り | 相談メール、面談記録、ハラスメント窓口への申告記録 |
| 勤務の状況 | シフト表、勤怠記録、休職・欠勤の記録 |
| 会社の体制 | カスハラ対応マニュアル、就業規則、業務指示 |
- 体調に不安があるときは、まず医療機関を受診し、症状と経過を記録に残しておく。
- 出来事は、記憶が新しいうちに、日時・相手・内容を時系列でメモしておく。
- 会社に相談した事実は、口頭だけでなくメールや記録の形でも残しておく。
録音・録画や、お客様・患者に関する情報の取扱いには注意が必要です。職場のルールや、個人情報・医療情報に関する法令との関係で問題が生じないよう、記録の方法に不安がある場合は、事前に確認することをおすすめします。違法な手段での証拠収集は避けてください。
会社が労災申請に協力してくれない場合の考え方
労災の申請は、本来は本人が行うことができる手続です。会社が手続に協力してくれない、必要な証明をしてくれない、資料を出してくれないという場合でも、直ちに諦める必要はありません。会社の証明が得られないときの取扱いについては、所轄の労働基準監督署に確認しながら進める方法があります。
具体的な申請の方法や、会社の証明欄が空欄のままになる場合の対応は、労働基準監督署の運用に沿って進めることになります。判断に迷う場合は、労働基準監督署や弁護士に確認したうえで進めると安心です。会社の協力が得られないこと自体が、申請を妨げる決定的な理由になるとは限りません。
労災と、会社・顧客への責任追及は別の問題
労災保険の給付を受けられるかどうかという問題と、会社の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求や、迷惑行為をした顧客に対する請求、さらには休職・退職・解雇や傷病手当金といった問題は、それぞれ別の論点です。本記事は労災認定を中心に整理していますが、状況によっては、これらをあわせて検討する必要が生じます。どの問題から、どの順序で対応すべきかは、事案によって異なります。
労災だけでなく、会社への対応や退職・休職の問題も重なっている場合は、論点を一度に整理することで、優先順位や進め方を検討しやすくなります。
弁護士に相談を検討したいタイミング
弁護士への相談は、結果を保証するためのものではなく、判断の材料を集め、対応の方針を整理するためのものです。次のような場面では、早めに相談することで、進め方を整理しやすくなります。
| こんなとき | 相談で整理できること |
|---|---|
| 受診・休職に至った | 労災・休業・会社対応の全体像と、進め方の整理 |
| 会社に相談しても改善されない | 会社への伝え方、記録の残し方、申請の進め方 |
| 証拠が散逸しそう | 早めに残しておくべき資料の整理 |
| 申請書類の作成に不安がある | 時系列や証拠の整理、記載のポイントの確認 |
| 会社が申請に協力しない | 会社の証明が得られない場合の進め方の確認 |
| 労災が認められなかった | 不服申立てを検討する際の見通しの整理 |
| 退職・解雇・復職条件も問題になっている | 労災と、退職・休職・復職などの関係の整理 |
不認定だった場合の不服申立てには、手続ごとに期間の定めがあります。具体的な期限は、申立てを検討する段階で個別に確認することをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
カスハラでうつ病になった場合、労災になりますか。
要件を満たせば、労災として認められる可能性があります。発病した疾病、発病前おおむね6か月の心理的負荷、業務以外の要因の有無などを確認したうえで、個別に判断されます。診断の内容や調査結果によって結論は変わります。
お客様から暴言を受けただけでも労災になりますか。
一度の暴言だけで当然に認定されるわけではありません。行為の内容や程度、反復・継続の有無、会社の対応、その後の業務への支障などを総合して評価されます。個別の事情により評価は異なります。
医療や介護で、利用者の家族からのクレームも対象になりますか。
利用者本人だけでなく、その家族など施設利用者等からの著しい迷惑行為も、評価の対象になり得ます。正当な要望の範囲か、社会通念上、相当でない態様かによって判断が分かれます。
会社に相談しても対応してもらえなかった場合はどうすればよいですか。
相談した事実と、会社の対応(または対応がなかったこと)を記録に残しておくことが大切です。会社の対応の有無や内容は、評価のなかで考慮され得る要素です。対応に改善が見られない場合は、労働基準監督署や弁護士への相談を検討してください。
労災申請にはどのような証拠が必要ですか。
診断書や診療録などの医療に関する資料に加え、出来事の日時・内容を整理したメモ、録音・録画、メールやチャット、クレーム対応記録、会社への相談記録、勤怠記録などが役立ちます。手元にあるものから整理していくとよいでしょう。
会社が労災申請に協力しない場合でも申請できますか。
労災の申請は本人が行うことができ、会社が協力しない場合でも直ちに諦める必要はありません。会社の証明が得られないときの取扱いは、所轄の労働基準監督署に確認しながら進める方法があります。
労災が認められなかった場合、不服申立てはできますか。
不支給の決定に対しては、不服を申し立てる手続が用意されています。手続ごとに期間の定めがあるため、検討する段階で期限を個別に確認することが重要です。見通しの整理を含め、弁護士に相談することも一つの方法です。
弁護士に相談する前に何を準備すればよいですか。
出来事の時系列メモ、診断書や通院の記録、会社とのやり取り、勤怠記録など、手元にある資料をまとめておくと、相談がスムーズになります。すべてが揃っていなくても、現状を整理したうえで相談することができます。
まとめ
カスハラによる精神疾患も、要件を満たせば労災として認められる可能性があります。一方で、カスハラがあれば必ず認定されるわけではなく、認定基準に沿って個別に判断されます。次の点を意識して、落ち着いて準備を進めてください。
- 体調に不安があるときは、まず医療機関を受診する。
- 出来事と会社への相談は、時系列で記録に残す。
- 診断書・勤務記録・やり取りなど、申請に役立つ資料を整理しておく。
- 会社が協力しない場合でも、労働基準監督署や弁護士に確認しながら進める。
- 受診・休職に至ったとき、対応に迷うときは、早めに相談を検討する。
カスハラと労災について、自分の状況で何を確認すべきかを整理したい場合は、資料を一緒に確認しながら、対応の方針と見通しを検討できます。費用の目安もあわせてご確認いただけます。
監修者・執筆者情報
本記事は、神戸みらい法律会計事務所に所属する弁護士が監修しています。監修を担当した弁護士の氏名、所属弁護士会、資格などは、弁護士紹介ページをご覧ください。

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