ご家族を過労死で亡くされたとき、深い悲しみのなかで「会社からは見舞金の話が出ているが、これで終わりにしてよいのか」「労災の申請をすべきと聞いたが、何から手を付ければよいのか」「会社に責任を問えるのか」といった疑問を抱えながら、情報を探しておられる方が少なくありません。
過労死に関わる補償は、大きく分けて二つあります。一つは、国の制度である労災保険からの給付です。もう一つは、会社に落ち度があった場合に検討できる会社への損害賠償請求です。この二つは、根拠も、請求先も、認められるための条件も異なります。混同したまま会社とのやり取りを進めてしまうと、本来確認できたはずの選択肢を見落とすことにもなりかねません。
この記事では、過労死でご家族を亡くされた遺族の方に向けて、労災で受け取れる可能性がある給付、会社への損害賠償を検討できる場合、そして早い段階で確認・保存しておきたい資料と相談のタイミングを、できるだけ落ち着いて整理します。なお、実際に何を受け取れるか、会社に責任を問えるかは、労働時間、業務内容、会社の管理状況、医学的資料、証拠関係などを確認したうえで判断する必要があり、個別事情により結論は変わります。
労災の申請や会社への回答を始める前に、いったん全体像を整理しておくと、見落としを防ぎやすくなります。当事務所では、労災給付と会社への損害賠償を分けて整理し、今後の対応方針を検討するためのご相談を承っています。
Contents
過労死でご家族を亡くされた方が、まず押さえておきたい全体像
最初に、結論にあたる考え方を整理します。過労死に関わる補償を考えるときの出発点は、労災給付と会社への損害賠償は別の制度であるという点です。次の表で、両者の違いを大まかに対比します。
| 観点 | 労災保険からの給付 | 会社への損害賠償 |
|---|---|---|
| 制度の性質 | 国の保険制度。労働基準監督署が業務との関係を判断します。 | 会社に対する民事上の請求。最終的には交渉や裁判で判断されます。 |
| 会社の落ち度 | 原則として会社の落ち度の有無は要件ではありません。業務に起因すると認められれば支給されます。 | 会社の落ち度(安全配慮義務違反など)を主張・立証する必要があります。 |
| 慰謝料 | 慰謝料は労災給付の対象には含まれません。 | 慰謝料を請求できる可能性があります。 |
| 請求先 | 労働基準監督署 | 会社(必要に応じて訴訟) |
| 両者の関係 | 同じ損害について重複する部分は調整され、いわゆる二重取りはできません。一方で、労災給付で補われない損害は、会社への賠償で別途問題になります。 | |
労災が認められたことは、ただちに会社の賠償責任が認められることを意味しません。逆に、会社に責任がある場合には、労災給付だけでは補われない損害を会社に請求できる可能性があります。「労災の話」と「会社の責任の話」を分けて考えることが、遺族にとって最初の整理点になります。
そして、いずれの道を検討するうえでも共通して重要なのが、記録が失われる前の早期の資料保存です。勤務記録や業務上のやり取りは、時間の経過とともに上書きや廃棄が進み、関係者の記憶も薄れていきます。詳しくは記事後半のチェックリストで整理します。
過労死と補償の基礎を整理する
「過労死等」という言葉が指すもの
「過労死」という言葉は日常的に使われますが、行政上は、業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡や、業務による強い心理的な負担による精神障害を原因とする自殺による死亡などをまとめて「過労死等」と呼んでいます。つまり、心筋梗塞や脳出血などで突然亡くなった事案だけでなく、強いストレスによる精神障害が背景にある自死の事案も、検討の対象に含まれます。
労災給付とは何か
労災保険(労働者災害補償保険)は、業務に起因する負傷・疾病・死亡などについて、国が保険給付を行う制度です。労働者を雇用する事業所は加入が義務付けられており、雇用形態を問わず対象になります。業務に起因して労働者が亡くなった場合、一定の範囲の遺族や、葬祭を行った方に対して給付が行われる仕組みです。会社が保険料を負担していますが、給付を受けるかどうかは会社ではなく、労働基準監督署が業務との関係を判断します。
会社への損害賠償請求とは何か
会社への損害賠償請求は、労災保険とは別に、会社の落ち度によって生じた損害を会社に求める民事上の請求です。労災給付では、慰謝料のように給付の対象に含まれない損害があります。会社に責任が認められる場合、これらを含めて会社に請求できる可能性があります。ただし、請求が認められるためには、会社の落ち度と、業務と死亡との関係を主張・立証する必要があります。
労災認定と会社の責任は別の問題
ここが最も誤解されやすい点です。労働基準監督署が労災と認定したからといって、会社の賠償責任が当然に認められるわけではありません。労災認定は「業務に起因するか」という観点からの判断であり、会社への損害賠償は「会社に落ち度があったか」という別の観点からの判断だからです。両者は関連はしますが、同じ判断ではないことを押さえておくと、会社とのやり取りで見通しを立てやすくなります。
労災で受け取れる可能性がある給付
業務に起因して労働者が亡くなった場合、労災保険からは次のような給付が問題になります。受け取れる遺族の範囲や金額、請求の期限は事案により異なり、確認が必要です。ここでは給付の種類と性質を整理します。
| 給付の種類 | 概要 |
|---|---|
| 遺族(補償)等年金 | 亡くなった方の収入によって生計を維持されていた、一定の範囲の遺族に支給される継続的な給付です。 |
| 遺族(補償)等一時金 | 年金を受け取れる遺族がいない場合などに、一定の範囲の遺族へ支給される一時金です。 |
| 葬祭料等(葬祭給付) | 葬祭を行った方に支給される給付です。実際に葬祭費用を負担した方が対象になります。 |
| 特別支給金等 | 上記に加えて支給される場合がある給付です。受給の可否や内容は事案によります。 |
遺族(補償)等給付(年金・一時金)
遺族への中心的な給付が、遺族(補償)等給付です。継続的に支給される年金と、年金を受け取れる遺族がいない場合などに支給される一時金があります。いずれを受けられるかは、亡くなった方との関係や、その方の収入で生計を維持していたかどうかなどによって変わります。
葬祭料等
葬祭を行った方に対しては、葬祭料等が支給されます。受け取れるのは遺族に限られず、実際に葬祭費用を負担した方が対象です。なお、この給付には請求の期限が定められているため、早めに確認しておくことが大切です。具体的な期限は事案や制度の運用により異なるため、所轄の労働基準監督署や弁護士に確認することをおすすめします。
特別支給金等
遺族への給付に加えて、特別支給金等が支給される場合があります。受給の可否や内容は事案によって異なります。
受け取れる遺族の範囲と順位
遺族(補償)等給付を受け取れる遺族には範囲と順位があり、亡くなった方の収入によって生計を維持されていたかどうかが問題になります。配偶者については、戸籍上の届出をしていない事実上の婚姻関係にある場合でも受給資格者となり得るなど、形式だけでは判断できない部分があります。誰がどの給付を受け取れるかは、戸籍関係や生計維持の状況を確認したうえで判断する必要があります。
過労死の労災認定で確認される主な事情
労災として認められるかどうかは、労働基準監督署が、業務との関係を示すさまざまな事情を確認したうえで判断します。事案の種類によって、確認される事情は異なります。
脳・心臓疾患の事案
脳出血や心筋梗塞などの脳・心臓疾患の事案では、発症前の長期間にわたる過重な業務、発症に近い時期の特に過重な業務、発症直前の異常な出来事といった観点から、業務の過重性が確認されます。労働時間は重要な要素の一つですが、それだけで決まるわけではなく、勤務の不規則さ、拘束時間、出張、深夜勤務、精神的な緊張など、労働時間以外の負荷も含めて総合的に検討されます。
精神障害・過労自殺の事案
強いストレスによる精神障害や、それを背景とする自死の事案では、発病前のおおむね一定期間に、業務による強い心理的な負担があったかどうかが確認されます。長時間労働のほか、ハラスメント、過重なノルマ、配置転換、重大なトラブルへの対応など、さまざまな出来事が評価の対象になります。精神障害を発病した方が自死に至った場合、一定の要件のもとで業務との関係が認められる枠組みがあります。「自ら命を絶ったのだから労災にはならない」と早合点せず、確認することが大切です。
いわゆる「過労死ライン」という言葉が知られていますが、これは一定の労働時間を超えれば機械的に労災と認められる、という基準ではありません。労働時間はあくまで重要な判断要素の一つであり、業務内容、勤務間のインターバル、不規則な勤務、拘束時間、出張、心理的な負担、医学的な資料など、複数の事情をあわせて判断されます。労働時間が基準に届いていないように見えても、ただちにあきらめる必要はありません。
「会社は労災ではない」と言っている場合
会社から「これは労災ではない」「会社の責任ではない」と説明されることがあります。しかし、労災に当たるかどうかを判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。会社の見解と行政の判断は一致するとは限りません。会社が労災の手続に協力的でない場合でも、労働者側・遺族側から請求を行うことは可能です。会社の証明が得られないときの取扱いについては、所轄の労働基準監督署や弁護士に確認することをおすすめします。
会社への損害賠償を検討できるのはどんな場合か
労災給付とは別に、会社に落ち度があった場合には、会社への損害賠償を検討できます。請求の法的な根拠にはいくつかの種類があります。
安全配慮義務違反
会社は、労働者がその生命・身体の安全を確保しつつ働くことができるよう、必要な配慮をする義務を負っています。これを安全配慮義務といい、労働契約に関する法律に定められています。会社が、長時間労働や健康状態の悪化、ハラスメント、過重な業務などを把握できる状況にありながら、適切な対応をとらなかったと評価される場合、この義務に違反したとして損害賠償を請求できる可能性があります。
不法行為・使用者責任
会社や上司などの行為が、注意義務に反して損害を生じさせたといえる場合には、不法行為を理由とする請求が問題になります。また、従業員が業務として行った加害行為について、会社が責任を負う使用者責任が問題になる場合もあります。どの根拠で構成するかは、事案の内容によって検討します。
業務と死亡との因果関係
会社への損害賠償が認められるためには、会社の落ち度に加えて、業務と死亡との間の関係を示す必要があります。長時間労働や過重な業務、ハラスメントなどの実態と、亡くなった経緯とのつながりを、客観的な資料で裏付けていく作業が重要になります。労災が認定された事案であっても、会社への賠償が認められるとは限らないため、資料を確認したうえで見通しを検討する必要があります。
労災給付で補われない損害があること
労災給付は、遺族の生活を支える重要な制度ですが、亡くなった方やご遺族が受けた精神的な苦痛に対する慰謝料は、その対象に含まれていません。会社に責任が認められる場合には、こうした労災給付で補われない損害を、会社に対して請求できる可能性があります。会社への損害賠償でよく問題になる損害項目は、次のとおりです。
| 損害項目 | 内容 |
|---|---|
| 死亡逸失利益 | 亡くなった方が将来得られたはずの収入に関する損害です。 |
| 死亡慰謝料 | 亡くなった方本人が受けた精神的な苦痛に対するものです。 |
| 近親者固有の慰謝料 | ご遺族自身が受けた精神的な苦痛に対するものです。 |
| 葬儀関係費用 | 葬儀などにかかった費用です。 |
| 弁護士費用相当額・遅延損害金 | 事案により、損害に含めて請求できる場合があります。 |
なお、亡くなった方ご本人にも一定の事情があったとされる場合などには、賠償額が調整されることがあります。また、労災給付と重複する部分は調整されます。具体的な金額や算定の考え方は、資料を確認したうえで個別に検討する必要があり、事案により結論は異なります。
会社への損害賠償を検討すべきかどうかは、労働時間や業務の実態、医学的な資料、会社の対応などを確認したうえで判断します。ご相談いただくことで、労災申請と会社への請求を分けて整理し、今後の進め方を検討しやすくなります。
遺族が迷いやすい、よくある場面
会社が「労災ではない」と言っている
前述のとおり、労災に当たるかを判断するのは労働基準監督署です。会社の説明だけで結論を出さず、資料を整理して確認することをおすすめします。
残業の記録が手元にない
タイムカードやシフト表が手元になくても、PCの操作記録、入退館の記録、メールやチャットの送受信時刻、業務端末の記録など、労働時間をうかがわせる客観的な資料が残っていることがあります。記録が上書き・廃棄される前に、保存状況を確認しておくことが重要です。
管理職だった、在宅勤務や持ち帰り仕事が多かった
役職や勤務形態によって労働時間が見えにくい場合でも、実態としての業務量や拘束の状況が問題になります。在宅勤務や持ち帰りの仕事についても、いつ・どのような業務を行っていたかを示す記録が手がかりになります。
精神障害や自死の事案である
精神障害や自死の事案でも、業務による強い心理的な負担が背景にあると評価される場合があります。診療録や診断書、業務上の出来事を示す資料が重要になります。早合点せず、確認することが大切です。
会社から見舞金や合意書を示された
会社から見舞金、退職金、合意書、示談書、誓約書などを提示されることがあります。これらに署名・押印すると、後の請求が難しくなる場合があります。内容や影響を確認しないまま署名する前に、一度専門家に相談することをおすすめします。
労災だけで終わらせてよいか迷っている
労災給付を受け取れば、会社への請求が一切できなくなるわけではありません。一方で、すでに受け取った給付は、会社への賠償で重複する部分が調整されます。労災給付と会社への損害賠償を分けて整理したうえで、どこまで検討するかを考えることができます。
手続前に確認しておきたいことリスト
労災の申請前、会社への回答前、資料の提出前、合意書などへの署名・押印前、示談の前に、次の点を確認しておくと、見落としを防ぎやすくなります。
- 死亡診断書・死体検案書、診療録、診断書、通院・入院に関する資料があるか
- タイムカード、シフト表、出退勤の記録など勤務実態を示す資料があるか
- PCの操作記録、入退館の記録、メールやチャットの送受信記録など客観的な記録が残っているか
- 業務指示、日報、スケジュール、会議資料など業務内容が分かる資料があるか
- 給与明細、源泉徴収票、雇用契約書、労働条件通知書、就業規則があるか
- 時間外労働に関する取り決め(36協定)、残業申請、休日出勤の記録があるか
- 会社とのやり取りや、会社から示された書面(見舞金・合意書・示談書・誓約書など)が手元にあるか
- ハラスメントや過重な業務をうかがわせる資料があるか
- 同僚や関係者の記憶が薄れる前に、把握している事情を整理できているか
弁護士に相談するタイミング
弁護士への相談は、結果を約束するためのものではありません。資料の整理、法律上の見通しの検討、労災給付と会社責任の切り分け、今後の対応方針の整理を、早い段階で行うためのものです。次のような場面では、一度相談しておくことで判断材料を整えやすくなります。
- 労災の申請をする前に、進め方を整理したいとき
- 会社から説明や資料の提出を求められたとき、また会社が労災の手続に協力しないとき
- 労働基準監督署から聞き取りや追加資料を求められたとき、支給・不支給の決定が出たとき
- 会社から見舞金、退職金、合意書、示談書、誓約書などを示されたとき
- 会社への損害賠償を検討したいとき、また請求の期限が不安なとき
当事務所では、過労死に関わるご相談について、労災給付と会社への損害賠償を分けて整理し、確認すべき資料と今後の方針を検討するお手伝いをしています。費用やご相談の進め方については、下記のページもご覧ください。
よくある質問
過労死で家族を亡くした場合、労災から何を受け取れますか。
業務に起因すると認められる場合、遺族への給付や葬祭料等が問題になります。受け取れる遺族の範囲や内容は、亡くなった方との関係や生計維持の状況などにより異なるため、資料を確認したうえで判断する必要があります。
労災が認められれば、会社に損害賠償を請求できますか。
労災認定と会社の賠償責任は別の問題です。会社に損害賠償を請求するには、会社の落ち度と、業務と死亡との関係を示す必要があります。労災が認められても賠償が認められるとは限らず、個別事情により結論は異なります。
会社が「労災ではない」と言っている場合でも申請できますか。
労災に当たるかを判断するのは会社ではなく労働基準監督署です。会社が協力的でない場合でも、労働者側・遺族側から請求を行うことは可能です。会社の証明が得られないときの取扱いは、所轄の労働基準監督署や弁護士にご確認ください。
過労自殺でも労災になる可能性はありますか。
業務による強い心理的な負担が背景にある精神障害を発病し、それにより自死に至ったと評価される場合、一定の要件のもとで業務との関係が認められる枠組みがあります。早合点せず、診療録などの資料を確認することが大切です。
残業時間の記録がない場合はどうすればよいですか。
タイムカードがなくても、PCの操作記録、入退館の記録、メールやチャットの時刻など、労働時間をうかがわせる客観的な資料が残っていることがあります。記録が失われる前に、保存状況を確認することをおすすめします。
労災給付を受けると会社への賠償請求はできなくなりますか。
労災給付を受けても、会社への請求が一切できなくなるわけではありません。ただし、同じ損害について重複する部分は調整されます。労災給付と会社への損害賠償を分けて整理したうえで検討することができます。
会社から合意書や見舞金を提示された場合、署名してよいですか。
合意書や示談書に署名・押印すると、後の請求が難しくなる場合があります。内容や影響を確認しないまま署名する前に、一度専門家に相談することをおすすめします。
弁護士に相談するとき、どの資料を持参すればよいですか。
勤務記録、給与明細、雇用契約書や就業規則、診断書や診療録、会社から示された書面など、お手元にある資料をお持ちいただくと、状況を整理しやすくなります。そろっていない資料があっても、まずはご相談ください。
まとめ
- 過労死の補償は、労災給付と会社への損害賠償という別の制度を、分けて考えることが出発点です。
- 労災認定と会社の賠償責任は別の問題で、労災が認められても会社責任が当然に認められるわけではありません。
- 会社に責任がある場合、労災給付で補われない慰謝料などを会社に請求できる可能性があります。
- 記録が失われる前の早期の資料保存と、示談前・申請前・署名前の確認が重要です。
- 何を受け取れるか、会社に責任を問えるかは個別事情により異なるため、早めに専門家へ相談し、見通しと方針を整理することをおすすめします。
過労死に関わるご相談では、労災申請と会社への損害賠償を分けて整理し、確認すべき資料と今後の対応方針を検討できます。お一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。
監修者・執筆者について
本記事は、神戸みらい法律会計事務所に所属する弁護士が監修しています。所属弁護士の経歴・資格・取扱分野については、弁護士紹介ページをご覧ください。
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