交通事故で歯を強く打ち、歯が抜けた、折れた、大きく欠けたという場合、痛みや見た目の問題だけでなく、「治療費はどこまで払ってもらえるのか」「インプラントを選んでよいのか」「後遺障害として認めてもらえるのか」といった不安が次々に出てくると思います。
歯の傷害は、失った歯の本数や治療方法によって後遺障害等級の考え方が変わり、インプラント費用が損害として認められるかどうかも、事故との因果関係や治療の必要性・相当性によって判断が分かれます。保険会社から示談案が届いてから「聞いていなかった」とならないよう、早い段階で全体像をつかんでおくことが大切です。
この記事では、交通事故で歯を失った・欠けた被害者の方に向けて、歯科補綴を加えた歯の本数と後遺障害等級の考え方、インプラント費用が損害として認められる範囲、乳歯・親知らずや事故前から状態が悪かった歯の扱い、後遺障害申請前・示談前に確認しておきたい資料を、弁護士の視点から整理します。
本記事は一般的な情報を整理したものです。実際の等級認定や賠償額は、傷害の内容、治療経過、事故との因果関係などの個別事情により結論が変わります。具体的な見通しは、資料を確認したうえでの個別判断が必要です。また、どの治療方法が適切かは歯科医師の判断が必要です。
「インプラントを勧められたが費用が心配」「後遺障害になるのか知りたい」という段階でも、資料を確認することで見通しや確認すべき点を整理しやすくなります。
Contents
交通事故で歯を失ったときにまず押さえる4つの視点
歯の傷害の賠償で結論を左右しやすいのは、次の4点です。細かい制度の説明に入る前に、まず全体像として押さえておくと、保険会社とのやり取りの見通しが立てやすくなります。
- 何本の歯に補綴をしたか:歯科補綴を加えた歯の本数によって、後遺障害等級の考え方が変わります。
- 事故との因果関係:事故前から状態が悪かった歯や、もともと治療中だった歯は、争点になりやすい部分です。
- 治療方法と費用の相当性:インプラントを選んだ場合、その必要性・相当性を資料で説明できるかがポイントになります。
- 示談前の確認:将来の治療費など、示談後には追加請求が難しくなる項目がないかを、署名・押印の前に確認しておくことが大切です。
以下では、この4点を順番に、根拠となる制度や実務上の注意点とともに見ていきます。
歯科補綴とは|「歯牙障害」の基礎知識
「歯科補綴を加えたもの」の意味
交通事故で歯を失ったり大きく欠けたりして、人工物で歯を補う治療のことを「歯科補綴(しかほてつ)」といいます。そして、一定数以上の歯に歯科補綴を加えた状態は「歯牙障害(しがしょうがい)」と呼ばれ、後遺障害として評価される場合があります。
実務上、後遺障害の対象として扱われるのは、現実に喪失した歯(抜歯を含みます)や、著しく欠損した歯に対する補綴とされています。「著しく欠損した」とは、一般に歯冠部(歯ぐきより上に出ている部分)の体積の4分の3以上を失った状態を指すと説明されています。反対に、詰め物(インレー等)を入れただけの歯や、入れ歯・ブリッジを支えるために少し削っただけの隣の歯などは、原則として補綴した歯の本数に含めない取扱いとされています。
「後遺症」と「後遺障害」は同じ意味ではありません。日常的な「後遺症」は残った症状全般を指しますが、賠償の文脈での「後遺障害」は、自賠責保険の等級認定の対象になるかどうかという制度上の概念です。歯科補綴の定義や本数の数え方には細かい実務の運用があり、事案により判断が分かれます。
インプラント・ブリッジ・入れ歯・クラウンの違い
歯を失った・欠けた場合の治療方法には、主に次のようなものがあります。あくまで一般的な理解のための整理であり、どの方法が適切かは口腔内の状態を踏まえた歯科医師の判断が必要です。
| 治療方法 | 概要(一般的な説明) |
|---|---|
| インプラント | あごの骨に人工の歯根を埋め込み、その上に人工歯を装着する方法。 |
| ブリッジ | 失った歯の両隣の歯を削って支えにし、橋のように人工歯を渡す方法。 |
| 入れ歯(義歯) | 取り外し式で人工歯を補う方法。部分入れ歯と総入れ歯がある。 |
| クラウン | 大きく欠けた歯を覆うかぶせ物。歯の根が使える場合に用いられる。 |
治療方法の違いは、後述するインプラント費用の損害性や、補綴した歯の本数の数え方にも関わってきます。
症状固定と後遺障害の関係
後遺障害の申請は、原則として「症状固定」の後に行います。症状固定とは、これ以上治療を続けても大きな改善が見込めない状態をいい、その時点で残った症状が後遺障害として評価の対象になります。歯の治療は期間が長くなることもあるため、いつ症状固定と判断するか、その前後で何を準備するかを意識しておくことが大切です。
歯科補綴を加えた歯の本数と後遺障害等級の考え方
本数と等級の対応
歯牙障害の後遺障害等級は、自動車損害賠償保障法施行令の別表第二で定められており、歯科補綴を加えた歯の本数に応じて次のように区分されています。等級認定は、原則として労災保険の障害等級認定の基準に準じて行われるとされています。
| 歯科補綴を加えた歯の本数 | 後遺障害等級(別表第二) |
|---|---|
| 14歯以上 | 第10級 |
| 10歯以上 | 第11級 |
| 7歯以上 | 第12級 |
| 5歯以上 | 第13級 |
| 3歯以上 | 第14級 |
この区分から分かるとおり、等級が問題になるのは3歯以上に補綴を加えた場合であり、1歯・2歯のみでは歯牙障害としての後遺障害には原則として該当しません。もっとも、後述するとおり、後遺障害に当たらない場合でも治療費そのものを請求できる余地はあります。等級ごとの号数や慰謝料額、労働能力喪失率は個別に確認が必要なため、ここでは本数と等級の対応のみを示しています。
本数の数え方で誤解しやすい点
本数のカウントには、いくつか誤解しやすい運用があります。
- 喪失した歯より入れた義歯の数が多い場合でも、実際に喪失した歯の本数で判断されるのが原則です。
- 入れ歯やブリッジを支えるために削った隣の健康な歯、詰め物にとどまる歯などは、補綴した本数に含めない取扱いとされています。
- 反対に、ブリッジのために両隣の歯を大きく削った結果、それらも「著しく欠損」に当たると評価される場合は、本数に影響することがあります。
このように、同じ「歯を失った」ケースでも、治療方法や削り方によって本数の評価が変わり得るため、歯科資料の内容が結論を左右しやすい分野です。
事故前から歯が悪かった場合(加重・既存障害)
事故前から虫歯や抜歯で歯を失っていた、すでに義歯を入れていたという場合、その歯は「既存障害」として扱われることがあります。事故前からあった障害に事故による補綴が加わって上位等級に達したときは「加重障害」として、上位等級から既存分を差し引いた範囲で賠償の対象が判断される、という考え方が実務で用いられています。事故前からC4(虫歯が歯根まで進行した状態)だった歯が「著しく欠損していた歯」として扱われ得る点にも注意が必要です。
既存障害・加重障害の計算は、事故前の口腔内の状態をどう評価するかによって結論が変わります。事故前のカルテ、レントゲン画像、口腔内写真などの資料が重要になり、専門的な精査が必要になる場面です。
「補綴した歯が何本にカウントされるのか」「事故前の治療は不利になるのか」といった点は、歯科資料を確認したうえで検討する必要があります。示談前に一度、争点を整理しておくと見通しを立てやすくなります。
インプラント費用は交通事故の損害として請求できるか
治療費として認められるための視点
インプラント治療は費用が高額になりやすく、保険会社から「ブリッジや入れ歯で足りるのではないか」と必要性を争われることがあります。裁判実務では、インプラント費用が損害として認められるかは、次のような点を踏まえて判断される傾向があります。
- 事故とインプラント治療との相当因果関係があるか
- その治療が必要であり、方法として相当か(他の治療法と比較して適切か)
- 費用の額が相当か
- もっぱら審美目的ではないか
- 歯科医師の意見書・診療計画・見積書などで説明できるか
裁判例の中には、インプラント・入れ歯・ブリッジの各方法のメリットとデメリットを比較検討したうえで、インプラント治療を相当と認め、費用を相当因果関係のある損害と認めたものがあります。一方で、他の安価な治療で足りるとして制限的に判断される可能性もあり、結論は事案により異なります。したがって、「インプラントなら必ず全額認められる」とは言えず、必要性・相当性を資料で裏づけていくことが重要になります。
将来のメンテナンス・更新費用
治療費は原則として症状固定までの分が対象とされ、症状固定後の費用は認められにくいのが原則です。もっとも、インプラントには耐用年数があり、定期的なメンテナンスや将来的な再治療が必要になることを、歯科医師の意見書などで具体的に示せた場合には、将来のメンテナンス費用・更新費用が相当因果関係のある損害として認められた裁判例もあります。将来費用を求める場合は、どのタイミングで、どの程度の費用が必要になるかを、根拠資料とともに示していくことになります。
後遺障害に当たらない1〜2本のケース
補綴した歯が1〜2本にとどまり、歯牙障害としての後遺障害等級には当たらない場合でも、インプラント費用は「治療費」として、必要性・相当性が認められれば加害者側に請求できる余地があります。後遺障害の等級と、治療費が損害として認められるかは、別の問題として整理して考える必要があります。
乳歯・親知らずの扱いで注意すべき点
乳歯や親知らず(第三大臼歯)は、後遺障害の本数の数え方で問題になりやすい歯です。実務上、後遺障害の対象として扱われるのは永久歯とされ、親知らずや乳歯は原則として対象外と説明されることが一般的です。ただし、交通事故によって乳歯を失い、その後に永久歯の生えてくる見込みがない場合には、対象として扱われる余地があるとされています。
また、次のような歯は、事故との因果関係や損害額をめぐって争点になりやすい部分です。
- 事故前から抜歯が予定されていた歯
- 事故前から虫歯・歯周病などで状態が悪かった歯
- 事故前から治療中だった歯
乳歯・親知らずの取扱いや、事故前の状態の評価は、資料・事案により判断が分かれます。断定的に考えず、事故前後の歯科資料を確認したうえで検討する必要があります。
後遺障害申請の前に準備しておきたい資料
歯牙障害の後遺障害申請では、通常のけがとは異なり、歯科用の後遺障害診断書という専用の書式が用いられます。この書式は歯科医師に作成してもらうもので、記載内容が等級認定に影響します。作成の経験がある歯科医師は限られるとも言われており、記載上の注意点を共有しながら進めることが望ましい場面もあります。
申請の準備として、一般に次のような資料が手がかりになります。実際に必要な書式や提出先は、制度運用主体・保険会社・弁護士に確認が必要です。
- 後遺障害診断書(歯科用の書式)
- 歯科の診療録(カルテ)
- レントゲン画像・CT画像・口腔内写真
- 治療計画書・見積書
- 治療費の領収書
- 事故前の歯科治療歴が分かる資料
申請方法には、相手方の保険会社を通じて行う事前認定と、被害者が自ら資料をそろえて行う被害者請求があります。歯の後遺障害は歯科資料の内容が結果を左右しやすいため、どちらの方法を選ぶかも含めて検討する意味があります。
示談前・保険会社の提示前に確認したいチェックリスト
インプラント治療の前、治療の終了前、後遺障害申請の前、そして保険会社の提示額に署名・押印する前に、次の点を確認しておくと、後から「請求し忘れた」となる事態を避けやすくなります。示談が成立すると、原則として後からの追加請求は難しくなります。
- 治療費の中に、将来のメンテナンス費用・更新費用の見込みが含まれているか
- インプラントを選ぶ場合、必要性・相当性を示す歯科医師の意見書や見積書があるか
- 補綴した歯の本数の数え方が、資料と整合しているか
- 事故前の歯の状態について、既存障害として過大に評価されていないか
- 咀嚼(噛む力)や発音への影響がある場合、その点が反映されているか
- 後遺障害慰謝料・逸失利益などの項目に漏れがないか
- 保険会社からの書面・メールの内容を保存しているか
これらはあくまで一般的な確認項目です。何が請求できるか、どの水準が妥当かは個別事情により異なり、資料を確認したうえでの判断が必要です。
弁護士に相談するタイミングと弁護士費用特約
歯の傷害は、等級認定の基準が細かく、インプラント費用や将来費用、逸失利益の有無など争点が多い分野です。弁護士に相談することで、結果を保証できるわけではありませんが、次のような点を整理しやすくなります。
- 補綴した歯の本数や既存障害の評価について、資料に基づいて見通しを検討する
- インプラント費用の必要性・相当性を、どの資料で説明するかを整理する
- 後遺障害申請を事前認定と被害者請求のどちらで進めるかを検討する
- 保険会社の提示額について、確認すべき項目を洗い出す
相談のタイミングとしては、治療方針を選ぶ段階、後遺障害申請の前、示談案を受け取った段階などが一つの目安になります。示談前であれば確認できる選択肢が多く、争点を整理しやすくなります。
なお、ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いている場合、その利用を検討できることがあります。特約の適用範囲や費用の負担については、保険証券や特約の内容を個別に確認する必要があります。
神戸みらい法律会計事務所では、交通事故に関するご相談を承っています。治療方針は歯科医師の判断が前提となりますが、賠償面については、資料を確認したうえで、請求できる可能性のある項目や確認すべき点を整理します。
よくある質問(FAQ)
交通事故で歯が1本折れた場合、後遺障害になりますか。
歯牙障害としての後遺障害は、原則として3歯以上に歯科補綴を加えた場合に問題になります。そのため、1本のみでは等級に該当しないことが一般的です。ただし、治療費そのものは、必要性・相当性が認められれば請求できる余地があります。結論は事案により異なります。
何本の歯を失うと後遺障害等級が問題になりますか。
歯科補綴を加えた歯が3歯以上になると等級が問題になり、本数が増えるほど上位の等級が検討されます。ただし本数の数え方には運用があり、削った隣の歯を含めるかどうかなどで結論が変わることがあります。
インプラント費用は交通事故の損害として請求できますか。
請求できる可能性はありますが、常に全額が認められるわけではありません。事故との因果関係、治療の必要性・相当性、費用の相当性などが、歯科医師の意見書や見積書をもとに検討されます。治療内容や資料を確認したうえで判断する必要があります。
ブリッジや入れ歯ではなく、インプラントを選んでもよいですか。
どの治療が適切かは、口腔内の状態を踏まえた歯科医師の判断が必要です。賠償の面では、インプラントを選ぶ場合にその必要性・相当性を資料で説明できるかがポイントになります。審美目的が強いと判断されると、賠償の範囲が制限される可能性があります。
乳歯や親知らずも後遺障害の本数に含まれますか。
後遺障害の対象は永久歯とされ、親知らずや乳歯は原則として対象外と説明されることが一般的です。ただし、事故で乳歯を失い永久歯が生えてくる見込みがない場合など、扱いが変わり得る場面もあります。資料・事案により判断が分かれます。
事故前から虫歯や歯周病があった場合はどうなりますか。
事故前から状態が悪かった歯は、既存障害として扱われたり、事故との因果関係が争われたりすることがあります。事故前のカルテやレントゲン画像などの資料をもとに評価されるため、結論は個別事情により異なります。
後遺障害申請ではどのような資料が必要ですか。
歯科用の後遺障害診断書のほか、診療録、レントゲン画像やCT画像、口腔内写真、治療計画書、見積書、領収書などが手がかりになります。実際に必要な書式や提出先は、保険会社や制度運用主体、弁護士に確認する必要があります。
保険会社から示談案が届いた後でも相談できますか。
示談前であれば、確認できる項目や見直せる余地を整理しやすくなります。示談が成立すると原則として追加請求は難しくなるため、署名・押印の前に、請求項目に漏れがないかを確認しておくことをおすすめします。
まとめ
- 歯牙障害の後遺障害等級は、歯科補綴を加えた歯の本数(14/10/7/5/3歯)で区分され、3歯以上から等級が問題になります。
- 補綴した歯の本数の数え方や、事故前の歯の状態(既存障害・加重)が結論を左右しやすい分野です。
- インプラント費用は請求できる可能性がありますが、必要性・相当性の立証が必要で、全額が当然に認められるわけではありません。将来のメンテナンス費用が認められた裁判例もあります。
- 乳歯・親知らずや事故前から状態が悪かった歯は、断定せず、事故前後の資料を確認して検討する必要があります。
- 後遺障害申請には歯科用の診断書などの資料が重要です。示談前に、将来費用を含めて請求項目に漏れがないかを確認しておくと安心です。
- 治療方針は歯科医師の判断が前提です。賠償面の見通しは、資料を確認したうえで個別に検討する必要があります。
交通事故で歯を失い、インプラント費用や後遺障害、示談内容に不安がある場合は、示談前の段階で一度確認しておくと、争点を整理しやすくなります。神戸みらい法律会計事務所では、交通事故に関するご相談を承っています。
監修者・執筆者
藤井 貴之(弁護士・公認会計士)
兵庫県弁護士会所属/日本公認会計士協会兵庫会所属
交通事故をはじめとする一般民事・企業法務・会計税務に対応。神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)。
参考資料(公的機関・公式資料)
- e‑Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」
- e‑Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」(別表第二)
- 国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」
- 国土交通省「後遺障害等級表」
- 独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)「自動車損害賠償保障法施行令別表(抜粋)」
- 一般財団法人 自賠責保険・共済紛争処理機構

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