会社を経営されている方が熟年離婚に直面したとき、預貯金や自宅とは別に、大きな論点になりやすいのが「自社株(非上場株式)をどう扱うか」です。長年会社を続けてきたご夫婦ほど、創業や事業承継の時期、配偶者の関わり方、会社の内部留保や不動産など、事情が複雑に絡み合います。
この記事では、中小企業オーナーの熟年離婚における非上場株式の評価について、財産分与の対象になるのか、どのように評価するのか、どう分けるのか、相談前に何を準備すればよいのかを、弁護士・公認会計士の視点から整理します。結論から言えば、自社株は財産分与の対象になり得ますが、取得時期や取得原因、会社の実態、資料の内容によって判断は変わります。個別事情により結論は異なりますので、資料を確認したうえで検討することが重要です。
決算書や株主名簿を見ても、財産分与での評価額がすぐに分かるとは限りません。合意書に署名する前に、対象となる財産の範囲と評価の前提を整理しておくことをおすすめします。
Contents
この記事で分かること(結論の全体像)
細かい論点に入る前に、全体像を整理します。いずれも「個別事情により結論は異なる」ことを前提にご覧ください。
| 論点 | 基本的な考え方(事案により異なります) |
|---|---|
| 対象になるか | 婚姻中に夫婦の協力で取得・維持した株式は対象になり得る。婚姻前取得や相続・贈与で得た株式は原則として特有財産だが、婚姻中の価値増加への寄与が考慮される場合がある。 |
| 何を分けるのか | 会社名義の預金・不動産・設備は原則として会社の財産。直接分けるのは、経営者個人が持つ株式(の価値)。会社の資産は株式評価に影響する。 |
| どう評価するか | 取引相場がないため一義的には決まらない。評価目的で価格が変わり、相続税評価・決算書の純資産・M&A価格・財産分与での評価は一致しないことがある。 |
| どう分けるか | 株式そのものの移転、代償金での調整、他の財産での調整、分割払いなど。譲渡制限株式では会社法上の承認や経営権・税務の検討が必要。 |
| 何を準備するか | 登記事項証明書、定款、株主名簿、決算書、法人税申告書、取得時の資料、婚姻・別居時期が分かる資料など。 |
まず押さえたい前提(会社の財産と株式の価値は別物です)
財産分与とは(民法768条)
財産分与とは、夫婦が婚姻中に協力して取得・維持した財産を、離婚の際または離婚後に分けて清算することをいいます(民法768条)。どちらの名義か、どちらの収入で得たかにかかわらず、夫婦の協力で築いた財産(共有財産)を対象とするのが基本的な考え方です。裁判実務では、寄与の程度は原則として夫婦対等(2分の1)として扱われることが一般的です。
共有財産と特有財産
財産は、大きく「共有財産」と「特有財産」に分かれます。特有財産とは、婚姻前から持っていた財産や、婚姻中でも相続・贈与によって得た財産など、夫婦の協力とは関係なく取得した財産です。特有財産は原則として分与の対象外ですが、その財産が婚姻中に維持・増加し、そこに配偶者の寄与があると評価される場合には、増加した部分などが考慮されることがあります。名義ではなく実質で判断される点、特有財産であることを主張する側が資料で示す必要がある点に注意が必要です。
会社の資産と、株主個人が持つ株式の価値の違い
ここが最も誤解されやすいところです。会社(法人)は経営者個人とは別の主体であり、会社名義の預金・不動産・設備・在庫・売掛金は、原則として会社の財産です。そのため、これらを夫婦の間で直接半分に分ける、という発想にはなりません。財産分与で分ける対象は、通常、経営者個人が保有する株式(または持分)の価値です。ただし、会社が保有する資産や負債は株式の評価に影響しますので、会社の内容を無視して株式の価値を語ることはできません。
ポイント:「会社のお金=夫婦のお金」ではありません。分けるのは会社の資産そのものではなく、経営者が持つ株式の価値です。あわせて、経営者と会社の間の役員貸付金・役員借入金・未払報酬・退職金の見込み・個人保証などは、株式評価とは別に整理する必要があります。
中小企業オーナーの熟年離婚で論点が複雑になりやすい理由
熟年離婚では、次のような事情が重なりやすく、一般的な離婚の財産分与よりも検討すべき点が増えます。
- 婚姻期間が長く、財産の取得や価値の変動が長期にわたる
- 創業、事業承継、増資、株式の移転などの時期が問題になりやすい
- 会社の資産と個人の資産が混同されやすい
- 決算書上の数字と、財産分与で用いる評価が一致しにくい
- 配偶者が経理や営業などで事業に関与していた可能性がある
- 株式を移すと経営権や事業継続に影響し得る
- 後継者や親族株主が関係する場合がある
自社株(非上場株式)は財産分与の対象になるのか
自社株が財産分与の対象になるかどうかは、主に「いつ・どのような原因で取得したか」「婚姻中の夫婦の協力がどう関わっているか」によって判断が分かれます。
- 婚姻中に、夫婦の協力を背景に取得・形成された株式は、対象になり得ます。
- 婚姻前から保有していた株式は、原則として特有財産と整理されることが多いです。
- 親などから相続・贈与で取得した株式も、原則として特有財産と整理されることが多いです。
- もっとも、特有財産であっても、婚姻中に会社の価値が大きく増加し、その維持・増加に配偶者の寄与があると評価される場合には、増加部分の扱いが論点になることがあります。
いずれも取得時期、取得原因、会社の実態、資料の内容により結論は変わります。株主名簿・定款・取得時の契約書・贈与契約書・遺産分割協議書などの資料を確認したうえで判断する必要があります。
非上場株式の評価方法(評価目的で価格は変わります)
非上場株式は上場株式と違って市場価格がないため、価格が一つに決まりません。しかも、評価の「目的」によって用いる方法や前提が変わり、結果として金額も変わります。相続税の評価額、決算書上の純資産額、M&A(会社売買)の価格、そして財産分与での評価は、それぞれ一致しないことがあります。会社の実態、収益力、資産構成、負債、将来の見通し、支配権の有無、少数株主かどうか、譲渡制限、評価時点、資料の正確性などが影響します。代表的な考え方を整理します。
| 方法 | 見ているもの | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 純資産を基礎にする方法(純資産法) | 会社の資産から負債を差し引いた正味財産。簿価ベースと時価ベースがある。 | 資産を多く保有する会社、清算的に価値を捉えたい場面 | 不動産や有価証券の含み損益、簿価と時価の差の扱いで金額が変わる。 |
| 収益力を基礎にする方法(収益還元法) | 会社が生み出す利益の力。 | 安定した収益がある事業会社 | どの利益をどの率で還元するかの前提で結果が動く。 |
| 将来キャッシュフローを基礎にする方法(DCF) | 将来見込まれる資金の流れを現在価値に割り戻したもの。 | 将来計画がある程度描ける会社 | 事業計画の前提や割引率の置き方で金額が大きく変わる。 |
| 類似会社と比較する方法(類似会社比較法) | 事業が似た上場会社の株価や倍率。 | 比較できる同業上場会社がある場合 | 完全に条件が同じ会社は少なく、調整の要否が問題になる。 |
| 配当を基礎にする考え方(配当還元的な方法) | 受け取る配当の水準。 | 支配権のない少数株主の株式 | 無配や低配当の会社では実態を反映しにくい。 |
| 税務上の評価(取引相場のない株式の評価) | 財産評価基本通達に基づく相続税・贈与税用の評価。会社規模等で類似業種比準・純資産価額・併用、少数株主は配当還元。 | 相続税・贈与税の申告場面 | あくまで税務目的の評価であり、財産分与での評価と一致するとは限らない。 |
どの方法を用いるか、複数を併用するかは、会社の規模や業種、資産構成、収益力、支配権の有無などにより検討が必要です。決算書や株主名簿を確認したうえで、評価の前提を整理することが重要です。
いつの時点で評価するか(評価時点)
財産分与では、「どの時点の財産を対象とするか(対象財産を確定する基準時)」と「その財産をいつの時点の価値で評価するか(評価の基準時)」を分けて考えます。実務では、対象財産を確定する基準時として別居時が用いられることが多く、評価の基準時としては現在(裁判時など)が用いられることが多いとされますが、いずれも事案や裁判実務により異なり、一律には決まりません。株式の場合、別居後の業績変動、物価や資金繰りの状況、役員退任、事業承継の動きなどが価値に影響し得るため、どの時点を前提にするかで主張が分かれやすい論点です。断定はできませんので、具体的な資料と事情に即して検討する必要があります。
熟年離婚で特に問題になりやすいケース
次のような場合は、相談者の方が迷われやすく、個別事情によって結論が変わりやすい場面です。
- 婚姻前から会社を経営していた、または親から株式を相続・贈与された
- 婚姻中に会社の価値が大きく上がった
- 配偶者が無報酬または低報酬で経理や営業を手伝っていた
- 配偶者が役員報酬を受け取っていた
- 会社に多額の内部留保や不動産がある
- 会社と経営者の間に貸付金・借入金がある、退職金規程や役員退職慰労金がある
- 株式を配偶者に移すと経営権に影響する、後継者や親族株主が関係する
- 相手方が決算書や株主名簿を開示しない
- 評価額をめぐって双方の主張が大きく食い違う
どう分けるか(株式の移転・代償金・他財産での調整)
分け方にはいくつかの選択肢があり、経営権や資金繰り、税務への影響を踏まえて検討します。
- 株式そのものを移転する
- 株式は移さず、代償金(金銭)で調整する
- 不動産・預貯金・退職金・保険など他の財産で調整する
- 分割払いとし、必要に応じて担保を設定する
- 譲渡制限株式の場合は、会社法上の譲渡承認などの手続を確認する
- 経営権維持の必要性、金融機関対応や個人保証への影響を確認する
譲渡制限株式(会社が承認しなければ株式を譲渡できない旨を定めた株式)を配偶者へ移す場合、会社法上の承認手続(会社法136条以下)や株主名簿の扱いを確認する必要があります。株式の移転には税務上の検討も伴うため、経営権や事業継続への影響もあわせて考えると、実務では代償金で調整する例も多く見られます。もっとも、どの方法が適切かは資金状況や会社の実態によって異なり、個別事情により結論は変わります。
税務の注意点(具体的な税額は税理士の確認が必要です)
株式や不動産を分与する場合、譲渡所得税、贈与税、相続税、法人税、退職金に関する課税など、税務上の論点が関わることがあります。財産分与として財産を移す場合にも課税関係が生じ得るため、方法を決める前に確認が必要です。もっとも、具体的な税額や課税されるかどうかの判断は、会社や個人の状況によって大きく変わります。本記事は一般的な注意にとどめますので、実際の課税関係については税理士等への確認が必要です。
相談前に準備しておきたい資料
次の資料があると、対象財産の範囲や評価の前提を整理しやすくなります。すべてが最初から揃っていなくても構いません。
- 会社の登記事項証明書、定款
- 株主名簿、株式取得時の契約書・贈与契約書・遺産分割協議書
- 決算書(貸借対照表・損益計算書等)、法人税申告書、勘定科目内訳明細書
- 総勘定元帳、試算表
- 役員報酬・配当・退職金規程に関する資料
- 役員貸付金・役員借入金が分かる資料
- 会社所有の不動産に関する資料
- 借入金・担保・保証に関する資料
- 生命保険・解約返戻金に関する資料
- 事業計画、資金繰り表
- 婚姻時期・別居時期・離婚協議開始時期が分かる資料
- 配偶者の事業関与を示すメール・給与明細・業務資料
- 相手方から提示された財産目録・評価書・主張書面
弁護士・公認会計士に相談するタイミングと意味
自社株の絡む財産分与では、「法律上どこまでが対象になるか」という法的な問題と、「その株式をどう評価するか」という会計・財務上の問題が同時に生じます。決算書や法人税申告書、株主名簿、会社と経営者の間の債権債務を踏まえて、交渉や調停での争点を整理していくことになります。株式の評価額そのものだけでなく、支払方法、経営権、会社法上の手続、税務確認の必要性まで含めて検討することが、方針を整理するうえで役立ちます。相談によって評価額が有利になることを保証するものではありませんが、合意や調停申立ての前に前提を整理しておくことには意味があります。合意前、財産開示前、調停申立て前、評価書提出前、合意書署名前などのタイミングで、一度確認しておくことをおすすめします。
離婚・男女問題に関する記事は離婚・男女問題コラムを見る、株式評価や会社の数字に関する記事は財務・会計コラムを見る、会社法務に関する記事は企業法務コラムを見るもあわせてご覧ください。
経営権を維持したい場合も、適正な財産分与を求めたい場合も、まずは株式の取得経緯、会社の資料、評価時点を整理することが出発点になります。資料を確認したうえで、対応方針を一緒に検討します。
令和6年の民法改正で変わる点(財産分与の請求期間など)
令和6年に成立した民法等の改正(令和6年法律第33号)は、令和8年4月1日に施行されます。財産分与に関係する主な改正点は次のとおりです。熟年離婚では別居や離婚の時期が改正の前後にまたがることがあるため、注意が必要です。
- 離婚後に家庭裁判所へ財産分与を求めることができる期間が、2年から5年に伸びました(民法768条2項ただし書)。ただし経過措置があり、施行日である令和8年4月1日より前に離婚した場合は、従来どおり2年とされています(民法附則)。
- 財産分与で考慮する要素が条文上明確化され、寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとする(いわゆる2分の1ルール)ことが明文化されました(民法768条3項)。
- 財産分与に関する裁判手続において、家庭裁判所が当事者に対し財産の状況に関する情報の開示を命じることができる仕組みが設けられました(家事事件手続法152条の2、人事訴訟法34条の3)。相手方が資料を出さない場面での一つの手がかりになり得ます。
年金分割は財産分与とは別の手続で、請求期間の考え方も異なります。詳細は個別の事情によって変わりますので、あわせて確認が必要です。改正の適用は離婚時期によって異なるため、ご自身のケースがどちらに当たるかは資料を確認したうえで判断する必要があります。
よくある質問(FAQ)
会社経営者の株式は熟年離婚で財産分与の対象になりますか?
対象になる可能性があります。婚姻中に夫婦の協力を背景に取得・形成された株式は対象になり得ます。一方、婚姻前取得や相続・贈与で得た株式は原則として特有財産と整理されることが多いですが、婚姻中の価値増加への寄与が論点になる場合があります。取得時期・取得原因・会社の実態により結論は変わります。
会社名義の預金や不動産を半分請求できますか?
会社名義の財産は原則として会社のものであり、そのまま半分を請求するという扱いにはなりません。分与の対象は、通常、経営者個人が持つ株式の価値です。ただし会社の資産は株式評価に影響します。個別事情により異なります。
非上場株式はどのように評価しますか?
市場価格がないため一義的には決まりません。純資産を基礎にする方法、収益力を基礎にする方法、将来キャッシュフローを基礎にする方法、類似会社と比較する方法などがあり、会社の規模や実態に応じて検討します。評価目的によって金額が変わる点にも注意が必要です。
相続税評価額をそのまま使えばよいですか?
相続税評価は財産評価基本通達に基づく税務目的の評価であり、財産分与での評価と一致するとは限りません。参考にすることはあっても、そのまま用いるのが適切とは限らず、資料を確認したうえで評価の前提を整理する必要があります。
婚姻前から持っていた株式や相続した株式は対象外ですか?
原則として特有財産と整理されることが多いですが、婚姻中に会社の価値が増加し、その維持・増加に配偶者の寄与があると評価される場合には、増加部分などが論点になることがあります。取得時期や資料の内容により判断が変わります。
配偶者が経理や事業を手伝っていた場合、評価や分与に影響しますか?
影響する可能性があります。配偶者の労務や家計維持、資金提供、経理関与などが寄与としてどう評価されるかは、事案により異なります。役員報酬や給与を受け取っていた場合の整理も必要です。資料を確認したうえで検討します。
株式を渡さず代償金で調整できますか?
代償金(金銭)で調整する方法は選択肢の一つです。経営権を維持したい場合には検討されることが多いですが、金額や支払方法、分割払い・担保、税務の確認が必要になります。実現可能性は資金状況などにより異なります。
相談前にどの資料を準備すべきですか?
登記事項証明書、定款、株主名簿、決算書、法人税申告書、株式取得時の資料、婚姻・別居時期が分かる資料などがあると整理が進みます。すべてが揃っていなくても、ある範囲でご相談いただけます。
まとめ
- 自社株(非上場株式)は財産分与の対象になり得るが、取得時期・取得原因・会社の実態・資料により判断が変わる。
- 会社名義の資産そのものではなく、経営者個人が持つ株式の価値が分与の対象になるのが基本。
- 非上場株式は評価目的で価格が変わり、相続税評価・決算書純資産・M&A価格・財産分与評価は一致しないことがある。
- 評価時点、譲渡制限株式の手続、代償金、税務の確認まで含めて検討する必要がある。
- 令和6年改正により請求期間が原則2年から5年に伸びたが、施行日前の離婚には経過措置がある。
- 次の行動として、登記・定款・株主名簿・決算書・申告書などの資料を集め、合意や調停申立ての前に評価の前提を整理する。
自社株の評価は、法律上の対象性と会計・財務上の前提を同時に整理することが大切です。神戸みらい法律会計事務所では、決算書・株主名簿・定款・申告書などの資料をもとに、対象財産と評価方法、分け方の見通しを検討します。
監修者
本記事は、弁護士・公認会計士の資格を有する監修者が内容を確認しています。
監修:藤井貴之(弁護士・公認会計士)/神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)
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