交通事故でけがをして家事ができなくなったとき、現金収入がなくても「休業損害」が問題になることがあります。一方で、保険会社からの提示が「通院した日数だけ」「パート収入の分だけ」になっていて、これで合っているのか分からない、という相談は少なくありません。
この記事では、専業主婦・専業主夫と、パートやアルバイトなどをしながら家事も担う兼業主婦・兼業主夫とで、休業損害の基礎収入の考え方がどう違うのかを整理します。あわせて、家事従事者の基礎収入を検討する際に参照されることがある「賃金センサス」の位置づけと、示談前に確認しておきたいポイントを説明します。
この記事で分かること
- 家事従事者の休業損害という考え方と、当然には認められるわけではないこと
- 自賠責基準と裁判基準・弁護士基準で賃金センサスがどのように問題になるか
- 専業の場合と兼業(パート等)の場合で基礎収入の整理がどう変わるか
- 保険会社の提示で確認したい点と、示談前に準備しておきたい資料
なお、家事従事者の休業損害の基本的な考え方を先に押さえたい場合は、こちらの記事もあわせてご覧ください。
保険会社から休業損害の提示や示談書案を受け取っている方は、署名する前に、計算の前提となる資料がそろっているかを一度ご確認ください。神戸みらい法律会計事務所では、提示内容の確認や、今後の対応方針の整理についてご相談をお受けしています。
Contents
結論|専業・兼業で確認すべきポイントの全体像
家事従事者の休業損害は、誰でも一律に決まるものではなく、家族構成、事故前の家事の状況、けがの内容、通院状況、家事への支障の程度、そして手元の資料によって結論が変わります。専業か兼業かによって、基礎収入の整理の仕方も異なります。まずは全体像を整理します。
| 区分 | 基礎収入の考え方 | とくに確認したい点 |
|---|---|---|
| 専業主婦・専業主夫 | 現金収入がなくても、家事労働の価値を前提に検討されることがあります。裁判基準では賃金センサス(女性の平均賃金など)が参照されることがあります。 | 事故前に家族のために継続的に家事をしていた事実、けがによる家事への支障の内容と時期ごとの変化。 |
| 兼業主婦・兼業主夫(パート等) | 勤務先での減収と、家事労働への支障とを分けて整理します。実収入と平均賃金の関係や同居家族の分担状況により、整理の仕方が変わります。 | 勤務収入の減少分(休業損害証明書・給与明細等)と、家事支障の内容が、それぞれ反映されているか。 |
| 示談前(共通) | 提示が自賠責の定額日額・通院日数のみ・勤務収入のみになっていないか、損害項目に休業損害が入っているかを確認します。 | 日額と日数の根拠、既払金・自賠責の枠・過失割合との関係、後遺障害逸失利益との区別。 |
示談書・免責証書・承諾書に署名する前に、次の点を確認しておくと、提示内容を見直す余地があるかどうかを検討しやすくなります。
- 休業損害が損害項目に入っているか、家事従事者として評価されているか
- 日額と日数の根拠が何か、通院日数だけ・パート収入だけになっていないか
- 既払金、自賠責の枠、過失割合との関係が整理されているか
- 休業損害と後遺障害逸失利益が混同されていないか
ここで挙げた点は一般的な確認の視点です。提示が常に不当であるという趣旨ではありません。実際にどう評価されるかは、資料を確認したうえで個別に判断する必要があります。
家事従事者の休業損害とは|現金収入がなくても評価されることがある
家事労働の経済的価値という考え方
休業損害は、交通事故によるけがで休業し、収入が減ったことに対する損害です。会社員やパートであれば減収を示しやすい一方、家事は現金収入を伴わないため、一見すると損害がないようにも思えます。
もっとも、家族のために行う家事労働には経済的な価値があると評価される場合があり、最高裁判所の判例(昭和40年代の判決)でも、家事に従事できなかった期間について財産上の損害が生じうると判断されています。この考え方を前提に、家事従事者についても休業損害が問題になります。具体的な引用や算定方法は、最新の実務基準を確認したうえで個別に検討します。
誰でも当然に認められるわけではない
家事従事者だからといって、常に同じ金額の休業損害が認められるわけではありません。家族構成、事故前の家事の分担、けがの内容、入院・通院の状況、家事のどの部分にどの程度支障が出たか、家族による代替がどの程度あったかなどによって、結論は変わります。一人暮らしの場合に家事従事者として評価されるかどうかも、生活実態によって異なります。
3つの基準|自賠責基準と裁判基準・弁護士基準の違い
交通事故の損害賠償では、休業損害の算定にあたり、性質の異なる複数の基準が問題になります。どの基準を前提にするかで、提示額の意味が変わります。
| 基準 | 概要 | 家事従事者の扱い |
|---|---|---|
| 自賠責基準 | 自賠責保険の支払基準として定型的な日額が定められています。傷害に関する支払には一定の上限枠があります。 | 家事従事者については、休業による収入の減少があったものとみなして扱われる枠組みになっています。 |
| 任意保険会社の基準 | 各保険会社が独自に用いる基準で、内容は公開されていないことが多く、提示額の内訳確認が重要になります。 | 自賠責の定額日額を前提とした提示になっている場合があり、内訳の確認が必要です。 |
| 裁判基準・弁護士基準 | 過去の裁判例を踏まえて用いられる基準です。家事労働の価値を、賃金センサスを基礎に検討することがあります。 | 賃金センサスを参照しつつ、家事への支障の内容・程度・時期に応じて検討されることがあります。 |
自賠責基準(定額の日額・みなし規定・上限)
自賠責保険の支払基準では、休業損害について原則として1日あたり6,100円とされています(令和2年4月1日以降に発生した事故の場合。これより前の事故は1日あたり5,700円です)。立証資料により1日あたり6,100円を超えることが明らかな場合は、施行令で定める額(1日あたり1万9,000円)を限度として実額が用いられます。また、自賠責から支払われる傷害に関する賠償には、治療費や慰謝料も含めて被害者1名あたり120万円という枠があります。
家事従事者については、自賠責の支払基準上、収入の減少があったものとみなして扱われますが、対象となる日数は実休業日数を基準としつつ、けがの態様や実治療日数などを勘案して治療期間の範囲内で判断されます。
任意保険会社の基準(非公開・内訳確認)
任意保険会社の基準は公開されていないことが多く、提示書だけでは日額や日数の根拠が分かりにくい場合があります。家事従事者であるのに自賠責の定額日額で計算されていないか、通院日数だけで日数が算定されていないかなど、内訳の確認が重要になります。
裁判基準・弁護士基準(賃金センサスを基礎に検討)
裁判基準・弁護士基準では、家事労働の価値を、賃金センサス(後述)を基礎に検討することがあります。ただし、治療期間のすべてについて常に支障が100%認められるとは限らず、家事への支障の程度や回復の経過に応じて検討されます。どの基準でどの程度認められるかは、資料を確認したうえで個別に判断する必要があります。
賃金センサスとは|家事従事者の基礎収入の考え方
賃金センサスの位置づけ
賃金センサスとは、厚生労働省が毎年実施している賃金構造基本統計調査をもとにした統計です。交通事故の実務では、家事従事者の基礎収入を検討する際に、この統計上の平均賃金が参照されることがあります。家事従事者の場合、女性の平均賃金が参照されることがありますが、これは性別にかかわらず、家事労働の価値を金額に置き換えるための一つの目安として用いられているものです。
どの年度・区分・表を用いるか
賃金センサスは毎年更新され、性別・年齢・学歴などの区分ごとに数値が分かれています。家事従事者の基礎収入を検討する際に、どの年度の、どの区分の、どの表の数値を用いるかは、事故日・症状固定日・請求の時期との関係や、年齢・家族構成・家事労働の内容といった個別事情、そして実務上の取扱いによって変わります。
そのため、本記事では具体的な年収額や日額は示していません。実際の金額は、最新の統計と実務上の基準を照合したうえで確認する必要があります。「賃金センサスを使えば必ず高くなる」「必ず増額できる」というものではない点にご注意ください。
専業主婦・専業主夫の場合の考え方
基礎収入(収入ゼロでも当然には否定されない)
専業主婦・専業主夫の場合、現金収入がないことだけを理由に休業損害が否定されるわけではありません。家族のために継続的に家事をしていた事実を前提に、賃金センサスを基礎として基礎収入を検討することがあります。一方で、家族構成や年齢、家事の内容によっては、平均賃金とは異なる水準で検討されることもあります。
休業日数と支障割合
休業日数は、通院した日数だけで機械的に決まるとは限らず、また治療期間のすべてが当然に対象になるわけでもありません。けがの内容、入院・通院の状況、症状の程度、医師の指示、家事の内容、家族による代替の有無、時期ごとの回復状況によって変わります。
実務では、事故直後は支障が大きく、回復に伴って支障が小さくなっていくという経過を踏まえ、支障の程度を段階的に評価する考え方が用いられることがあります。具体的にどの程度の割合で評価されるかは、資料を確認したうえで個別に判断する必要があります。
兼業主婦・兼業主夫の場合の考え方
勤務収入の減収と家事労働の支障を分ける
パート、アルバイト、短時間勤務、自営業の補助などをしながら家事も担っている場合、「収入があるから家事従事者ではない」と単純に決まるわけではありません。一方で、勤務収入に対する休業損害と家事労働分とを、無制限に二重に積み上げられるわけでもありません。
そこで、勤務先での減収(休業損害証明書・給与明細・シフト表などで確認できる部分)と、家事労働への支障とを分けて整理することが出発点になります。
二重取りに見えないように整理する
兼業の場合の基礎収入については、実収入と賃金センサス上の平均賃金との関係で整理されることがあります。実収入が平均賃金を上回っているか下回っているかによって扱いが異なる、という考え方が実務上参照されることがありますが、これは支払基準・裁判実務・個別事情によって変わるため、断定はできません。また、同居の家族も家事を分担している場合には、その分が考慮されることがあります。
ポイントは、勤務収入の減少と家事労働の支障を「別々の根拠資料で示す」ことです。これにより、二重請求に見えない形で、それぞれの損害を整理しやすくなります。具体的な計算方法や、どちらを採用するかは、資料を確認したうえで検討します。
| 項目 | 専業の場合 | 兼業(パート等)の場合 |
|---|---|---|
| 勤務収入の扱い | 原則として問題になりません。 | 勤務先での減収を、休業損害証明書・給与明細等で整理します。 |
| 家事労働の扱い | 賃金センサスを基礎に検討されることがあります。 | 勤務収入とは別に、家事への支障を整理します。 |
| 二重計上の注意 | 該当しにくい論点です。 | 勤務分と家事分を別々の資料で示し、無制限の二重計上に見えないよう整理します。 |
| 主な資料 | 家族構成が分かる資料、家事支障の記録。 | 休業損害証明書、給与明細、シフト表、雇用契約書に加え、家事支障の記録。 |
休業日数・支障割合・症状固定前後の整理
休業損害は、原則として症状固定の前に生じた損害として問題になります。治療を続けても症状が残り、医師により症状固定と判断された後は、後遺障害が残る場合には、後遺障害逸失利益として家事労働への影響を別途検討することがあります。
休業損害と後遺障害逸失利益は、対象となる期間も考え方も異なる別の損害項目です。提示内容を確認する際は、両者が混同されていないか、症状固定の前後でどの損害項目として整理されているかを確認することが重要です。
保険会社の提示でよくある確認ポイント
家事従事者の休業損害について、保険会社の提示を確認する際にしばしば問題になるのは、次のような場面です。いずれも「常に不当」という意味ではなく、内訳を確認したうえで、見直す余地があるかを検討するための視点です。
| 提示の型 | 確認したい点 |
|---|---|
| 休業損害がゼロ・項目なし | 家事従事者として評価されているか、損害項目に休業損害が入っているか。 |
| 通院日数だけで計算 | けがの内容や家事への支障の経過が反映されているか、日数の根拠は何か。 |
| パート収入の分だけ | 勤務収入の減収に加えて、家事労働への支障が考慮されているか。 |
| 日額の根拠が不明 | 自賠責の定額日額が前提か、賃金センサスを前提に検討されているか。 |
| 後遺障害逸失利益との混同 | 症状固定の前後で、休業損害と逸失利益が正しく区別されているか。 |
| 既払金・枠・過失割合 | 既払金、自賠責の枠、過失割合との関係が整理されているか。 |
提示額の内訳や、日額・日数の根拠が分かりにくい場合は、手元の資料を整理したうえで、見直す余地があるかどうかを検討することができます。交通事故の取扱業務の内容は、次のページでご確認いただけます。
示談前に準備・確認すべき資料
示談書・免責証書・承諾書に署名する前に、次の資料を整理しておくと、休業損害の計算根拠を確認しやすくなります。すべてが必ず必要になるわけではなく、事案によって必要な資料は異なります。
- 交通事故証明書、事故状況が分かる資料
- 診断書、診療報酬明細書、通院日が分かる資料、検査結果・画像資料
- 保険会社の計算書・支払明細、示談金提示書、免責証書・承諾書・示談書案
- 住民票など家族構成が分かる資料、事故前の家事分担と事故後の家事支障の記録
- 家事代行・宅配・外食・買い物代行・タクシー等の領収書、育児・介護・送迎への支障が分かる資料
- (兼業の場合)休業損害証明書、源泉徴収票、給与明細、シフト表、雇用契約書、確定申告書、通帳
- 弁護士費用特約の有無が分かる保険証券
免責証書や示談書に署名すると、後から追加で請求することが難しくなる場合があります。署名する前に、計算の前提や残っている請求項目を確認しておくことをおすすめします。署名後の追加請求が可能かどうかは、事案により異なります。
弁護士に相談するタイミング
弁護士に相談しても、必ず増額できると保証できるものではありません。もっとも、提示の内訳や根拠が分かりにくいとき、専業か兼業かで整理に迷うとき、示談書への署名を求められているときなどに相談することで、手元の資料を確認したうえで、請求できる可能性のある項目や、保険会社への回答方針を整理しやすくなります。
とくに、示談前・署名前の段階で計算根拠を確認しておくことは、後から見直す余地を検討するうえで重要です。費用の目安や弁護士の紹介は、次のページをご確認ください。
よくある質問
専業主婦でも賃金センサスで休業損害を請求できますか?
現金収入がなくても、家事労働の価値を前提に、賃金センサスを基礎として検討されることがあります。ただし、当然に認められるわけではなく、家事の状況や支障の程度、資料によって結論は変わります。
兼業主婦はパート収入と家事労働の両方を請求できますか?
勤務先での減収と家事労働への支障は、それぞれ別の損害として整理することが出発点になります。ただし、両方を無制限に積み上げられるわけではなく、実収入や家族の分担状況により整理の仕方が変わります。
保険会社が通院日数だけで計算しています。見直す余地はありますか?
家事従事者の休業日数は、通院日数だけで機械的に決まるとは限りません。けがの内容や家事への支障の経過が反映されているかを確認することで、見直す余地があるかを検討できる場合があります。個別事情により結論は異なります。
賃金センサスはどの年度・どの区分を使うのですか?
年度・性別・年齢・学歴などの区分は、事故日や症状固定日、請求の時期、個別事情、実務上の取扱いによって変わります。具体的な数値は、最新の統計と基準を確認したうえで判断する必要があります。
専業主夫や男性の家事従事者でも休業損害は問題になりますか?
家事従事者は性別を問いません。男性が家事に従事していると認められる場合も、休業損害が問題になります。基礎収入の整理の仕方は、家事の実態や資料によって検討されます。
一人暮らしでも家事従事者として認められますか?
家事従事者として評価されるかは、家族のための家事といえるか、生活の実態がどうかによって異なります。一律に認められる・認められないと決まるものではなく、個別事情により結論は変わります。
示談書に署名した後でも休業損害を追加請求できますか?
免責証書や示談書に署名すると、追加請求が難しくなる場合があります。可能かどうかは署名した書面の内容や事案により異なるため、署名する前に確認しておくことをおすすめします。
まとめ
家事従事者の休業損害について、本記事の要点を整理します。
- 現金収入がなくても、家事労働の価値を前提に休業損害が問題になることがあるが、当然に認められるわけではない。
- 自賠責基準と裁判基準・弁護士基準では考え方が異なり、裁判基準では賃金センサスが参照されることがある。
- 専業は家事労働の価値を、兼業は勤務収入の減収と家事支障を分けて整理する。二重請求に見えない整理が重要。
- 休業日数は通院日数だけで決まるとは限らず、症状固定後は後遺障害逸失利益と区別して考える。
- 示談・署名の前に、提示の内訳と根拠資料を確認しておくことが重要。
次の行動としては、まず手元の提示書と資料を整理し、休業損害が家事従事者として評価されているか、日額と日数の根拠が何かを確認することをおすすめします。判断に迷う場合や署名を求められている場合は、署名前に相談することで、対応方針を整理しやすくなります。
示談前に休業損害の計算根拠を確認しておきたい方へ。資料を確認したうえで、請求できる可能性のある項目や、保険会社への回答方針を整理できる場合があります。神戸みらい法律会計事務所では、交通事故の休業損害についてのご相談をお受けしています。
監修者
弁護士・公認会計士 藤井貴之(兵庫県弁護士会・日本公認会計士協会兵庫会)
神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)。交通事故をはじめとする民事事件・企業法務に対応しています。
参考資料

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