交通事故で会社役員の方がけがをして、通院や療養のために仕事を休んだ場合、役員報酬を基礎に休業損害を請求できるかどうかが問題になります。会社員の給与と異なり、役員報酬には労務提供の対価といえる部分と、出資や役員という地位に基づく利益配当的な部分が混在しうるため、役員報酬の全額が当然に休業損害になるわけではありません。
保険会社から「役員報酬は休業損害の対象外です」「実際に減収していないので請求できません」と説明されることもありますが、すぐに断定せず、役員報酬のうち労務対価部分をどう整理するか、必要な資料は何かを確認することが重要です。
この記事では、会社役員の休業損害で中心的な論点になる労務対価部分の考え方、利益配当的な部分との切り分けで確認されやすい要素、保険会社へ説明するために整理しておきたい資料、示談前に確認しておきたい点を、一般の方向けに整理します。個別の結論は事案により異なりますので、資料を確認したうえで判断する必要がある点もあわせて説明します。
示談や資料提出の前に、役員報酬のうち労務対価部分をどう整理するかを確認しておきたい方は、相談で論点を整理することができます。
Contents
会社役員の休業損害で最初に押さえたい結論
会社役員の休業損害について、まず全体像を整理します。次の点は、立場や事情にかかわらず出発点になります。
会社役員でも休業損害が認められる可能性はあります。ただし、役員報酬の全額が当然に対象になるわけではなく、労務提供の対価に相当する部分(労務対価部分)をどう立証するかが中心的な論点になります。
次の二つの単純化は、いずれも正確ではありません。
- 「役員報酬を受け取っている=全額を休業損害として請求できる」とは限りません。利益配当的な部分は、休業損害としては争われやすい部分です。
- 「事故後も役員報酬が減っていない=休業損害は一切請求できない」とも限りません。会社が一時的に負担を吸収した場合や、代替の人件費が発生した場合などは、資料を確認したうえで検討する余地があります。
確認すべきは、おおむね次のような点です。事案により結論は変わりますので、客観資料をそろえて検討することが出発点になります。
| 確認ポイント | 検討の方向性 |
|---|---|
| 役員本人が実際に行っていた職務 | 営業、現場、顧客対応、経理、契約交渉などの労務提供があれば、労務対価部分を検討する材料になります |
| 会社の規模・同族性 | 小規模・同族会社では役員が従業員に近い労務に従事していることがあり、事案により評価が変わります |
| 事故前後の役員報酬の推移・減額の有無 | 減額の有無だけで結論づけず、会社の負担状況や精算の有無もあわせて確認します |
| 休業による会社への影響・代替手当て | 代替者の雇用や外注費の発生は、役員個人の休業損害とは別に整理が必要です |
| 客観資料の有無 | 決算書、確定申告書、議事録、給与・役員報酬台帳などで労務実態と報酬の性質を裏づけます |
そもそも休業損害とは
休業損害の基本的な考え方
休業損害は、交通事故によるけがの治療や療養のために仕事を休み、その結果として現実に失われた収入の減少分をいいます。精神的損害に対する慰謝料や、後遺障害が残った場合に将来得られたはずの収入の減少を補う逸失利益とは、別の損害項目です。
損害賠償請求の基本的な根拠は民法の不法行為に関する規定にあり、自動車事故では自動車損害賠償保障法に基づく運行供用者責任もあわせて問題になります。条文の詳細は、記事末尾の参考資料および弁護士の確認のうえでご参照ください。
会社員・自営業者・会社役員で考え方が異なる理由
休業損害の計算の基本構造は「1日あたりの基礎収入×休業日数」ですが、基礎収入の考え方は立場によって異なります。
| 立場 | 基礎収入の考え方 | 主な確認資料 |
|---|---|---|
| 会社員(給与所得者) | 事故前の給与をもとに算定するのが一般的 | 勤務先が作成する休業損害証明書、源泉徴収票など |
| 自営業者(個人事業主) | 確定申告所得などをもとに算定。固定費の扱いが問題になることがある | 確定申告書、帳簿など |
| 会社役員 | 役員報酬のうち労務対価部分が問題になる。全額が当然に対象とは限らない | 役員報酬額の資料に加え、会社資料・業務実態資料が必要になりやすい |
会社役員が会社員と異なるのは、役員報酬の性質を個別に検討する必要がある点です。
役員報酬の「労務対価部分」と「利益配当的部分」
役員報酬は、株主総会の決議などに基づいて支給され、労務提供の対価という性質と、出資者・会社の支配者という地位に基づく利益配当的な性質が混在しうるものです。休業損害として検討されるのは、原則として労務提供の対価に相当する部分です。
労務対価部分は、役員本人が実際に行っていた業務に対応する部分です。利益配当的な部分は、役員という地位や株主としての立場に基づき、休業の有無にかかわらず支払われる性質がある部分で、休業損害としては争われやすい部分です。両者の割合は、会社の規模、利益状況、役員の職務内容などにより異なり、一律ではありません。
役員報酬の税務・会計上の取扱いと、交通事故の損害賠償における基礎収入の考え方は、目的が異なります。本記事は損害賠償の観点からの整理であり、税務上の取扱いの判断は税務の専門家にご確認ください。
役員報酬から労務対価部分を検討する視点
切り分けで確認されやすい要素
労務対価部分と利益配当的な部分の切り分けでは、次のような要素が確認されることが多くあります。どれか一つで結論が決まるわけではなく、全体を総合して検討します。
- 会社の規模(売上、従業員数など)
- 同族会社かどうか
- 当該役員の地位(代表取締役、取締役、監査役など)と実際の職務内容
- 事故前の稼働状況(常勤か非常勤か、現場業務の有無など)
- 事故前後の役員報酬額の推移と減額の有無
- 役員本人が休んだことによる業務への影響
- 代替者を雇ったか、外注費が発生したか
- 他の役員や従業員の給与・報酬水準との比較
- 会社の利益状況
- けがの内容、通院状況、休業の必要性(医師の指示を含む)
立証に必要になりやすい資料
保険会社へ説明し、労務対価部分を検討するために整理しておきたい資料の例です。事案により必要な資料は異なりますが、収入資料・会社資料・業務実態資料・医療資料をそろえると検討がしやすくなります。
| 資料 | 確認できること |
|---|---|
| 源泉徴収票、確定申告書、課税証明書 | 役員報酬額や収入の状況 |
| 給与台帳、役員報酬台帳 | 報酬の支給状況、他の従業員・役員との比較 |
| 決算書(損益計算書、貸借対照表)、勘定科目内訳書 | 会社の規模・利益状況、役員報酬の位置づけ |
| 株主総会議事録、取締役会議事録 | 役員報酬の決定経緯 |
| 業務内容が分かる資料 | 役員本人が実際に行っていた労務の内容 |
| 出勤状況・休業日・通院日が分かる資料 | 休業の実態 |
| 診断書、診療報酬明細書など | けがの内容、通院状況、休業の必要性 |
| 交通事故証明書 | 事故の事実 |
| 保険会社からの書面、示談金提示書、休業損害証明書 | 保険会社の主張内容、提示されている損害項目 |
| 弁護士費用特約の有無が分かる保険証券 | 特約を利用できるかの確認 |
計算の基本構造
休業損害の計算の基本構造は「1日あたりの基礎収入×休業日数」です。会社役員の場合、この基礎収入を、役員報酬の全額ではなく労務対価部分を踏まえて検討する点が特徴です。
具体的な金額は、役員報酬の性質、会社の事情、休業の必要性などにより大きく変わります。本記事では、特定の金額例によって結論を示すことは控えます。実際の見通しは、資料を確認したうえで個別に検討する必要があります。
会社役員の休業損害でよく問題になるケース
以下は、相談の場面で迷いやすいケースです。いずれも結論は個別事情により変わりますので、資料を確認したうえで判断する必要があります。
事故後も役員報酬が減っていない場合
役員報酬が固定で、事故後も減額されていない場合、保険会社から「現実の減収がない」として争われることがあります。ただし、会社が一時的に本人の休業を吸収した場合、代替の人件費が発生した場合、実質的に未払いがある場合や後日精算が予定されている場合などは、減額がないことだけを理由に結論づけるのではなく、資料を確認して検討する余地があります。
代表取締役が一人で実務を担っている場合・同族会社の場合
代表取締役が一人で営業から現場、経理まで担っている小規模会社や、家族経営の同族会社では、役員が実質的に従業員と同様の労務に従事していることがあります。このような場合、労務対価部分の評価が問題になりますが、報酬額の設定経緯や会社の利益状況などもあわせて確認されます。結論は事案により異なります。
会社が代替者を雇った場合・外注費が発生した場合
役員本人が休んだために代替者を雇用したり、外注費が発生したりした場合、その支出は会社(法人)の損害として整理される問題であり、役員個人の休業損害とは別に検討する必要があります。両者を混同しないよう、誰にどのような損害が生じたのかを資料で整理することが重要です。
通院しながら一部の業務を続けた場合
通院しながらも一部の業務を続けた場合、休業日数や労務への支障の程度が争われやすくなります。通院日や勤務状況が分かる資料、けがの内容や医師の指示が分かる資料をそろえ、どの範囲で労務に支障が生じていたかを整理することが、検討の出発点になります。
保険会社から決算書などの提出を求められた場合
会社役員の休業損害では、保険会社から決算書、確定申告書、役員報酬に関する資料の提出を求められることがあります。提出する資料には会社情報が含まれるため慎重になりがちですが、何のために必要とされているのか、どの範囲で提出するのかを整理したうえで対応を検討することが重要です。対応に迷う場合は、提出前に弁護士に相談することで方針を整理しやすくなります。
会社の売上減少もあわせて請求したい場合
会社の売上減少や営業損害、取引先対応への影響などは、役員個人の休業損害とは別の問題です。役員個人の損害である休業損害と、会社(法人)の損害は、請求の根拠や立証の方法が異なるため、混同しないよう整理する必要があります。
保険会社から「役員報酬は対象外」「減収がない」と説明されて判断に迷う場合でも、資料を確認したうえで見通しを検討することができます。回答や提出の前に、一度整理しておくことをおすすめします。
自賠責保険の支払基準と裁判実務上の検討の違い
休業損害の検討では、自賠責保険の支払基準による扱いと、裁判実務上参照される基準による検討とで、考え方が異なることがあります。自賠責保険の支払基準は、定型的な日額を基礎とし、立証により一定額まで認められる仕組みで、傷害に関する支払には上限が設けられています。事故日によって基準が異なる場合もあります。
これに対し、裁判実務上は、役員報酬のうち労務対価部分を個別に検討するなど、事案に応じた判断がなされます。具体的な日額、上限額、事故日による違いは、最新の公式の支払基準で確認する必要があるため、本記事では具体的な金額の断定は控えます。詳細は参考資料および弁護士の確認のうえでご参照ください。
自賠責保険の支払基準による算定と、裁判実務上参照される基準による検討は、目的も結論も異なり得ます。どの基準で検討するのが適切かは、損害項目全体を踏まえて判断する必要があります。
示談前・資料提出前に確認したいチェックリスト
示談書への署名前、休業損害証明書の作成・提出前、保険会社への回答前に、次の点を確認しておくと、後から見直しがしにくくなる事態を避けやすくなります。
- 事故前後の役員報酬額が分かる資料(源泉徴収票、確定申告書、課税証明書など)がそろっているか
- 給与台帳・役員報酬台帳など、報酬の支給状況が分かる資料があるか
- 決算書、損益計算書、貸借対照表、勘定科目内訳書など、会社の状況が分かる資料があるか
- 株主総会議事録、取締役会議事録など、報酬の決定経緯が分かる資料があるか
- 役員本人が実際に行っていた業務の内容が分かる資料があるか
- 出勤状況、休業日、通院日が分かる資料があるか
- 診断書、診療報酬明細書など、けがの内容と休業の必要性が分かる資料があるか
- 交通事故証明書があるか
- 保険会社から届いた書面、示談金提示書、休業損害証明書の内容を確認したか
- 提示された損害項目に休業損害が含まれているか、その算定根拠を確認したか
- 会社(法人)の損害と役員個人の休業損害が区別されているか
- 弁護士費用特約を利用できるか、保険証券で確認したか
弁護士に相談するタイミング
会社役員の休業損害は、役員報酬の性質の検討や会社資料の整理が必要になりやすく、保険会社とのやり取りで判断に迷いやすい分野です。弁護士に相談することで、結論を保証するものではありませんが、どの資料を整理すべきか、どのような見通しが考えられるかを整理しやすくなります。
次のような場面では、示談や資料提出の前に一度相談しておくことで、対応方針を整理しやすくなります。
- 保険会社から「役員報酬は休業損害の対象外」と言われたとき
- 決算書、確定申告書、役員報酬資料の提出を求められたとき
- 休業損害証明書の作成方法が分からないとき
- 示談金提示書に休業損害が含まれていない、または算定根拠が分からないとき
- 役員報酬の減額がないことを理由に否認されたとき
- 会社の損害と個人の損害の区別が分からないとき
- 弁護士費用特約を利用できるか確認したいとき
交通事故では、自動車保険などに付帯する弁護士費用特約を利用できる場合があります。利用条件、対象者、上限額は保険契約により異なりますので、保険証券の内容や保険会社への確認をおすすめします。費用面については、弁護士費用を確認することができます。
よくある質問
会社役員でも休業損害を請求できますか?
会社役員でも休業損害が認められる可能性はあります。ただし、役員報酬の全額が当然に対象になるわけではなく、労務提供の対価に相当する労務対価部分をどう立証するかが問題になります。結論は事案により異なります。
役員報酬の全額が休業損害になりますか?
必ずしも全額が対象になるわけではありません。役員報酬には労務対価部分と利益配当的な部分が混在しうるため、原則として労務提供の対価に相当する部分が検討の対象になります。割合は会社の規模や役員の職務内容などにより異なります。
労務対価部分とは何ですか?
役員本人が実際に行っていた営業、現場管理、顧客対応、経理、契約交渉などの労務提供に対応する部分をいいます。役員という地位や株主としての立場に基づく利益配当的な部分とは区別して検討されます。
役員報酬が減っていない場合でも請求できますか?
減額がないことだけで結論は決まりません。会社が一時的に休業を吸収した場合や、代替の人件費が発生した場合、後日精算が予定されている場合などは、資料を確認したうえで検討する余地があります。事案により異なります。
保険会社から決算書の提出を求められたらどうすればよいですか?
何のために必要とされているのか、どの範囲で提出するのかを整理したうえで対応を検討することが重要です。会社情報が含まれるため、対応に迷う場合は提出前に弁護士に相談すると方針を整理しやすくなります。
休業損害証明書だけで足りますか?
会社員と異なり、代表者本人が会社を代表して証明する形になる場合などは、客観性が争われることがあります。休業損害証明書に加え、収入資料、会社資料、業務実態資料、医療資料を整理しておくと検討がしやすくなります。
代表取締役一人の会社ではどう考えますか?
代表取締役が一人で実務を担っている場合、役員が実質的に従業員と同様の労務に従事していることがあります。労務対価部分の評価が問題になりますが、報酬の設定経緯や会社の利益状況などもあわせて確認されます。結論は事案により異なります。
示談前に何を確認すべきですか?
役員報酬額が分かる資料、会社の状況が分かる資料、業務実態が分かる資料、けがと休業の必要性が分かる資料がそろっているか、提示された損害項目に休業損害が含まれ算定根拠が確認できるかなどを確認することをおすすめします。署名前に整理しておくと、見直しがしやすくなります。
まとめ
- 会社役員でも休業損害が認められる可能性はありますが、役員報酬の全額が当然に対象になるわけではありません。
- 中心的な論点は、役員報酬のうち労務提供の対価に相当する労務対価部分の立証です。
- 切り分けでは、会社の規模・同族性、役員の職務内容、報酬の推移、休業による影響、客観資料などが確認されます。
- 減収がない場合でも、代替人件費や精算の有無などにより検討の余地があります。
- 会社(法人)の損害と役員個人の休業損害は、別の問題として整理する必要があります。
- 示談・資料提出・休業損害証明書の作成の前に、収入資料・会社資料・業務実態資料・医療資料を整理しておくとよいでしょう。
- 判断に迷う場合は、手続の前に弁護士に相談することで対応方針を整理しやすくなります。
示談書への署名前に、休業損害の項目や算定根拠を確認しておきたい方へ。役員報酬のうち労務対価部分の整理や、必要な資料の確認について、相談を承っています。
監修者
神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)所属の弁護士が監修しています。交通事故に関するご相談に対応しています。

24時間365日受付