長年連れ添った後の離婚(熟年離婚)を考えるとき、多くの方が気にされるのが「年金はどうなるのか」という点です。とくに、配偶者が会社員や公務員で、ご自身は専業主婦・専業主夫、あるいは扶養内やパート勤務が長かった場合、老後の年金額の差は生活設計に直結します。
ここで押さえておきたいのは、年金分割は「相手の年金をそのまま半分もらえる制度」ではないという点です。分割の対象は、婚姻期間中の厚生年金の「記録」であり、しかも手続には期限があります。制度を正しく理解しないまま離婚を進めると、受け取れるはずの分割を取りこぼすことにもなりかねません。
この記事では、熟年離婚を検討している方に向けて、年金分割の基本、合意分割と3号分割の違い、按分割合、請求期限、離婚前後の動き方、そして弁護士に相談すべき場面を、公的機関の情報をもとに整理します。個別の結論は事情により変わりますので、ご自身のケースにあてはめて確認していただくための土台としてお読みください。
年金分割は、財産分与や住まい、生活費など離婚条件全体の中で検討すると、判断がしやすくなります。ご自身の場合に何を確認すればよいか整理したい方は、お手元の資料とあわせてご相談ください。
Contents
■ 結論──熟年離婚の年金分割でまず押さえる6つのこと
細かな制度に入る前に、結論として押さえておきたい要点を先に示します。
- 年金分割は、相手の年金額を半分もらう制度ではなく、婚姻期間中の厚生年金の記録(標準報酬月額・標準賞与額)を分ける制度です。
- 年金分割には合意分割と3号分割の2種類があり、対象期間・相手方の合意の要否・割合・手続が異なります。
- 請求期限は、令和8年4月1日以後の離婚等は原則5年、令和8年4月1日より前の離婚等は原則2年で、離婚の時期によって異なります。
- この期限は「合意する期限」ではなく、年金事務所で請求手続をする期限です。割合が決まっていても、請求しなければ分割されません。
- 老齢基礎年金(国民年金)は分割の対象外で、実際に受け取れるかは受給資格期間や支給開始年齢など別の条件によります。
- 熟年離婚では、年金分割だけでなく、財産分与、退職金、住まい、生活費、医療・介護費もあわせて検討する必要があります。
まず、合意分割と3号分割の違いを整理します。
| 項目 | 合意分割 | 3号分割 |
|---|---|---|
| 対象となる期間 | 婚姻期間中の厚生年金記録(原則として婚姻期間全体) | 平成20年4月1日以後の、第3号被保険者だった期間 |
| 分割の対象 | 婚姻期間中の標準報酬月額・標準賞与額の記録 | 同左(対象期間が限定される) |
| 相手方の合意 | 必要(合意できないときは家庭裁判所の手続を検討) | 不要(第3号被保険者だった方の単独請求) |
| 分割の割合 | 当事者の合意または裁判手続で決定(上限は原則として2分の1) | 原則2分の1 |
| 主な手続 | 情報通知書の取得 → 割合の取決め → 年金事務所へ標準報酬改定請求 | 年金事務所へ標準報酬改定請求(割合の取決めは不要) |
| 請求期限(原則) | 令和8年4月1日以後の離婚等は原則5年/それ以前は原則2年 | 同左 |
以下、それぞれの内容を順に見ていきます。数字や期限は制度改正で変わることがあるため、最終的にはご自身のケースについて年金事務所や弁護士に確認することをおすすめします。
■ 年金分割とは何か──「相手の年金の半分」ではありません
◆ 分割されるのは「婚姻期間中の厚生年金の記録」
年金分割とは、離婚などをした場合に、婚姻期間中の厚生年金の記録(保険料の納付実績に対応する標準報酬月額・標準賞与額)を当事者間で分ける制度です。分けるのは「記録」であって、相手が現に受け取っている年金額を折半するものではありません。
制度ができた当初、「配偶者の年金の半分をもらえる」と受け取られたことがありましたが、実際には、分割された記録に基づいて、それぞれが自分の年金として受け取る仕組みです。記録そのものを分けることで、分割を受けた側にも自分名義の受給権が生じる、という考え方によるものです。
◆ 老齢基礎年金(国民年金)は分割の対象外
分割の対象になるのは、公的年金のうち厚生年金(報酬比例部分)に対応する記録に限られます。老齢基礎年金(国民年金部分)は分割されません。したがって、配偶者が自営業などで国民年金のみに加入していた期間は、そもそも分割の対象となる厚生年金記録がありません。
◆ 実際にいくら増えるかは情報通知書で確認する
年金分割によって将来の年金がどの程度変わるかは、加入歴や婚姻期間、標準報酬の状況によって異なります。実際の見込みは、年金事務所への「年金分割のための情報提供請求」により交付される情報通知書や、ねんきんネット等で確認できます。とくに一定年齢以上の方は、分割した場合の見込額の情報提供を受けられる取扱いがありますので、離婚を検討する段階で確認しておくと判断がしやすくなります。
■ 合意分割の基礎──話し合いまたは裁判手続で割合を決める
◆ 対象期間と按分割合
合意分割は、婚姻期間中の厚生年金記録を対象に、当事者の合意または裁判手続で按分割合を定めて分割する方法です。共働きで双方に厚生年金の記録がある場合も対象になり、割合の上限は原則として2分の1です。夫婦の一方が単独で決められるものではなく、割合について合意または裁判所の決定が必要になる点が、3号分割との大きな違いです。
◆ 相手が合意しないときの進め方
割合について合意ができない場合は、当事者の一方の求めにより、家庭裁判所が按分割合を定めることができます。具体的には、年金分割の割合を定める調停を申し立て、調停が成立しない場合は審判に移行します。離婚自体を争っている場合には、離婚調停・離婚訴訟の中で年金分割もあわせて扱うことが可能です。裁判手続では、割合が2分の1と定められることが一般的とされますが、結論は個別事情により異なります。
◆ 必要となる主な書類
合意分割では、婚姻期間を明らかにする戸籍謄本、当事者双方の生存を確認できる書類、基礎年金番号またはマイナンバーを確認できる書類のほか、割合の取決め方に応じた書類が必要です。公正証書によらず当事者の合意で行う場合の年金事務所への出向き方、公正証書・調停調書・審判書(確定証明書つき)による場合の取扱いなど、必要書類の考え方は事案により異なりますので、事前に確認しておくと手続がスムーズです。
■ 3号分割の基礎──第3号被保険者だった方の単独請求
◆ 対象は平成20年4月1日以後の第3号被保険者期間
3号分割は、国民年金の第3号被保険者(会社員・公務員などに扶養される配偶者で、20歳以上60歳未満の方)であった方からの請求により、平成20年4月1日以後の婚姻期間中の第3号被保険者期間について、相手方の厚生年金記録を2分の1ずつ分割する制度です。相手方の合意は不要で、原則として離婚後に、第3号被保険者だった方が年金事務所で手続をします。
◆ 3号分割だけでは足りない場合
注意が必要なのは、3号分割の対象は平成20年4月1日以後の第3号被保険者期間に限られる点です。結婚がそれより前の場合、平成20年3月31日以前の期間や、共働き・第1号被保険者だった期間は3号分割の対象外で、合意分割で検討することになります。「自分は3号分割だけで足りる」と自己判断すると、本来分割できたはずの期間を取りこぼすおそれがあります。なお、合意分割の請求をした場合で、婚姻期間中に3号分割の対象期間が含まれるときは、合意分割と同時に3号分割の請求があったものとみなされる取扱いがあります。どの手続によるべきかは、加入歴を確認したうえで判断する必要があります。
■ 熟年離婚で起こりやすい混在ケース
熟年離婚では、婚姻期間が長いために、次のように事情が入り混じることがよくあります。いずれも一般的な場面の整理であり、結論は個別事情により変わります。
- 専業期間と共働き期間が混在するケース。結婚当初は働き、その後専業になった、あるいはパートと専業を行き来した場合、期間ごとに合意分割・3号分割の検討が必要になります。
- 婚姻期間は長いが厚生年金加入期間が一部だけのケース。分割の効果は加入歴によって大きく変わるため、まず記録の確認が出発点になります。
- 離婚後に年金分割を忘れていたケース。離婚時に取り決めをしていなくても、期限内であれば離婚後に請求できます。ただし期限に注意が必要です。
- 相手方がすでに年金を受けているケース。分割の請求により、相手方の年金額は請求のあった月の翌月分から改定されます。一方、分割を受ける側がすぐ受け取れるとは限らず、自分の受給開始年齢等の条件によります。
- 相手方が年金分割に応じないケース。合意分割か3号分割かで必要な対応が異なり、合意分割では家庭裁判所の手続を検討することになります。
- 年金分割と財産分与を混同しているケース。年金分割と財産分与は別の制度です。退職金や預貯金、不動産などは財産分与で、年金記録は年金分割で、それぞれ検討します。
■ 請求期限──令和8年4月1日以後は原則5年、それ以前は原則2年
年金分割の請求には期限があり、離婚等をした時期によって次のように異なります。
- 令和8年4月1日以後に離婚等をした場合……原則として、離婚等をした日の翌日から起算して5年以内。
- 令和8年4月1日より前(令和8年3月31日以前)に離婚等をした場合……原則として、離婚等をした日の翌日から起算して2年以内。
「改正で5年に延びた」という情報だけを見て、令和8年4月1日より前に離婚した方まで5年あると誤解しないようご注意ください。ご自身の離婚の時期を基準に、期限を確認する必要があります。
◆ 「合意の期限」ではなく「年金事務所で請求する期限」
この期限は、当事者が割合について合意する期限ではなく、年金事務所で分割の請求手続をする期限です。合意書や公正証書、調停調書があっても、期限内に年金事務所で請求しなければ分割は行われません。取決めと請求手続は別である点を、必ず押さえてください。
◆ 調停・審判・和解などの特例
期限が近い、または過ぎたように見える場合でも、特例が設けられています。原則の期限(5年、改正前は2年)を経過するまでに調停・審判の申立て等を行い、本来の請求期限が経過した後、または経過日前の一定期間内に調停成立・審判確定・和解成立等があったときは、その日の翌日から一定期間に限り請求できる取扱いです。適用の可否は事案により異なりますので、期限が問題になりそうなときは早めに確認することをおすすめします。
◆ 相手方が亡くなった場合の1カ月ルール
割合について合意または裁判手続で取り決めた後、年金事務所での分割手続の前に当事者の一方が亡くなった場合には、死亡日から1カ月以内に限り請求が認められる取扱いがあります。「まだ期限まで余裕がある」と後回しにしているうちに相手方が亡くなり、この短い期限に該当してしまうこともあり得ます。取決めができたら、速やかに請求手続を行うことが安全です。
■ 手続の流れ──情報通知書の取得から標準報酬改定請求まで
合意分割を念頭に置いた一般的な流れは次のとおりです。3号分割のみの場合は、割合の取決めが不要なため、離婚後に年金事務所へ請求する部分が中心になります。
- 情報通知書を取得する。年金事務所に「年金分割のための情報提供請求書」を提出し、対象期間や標準報酬などが記載された情報通知書を受け取ります。離婚前でも取得でき、離婚前に一方から請求した場合は請求者にのみ交付されます。
- 按分割合を協議する。情報通知書をもとに、割合について話し合います。
- 割合を確定する。合意した場合は合意書を作成し、必要に応じて公正証書や公証人の認証を受けた書面等にします。合意できない場合は、家庭裁判所の調停・審判等で割合を定めます。
- 離婚後に標準報酬改定請求書を提出する。年金事務所または街角の年金相談センターに「標準報酬改定請求書」を提出します。割合が決まっていても、この請求をしないと分割は行われません。
- 必要書類を準備する。戸籍謄本、生存確認書類、基礎年金番号またはマイナンバー確認書類、取決め方法に応じた書類などを揃えます。
- 手続先で確認する。具体的な必要書類や手続は、年金事務所または街角の年金相談センターで確認します。
年金事務所では、分割の対象期間・見込み・必要書類など「年金制度としての手続」を確認できます。一方で、按分割合をどう定めるか、離婚協議書や公正証書に年金分割の条項をどう盛り込むか、相手方との交渉、財産分与や退職金との関係といった「離婚条件全体の整理」は、弁護士に相談する領域です。
■ 手続前チェックリスト──署名前・請求前にそろえる資料
離婚届の提出前、離婚協議書や公正証書への署名前、調停成立前、年金事務所への請求前に、次の情報・資料を整理しておくと、判断や手続がスムーズになります。
- 離婚日または離婚予定日
- 婚姻期間(婚姻日・離婚日)、別居期間、事実婚(内縁)期間の有無
- 双方の年金加入歴(会社員・公務員・自営業などの区分と時期)
- 第3号被保険者だった期間、厚生年金に加入していた期間
- 年金分割のための情報通知書、ねんきん定期便
- 年金手帳または基礎年金番号通知書、マイナンバーを確認できる資料
- 戸籍謄本、住民票
- 離婚協議書案、公正証書案、調停申立ての有無
- 相手方の死亡・障害年金・年金受給の有無
- 財産分与に関わる資料(退職金、不動産、預貯金、生命保険、住宅ローンなど)
■ 弁護士に相談するタイミング
弁護士への相談は、「必ず有利になる」といった結果を保証するためのものではありません。資料を確認したうえで、ご自身のケースで何をどう進めるべきか、離婚条件全体との関係を含めて方針を整理するためのものです。とくに次のような場面では、早めに相談することで選択肢を検討しやすくなります。
- 離婚届を提出する前、離婚協議書に署名する前、公正証書を作る前
- 相手方が年金分割に応じないとき
- 共働き期間と第3号被保険者期間が混在しているとき
- 財産分与、退職金、住まい、生活費もあわせて問題になっているとき
- 請求期限が近いとき、離婚後に年金分割を忘れていたことに気づいたとき
- 調停や審判を検討すべきとき
共働き期間と第3号被保険者期間が混在する場合など、どの手続を選ぶかで準備すべき資料や進め方が変わります。年金分割を離婚条件全体の中でどう整理するか、資料を確認しながら見通しを検討したい方は、ご相談ください。
熟年離婚をすると、配偶者の年金の半分をもらえますか。
いいえ、相手の年金額をそのまま半分もらえる制度ではありません。分割の対象は婚姻期間中の厚生年金の記録で、割合の上限は原則として2分の1です。実際に受け取れる金額や時期は、加入歴や受給要件によって異なります。
年金分割は離婚後でも請求できますか。
請求期限内であれば、離婚後でも請求できます。ただし、令和8年4月1日以後の離婚等は原則5年、それ以前の離婚等は原則2年という期限があります。期限を過ぎると請求できなくなるため、早めの確認をおすすめします。
年金分割の請求期限は2年ですか、5年ですか。
離婚等の時期によります。令和8年4月1日以後の離婚等は原則として離婚等の日の翌日から5年以内、令和8年4月1日より前の離婚等は原則として2年以内です。ご自身の離婚の時期を基準に確認する必要があります。
3号分割なら相手方の同意はいりませんか。
3号分割は第3号被保険者だった方の請求により行うもので、相手方の合意は不要です。ただし対象は平成20年4月1日以後の第3号被保険者期間に限られ、それ以外の期間は合意分割で検討することになります。事案によっては請求が認められない場合もあります。
専業期間と共働き期間がある場合はどうなりますか。
期間ごとに、合意分割と3号分割のどちらの対象になるかを整理して検討します。平成20年4月1日以後の第3号被保険者期間は3号分割の対象になり得ますが、それ以前の期間や共働き期間は合意分割で検討します。まずは加入歴の確認が出発点です。
年金分割と財産分与は同じですか。
別の制度です。退職金・預貯金・不動産などの分け方は財産分与、婚姻期間中の厚生年金の記録の分け方は年金分割で、それぞれ検討します。離婚協議書や公正証書を作る場合は、両方について漏れなく取り決めることが大切です。
相手方が年金分割に応じない場合はどうすればよいですか。
合意分割で割合の合意ができない場合は、家庭裁判所に年金分割の割合を定める調停を申し立て、成立しないときは審判で割合を定めることを検討できます。他方、3号分割は相手方の合意を要しないため、対象期間については単独で請求できます。
年金事務所と弁護士のどちらに相談すべきですか。
両方に役割があります。対象期間・見込み・必要書類など年金制度の手続は年金事務所で確認できます。按分割合の決め方、離婚協議書や公正証書への反映、相手方との交渉、財産分与との関係など離婚条件全体の整理は、弁護士に相談する領域です。
■ まとめ──次にとる行動
- 年金分割は、相手の年金の半分をもらう制度ではなく、婚姻期間中の厚生年金の記録を分ける制度です。
- 合意分割と3号分割では、対象期間・合意の要否・割合・手続が異なります。
- 請求期限は、令和8年4月1日以後の離婚等は原則5年、それ以前は原則2年です。
- 期限内に年金事務所で請求しなければ、合意があっても分割されません。
- 熟年離婚では、年金分割だけでなく、財産分与・退職金・住まい・生活費・医療介護費もあわせて検討する必要があります。
次の一歩としては、まず年金事務所で情報提供請求を行って情報通知書を取得し、ご自身と相手方の記録・対象期間を確認することが有益です。そのうえで、離婚届の提出前・離婚協議書への署名前・調停成立前・年金事務所への請求前に、資料を整理して相談すると、年金分割を離婚条件全体の中で無理なく検討できます。
年金分割を含む離婚条件について、資料を確認しながら見通しを整理したい方は、当事務所にご相談ください。ご相談方法や費用の詳細は、お問い合わせの際にご確認いただけます。
監修者・執筆者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)/あわじみらい法律会計事務所 代表弁護士
所属:兵庫県弁護士会
資格:弁護士・公認会計士
取扱分野:離婚・男女問題、相続・遺言、交通事故、借金・債務整理 ほか
参考にした主な公的資料

24時間365日受付