取引先に商品を納めたのに代金が振り込まれない、工事を終えたのに請負代金が支払われない、業務委託の報酬や貸したお金が返ってこない――。売掛金や代金などの金銭債権が支払われないとき、多くの方が「まず何をすればよいのか」「内容証明郵便を送ればよいのか」「裁判をすれば回収できるのか」と迷われます。
債権回収には、任意の交渉から、内容証明郵便、民事調停、支払督促、少額訴訟、通常訴訟、仮差押え、強制執行、財産開示手続、第三者からの情報取得手続まで、いくつもの方法・手続があります。もっとも、どのケースにも当てはまる唯一最適な手続があるわけではありません。相手方が支払を争っているか、請求を裏付ける証拠があるか、相手方の財産が分かるか、消滅時効まで時間があるか、回収の見込みと費用が釣り合うか――こうした事情によって、選ぶべき手続は変わります。
この記事では、金銭債権の回収方法・手続をどのように選ぶかを、一般の方にも分かるように整理します。あわせて、誤解されやすい「裁判で請求が認められること」と「実際にお金を回収できること」の違い、内容証明郵便と消滅時効の関係、自分で取立てを行う際に避けたい対応についても取り上げます。なお、具体的な結論は、契約内容・証拠・相手方の状況などの個別事情により異なります。合意書への署名、各手続の申立て、消滅時効の完成が迫っている場面などでは、資料を確認したうえで早めに検討することをおすすめします。
「どの手続から進めればよいか分からない」という段階でも問題ありません。契約書・請求書・入金履歴などの資料を確認することで、取り得る手続と回収の見通しを整理しやすくなります。まずは債権回収の取扱業務のページもあわせてご覧ください。
Contents
- まず確認|債権回収の手続は何を基準に選ぶのか
- 債権回収の全体像|請求・保全・債務名義・強制執行
- 手続を選ぶ前に確認したいこと
- 債権回収の方法・手続を比較
- 任意交渉・督促で支払を求める
- 内容証明郵便で請求内容を明確にする
- 民事調停で話合いによる解決を図る
- 支払督促を利用する
- 少額訴訟を利用する
- 通常訴訟で請求する
- 仮差押えで将来の強制執行に備える
- 債務名義に基づいて強制執行を申し立てる
- 財産が分からない場合に検討する手続
- ケース別|どの手続を検討するか
- 内容証明郵便を送れば消滅時効は止まるのか
- 判決や和解が成立しても回収できるとは限らない
- 自分で回収を進めるときに避けたい対応
- 債権回収を始める前のチェックリスト
- 債権回収を弁護士へ相談するタイミング
- よくあるご質問(FAQ)
- まとめ
- 執筆者・監修者
- 参考資料
まず確認|債権回収の手続は何を基準に選ぶのか
回収方法を選ぶ前に、次の点を確認しておくと、候補となる手続を絞り込みやすくなります。すべてがそろっていなくても構いませんが、分かっている範囲を整理しておくことが出発点になります。
| 確認したいこと | なぜ手続選択に影響するか |
|---|---|
| 相手方が債務を認めているか | 争いがなければ支払督促や調停、認めていなければ訴訟が候補になりやすい。 |
| 請求を裏付ける証拠があるか | 契約書・請求書・納品資料などの有無で、立証のしやすさと手続の選択が変わる。 |
| 相手方の住所・所在が分かるか | 書類の送達が必要な手続では、相手方の所在の把握が前提になる。 |
| 相手方の財産の手掛かりがあるか | 強制執行は財産を特定できて初めて実現できる。手掛かりの有無が回収可能性を左右する。 |
| 財産を処分されるおそれがあるか | おそれがある場合は、本案と並行して仮差押えを検討する場面がある。 |
| 消滅時効まで時間があるか | 時効が迫っていれば、完成を止める対応を優先的に検討する必要がある。 |
| 債権額と費用が釣り合うか | 裁判所費用・弁護士費用・手間と回収見込みの比較で、手続の選び方が変わる。 |
| 取引関係を維持する必要があるか | 継続取引を続けたい場合は、話合いによる解決を重視することがある。 |
結論からいえば、債権回収に「これさえ選べば安心」という唯一の手続はありません。上記の事情を踏まえ、任意交渉・裁判手続・保全・強制執行を組み合わせて検討することになります。以下では、その全体像と各手続の使いどころを順に説明します。
債権回収の全体像|請求・保全・債務名義・強制執行
数多くの手続がありますが、大きくは次の四つの役割に整理できます。これらは必ずしも一本道で順番に進むものではなく、事案に応じて組み合わせたり、並行して行ったりします。
| 役割 | 主な手続 | 目的 |
|---|---|---|
| 任意の請求・交渉 | 督促、内容証明郵便、示談・支払の合意 | 裁判によらず、話合いで支払を受ける。 |
| 裁判所を通じた権利の確定 | 民事調停、支払督促、少額訴訟、通常訴訟 | 請求の当否や金額を確定し、債務名義を得る。 |
| 将来の執行に備える保全 | 仮差押え | 判決等を待つ間の財産の処分を防ぐ。 |
| 財産の確認と強制執行 | 財産開示手続、第三者からの情報取得手続、強制執行(差押え等) | 債務名義に基づき、財産から現実に回収する。 |
ここで大切なのは、内容証明郵便・支払督促・訴訟・強制執行を、いつも決まった順番で行うわけではないという点です。相手方が支払を争っていないなら支払督促や調停が向くこともありますし、はじめから通常訴訟を選ぶこともあります。
また、仮差押えは、必要な場合には訴訟などの本案手続より前に、あるいは並行して検討されることがあります。相手方が財産を処分してしまうおそれがあるときに、判決を待っていては手遅れになりかねないためです。仮差押えそのものは最終的な回収ではなく、あくまで将来の強制執行に備える手続である点にも注意が必要です(詳しくは後述します)。
手続を選ぶ前に確認したいこと
債権の発生原因と支払期限
売買代金、請負代金、業務委託報酬、貸金など、債権がどのような取引から生じたのか、いつが支払期限だったのかを整理します。発生原因と履行期は、後述する消滅時効の起算点にも関わります。
相手方の正式名称と所在地
相手方が法人か個人か、正式な商号・氏名、本店所在地・住所を確認します。法人の場合は登記事項を確認しておくと、名称や代表者、所在地の把握に役立ちます。裁判所を使う手続の多くは、相手方への書類の送達を前提とするため、所在の把握が重要です。
契約書・取引資料の有無
契約書、発注書・注文書、見積書、請求書、納品書・受領書、検収資料、業務完了を示す資料、メールやチャットの履歴などがそろっているかを確認します。契約書がなくても、他の資料や取引経過から請求を検討できる場合がありますが、立証のしやすさは資料の充実度によって変わります。
相手方が支払を拒む理由
単に資金繰りが苦しいのか、商品やサービスの品質・数量を争っているのか、そもそも契約の成立自体を否定しているのかによって、向いている手続は異なります。争いがない金銭請求なら支払督促や調停が、争いがあるなら通常訴訟が候補になりやすくなります。
相手方の財産の手掛かり
取引に使われている預金口座、相手方の売掛先、所有不動産、事業所や店舗の状況など、財産の手掛かりがあるかを確認します。強制執行は、差し押さえる財産をある程度特定できて初めて実現できます。手掛かりが乏しい場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続の利用を検討することになります。
消滅時効
支払期限から長期間が経過している場合は、消滅時効に注意が必要です。時効が迫っているときは、まず完成を止める対応を優先的に検討します。時効の起算点や期間は、債権の種類・発生時期・交渉経過により異なるため、個別に確認する必要があります。
費用対効果
裁判所に納める手数料や郵便費用、弁護士に依頼する場合の費用、社内で対応する手間や時間と、回収できる見込み額とを比べて検討します。少額の債権であれば、費用を抑えやすい手続を選ぶ判断もあり得ます。
倒産・財産処分の兆候
相手方に廃業・倒産の噂がある、資産を移している様子がある、他の債権者も動いているといった兆候があるときは、対応の緊急性が高まります。財産を処分されるおそれがある場合には、仮差押えの検討が必要になることがあります。
債権回収の方法・手続を比較
主な回収方法・手続を一覧にまとめました。いずれも「その状況なら必ずこの手続」という意味ではなく、候補になり得るという整理です。具体的な選択は、証拠や相手方の状況などの個別事情によって変わります。
| 方法・手続 | 向いている主な状況 | 相手方が争う場合 | 債務名義 | 主な利点 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 任意交渉・督促 | 相手方に支払意思があり、連絡が取れる。早期解決を図りたい。 | 合意に至らないことがある。 | 得られない(合意書は作成できる)。 | 費用と時間を抑えやすい。取引関係を保ちやすい。 | 強制力はない。交渉中も時効は進行する。 |
| 内容証明郵便 | 請求の内容・意思を明確にしたい。時効の完成が迫り、猶予を得たい。 | 支払を強制することはできない。 | 得られない。 | 請求の証拠化に役立つ。催告として一定期間の完成猶予が生じ得る。 | それ自体に強制力はない。繰り返しても再度の猶予は生じない。 |
| 民事調停 | 話合いで分割払い等を柔軟に決めたい。取引関係を維持したい。 | 不成立なら別の手続を検討する。 | 調停成立で調停調書(確定判決と同一の効力)。 | 非公開。手数料が比較的低い。 | 相手方の出頭と合意が必要。 |
| 支払督促 | 相手方が争わない見込みで、金銭請求の書類がそろっている。 | 督促異議が出ると通常訴訟へ移行する。 | 仮執行宣言付支払督促。 | 書類審査が中心で、裁判所への出頭は原則不要。 | 相手方の所在の把握が必要。異議で訴訟になる。 |
| 少額訴訟 | 60万円以下の金銭請求で、証拠が整理されている。 | 通常訴訟へ移行することがある。 | 判決・和解。 | 原則として1回の期日で審理する。 | 同一の簡易裁判所で年10回まで。控訴はできない。 |
| 通常訴訟 | 請求や金額に争いがある。事案・証拠が複雑。金額が大きい。 | 審理のうえ判決(途中で和解も)。 | 判決・和解調書。 | 争点を審理し、判断を得られる。 | 立証の負担があり、事案により期間が長くなる。 |
| 仮差押え | 財産を処分されるおそれがあり、将来の執行を確保したい。 | 本案の請求は別途行う必要がある。 | これ自体は債務名義ではない。 | 財産の処分を防ぎ、回収を確保しやすくする。 | 疎明と担保が必要。担保額は裁判所が事案に応じて定める。 |
| 強制執行(差押え等) | 債務名義があり、相手方の財産が分かる。 | 請求異議等が問題になる場面がある。 | 債務名義が前提として必要。 | 差押え等により現実の回収を図れる。 | 財産の特定が必要。差押禁止の範囲がある。無資力なら回収困難。 |
| 財産開示手続 | 債務名義はあるが、相手方の財産が分からない。 | ― | 執行力のある債務名義が必要。 | 相手方に財産の状況を陳述させる。 | 開示後に別途強制執行が必要。必ず財産が判明するとは限らない。 |
| 第三者からの情報取得手続 | 財産が分からず、預貯金・不動産等の情報を得たい。 | ― | 執行力のある債務名義が必要(情報の種類ごとに要件あり)。 | 金融機関等の第三者から財産情報を取得できる。 | 給与(勤務先)情報を取得できる債権者は限られる。取得後に別途執行が必要。 |
それぞれの手続について、以下で「どのような手続か」「どのような場合に候補になるか」「利点」「限界・注意点」を順に説明します。
任意交渉・督促で支払を求める
最初の一歩として一般的なのが、電話・メール・請求書・督促状などによる任意の請求です。支払期限、請求の根拠、金額、振込先を明確にして支払を求めます。相手方に支払う意思があり、資金繰りの問題にとどまる場合には、話合いで解決できることも少なくありません。
分割払いや支払猶予に応じる場合は、合意の内容を書面に残しておくことが大切です。支払計画、期限、遅れた場合の取扱いなどを整理し、相手方の正式名称・住所・代表者・連絡先も確認しておきます。一部でも入金があった場合は、その事実を記録しておきます。後述するとおり、債務の承認は消滅時効との関係でも意味を持つことがあります。
履行の確保を重視する場合には、強制執行認諾文言を付した公正証書を検討することがあります。もっとも、公正証書によって強制執行ができるのは金銭の支払など一定の給付に限られるなど、利用できる場面や効力には条件があります。口頭の合意だけで進めると、後日「言った・言わない」の争いになりかねないため、書面化を検討することをおすすめします。
内容証明郵便で請求内容を明確にする
内容証明郵便は、いつ、どのような内容の文書を差し出したかを日本郵便が証明してくれる郵便です(配達の事実は配達証明を併用して証明します)。請求の意思や内容を明確にし、証拠として残せる点に意味があります。心理的な効果から、内容証明郵便を受け取った相手方が支払や交渉に応じることもあります。
ただし、注意したい点があります。内容証明郵便それ自体に、支払を強制したり、財産を差し押さえたりする効力はありません。また、日本郵便が証明するのは文書の内容と差出日であって、そこに書かれた請求が正しいことまで証明するものではありません。「内容証明を送れば必ず支払ってもらえる」「内容証明には強制力がある」といった理解は誤りです。
消滅時効との関係では、内容証明郵便による請求は「催告」として、一定期間、時効の完成を猶予する効果を生じ得ます。もっとも、これは後述するとおり時効を確定的に止める(更新する)ものではなく、期間や繰り返しの可否に注意が必要です。相手方が転居・受取拒否などで受け取らない場合の取扱いにも留意します。
民事調停で話合いによる解決を図る
民事調停は、簡易裁判所で、調停委員を交えて話合いによる解決を目指す手続です。手続は非公開で行われ、当事者が合意に至れば解決します。分割払いや支払方法などを柔軟に調整できる場合があり、取引関係を続けたい相手との解決に向くことがあります。
調停で合意が成立すると、その内容は調停調書に記載され、確定判決と同一の効力を持ちます。これにより、後に相手方が約束を守らないときは、強制執行の前提となる債務名義として用いることができます。申立ての手数料は、一般に訴訟より低く設定されています。
一方で、調停はあくまで話合いを基礎とする手続であるため、相手方が出頭しない、または合意に応じない場合には成立しません。その場合は、訴訟など別の手続を検討することになります。
支払督促を利用する
支払督促は、金銭その他の代替物などの支払を求める請求について、簡易裁判所の書記官が、債権者の申立てに基づいて相手方に支払を命じる手続です。書類審査が中心で、原則として裁判所に出頭する必要がありません。相手方が争わない見込みで、請求を裏付ける書類がそろっている場合に候補となります。
もっとも、相手方は支払督促に対して督促異議を申し立てることができ、異議が出ると、請求額に応じて簡易裁判所または地方裁判所の通常訴訟へ移行します。したがって、相手方が請求を争う可能性が高い事案では、はじめから訴訟を選ぶ方が結果的に早いこともあります。相手方の住所が分からない場合には、送達ができず利用が難しくなる点にも注意が必要です。
相手方から異議がなければ、債権者は仮執行宣言の申立てをすることができ、仮執行宣言付支払督促は強制執行の前提となる債務名義になります。近時は裁判所の手続のオンライン化が進んでおり、申立ての方法や手数料の取扱いは変わり得るため、利用の際に最新の情報を確認してください。
少額訴訟を利用する
少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払を求める場合に利用できる、簡易裁判所の特別な訴訟手続です。原則として1回の期日で審理を終えて判決をするため、比較的早期の解決が期待できます。証拠書類や証人を、その期日で取り調べられるよう準備しておく必要があります。
注意点として、少額訴訟は同一の簡易裁判所で年10回までという利用回数の制限があります。また、被告が通常訴訟への移行を求めたときなどは、通常訴訟で審理されます。少額訴訟の判決に不服がある場合、控訴はできず、同じ簡易裁判所への異議の申立てによることになります。
「少額訴訟なら必ず1日で簡単に回収できる」というわけではありません。相手方が争えば通常訴訟に移りますし、判決を得ても相手方が支払わなければ、別途強制執行が必要になります。支払督促と迷う場合は、相手方が争う見込みや、期日に対応できるかなどを踏まえて検討します。
通常訴訟で請求する
通常訴訟は、請求の当否や金額について争いがある場合に、審理を経て判決を得る手続です。訴状の提出、相手方の答弁、期日での主張・立証、証拠調べを経て、判決に至ります。途中で和解が成立することも多くあります。事実関係や証拠が複雑な事案、金額が大きい事案に向いています。
訴える裁判所は、原則として相手方の所在地などを基準に決まり、請求額(訴額)に応じて簡易裁判所か地方裁判所かが分かれます。判決や和解調書は債務名義となり、相手方が任意に支払わないときは強制執行の前提になります。
訴訟にかかる期間は、争点の数、証拠の内容、相手方の対応などにより大きく異なります。公表されている平均的な審理期間があっても、それが個別の事件の期間を保証するものではありません。近時は民事訴訟手続のオンライン化が段階的に進められており、申立てや書面提出の方法は変わり得ます。弁護士に依頼する場合の電子提出の取扱いを含め、利用時に最新の運用を確認してください。
「支払督促と訴訟のどちらがよいか」「仮差押えを検討すべきか」といった判断は、証拠や相手方の状況によって変わります。契約書・請求書・やり取りの記録を確認したうえで、取り得る手続と回収の見通しを整理できます。手続や時効の期限が気になる場合は、早めにご相談ください。
仮差押えで将来の強制執行に備える
仮差押えは、判決などを得る前の段階で、相手方の財産の処分を暫定的に禁じ、将来の強制執行に備える手続(民事保全の一つ)です。訴訟には一定の時間がかかるため、その間に相手方が預金を引き出したり不動産を売却したりすると、後で判決を得ても回収できなくなるおそれがあります。そうした事態を防ぐために用いられます。
仮差押えを申し立てるには、請求できる権利(被保全権利)があることと、保全の必要性があることを疎明する必要があります。また、相手方が受けるおそれのある損害に備えて、裁判所から担保を立てるよう命じられるのが一般的です。対象としては、預金、売掛金、不動産などが考えられます。
担保の額について、「請求額の何%」といった固定的な割合が法律で決まっているわけではありません。担保の要否・金額・方法は、対象財産や請求の内容などを踏まえ、裁判所が事案に応じて決定します(担保決定)。供託などの方法で提供します。仮差押えは将来の執行を保全する手続であって、それ自体で回収が実現するものではなく、本案で請求が認められなかった場合などのリスクもある点に注意が必要です。
債務名義に基づいて強制執行を申し立てる
相手方が任意に支払わない場合、最終的には強制執行によって回収を図ります。強制執行を行うには、債務名義が必要です。債務名義には、確定判決、仮執行宣言付判決、和解調書、調停調書、仮執行宣言付支払督促、執行認諾文言付きの公正証書などがあります。事案によっては、執行文の付与や、債務名義が相手方に送達されたことの証明が必要になります。
差押えの対象には、預貯金、給与、売掛金、不動産、動産などがあります。もっとも、差し押さえる財産をある程度特定する必要があり、相手方にめぼしい財産がなければ、判決を得ても現実の回収は難しいことがあります。給与など、生活に必要な範囲は差押えが制限されており、たとえば給与は原則としてその4分の3にあたる部分(一定額を超える場合の扱いは別に定められています)が差押禁止とされています。
ここは特に誤解されやすい点です。裁判で請求が認められること(判決等を得ること)と、実際にお金を回収できることは同じではありません。判決を得ても、裁判所が自動的に相手方の財産を探し出して支払わせてくれるわけではなく、債権者の側で財産を把握し、強制執行を申し立てる必要があります。また、法人に対する債権を、当然に代表者個人へ請求できるわけでもありません。
財産が分からない場合に検討する手続
債務名義はあるものの、相手方の財産が分からない――。そのようなときに検討できるのが、財産開示手続と、第三者からの情報取得手続です。いずれも、財産を「調べる」ための手続であり、それ自体で差押えや回収ができるわけではありません。
財産開示手続
財産開示手続は、執行力のある債務名義を持つ債権者などの申立てにより、相手方(債務者)を裁判所に呼び出し、財産の状況を陳述させる手続です。これにより判明した財産に対して、別途、強制執行の申立てをする必要があります。相手方が出頭しない、十分に陳述しないといった可能性もあり、必ず財産が判明するとは限りません。
第三者からの情報取得手続
第三者からの情報取得手続は、金融機関や登記所などの第三者から、相手方の財産に関する情報を取得する手続です。預貯金、不動産、株式等、そして給与(勤務先)などの情報が対象になり得ます。もっとも、情報の種類ごとに要件が定められており、たとえば財産開示手続を先に経ることが求められる場合があります。
特に注意したいのが、給与(勤務先)に関する情報を取得できる債権者は限られているという点です。養育費など扶養に関する請求権や、生命・身体の侵害による損害賠償請求権などについて債務名義を持つ債権者等に限られており、売掛金や貸金といった一般の金銭債権の債権者は、勤務先の情報を取得することはできません。「弁護士に頼めば相手方の全財産が分かる」というわけではない点に注意が必要です。
ケース別|どの手続を検討するか
以下は、一般に検討される場面を整理したものです。実際の選択は個別事情により異なり、複数の手続を組み合わせることもあります。
| 場面 | 検討される手続の例 | あわせて確認したいこと |
|---|---|---|
| 相手方が債務を認めているが支払わない | 任意交渉・支払督促・民事調停 | 支払意思、分割の可否、書面化、時効の状況。 |
| 相手方が請求内容を争っている | 通常訴訟(少額なら少額訴訟の可否) | 争点、契約書・納品資料などの証拠。 |
| 請求額が少額で証拠が整理されている | 少額訴訟・支払督促 | 60万円以下か、期日対応の可否、相手方が争う見込み。 |
| 分割払いや取引継続を検討したい | 任意交渉・民事調停 | 支払計画、担保・保証、合意の残し方。 |
| 相手方が財産を処分するおそれがある | 仮差押え(本案と並行) | 被保全権利・保全の必要性の疎明、担保、対象財産。 |
| すでに判決・和解調書などがある | 強制執行(財産不明なら財産開示等) | 債務名義の種類、執行文・送達証明、財産の特定。 |
| 相手方の財産が分からない | 財産開示手続・第三者からの情報取得手続 | 債務名義の有無、取得できる情報の範囲。 |
| 消滅時効が迫っている | 裁判上の請求等(必要に応じ催告を併用) | 起算点、時効期間、完成を止める方法。 |
| 契約書がない | 任意交渉・訴訟(他の資料で立証) | 請求書・納品書・メール・入金履歴などの資料。 |
| 相手方に倒産・廃業の兆候がある | 仮差押え・早期の法的手続の検討 | 財産状況、他の債権者の動き、優先順位。 |
内容証明郵便を送れば消滅時効は止まるのか
「内容証明郵便を送れば時効は止まりますか」というご質問はよくいただきます。結論からいえば、内容証明郵便による請求(催告)には、一定期間、時効の完成を猶予する効果がありますが、それだけで時効が確定的に止まる(更新される)わけではありません。
消滅時効に関しては、「完成猶予」と「更新」という二つの考え方があります。催告は、時効の完成を一定期間先延ばしにする「完成猶予」の効果を生じさせるものです。もっとも、同じ催告を繰り返しても、その都度あらためて猶予が生じるわけではありません。時効の完成を確定的に止める(更新する)ためには、猶予されている間に、訴訟の提起や支払督促の申立てといった裁判上の手続をとる、あるいは相手方に債務を承認してもらうといった対応が必要になります。
時効の期間は、原則として、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年とされていますが(民法166条)、債権の種類・発生時期・履行期・交渉経過によって結論が変わります。旧法が適用される場合の経過措置もあります。個別の事件で「いつ時効が完成するか」を、この記事だけで判断することはできません。時効が近いと思われる場合は、資料を確認したうえで、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
判決や和解が成立しても回収できるとは限らない
債権回収でもっとも誤解されやすいのが、この点です。裁判で請求が認められ、判決や和解が成立しても、それだけで自動的にお金が戻ってくるわけではありません。
判決・和解調書・仮執行宣言付支払督促などの債務名義は、あくまで「強制執行をしてよい」という前提を与えるものです。実際に回収するには、債権者の側で相手方の財産を把握し、預金・給与・売掛金・不動産などに対して強制執行を申し立てる必要があります。裁判所が代わりに財産を探してくれるわけではありません。
財産が分からない場合には、前述の財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討します。ただし、これらの手続と強制執行は別であり、情報を得た後にあらためて執行の手続が必要です。そして、相手方にめぼしい財産がなければ、債務名義があっても現実の回収は難しいことがあります。だからこそ、早い段階から相手方の財産や資力の見通しを意識しておくことが大切です。
自分で回収を進めるときに避けたい対応
支払ってもらえない状態が続くと、強い手段に出たくなることがあります。しかし、法的な手続によらずに実力で回収を図る行為(自力救済)は、原則として許されていません。次のような対応は、違法と評価されたり、別の紛争を招いたりするおそれがあり、避けるべきです。
具体的には、脅迫的・威迫的な言動を伴う取立て、深夜・早朝の執拗な連絡、相手方の勤務先や家族への不適切な連絡、SNSなどでの滞納事実の公表、相手方の事務所や倉庫から無断で商品・物品を持ち出す行為、相手方の財産を勝手に処分する行為などです。これらは、名誉やプライバシーの侵害、損害賠償責任のほか、行為の態様によっては刑事上の問題を生じさせる可能性も指摘されています。
もっとも、どのような行為が違法・犯罪になるかは、具体的な態様や個別の事情によって評価が変わります。ここで大切なのは、「相手が払わないのだから何をしてもよい」ということにはならないという点です。強い対応を考えている場合ほど、実行する前に、取り得る適法な手続を確認しておくことをおすすめします。
債権回収を始める前のチェックリスト
手続を検討する前に、次のような資料・情報がそろっているかを確認しておくと、その後の判断や相談がスムーズになります。すべてが必須というわけではなく、そろっている範囲から整理しておけば十分です。
取引・請求に関する資料
- 契約書、発注書・注文書、見積書
- 請求書、納品書・受領書、検収資料、業務完了を示す資料
- メール、チャット、LINEなどのやり取りの記録、通話の録音
支払・入金に関する資料
- 入出金明細、通帳、一部入金があった場合の記録
- これまでの督促の履歴(送付した書面・送信日など)
- 相手方が支払を認めた文書・メールなど(債務の承認に関する資料)
相手方・期限に関する情報
- 相手方の正式名称・住所・連絡先(法人の場合は登記事項)
- 相手方の財産の手掛かり(取引口座、売掛先、不動産、店舗・事業所など)
- 支払期限や、消滅時効に関係する日付
債権回収を弁護士へ相談するタイミング
次のような場面では、資料を確認したうえで方針を整理することが、その後の手続の選択に役立ちます。相談は結果を保証するものではありませんが、請求の根拠、証拠、取り得る手続の候補、回収可能性と費用対効果を整理するための場としてご利用いただけます。
- 相手方が請求の根拠や金額を争っている
- 相手方が連絡に応じない、所在がはっきりしない
- 財産を処分されるおそれがあり、仮差押えを検討している
- 消滅時効の完成が迫っている
- 請求額が大きい、または継続的な取引への影響が心配である
- 訴訟や強制執行を検討している
- 判決や和解調書などはあるが、支払われない・財産が分からない
- 社内での督促が長期化し、対応に行き詰まっている
継続的な取引先との債権管理や与信、契約書の整備といった観点からは、顧問弁護士の活用も選択肢になります。淡路島の中小企業と顧問弁護士については、淡路島の中小企業と顧問弁護士に関するコラムを読むで整理しています。なお、賃料の滞納や建物明渡しといったテーマは、家賃滞納への対応に関するコラムを読むで扱っています。
よくあるご質問(FAQ)
Q1.債権回収では、最初に内容証明郵便を送る必要がありますか。
必ず最初に内容証明郵便を送らなければならない、という決まりはありません。相手方の対応や証拠の状況によっては、はじめから調停・支払督促・訴訟を検討することもあります。請求内容を明確にし証拠として残したい場合や、時効の完成が近い場合に有効な手段の一つです。
Q2.内容証明郵便を送れば消滅時効は止まりますか。
催告として一定期間、時効の完成を猶予する効果は生じ得ますが、それだけで確定的に止まる(更新される)わけではありません。繰り返しても再度の猶予は生じません。確定的に止めるには、猶予されている間に訴訟提起などの手続をとる必要があります。時効の状況は個別事情により異なります。
Q3.支払督促と少額訴訟は、どちらを選べばよいですか。
相手方が争わない見込みで書類がそろっているなら支払督促、60万円以下で期日に証拠を出せるなら少額訴訟が候補になります。いずれも相手方が争えば通常訴訟に移る場合があります。相手方の対応や金額、準備の状況を踏まえて選ぶことになり、事案により結論は異なります。
Q4.契約書がなくても、未払いの代金を請求できますか。
契約書がない場合でも、請求書・納品書・メールのやり取り・入金履歴など、他の資料や取引経過から請求を検討できることがあります。ただし、立証のしやすさは資料の充実度により変わります。手元の資料を確認したうえで判断する必要があります。
Q5.判決を取れば、相手方の預金をすぐ差し押さえられますか。
判決などの債務名義があっても、裁判所が自動的に差し押さえてくれるわけではありません。債権者の側で財産を把握し、別途、強制執行を申し立てる必要があります。差押えの対象を特定できず、相手方に財産がなければ、回収が難しいこともあります。
Q6.相手方の財産が分からない場合は、どうすればよいですか。
債務名義がある場合、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討できます。ただし、これらは財産を調べる手続で、判明した財産には別途強制執行が必要です。給与(勤務先)情報を取得できる債権者は限られており、必ず財産が判明するとは限りません。
Q7.債権回収にかかった弁護士費用を、相手方へ請求できますか。
契約に基づく金銭請求では、弁護士費用そのものを当然に全額請求できるわけではありません(不法行為に基づく請求などでは、相当な範囲で認められることがあります)。遅延損害金は、約定または法定の利率により請求できる場合があります。請求できる範囲は個別事情により異なります。
Q8.債権回収には、どの程度の期間と費用がかかりますか。
手続の種類、相手方が争うかどうか、財産の状況などにより大きく異なるため、一律には申し上げられません。裁判所に納める費用のほか、弁護士に依頼する場合は別途費用がかかります。弁護士費用の考え方は、弁護士費用のページをご確認ください。
まとめ
- 債権回収に、すべてのケースで最適な唯一の手続はありません。証拠、相手方が争うか、財産が分かるか、時効までの時間、費用対効果を踏まえて選びます。
- 内容証明郵便・支払督促・訴訟・強制執行は、必ず順番どおりに行うものではなく、仮差押えは本案と並行して検討することもあります。
- 内容証明郵便それ自体に強制力はなく、催告による時効の完成猶予も、繰り返しでは確定的に止まりません。
- 裁判で請求が認められることと、実際に回収できることは別です。財産の把握と強制執行が必要で、財産がなければ回収は難しいことがあります。
- 財産開示手続・第三者からの情報取得手続は財産を調べる手続で、給与情報を取得できる債権者は限られます。
- まずは契約書・請求書・入金履歴などの資料を整理し、支払期限・時効・相手方の所在や財産の手掛かりを確認したうえで、手続と費用対効果を検討することをおすすめします。
売掛金・請負代金・業務委託報酬・貸金などの回収でお困りの場合、まずは資料の確認から始められます。契約書・請求書・納品資料・やり取りの記録を確認することで、取り得る手続と回収の見通し、費用対効果を整理しやすくなります。合意書への署名や各手続の申立て、時効の完成が迫っている場面では、その前に一度ご確認ください。
執筆者・監修者
藤井 貴之(ふじい たかゆき)
弁護士法人ひょうご あわじみらい法律会計事務所 代表弁護士・公認会計士
兵庫県弁護士会所属・日本公認会計士協会兵庫会所属
2013年弁護士登録、2020年公認会計士試験合格。兵庫県・山口県・東京都での実務を経て、南あわじ市に事務所を開設。売掛金・請負代金などの債権回収、契約・取引に関する企業法務のご相談に対応しています。

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