会社を経営されている方、会社役員の方、開業医や勤務医の方などが離婚を検討される場合、養育費や婚姻費用の金額を、裁判所が公表している算定表だけで見通すことが難しいことがあります。役員報酬のほかに配当や会社からの経済的利益があったり、開業医として事業所得を得ていたり、医療法人から役員報酬を受け取っていたりと、「どの収入を基礎に計算するのか」自体が争点になりやすいためです。
算定表には義務者(支払う側)の収入欄に上限が設けられており、その上限を超える収入の場合には、算定表をそのまま当てはめて結論を出すことができません。上限額で頭打ちと考える見方、標準算定方式を応用する見方、当事者の生活実態から検討する見方など複数の考え方があり、どの方法が採られるかは事案により異なります。
この記事で分かること
- 養育費と婚姻費用の違い、算定表・標準算定方式の位置付け
- 算定表の収入上限を超える場合に問題となる考え方
- 経営者・会社役員の収入認定で確認されるポイント(役員報酬・法人利益・会社からの経済的利益など)
- 医師(勤務医・開業医・医療法人役員)の収入認定で確認される資料
- 調停・審判の前に準備しておきたい決算書・確定申告書などの資料
- 弁護士・公認会計士に相談するタイミング
なお、具体的な金額は、収入資料、家族構成、子の年齢、生活状況、裁判実務上参照される基準などを確認したうえで判断する必要があり、本記事だけで確定するものではありません。個別の事情により結論は変わります。
高額又は複雑な収入がある方の離婚では、まず収入資料と生活状況を整理することで、主張すべき点や見通しを検討しやすくなります。
Contents
結論|算定表の上限を超える収入では、金額は機械的に決まらない
裁判所が公表する養育費・婚姻費用算定表は、標準的な事案を簡易迅速に整理するための資料です。夫婦双方の収入や子の人数・年齢を当てはめて目安額を確認できますが、義務者の収入欄には上限が設けられています。上限を超える収入の場合は、算定表だけでは判断しにくく、標準算定方式の考え方や当事者の生活状況などをふまえた検討が必要になります。
| 論点 | 押さえておきたいポイント |
|---|---|
| 算定表の位置付け | 標準的な事案を簡易迅速に整理するための資料。義務者の収入欄に上限がある |
| 収入欄の上限 | 給与所得で年収2,000万円、自営業(事業所得)で1,567万円が記載上の上限とされています(裁判所公表の算定表による) |
| 上限を超える場合 | 上限額で頭打ちとする見方、標準算定方式を応用する見方、生活実態から検討する見方などがあり、事案により異なる |
| 養育費と婚姻費用 | 目的が異なり、上限超過時の考え方が分かれ得る。婚姻費用は生活水準維持の観点が入りやすい |
| 収入認定 | 役員報酬や事業所得だけでなく、法人利益・配当・会社からの経済的利益などの扱いが争点になり得る |
「高収入なら必ず算定表以上になる」「経営者なら必ず会社の利益も収入に入る」「医師なら必ず高額になる」といった一律の結論はありません。逆に「必ず上限で止まる」とも言い切れません。収入資料と生活状況を確認したうえで、個別に判断する必要があります。
養育費と婚姻費用の基礎知識
養育費と婚姻費用の違い
婚姻費用は、別居中など婚姻関係が続いている間の、夫婦や子の生活費の分担の問題です(婚姻から生ずる費用の分担。民法第760条)。これに対して養育費は、離婚後に子を監護する費用の問題です(離婚後の子の監護に要する費用。民法第766条)。どちらも、家族構成、双方の収入、子の年齢、監護状況、生活状況などによって結論が変わります。
婚姻費用には配偶者自身の生活費が含まれるのに対し、養育費は子のための費用が中心である点が、上限を超える収入の扱いを考えるうえでの出発点になります。
算定表と標準算定方式の位置付け
算定表は、裁判所の「標準算定方式」という算定方法による結果を早見表にしたものです。標準算定方式・算定表は、平成30年度司法研究として令和元年12月に改定版が公表され、家庭裁判所の実務で広く参照されています。もっとも、算定表はあくまで標準的な事案を簡易迅速に整理するためのものであり、収入欄の上限を超える事案では、そのまま当てはめることができません。
令和8年4月施行の家族法改正との関係(本記事に関係する範囲)
令和8年4月1日施行の家族法改正では、養育費に関する制度も見直されました。もっとも、本記事のテーマである「上限を超える収入の算定」とは、次の点で区別して理解する必要があります。
- 法定養育費:離婚時に取決めがない場合に、取り決めるまでの暫定的・補充的なものとして請求できる制度です。標準額や上限額を定めるものではないため、高額所得者の算定額を左右するものではありません。
- 回収手段の強化:養育費等に一定の範囲で先取特権が付与され、家庭裁判所での情報取得手続なども整理されました。これは「取り決めた後の回収」に関わる改正であり、金額そのものの算定基準ではありません。
改正内容は本記事の算定の説明とは目的が異なります。個別の適用可否や手続の詳細は、施行後の運用や最新の公式情報を確認する必要があります。
算定表の上限を超える収入では何が問題になるか
上限を超えると算定表だけでは判断しにくい
算定表の収入欄には上限があるため、義務者の収入がこれを超える場合、表を当てはめるだけでは適切な金額を導けません。そこで、標準算定方式の考え方に立ち返って検討することになりますが、収入が高くなるほど、生活費に回る割合と貯蓄・投資に回る割合の見方が難しくなり、複数の考え方が生じます。
上限額での頭打ち・標準算定方式の応用・生活実態からの検討
上限を超える収入の扱いについては、大きく次のような考え方が示されています。どれが採られるかは、収入水準、資料、当事者双方の主張立証によって異なります。
| 考え方 | 概要 | 問題になりやすい点 |
|---|---|---|
| 上限額で頭打ち | 上限(給与年収2,000万円、自営所得1,567万円)に相当する算定表の額を上限とする考え方 | 子の生活費が収入に比例して無限に増えるものではない、という前提に立つ |
| 標準算定方式の応用 | 収入から控除する割合(基礎収入割合)や公租公課の額を調整して算定する考え方 | 高収入ほど調整の幅が大きく、統計資料が乏しい場合は算定が難しくなる |
| 生活実態からの検討 | 同居中の生活水準や実際の支出状況などから金額を検討する考え方 | 資料の収集・整理に手間がかかり、立証の負担が大きくなりやすい |
養育費と婚姻費用で考え方が分かれ得る
養育費は子のための費用が中心であるため、上限を超える収入でも、子に必要な生活費が収入に比例して増えるわけではないという見方が示されることがあります。一方、婚姻費用は配偶者自身の生活費を含み、同居中の生活水準の維持という観点が入りやすいため、上限を超える算定が検討される場合もあります。いずれも事案により異なり、私立学校・医学部進学・留学・特別な医療費など、標準的な生活費を超える事情があれば、その加算が問題になることもあります。
経営者・会社役員の収入認定
役員報酬・給与所得・配当・会社からの経済的利益
会社経営者や会社役員の場合、収入として何を見るかが最初の争点になります。役員報酬(給与所得)が基本ですが、そのほかに配当、会社からの貸付金・仮払金・立替金、会社経費として処理された個人的支出などがあると、これらをどこまで収入として考慮するかが問題になります。
混同しやすい用語
- 売上:会社の収益であり、経営者個人の収入ではありません。
- 法人利益・内部留保:会社に帰属するものであり、直ちに個人の可処分所得と同視できるとは限りません。
- 役員報酬:個人が受け取る給与所得であり、収入認定の基本になります。
- 可処分所得:税・社会保険料等を控除した、実際に使える収入の概念です。
法人利益・内部留保をそのまま個人収入と見てよいか
会社に利益や内部留保があるからといって、その全額を経営者個人の収入とみなせるわけではありません。会社の資金繰り、借入返済、設備投資、減価償却などの事情があり、会社資産と個人資産は法律上区別されます。他方で、役員報酬を意図的に低く設定している、親族を役員にして所得を分散している、会社経費で生活費を支払っているといった事情がある場合には、実質的な収入をどう評価するかが争点になり得ます。いずれも、決算内容を確認したうえでの個別判断が必要です。
決算書・法人税申告書から確認するポイント
経営者の収入認定では、役員報酬額だけでなく、決算書(貸借対照表・損益計算書)、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、役員報酬の改定経緯などを確認することが考えられます。会計・税務の専門的な視点から資料を読み解くことで、主張すべき点を整理しやすくなります。
医師の収入認定
勤務医・開業医・医療法人役員で資料が異なる
医師の場合、勤務形態によって確認すべき資料が異なります。勤務医であれば源泉徴収票や給与明細が基本ですが、複数の勤務先、非常勤収入、当直料、講演料、原稿料などが加わることもあります。開業医であれば事業所得が中心になり、確定申告書・青色申告決算書・収支内訳書を確認します。医療法人を設立している場合は、医療法人の決算書と、医師が受け取る役員報酬を確認します。
医療法人は剰余金の配当が制限されているため、株式会社のような配当を前提にはできず、医師の収入としては主に役員報酬が問題になります。医療法人に関する具体的な扱いは、個別の確認が必要です。
売上・所得・必要経費・減価償却・借入返済の整理
開業医の場合、「売上(医業収入)が大きいこと」と「実際に使える所得が大きいこと」は必ずしも一致しません。必要経費、専従者給与、減価償却費、リース料、借入返済などがあるため、確定申告書の所得金額をそのまま用いるとは限らず、青色申告特別控除のように実際には支出されていない項目の調整や、減価償却費のように資金の支出を伴わない費用の扱いが問題になることがあります。これらは会計上・税務上の整理が必要であり、事案により結論が異なります。
決算書・確定申告書で確認したい資料
調停・審判の前に、収入や生活状況を裏づける資料を整理しておくと、主張すべき点を検討しやすくなります。立場(給与所得者・経営者・開業医など)に応じて、次のような資料が考えられます。
| 資料 | 分かること | 注意点 |
|---|---|---|
| 源泉徴収票・給与明細・賞与明細 | 給与所得者・勤務医の収入 | 複数勤務先や非常勤収入の有無も確認 |
| 所得証明書・課税証明書 | 直近年度の所得の概要 | 市区町村で取得。年度に注意 |
| 確定申告書控え・青色申告決算書・収支内訳書 | 開業医・自営業者の所得 | 所得金額の内訳や経費の内容を確認 |
| 法人税申告書・決算報告書・貸借対照表・損益計算書 | 会社・医療法人の財務状況 | 会社資産と個人資産は区別される |
| 勘定科目内訳明細書・総勘定元帳 | 役員貸付・仮払金・経費の内訳 | 会社からの経済的利益の有無の検討材料 |
| 役員報酬に関する議事録 | 役員報酬の改定経緯 | 報酬減額の時期・理由の確認 |
| 子の学費・塾・習い事・医療費の資料 | 特別な出費の有無 | 加算の検討材料になり得る |
| 婚姻費用を請求した時期が分かる資料 | 請求時期(通知・メール・LINE・内容証明・申立書など) | 始期が争われることがある |
資料を集める際は、適法な方法によることが重要です。配偶者名義の口座やアカウントへ無断でログインする、勤務先や会社の資料を無断で持ち出す、業務上の秘密を不正に取得するといった行為は避ける必要があります。手元にある資料や正規に取得できる資料の範囲で整理することをおすすめします。
上限超過時によく問題になるケース
実際の相談では、次のような点が争いになりやすい傾向があります(いずれも一般的に問題になりやすい場面の整理であり、特定の結論を保証するものではありません)。
- 役員報酬を低めに設定しており、実質的な収入をどう評価するかが争われる
- 会社経費として生活費が支払われており、その扱いが問題になる
- 法人に利益が留保されており、個人収入との関係が争われる
- 収入が年度ごとに大きく変動し、どの年度・期間を基礎とするかが問題になる
- 開業医で医業収入は大きいが、借入返済や設備投資も大きい
- 私立・医学部・留学・特別な医療費など、標準的な生活費を超える出費の扱いが争われる
- 婚姻費用の請求時期(始期)が争われる
- 相手方が決算書・確定申告書を開示しない
- 既払い・住宅ローン・保険料・学費の直接負担をどう扱うかが争われる
手続前チェックリスト
調停の申立て前、請求前、相手方への回答前、合意書への署名前、審判前などに、次の点を確認しておくと安心です。
- 自分と相手方の収入を示す資料(源泉徴収票・確定申告書・決算書など)の有無を確認したか
- 会社からの経済的利益(役員貸付・仮払金・経費負担など)の有無を検討したか
- 子の年齢・監護状況・特別な出費(学費・医療費など)を整理したか
- 婚姻費用を請求した時期が分かる資料(通知・メール・LINE・内容証明など)を確保したか
- 既払い・住宅ローン・保険料・学費の直接負担の状況を整理したか
- 資料は適法な方法で取得したものか確認したか
- 合意書に署名する前に、金額の根拠と将来の変更可能性を確認したか
弁護士・公認会計士に相談するタイミング
相談は、結果を保証するためのものではなく、収入資料や生活状況を整理し、主張すべき点や見通しを検討するためのものです。立場によって、相談が役立つタイミングは次のように整理できます。
| 立場 | 相談が役立つタイミング |
|---|---|
| 高収入で支払う側 | 不当に高額な請求を避けるため、収入の見方や資料の整理を早めに検討したいとき |
| 請求する側 | 算定表だけでは判断しにくく、加算や収入認定の主張を検討したいとき |
| 相手が資料を出さない側 | 開示の求め方や、手元資料からの見通しを検討したいとき |
特に、決算書や確定申告書の読み解きが必要になる事案では、会計・税務の視点を交えて整理することで、対応方針を検討しやすくなります。
収入資料と生活状況を整理することで、算定表だけでは判断しにくい場合でも、主張すべき点や見通しを検討しやすくなります。
よくある質問(FAQ)
算定表の上限を超える収入の場合、養育費はどう決まりますか。
算定表だけでは判断しにくく、上限額で頭打ちとする考え方、標準算定方式を応用する考え方、生活実態から検討する考え方などがあります。どの方法が採られるかは、収入水準、資料、当事者双方の主張立証により異なります。
高収入でも算定表の上限額で止まることはありますか。
特に養育費では、子に必要な費用が収入に比例して増えるわけではないという見方から、上限額を基準とする考え方が示されることがあります。もっとも、事案により異なり、必ず上限で止まると言い切れるものではありません。
会社経営者の役員報酬と法人利益は、どちらを見ますか。
収入認定の基本は役員報酬(給与所得)です。法人利益や内部留保は会社に帰属するもので、直ちに個人の収入と同視できるとは限りません。ただし、役員報酬の設定や会社からの経済的利益の有無が争点になることがあり、決算内容を確認したうえでの個別判断が必要です。
開業医の養育費・婚姻費用は、確定申告書だけで決まりますか。
確定申告書は重要な資料ですが、所得金額をそのまま用いるとは限りません。青色申告特別控除など実際には支出されていない項目の調整や、経費・減価償却の扱いが問題になることがあり、会計・税務の整理が必要になる場合があります。
減価償却費や会社経費は、収入認定でどう扱われますか。
減価償却費のように実際の資金支出を伴わない費用や、会社経費として処理された個人的支出の扱いは、事案により議論があります。資料を確認したうえで、収入として考慮すべきかを個別に判断する必要があります。
相手が決算書や確定申告書を出さない場合は、どうすればよいですか。
家庭裁判所の手続の中で収入資料の提出が求められる場合があります。手元にある資料や正規に取得できる資料(課税証明書など)から見通しを検討する方法もあります。無断でのアクセスや持ち出しは避け、適法な方法での整理をおすすめします。
婚姻費用と養育費では、算定の考え方が違いますか。
婚姻費用は配偶者自身の生活費を含み、同居中の生活水準の維持という観点が入りやすい一方、養育費は子のための費用が中心です。このため、上限を超える収入の扱いについても、考え方が分かれ得ます。
調停の前に、どの資料を準備すべきですか。
自分と相手方の収入を示す資料、子の年齢や特別な出費が分かる資料、婚姻費用を請求した時期が分かる資料などが考えられます。立場により重視される資料が異なるため、早めに整理しておくと検討しやすくなります。
まとめ
- 算定表は標準的な事案を簡易迅速に整理するための資料であり、義務者の収入欄には上限があります。
- 上限を超える収入では、頭打ち・標準算定方式の応用・生活実態からの検討など複数の考え方があり、事案により異なります。
- 養育費と婚姻費用は目的が異なり、上限超過時の扱いが分かれ得ます。
- 経営者では役員報酬・法人利益・会社からの経済的利益の区別が、医師では勤務形態ごとの資料の違いや所得認定が問題になります。
- 調停・審判の前に、適法に取得できる範囲で収入資料と生活状況を整理しておくことが有用です。
- 具体的な金額は資料と生活状況を確認して判断する必要があり、個別事情により結論は変わります。
経営者・会社役員・医師の方の離婚では、収入認定と資料の整理が結論を左右しやすい分野です。示談・合意書への署名の前に、一度整理しておくことをおすすめします。
相談条件や費用は、最新の内容を公式ページでご確認ください。
監修者・執筆者
弁護士・公認会計士 藤井貴之
神戸みらい法律会計事務所に所属し、離婚・男女問題を含む個人の方の法律問題に対応しています。会計・税務の視点も交えて、収入認定や資料整理が問題になる事案の検討を行っています。
参考資料

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