会社を経営されている方や、開業医・勤務医の方が離婚を考える場面では、養育費や婚姻費用の金額を、裁判所の算定表だけで判断しにくいことがあります。役員報酬のほかに配当や会社からの経済的利益がある、事業所得と給与所得が混在している、決算書や確定申告書を確認しなければ実際の収入が見えにくい――こうした事情から、そもそも「何を収入とみるのか」が争点になりやすいためです。
この記事では、収入が高額または複雑な方の離婚で問題になりやすい養育費・婚姻費用について、算定表の上限を超える場合の考え方や、決算書・確定申告書などからの収入認定の視点を、支払う側・請求する側のどちらが読んでも参考になるように整理します。
この記事で分かること
- 養育費と婚姻費用の違いと、算定の基本的な枠組み
- 算定表の収入欄の上限(給与年収2,000万円・自営年収1,567万円)を超える場合に問題になる点
- 経営者・会社役員、医師それぞれの収入認定で確認されるポイント
- 決算書・確定申告書など、調停・審判の前に準備したい資料
- 弁護士に相談するのに向いているタイミング
先に結論の方向性をお伝えすると、高収入だからといって養育費・婚姻費用が自動的に高額になるわけでも、算定表の上限額で必ず頭打ちになるわけでもありません。収入資料と生活状況を確認したうえで、事案ごとに検討することになります。
収入資料の整理から始めたい方へ
役員報酬や事業所得、決算書の内容など、確認すべき資料が多い場合でも、資料を整理することで、主張すべき点や見通しを検討しやすくなります。相談の方法や費用は、下記のページでご確認ください。
Contents
結論・全体像
収入が高額または複雑な方の養育費・婚姻費用では、次の点を押さえておくと、争点の整理がしやすくなります。いずれも、具体的な金額は収入資料・家族構成・生活状況・裁判例等を確認して判断する必要があり、個別事情により結論は異なります。
| 論点 | 押さえておきたいポイント |
|---|---|
| 養育費と婚姻費用 | 対象や期間が異なり、同じ収入でも金額は別々に検討される |
| 算定表の上限 | 給与年収2,000万円・自営年収1,567万円が収入欄の上限 |
| 上限を超える場合 | 算定表だけでは機械的に決まらず、複数の考え方があり得る |
| 収入認定 | 役員報酬・事業所得・法人の利益などを区別して確認する |
| 必要な資料 | 源泉徴収票・確定申告書・決算書などの確認が前提になる |
| 結論の性質 | 個別事情により結論は異なり、資料を確認したうえで判断する |
養育費と婚姻費用の基礎知識
養育費と婚姻費用の違い
養育費は、主に離婚後の子の監護・養育に要する費用の問題です(民法第766条、第877条)。子が経済的に自立するまでの間、親双方が収入等に応じて分担します。
婚姻費用は、婚姻が続いている間(別居中を含む)の夫婦・子の生活費の問題です(民法第760条)。離婚が成立すると婚姻費用は請求できなくなり、その後は養育費の問題に移ります。婚姻費用は配偶者の生活費も対象に含む点で、養育費と対象範囲が異なります。
算定の基本的な枠組み
養育費・婚姻費用は、支払う側(義務者)と受け取る側(権利者)の収入、子の人数・年齢、監護状況などを踏まえて算定します。実務では、裁判所が公表する算定表が目安として広く用いられています。
算定表と標準算定方式の位置付け
算定表は、標準的な事案を簡易・迅速に整理するために、標準算定方式という計算の考え方を表の形にしたものです。令和元年12月に統計資料を更新した改定版(令和元年版)が公表されています。標準算定方式では、総収入から公租公課・職業費・特別経費を差し引いた「基礎収入」を、親双方と子の生活費の割合に応じて按分し、分担額を算出します。給与所得者は源泉徴収票の「支払金額」、自営業者は確定申告書の所得を基礎としますが、自営業者については一定の調整を要することがあります。
令和8年4月の改正で関係する範囲
令和8年4月1日に施行された家族法改正では、養育費に関するルールの見直しも行われました。たとえば、離婚時に取決めがなくても取り決めるまでの間に請求できる法定養育費(子1人につき月額2万円)や、養育費債権への先取特権(子1人につき月額8万円を上限に差押えがしやすくなる仕組み)などが新設されています。
誤解しやすい点
法定養育費の月額2万円は、取決めができるまでの暫定的・補充的な金額であり、養育費の標準額や下限額を定めるものではありません。また、先取特権の月額8万円は差押えの対象となる範囲の上限で、養育費そのものの金額を定めるものではありません。いずれも履行確保に関する仕組みであり、算定表の上限を超える収入での金額の決め方とは別の問題です。
算定表の上限を超える収入では何が問題になるか
算定表の収入欄には上限があり、給与所得者は年収2,000万円、自営業者は年収1,567万円が上限とされています。義務者の収入がこの上限を超える場合、算定表の枠内には収まりません。
上限を超える場合の考え方は一つに定まっているわけではなく、実務上は複数の見解が問題になり得ます。たとえば、上限額を目安とする考え方、標準算定方式を上限を超える収入まで用いる考え方、子の生活水準・教育費・当事者の資産や支出などを踏まえて調整する考え方などが挙げられます。どの考え方が採られるかは、事案の内容、当事者の主張・立証、参照される裁判例により異なります。
したがって、「高収入なら必ず算定表以上になる」「上限額で必ず止まる」と一律に決まるものではありません。裁判実務上参照される基準を前提にしつつ、収入資料と生活状況を確認したうえで検討することになります。
上限を超える場合の具体的な計算式や金額、参照される裁判例は、事案ごとに裁判所の資料や裁判例を確認して検討する必要があります。一般的な記事の数値をそのまま当てはめて判断することは避けるのが安全です。
経営者・会社役員の収入認定
会社役員の役員報酬は、税務上は給与所得として扱われるため、算定表・標準算定方式の「給与」欄で検討するのが基本です。もっとも、役員報酬以外に、配当、会社からの貸付・仮払・立替、会社の経費で支払われた個人的な支出などがある場合、これらをどのように評価するかが問題になり得ます。
ここで注意したいのは、法人の利益・内部留保・会社資産は、法律上は法人に帰属し、個人の収入と当然に同一視できるわけではないという点です。他方で、実質的に個人が会社を支配し役員報酬を調整できる立場にあるか、会社の経費で生活費が支払われているかといった事情によっては、個人の収入や生活水準を推認するための資料として検討されることがあります。
収入認定にあたっては、次のような資料の確認が問題になります。決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、役員報酬の改定経緯、株主構成、会社の資金繰り・借入・設備投資などです。これらは、法人の利益をそのまま個人の可処分所得とみることの当否を検討するための材料になります。
「経営者だから収入を隠している」といった前提で判断されるわけではありません。役員報酬・法人利益・可処分所得はそれぞれ意味が異なるため、資料に基づいて実態を確認することが出発点になります。
医師の収入認定
勤務医の場合
勤務医の収入は、主に給与所得です。複数の勤務先がある、当直料や非常勤収入、講演料・原稿料などがある場合には、これらを合算して検討することがあります。源泉徴収票、給与明細、確定申告書などが確認の対象になります。
開業医の場合
個人で開業している医師の収入は、事業所得として整理します。ここで重要なのは、売上(医業収入)そのものではなく、必要経費を差し引いた後の所得や、実質的な可処分所得が問題になるという点です。確定申告書、青色申告決算書、収支内訳書などをもとに、減価償却、借入返済、専従者給与などの扱いを確認する必要があります。売上が大きくても、借入返済や設備投資の負担が大きい場合があるため、売上・所得・可処分所得を区別して検討します。
医療法人の役員の場合
医療法人の役員である場合は、法人から受け取る役員報酬(給与所得)に加え、医療法人の決算内容も確認の対象になり得ます。医療法人特有の論点に触れる場合は、公的資料を確認したうえで慎重に検討する必要があります。
事業所得者の収入認定では、確定申告書上の所得金額をそのまま用いるとは限らず、実際には支出されていない控除の加算など、一定の調整を要することがあります。具体的な調整は資料を確認して判断する必要があり、税務上の扱いについては税理士・公認会計士の確認が必要になる場合があります。
決算書・確定申告書で確認したい資料
収入認定では、立場や事業形態によって確認すべき資料が異なります。代表的な資料と、そこから主に分かること、確認時の注意点を整理します。
| 資料 | 主に分かること | 確認の注意点 |
|---|---|---|
| 源泉徴収票・給与明細 | 給与所得・役員報酬の額 | 賞与や複数勤務先の合算に注意 |
| 所得証明書・課税証明書 | 各年の所得の概況 | 直近年だけでなく数年分で変動を確認 |
| 確定申告書控え | 事業所得・各種所得の全体像 | 所得金額と実際の可処分所得は別物 |
| 青色申告決算書・収支内訳書 | 売上・必要経費・減価償却など | 売上と所得を混同しない |
| 法人税申告書・決算書 | 法人の利益・資産・負債 | 法人利益=個人収入ではない点に留意 |
| 勘定科目内訳明細書・総勘定元帳 | 会社経費の内訳、貸付・仮払等 | 個人的支出の有無を確認する材料 |
| 役員報酬に関する議事録 | 役員報酬の改定経緯 | 減額の時期・理由の確認 |
| 子の学費・医療費等の資料 | 標準を超える費用の有無 | 私立・医学部・留学・特別な医療費など |
資料の集め方について
配偶者名義のアカウントへ無断でログインする、会社の資料を無断で持ち出す、業務上の秘密を不正に取得するといった行為は避ける必要があります。入手が難しい資料については、手続の中での開示や調査の方法を含めて検討することになります。
上限超過時によく問題になるケース
以下は、収入が高額または複雑な場合に一般的に問題になりやすい場面です。いずれも結論は個別事情によって変わります。
- 役員報酬を低めに設定していて、会社の利益との関係が問題になる場合
- 会社の経費で生活費の一部が支払われている場合
- 法人に利益を留保していて、個人の生活水準との関係が問題になる場合
- 収入が年度ごとに大きく変動し、どの時点の収入を基礎とするかが問題になる場合
- 開業医で売上は大きいが、借入返済や設備投資の負担も大きい場合
- 私立学校・医学部進学・留学・特別な医療費など、標準的な生活費を超える事情がある場合
- 婚姻費用を請求した時期が争われる場合
- 相手方が決算書や確定申告書を開示しない場合
- 既払い分・住宅ローン・保険料・学費の直接払いの扱いが争われる場合
調停・請求の前に確認したいこと
調停の申立てや金額の提示・回答、合意書への署名の前に、次のような資料や事実関係を確認しておくと、主張の整理がしやすくなります。
- 直近の源泉徴収票・給与明細・所得証明書
- 確定申告書控え・青色申告決算書・収支内訳書
- 入手できる範囲での法人の決算書・法人税申告書・勘定科目内訳明細書
- 会社からの貸付・仮払・立替、会社経費による個人的支出が分かる資料(入手できる範囲)
- 子の学費・塾代・習い事・医療費・保険料・住居費が分かる資料
- 婚姻費用を請求した時期が分かる通知・メール・LINE・内容証明・調停申立書
- 既払い分の記録(振込明細、ローンや保険料の負担状況)
話し合いで合意できない場合は、婚姻費用分担請求調停や離婚調停、審判といった手続に進み、公正証書・調停調書・審判書などによって支払の根拠を明確にしておくことが考えられます。未払いが生じた場合には、履行確保や強制執行の手続を検討することになります。手続の管轄や必要書類、費用などは、裁判所の公式情報で確認してください。
弁護士に相談するタイミング
弁護士への相談は、結果を保証するものではなく、収入資料と主張を整理し、見通しを検討するためのものです。立場ごとに、相談に向いているタイミングの目安を挙げます。
- 支払う側(高収入側):提示された金額や算定方法が、自身の収入の実態(役員報酬の性質、事業所得、既払いや負担など)に照らして妥当かを整理したいとき。
- 請求する側:相手の収入資料が十分に見えず、算定表だけでは判断しにくいとき。私立学校や医療費など、標準を超える費用の扱いを検討したいとき。
- 資料が出てこない側:開示を求める方法や、手続の選択を含めて方針を整理したいとき。
離婚に伴う養育費・婚姻費用のご相談
収入資料と生活状況を整理することで、主張すべき点や見通しを検討しやすくなります。当事務所では、離婚・男女問題を含む個人の方のご相談に対応しています。相談の方法や費用は、お問い合わせページ・費用ページでご確認ください。
算定表の上限を超える収入の場合、養育費はどう決まりますか。
算定表だけでは機械的に決まりません。上限額を目安とする、標準算定方式を用いる、生活水準や教育費などを踏まえて調整するなど複数の考え方があり、事案や裁判例、資料の内容により異なります。収入資料を確認したうえで判断する必要があります。
高収入でも算定表の上限額で止まることはありますか。
上限額が目安とされる場合もあり得ますが、必ず上限で止まるわけではありません。生活実態や子の事情によって、上限を超えて検討される余地もあります。個別事情により結論は異なります。
会社経営者の場合、役員報酬と法人の利益はどちらを収入とみますか。
役員報酬は給与所得として基本的な出発点になります。法人の利益は法人に帰属し、当然に個人の収入とみられるわけではありません。もっとも、役員報酬を調整できる立場か、会社経費で生活費が支払われているかなどの事情により、資料をもとに検討されることがあります。
開業医の養育費・婚姻費用は、確定申告書だけで決まりますか。
確定申告書は重要な資料ですが、それだけで決まるとは限りません。売上と所得は別物で、減価償却や借入返済、専従者給与などの扱いを確認する必要があります。青色申告決算書や収支内訳書などとあわせて検討します。
減価償却費や会社の経費は、収入認定でどう扱われますか。
実際の支出を伴わない費用や、個人的な支出に近い経費については、扱いが問題になることがあります。資料の内容によって判断が分かれるため、決算書や内訳の確認が必要になります。税務上の扱いは税理士・公認会計士の確認が必要になる場合があります。
相手が決算書や確定申告書を出さない場合はどうすればよいですか。
手続の中で開示を求める方法や、入手可能な他の資料から検討する方法があります。無断でのログインや資料の持ち出しは避ける必要があります。方針の整理を含め、早めに相談することが考えられます。
婚姻費用と養育費で、算定の考え方は違いますか。
対象範囲が異なります。婚姻費用は配偶者の生活費も含みますが、養育費は子の養育に要する費用が中心です。同じ収入でも金額は別々に検討されます。
令和8年4月から始まった法定養育費は、上限を超える場合の金額の基準になりますか。
なりません。法定養育費(子1人月額2万円)は、取決めができるまでの暫定的・補充的な金額で、標準額や下限額を定めるものではありません。上限を超える収入での金額の決め方とは別の問題です。
まとめ
- 養育費と婚姻費用は対象・期間が異なり、金額は別々に検討される。
- 算定表の収入欄には上限(給与年収2,000万円・自営年収1,567万円)があり、超える場合は算定表だけでは決まらない。
- 上限を超える場合の考え方は一つではなく、事案・裁判例・資料により異なる。
- 役員報酬・事業所得・法人の利益・可処分所得を区別し、資料に基づいて収入を確認する。
- 次の行動として、源泉徴収票・確定申告書・決算書など、確認できる資料を整理することが出発点になる。資料の取得方法には注意が必要。
資料の整理と見通しの検討をご希望の方へ
収入が高額または複雑なケースでは、確認すべき資料が多くなりがちです。資料を整理することで、主張すべき点や見通しを検討しやすくなります。取扱業務や弁護士については、下記のページもご覧ください。相談の方法や費用は、お問い合わせページ・費用ページでご確認ください。
監修者・執筆者
弁護士・公認会計士 藤井貴之(兵庫県弁護士会所属、日本公認会計士協会兵庫会所属)
神戸みらい法律会計事務所(弁護士法人ひょうご支所)では、離婚・男女問題を含む個人の方のご相談に対応しています。法務に加えて、決算書・確定申告書などの会計資料を扱う視点からのご相談にも対応しています。
参考資料

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